『青砥縞花紅彩画』




              第五幕 極楽寺山門の場


            滑川土橋の場

 後ろは練塀、松の木が左右に並んでいる。そして左手にはよなき蕎麦屋がある。そして卵売りと蕎麦屋が話をしている。
玉子「おうい」
蕎麦「何じゃ」
玉子「最近は店を閉めるのが早くはないか」
蕎麦「そらそうじゃ。この寺にあの日本駄右衛門が隠れているというのは聞いておろう」
玉子「それはまことか」
蕎麦「おう、だからわしも用心しておるのじゃ。何でも最近この辺りには駄右衛門の手の者がうろうろしているそうじゃからな」
玉子「というとあの五人男か」
蕎麦「その通り、しかも五人全員揃っておるそうじゃ」
玉子「それは難儀じゃのう。頭分ばかりではないか」
蕎麦「じゃから最近は店を閉めるのを早くしておるのじゃ。わかったか」
玉子「そうか、そういうことなら仕方がないのう。では後で一杯貰うぞ」
蕎麦「楽しみにしておれ」
 そして卵売りは右手に消える。入れ替わりに左手から弁天小僧が姿を現わす。浪人風の服である。
弁天「親父」
蕎麦「へい」
弁天「悪いが一杯くれ」
蕎麦「あいよ」
 暫くして蕎麦が運ばれて来る。これは本物が望ましい。弁天は腰かけてそれを威勢よく食う。ここに南郷が右手からやって来る。
南郷「おう、おめえか」
弁天「兄貴、久し振りだな」
南郷「そうだな。この辺りにいるとは聞いていたがまさかここでばったりと出会うとはな」
弁天「頭がいるって聞いたんでな。ところであとの二人はどうしている」
南郷「赤星の奴には昨日会った。若い侍に化けて隠れているよ」
弁天「そうか。忠信はどうしてるんだい」
南郷「赤星の奴の話だとあいつもこの辺りにちゃんといるそうだ。俺とは連絡はとれねえが赤星とはちゃんととれているらしい」
弁天「そうかい、じゃあ心配はねえな」
南郷「そういうことだな」
弁天「それを聞いて安心したぜ。兄貴も一杯どうだい?」
南郷「悪くはねえな。じゃあ俺ももらおうか」
弁天「じゃあそうしよう。おい親父」
蕎麦「へい」
 左手から出て来る。何かしていたようである。
弁天「もう一杯くれよ」
蕎麦「わかりました」
 程無くして蕎麦がもう一杯運ばれて来る。南郷はそれを受けて弁天と同じように腰かけて食べはじめる。弁天よりも粗野な感じである。
南郷「おお、うめえな」
弁天「だろう、最近ここをいつも贔屓にしてるんだ」
南郷「それはいいがあれは見つかったか」
弁天「あれか」
南郷「どうだい、手懸かりでもあったか」
弁天「(首を横に振って)いいや」
南郷「そうか、そっちもか」
弁天「何も見つかりゃしねえ。あの野郎、まさか俺達の留守の間に持ち逃げしやがるとはな」
南郷「狼の悪次郎、名前も顔も覚えているな」
弁天「当たり前だろうが、忘れるわけがねえ」
南郷「噂によるとあいつは言いつけまでしたそうだぜ」
弁天「本当か!?」
南郷「ああ、それで今奉行所も動いているらしい。注意しろよ」
弁天「おう、わかった。じゃあここにも長居は無用だな」
南郷「そうだな、そうしようぜ」
 二人はすぐに蕎麦を食べ終える。丼と勘定を置き右手に去ろうとする。ここに右手から狼の悪次郎がやって来る。
弁天「何っ」
南郷「おい、まずは隠れようぜ」
弁天「ああ」
 そして二人は後ろの松の木に隠れる。そして悪次郎を見やる。
次郎「さてさて、この香合、一体何処で売ろうか。これまた思わぬ宝じゃわい」
弁天「あの野郎、何言ってやがる」
南郷「許しちゃおけねえな」
 二人は悪次郎の後ろに回り込もうとする。彼はそれに気付かない。
次郎「娑婆に出たら何をしようか。まあとりあえずは一杯しゃれこむとしよう」
 蕎麦屋に行こうとする。だがここで二人が声をかける。
二人「おい」
次郎「(青い顔で振り向いて)その声は」
弁天「まさか俺達の顔を忘れたわけじゃねえだろうな」
南郷「どのみち忘れたなんて言わせねえぞ」
次郎「な、何でここに」
弁天「俺がここの蕎麦屋を贔屓にしていたのが運の尽きだったな」
南郷「それで俺もここを通り掛かったんだ」
次郎「くっ・・・・・・」
弁天「さて、覚悟はいいな。さっさと香合出しやがれ」
