第三幕 光を奪われて


「勝負あり!」
 闘技場の審判が高らかに叫ぶ。勝利を讃える歓声がイシュトーを包む。
「イシュトー兄様、御見事!」
 リンダが客席から立ち上がりはしゃいでいる。彼はそれに対して微笑んで手を振る。
「おいリンダ、はしたないぞ。少しは周りの目を気にしろ」
 アミッドがはしゃぐ妹を窘める。二人の手に持つ焼き栗が零れ落ちそうだ。
「こんな小さな身体で全く・・・・・・。そんな事だと嫁の貰い手が無くなるぞ」
「いいもん、ここにちゃんといるから。兄さんに言われる筋合いは無いわ」
 そう言うとホークを抱き締めて舌を出す。いきなり抱き付かれ告白されたホークは目が点になった。
「トローンの三連発か。あれは避けられないよな」
「流石雷帝、メルゲンの時からまた腕を上げたわね」
 かってイシュトーと剣を交えたスカサハとラクチェが感歎の声を漏らす。
「炎と雷の高位魔法に素早い剣技・・・・・・。俺達の中でもかなり強い方だな」
 シヴァが分析する。
「その上頭も切れる。メルゲンでよく勝てたものだ」
 ブライトンも言う。そしてその間に次の対戦相手が闘技場に入って来た。
「ん・・・・・・!?」
 イシュトーと同じマージファイターらしいその男を見て解放軍の者達は何やら違和感を覚えた。それは闘技場の中で対峙するイシュトーも同じであった。
「成程な、そういう事か」
 はじめ、の声もかからぬうちに敵は魔法を放って来た。エルサンダーだ。
「甘いっ!」
 剣に雷を込め横に払った。雷球が撃ち消された。
「皆出番だ!この中にも随分紛れ込んでいるぞ!」
 観客席にいた解放軍の将達が一斉に席を蹴る様に立つ。混乱し逃げ惑う客達に紛れて刺客達が襲い掛かる。それを剣と魔法で受け止め逆襲に転じる。

「どうだ、やっぱり弓じゃ俺の右に出る奴はいないだろう」
 出店の的屋で買った矢十発を振り向きながら射抜き全て真ん中に当てたファバルは意気揚々だ。
「それさっき俺もやったぜ。御前だけ出来るわけじゃない」
「そうそう、自慢するならもっと凄いのを見せて欲しいな」
 レスターとロベルトが文句をつける。一緒にいるアサエロやディムナ、タニアも同意する。
「何、じゃあ目隠しをしてこの店の的を全部真ん中で射抜いてやるよ。ロナン、悪いが布で目を覆ってくれ」
「はい」
 布がファバルの眼にかけられるとする。そこで彼は言った。
「来てるぜ」
「ああ」
 一同彼の言葉に頷いた。
「人に紛れてないで・・・・・・」
 そう言いながらイチイバルを引く。
「正々堂々と来な!」
 タニアが矢を放つ。矢は店の親父の頬を掠めた後すぐ後ろの妖しげな男を撃った。
「親父さん、驚かせてすまねえ。今から少し厄介な事になる。後で弁償するから勘弁してくれよ」
 周りからゾロゾロと妖しい男達が短刀や弓矢を持ち現われた。店は忽ち撃ち合いの場となった。

