第五幕 聖斧


 グランベルが共和制となる以前よりイードはいザーク、レンスター、シレジア、そしてグランベルを結ぶ交通の要地として知られていた。オアシスを中心として成立したフィノーラ、ダーナといった街は商業、そして交易上重要な拠点であり栄えた。とりわけダーナはイザークとレンスターの間にあり西にグランベルへの道が開けていることもあり繁栄していた。
 その為ダーナやフィノーラが戦乱の渦に巻き込まれる事も度々あった。先の大戦でのシグルド率いるシアルフィ軍とヴェルトマー及びトラキア軍との戦いもそうであったし今回のセリス達のダーナでの戦いもそうである。先の聖戦においても幾多の激しい死闘が繰り広げられその中でも十二聖戦士達が十二柱の神々より神器を授かった『ダーナ砦の奇跡』はとりわけ有名である。
 聖戦により暗黒教団が倒れグランベル帝国となるとミレトスと同じくそれぞれの都市が自治権を持つ自由都市となった。これがブラムセルに代表される豪商やジャバローなど傭兵を産む土壌となった。
 ブラムセルの死によりダーナはセリス率いる解放軍の勢力圏となった。フィノーラはシレジア解放軍に協力すると宣言しダーナの北と東と南は完全に帝国から離れた。西部の都市も先の大戦のアルヴィスの密約が公表されると次々に帝国から離反しいまだ帝国についているのは以前よりヴェルトマーと親交のあった数都市のみでありこれ等の都市も何時離反するかわからない状況であった。これに対して国内も政情が揺れ動いている帝国には打つ手がなくシレジア総督ムーサとドズル家の嫡男ブリアン公子が率いる十万の軍が僅かに残った親帝国の都市を補給路としてダーナを攻めさせるだけであった。宮廷を出奔した司祭サイアスの追撃を名目としたこの出兵はトラキアと対峙する解放軍の後方撹乱及びイードの諸都市への示威行動がその目的であったが帝国の支持の失墜、補給路の脆弱さ、解放軍との兵力差からあまり効果が期待出来る作戦ではなかったが追い詰められつつある帝国にとっては起死回生の作戦であった。砂塵の舞うダーナで今再び戦いの幕が開こうとしていた。

 ーダーナ南西ー
 ダーナ南西の砂漠を進んでいく軍があった。緑地に白い風を描いた紋章が飾られている。十二聖戦士の一人風使いセティの血を引くシレジア王家の軍旗である。
 その旗の下に彼はいた。かってシレジアで総督を務めていたムーアである。軍旗から彼もまたレヴィンやセティと同じくシレジア王家の血を引く者であるとわかる。先の大戦においてレヴィンと王位を争ったマイオスの長子でありレヴィンとは従弟にあたる。彼がバーハラの士官学校にいる時シレジアで王位継承権争いが起こり父は死んだ。帝国がシレジアを滅ぼすと総督に任じられた。
 彼は総督になると帝国に倣った厳格な法治主義で国を治めた。反発もあったが傍流とはいえシレジア王家の者であり帝国の圧倒的な武力も背景にありあまり表面化はしなかった。だが帝国の弾圧と徴収が激しくなるにつれムーサへの反発が表面化した。やがて以前シグルドの下で活躍していた者達を中心とし大規模な反乱が起こりたちまちムーサは劣勢に立たされた。各地で反乱が続発し対応に追われた帝国はシレジアの放棄を決定しムーサも自らの軍と共に撤退した。
 濃緑の髪に灰の瞳、濃紺の軍服と白いズボンとマントを身に着けている。マージナイトであり風の魔法の使い手として知られている。その戦術指揮能力も有名である。狂信的なアルヴィスの信奉者でもある。
「やっとダーナまで来たな、ブリアン殿」
「うむ」
 傍らに騎乗する男が頷いた。薄黄色の髪に黒の瞳、赤茶の軍服に黒のズボンと濃い青のマントを着ている。太い眉と筋骨隆々の長身が彼が軍人であることを示している。彼こそ『騎士の中の騎士』と称されるドズル家の嫡男ブリアン公子である。
 幼い頃よりその聡明さ、高潔な人柄、そして武芸で名を馳せている。マスターナイトとしてあらゆる武術や魔術に通じているがドズル家の者に相応しくとりわけ斧を得意とする。十二神器の一つ聖斧スワンチカを自らの手足のように使うその姿を見て人は彼を『斧戦士ネールの再来』と称した。率いる斧騎士団は四万、精鋭として大陸にその武名を轟かせている。
 シレジア軍二万、斧騎士団四万、そしてシアルフィ軍四万からなる十万の軍は一路ダーナへ向けて進軍していた。ダーナへ着いた。その時であった。
