『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』




一人の少女が屋上で佇んでいる。その肩には一羽の烏。
――少女の姿は、この出雲学園の学生会長、北河麻衣だった。
目を瞑り、まるで何かを待っているかのような仕草。
その目が開かれた時、彼女は一言こう呟いた。

「――――来る」

刹那、

「――――――――――――――――」

大きな……という表現では言い表せないほどの地震が、出雲学園一帯を包んだ。
そしてその地震は非常識なことに、被害範囲は出雲学園のみというモノだった。





第二十一話 第一章 闘いへの突入





「……今の地震は一体……?」

まるでこの世の終わりだと言わんばかりの大地震。ソレが収まるのと同時に、恭也はそう呟いた。
通常の地震とは明らかに異なる地震。揺れの大きさに対して範囲が極端に狭められたモノ。
出雲学園にいた者にはそう感じたであろうが、少しでも離れた所にいた者ならば、
全く揺れを感じない地震。およそ自然界の法則を曲げた存在であるその地震は、確かに存在した。

「あれだけの地震だ……校内に残っているアイツらは……」

校内に残っている友人たち――先のいざこざで残っているであろう猛たちは、
先の地震に巻き込まれた可能性がある。

「これ程までに規模の大きな地震だ。校内に人がいたら、タダでは済まないだろう……」

地震の規模を数値化するのならば、
恐らく震度七――ここ日本においての最大級の規模を誇ると言っても、差し支えはないだろう。
そんな地震があったのならば、建物は崩壊し尽くされ、道路は真っ二つになる代物だ。
恐らく校舎の中にいたであろう友人たちは、無事では済まないだろう。
恭也本人は帰宅寸前であったため、グランドを通って校門に向かう途中であったために、
何とか難を逃れたのだが……

「……いや、それにしては妙だな。あの揺れに対して、校舎の被害が少なすぎる……」

小高い山に建てれた出雲学園の校舎は、既に築数十年といったモノだ。
ならば当然、校舎の所々――下手をすれば到るところが倒壊しているハズである。
しかし実際は校舎の外見には変化はなく、今も沈黙を守り通している。
逆の意味で恐怖に駆られるような状態であった。


――――地震が収まり、ふと廊下に出た   は、そこで最初の闘いに突入することになった――――


「そういえば、どこかでこの状況を見たような……!?」

現在の状況をどこかで経験したような感じを受けた恭也は、
そこまで言いかけて、ある一つの『疑似体験』を思い出した。
『ソレ』は、あまりにも出来が良すぎる疑似体験。
まるで現実を書き留めたような小説。頭の中で思い描けるような鮮烈な物語。


――――『出雲物語』――――


その冒頭でのワンシーン――それが先ほどの一文なのである。
その小説を貰ってから何度もよぎった、『この話は現実なのではないか?』という考えは、
予想もしないカタチで姿を現した。

「――クッ!急がねばっ!!」

あの小説が現実ならば、恭也には次に起こるであろう現象は容易に予想できた。
――――凶暴化した獣たちが襲い掛かってくるのだ。
そんな状況になった場合、普通の人間である猛たちは、すぐにでも窮地に立たされてしまうだろう。
無論、恭也とてそんな獣たちと闘えるワケではない。
確かな得物を持っている状態ならいざ知らず、無手のままならば逃走の一手しかない。

しかし、その逃走の一手すらまともに出来ないのが一般人なのだ。
獣と対峙した時の恐怖。冷静に働かない頭脳。それらが絡み合って引き起こされる混乱。
そんな状態になったのならば、まず助からないだろう。

「――――間に合ってくれ!!」

脳裏によぎる嫌な光景を否定しながらも、恭也は全力で駆け出していた。
――――校舎内に残る友人たちを救うために。




「いったい、何なんだよ――!?コイツはぁぁっっ!!」

「そんなの、あたしに言われても分かんないわよっ!!」

恭也が地震の脅威を感じ取ったのと時同じくして、その心配の対象のうちの二人である、
猛と芹は鼠に追いかけられていた。
とは言っても、ただの鼠ではない。
それならば普通の人間でも追い払うことが出来るし、撃退することとて不可能ではない。

「なんでっ!!なんであんなに『大きな』ネズミがいるのよぉぉ――――っっ!」

「知らんっ!!それこそ、俺が知るワケないだろうがぁぁっっ!!」

明らかに通常のサイズを超えたネズミが、二人に襲い掛かっていたのだ。
サイズにして、おおよそ90cm。分かりやすく言い直せば、身長の約半分の大きさのマウス。
マウスと言っても、某有名レジャーランドにいるような可愛らしさがあるようなものではなく、
獰猛な獣の仲間入りできるような面構えだった。

