終幕 動きはじめた時


 −アルスター城ー
 「エルサンダー!」
 ティニーが左手から大きな雷球を放つ。雷球は剣士の腹を直撃し剣士は吹き飛ばされた。
 「勝負あり!」
 勝利を告げる声が高らかに響く。続いて赤い法衣を纏った魔道師が出て来た。
 「はじめ!」
 銅製の大きな鐘が鳴った。
 「エルファイアー!」
 魔道師が両手を開いて重ね合わせ火球を撃った。生物の如く唸りながらティニーに襲い掛かる。
 「エルファイアー!」
 ティニーが右手から炎を放った。二つの炎が撃ち合い一瞬動きを止めた。
 ティニーは身体を左に捻り両手の平の中で淡い緑の雷球を作った。そしてそれを炎へ向けて放った。
 「トローン!」
 雷の光帯が炎を撃ち消し魔道師に炸裂した。魔道師は一撃で倒れた。
 「勝負あり!」
 再び声が木霊する。
 「強っよいわねえ、ティニー」
 「本当、これで二日連続二十人抜きよ。流石アーサーの妹さんね。見かけによらずやるわね」
 闘技場の観客席でティナトジャンヌが話している。
 「この調子でいったらすぐに上級職のマージファイターになれるわね」
 「マージファイターか。そうすればうちの戦力がまたアップするわね」
 「ええ。あたし達も杖使いまくっているしこのままだとすぐハイプリーストね」
 「ハイプリースト・・・。ティナがねえ」
 ジャンヌがプッと笑った。
 「何よお、文句あんのぉ」
 それに対しふくれる。
 「別にィ。あたしみたいなお転婆ももうすぐパラディンだし」
 「確かに。ジャンヌがパラディンなんてね」
 ティナがクススッ、と笑う。
 「悪いの?」
 今度はジャンヌがふくれる。
 「いいえ」
 ジャンヌの突込みをかわす。その時二人のところへロベルトが来た。
 「おい二人共隣の会場見てみろ」
 「あらロベルトさん、上級職に到達おめでとう」
 「あ、有り難う・・・ってそれより見てみろよ」
 ティナの言葉を大盾で弾き返した。
 「とにかく見てよ」
 「ん!?」
 隣の闘技場では二人の闘士が対峙していた。どうやら二人共弓使いらしい。
 一方の青髪の弓使いが弓を放つ。もう一方の黒い髪の弓使いは身体を捻りそれをかわした。
 黒髪の弓使いが矢をつがえた。見れば男手ある。背は高くバランスの取れた身体つきをしている。黒い瞳は切れ長であり黒のシャツと水色のズボンを着ている。 
 矢を放とうとしたその時だった。男が跳んだ。青髪の弓使いが空へ矢を放とうとする。男はそれより一瞬だけ速く矢を放っていた。男の矢が青髪の男の胸を撃った。そして着地の直前もう一本放っていた。青髪の背を撃つ。
 「勝負あり!」
 観客席でどよめきが起こる。見事な勝利であった。
 「凄お〜〜い」
 「セルフィナさん並ね」
 ジャンヌもティナも思わず賞賛の声をあげた。
 「であの人何人抜き?」
 「これで三十人抜きぐらいかなあ」
 「三十人抜きつったら・・・・・・」
 「ダルシンさんやミランダと同じじゃなにの!?」
 二人もこれには驚いた。 
 「うん、あれだけの腕の持ち主なんて滅多にいないよ。誰なんだろ」
 男は闘技場を後にした。暫く三人は茶店で菓子と茶を手に闘技場から戻って来たティニー達とその男について話していたが不意に後ろから声がした。
 「ねえねえ皆」
 「ん?」
 声の主はディジーだった。何か口元が笑っている。
 「あらっ、どうしたの?」
 「紹介したい人がいるんだけど」
 「誰?」
 「この人。出て来て」
 のそっとした感じで出て来た。それはさっきの黒髪の男だった。
 「あ〜〜〜っ、あんた・・・・・・!?」
 ジャンヌ達が男の顔を見て一斉に叫んだ。
