『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』





この土地に来てから、一ヶ月の月日が流れた。
あれこれ手を尽くしているが、自分の出生に対する手掛かりは、一向に掴めていない。
まぁ、一ヶ月やそこらで見つかるとは思っていなかったから、そんなに堪えてはいないが。

それより最近は、当初の目的を忘れてしまうぐらい嬉しいことがある。
それは、膝が治る可能性が出てきたこと。
それに伴って、剣士としての自分の未来が開けてきた。

確かに自分の出生も気になるが、物心ついた時から共にあった剣の方が、今は勝っているらしい。

もうすぐ期末テスト。それが終われば、夏休みだ。
長期休みになれば、出生の調査にも鍛錬にも時間がもっと取ることができる。
それに、一度くらい実家に帰らないと、かあさんをはじめとするメンツが大変だからな。





第十一話 一日目……芹、来日





いつも通りの朝が来て、いつものように琴乃さんが作った朝飯を食べ、その横で猛がぐったりしている。
明日香ちゃんは元気いっぱいで、六介さんは猛に呆れている。
俺が来てからは、毎日がこんな感じだ。

そしていつも通り、学校に行く時間になった。

『いってきます!!』

「うむ。いってらっしゃい」

六介さんを除く全員が、学校に向けて出発する。



「そういえば、恭也お兄ちゃん。学校には慣れた?」

登校途中、明日香ちゃんが思い出したように言ってきた。

「そうだな。自分では、大分慣れてきたと思っている。ただ……」

「『ただ……』って、何か問題でもあるんですか?」

今度は琴乃さんが尋ねてきた。

「いえ、大したことではないですが……何故か女子生徒からの視線を感じるです。それも複数の……」

「そ、それは……(まさか、その視線の意味に気が付いていないんじゃ……)」

「実は前の学校でもそうだったんです。やはり、自分のような無愛想な奴がいたら、女子は警戒するようですね」

風ヶ丘にいた時もそうだった。
赤星や忍は気にする必要はないと言ったが、やはり気になる。

「恭也、前にも言っただろう。それはお前に惚れてるんだよ」

猛が、「またかよ」といった顔で言ってきた。

「まさか。俺を好きになる物好きなんていないさ」

『(どうしてこの男(人)は、こんなに鈍いんだろうか……)』

何故かみんなして、盛大なため息を吐いていた。
そういえば、この話をすると、赤星たちも同じ反応をしていたな。

ともかく、こういう時は話題の転換をしよう。何故かこの話題になるとみんなが疲れるからな。

「そういえば、猛はもうすぐ全国大会があるんじゃないか?」

「そういえば、そうだったなあ。正確には地区予選だけど」

猛はさも興味が無さそうに答えた。

「確か、うちの学園から推薦枠で出られるんだよね?」

「ああ、名誉顧問である、爺ちゃんが代表を決めることになってる」

「じゃあ、お兄ちゃんが選ばれるんじゃない?強いもんね」

「無理だよ!うちの学校には剛がいるからなあ」

「そうですね。剛さんも強いですからね」

「ああ、俺今まで剛には一回も勝ったことがないんだ」

明日香ちゃんと猛、そして琴乃さんの中では、『猛と剛の二人では、剛の方が強い』というのが常識らしい。

「(本当は猛の方が強いのだろうが……六介さんは、いつになったらそのことを告げるのだろうか?)」

以前に何度か剣道部の練習を見学させてもらったが、猛は剛が相手だと本気を出し切れていない。
剛の繊細な性格を知っている、猛の優しさから来る無意識の行動のようだが、六介さんや俺には見抜かれている。
……いや、もしかしたら剛の方は気付いているかもしれない……


