『青砥縞花紅彩画』




     第三幕 雪の下浜松屋の場


奥座敷の場

 呉服屋。暖簾があり中には反物や箪笥等が見える。また着物がかけられ貼り紙もある。
小僧「さあいらっしゃい、いらっしゃい」
与九「毎度ありい(客に品物を渡し金を貰う)」
 客の出入りが激しい。かなり繁盛している。そこへ店の者に化けた赤星がやって来る。
与九「おい新入り」
赤星「はい」
与九「ちょっと店の奥まで行って来てくれ。こちらのお客様が赤い絹を探しておられてな」
赤星「赤絹ですね」
与九「そうじゃ、何処にあるかわかってるな」
赤星「勿論でございます。それでは今から」
与九「頼んだぞ」
赤星「はい」
 赤星舞台の奥に下がる。左手に消える。そしてそれを見送る客が与九に対して話しかける。
客一「またえらく男前の新入りですな」
与九「いや、そうですかな(笑いながら)」
客一「はい、こおで働かせておくのは勿体ない程何処かの役者にでもした方が」
与九「いやいや、ああ見えてもかなり利発でしてな。うちでも桐箪笥を手に入れたと大喜びなんですよ」
客一「桐箪笥ですか」
与九「(頷いて)はい」
客一「桐箪笥ならそちらは幾らでも持っておるではないですか(後ろの箪笥を指差す)」
与九「(額を自分で叩いて)いや、これは一本取られました」
客一「あはは」
 ここで新たな客が入って来る。袴を履いた日本駄右衛門が忠信利平を従えて右手から現れる。
忠信「番頭はいるか」
与九「はい、こちらに」
 忠信が前に出る。駄右衛門は後ろで悠然と構えている。
忠信「この前あつらえた五枚の小袖はどうなっておるか」
与九「(困った顔をして)小袖でございますか」
忠信「左様」
与九「染め上がりはしましたが」
忠信「では早く出せ。もう待てぬぞ」
与九「御仕立てがまだでして。もう暫くお待ち頂きたい」
忠信「(不平そうな顔をして)そう言ってもう何日経つと思うておるか」
与九「ここ数日天気もよくありませんし模様が模様であります故急には染め上がりませんでして。遅れております」
忠信「それにしてはあまりにも遅いのではないか」
与九「申し訳ありませぬ」
忠信「申し訳ありませぬとかそういうのばかりではないか。して何時出来るのじゃ」
与九「それですが」
 ここで赤星が左手から戻って来る。
与九「(赤星の顔を見て)おう、佐兵、いいところに来た(赤星の顔を見て急に元気になる)」
赤星「(事情がわからず)どうなさいましたか」
与九「ああ、この前の五枚の小袖なんじゃが」
赤星「あれでしたら夕方には出来上がりますぞ」
与九「(それを聞いて明るい顔になる)本当かい、それは」
赤星「はい、先程仕立て屋が来まして。夕方に持って来るとのことです」
与九「おお、そうであったか」
赤星「はい」
与九「ならいいんだよ。よく教えてくれた(ここで駄右衛門と忠信に顔を向ける。二人と赤星は目で何やら話をしているがそれには気付かない)」
与九「お侍様、こうしたことですので。夕方までお待ち下さい」
忠信「そうじゃのう。(駄右衛門に顔を向けて)如何なされますか」
日本「わしは構わぬが」
忠信「左様ですか。ではついでに執権様へのお進物も見ると致しますか」
日本「そうじゃな。そうするか」
忠信「ではそうなさいましょう。(与九に顔を向けて)おい」
与九「はい」
忠信「この通りじゃ。繻珍や緞子、織物が見たいのじゃが」
与九「わかりました。(赤星に顔を、向けて)佐兵衛どん」
赤星「はい」
与九「悪いが繻珍や緞子、織物を持って来てくれ」
赤星「わかりました」
与九「あと旦那様も御呼びしてくれ」
赤星「旦那様もでございますか」
与九「そうじゃ、こちらのお侍様は執権様へのお進物をご所望じゃ。失礼があってはならんからな」
赤星「(頷いて)わかりました。それでは」
与九「うん、頼んだよ」
赤星「はい」
 こうして赤星は左手に消える。駄右衛門と忠信は与九の側に来る。
日本「繁盛しておるようじゃな」
忠信「(店の中を見回して)確かに。よいものばかり揃っておるわ」