 「あんたって・・・・・・俺!?」
 男はキョトンとして自分を指差す。
 「そそそう!」
 男は首を傾げてディジーに聞いた。
 「ディジー、この人達何か俺の事知っているみたいだけれど」
 「何か悪い事でもしたんじゃないの?」
 ディジーは男を見上げてクスッと笑った。
 「まさか」
 「どうかしら。まあいいわ、紹介するわね」
 ディジーは改まって男に手を向けた。
 「アサエロ、私のお兄ちゃんよ。解放軍に入りたいんだって」
 「よろしく」
 「ええっ!?」
 一同はまた驚いた。ティニーはいささか話についていけずキョトンとしている。
 
 その日の夜アルスター市内のとある居酒屋で集まっている者達がいた。
 「アルスターとレンスターの解放、アサエロの参加、そして皆の上級職昇格を祝って・・・・・・」
 店の真中に置かれた巨大なテーブルを解放軍の面々が占領している。その中でパティがビールをなみなみと注いだ木の杯を高々と掲げている。
 「乾杯ーーーーーっ!!」
 一同が杯を掲げる。そして杯を打ち付け合い一斉に飲み干す。
 「美味し〜〜〜っい、やっぱりビールは最高よねえ」
 カリンが口の端に泡を付けたまま言った。
 「ほんっとうに女っ木の無え奴だな」
 フェルグスが豚肉のスペアリブをかじりながら嫌味を言う。
 「何よお、何か言った?」
 カリンがその喧嘩を買った。同時に杯に赤葡萄酒を注ぎ込んだ。
 「ん?文句あるか?」
 フェルグスも乗った。今度は鹿の干し肉を流し込んでいる。
 「スペアリブ頂戴」
 単に酒の肴が欲しいだけだった。
 「フフフ、相変わらずね、カリンは。お酒が入ると食べてばかりなんだから」
 ミーシャが顔を赤らめながらスペアリブに食らい付くカリンを微笑みながら見ている。
 「あの、ミーシャさん」
 下からアズベルの声がする。
 「何?アズベル君」
 「・・・・・・いい加減離してくれません?」
 ミーシャは両手でアズベルを後ろから抱き締めている。
 「駄ぁ〜〜目?」
 普段の理知的で生真面目なミーシャからは想像出来ない姿である。
 「もう離さないんだからぁ〜〜?」
 ニコッと目を閉じ笑う。アズベルは何とか逃げようとするが離れられない。酒や肴もミーシャが飲ませ食べさせられている。口をモグモグさせるアズベルを見てミーシャがアズベルの頭に頬擦りする。
 「可愛い〜〜、アズベル君」
 「あ、あわわ・・・・・・」
 顔を紅潮させもがいている。だがミーシャの力は思いの他強く離れられない。隣ではタニアとオーシンがソーセージの取り合いをし、それにハルヴァンとアルバが介入している。
 「さあ〜〜て、俺とカード遊びをする奴はいねえかなあ?」
 リフィスがシャッシャッとカードを切りながら周りのロナンやトリスタンに声を掛けている。
 「カードって・・・・・・。御前のはイカサマだろう?」
 後ろからヒョッコリとパーンが出て来た。
 「な、パーン手前何を証拠に・・・・・・」
 「証拠?これだ」
 パーンはリフィスの上着の袖をヒョイっと摘み上げた。するとカードがボタボタと落ちて来る。
 「これは何だ?」
 「いけね、ばれたか」
 あまり、いや全く悪びれていない。
 「全くこいつは昔からこうやって小銭を人から巻き上げることばかりしやがって。同門として恥ずかしい限りだぜ」 
 「同門って!?」
 ロナンが尋ねる。
 「ああ、デューさんがレンスターにいた頃ほとんど同じ時期に弟子入りしたんだ。だから俺もこいつも太陽剣が使えるのさ」
 「じゃあパティやディジーの兄弟子にあたるわけですね」
 トリスタンが言った。
