終幕 白銀の月の下星々は輝き


 ミーズ城を陥落させた解放軍はまず数万の精兵をミーズに駐留させた。そして主力部隊はフィアナへ向かっていた別働隊と合流し大幅に増加した将兵の再編成と補給の為、そしてミーズへの補給路の強化の為マンスターに集まっていた。
 マンスターではミーズと違い熱烈な歓迎を受けた。今まで自分達を抑圧していたフリージ家やレイドリック一派を一掃し悪辣な侵略者トラキアを撃退した解放軍とその盟主セリスはまさに救世主だったのだ。市民達は喜んで兵士達を迎え次々と志願兵が馳せ参じ武器や兵糧、資金を提供した。
 酒場でもそれは同様であった。やはりこのマンスターでも宴が開かれようとしていた。
 マンスターの街に『ミニョン』という酒屋がある。そこに解放軍のいつもの面々が集まっていた。
 「マンスター解放とフィーやオルエンのお兄さん達の加入、そしてミーズでも勝利を祝って・・・・・・」
 コノート城内の戦いでフリージの将アイヒマンと派手な一騎打ちを演じたラクチェがあ音頭を取る。
 「かんぱーーーい!」
 皆杯を掲げる。だが合わせなかった。
 「ッとしたいんだけど・・・・・・」
 チラリ、と席にいる口髭を生やした騎士を見る。
 「何でオイフェさんいるの?」
 「決まっている。諸君等を監視する為だ」
 「監視・・・・・・?あたし等何かした?」
 ラクチェは皆を目で訊ねた。皆知らない、解からないといった顔をしている。
 「・・・・・・そうか。卿等は昨日の夕食を憶えているか?」
 「昨日の夕食・・・・・・?」
 皆真剣に考え込む。
 「ジャガイモ十個に豚の太腿の丸煮に林檎十個と大皿に山盛りのマカロニのパテに同じく山盛りのベーコンのリゾットと」
 ラクチェが思い出しながら言った。
 「少ないな。俺なんか兎四羽にパン二十切れ、大皿山盛りのスパゲティミートソースにオレンジ十五個、キャベツ二個、ビール三樽だぜ」
 ヨハルヴァが笑いながら言う。
 「仔羊一頭にレタス十個、トマト二十個、あと黒ビール四樽」
 カリオンが爽やかな声で言った。
 「鮭十尾と鰻十二尾、玉葱とピーマンと人参のオリーブ炒め山盛り、白葡萄酒三樽。ちょっと少ないな」
 パーンが笑いながら言う。
 「卓一杯のパエリアと馬鹿でかい鯉三尾とお鍋一杯のポトフ、飲み物は林檎酒・・・・・・どれ位飲んだかな?」
 ディジーが左手で頭を掻きながら述べる。
 「特別に壺に入れてもらったトマトとキノコソースのスパゲティに西瓜二個、赤葡萄酒二樽」
 アーサーが言った。
 「昨日はあまり食欲が無かったので酒壺に一杯のオートミールと赤葡萄酒とオレンジのカクテル樽一杯です」
 ロナンが謙虚そうに言った。
 「いつも通り皆さんと一緒に楽しく食べさせて頂きました」
 ユリアがニコッと笑って言う。
 「・・・・・・・・・」
 とりあえずユリアは置いといてオイフェは一同に顔を向けた。
 「・・・・・・そしてその後何をした?」
 「何って・・・・・・。誰か憶えてる?」
 「全〜〜〜然」
 マリータの問いに誰も答えられなかった。オイフェがその目をカッと見開いた。
 「酒屋でドンチャン騒ぎをした後酔い潰れたのは誰だ!忘れたとは言わせんぞ!」
 「・・・・・・そういえば寝てる時やけに床が固くて寒かったような」
 レイリアが言った。
 「毎日酔い潰れるまで飲むとは何事だ!?騎士たる者は何時いかなる時でも節度を守り身を慎まなければならんのだ!」
 おそらく、否確実に主君であり愛弟子でもあるセリス以外は全く聞いていないオイフェの騎士道の講義が始まった。
 「何も飲むな、とは言わない。しかしそこには節度が必要なのだ。我等は民を護り主君、否セリス様に忠誠を尽くすのが使命、それを常に心に留め日々精進していれば深酒など出来るものではない。それに酒を飲まなくとも生きていける。例えばこの牛乳などと朝早く起きた農家の幼い娘が精魂込めて絞った非常に美味な・・・・・・」
 オイフェは杯の牛乳を一口含むとさらに話そうと口を開こうとした。だがそのままゆっくりと前に倒れ動かなくなってしまった。
 「・・・・・・・・・どう?」
 間近に寄り様子を窺うパティにミランダが尋ねた。パティは慎重にオイフェを調べた後一同の方を向いて太陽の様に明るく笑った。
 「大丈夫。完全に酔い潰れてるわ」