与九「(それを受けて嬉しそうに)おかげさまで。これも皆様もお引き立てのおかげでございます」
忠信「これで小袖が出来上がるのがむ少し早ければのう。言うことなしなんじゃが」
与九「あいや、これは意地のお悪い」
忠信「ははは」
 主人の幸兵衛が左手から現れる。その後ろには赤星が色々持って来て現われる。
幸兵「(駄右衛門の顔を見て)執権様へのお進物だとか」
日本「(それに頷いて)うむ」
忠信「何かいいものはないかのう」
幸兵「左様でございますか」
日本「そうじゃ。何かよいものはあるか」
幸兵「それでしたら幸い今朝京より届いた品がありますが」
忠信「おお、上方からか」
幸兵「はい、値ははりますがかなりよいものが入っておりまするぞ」
忠信「値は心配しなくともよい。早速見せてくれぬか」
日本「是非頼む」
幸兵「わかりました。(小僧に顔を向け)これ」
小僧「はい」
幸兵「今朝届いたものをこちらへ。よいな」
小僧「畏まりました」
 小僧左手へ消えていく。
幸兵「では暫しお待ち下さいませ」
日本「うむ」
幸兵「その間茶でも如何でしょうか。着物と合わせて下りものの玉露がございまして」
日本「いや、それには及ばぬ。あつかましい真似はしたくはない故」
幸兵「いやいや、そう仰らずに」
日本「しかしのう」
幸兵「混みます故。如何でしょうか」
日本「そうするかのう。(忠信に顔を向けて)これ」
忠信「はい」
日本「上がろうぞ。折角の好意じゃ」
忠信「わかり申した。それでは」
日本「よいかな」
幸兵「勿論でございます。(赤星に顔を向けて)この御二人を奥の間へ」
赤星「わかり申した。(二人を案内して)ささ。こちらへ」
日本「うむ」
忠信「頼むぞ」
 ここで三人は目で合図をする。だが誰もそれに気付かない。そして三人は奥へ下がる。左手へ消える。
 入れ替わりに二人の目立つ客が右手からやって来る。一人は振袖を着た高髷の島田の女装をした弁天小僧、そしてもう一人は侍の格好をした南郷力丸である。
弁天「(南郷に顔を向けて)これ四十八」
南郷「へい」
弁天「浜松屋というのはここでよいのか」
南郷「はい、こちらでございます」
弁天「左様か。しかしのう(少し恥ずかしそうに)」
南郷「如何なされました」
弁天「いやのう、婚礼の支度と言うてよいものかどうか」
南郷「ははは、御心配には及びませぬ」
弁天「何故じゃ」
南郷「それ位で今頃誰も気にしたりは致しませぬぞ」
弁天「そうであろうか」
南郷「はい。それではお入り下さい」
弁天「(やはり恥ずかしそうに)いや、そなたが先に」
南郷「そうですか。それではそれがしが先に」
弁天「すまぬのう」
南郷「いえいえ、それでは参りましょうぞ」
弁天「うむ」
 こうして二人は暖簾をくぐる。そして店に入る。
与九「いらっしゃいませ」
南郷「うむ」
与九「おお、これはお美しいお嬢様で。(弁天に目をやって)まずはお上がり下さい」
南郷「そうさせてもらおうか。(弁天に顔をやり)さあお嬢様も」
弁天「上がってもよいのかのう」
南郷「よろしゅうございますとも。(与九に顔をやり)これ」
与九「はい」
南郷「悪いが履物を頼むぞ」
与九「わかりました。(小僧に声をかける)これ」
小僧「へい」
与九「こちらのお客様の履物を」
小僧「わかりました」 
 小僧履物をなおす。そして与九の側に戻る。その間に弁天と南郷は中央に案内される。
 丁度赤星も戻って来る。そして与九の側に控える。
与九「それではまずお茶でも。下りものの玉露でも」
南郷「もらおうか」
与九「わかりました。(また小僧に顔を向けて)玉露を」
小僧「はい」
 小僧左手へ消える。そして与九はあらためて弁天と南郷に顔を向ける。
与九「今日は何をお求めでしょうか」
南郷「うむ、京染めのお振袖に毛織錦の帯地の類、お襦袢になる緋縮緬緋鹿子等をな」
与九「畏まりました。(別の使用人に対して)これ、それ等を持って来るように」
丁稚「わかりました」
 赤星と丁稚が左手に消える。そして与九は二人に顔を向ける。
与九「ところでお客様」
南郷「何でござろう」
 ここからはかなりアドリブでよい。とりわけ役者の名は舞台に出ている人を使うとよいかも。