 「まあそういう事になるな。もっともデューさんは今ヴェルダンの方に行っちまってもう何年も会っていないけどな。
ところで君達」
 パーンが妙な笑みを浮かべた。
 「何ですか?」
 「ダイス遊びをしないか?大丈夫、カードと違って・・・あっ!?」
 リフィスがパーンの手からダイスを奪った。
 「リフィス、手前・・・・・・」
 すぐにダイスを口に入れ噛んだ。ペッ、と吐き出されたダイスはわれその中には鉛が入っていた。
 「こんなイカサマがあるぜ」
 リフィスは中の鉛を見せながら得意そうに言った。
 「くっ・・・・・・」
 「前々から変だとは思っていたんだよな。妙に出る数が決まっててな。全く人の事言えんのかよ」
 「それを言うならお互い様だろうがこのイカサマ師が」
 「確かに・・・・・・」
 「似た者同士・・・・・・」
 取っ組み合いを始めた二人をロナンとトリスタンは冷めた目で見ていた。
 「いや〜〜、それにしても美味しいわあ」
 ミランダがマカロニグラタンを赤葡萄酒で流し込みながら朗らかに笑う。
 「修道院じゃこんなの食べられないからねえ」
 ピザを一枚平らげるとビールを樽ごと飲む。
 「そういえばコノモールさんは?いつも一緒じゃないの?」
 ラナが平べったいフェットチーネを一気に飲み込みながら聞いた。
 「コノモール?ゼーベイアさんやフィンさん、後ダグダさん達と一緒に飲みに行ったわよ。あたしには戦友になる方々と存分に楽しんできて下さい、って言って」
 「ふうん、だからフィンさん達いないのかあ。後ここにいないのは二人でどっかに行ったアレスとリーン、何か孤高のガルザスさん、あとはセリス様とシャナン様、レヴィンさんとオイフェさんかセリス様達は街のお偉いさん達とお話らしいわね」
 「えっ、という事はオイフェさんここには来ないのね?」
 エダが蜜酒をたたえた杯を手に出て来た。
 「え、ええそうだけど・・・・・・」
 「やったあ、これで好きなだけ飲めるぞお〜〜〜っ!」
 「ばんざ〜〜〜いっ!」
 エダとヨハルヴァが共に杯を高々と掲げ飲み干した。皆それに続く。
 「うんうん、オイフェさんって口煩いもんなあ」
 ディムナが頷きながらナイフでハムを切る。
 「口を開けば真面目、武芸、勉学、努力、仁愛、忠誠とかそんなのばかりだもんなあ。一体何が楽しみで生きてんだか」
 マリータが汁気たっぷりの無花果を頬張りながら不満を述べる。
 「そうそう、あんなの聞く人なんてずっとオイフェさんと一緒だったセリス様だけよ」
 ラドネイがウイスキーをストレートで飲みながら相槌を打つ。
 「それにしてもセリス様も凄いよな。オイフェさんのあの堅苦しい管理教育を不平どころかいつも笑顔で聞いておられるもんなあ」
 スカサハが牛のカルパッチョをフォークでつまみながら言う。
 「よろしいですか、セリス様」
 パティが急に畏まって言う。
 「まず主君たるもの常に仁愛を・・・・・・」
 ラーナがそれに続く。
 「あはは、似てるぅ〜〜」
 フィーが口を押さえケラケラと笑う。
 「それで口髭あれば本人そのもの!」
 アミッドも腹を抱えている。
 「こんな風に?」
 レイリアがカリオンの口元に小魚を置く。
 「そうそう、そっくし!」
 「今度本人に見せようぜ!」
 レスターとアーサーがゲラゲラと笑い転げる。そのすぐ側でシヴァが真空波で骨を断ちトルードが鉄兜を両断する。
 「う〜〜ん、何か凄いなあ」
 マーティがそれを見てボソッと言う。
 「御前もな」
 ダルシンが突っ込みを入れる。
 「ん?」
 見れば樽と骨がうず高く積まれている。
 (人の事言えるのかなあ?)