 リフィスはパーン、トルード、セイラム、そしてティナと五人で路を歩いていた。リフィスとパーンの手にはジャラジャラと音がする袋がある。彼等はその袋を楽しそうに玩んでいる。
「大漁大漁、やっぱり小銭を稼ぐのはギャンブルだな」
 パーンは袋に手を入れて掻き回しその音を聞いて楽しみながら言った。
「全くだ。これでサフィにネックレスでも買ってやろうか」
 リフィスも手に金貨を取り袋の中に落として遊んでいる。こんな事には意見が合う二人である。
「どうせイカサマで稼いだ金だろう。そんなもの身に着かんぞ」
 トルードが釘を刺す。
「そうよ、そんな事続けてたらまたオイフェさんにどやされるわよ」
 ティナも言った。
「うるせえ、そう言う御前等は俺達が稼いだ金で遊んだり飲み食いしたりしてんじゃねえか。同罪だ」
「それにいつも俺達のイカサマを隠そうとしてくれてるよな。おかげでやり易いよ」
 リフィスとパーンは開き直っている。この辺りは流石である。
「それはそうだけど」
 ティナが口をくぐもらせる。
「どうだ、グウの音も出ねえだろ。じゃああの若親父には黙っててくれよ」
 リフィスが軽い笑いと共にそう言った直後にセイラムは足を止めた。
「・・・・・・上だ」
 他の者も足を止めた。
「出て来い!」
 パーンが懐から短刀を取り出した。そしてそれを右斜め上の民家の屋根の上へ投げた。屋根から喉に短刀が突き刺さった黒服の男が落ちて来る。
 右の小路から影が飛び出ようとしたその時だった。右へ跳んでいたリフィスが腰から剣を抜きその影を横に払った。
 ティナの放ったウィンドが前から来る刺客を撃ちトルードが上から襲い掛かる二人の敵を斬り捨てた。セイラムが最後の一人を至近からのフェンリルで倒すともう戦闘は終わっていた。
「あれだけ殺意を撒き散らしていればな。嫌でもわかるさ」
 パーンが地に伏す刺客達を見下ろしつつ言った。
「だが他の者達の所にも行っているだろう。すぐに知らせよう」
「ああ、まずは・・・・・・」
 トルードの言葉にセイラムが何か言おうとした時商店街の方から騒ぎが聞こえて来た。
「やっぱりな!」
 リフィスが舌打ちして騒ぎの方へ駆けて行く。四人がそれに続く。

 市街で刺客達と解放軍の将達が激しい戦いを行なう少し前セリスはオイフェと共に城内の廊下を歩いていた。
「どうやら殆ど遊びに行ったみたいだね」
「全く。どうせ闘技場か酒場かで出店でしょう。またなにやら騒動を起こさねば良いのですが・・・・・・」
「大丈夫だろう、オイフェは心配し過ぎだよ」
「ですかね。だからノィッシュ達に老けたと言われるのでしょう」
 珍しく子供っぽく微笑んだ。
「そうそう。たまには外に出て息抜きをして来たらどうだい?外でユリアと待ち合わせをしているんだろう」
「えっ、ええまあ」
 オイフェはセリスのその言葉に頬を少し赤らめた。他の解放軍の面々ならば怒濤の突っ込みを入れるところであるがそこはすれていなく恋愛にも疎いセリスなので助かった。
「じゃあすぐに行った方がいい。僕はここで休んでいるよ」
「で、では御言葉に甘えて」
 前から三人のシスターが来る。それを見たオイフェはセリスに何やら目配せした。
 セリスもそれはわかっていた。無言で頷く。
 擦れ違う。シスター達は二人に道をあけ最敬礼をする。二人は手でそれに応える。
 敬礼を終えシスター達は向き直り歩いて行く。だが咄嗟に振り向いた。
 セリスとオイフェは既に向き直っていた。シスター達が魔法を放って来たがそれを低い姿勢で駆けながらかわした。
 二人が下から上へ剣を一閃させる。左右の二人が倒れる。最後の一人は背を向け逃走した。
「逃がすか!」
 オイフェが追う。当然セリスも続く。シスターは僧侶とは思えない速さで逃げる。左に曲がり城内の礼拝堂に入る。
 そこはブラギ神の礼拝堂であった。ブラギの紋章が掲げられ竜の像や供物がある。窓は赤や青、緑で彩られたステンドガラスである。
「何奴!?」
 礼拝堂にはハンニバルとコープル、シャルロー親子がいた。ブラギ神に祈りを捧げていたらしい。
「ただのシスターとは思えぬ。さては刺客か」
 そう言うと鋭い眼差しでシスターを見据え剣を抜いた。二人の息子達も構え魔法を放とうとする。入口からセリスとオイフェが入って来た。
「成程な。そういう事か」
 ハンニバルは剣を手にシスターを追って来た二人を見て悟った。一歩一歩間合いを詰める。
「・・・・・・ユリウス皇子の手の者だな。セリス様の御命を狙って」
「投降すれば命までは奪わぬ。無駄な事は止めろ」
 オイフェとハンニバルが左右から来る。シスターはそれに対し身を翻し窓へ身を投げた。
「何っ!?」
 粉々に砕けたステンドガラスが青や緑の光を撒き散らす。シスターはそのまま下へ飛び降りる。
「馬鹿な、ここは三階だぞ、無事で済む高さでは・・・・・・」
 オイフェの言葉が言い終わらぬうちにシスターの下に黒い渦が生じた。彼女はその中に消えていった。
「ワープ、か・・・・・・」
「いえ、あんな黒い渦はワープの魔法では生まれません。おそらく暗黒魔法の一つです」
 コープルがオイフェに言った。その額からは汗が滲んでいる。
「セリス様、オイフェさん、お怪我は?」
 シャルローが杖を手に駆け寄る。
「有り難う、大丈夫だよ」
 二人は微笑んで言った。
「それにしても・・・・・・」
 セリスは砕け散った窓を見つつ言う。
「いきなり刺客を城内まで送り込んで来るとはね・・・・・・。暗黒教団、やはり厄介な相手みたいだね」
「すぐに諸将を集めましょう。早急に対応策を立てねばまたこのような事態が再び起こります」
「そうだね」
 それからすぐだった。市街地の至る所で解放軍の将達が謎の刺客達と戦闘状態になっているとの報が入ったのは。セリスとオイフェはその対応に追われ城内を駆け回った。そして一瞬、そう一瞬だった。忘れてはならない事を忘れていたのは。