ブロロー

ふと気が付くと、黒塗りのリムジンがすぐ横にいた。
剛の家はこの地方で一、二を競う名家で、送迎には毎回この車がきている。

「おはよう、猛、恭也さん、琴乃さん、明日香ちゃん。何の話をしてるんだい?」

車の窓ガラスが下がり、中から剛の顔がのぞいた。

「おはよう、剛。いや、全国大会の話だよ」

「ああ、そういえばそろそろだったな」

そう言うと、剛はリムジンから降りて、その扉を閉めた。
リムジンが去っていくのを見送ってから、剛はこちらを向いた。

「年に一度の大舞台だしな。がんばれよ?」

「なんだよ、まだ代表は決まってないだろう?」

猛は剛に絡んでいるようだ。

「(全国か……赤星は今年も出て来るだろうな)」

地元の親友を思い出す。猛の実力は赤星よりやや上、剛の実力は赤星とほぼ同等。
剣道界の未来は明るそうだ。

「でも、どうしたんですか?いつもより少し、はやいんじゃないですか?」

剛の通学時間は、いつももう少し遅い。いつもは正門の前で待ち合わせなのだ。
琴乃さんの疑問はもっともだ。

「今朝は変な夢を見てしまって……早く目が覚めたんだ」

「夢か……俺はほとんど見ないが。どんな夢だったんだ?」

「それが……何だか奇妙な夢だったんです」

「奇妙な夢とは?」

不思議に思ったので、俺は疑問をぶつけてみた。

「はっきりとは見えないんですが、薄絹一枚まとったような女性が出てくるんです」

「おお、えっちな夢か!?」

剛の答えに、猛は嬉しそうな声を出した。

「まあっ、そうなんですか?」

「ち、違うよ!なんでそうなるんだよっ!」

女子に勘違いされるのは、男子としては勘弁してほしい。
剛はかなり焦っているようだ。

「(少しからかってみるか……)まあ、夢は深層心理の表れというしな。もしかしたら……」

「だから、違いますって!!恭也さんまで、何言ってるんですか!?」

「……恭也お兄ちゃんって、結構いじめっ子だよね……」

「む、心外だな。・・・だが、何故か妹にもよく言われたな」



『恭ちゃんのいじめっ子〜!』



何故か、海鳴にいるはずの美由希の声が聞こえた気がした。


「……それが、ぜんぜん知らない人なんだ。けど、何故か懐かしい感じがするんだ」
 
剛は、強引に軌道を修正したらしい。

「まあ、夢なんだからな。特に意味は無いだろう」

「そうなんだけど、なぜだか気になるんだ……」

考え込んでいる剛。そして、それを励ましたりする猛。これがこの二人の関係だ。

「(……そう言えば、『出雲物語』の主人公も同じようなことを言っていたな……)」

綾香さんが書いた小説、『出雲物語』の主人公である『塔馬ヒカル』も、
冒頭の部分で似たような経験をしていた。
そして、そこから異世界での冒険が始まるのだ。

「(……だからといって、剛が異世界を救う救世主になるとは思えんが……)」

良くできた話だが、それが現実になるとは思えない。
……というかそんな現実、あったとしても頻繁に起こるハズがない。

「細かいことは気にすんなよ!それより、そろそろ期末テストだぞ。勉強のほうはどうだ?」

「お前と一緒にするなよ。普段からの蓄積があるから、慌てる必要はないね」

剛は成績も優秀。そして、顔も良い。

「(そういえば、剛は赤星に似ているな……)」

赤星と剛。両者は良く似ている。
周りからの、自分に対する評価を知らないところまで。

「私もばっちりだよ!お姉ちゃんは?」

「……私も普通程度には大丈夫だと思います」

次いで、明日香ちゃんと琴乃さんが続く。琴乃さんが一瞬詰まったのは、猛の方を見たからだ。
猛は……風ヶ丘時代の俺とほぼ同等。つまり落ちこぼれだ。

「き、恭也はっ?」

一縷の望みを託し、猛が俺に尋ねた。

「……申し訳ないが、力になれそうにない……」

「とほほ、俺だけが落ちこぼれか……」

そう。ここでは、俺にノートを貸してくれるような奇特な人間がいないため、おちおち居眠りなんてできない。
一応、居候させてもらっている身としては、せめて赤点を免れるぐらでないと、六介さんに顔向けできない。

「(おかげで、何とか授業についていけるぐらいにはなった。
 正直、赤星のような友人がいないと、授業中は寝られないしな)」



そうこうするうちに、出雲学園に到着したようだ。

「それじゃあ、またな」

「はい、それでは……」

「ああ。放課後、部活でな」

「弓道部にも遊びに来てね!」

猛が言ったのを皮切りに、琴乃さん、剛、明日香ちゃんが続く。

「さて……俺も行くか」

俺も校舎の方へ歩き始めた。



「そういえば、今日は日直だったな……」

日直の仕事に、学級日誌を書くというモノがある。
もっとも、今は試験が近いので、職員室の入り口までしか取りに行けないが。

「失礼しました」

学級日誌を取り、職員室を後にしようとした瞬間、

「あのー、済みません。職員室ってここで合っててますか?」

一人の女子生徒に声をかけられた。
よく見ると、この娘は学園指定の制服を来てはいない。

「(転入生か?)はい、合ってますよ……もしかして、転入生ですか?」

少し迷ったが、尋ねてみた。

「そうなんですよ〜!だから迷っちゃって……」

その気持ちはわかる。
俺もその経験があるからな。
……もっとも、俺の時はとんでもない人が案内をしてくれたが……

「では、担任の先生を呼んできますよ」

「そんな、悪いですよ」

「いえ、すぐに済みますから……それに、初めての学校の職員室って入りにくくないですか?」

「……実は、ちょっと入りにくいなぁって思ってたんです。お願いしちゃっても良いですか?」

「わかりました。それでは、お名前を教えて頂けませんか?『転入生が来ました』では、分かりにくいので・・・」

「あ、芹です!!わたし、『逢須芹』です!!」





あとがき

前回から一ヶ月の月日が経ち、すっかり塔馬家に溶け込んだ、恭也の日常編です。
そして前回の予告どおり、新たなるヒロイン『逢須芹』の登場しました。
彼女の登場により、キャストはほとんど揃い、ようやく物語の導入部。

次回は、少し変わった感じのお話になる予定です。
どんな感じになるかは、次回のお楽しみということで……


それでは今回は 、このあたりで失礼します。





遂に芹も登場し、いよいよ物語りの導入部へと。
美姫 「果たして、どんな未来が待っているのか」
塔馬家に馴染んだ恭也が、どんな役割をするのかも気になる所。
美姫 「次回も楽しみに待っていますね」
ではでは。



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