 その言葉に一同はおおっ、とどよめいた。
 「まさか牛乳にお酒入れていたなんて夢にも思わなかったでしょうね」
 カリンがクスクスと笑う。
 「まああまり誉められた方法ではないが」
 グレイドがコメントする。
 「いいじゃない。これで思いきり飲んだり食べたり出来るんだから」
 ラーナが言った。
 「よ〜〜し、それじゃあ仕切り直してもう一度・・・・・・」
 ラクチェが再び音頭を取る。
 「かんぱ〜〜〜〜いっ!」
 今度こそ杯が打ち合わされ並々と注がれていた酒が一気に飲み干され卓の上の料理が消えていく。オイフェの危惧が見事に的中した。
 「ちょっとレスター、そのトマトあたしのよ!」 
 「おい、今いらないって俺にくれただろうが!」
 「パティ、また貴女はそうやって!」
 「オルエンさん、マントにスープが!」
 「フィー、耳元で怒鳴らないでくれ」
 「あれっ、アーサー御前ベストが脂でベッタリだぞ」
 「アミッド兄さん、この鮭のカルパッチョ美味しいわね」
 「タニア、そのソーセージは俺のだ!」
 「あたしのよ!」
 「二人共止めんか!」
 「おいマーティ、あのソーセージの皿山分けしようぜ」
 「おうよ」
 「レディーーーー、ゴォッ!」
 「フフフフフ、ブライトン、今度は負けないわよ!」
 「マチュア、望むところだ!」
 「何よ、私の酒が飲めないっての!」
 「おうよ、飲んでやるよ!」
 「まったく、この二人さっきからこればっかりですね」
 「そう言うホーク兄さんは樽を幾つ空にしたら気が済むの?」
 「う〜〜ん、いい矢だ」
 「ロベルト、そりゃあ魚の背骨だ」
 「アルバ、そう言いながら羊の骨をかじるのは止めろ」
 「そう言うケインは何時まで桃の種しゃぶってんだろう」
 「やっぱりカリオンは真面目だな」
 「ディムナ兄さん、感心するのはいいけれどスパゲティを音を立てながら食べないで」
 「フェルグス、あんたあたしのグラタン取ったでしょ!」
 「何ィ、手前こそ俺のラザニア取っただろう!」
 「止めて下さい二人共!」
 「あ〜〜あ、またお姉ちゃん止めに入ったよ。気苦労ね」
 「よおシヴァ、ポーカーやろうぜ」
 「・・・・・・いい」
 「トルード、サイコロはどうだ?」
 「・・・・・・遠慮する」
 「ディジー、このピザどう?」
 「有り難う、マリータ」
 「ディジー、お兄ちゃんにも一枚」
 「デルムッド、よく食うなあ」
 「御前もな、スカサハ」
 「アズベルく〜〜ん?」
 「・・・・・・もういいです」
 「へえ、ヒックスさんってお子さんおられるんですね。意外ですね」
 「そ、そうか?」
 「そう言うあんたに年老いた御両親がいるのも驚きね、ロナン」
 「ちなみにレイリアには弟さんがいたりするのよね」
 「ラーナ、五月蝿い」
 「へえ、ホメロスさんって物知りですね」
 「今頃気付くなんて遅いよ、お嬢ちゃん」
 「ジャンヌ、あれは知ったかぶりだ」
 「五月蝿いぞ、ラルフ」
 「楽しいわね、あなた」
 「そうだな」
 「あれっ、うちの爺は?」
 「コノモールさんならゼーベイアさん、フィンさん、そしてガルザスさんと四人で別の場所で飲んでるわ」
 「ラナ、御前さっきからお菓子ばかり食べてないか?」
 「そういうロドルバンは仔羊一頭ラルフさんと食べ比べてたわね」
 「そういうマナは鳥何羽食ってんだよ」
 「この御酒をブラギ神に捧げます」
 「アーサー兄様何処?」
 「ああラクチェ、夜に君の瞳は・・・・・・」
 「死んでなさい!」
 「ラドネイ、もう離さないぞ!」
 「くたばれっ!」
 「・・・・・・レンスターの子供達にそろそろ斧の使い方を教えてやるか」
 「オルエン閣下、またパティさんと喧嘩なんかして!」
 「俺は嘘つきじゃねえーーーーーっ!」
 「ターラの人達は元気かしら」
 「エダ、このマカロニは美味いだろう」
 「ええ、兄さん」
 「俺のイチイバル何処やった?」
 とにかく無茶苦茶な騒ぎになっていた。飲み、食い、酒が暴れ回る。次々と運ばれてきては消えていく酒と料理、うず高く詰まれた野菜や果物の皮やヘタ、肉や魚の骨、空になった酒樽、店の店員達は大忙しだった。
 その中新しく参入したセティ、サイアス、ラインハルトの三人は卓の隅で話していた。
 「とすると帝国からの追っ手が向けられるというのですか?」