「美味しい」
 ユリアは苺とオレンジにシロップをかけ蕎麦粉で焼いた皮で包んだ菓子を食べながら店の椅子に座ってオイフェを待っていた。
「昨日は楽しかったなあ」
 ユリアはオレンジを口にしながら昨日の夜の事を思い出していた。オレンジのすっぱさとシロップの甘さが口の中に
広がる。
 昨日解放軍の面々は酒についてとかく口煩いオイフェを黙らせる為にオイフェが絶対の忠誠を捧げるセリスを引き込もうと画策した。当然オイフェは猛反対した。だが酒というものを知らずまた誘いを断らない心優しいセリスはその誘いに乗った。
 やがて心配になって店に来たオイフェが見たのは店中に詰まれた酒樽と魚や肉の骨、野菜や果物の皮、そして戦死した解放軍の虎将達の中平気な顔で飲み食いを続けるセリスとユリアの姿だった。
 その光景のあまりの凄まじさに愕然とするオイフェにセリスは言った。
「お酒ってジュースと同じものの名前が違うだけなんだね」
 シアルフィ家の者は代々酒に極めて強い事で知られていた。セリスもその血を引いていたのだ。
「セリス様ってお酒強かったんだあ。知らなかった」
 ちなみにユリアはセリスと同じ位飲み食いしている。だが小さい。不思議だと誰もが言う。今もよく見ればずっと食べている。
「さて、と」
 席を立った。金を払い店を出る。待ち合わせ場所に歩いて行く。
「もしお嬢さん」
 小路から声がした。
「はい?」
 見れば誰かが手招きしてる。皺だらけの老人の手だ。
「誰ですか?」
 蹲りドス黒い赤紫のローブを身に纏った老人がいる。誰だろう、と思った。
「あの、私に何か?」
「うむ・・・・・・」
 その声と共にあげられた顔、とりわけ左の二つの瞳を見てユリアの顔が凍りついた。
「だ・・・・・・れ・・・・・・!?」
 老人はグッグッグッと笑った。獣より魔性の者のそれに近い笑い声がユリアの耳に木霊する。それは彼女の耳に嫌に強く残っていた。
「やはり記憶を失くしておるか。ディアドラめ、最後まで面白い事をしてくれおったわ」
「ディア・・・・・・ドラ・・・・・・!?セリス様もお母上の!?」
 不思議と懐かしくそれでいて愛しさを込めた響きとなって耳に入って行く。ユリアの警戒心が弱まった。マンフロイの手がサッと動いた。
 その動きは老人のそれとは思えぬものだった。何やら粘液の様なドロリとした生物が手から放たれた。
「ああっ・・・・・・」
 その不気味な生物はユリアの身体にへばり付いた。そしてその全身に吸い付き動きを止めた。
「くっ・・・・・・あっ・・・・・・」
 苦しそうにもがく少女を眺めながら老人は邪悪な笑みを顔に浮かべた。
「流石はスライム、よう吸い付くわ。わざわざバレンシアから取り寄せたかいはある」
 老人の背後に黒い点が生じた。それは次第に大きくなりやがては黒い大きな渦となった。
「ユリアよ、来るがいい」
「何故、私の名前を・・・・・・」
 ユリアは苦悶の表情を浮かべながら老人に問うた。
「すぐにわかるわ。二つの忌まわしき血脈を受け継ぐ呪われた落とし子よ。今度こそ我等が神の生け贄にしてくれるわ」
 そう言うとユリアをそのしわがれ爪が禍々しく伸びた手で掴んだ。その力は老人のものではなかった。
「セリス・・・・・・様・・・・・・」
 その声だけが空しく残った。二人は黒い渦の中にその姿を消した。

