『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』















「このイカダで、どこまで行くんだ?」
「もう少ししたら、州になってる所があるの。その近くの洞窟が、目的地よ!」

 川の流れに乗って、流れ行くイカダ。
 その上で皆を代表するように猛がサクヤに尋ねる。
 それに対し、サクヤは、やや声を荒げながら目的地を説明した。

 薄っすらと残る涙の後。
 そしてイカダの先頭に立っているから分かりにくいが、微かに鼻をすする音が風に乗って聞こえてくる。
 ソレが誰のモノであるかということは、説明するまでもなかった。

「(……無理もない。今までの日常が崩れてしまったんだ……辛くないハズがない)」

 今まで平和だった場所が、突如非日常の世界になる。
 かつてそういった経験を味わったことがある恭也は、彼女の――サクヤの胸中が理解できた。
 辛さを抱えながらも、気丈に振舞わなければならない――それは並大抵のことではなかった。

「――――大丈夫だ」
「えっ?」
「カグツチさんとアマテラスさんは――――お父さんとお母さんは、きっと無事だ。あの二人は強い……だから俺たちは、彼らを信じて言われた通りにするんだ」

 かつて、サクヤと同じような経験をした恭也。
 だからこそその胸中を理解することができ、サクヤを支える言葉を出せる。
 そんな彼の言葉を聞いた皆は、顔を見せ合った後にサクヤに言った。

「そうだよ!サッサと目的を果たして、カグツチたちを驚かせようぜ!!」
「そうよ!良いこと言うわね、猛!!」
「サクヤちゃん、一緒にガンバろうね♪」
「…………がんばりましょう、サクヤさん」

 それぞれから温かい言葉が――心が伝わってくる。
 今まで一人で行動をしなかったが故の不安が薄れ、代わりに気合が漲ってくる。
 サクヤはできたばかりの友人たちに感謝した。

「みんな――――ありがとう!!」

 目尻に数滴の涙を溜めつつ、皆に感謝するサクヤ。
 皆の心遣いが沁みていく――そんな感覚。
 温かな雰囲気を醸し出していた一行だったが、その時頭上で何かの音が聞こえるのに気付いた。

 ――ジャリッ!ジャリッ!!

 ソレは、川の頭上の道から聞こえた音。
 馬に跨ったモノたちや、甲冑に身を包んだモノたち。
 甲冑を纏ったモノが悪霊であることから、ソレらが里を襲った悪霊軍であることは明白だった。

「みんな、伏せて!!」

 悪霊軍に見つかられないように、皆に指示を出す麻衣。
 その甲斐があったのか、悪霊軍からイカダを見つけることはなかった。
 ホッと胸を撫で下ろす面々。しかし悪霊軍の最後方で、信じられない光景を目の当たりにした。

「アレって……!?」
「剛と琴乃……だな」

 思わず大きな声で叫びそうになる猛。
 ソレを手で制しながら、小声で言葉を引き継ぐ恭也。
 そんな彼らの驚愕をよそに、剛たちの姿は闇に消えていった。





 第三十四話 第二章 ヒミコ軍の救世主





「皆の者、ご苦労だった!!俺たちはついに、忌々しい人間どもを隠れ家から追い出してやったのだ!」

 ――オォォッ!!

 赤毛の少年――ミナカタの音頭に合わせて、悪霊たちが騒ぐ。
 彼らは先の闘いでカグツチたちのいた隠れ里に攻め入り、制圧したのだ。
 故にこの集会は勝利の宴。その前説をミナカタが行っている最中なのである。

「我々の損害は、決して少なくなかった!!――――だが、敵の拠点を制圧したという意味は大きい!!」

 ――ブンッ!!

 鈍いと共に、ミナカタその手に持つ剣を振り上げる。
 ――さながら士気を鼓舞するかのように。
 その様子から彼は腕っ節だけの男ではなく、カリスマにも富んでいることが窺い知れた。

「今夜は存分に飲んで騒いで、楽しめ!!我々の勝利は近いぞ!」

 ――【勝利は目前】――皆にそう思わせることが重要。
 ソレが出来れば、例えコチラが不利の場合でも味方を高揚させることができる。
 ソレこそが指揮官の技量であり、勝利に鍵にもなるのだ。

「そして……」

 そこまで言いかけて、ミナカタは一歩横にずれる。
 それまで彼の後方にいた、男女――剛と琴乃を前に出すためだ。
 この勝利の宴のムードならば、異邦人である二人を紹介しやすくなる――ソレが狙いだった。