 マーティは心の中でそう思った。ダルシンの周りも似たようなものだ。
 りんだが右に左に杯を飲み干す隣でデルムッドはナンナと話していた。
 「そうか、母様はイードへ・・・・・・」
 デルムッドは視線をやや下にし寂しそうな笑みを浮かべて言った。
 「ええ、アグストリアへ行く前に兄さんに会いに行くって言われてそれっきり・・・・・・」
 ナンナが沈んだ顔で答えた。
 「イードには賊がいたよ。俺達が一人残らず成敗した」
 「そう・・・・・・」
 「けれど何か寂しくないな。悲しいけれど。セリス様もここにいる皆もいるしね」
 「ええ」
 ティナとジャンヌは飲んでは騒ぎ飲んでは騒ぎを繰り返す。それを気遣うサフィやスルーフにその度に席に優しく戻される。マチュアとブライトン、ディーンは酒と羊肉を賭けて腕相撲を始めた。セイラムが泥酔寸前の状態で審判を務めている。何時の間にかシャナムがアナウンサー、ロドルバンが解説者になっている。
 「へえ、昔はそんな魔法が本当にあったんですね」
 リノアンの話にマナが驚嘆の声を出す。
 「はい。人を石にする禁断の呪術・・・・・・。極めて位の高い暗黒司祭にしか使えず先の聖戦で暗黒教団が滅んだ今完全に失われた術なのですけれど」
 リノアンが話している。
 「石化は解けないんですか?」
 フェミナが尋ねる。
 「解けましたけれどそれが出来るのはごく限られた術者のみが使える特別な杖・・・・・・」
 「その杖の名は・・・・・・?」
 二人が同時に尋ねた。
 「確か・・・・・・キアといいました」
 ヨハンがラクチェに無謀にも熱烈なアプローチをかける。そして派手な効果音付きで必殺ブローを浴びせる。
 「ジェットアッパー!」 
 それを止めようとしたロベルトにも見事に命中する。かに見えたがかわしていた。
 セルフィナとグレイドはまるで新婚の様に仲睦まじく話し合っている。誰も入る余地が無い。
 ホメロスはリフィスとパーンの取っ組み合いに面白そうだからと言って入っていった。ラルフも入りキリのいいところで話を収め飲み食いを再開した。
 リーフはケインを隣に置きオルエン、フレッドと話していた。
 「次はフリージの巻き返しですか」
 リーフの言葉にオルエンが頷く。
 「はい。おそらくイシュタル王女が全軍をもってコノートから出撃されます」
 「そうですか、イシュタル王女が・・・・・・」
 「そしてその下にはフリージの誇る歴戦の良将達が付きます。今までのレイドリックやグスタフの様な私利私欲しか頭に無い輩共ではなく騎士としての在り方を知り指揮官としても優れた者達ばかりです」
 「どんな将達がいるんだい?」
 「アルスターでの戦いでも出陣していた三姉妹、老将軍ラルゴ、闘将バルダックとリスト、巨大な歩兵方陣であるテルシオの達人ムハマド、そしてブルックやバルマン、バラート、パウルスといった歴戦の諸将、軍師として名高いコーエンとフラウス、騎兵隊の将は車懸かり戦術のオーヴァ、ミュラー、剣客としてアイヒマン・・・皆恐るべき者達です」
 オルエンの言葉にリーフは嘆息した。
 「将にフリージ軍の総力だね。しかも重歩兵中心のフリージらしいよ。歩兵戦で知られた人が多い。かれど一人抜けているんじゃ?」
 「それは・・・・・・」
 口籠るオルエンに代わってフレッドが言った。
 「ラインハルト将軍ですね」
 「うん。確かオルエンのお兄さんに当たる人だよね」
 「はい。剣技、魔力共に他者を寄せ付けず戦術指揮はイシュトー王子に匹敵するとさえ言われています。その上正義を愛し騎士道を重んじられ正に非の打ち所の無い方です」
 「おそらくセリス公子も今色々と考えておられるのだろう。かなり情報を収集されておられるようだしね。・・・・・・けれどつらい戦いになるだろうね」
 「はい。それに我等はまだレンスターの西半分を解放したに過ぎません。コノート、マンスターの国力は高く戦力をすぎにでも回復させるでしょう。この度オイフェ殿が全ての将に上級職に昇格するよう指示を出されたのは兵力に優勢で将も揃っているフリージ軍に対抗する為だと思われます」
 「そしてかなり質の高い武具を買ってるね。銀の武器や魔法剣、、高位の魔道書に杖・・・・・・。今まで集めた資金を惜しみ無く使っている」
