終幕 炎の継承者


 一騎打ちの勝利とシアルフィの解放、そしてセリスの帰還をシアルフィの市民達は城を挙げて祝った。どの店も客で埋まり人々は店だけでなく道や家でも食べ騒いでいた。
 解放軍の将兵達も市民達と共に宴の中にいた。皆笑顔でその中にいる。
 将達も宮城の宴の間で宴会を開いていた。堆く積まれた料理や酒樽が次々と消えていく。
 その中でアーサーは今一つ気が晴れなかった。自分が解放軍に入るよう勧めたのが解放軍が倒すべきグランベル帝国の皇帝であったからだけではない。何故その皇帝がわざわざ自分の敵となるように自らの甥に仕向けたのか。アルヴィスの真意がどういったものなのか計りきれない。身内を自分の敵に回す愚はよく知っている筈だ。それをあえてした。袂を分かった父の居場所すら知っていたのに一度も来ず亡くなってから来た。そして自分に解放軍に入るよう言った。意味がわからない。アーサーは酒も進まず皆の輪に入りきれず一人で飲んでいた。
 ふとその場を見回した。サイアスがいないことに気が付いた。
(涼みにでも行ったかな)
 普段ならさして気に留めなかったであろう。だが今は気になった。少し話がしたいとも思った。周りの者に言って席を立った。
 イシュトーは彼が席を立ち扉を開け部屋を後にするのを見ていた。だがすぐに視線を外し再び宴に加わった。