 ラインハルトが真摯な顔でサイアスに尋ねた。
 「はい。私が解放軍にいると解かった以上必ずや兵を送って来る筈です」
 「そうですか。そしてどの程度の軍が?」
 セティが問う。
 「おそらく十二万程。将も然るべき人物を送ってくるでしょう」
 「十二万・・・・・・。トラキアの精兵を前にしては厳しいですね」
 ラインハルトの声がくぐもった。
 「しかもトラバント王は一騎で敵軍を破った事もある男、そう容易には勝てません」
 「何言ってんだよ、それもお得意の騙し討ちじゃないか」
 ファバルが口を挟んだ。見れば一同三人の話を聞いている。
 「講和を結んで両方共軍を引き揚げた後自分だけ追撃して夜襲を仕掛けてね。ほんっとうに見事よね」
 直情的なラドネイが珍しく嫌味を言う。
 「シレジアにも来たわよね。そして戦えない子供を殺したり無実の人を反逆者に仕立て上げて帝国に引き渡したり」
 フィーの緑の瞳に嫌悪が差し込める。
 「その通りだ。レンスターは昔からあの野獣に脅かされてきたのだ。あの男は人ではない。血と死に餓えた山犬だ」
 レンスター出身のイリオスは殊更にトラキアを憎んでいる。
 「イザークでも酷かったぜ。俺とヨハン兄貴がアグストリアのブリアン兄貴のところへ行っている間に暴動が起こったんだがそれを嗅ぎ付けて頼まれもしないのに来やがった。そして掠奪と虐殺を繰り返したうえで法外な謝礼金をふんだくりやがった。全くとんでもねえ野郎だよ。エダとディーンには悪いがな」
 ヨハルヴァが言った。
 「いや、我等は元はマンスターの生まれ。トラキアの侵攻で孤児になりハンニバル将軍の部下に拾われトラキア軍にいたのだ。もっとも王のやり方について行けず今ここにいるのだがな」
 「へえ、そうだったのか。それは知らなかったな」
 「だが我等のように王の下を去る者はほとんどいない。トラキアの者にとってトラバント王は救世主なのだ」
 「それが解からねえんだ。何であんな野郎にトラキアの奴等がついて行くのか」
 アサエロが右目を歪めて言った。
 「・・・・・・・・・」
 ディーンもエダも何か言いたげであったが話そうとはしなかった。
 「セリス公子はトラキアと講和されるおつもりでしょう?いきなり背中からブスットやられないかしら。キュアン王子や
エスリン王女みたいに」
 「ちょ、ちょっと・・・・・・」
 ミランダをラナが止めた。彼女はリーフを見てハッとした。
 「ご、御免なさい・・・・・・」
 だがリーフは穏やかに微笑んで手を横に振った。
 「いえ、いいです」
 「とにかく我々は全く信用の出来ない危険な男と剣を交えなければなりません。おそらく講和は無意味でしょう。しかも今までとは戦い方が全く異なります。皆さん、気を抜く事無くいきましょう」
 若くして天才軍師と謳われただけはある。今や天下にその名を轟かせる解放軍の将達も息を飲み酔いも醒めて聞いていた。
 「特にゲリラ戦や破壊工作に警戒しましょう。レンスター侵攻の際にもターラでもトラキア軍は使ってきました。おそらく今もそれを狙っています」
 「・・・・・・・・・」
 一同静まり返った。皆内心それを最も恐れていたからだ。場が暗いものになった。その時であった。
 店の中からギターを弾く音が聞こえてきた。それはアレスが弾いているとすぐに分かった。しっとりとして落ち着いた、
そして何故か哀しげな旋律の曲である。
 リーンがその曲に合わせて踊る。静的で円を描くように踊る。
 「この曲は・・・・・・」
 「『さようなら懐かしき我が家よ』だ」
 ホメロスがマリータに言った。
 「マンスターに古くから伝わる曲でな。恋人との結婚を反対された若い娘が恋人と駆け落ちする時に今まで育った我が家へ別れを告げる曲だ」
 「だからしっとりとして物悲しい曲なのね。ところで駆け落ちした娘さんは後でどうなったの?」
 「恋人とユングヴィに辿り着きそこで幸せに暮らしたらしいがな。それでも故郷を離れる切なさが心の中から離れなったらしい」
 リーンは暫くアレスのギターに合わせて踊りを続けた。一同はその曲と踊りに心を奪われ聞き惚れ魅了されていた。
 曲が終了した時一同は静まり返っていた。そして皆穏やかで落ち着いた心になっていた。
 「もう休むか」
 グレイドがボソッと言った。皆一言も出さずその言葉に頷いた。