 「それだけではまだ・・・・・・。イシュタル王女は戦術指揮におかれてはイシュトー王子には引けを取られていますが魔力は十二聖戦士魔法騎士トードすら遥かに凌いでいると言われています」
 「それも解かってるよ、皆も。けれどここで負けるわけにはいかないだろう」
 「はい」
 リーフの言葉に三人は頷いた。その直後新しく入ったアサエロに酒と料理を勧められ特に白葡萄酒を飲んだオルエンが軍服を脱ごうとしフレッドがそれを止めもみくちゃとなった。すると隣で蜂蜜をたっぷりとかけたケーキを食べようとしたティニーにぶつかり三人は服を蜂蜜でベタベタにした。悪い事は重なり足を滑らせたラクチェがロベルトの頭に西瓜を一個丸ごと落とし彼は瀕死の重傷を負った。
 「・・・・・・何か滅茶苦茶だな」
 イリオスはトマトとベーコンのリゾットを食べながら辺りを見回し呆れ顔で言った。リゾットを食べ終わると茄子とホウレン草のトマトソーススパゲティに手を移した。勿論酒を飲みながらである。
 「どう思う、アマルダ。このドンチャン騒ぎ・・・・・・・・・ん!?」
 アマルダは馬の水桶の様な大杯に並々と注がれたウイスキーをゴクッ、ゴクッと馬の様な勢いで飲んでいた。一滴も零す事無く紙が炎の中に消える様な勢いで飲み干した。
 「何か言った?イリオス」
 完全に目が座っている。
 「・・・・・・いや、何でもない」
 さっと目を逸らし酒と料理を持ちそそくさと席を移ろうとする。だが遅かった。
 「待ってよ」
 後ろから肩を掴まれた。
 「・・・・・・遠慮する」
 だが無駄だった。
 「何よお、私の酒が飲めないっていうのお!?」
 酒臭い息を吐きながら大杯を出しそこにウイスキーを注ぎ込んでいる。
 「飲んで。私の奢り」
 ヌッと差し出す。
 「あのなあ、人間がこれだけ飲めるとでも・・・・・・」
 反論しようとする。だが無駄だった。
 「馬なら出来るわ」
 きっぱりと言い切った。
 「馬は人間とは・・・・・・」
 「馬に出来て人間に出来ないっていうの!?じゃあ見てなさい!」
 そう言うや否や別の大杯を取り出してそこにビールや赤、白、ロゼの葡萄酒、蜜酒を放り込み一気に飲み干した。
 「出来るわ。貴方もやってみて!」
 断れば殺される、イリオスはそう感じ大杯を両手に持った。
 「糞っ、こうなりゃヤケだ!」
 音を立てて飲む。その眼は血走り顔が紅潮している。そして遂にやり遂げた。
 「どうだ、飲んだぞ!」
 アマルダに目をやると完全に酔い潰れて大の字に倒れこんでいた。目はクルクルと回っている。
 「この女、あれだけ言っておいて・・・・・・」
 イリオスもそう言うと倒れた。大杯が地面に落ちる。
 「ん〜〜、可愛いわあ。アズベル君」
 ミーシャは杯飲み干すとアズベルを抱いたまま沈んだ。アズベルは既に潰れている。
 ロベルトは頭から血を流しながら西瓜をビールで流し込むと倒れた。オルエン達はケーキどころか果物もお菓子も食べ尽くし蜜と油の中に死んでいた。その中にリーフもいた。
 腕相撲やオイフェの物真似に興じていた連中もギャンブルに興じていた連中も騒いでいた連中も皆屍を曝している。死屍累々たるその中で一人だけ生き残っている者がいた。
 「本当に楽しいですね」
 ユリアは微笑を浮かべながら小さな両手に杯を持ち酒を飲み続けている。周りには人一人分位はあろうかという骨や果物の河が堆く積まれ樽が二十個程丁寧に置かれている。どうやらユリアが全て平らげたようだ。恐るべき事に全く顔色が変わっていない。素面同然である。尚次の日一同がオイフェのトゥールハンマーの如き雷を浴びたのは言うまでもない。

 ーメルゲン北の村ー
 深い暗闇の中に彼はいた。深く深く、落ちていくようにも浮かんでいくようにも感じられる。自分が何処にいるのか、何をしているのかさえ解からなかった。
 不意に呼ぶ声がした。声が聞こえた方を見た。
 暗闇のカーテンの中に光が差し込んでいた。光から声がしていた。
 光りの方へ駆け出した。光からしきりに声がする。光は大きくなっていく。自分より大きくなったその光へ飛び込んだ。
 目が覚めた。次第に目が周りの光景を映していく。木で造られた天井だった。
 「良かった、目覚められたのですね」
 ライザが横で安堵の笑みを浮かべて座っていた。周りにはフリージの将兵達がいた。
 「ここは・・・・・・?」
