第四幕 光竜降臨


ーバーハラ城ー
「そうか、遂にユリアを始末したか」
「はい。これで我等の世を阻む者はいなくなりました。世界はユリウス様により暗黒に美しく染められるでしょう」
 二人は例の地下の地で濡れた部屋にいた。マンフロイは無気味な笑いを浮かべている。
「それは楽しみだ。だが少し早合点があるな。そなたらしくない」
「それは!?」
 マンフロイはその言葉に声をあげた。ユリウスはそれに対し子供っぽい悪戯な笑みで応えた。
「そう簡単にいっても面白くなかろう」

ーバーハラ解放軍本陣ー
 本陣の天幕の中解放軍の諸将達は力無くうなだれていた。
 諸将達は輪になり中央を見つめている。そこにはユリアが横たえられていた。
 死に顔もあどけなくまるで眠っているようだ。だが暗黒魔法を受けドス黒く変色した胸と溶け爛れた衣がその死を告げていた。
「まさかこんな形で再会するなんて・・・・・・」
 ラナが力無く言う。
「けど十二神器の一つ聖杖バルキリーが我々の手にあったのが唯一の希望です。言い伝え通り死者を甦らせる力があれば・・・・・・」
 スルーフが顔を強張らせて言う。
「大丈夫だ」
 レヴィンが言った。
「ユリアは必ず甦る」
 言葉を続けた。
「バルキリーはワルキューレの力で死者をもう一度この世に戻らせる杖。だがその強大な魔力により扱うことが出来るのは
聖痕を持つ者のみ。それがコープル、御前なのだ」
「はい」
 コープルが前に出て来た。
「今の御前ならばその杖を扱える。そして必ずやユリアの魂をこの世に戻すことが出来る。さあ、頼むぞ」
「はい」
「コープル、しっかりね」
 リーンが言った。
「きっと出来るよ」
 シャルローが声をかけた。
 そしてクロードとハンニバルが息子の側に来た。
「安心しなさい、ブラギ神が貴方を御護り下さいます」
「自分の力を信じよ。御前ならば必ず成し遂げられる」
 皆彼を心から励ます。コープルはそれに対し頷きゆっくりと前に進んだ。
 ユリアの側に来る。そして杖をゆっくりと掲げて詠唱をはじめた。
 長い詠唱である。五分、十分と続く。次第に杖に白い光が宿っていく。皆息を飲み沈黙した。
 詠唱が終わった。杖の光が天に昇った。そして白い光が天からユリアの身体を照らし出した。
 光の中を一人、また一人とワルキューレ達が舞い降りて来る。両肩に三対の翼を生やした九人の乙女達はユリアの上で静かに舞を続けた。
 乙女達は舞を終えると円を組み右手を上げた。乙女達の手から黄金色の光が生じそれが一つの光球になった。
 乙女達が右手を下ろすと光の球はユリアの方へ落ちて行った。
 光球はそのままユリアの中へ入って行く。九人の乙女達はそれを見届けると静かに光の中天空に帰っていった。
 光が消え後にはユリアだけが残された。
 ユリアの頬に少しずつ赤みがさしてきた。閉じられていた口が僅かに開いた。ゆっくりと瞼が開いてきた。
「良かった、ユリ・・・・・・」
「ユリアッ!」
 セリスが進み出ようとする。だがそれより速くオイフェが飛び出て来た。
 ユリアに駆け寄り抱き付いた。そして人目も憚らず彼女を抱き締め涙を流した。
 その思いもよらぬ事態にセリスをはじめ一同呆然となった。当のユリアも狐につままれたような顔をしている。
「あの、オイフェ」
 セリスが近付きオイフェに声をかける。オイフェは主君の言葉に我を取り戻し顔を真っ赤にして慌ててユリアから離れた。
 ユリアに言おうとしたその言葉をオイフェに取られたセリスはとりあえずユリアに服を着替えて来るように言った。
 暫くしてユリアが戻って来た。以前の薄紫の丈の長い服とローブである。
 以前と大きく変わったようだ。表情も大人びていた。瞳も左の瞳がシアルフィの青い瞳となり神秘性を増していた。何よりも全体から発せられる気が今までよりもより強く美しくそれでいて全てを包み込むようなものとなっていた。
 一同その変貌に思わず息を飲んだ。オイフェは顔を赤らめたまま俯き加減にユリアを見つめている。
「皆さん、ご心配をかけ申し訳ありません。只今帰ってまいりました」
 そう言ってペコリ、と頭を下げる。長い薄紫の髪が波を作った。
「ユリア、本当に良かった。これも十二聖戦士の御導きだろうね」
 セリスが笑顔で言った。
「はい。こうして再び皆さんとお会い出来たことが夢のようです」
 二人は互いに歩み寄り手を取り合う。今兄と妹は再び結ばれた。
「ユリア、君に渡したいものがある」
 セリスは言った。
「わかっていると思う。それが何なのか。そしてそれを手渡すことが何を意味しているのかも」
「はい」
 二人の表情が引き締まった。セリスはレヴィンからダイアの箱を受け取ると彼女の前に出した。
 箱の蓋に丸い輪の形をしたくぼみがある。人の頭程の大きさだ。
「ユリア、君が着けている母上の形見でもあるそのサークレット・・・・・・。それこそがこの蓋を開く鍵なんだ。さあユリア、この箱を自らの手で開けるんだ。そしてユグドラルに幸福と平和を取り戻そう」
 ユリアはその言葉に従い自分の頭からサークレットを外した。そしてそれを箱のくぼみに入れた。
 箱のくぼみから白く強い光が発せられた。光が消えると箱の蓋がゆっくりと開いた。
 箱の中には一冊の書があった。黄金色の拍子に豪華な装飾が施されている。
 ユリアはその書を手に取った。不思議な温かさが感じられた。
 黄金色の光がユリアを包んだ。温かく力強くそれでいて優しい光だった。
 ユリアは多くの声が自分の心の中に語り掛けて来るのを感じていた。弱い者達、自らを守る術の無い者達の為に、ユグドラルの為に、平和の為に、そして束縛されている者達の為にこの力を使えーーーー。多くの声がそう言っていた。どれも厳しくそれでいて温かさのある声だった。
 何時しかユリアの瞳から涙が流れていた。感涙していた。自らの使命の責任の重さ、人々の期待の大きさ、そして人の持つ温かさ、全てが感じられた。炎の様に熱く真珠の様に美しい涙であった。
 光がユリアの身体の中に消えた。涙を流し恍惚としていた彼女であったが最後に二つの声を聞いた。
“ユリア、セリスとユリウスをお願いね”
“私たちはいつもそあたを見守っている。自分の信じる道を歩むのだ”
 ユリアはその声の主達が誰であるかすぐにわかった。静かに瞑目し両手を組んで祈る様に心の中で言った。
(わかりました。御父様、御母様)
 唯一つだけ気になった。自分はこれから兄ユリウスを倒しに行くのだ。それなのにユリウスを頼むとはどういうことか。
(御母様、何故ですの)
 返事は無かった。上を見上げもう一度問い掛けたがやはり答えは返ってこなかった。
(どうしてですの・・・・・・)
 そう思ったが思い直した。母には母の勧化があるのだと思った。それで気が晴れやかになるわけではない。だが今はそれで良かった。もしかすると幼き日々を共に過ごした兄を殺められずにすむならば、そしてそのうえでユグドラルに希望を取り戻せるならばもうそれ以上望むことは無い。例え叶わぬことでも。ユリアは頭を垂れる様に下げ胸の高さで左手の平を右手の平で包み瞳を閉じた。
「ユリア」
 兄がいつもの優しい声をかけてきた。
「はい」
「明日の朝出陣するよ。そしてこの戦いで全てを終わらせる」
「はい」
 こくり、と頷く。その顔に迷いは無かった。
「皆」
 セリスは諸将の方を振り向いた。彼の顔もユリアのそれと同じく迷いの無い晴れきったものであった。
「行こう、これが最後だ。暗黒神を倒し僕達の手でユグドラルに平和を取り戻そう!」
 皆手を高々と掲げ歓声をあげる。セリスとユリアはそれを見互いの顔を見やって強く頷き合った。