「猛っ!木刀持ってるんだったら、何とかしてよっ!!」

「そんなこと言ったら芹っ!!お前だってグローブなんてしてるんだったら、
 正拳突きの一発でも決めてきてくれよっ!!」

自分をも気絶させたあの拳ならば、きっとあの獣を倒してくれる……そう信じて疑わない猛は、
ごく当たり前のようにそう言った。
ちなみに猛の持っている木刀は、竹刀袋に竹刀と共に入れていたモノであるが、
いかに丈夫な材木で作られたものあっても、背後から迫ってくる鼠相手では心許ないように見える。

「じょ、冗談じゃないわよっ!!なんで、か弱い乙女であるあたしがっ!!」

しかしその拳を放てる本人にはそんな認識はなかったらしく、ひたすら猛に任せようとしていた。

「うぐっ!やるしか……ないかっ!!」

流石に女の子に無理強いさせるワケにはいかないと踏んだ猛は、
ようやく覚悟を決めて鼠に向き直った。

「(動き自身はそう速いもんじゃない、だったら……)でやぁぁっっ!!」

一瞬にして動きを止めていた鼠に肉薄し、渾身の一撃を対象の脳天に叩き込む。
山にいる熊ならばいざ知らず、コレぐらいの獣だったら傷を負わせることぐらいは出来るハズ……
そう考えた猛は、鼠に一太刀入れて様子を窺った。

『!?グゥゥゥゥ……!』

いきなり攻撃してくるとは思わなかったのだろう。
猛の一撃を喰らった鼠は、悲鳴をあげながら蹲っていった。

「芹っ!!コイツ思ったより全然弱いぞっ!!これなら俺たちで倒せそうだぞっ!!」

「うんっ!!」

自分達の予想では、死の一歩手前にでも連れていかれると思っていた二人は、
鼠の予想外の弱さに勢いづいた。

「せいっ!!」

「うりゃぁぁっっ!!」

猛が攻撃をしてすぐに、猛の後ろに隠れていた芹がもう一撃加える。
こんな闘い方をしたことは全くない二人だったが、
ソレは初めてだというのが嘘のような、綺麗に連携の取れた攻撃だった。

『――』

二人の連携攻撃を受けた鼠は、動かなくなった後に空気に溶けるように消えてしまった。

「今のは一体……?」

眼前で起きた不可思議な現象を前にして、猛はそう呟いた。

「猛っ!何か変な石が落ちてるよっ!!」

鼠が霧散した辺りを見ると、芹の指摘通りに手のひらサイズの石が落ちていた。

「コレは……勾玉じゃないか?」

ソレは勾玉と呼ばれる外見を持ち、その色は淡い緑色――恭也か六介がここにいたのならば、
『和玉』と呼ばれるであろう代物だった。

「勾玉か〜……猛っ!コレ、もらっちゃダメかな?」

「えっ!?コレが欲しいのか!?」

猛からすれば得体の知れないモノであったただけに、
ソレを欲しがる芹の気持ちが理解できなかった。

「だって〜、アクセサリーみたいで綺麗だし……それにココにピッタリ填まりそうじゃない?」

ココ――芹がそう言って指差した場所は、芹が身に付けているグローブに空いた穴。
普通ならグローブにそんな穴はついていないだけに、
余計にその勾玉が填まりそうだと芹は考えたのだ。

「う〜ん……まぁ危険はなさそうだし、良いんじゃないか?」

「えへへ……ありがとう、猛♪」

和玉を拾い上げると、芹はおもむろに眺め始めた。

「そういえば、芹。そのグローブはどうしたんだ?」

猛が地震の直後に芹と合流した時には、既に芹の両手にはそのグローブがあった。
しかし剛を追いかけた時にそんなモノを見た記憶がない猛は、不思議に思い芹に尋ねた。

「あぁ、コレ?コレはお母さんからもらったモノでね、日本に帰ってくる時にお守り代わりにって……!?」

「どうしたんだ!!」

『やはり危険なモノだったのか!?』そういった思考が猛の頭を駆け巡る。
しかし芹の口から次に出たのは、猛の予想範囲外のモノだった。

「コレって、やっぱりピッタリだったのよっ!!」

「な、なんだ……ビックリさせるなよ〜〜」

危険がなかったことは良かったのだが、予想とは正反対のことを言われた猛は、
ほっと胸を撫で下ろしつつも、崩れ落ちそうになった。

「やっぱり、綺麗よねぇ〜〜!……って、あれ?なんかさっきより明るくなってるような……!?」

芹の言葉が言い終わる前に、和玉を一層眩しい光を放ち、そして砕け散っていった。

「い、今のは一体……?」

光が収まると、事態を横で見ていた猛は不思議そうな顔をしてそう言った。

「た、猛……さっき鼠にやられた傷がなくなってない……?」

「えっ!?」

先の戦闘の際、逃走劇に転じる前に猛は芹を庇ってせいで、深手とまではいかないものの、
左腕に怪我を負っていた。
しかし、今はその跡すら見ることができない。
まさに元通りといっても過言ではない状態にまで、治癒がなされている。