 起き上がろうとする。胸に鈍い痛みが走る。
 「うっ」
 ライザが慌てて身体を押さえる。この時はじめてベッドの上に寝ている事に気付いた。
 「気を付けて下さい。傷はまだ完全に治ってはおりません」
 「私は助かったのか?シャナン王子の剣撃を受け地に片膝を着いてから・・・・・・」
 「私がワープの杖でこの教会にお移ししたのです。私の魔力ではメルゲン城に届かなかったもので・・・・・・」
 「そうか。ここは教会の中なのか」
 「はい。申し訳ありません」
 「いや、いい。卿のあかげで生き長らえる事が出来たのだからな。それにしてもライザ達も無事で何よりだ」
 「有り難き御言葉・・・・・・。この教会の神父殿達に助けて頂いたのです」
 「そうか。神父殿達には御礼を言わなくてはな。ところでメルゲン城はどうなった?」
 「城はシアルフィ軍により無血開城させられました。リンダ様以下全員がシアルフィ軍に投降しその中に組み込まれました。敵軍はその後ターラを手中に収めイリオス将軍とその軍も取り込みトラキアを会談により追い返しました」
 「そうか・・・・・・。敵ながら見事だな。そしておそらくダンドラム要塞とアルスターへ兵を向けたのであろう」
 「お察しの通りです」
 「とすればおそらく同時にレンスターへ別働隊を差し向けた筈だ。私の予想ではレンスターもアルスターもダンドラムも敵軍の勝利に終わったな」
 流石に雷帝と称されているだけはある。見事な洞察である。
 「我が軍もこうなってはイシュタルを出撃させるしかあるまい。だが苦しいだろうな。・・・・・・しかし集められるだけの兵力は集めきっている。それに今の私ではシアルフィ軍の占領地を抜けられないな」
 「ではどうすれば・・・・・・」
 「ミレトスへ向かう。今はユリウス皇子が鎖国されているが何かのお考えあっての事だろう。かの地で兵をお借りしシアルフィ軍を東西から挟撃する」
 「了解致しました」
 「傷が癒えたならばすぐにミレトスへ向かう。ライザ、卿はここに残り連絡及び情報収集を頼む」
 「はっ」
 (間に合ってくれればいいがな)
 だがイシュトーはまだ知らなかった。自らの決断が彼を数奇な星のめぐりに入れてしまうことに。

 ーバーハラ城ー
 バーハラ城の一角には巨大な書庫がある。その蔵書は大陸一といわれ古今東西様々な分野の書物が収められている。その中で一人の青年が書を探していた。
 切り揃えられた赤い髪に紅の瞳をしている。白い中世的な整った顔からは高い知性が表われている。金で縁取りされた白い踵まである法衣とズボンを身に着け群青のマントを羽織っている。彼こそがヴェルトマー十一将のラダメス将軍とアイーダ将軍の子にして帝国の宮廷司祭、そして天才軍師の誉れ高きサイアスである。
 ユグドラルでその名を知らぬ者はいない。軍師としての才覚は解放軍のオイフェに匹敵すると言われ帝国軍を知の面で支えている。また仁と信を知る帝国きっての人格者としても有名であり近年の帝国の虐政を危惧し必死に抑えようとしている。各地で反乱にみまわれている帝国が何とか持ち堪えているのも彼在ればこそだった。
 「どうもここではないらしな」
 何かの書を探しているようだ。
 「地下の古い書物庫の方へ行ってみるか」
 階段を降り下へ向かった。
 燭台で周りを照らしながら降りる。カツーン、カツーンと音がする。
 蝋燭の火で照らしながら書を探す。だがまだ見つからない。
 「奥へ行ってみるか」
 奥へ行った。ふと照らされた足下に何か古ぼけた文が束になっているのが目に入った。
 「何だ?」
 埃を払いその文を開いた。読んだ。その内容は驚くべきものだった。
 「まさか、あの話が真実だったとは・・・・・・」
 暗い影がサイアスの端正な顔を覆っていく。共にクルト王子を暗殺し各地に反乱を起こさせたランゴバルト、レプトール両公を反乱の罪を被せたシグルド公子に始末させ残った公子をバーハラへ誘い出し反逆者として倒すーーー。以前より噂になっていた事ではある。だが信じてはいなかった。しかしこの文は計画について実に細かい部分まで書かれており皇帝アルヴィスや帝国軍の主立った将達、当然ながらサイアスの両親のものもある。サインがあった。それは本人達の筆に間違い無かった。
 「・・・・・・まさか・・・・・・・・・」