与九「近頃の芝居は如何でしょうか」
弁天「芝居ですか」
与九「はい。お嫌いではないでしょう」
弁天「(頷いて)はい」
与九「お嬢様のご贔屓はどの役者ですかな。今売り出し中の羽左衛門はどうでしょうか」
弁天「私は音羽屋は嫌いなので」
与九「おや、それでは権十郎か粂三郎でしょうか」
弁天「いいえ」
与九「それで芝カンですかな」
弁天「(恥ずかしそうに)はい」
与九「いやいや、恥ずかしがることはないかと。あの男はこれから伸びますよ」
南郷「いや、それは嘘でしょう」
与九「何故ですか」
南郷「あいつは真面目過ぎます。まず酒が嫌い、女が嫌い、そして賭け事が嫌い」
与九「宜しいではありませんか。田之助とはえらい違いです」
南郷「もう一つ真面目ついでに台詞を覚えるのが嫌いです。真面目過ぎます」
与九「ははは、それは駄目ですな」
弁天「止めなさい。またその様なことを」
南郷「あいや、これは失礼。ところで」
与九「はい」
南郷「お主の好きな役者は誰だ」
与九「私ですか」
南郷「うむ。一体誰が好みなのかのう」
与九「十蔵です。片岡十蔵」
南郷「また渋いのう」
与九「そうでしょうか」
南郷「そういえばお主は十蔵にそっくりじゃのう」
与九「ははは、よく言われます」
南郷「うむ、本人かと思った程じゃ。さて」
与九「はい」
南郷「何故十蔵なのじゃ。確かに悪くはないがいささか渋いと思うが」
与九「やはり演技でしょう。最近伸びてますぞ」
南郷「ふむ、確かに」
与九「そして背も。とりわけ高いでしょう」
南郷「(笑いながら)ふふふ、面白いのう。確かにあれだけののっぽはそうそうおるまいて」
与九「はい、男はやっぱり背が高くないと」
南郷「おいおい、低い者に悪いぞそれは」
与九「ははは」
 ここで赤星と先程の丁稚が言われた着物を持って来てやって来る。
与九「おお、来たか」
赤星「はい、こちらに」
 ここで赤星と弁天、南郷は互いに見やる。だがやはり誰もそれに気付かない。
与九「これ佐兵どん」
赤星「へい」
与九「こちらへ。一緒にこちらのお客様にお付きしてくれ。身分の高い方故な」
赤星「わかりました。それでは」
与九「うむ」
 二人は弁天と南郷のところにやって来る。弁天と南郷は着物を見る。
弁天「四十八」
南郷「はい」
弁天「どれがいいかのう」
南郷「お嬢様のお気に入れられたものを」
弁天「そう言われるとさらに迷う。一体どれがよいのか」
南郷「どれでも。金はあります故御心配は無用ですぞ」
弁天「左様か。それではこれにしようか」
南郷「それでよろしいかと」
弁天「(考えながら)ちと地味ではないかえ」
南郷「御婚礼ゆえそれ位のものでよろしいかと思いますが」
与九「ほう、御婚礼ですか」
弁天「あ、これ。言うなどと」
南郷「いや、うかりとしました。失敬」
 この時左手から茶が来る。
赤星「番頭」
与九「何だい」
赤星「お茶が届きましたが」
与九「お、早いな」
赤星「はい、こちらです」
 ここで彼等は弁天と南郷から目を離し茶に視線を移す。その時に赤星はやはり二人に目で合図をする。二人は頷きまず弁天が動く。緋鹿子の布を懐に入れる。赤星はそれをしかと見ている。
 そしてすぐに与九にそっと耳打ちする。与九はそれを受けて頷き他の者にも言う。弁天と南郷はそれには気付かないふりをしている。
与九「(怖い顔で)もし」
南郷「おう」
与九「悪ふざけはいけませんな」
南郷「?何のことだ」
与九「いえね、そちらのお嬢様が」
南郷「お嬢様が如何いたしたか」
与九「お隠しになったものをお出しして欲しいのですよ」
南郷「それは一体どういう意味だ(弁天を庇って)」
与九「はっきり申し上げましょうか。そちらのお嬢様が万引きをなさったのですよ」
南郷「馬鹿なことを言うな、お嬢様がその様なことを為される筈がなかろう」
与九「いや、私もそう思ったのですがね。こちらの者が(ここで赤星を指し示す)」
赤星「間違いありません。この目で見ました」
南郷「(憤るふりをして)痴れ者、戯れ言を言うとい許さんぞ」