 アーサーは廊下に出て暫く歩き階段を降りた。すぐ下に礼拝堂がある。そこから何やら話し声が聞こえる。どうやら二人いるようだ。そのうち一人の声は聞き覚えがある。
「サイアスか」
 そしてもう一人は。
「誰だ・・・・・・?」
 解放軍の者の声ではない。それがやけに気になった。
 意を決してその中に入った。十二聖戦士を祭った祭壇の前にサイアスはいた。もう一人もいた。
「貴方は・・・・・・」
 そこには紅の法衣を身に纏った老司祭がいた。アーサーは彼を知っていた。
「フェリペ司祭・・・・・・。どうしてここに」
 フェリペはアーサーに対して畏まって一礼した。そして彼の顔を見て微笑んだ。
「よく似ていらっしゃる。まるでアゼル様が帰ってこられたようです」
「はい」
 アーサーは答えた。
「ファラ神も喜ばれていることでしょう。神器を受け継がれる方がこれ程立派な方なのですから」
「えっ、神器!?」
 アーサーはそれを聞いて思わず声をあげた。直系でもない自分がファラ神に選ばれるなど思いもよらぬことだからである。
「しかし俺には聖痕も・・・・・・」
 アーサーは口篭もった。
「聖痕はファラ神の血を受け継がれる方ならどなたもお持ちなのです」
 フェリペは言った。
「そしてファラ神はその中からお選びになるのです」
「そうだったのか・・・・・・」
 アーサーはその時ようやくレヴィンがアルヴィスに対し言った言葉を理解した。
『神器は己を使う者を選ぶ』
 と。それはこのことであったのだ。
「さあファラフレイムを」
 フェリペは言った。
「そしてファラフレイムは?」
 アーサーは尋ねた。
「あちらです」
 見れば祭壇の前にアルヴィスの遺体が置かれている。横たえられたその遺体はセリスとの闘いで流した夥しい血も拭かれ礼服を着せられている。
「・・・・・・・・・」
 一代の英傑ながら重ねてきた罪行により守護神にも見放されてしまった男である。人に対して同情の念を抱かないように心掛けているアーサーだが改めて今ここに横たえられている叔父の数奇な生涯について考えさせられた。
 アルヴィスの胸に一冊の書があった。豪華な装飾が施されたその書が何であるかすぐにわかった。
「ファラフレイム・・・・・・」
「そうです。ファラフレイムは貴方が来られるのを待っていたのです」
 サイアスが言った。
「新しい主を」
「新しい主・・・・・・」
 アーサーは彼の言葉を繰り返した。
「さあ早くお取り下さい。その時新たな光が貴方を包むことでしょう」
「光・・・・・・」
 アルヴィスの遺体の前に進み出た。ファラフレイムはその胸の上に静かに置かれている。
 手に取ろうとした。だが手に取れなかった。取ってはいけない、そう感じた。
 神器は己を持つべき者を選ぶ。自分には持つ資格がないと思った。ファラの再来とまで謳われた叔父アルヴィスでさえその罪により見放された。神器の中でも特に誇り高いのだ。自信が無かった。自分も見放されるのではないか、と考えた。
“大丈夫だ、己を信じよ”
 不意に誰かの声がした。祭壇の方からだ。アーサーがそこに顔を向けると彼がいた。
「叔父上・・・・・・」
 アルヴィスがいた。だが実体ではない。祭壇の中に透けて宙に立っている。零体であった。
“そなたには神器を扱うに足る素晴らしい力がある。私などよりもな”
「しかし・・・・・・」
 アーサーはそれでも躊躇った。まだ決心がつかない。
“アーサー、わかっている筈だ。今大陸がどの様な状況なのかを”
 声が厳しくなった。叱っているのではない。説き聞かせる様な声だ。
“それは全て私が招いてしまった事。私が貶めてしまったヴェルトマーの誇りを取り戻せるのはもうそなただけなのだ”
「・・・・・・・・・」
 アルヴィスは一言置いた。そして続けた。
“我がヴェルトマーの炎の紋章をもう一度正義の紋章とする為に・・・・・・。アーサーよ、ファラフレイムを受け取ってくれ。そして私の身体をその炎で灰も残さず焼き尽くしてくれ”
「えっ、しかしそれは・・・・・・」
 アーサーはその言葉に対し驚愕した。サイアスとフェリペに顔を向ける。二人はそれに対し顔を俯けて頷いた。
“私は今まで罪を重ね過ぎた。最早ヴォータンの治めるヴァルハラにもドンナーの治めるニブルヘイムにも行けぬ。
当然ヘルの国にもな”
 それがどういう意味かわからぬ者はユグドラルにはいなかった。
“ローゲの支配するムスペルムでこの魂を永遠に焼かれるのみ。その私にとって現世に身体を残すのは何よりも耐え難いのだ。・・・・・・頼む”
 それを聞いてゴクリ、と喉を鳴らした。額から汗が零れ落ちる。最早恨みも憎しみも無い。以前ならば躊躇無くファラフレイムを手に取り罵りつつ身体どころか魂まで焼き尽くさんとしたであろう。
 だが今は違う。目の前にいる叔父は自らの分身とも言えるものを自分に託さんとしているのだ。
 辛かった。手を動かそうにも指が動かない。何か強烈な暗示にかかたかのようだ。
 それでも少しずつだが指が神器に近付いていった。
 触れた。暖かさが微かに感じられた。
 手に取った。右手から両手に持つ。
 触れた時とは比較にならぬ暖炉の様な暖かさが身体全体を覆った。それは力強くもあり無限の力が奥底から湧き出るようであった。
「叔父上、確かに受け取りました」
 アーサーはアルヴィスに対して言った。
“うむ・・・・・・”
 アルヴィスは頷いた。
「そして・・・・・・」
 アーサーは言葉を続けた。
「さようなら」
 右手の平を開きアルヴィスへ向ける。青い炎がアルヴィスの遺体の周りを包んだ。それ瞬く間に遺体を覆い包み込んだ。
“・・・・・・有り難う”
 アルヴィスは言った。
“これで私も心置きなくこの世に別れを告げられる”
 ニコリと微笑んだ。その時だった。
 アーサーの前に一人の青年が現われた。この場にいる者達は皆この青年をよく知っていた。
「父上・・・・・・」
「アゼル様・・・・・・」
 アゼルはアーサー達の方を向き微笑んだ。そして兄に向き直った。
“そうか、許してくれるのか”
 アルヴィスはそう言うと目を閉じた。
“そして導いてくれるのだな”
 うっすらと熱いものが込み上げてきた。
“さらばだ、フェリペよ。今までご苦労であった”
「はい」
“サイアスよ。これからはアーサーを助け民の為に働いてくれ”
「わかりました」
 二人は頷いた。
“そしてアーサーよ”
 アルヴィスはアーサーにも声をかけた。
「はい」
“ヴェルトマーとファラフレイムを頼む。その力を正義の為、民の為に使ってくれ”
「わかりました」
“良いか、決して私のようにはなるな。己が弱さに負けるな”
 アルヴィスはそう言い残すとアゼルと共に消えていった。後には灰すら残らなかった。
 アーサーはフェリペに別れを告げサイアスと共に宴に戻った。イシュトーはそれを見て何やら思うところがあったようだがすぐに宴に戻った。