南郷「手前が持ってるのはわかってるんだ」
次郎「ちっ、こうなったら(切羽詰って小刀を抜く。しかし二人はそれを見ても余裕である)」
弁天「ほお、光物を出すか」
南郷「じゃあ俺達も出すとしようぜ」
弁天「おう」
 二人は刀を出す。悪次郎はそれを見てさらに青い顔になる。
弁天「俺達の腕は知ってるな」
南郷「覚悟しやがれ。只ではすまさねえからな」
次郎「ちっ・・・・・・」
 後ろにさがる。そしてそのまま逃げにかかる。
弁天「あっ、待て」
南郷「逃がすかこの野郎」
 二人は追おうとする。だが右手から捕り手が現われる。
捕一「待て」
捕二「逃がさんぞ」
弁天「ちっ、こんな時に」
南郷「おい弁天」
弁天「おうよ」
南郷「おめえは悪次郎を追え。いいな」
弁天「わかった。それで兄貴は」
南郷「俺はここでこいつ等を引き受ける。いいな」
弁天「わかった。じゃあよろしく頼むぜ」
南郷「おう」
 弁天は左手に消える。そして南郷は捕り手達と立合いをはじめる。二人はやっつけられ右手に下がろうとするがここで
新手が出て来る。
捕三「待てい」
捕四「逃がしはせぬぞ」
 だが南郷はそれでも余裕である。
南郷「面白れえ、この南郷力丸の刀の錆にしてやらあ」
 刀を抜く。だがここで左手から二人出て来る。
忠信「そこにいるのは」
赤星「南郷か」
 二人は侍の格好をしている。変装である。
南郷「おう、おめえ等いいところに。悪いが助太刀してくれ」
忠信「わかった」
赤星「わし等に任せろ」
 二人が出ると捕り手達は急に怯む。そして三人だけとなる。
南郷「悪いな、助かったぜ」
忠信「いや、礼はいい」
赤星「見たところ一人だが。弁天は何処か」
南郷「弁天か」
忠信「そうだ。この辺りにいると聞いたのだが。知っているか」
南郷「知っているも何もついさっきまで一緒だったんだ」
赤星「そうか。では今は何処にいる」
南郷「狼の悪次郎を追ってな。あっちに行ったぜ(そう言って左手を指差す)」
赤星「(それを聞いてぎょっとして)あっちか」
南郷「ああ、何か不都合でもああるのか」
赤星「不都合も何もわし等は今そこから逃れてきたばかりだ」
忠信「あちらには捕り手達がごまんといるのだ」
南郷「何っ」
赤星「しかも奉行まで来るという。如何に弁天といえど危ういぞ」
南郷「そうだな。こりゃいけねえ」
忠信「行くぞ。四人おれば何とかなるだろう」
赤星「そして香合も手に入れる。よいな」
南郷「わかった。じゃあ行くぜ」
忠信「わかった」
赤星「うむ」
 三人は左手に駆けて行き消える。舞台は暗転。極楽寺の屋根上になる。弁天は右手、悪次郎は左手にいる。
弁天「さあ観念しやがれ」
次郎「糞っ、しつこい野郎だ」
弁天「しつこいのは盗人には褒め言葉、有難く受け取っておこう」
次郎「へん、そう言っていられるのも今のうちだ」
弁天「それは俺の台詞だ。さあ、もう何処にも逃げられねえぞ」
次郎「ちっ」
弁天「烏みてえに羽根を生やして逃げるか地獄に落ちるか。命が惜しけりゃさっさと出しやがれ」
次郎「出せと言われて出す馬鹿が何処にいる」
弁天「じゃあ手前を叩き軌って貰い受けてやる。覚悟しやがれ」
次郎「誰が」 
 二人は刀を抜き斬り合いとなる。だがやはり弁天は強く悪次郎は斬り捨てられる。
次郎「ぐはっ」
 弁天は斬ると彼の身体を掴んでその懐から香合を取り出す。
弁天「これでよし。手前は地獄に落ちやがれ(そして悪次郎を前に蹴る。悪次郎は前に転がり落ちて消えていく)」
弁天「手間かけさせやがてって。さて盗人に高い場所は相応しいと言えどここに留まるわけにゃあいかねえ。帰らせてもらうか」
 だがここで下から掛焔硝と共に太鼓の音が。
弁天「むっ」
 下から捕り手達がわらわらと出て来る。
捕一「弁天小僧、神妙にいたせ」
捕ニ「もう逃げられはせんぞ」
 彼等はさす股や棒を持って現われる。そして弁天を取り囲む。
弁天「させるかい」
 それでも弁天は負けない。彼等を相手に五分以上に渡り合う。だがここで香合を落としてしまう。
弁天「しまった」
捕一「今だっ」
 それを素早く拾い取り下に放り投げる。これを見た弁天は観念しだす。