 金を払いしずしずと店を後にしようとする。その時皆ふと気付いた。
 「あっ、オイフェさん・・・・・・」
 皆ハッと顔を見合わせる。見れば酔い潰れたままで卓上にうつ伏している。
 「どうしよう、あれ」
 ディジーが彼を指差しながら言った。
 「起こすか?」
 フェルグスが指を口に当てて言う。
 「起こした直後トゥールハンマーが何十発も炸裂するわよ」
 フィーが言う。
 「けどこのまま放っといても雷が落ちるしな。どうする?」
 アーサーが言った時ユリアがオイフェの方へトコトコと歩いて行った。
 「えっ、ユリア、貴女じゃとてもオイフェさんを運ぶのは・・・・・・」
 サフィが止めようとしたがユリアはそれをニコリと微笑んで制止した。
 ユリアはオイフェの側に寄るとそっと手を彼の背に当てた。すると彼の身体が宙に浮いた。
 「成程、魔法を使うのですね」
 スルーフの言葉にユリアはまたニコリと微笑んだ。そして宙に浮いたオイフェを操りながら一同に別れを告げ店を後にした。一同も店を後にしそれぞれの部屋に帰っていった。

 次の日の夜セリスは城の一室で戻って来たオイフェ、シャナン、レヴィン達と話をしていた。話の内容はやはり今後の自軍の動きについてであった。
 「やっぱり講和は難しいか」
 「私がトラキアでトラバント王と話してみるがな。だがあのトラバント王だ、あまり期待は出来ないな」
 シャナンがセリスに対して言った。
 「まあ講和は出来なくともここでトラバント王を除いておくのも良いですな。あの男は帝国と並ぶ大陸の癌、これ以上放っておけばさらに罪無き人々があの男の毒牙にかかっていきます」
 「だが我々の敵は帝国じゃないか、この戦に僕は・・・・・・」
 セリスはオイフェに対して何時になく力無い口調で言った。
 「セリス様、その様なお考えはあの男をつけ上がらせるだけです。イードで友好条約を突如一方的に破棄しキュアン様とエスリン様、そしてアルテナ様を手にかけレンスターへ侵攻し、各地で傭兵として悪の限りを尽くしてきた男です。騎士の風上にも置けぬ卑劣な男です。それはターラやマンスターの件でお解りでしょう」
 「うん・・・・・・。だけどトラキアの者は何故あの様な男を支持しているのだろう」
 「それはトラキアに行けばわかる」
 レヴィンが口を開いた。
 「レヴィン・・・・・・」
 「イザークやレンスターと違いトラキアは高い岩山に囲まれ土地も痩せている。他の国々と比べて極めて貧しいのだ。トラバントはそんなトラキアの民を救う為自ら槍を手に取って戦っているのだ。それがダナンやレイドリックのような連中とは違うことだ。だからこそトラキアの者はトラバント王についていくのだ」
 「なら・・・・・・」
 「だがそれはトラキアの為だけでありトラキアだけの正義だ。攻められ戦火に曝され家族や大切なものを奪われる
レンスターや他の国々の者はどうなる?トラバント王の掲げる正義とは他の者の犠牲の上に成り立つ正義だ。それでは帝国と変わらないではないか」
 「・・・・・・・・・」
 「セリス、我々は大陸全体の為に戦っているのだ。その為には避けて通れない壁もあるし矛盾もある。だが我々はそれを乗り越え進んでいくしかないんだ」
 「・・・・・・・・・」
 だがセリスはそれに答えない。否、答えられないのだ。
 「解からないか。まあ良い。いずれ解かる。そのとき御前はまた一つ大きくなる」
 セリスは窓の方を見た。夜の空に白銀の月が輝いている。
 ふとマンスターとミーズで対峙したアルテナ事が脳裏に浮かんだ。美しい瞳に哀しみを宿らせた敵国のあの王女が忘れられなかった。
 (トラキアの者達もこの月を見ているのだろうか)
 月は白銀の光でマンスターを照らしている。その光は優しく苦しみや悩みさえも包み覆っているようであった。


 第三夜   完


                                     2004・1・8



いよいよ、トラキアへ。
美姫 「悩むセリス。しかし、それもまた、成長のための肥料」
この戦いを終えたとき、セリスは何を思い、何を考えるのか。
美姫 「第四部も楽しみに待ってますね」
待ってます。



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