ーバーハラ城ー
「ふっ、そうか。遂にな」
 ユリウスは竜骨を模した黒い玉座で頬杖をつき足を組みながらユリアがナーガの魔法を手に入れたという報告を
聞いていた。
「おそらく明日このバーハラ城に来るな。私を倒さんと」
 ガラス窓の向こうの夜の窓を見た。通り雨だろうか。激しい雨が窓を打っている。
「だが所詮叶わぬこと。人間の身で神である私を倒すなのな」
 薄笑いを浮かべ席を立った。右手を前に出して下に控える暗黒教団の者に対して言った。
「魔物と魔獣共を解き放て。人間共の血肉をたらふく食らわせてやろうぞ」
 教団の者はその言葉に対し敬礼した。
「マンフロイとベルド、そして十二魔将、及び使徒達に伝えよ。城内に招き寄せ奴等を一人一人殺してやれとな」
 ユリウスはそう言うとニヤリ、と笑った。
「私も出る。この手でヘイムの小娘の胸から心臓を取り出し喰ろうてやる!」
 牙と爪が禍々しく伸びていた。紅の瞳が竜のそれとなり全身をドス黒い気が包んでいる。
 教徒は一礼うぃて姿を消した。後にはユリウス一人が残った。
 再び窓を見る。雨が相変わらずガラス窓を強く打っている。
「あの時も雨だったな。百年前とよく似ている」
 暗き天から雷が鳴る音がする。黒く厚い雲の中で稲妻が蛇の様に蠢いている。
「だが今度は敗れはせぬ。私のこの力、最早この世を覆わんばかりだ」
 雷の落ちる音と雨の降り注ぐ音が夜の静寂の世界を獣の咆哮の様な音で奏でている。
「ナーガよ、貴様はこのバーハラで滅びる。私のこの暗黒の力でな」
 雷が側に落ちた。その光が闇の中ユリウスの姿を照らし出す。牙と爪を禍々しく伸ばし竜の眼を持ち闇の中に笑うその姿は人のものではなかった。その影も笑っていた。影もまた人のものではなかった。異形のもの、邪悪な気を発する暗黒竜のそれであった。




ユリアも何とか復活して…。
美姫 「そして、ナーガの魔法も手に入れたわね」
いよいよ、最終決戦へ…。
美姫 「果たして、勝つのはどちらかしら」



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