 宴も終わりセリスはオイフェと共に外へ出た。行く先はシアルフィ家の墓、戦いの勝利を報告する為であった。
 誰もいない。夜の静寂の中シアルフィ家代々の墓標が林の中の木々の如く立ち並んでいる。
 その中でセリスはオイフェを従え父と母の墓標の前にいた。父の墓と母の墓は並んで立っている。
「父上・・・・・・」
 父シグルドの墓標に語りかける。
「母上・・・・・・」
 母ディアドラの墓標に語りかける。
「私は来ました。戻って来ました、このシアルフィに・・・・・・」
 白い墓標が月の白銀の光に照らし出される。二人の影もその緩くおぼろげな光の中長く伸びている。
 月明かりの中ディアドラの墓標の上に光が灯った。
「蛍・・・・・・!?」
 違った。この季節に蛍はいない。光は次第に大きくなり人の手の平程になった。
 淡い紫の優しい光だった。光はディアドラの墓標の上でゆらゆらと揺れ動いている。
“セリス・・・・・・”
 光が語りかけてきた。優しく透き通った女性の声であった。
 セリスは幼い頃その声を聞いていた。その記憶が今甦る。
「はは・・・・・・うえ・・・・・・!?」
 セリスは問うた。光はそれに頷く様に瞬いた。
“立派になったわね、セリス。それに沢山の良き方々と知り合えて・・・・・・。いつも貴方を見ていたわ”
 セリスはその声を聞き感極まった。声を振り絞る様に出した。
「母上、私は遂にやりました。アルヴィス皇帝を倒しました、父上のご無念をこの手を晴らしたのです!」
“そう・・・・・・”
 その声は嬉しいような哀しいような響きであった。
“ユリウスとユリアは・・・・・・?”
 声は問うてきた。
「そ、それは・・・・・・」
 セリスは口篭もった。彼は二人の置かれた残酷な運命を知ってしまっていたからだ。それは何よりも二人の母であるディアドラが最もよく知っていることだったからだ。
“セリスよ”
 今度はシグルドの墓標の方から声がした。
 声の主もやはり光であった。力強くそれでいて美しく輝く青い光であった。
「父上・・・・・・!?」
 微かな記憶が甦る。幼い頃いつも側で聞いていたあの懐かしい声だった。
“慢心はするな。そなたがここまで来れたのはそなたの力だけではない。そなたを信じついて来てくれた多くの者達の力があってのものなのだ。それを忘れるな”
「はい・・・・・・」
 彼はその言葉に頷いた。
“セリス、何時までもお友達を大切にね”
“私達はいつもそなたを見守っている。これからもな。それは忘れないでくれ”
「はい・・・・・・」
 青い瞳から涙がとめどなく流れてくる。それは頬を伝いセリスの青い軍服を濡らした。
“ユリアとユリウスをお願いね”
“オイフェ”
 シグルドはオイフェに声をかけた。
「は、はい」
 片膝を折った。厳粛に頭を垂れる。
“今までセリスを護り育ててくれて有り難う。・・・・・・そしてこれからもセリスを頼む”
「はい・・・・・・」
 固く閉じられた頭から涙が溢れ出る。その涙は滝の様に流れ落ちた。
 二つの光は螺旋を描いて絡み合い夜の空にゆっくりと登って行く。二人は溢れ出る涙をそのままに二つの光を見ていた。
“セリス、元気でね。いつも貴方の姿を見守っているわ”
“忘れないでくれ。光は常にそなたと共にあることを”
 二つの光は濃紫の夜の星達の中に消えていった。セリスとオイフェはその色とりどりの星達の青と紫の二つ連なる星を白銀の淡い月明かりの中見上げていた。
 

第五夜   完


                                2004・3・7




うぅ〜、良いお話だよ〜。
美姫 「本当ね〜」
……さて、しみじみはここまで!
美姫 「はやっ」
さて、いよいよユリウスや暗黒教団との戦いが…。
美姫 「第六部も楽しみに待っていますね」
待っています。



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