 彼等の目の前に解放軍が布陣していた。その数は優に十万を超え今にも総攻撃を仕掛けんとしていた。
「くっ、読まれたか・・・・・・」
「竜騎士もいるぞ、トラキアはもう敗れたのか?」
「ならば我等に勝ち目は無いぞ。退くべきではないか?」
「馬鹿な、今退いたら帝国の威信はどうなるのだ?」
「威信!?まだそんなものがあったのか」
「何ィ!?」
 将兵達が口々に言い争いをはじめる。ムーサとブリアンはそれを表情を変えず聞いている。
「どうする?ここは退くか?」
 ブリアンが硬質の低い声でムーサに対し問うた。ムーサは何やら考え込んでいたがやがて口を開いた。
「ここで退いても兵達の離反を招くだけだ。戦おう」
「やはりな」
 微かに笑ったように見えた。だがそれは一瞬であった。
「だがどうする?兵力は敵軍が優勢、そのうえ既に布陣し終えているぞ」
「ならば一気に中央突破を図るか・・・・・・」
 ブリアンはその言葉にスワンチカを握り締めた。突撃を仕掛けるならば自分が先陣を務めるつもりであった。その時だった。
 解放軍の方から四騎かけてきた。そして自軍と帝国軍の中間で馬を止めた。
「帝国軍の騎士達よ、我が名はグレイド。さあ参られい!」
 四騎のなかで最も年配の騎士が名乗った。
「解放軍の聖騎士カリオン、貴殿等に一騎打ちを申し込む!」
 若い茶の髪の騎士が言った。
「同じく槍騎士ケイン、夜の国へ旅立たんとする者は来い!」
 槍を手にする若い騎士が叫ぶ。
「今叫んだ奴の連れでアルバってんだ。まあよろしく頼むな」
 青い髪の騎士が飄々とした感じで言った。四人共相当な手練であることが彼等が発している気からもわかる。だがそれにも関わらず帝国軍から四人の騎士が出て来た。
「シレジア近衛隊ピツァロ、参る!」
「同じくフォスカリ、行くぞ!」
「シレジア突撃隊バンクォー、その申し入れ謹んでお受けいたそう!」
「シレジア第一軍団イズマイーレ、かかって参られい!」
 帝国軍の方から四騎の騎士が馬を駆って出て来た。ピツァロがグレイドに、フォスカリがカリオンに、バンクォーがケインに、イズマイーレがアルバにそれぞれ向かって行く。
「大丈夫か?相手はどれも大陸に知られる騎士、容易な相手ではないぞ」
 ブリアンは斬り結ぶ八騎の男達に目をやりながらムーサに言った。ムーサはそれに対して冷静に言った。
「心配御無用、あの者達は我が軍の仲でも指折りの強者だ」
 そう言い終わった時だった。帝国軍の四騎士は解放軍の騎士達の槍に胸を貫かれ地に倒れた。地響きのような勝ち鬨が解放軍のほうからあがった。
「くっ、あの四人をああも簡単に倒してしまうとは・・・・・・」
 呻く間も無く解放軍から二騎出て来た。一人は剣を手にした金髪の若者でもう一人は剣の若者より年長の斧騎士であった。
「あれは・・・・・・フェルグスとブライトンか。先の四人と同じく手強いぞ。どうする?」
「答えは決まっている。行けっ、ガルベス、マルティネス!」
「はっ!」
 ムーサが名を呼ぶと同時に彼の後ろから二人の騎士が飛び出て来た。ガルベスは剣を抜きフェルグスと、マルティネスは斧を振りかざしブライトンと斬り合った。だが数合程で二人共斬り倒されてしまった。
「どうする?敵は完全に勢い付いてしまったぞ」
 ブリアンはまたもや歓声あがる敵軍を斜めに見ながらムーサに言った。
 ムーサも流石に狼狽を隠せない。細い目は充血し顔は蒼白となっている。額を汗が伝った。
「・・・・・・わかっている。次は私が行こう。その間の指揮を頼む」
「わかった」
 ムーサは馬を駆り前に出て行った。ブリアンはムーサの後ろ姿を見て何か思ったようだが口には出さなかった。
「我が名はムーサ、私と剣を交えんとする者は前に出られよ!」
 名乗りをあげた。解放軍から一人の騎士が出て来た。
「我が名はコノモール、受けて立とう!」
 二騎は互いに答礼すると剣を交えた。
 先の闘いとは違い激しい撃ち合いとなった。コノモールの熟練の剣技に対してムーサは剣に風の魔法を織り交ぜて対抗した。
 鎌ィ足が飛び剣が銀の光を放ち一騎打ちは続く。剣を斜めに振り下ろしたコノモールの態勢がわずかに崩れた。ムーサはそれを好機、と見た。
(今だ!)