赤星「嘘ではございませんよ。この商売を長い間やっておりますから」
与九「その通り、この者はうちの店に来る前からこの手の商売をしておりましてね」
赤星「へい、前は京におりました」
南郷「京だと。この前赤星十三郎が暴れていたところか(弁天はその後ろで震えている)」
赤星「おやおや、またえらく名のある盗人を」
南郷「ふん、その名は天下に知られておるわ」
赤星「本人が聞いたら喜びますな。で、そちらのお嬢様は何も言われないのですかな」
与九「そう。さもないと身体にお聞きしますぞ」
小僧「早くお出しなさい。さもないと痛い目に遭いますぞ」
 そう言って彼等は南郷と弁天と引き離す。
弁天「(おろおろして)これ四十八、どうしたらよいのじゃ」
南郷「何、心配なさいますな」
弁天「しかし」
南郷「言うに事欠いてお嬢様を万引きと言うとは。この落とし前つけさせてやります故」
弁天「それでもこの者達は」
南郷「ここはこの四十八にお任せ下さい。よいですね」
弁天「う、うむ」
与九「(弁天に向かって)まだ仰られないのですかな」
弁天「何を」
与九「万引きされたことですよ。証拠もありますぞ」
弁天「証拠」
赤星「(弁天を捉えて)こちらに(そして懐を引っ張る)」
弁天「あれえ」
 懐から緋鹿子が出て来る。南郷それを見て顔を凍らせる。
南郷「まさか」
赤星「これはどういうことですかな」
与九「やはりそういうことだったか。これは何処のものですかな」
弁天「(青い顔をして)それは」
与九「さて、覚悟はできておりますな。(赤星と丁稚達に顔を向けて)わかってるな」
赤星「へい」
丁稚「勿論です」
与九「ではやれ。二人共袋だ」
赤星「わかりました」
 こうして彼等は二人を取り囲む。南郷は弁天を庇おうとする。だがそれより早く赤星が出て来て弁天の額を打つ。
弁天「ああっ」
 それを受けて蹲る弁天。そこへ浜松屋の息子宗之助が騒ぎを聞いて左手から出て来る。
宗之「一体何の騒ぎじゃ」
与九「あ、これは若旦那様」
宗之「店の中で騒がしい。何事か」
与九「いえ、万引きがありまして」
宗之「万引き!?こちらのお武家様方がか」
赤星「ええ。とんだ食わせ者でした」
南郷「馬鹿を申せ」
赤星「ではこの緋鹿子は何ですかな」
南郷「そうじゃ。お嬢様が万引きされたというのはそれか」
赤星「左様」
南郷「それは山形屋で買うたものじゃ。よく見てみい」
与九「何っ!?」
赤星「そんな筈がなかろう」
南郷「そこまで言うのなら絹の紋を見やれ」
与九「紋を(二人ここで赤星が手に持つ緋鹿子を見る。そして愕然とする)」
二人「何と」
与九「これはまさしく山形屋のもの」
赤星「はい、違いありませぬ。これは一体」
南郷「そしてこれが証拠じゃ(二人に懐から取り出した一枚の紙を取り出す)」
 二人はそれを受け取る。そしてそれを見てさらに青い顔になる。
二人「これはまさしく山形屋の、そして緋鹿子のもの」
南郷「そうじゃ。これで文句はあるまい(彼は怒りに満ちた顔で二人を見ている)」
 店の者は真っ青になっている。弁天は尚も蹲っている。南郷は彼等をまだ睨んでいる。ここで宗之助が出て来る。
宗之「あの」
南郷「何じゃ」
宗之「私はこの家の倅でございます。何でもうちの者が粗相をしたようで」
南郷「全くじゃ。言うに事欠いて万引きとは」
宗之「この者達には私からよく言っておきますのでここはお許し下さい」
一同「申し訳ありませんでした」
南郷「(だがまだ怒っている)それで済むと思うてか」
宗之「そこを何とか」
与九「お願い申す」
南郷「戯れ言を。まだ言うか」
赤星「お願いします」
南郷「(いい加減頭にきたという素振りで)ええい、聞きやれ。よいか、このお嬢様は二階堂信濃守のお目付けであられる早乙女主水様の御息女なるぞ。そしてこの度秋田の家へ嫁がれる予定なのじゃ」
一同「何と」
南郷「そのお嬢様にこの様な悪名を付けてどうするつもりじゃ。お主等責を果たせるのか」
宗之「それは」
南郷「お主では話にならぬ。主を出すがいい」
 ここで騒ぎを聞いた幸兵衛が出て来る。