弁天「おのれ」
捕一「どうするつもりだ」
捕ニ「まだやるか」
弁天「こうなっちゃあ致し方ねえ。故主の姫様をかどわかした罪滅ぼしにやっと手に入れた香合を滑川に落とされたとあっちゃあもう観念するしかねえ。地獄の閻魔様にこの弁天小僧菊之助の名前、とくと覚えてもらうとするか」
 そう言うと刀を取り直す。
弁天「見やれい、これが白浪の最後よ」
 立ち腹を切る。これで場は止まる。弁天はその姿勢のまま見得を切っている。ここで暗転。本来ならばがんどう返しが望ましい。
 極楽寺山門の場。日本駄右衛門がまるで石川五右衛門の様な格好で悠然と辺りを眺めている。
日本「ほうほう、来たか」
 彼は辺りを満足そうに見ている。
日本「このわしを捕らえようとは殊勝なこと。だがそうそう上手くはいくかな」
 ここで左右からそれぞれ手下が出て来る。関戸の吾介と岩淵の三次である。
日本「おお、わざわざここに来てくれたのか」
関戸「へい、頭が気になりやして」
三次「お助けに参りました」
日本「有り難いがこの程度ではわしは捕らえられぬぞ。わしを捕らえようと思えばそれこそ一万は必要じゃ(そう豪語して大いに笑う)」
関戸「いえ、そうはさせませぬぞ」
日本「何!?」
三次「頭、お覚悟」
 左右から捕らえようとする。だが彼はそれを見事に切り倒す。
日本「どうやら裏切ったようじゃが残念であったな。わしを相手にするのは力不足じゃな。冥土の土産にわしの剣捌きを持って行くがいい」
関戸「どうせ弁天様の後追いになりやすがね」
日本「どういう意味じゃ」
三次「この屋根上で立ち腹切ったんでさあ、あれが冥土の一番乗り」
日本「何と。弁天がか」
関戸「じゃあ頭」
三次「あの世で御会いいたしやしょう」
 こうして二人は息絶える。駄右衛門話を聞き思い入れあって。
日本「二十五の暁を待たずして散ったというのか。何ということじゃ」
 だがここで左手から悠然と青砥藤綱がやって来る。彼は大紋に立烏帽子、中啓という立派な出で立ち。
日本「むっ、これはまさか」
青砥「左様、それがしが青砥藤綱である。知っていような」
 その後ろには捕り手達が大勢いる。彼が統領であるのは言うまでもない。
青砥「日本駄右衛門よ」
日本「はい」
青砥「弁天小僧は生きておるぞ」
日本「まことでござるか」
青砥「立ち腹を切った時に捕らえしが他の三人により救い出された。傷は浅く逃げて行ったわ」
日本「左様であったか。それはよきかな」
青砥「そして香合は拙者が預かった。千寿姫も助けておる」
日本「何と。生きておったか」
青砥「川に飛び込みしが運良く救い出されたのじゃ。そして信田の家の疑いも晴れた。何れ復権されるであろう」
日本「何ということじゃ。よいことづくめではないか」
青砥「しかしお主をここで見逃すわけにはいかぬ。覚悟はよいか」
日本「いや、それは適いませぬぞ」
青砥「何故じゃ」
日本「この五人男、捕まる時と死ぬ時は同じと誓っております故。申し訳ござらぬがここは退かせて頂きましょう」
青砥「さすればどうするか。この捕り手の中を」
日本「あいや、心配ござらぬ。ほれこの通り」
 舞台が煙に包まれる。そしてそれが消えた時には駄右衛門の姿は消えている。
日本「(声だけ)さすればこれにて御免。また御会いしましょうぞ」
青砥「むっ、何処へ行くか」
日本「稲瀬川におりまする。さすればそこで」
青砥「捕らえてしんぜよう」
日本「では拙者は逃げるまで。よろしいか」
青砥「望むところ。それでは」
日本「また御会いいたそう」
青砥「むむむ」
 駄右衛門の気配が消えていくのを感じている。彼はそれを感じいたしかたなく左手を眺める。
青砥「稲瀬川で五人を捕らえようぞ」
一同「はっ」
 青砥を中心に見得を切る。ここで拍子木、そして幕。





いよいよクライマックスか!?
美姫 「一体、この五人の男たちはどんな最後を迎えるのかしらね」
どんな結末が待っているのやら。
美姫 「次回も非常に楽しみにしていますね」
ではでは。



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