 右手に持つ剣を放り捨てた。そして右手をそのまま下から上へ振り上げようとした。
 それを見たコノモールは咄嗟に左手に持つ手綱を左に引いた。馬が跳んだ。
 馬のすぐ脇を竜巻が突き抜けていった。コノモールは瞬時に手綱を引き戻した。そして剣を横薙ぎに払った。
 腕を振り上げたままガラ空きとなっていたムーサの腹を一閃した。ムーサの腹と口から血がこぼれ出る。
「流石だな・・・・・・」
 ドス黒い血と共に呟く様に言うと前のめりに落馬していった。
 解放軍からまたもや歓声があがる。主将の一人までもが倒された帝国軍は動揺を隠せない。だがその中で一人冷静な男がいた。
「騒ぐな。まだ完全に敗れたわけではない」
 ブリアンであった。太くよく響き渡る声で言った。
「まだ私がいる。私の手にある神器は知っていよう」
 斧騎士団を中心に生気が戻ってくる。ブリアンは続けた。
「この聖斧スワンチカ、この力は知っている筈だ」
 ザワザワと活気すら戻ってきた。かって斧戦士ネールが手にし持つ者を不死身にするとまで言われたこの神器の力を知らぬ者はいなかった。
「このブリアンの手にスワンチカがある限り我等に敗北は無い。勝利は我が手に!」
 帝国軍から大歓声が湧き起こった。それに対しブリアンは聖斧を振り応えた。
「遂に来ましたな」
 オイフェは馬を進めて前に出て来るブリアンを見ながらセリスに言った。
「ブリアン公子・・・・・・スワンチカの正統な継承者だね」
 セリスは呟くように言った。
「はい、その力量は歴代のドズル家の者の中でも最強と謳われ『斧戦士ネールの再来』とまで言われております」
「だとするとこちらも神器の継承者を出さなければいけないね」
「申し訳ありません、私のせいで・・・・・・」
 サイアスが二人の横で申し訳なさそうにうなだれる。だがセリスはその言葉に対し首を横に振った。
「サイアス、それは違うよ。君が解放軍にいなくても彼等は来た。それに君の知略と魔力は僕達にとって大きな力になってくれているよ」
「・・・・・・有り難うございます」
 目頭が熱くなった。涙こそ苦心して抑えたが心の中では違っていた。バーハラを出奔しセリスの下に来た。書庫で密約の文書を偶然発見してから始まりフリージ軍との戦いと解放軍の志及び行いを知り解放軍に参じた。そして今までの己の岐路を振り返り今セリスの言葉を聞き自分の行動と決意が正しかったと確信した。同時にセリスの心も知ったのだ。
「さてと、誰に行ってもらうかな」
「ここはスワンチカの攻撃をかわしきれる者が望ましいでしょう。かってランゴバルト公はリューベック城の戦いにおいて城の柱を一撃で粉砕しました。ランゴバルト公以上の使い手であるブリアンの一撃をまともに受けては生きてはおられぬでしょう」
「そうだね。だとすればシャナンかセティ、いや僕が・・・・・・」
「皇子、ちょっと待ってくれないか」
 ヨハルヴァの声がした。声のほうを見るとヨハンもいた。
「二人共・・・・・・」
「兄貴の事なら俺達が一番よく知っている。ここは俺達に任せてくれ」
「そうとも、ドズルの因果をここで変えたいのだ」
「しかし・・・・・・」
 二人の眼を見た。それを見て決めた。
「よし、任せよう。頼むよ」
「そう来なくっちゃな」
「感謝する」
 二人はブリアンの方へ駆けて行った。いちどうはそれに対し敬礼で見送った。
 ブリアンはこちらに来る二人の姿を認めて彼等を心の中で嘲笑した。二人はそれを知っていたようだがそれに構わず兄の下へ来た。
「よく連れ立って私の前に現われたな」
 ブリアンは二人に対し侮蔑の言葉をかけた。
「誇り高きドズルの名を汚した愚か者共よ。今このスワンチカで成敗してくれるわ」
「・・・・・・兄上、もうわかっておられる筈です」
 ヨハルヴァが言った。ブリアンはその言葉を聞いて蔵からスワンチカを取り出そうとしていた手を止めた。
「わかっている?何をだ?」
 口の端を歪めてみせた。弟達が何について言おうとしているのかもわかっていた。
「兄上は幼い頃よりいつも私達に騎士としてあの在り方と大儀について語ってくださいました」
「フン、それなのにレックス叔父上に続いて帝室に弓を引くとはな」