幸兵「御呼びでしょうか。一体何事で」
南郷「(彼を見据えて)お主がここの主か」
幸兵「はい、そうですが。何でも万引きと間違えられたとか」
南郷「そうじゃ。この落とし前どうつけるつもりじゃ」
幸兵「それですがこちらの不始末なのは承知、重ね重ねご容赦の程を(そう言って頭を下げる)」
南郷「それで済むと思うてか。見やれ」
 ここで弁天を助け起こす。何と額には傷がある。一同それを見てあっと驚く。
一同「何と」
南郷「これは一体どうしてくれるのじゃ。もうすぐ嫁がれるというのにこの傷。消えはせぬぞ」
一同「しかし」
南郷「言い訳はよい。こうなっては是非もなし。貴様等全員その首刎ねて拙者も切腹致す」
弁天「(憤る南郷を止めて)これ四十八。その様な無体なことは」
南郷「お嬢様、そうは言われましても」
弁天「この程度の傷、大したことはない。白粉で隠せる故な」
南郷「しかしそれがしが殿に申し訳が立ちませぬ」
弁天「父上には私から申しておく」
南郷「しかし」
弁天「ここは抑えて。私からも頼む」
 弁天に言われ南郷もようやく落ち着きを取り戻したふりをする。見れば店の者は幸兵衛以下全員土下座をしている。
南郷「ううむ(ここで考えるふりをする)」
弁天「私は構わぬ。これでよいな」
南郷「わかり申した。(ここで幸兵衛に対して言う)これ」
幸兵「(顔を上げて)はい」
南郷「ここはお嬢様に免じて許してやる。よいな」
幸兵「わかりました。それでは(ここで与九にか顔を向ける。与九はそれを受けて顔を上げる)」
幸兵「あれを」
与九「へい」
 与九は後ろから何かを持って来る。
南郷「何じゃこれは」
幸兵「どうかお収め下さい」
南郷「(凄んで)おい」
幸兵「は、はい」
南郷「たった十両で済ませるつもりか!?何を考えていやがる」
与九「た、足りませぬか」
南郷「殿に知られたら腹を切らなくちゃなんねんだぞ。十や二十で足りると思っているのか」
幸兵「そ、そうでした。これは失敬。それではこれで」
 与九が五十両持って来る。南郷はそれを一瞥した後でまた言う。
南郷「やはり貴様等全員叩き切ってくれる。そこになおれ」
与九「(怯えて)そ、それだけはご勘弁を」
南郷「いいや、ならん。そこになおれ(と言いながら刀に手をやる)」
与九「どうかお許しを」
赤星「お願いでございます」
南郷「ならん、ならんぞ」
幸兵「そこを何とか」
南郷「武士に二言はない。さあ切ってやるから全員そこになおれ」
与九「お止め下さい」
幸兵「どうあってもお止め下さらぬのですか」
南郷「そう言っておるだろうが」
幸兵「(思い入れあって)わかりました。(与九に顔を向けて)これ」
与九「はい」
幸兵「もっと持って来るように」
与九「(残念そうに)わかりました」
 そして彼は奥からまた金を持って来る。さらに五十両、合わせて百両となる。
幸兵「(その百両を差し出して)これで如何でしょうか」
南郷「(それを見て唸る)むむむ」
幸兵「私共のせめてもの謝罪でございます」
南郷「本来なら到底許せぬところであるが(そう言いながら刀から手を離す)」
南郷「ここはそのほう等の誠意に免じて許してつかわそうか」
幸兵「お気を鎮めて下さいましたか(ほっとして)」
赤星「お許し下さいましたか」
南郷「拙者も鬼ではないからのう。では」
 そしてその百両を懐に納める。
南郷「ではな。あと服も貰っておくぞ」
幸兵「はい」
宗之「どうかお納め下さいませ」
南郷「わかった。ではお嬢様」
弁天「はい」
南郷「帰りましょうぞ」
 二人は立ち上がろうとする。ここで左手から日本駄右衛門と忠信利平が出て来る。
日本「あいや、待たれよ」
南郷「(左手に顔を向けて)むっ」
日本「よろしいでござるかな」
南郷「待てと申されるのは拙者等がことでござるかな(わざと白井権八風に言う)」
日本「左様でござる。先程の騒動でござるが」
南郷「はい」
忠信「貴殿等は二階堂の家の方々とお聞きしましたが」
南郷「(自信ありげに頷いて)如何にも」
忠信「その言葉、偽りはありませぬな」
南郷「これはまた失礼なことを。武士に対してその様な」