 信じたくはなかった。だがその軍師としての鋭い直感がこれが真実であると言っていた。恐ろしいものを見てしまったと感じた。
 バーハラ城内にある邸宅に戻った。帝国の二将軍の家だけあって豪奢な造りである。サイアスはこの家で生まれ育った。
 夜になっても寝付けなかった。法衣とマントのまま机に向かい灯を見ながら考え込んでいる。ガラス窓の外を見た。
 月が淡い黄の光を放ち夜空を照らしている。まるで彼をその光の下に誘っているかのようだった。
 「外に出てみるか」
 サイアスは部屋を出た。夜の廊下を一人歩いている。両親の部屋の前に来た。
 部屋の前で立ち止まった。木造の扉を見る。
 「父上、母上・・・・・・」
 帝国の魔道騎士団長である父と親衛隊長である母をいつも敬愛していたし二人の子である事を誇りとしていた。戦場では勇敢な父、冷徹な母は家では優しい親でありサイアスは暖かい家庭で育てられた。サイアスの魔力と司祭、軍師としての資質を見抜いた二人の教育の下彼はその才を開花させ若くしてハイプリーストに任じられ宮廷司祭として、軍師として名声を得た。今の彼があるのは全て両親あってのことだった。
 部屋の前から立ち去り外へ出ようとした。不意に部屋の中から声がした。
 「?」
 不意に気になった。耳をそばだてた。
 “まずい事になったぞ。アルスターとレンスターが反乱軍の手に陥ちた”
 父の声がする。何やら深刻な声色だ。
 “けれどフリージにはまだ彼等以上の軍とイシュタル王女がいるわ。反乱軍もそう簡単には打ち破れないわよ”
 母の声がした。母の声は父のそれよりも幾分か明るいようだ。
 “だが反乱軍は強い。万が一フリージ軍に破れる事になったら彼等はイザークとレンスターを手中に収め帝国に匹敵する勢力を形成する事になるぞ”
 “もしそうなったらトラキアの動きも気になるわね。トラバント王、この機にどう利を得るつもりか・・・・・・”
 “今頃狸の皮算用でもしているのだろう。しかしフリージが破れると本当にまずいな”
 “ええ。コノートに置いてある密約書が反乱軍の手に渡れば・・・・・・”
 (密約書!?)
 サイアスは声にならない叫びをあげた。もしや、と思った。先程自分が見た文の他にもまだあるのか、全神経をその両耳に集中させた。
 “ああ、ランゴバルト公とレプトール公、そして陛下による先の大戦での各地の反乱の誘発、クルト応じの暗殺、そしてその罪をシアルフィ家に被せ両公は王に、そして陛下がアズムール王を毒殺し皇帝となられる・・・・・・。それが書かれたあの書がもし反乱軍の手に渡れば・・・・・・”
 “帝国の威信は完全に地に堕ちレンスターどころかシレジア、アグストリアの反乱勢力も抑えられなくなるわ”
 “ただでさえ帝国領内で不穏な動きがあり迂闊に兵を動かせないというのに。このままでは・・・・・・”
 話はまだ続くようだったがこれ以上聞くつもりは無かった。外に出る気も失せ部屋に戻った。翌朝には部屋にも家にも王宮にもサイアスの姿は無かった。八方手を尽くし捜索が行なわれたが何処にもいなかった。夜アルヴィスは空を見た。空に青い巨星が輝きその周りを数十の星が煌く中一つの紅の星が新たに加わったのを見て彼は首を横に空しく振った。翌朝サイアスの捜索は打ち切られた。グランベルはその支柱たる将を一人失った。

 ーアルスター城ー
 セリスはオイフェと共にアルスターの有力な市民や貴族達との会見を終え部屋に入った。伝わってきたのは自分達への感謝と圧政者から解放された事に対する喜び、そしてグランベル帝国、ブルーム王、とりわけ隣国であるトラキア王国への憎しみだった。
 「ふうっ」
 セリスはベッドに腰を下ろし一息ついた。イザークからこのアルスターまでの嵐の様な進撃と激戦の繰り返し、シャナンとの再会、新たな仲間達、トラバント王との対峙、そしてレンスターの解放ーーー。絵巻物の如く今までの事が思い出された。
 「けどまだまだこれからかあ」
 次は今まで押されていたフリージ軍も反撃に転じてくるだろう。司令官はおそらくイシュタル、アルスター城攻略の際解放軍の並み居る諸将を全く寄せ付けなかった恐るべき女である。苦戦は免れまい。その様な事を考えていた時だった。扉をノックする音がした。
 「どうぞ」
 レヴィンが入って来た。