「・・・・・・叔父上はシグルド公子とアゼル公子との友情、そして祖父様や父上の誤りを正す為にグランベルに背いたのではありませぬか」
「・・・・・・・・・」
 何も語らなかった。叔父とシグルドやアゼルとの友情も自分の祖父や父の事も嫌という程知っているからだ。
「今のすらンベル帝国に大儀があるでしょうか?王を暗殺し罪無き者を陥れ今民に圧政を敷く帝国に。反逆者とはヴェルトマーのアルヴィス皇帝こそそうではないのですか?」
「・・・・・・・・・」
 何かを待っているように口を開こうとしない。今度はヨハルヴァが話しはじめた。
「兄貴、もうわかっているだろう?帝国こそ滅ぼされるべきなんだ。俺達と一緒に来てくれ。そして帝国を倒して大陸に正義を取り戻すんだ」
「正義、か」
 ポツリ、と言った。父の悪政、大陸各地での帝国の圧政、先の大戦における謀議・・・・・・。どれもブリアンにとって許せるものではなかった。そして心の中では先の大戦におけるシグルドやその遺児セリス率いる解放軍に共感するものがあった。
 解放軍の方を見る。ヨハンとヨハルヴァを解放軍の諸将が見守っている。どの者もよい眼をしている。
「・・・・・・セリス公子はこちらにおられるな」
 解放軍に青い髪と瞳の若者がいるのを認めている。良い印象を受ける。
「あ、ああ」
 二人の顔が明るくなる。だがそれは一瞬であった。
「ならば伝えよ、我が祖父ランゴバルトと我が父ダナンの敵討ちとしてセリス皇子に一騎打ちを申し込むとな。私とスワンチカの協力が欲しくば見事打ち倒してみよ!」
「・・・・・・・・・!」
 二人はその言葉に絶句した。だがブリアンの決意は固かった。

 両軍が固唾を飲んで見守る中セリスとブリアンは馬に乗り対峙した。張り詰めた空気が漂う。
「申し入れお受け頂き感謝する。このブリアン謹んで礼を言いたい」
「いえ、そのような・・・・・・」
 二人共表情を変えない。両者から闘気が発せられているのがわかる。
「ドズル家三代の雪辱を晴らす為・・・・・・。参る!」
「帝国を倒し民の幸福を取り戻す為・・・・・・。参る!」
 セリスは剣を、ブリアンはスワンチカを構え突進した。まず攻撃を仕掛けてきたのはブリアンであった。斧が振り上げられる。
「受けてみよ、スワンチカ!」
 セリスめがけ渾身の力で投げ付ける。セリスはそれを身を屈めかわした。だがそこに次の攻撃が来た。
 左手に持つ剣で斬りかかってきた。二撃、三撃と次々に剣が振り下ろされ突き出される。セリスはそれを懸命に防いだ。
 後ろから凄まじい殺気が飛んで来るのを察した。再び身を屈める。
 頭上をスワンチカが轟音と共に飛び去った。ブリアンはそれを右手で受ける。石柱すら一撃で粉砕したスワンチカを片手で難無く受け止めた。驚くべき膂力と反射神経である。
「流石だな。バルドの直系だけのことはある。だがこれはどうだ?」
 スワンチカが獣の咆哮のような唸り声をあげ振り下ろされる。セリスはそれに対し斧の柄の部分を剣で払った。斧は軌跡を変えセリスを逸れた。
 今度はセリスが激しく突きを繰り出す。ブリアンはそれを左手の剣で受け止め逆に右からスワンチカを繰り出す。セリスは馬上ながら卓越した身のこなしでかわす。そして再び剣撃を出す。対するブリアンもそれを受ける。
 先にミーズで行なわれたリーフとトラバント王、レンスター=アルスター間の戦いにおけるアレスとラインハルト、メルゲンでのシャナンとイシュトーといった数々の激しい一騎打ちと比べても全く見劣りしない凄まじい闘いとなった。ブリアンがスワンチカを竜巻のような唸りとともに投げればセリスは流星の如きつきを矢次早に繰り出す。焔虎が吠え天狼が駆け星燕が乱れ飛ぶーーーー。後世の詩人達はこの時の死闘をこう書き写している。両者共に五分と五分で撃ち合いそれは数百合にも達していた。セリスもブリアンも疲れは全く見せず陽が落ち周りに篝火が焚かれてもそれは何時終わるともなく続いた。それはさながらヴァルハラで闘い続けるエインヘリャルのようであった。
 ブリアンがスワンチカを投げる。セリスはまたもやそれをかわす。剣撃を出すがブリアンはそれを受ける。その時だった。
 一瞬だがブリアンの目が動いた。その動きはセリスも見た。
(む!?)