日本「いや、実は」
忠信「拙者等はその二階堂の家の者でござる」
一同「何と」
 南郷と弁天はここで急にバツの悪そうな顔になる。
日本「拙者の名は玉島逸当」
忠信「それがしは成田吉三」
日本「お主の名は」
南郷「(それでも負けずに)成駒四十八」
忠信「してそちらの姫君の御名は」
南郷「早瀬主水がご息女、音羽様でござる」
日本「(難しい顔をして)左様か」
忠信「その様な者、見たことも聞いたこともない」
 店の者はそれを聞いて大いに驚く。
日本「そしてそちらの姫とやら」
弁天「(おどおどした仕草で)私が何か」
日本「男であろう」
弁天「(驚くふりをして)何と」
弁天「私を男とは。どうしてその様な」
日本「確かに一見そう見えよう。だがその二の腕にあるもの」
弁天「腕に」
日本「左様、そこにちらりと見えた桜の彫物が何よりのあかし」
南郷「(弁天を庇い)おい、大概にせよ。これ以上姫様を侮辱すると」
日本「どうするというのじゃ?」
忠信「それでも言い張るというのならば」
日本「ここでその胸を確かめてもよいのだぞ」
南郷「(いよいよ苦しくなって)くっ」
 その後ろで弁天立ち上がる。
弁天「へん」
日本「むっ」
弁天「(南郷に顔を向けて)兄貴、もう化けちゃいられねえや。おらあ尻尾を出しちまうよ」
南郷「(ちっと舌打ちして)この野郎、しっこしのねえ。もうちっと我慢できねえのかよ」
弁天「何言ってやがる、男と見られたからにゃあ窮屈な思いをするだけ無駄ってもんだ。もし、お侍さん(ここで駄右衛門と忠信を見る)」
日本「むっ」
忠信「何じゃ」
弁天「お察しの通りだよ。わっちゃあ男さ。どなたもまっぴら御免なせえ」
 そして弁天どっかりと胡坐をかいて座る。それから煙管を持って来て火を点ける。
与九「何と、男とは」
赤星「これはまた何ということ」
南郷「へっ、どうやら驚いて言葉もねえようだな」
弁天「言葉も波止場もねえだろうな(ニヤリと笑いながら)」
南郷「おいおい、波止場は俺のシマだぜ」
弁天「おっと、そうだった。さて、と」
 ここで場を見回す。
弁天「何で俺達がここに来たか知りてえだろ」
日本「無論」
忠信「どうせたかりか何かであろうが」
弁天「そうよ。金の欲しさにな。女形を気取って化けた苦労は実らなくて残念だがな」
日本「またその様な戯れ言を」
忠信「それにしてもこのごに及んでその態度、何とも太い奴だ」
弁天「騙りに来るんだ、首は太いが肝は太いんだよ(そういいながら自分の首と肝を指し示す)」
南郷「おいおい、太いの細いのって橋台で売る芋じゃあるめえし」
弁天「ははは、そりゃそうだ」
日本「それにしてもその態度、盗人ながら見上げた奴等よ」
弁天「褒めたって何も出ねえぞ」
日本「そしてその肝、さぞかし名のある物共であろうな」
弁天「何だ、俺達を知らねえのか」
赤星「知るわけがないだろう、盗人の名なぞ」
与九「そうじゃそうじゃ、一体何をぬかすか」
弁天「(ニヤリと笑って)へっ、そうかい。じゃあ」
 ここで煙管を手にする。そしてそれを右手に持ちながら話をはじめる。
弁天「知らざあ言って聞かせやしょう。浜の真砂と五右衛門が歌に残せし盗人の、種は尽きねえ七里ヶ浜、その白浪の夜働き、以前を言やあ島で年季勤めの児ヶ淵、江戸の百味講の蒔銭を当てに小皿の一文字、百が二百と賽銭のくすね銭せえ段々に悪事はのぼる上に宮、岩本院で講中の枕捜しも度重なり、お手長講を札付きにとうとう島を追い出され、それから若衆の美人局、ここやかhしこの寺島で小耳に聞いた祖父さんの似ぬ声色で小ゆすりたかり、名さえ由縁の弁天小僧菊之助とは俺がことだ」
  そしてここで見得を切る。腕の桜の彫物を見せる。
  南郷もこれに続く。
南郷「その相ずりの尻押しは、富士見の間から彼方に見る、大磯小磯小田原かけ、生まれが漁師に波の上、沖にかかった元船へその舟玉の毒賽をぽんと打ち込む捨て碇、船丁半の側中をひっさらって来るかすり取り、板子一枚その下は地獄と呼ぶ暗闇も、明るくなって度胸が座り、艪を押しがりやぶったくり、舟足重き刑状に、機能は東、今日は西、居所定めぬ南郷力丸、面を見知ってもらいやしょう」