「……もしかして、今砕けちゃった勾玉のおかげ?」

「……そう考えるのが妥当だよな?」

それぞれに思ったことは同じだったようで、この通常ではありえない奇跡に、ただただ驚いていた。

「ちょっともったいなかったけど、猛の傷が治ったから良いか♪」

「ごめんな、芹……」

自分が使いたくて使ったわけではないのに、猛は芹にそう言った。
この辺りが、六介をして『優しい』と言われる猛の性格なのだろう。

「うぅん!気にしないでっ!!……それよりさ、剛くんたち……大丈夫かな?」

「あ゛!!そうだ……もしかしたらアイツらも、今の鼠に襲われてるかもしれないんだっ!!」

鼠との戦闘、そして謎の勾玉の治癒力。それらの非常識なことを一度に経験したせいか、
二人はすっかり校舎内にいるであろう、友人たちの存在を失念していた。

「剛もそうだけど、探しに行った琴乃もヤバいかもしれないっ!!」

「猛!!はやくみんなを探しに行きましょう!!」

「あぁっ!!」

事態の深刻さを悟った二人は、窮地に立たされているかもしれない友人たちを探すべく、
校舎の中を探索し始めた。




「……不味いな。何か得物を調達しないと、これ以上は先に進めそうにないな……」

校舎の中に侵食――壁や地面を突き破って生えている大木を前に、恭也はそう呟くしかなかった。
校舎にいる友人たちを探しに来たまでは良かったのだが、校舎に突き刺さっている大木のせいで、
道が閉ざされてしまっており、それらの木々を払いのけるには、
何か真剣のような得物が必要になったのだ。

「まいったな……こんなことだったら、常に装備一式を携帯しておくべきだった……」

装備一式――ソレは飛針・鋼糸・小刀、そして小太刀からなる武器類のことであり、
恭也たち御神の剣士が戦いの場に赴く時は、ソレらを身体中に隠し持って行く。
――否、ソレを持っているのといないのでは、圧倒的なまでの差が生じると言っても過言ではない。

『グァァアア――――ッ!!』

コレで、既に何匹目になったであろうか――恭也が、襲い来る獣たちと対峙するのは。
数えるのも馬鹿馬鹿らしいぐらいの襲撃数だったので、恭也は既に数えるのは止めている。
……と言うよりも、数える暇を与えてくれなくなったのだ。

「ハッ!!」

襲い来る獣のスピードを利用した投げ技――素人目には何が起こったのは理解できない、
そういった類のプロの技――否、プロの『業』で確実に対象を倒していく恭也。

「……予想よりも大したことがないのは助かったが、
 それでも、これだけの数を相手にするのは骨が折れるな……」

御神流の遣い手は得物を選ばない。それ故に、無手でもある程度は闘うことができる。
しかし本来の得物はやはり二振りの小太刀であり、
やはりソレがあるとないとでは、雲泥の差が存在するという事実が鎮座している。
加えて、校舎内の樹木たち。コレらを斬り開く為にも、どこかで小太刀――とまではいかなくても、
真剣に類する得物を調達しなくてはならない。

「とにかく、今は被害に遭った人たちの確認をしなくては……
 ――出来れば誰もいないことを祈るばかりだが……」

その中には自分の友人たちを含まれるということも手伝ってか、恭也はなおのことそう思っていた。

「(……だが、ソレは無理と言うものか……)」

胸中では、その願いは叶わないだろうと冷静に事態を把握している自分がいることも、
恭也には分かっていた。
その結論は、恐らく正面に視える扉の向こうにあるということも。

「当たってほしくはないが……ここには誰かがいる可能性が高いな」

正面の扉……ソレは『弓道場』と書かれたネームプレートが貼られた扉。
恭也が、そして猛が頻繁に開け閉めする扉は、いつもと同じようにそこにあった。










あとがき

一章に突入し、異世界にでの旅が始まった話でした。

動き始めた物語。それぞれの思いが錯綜する中での異常事態。
一体どうなってしまうのでしょうか?
そして、弓道場で恭也を待つのは一体……?

次回は、原作とは少し違った展開になる予定です。


それでは、失礼します〜



追伸(と言う名の謝罪文)

前回から少しずつ書き方を変えているのですが、ソレは今回からの書き方に合わせるためでした。
書き始めた当初から、序章は三人(恭也・猛・剛)に感情移入しやすいように、
それぞれの一人称視点から、そして一章からは三人称の視点から進めようと思っていたので、
このような変則的な形態になってしまいました。

今後はこの形態で進めていくつもりなので、何卒よろしくお願い致します。




ワクワクドキドキ〜。
美姫 「弓道場で待っているのは」
いやいや、早く続きが読みたい。
美姫 「一体、どうなるのかしら」
恭也は今の所素手だし。
美姫 「うーん、次回が待ちどおしいわ〜」
次回も楽しみに待ってます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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