「ユリアがいない!?」
 城内の大広間で諸将を集め人員の確認と状況把握を行なっていたセリスはその報告に思わず声をあげた。
「ユリアの事だ。何処かで寝ているなんてことじゃないの!?そうだ、もう一度城内を探してみよう、そうしたら・・・・・・」
「いえ、残念ながら事実です。おそらく暗黒教団の者にさらわれてしまったものと思われます」
 オイフェの声は沈痛であった。それは今までのどんな敵の攻撃よりも強くセリスを撃った。
「馬鹿な、それじゃあ僕を狙う筈だ。何故ユリアを・・・・・・」
「光の力を封じる為だ」
 そう言ったのはレヴィンだった。前に歩み出て来る。
「先の聖戦に伝わるナーガとロプトゥスの戦いにある通り闇の力は光の力に弱い。奴等はユリアのその力を恐れたのだ」
「けどユリアはただのシャーマンだよ。確かに光の魔法にかけては他の者なんて足下にも及ばないけれど。しかしナーガみたいな神器が使えるわけじゃない。それが何故・・・・・・」
「いずれわかる。彼女の秘められた力が」
「力・・・・・・!?」
「いや、何でもない」
 その時大広間に若い騎士が駆け込んで来た。肩で息をしつつ敬礼した。
「どうした、また来たのか!?」
 騎士の様子に不吉なものを悟った。オイフェが問うた。
「ペルルーク南西の森に暗黒教団と思われる一軍が展開中、その数二万です」
「二万!?」
 一同その数に戸惑った。予想していたよりも遥かに少なかったからだ。
「人の数こそ二万ですが・・・・・・。バレンシアから召還したと思われるゾンビやガーゴイル、スケルトンといったあやかしの者達も多数おりその数を入れますと三十万程になります!」
「バレンシアから・・・・・・!奴等異形の者まで使っているのか!」
 ホメロスが叫ぶ様に声を出した。
「それだけではありません、クロノス方面から暗黒教団から逃れたと思われる子供達の一団がこちらに向かって来ております、このままでは森の敵軍と鉢合わせです!」
「くっ・・・・・・」
「セリスよ、ここは止まっている時ではない。すぐに子供達を救いに行くべきだ」
 シャナンが戸惑いを見せたセリスに対して言った。セリスはその言葉に普段の冷静さを取り戻した。
「おそらく追っ手がすぐにでも来る筈だ、時間は少ないぞ」
「そうだね、すぐに行こう」
 セリスは頷いた。
「では行きましょう、ユリアの事は心配いりません。あの娘はあれで強い娘、そう易々と奴等の毒牙にはかかりません」
 ミーシャが言った。セリスはその言葉に再び頷いた。
「行こう、そして子供達を救おう!」
 軍が動いた。それは新たなる戦雲の序曲であった。




一時の休息……。
美姫 「…のはずが、敵は手を全く緩めない」
刺客につぐ刺客。さらには、一軍が展開。
美姫 「そして、攫われてしまったユリア」
果たして、果たして〜。



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