  それを聞いた日本駄右衛門さては、という顔で。
日本「では今世間を騒がせる日本駄右衛門とその配下の者達か」
二人「(ニヤリと笑い)その通り」
弁天「まずは頭の日本駄右衛門に」
 駄右衛門がびしっと格好をつける。
弁天「右腕の忠信利平」
 ここで忠信がきっという顔をする。
弁天「そして左は南郷力丸」
 南郷がニヤリ、と笑う。
弁天「そして赤星十三郎」
 赤星がバッ、と弁天を見やる。
弁天「わっちゃあほんの頭数さ」
 そして不敵な笑みを作る。それを受けた駄右衛門は思わず唸る演技をする。
日本「むむむ、あの五人男のうち二人まで来るとは」
忠信「後の三人も何処にいるかわからぬぞ」
赤星「全くです。これは一大事」
 ここで三人も見合ってニヤリと笑う。
南郷「こうなっちゃあ仕方がねえ。これはここに」
 今しがた受け取った百両を取り出す。そしてそれを幸兵に投げ渡す。
南郷「ほらよ」
弁天「さあ、こうなったからにゃあ覚悟は出来ている。どのみち明日も知れぬこの身」
南郷「さて、こっからは俺の働きだ。何かさっきから俺が働いてばかりだがな」
弁天「兄貴、そりゃ気のせいだ」
南郷「気のせいかもんか。何でおめえみたいに男前に生まれなかったのか」
弁天「それは言いっこなしだぜ」
南郷「ちっ、まあいいさ。でだ」
 ここで二人はどっかりと座り込む。
南郷「さて、わし等も盗人とはいえ刻印打った頭分だ。これでも千人の手下がいてな」
弁天「俺らもこう見えてもそれなりの手下がいるんだ。これだけ言えばわかるな」
日本「むむ」
忠信「何というふてぶてしい奴か」
赤星「見上げたと言うべきか」
弁天「御前さん達もな」
南郷「へっ、確かに」
 ここで五人は互いに見やってニヤリと笑う。
南郷「だから覚悟は出来ているんだ。煮るなり焼くなり好きにしろ」
弁天「何だったら刺身でもいいぜ」
南郷「そうだな。どうせ一度はばっさりといかれる身、好きにしておくんあせいよ」
日本「(キッと見据えて)本気なのだな」
弁天「ここまできて嘘は言わねえよ」
南郷「俺達にも意地があるんでな」
日本「(前に出て)よかろう」
忠信「いえ、ここは拙者が(前に出ようとするが駄右衛門はそれを制する)」
日本「待て。わしがやる」
忠信「はっ」
日本「盗人ながらまことに見上げた度胸、ならばわしにも情はある」
二人「と言いますと」
日本「(刀を抜いて)せめて苦しまずに済ませてやろう」
二人「おお(これに応えて姿勢を正す)」
弁天「それなら有り難い」
南郷「続きは地獄でやりゃあいいからな」
赤星「地獄でか」
弁天「そうよ。地獄でも盗みをやってやるのよ」
南郷「閻魔も恐かねえぞ。後お侍様」
日本「何じゃ」
南郷「あの世で待ってますぜ。首だけになってもお迎えに参りやすぞ」
弁天「おう、悪党ってのはそう簡単に死なねえからな。きっと来ますぜ」
日本「ふん、その様な戯れ言をこのわしが意に介すると思うか」
忠信「では一思いに」
日本「うむ」
 いよいよ切ろうとする。ここで幸兵衛と宗之助が慌てて止めに入る。
幸兵「お待ち下さい」
宗之「店の中でその様な」
 慌てて二人の前に出る。
日本「そう思っておったのだがあまりにもふてぶてしい故」
幸兵「しかし鎌倉で刀を抜いて切ったとあれば御身は切腹ですぞ」
日本「切腹が怖くて武士はできぬ」
幸兵「しかし御自身の他のこともございましょう。ここは抑えて下され」
日本「(考え込みながら)ううむ」
宗之「どうかここは。お願いします」
 これを見て二人はあえて悪態をつく。
弁天「へん、所詮お侍なんざこんなもんさ」
南郷「切るなら切るで早くすりゃあいいのにな」
幸兵「お主達もそうして憎まれ口を」
弁天「憎まれ口を言うのが盗人の仕事なんでね」
幸兵「それわかった。だからここは早く立ち去るがいい」
弁天「嫌だね」
幸兵「何故じゃ」
弁天「俺達は盗人だぜ。そう簡単に帰ると思うてか」
南郷「ましてやこいつの額の傷のこともある。手ぶらで帰るわけにゃいかねえよ」
幸兵「それならこれで帰ってくれ」