 同時に後ろから轟音が轟く。咄嗟に身を屈めスワンチカをかわす。斧はブリアンの右手に帰った。ブリアンの目はスワンチカを見ている。
(まさか・・・・・・)
 かってヨハンやヨハルヴァ等解放軍の斧使い達に聞いた事を思い出した。手斧を扱ううえで最も難しいのは投げてから戻って来る斧を掴む時なのだと。その時一瞬でも油断すれば命にかかわる、だからこそ斧使いはこの瞬間全神経を集中させるのだと。
(それならば・・・・・・)
 十二神器の一つスワンチカならばその扱いの難しさは手斧などとは比べ物にならない。ブリアンはその常識外れの膂力と人並みはずれた反射神経で完璧なまでに使いこなしているが受け止める瞬間には全神経をそこに集中させる筈だ。セリスの脳裏にある事が閃いた。
(やってみる価値はある)
 激しい応酬の後ブリアンは再びスワンチカを放った身を捻ってかわしたセリスの後ろを台風のように回転しながら飛んで行く。
 セリスは剣を突き出す。数合程撃ち合うとブリアンの目がピクリ、と動いたのを見た。
(今だ・・・・・・!)
 セリスは前に飛び出した。そして左手でブリアンの胴を掴むと渾身の力をもって馬上から引き摺り落とした。
「むぅっ!?」
 そのすぐ上をスワンチカが唸り声をあげ飛び去って行く。スワンチカが地面に突き刺さった時ブリアンの喉下にはセリスの剣が突き付けられていた。
「勝負あり、ですね」
 セリスはクスリ、と笑って言った。
「見事だ。しかしよくあそこで投げ技を使ったな」
「目、ですよ」
「目!?」
 ブリアンはその言葉にいささか面喰らった。
「はい、斧使いは投げた手斧を受け取る時最も神経を集中させると聞きます。スワンチカでもそうだと思いその隙を衝いたのです。その隙は斧を見る目の動きから読み取りました」
「そうか・・・・・・。流石だな、これだけの軍を率いるだけはある」
 ブリアンは立ち上がるとスワンチカの方へ歩み寄るとそれを大地から引き抜きセリスの方へ戻り左手に持っていた剣と共に馬から降りていたセリスに手渡した。
「完敗だ。約束どおりこのブリアン、我が軍と聖斧スワンチカと共に解放軍の末席に加えさせて頂こう」
 夜の闇の中歓声が鳴り響いた。解放軍にまた新たな勇者が加わったのである。

 ダーナを奇襲せんとした帝国軍十万は主将ブリアンと共に解放軍に入った。同時にイードの諸都市に駐留していたシレジア軍、斧騎士団からなる四万の兵も解放軍に入った。セリスはその四万の兵をそのままイードに駐留させ帝国への守りに当たらせた。そして自身は新しく入った兵とダーナの守備兵合わせて二十三万の兵を連れトラキアへ戻った。途中イザークやレンスターの兵とも合流しルテキアに残してきた兵と合流した時には五十五万に達していた。そして帝国から派遣されている将軍スカパフチーレが守るグルティア城へと駒を進めた。トラキアにおける戦いもいよいよ最後の段階へ入ろうとしていた。
 



ブリアンも解放軍へと。
美姫 「戦力がかなり大きくなり、いよいよ、戦いも終盤へと」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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