 「悪いが少し付き合ってもらえないか」
 その真剣な顔から何か重要な事だと感じた。断らなかった。
 「いいよ」
 レヴィンは杖を取り出した。淡い緑の光が二人を包んだ。
 着いた先は砂漠だった。目の前に見た事のある古ぼけた城があった。
 「イード城?どうしてここに」
 セリスの問いにレヴィンは答えなかった。
 「ついて来てくれないか」
 そう言うと城の中へ入っていった。セリスは言われた通り彼について行った。
 城の中は廃墟だった。建物には人影すらなく砂埃が風に吹かれ舞っている。夜の深く黒に近い紫の空を無数の色とりどりの星達が宝石となり飾っている。だが宮殿に入るとそれも見えなくなった。
 宮殿の中も何も無かった。シャナンに倒された賊達のむくろは動物達に喰われ風に飛ばされてしまったのか骨の一片も服の切れ端も残っていなかった。
 レヴィンは部屋の隅にある小路に入った。そこから墓地に出た。
 墓の石の下に階段があった。下へと降りていく。どうやらカタコンベらしい。
 カタコンベらしく中は迷宮の様だった。レヴィンはトーチの魔法で照らした。
 レヴィンはある部屋に入った。セリスもそれについて行った。
 そこにはセリスが幼い頃エーディンやミデェールから聞いた暗黒教団の祭壇があった。禍々しい紋章と暗黒竜ロプトゥスの像が祭られていた。
 「暗黒竜・・・・・・まさか」
 「滅んだというのだろう。先の聖戦で。だがこれは真実だ」
 レヴィンはセリスを別の部屋へ案内した。そこは居住区だった。壁に落書きがあった。
 「子供の・・・・・・」
 「どうやらロプトゥスの復活を願うものらしいな。字は読めないが」
 レヴィンは話を続けた。
 「おそらくここに潜んでいた者達にとってはロプトゥスこそが正義だったのだ。そして再び陽の当たる場所を歩きたかったのだ」
 「ロプトゥスが正義・・・・・・」
 「解からないか、まあ今は良い。いずれ解かる事だ。だがもう一つ言っておかなければならない事がある」
 「それは・・・・・・?」
 「グランベル帝国皇帝アルヴィス、彼の母シギュンは聖戦士マイラの末裔だった」
 「えっ、じゃあ」
 「そうだ。アルヴィスには暗黒神の血が流れている。そして彼の背後には暗黒教団が蠢いているのだ」
 「まさか・・・・・・」
 「かって御前の父と母がヴェルダンで闘ったサンディマという魔道師も暗黒教団の者だった。シグルド達も殆ど信じていなくてある時私にポツリと言っただけだったがな。私も今まで信じていなかった。先の聖戦で滅亡したと思っていたからな。しかしここを見た時私も教団の存在を確信した。そして帝国と教団の繋がりも知った」
 「帝国と教団・・・・・・」
 「今ユリウス皇子がミレトスを鎖国しているのもその為だろう。今ミレトスで恐ろしい事が行なわれている筈だ。もっとも帝国でそれを知っているのはアルヴィスだけだろうがな」
 「虐殺、子供狩り・・・・・・」
 セリスの脳裏に暗黒教団がかって行なった残虐な行為が浮かんだ
 「おそらくな。だからこそ我々は勝たねばならない。再び暗黒竜が支配する世界にしない為にもな」
 「うん・・・・・・・・・」
 セリスは頷いた。青い瞳に強い決意の光が宿る。
 「だがこの事はまだ誰にも言うな。大混乱に陥るかも知れない。今のところは私達の心の内だけに留めておくんだ」
 「うん」
 二人はワープでアルスターに戻った。風が墓所の中に吹き込み暗黒竜の像を落とした。像は床に落ち粉々に砕けた。風が破片を連れ去り後には何も残らなかった。

 第二夜  完


             2003・12・7



帝国の後ろで蠢く暗黒教団の影。
美姫 「それを知ったセリス」
新たなる決意をその胸に宿し、更なる戦いへと赴く。
美姫 「平穏な日々が訪れるのは、一体、いつの日か…」
いやー、第二夜も終ったな〜。
美姫 「本当ね。さて、次はどんな戦いが、セリスを、そして解放軍を待っているのかしら」
徐々に強くなっていく敵。
美姫 「しかし、同じように経験を積んで強くなって行く解放軍」
この戦いの先に待つものは!
美姫 「という訳で、また次回も楽しみに待ってます」
待ってます!



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