 迷惑そうに十両を差し出す。だが二人はそれを受け取らない。
幸兵「むっ」
弁天「おいおい、この弁天小僧様にたった十両だぁ!?冗談はよしてくれ」
南郷「さっきも言ったが俺達は千人の中の頭分だぜ。それが十両で済むと思っているのかよ」
幸兵「ではどれ程ならよいのじゃ」
弁天「そうじゃのう(悪賢く笑いながら)」
南郷「まあいざという時の金蔓ではあるがな」
与九「ふざけたことを言うな」
幸兵「(そんな与九を抑えて)まあ待て」
与九「はい」
幸兵「ではどれだけやればこの場を収めてくれるのか」
弁天「そうだなあ」
南郷「さっきの百両でそうだ」
幸兵「(苦虫を噛み潰した顔で)わかった。持って行け」
 そして百両を差し出す。二人はそれをすっと懐の中に入れる。
弁天「んじゃあこれで」
南郷「また来るぜ」
与九「二度と来るな」
 二人は立ち上がる。そして店を出ようとするがここで駄右衛門達の方を振り向く。
南郷「んじゃあまた」
弁天「また御会いしやしょう」
日本「何時でも来るがいい」
忠信「相手になってやろう」
南郷「いいねえ、その心意気」
弁天「お侍にしておくのは勿体ねえよ」
日本「ふん」
忠信「戯れ言を」
 四人は互いに見やってまたニヤリと笑う。弁天はここで赤星にも顔を向ける。
弁天「あんたもな」
赤星「何を言わっしゃるか」
 二人も互いに見て無言で笑う。それが済むと二人はあらためて店の者に挨拶をする。
二人「また来るぜ」
与九「来るなと言っているだろうが」
宗之「(与九を止めて)これ」
与九「しかし」
宗之「盗人ややくざ者には関わらないのは一番じゃ。それはわかっておろう」
与九「はあ」
宗之「放っておけ。よいな」
与九「わかりました」
 こうして彼は離れる。それを見届けた二人は店を出る。
弁天「兄貴、上手くいったな」
南郷「ああ、ここまではな。だがこっからだぜ」
弁天「おう」
 二人は右手に消える。駄右衛門達達と店の者はそれを見届けてから互いに顔を見合わせる。
幸兵「とにかくこの場は安心」
宗之「よかったよかった」
赤星「これもお侍様方のおかげです」
日本「いやいや」
忠信「拙者共は当然のことをしたまでお気になされますな」
幸兵「いえいえ、そうはいきませぬ」
宗之「仁義を忘れては商いはできませぬ故」
日本「仁義か」
宗之「はい」
日本「それは商いの世界だけではないぞ」
宗之「と言いますると」
日本「(顔を横に向けて)いや、何でもない」
宗之「左様でございますか」
幸兵「それはともかくこのままでは我々の面子が立ちません」
赤星「そうです。ここは是非お留まり下さい」
日本「よいのか」
幸兵「はい、是非お願いします」
日本「ううむ。(ここで忠信に顔を向けて問う)お主はどうじゃ」
忠信「玉島様に従いまする」
日本「そうか。では(ここで幸兵衛に顔を向ける)」
日本「その好意に甘えさせてもらおうか」
幸兵「わかりました。これ(店の者に顔を向ける)」
宗之「(それを代表して)はい」
幸兵「宴の用意を。よいな」
宗之「わかりました。では取り掛かろうぞ」
一同「わかりやした」
 ここで皆左手に向かう。そしてがやがやと用意をはいzめにかかる。
幸兵「(赤星を呼び止めて)これ」
赤星「はい」
幸兵「御前さんはここの片付けを頼むよ。あと店閉いまでここは任せたからね」
赤星「わかりました」
幸兵「それじゃあね。私は宗之助や与九と一緒に用意に取り掛かるから。後はくれぐれもな」
赤星「はい」
 そして幸兵衛も左手に消える。場には赤星だけが残る。
赤星「さて、これからだな。肝心なのは」
 彼はその場を整理しながら呟く。そして暖簾を下ろしたところで幕が降りる。拍子木。





まんまと百両をせしめた訳だが…。
美姫 「でも、まだ何かをするみたいね」
一体、何をする気なのか!?
美姫 「続きがとても気になるところ」
次回が待ち遠しい。
美姫 「次回も楽しみにまっていますね〜」



頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