「今回の闘いで、少なからぬ戦績をあげた者を紹介する!!」

 そう言って、剛を一歩前に出す。
 いきなり前に出された剛は狼狽した。
 目の前には無数の悪霊たち。ソレを見て動じないほど、剛の神経は太くなかった。

「――――――――」
「剛――――お前が加勢してくれたおかげで、俺は随分助かった。礼を言うぞ!」
「いや……それほどでもない」

 演説口調を一旦止めたミナカタが、剛にそう言った。
 彼からすればソレは偽らざる本心。
 しかし剛からすれば、彼から感謝されるほど力になれたとは思っていなかった。

「まぁ、言わせてくれ」

 屈託なく笑いかけつミナカタ。
 剛が謙遜している思ったのだろう。
 そして次の瞬間、ミナカタは感謝の意味と剛の紹介を兼ねて、悪霊たちに叫んだ。

「この男は、ヒミコ様が直々にこの世界に召喚した勇敢なる戦士、我ら同胞だっ!!」

 ――オォォッ!!

 再び宴会場となった集会場に歓声が飛び交う。
 これで剛は悪霊軍にとって異邦者ではなく、【自分たちの味方】となる。
 そういったことまで計算に入れた上で、ミナカタはこの場で剛を紹介したのた。

「そしてそこにいる娘の名は琴乃、剛の……えーと――――」

 そこまで言って、言いよどむミナカタ。
 ヒミコから、剛は【異世界から召喚した救世主】と教えられていたが、琴乃のことは聞いていなかった。
 なのですぐ側にいた剛に小声で質問した。

「(……あの女は、お前の嫁ってことで良いのか?)」
「(い、いや!!そ、そういうわけでは……)」

 まさかそういった解釈がされているとは思っていなかった思わなかった剛は、面白いぐらい狼狽した。
 剛からすれば、【想いを寄せていた女性とそういった風に見られた】という、嬉しさと気恥ずかしさもあったのだろう。

「(なんだよ、違うのか……まぁ、いいか)琴乃は、剛の友人だ!みんな、失礼の無いようにするんだぞ!!」

 溜め息一つすると、ミナカタは再び演説モードに突入する。
 そして彼の演説は幕を閉じた。
 その後は人間も悪霊も変わらない――飲めや歌えやの、大宴会に突入した。






 ∬

 悪霊軍陣営の大宴会が終了し、数刻が過ぎた。
 先程まで宴会場だった場所には、現在は一人の男しか存在しない。
 目を閉じ静かに佇んでいるミナカタ――その姿は、流石は悪霊軍の将と言わしめるモノだった。

「…………」
「ミナカタ……」

 そんな赤毛の将に呼びかける、一つの影。
 その影は悪霊のモノとは違って、人のカタチを持った者。
 先程悪霊軍に紹介された少年――剛だった、

「あぁ、剛か。今日は疲れただろう。明日に備えて、眠った方がいいぞ」
「……そうだな。もう少したら、寝るよ」

 大雑把に見えて、仲間一人一人に心を砕くことができる将。
 それが剛がこの闘いにおいて感じた感想だった。
 剛は自分より年下に見えるこの少年が、とても大きく見えていた。

「……カグツチろアマテラスは強敵だった。お前が割って入らなければ、いくら俺でもやられていたかもしれん」
「いや……次元の違う闘いだった。俺なんか、大して力にもなれなかったよ」

 圧倒的な差だった。
 少なくとも剛から見れば、その言葉しか出てこない。
 それほどまでに、ミナカタやカグツチの強さは凄まじいモノだった。

「そんなことはない――――お前は確かに、俺たちに比べて数段弱い。だがお前の技は何かが違う」
「技が……違う?」

 まさかそんなことを言われるとは思っていなかった剛は、その言葉の意味を問う。
 技が違う――確かにミナカタと自分の剣は違う。というよりも、ミナカタは技を使っていない。
 彼の剣は力に任せたモノ――ソレが剛の見解だった。

「お前の闘い方は、どこかあのカグツチと似ている――――ソレは、アシハラノクニの技なのか?」
「……カグツチと俺が、似ている?」
「カグツチと闘って、俺に足りないと感じた技――――ソレをお前は持っている」

 カグツチは剛が見たところ、ネノクニでは珍しいぐらい技を極めていた。
 それも、自分の修める剣とどこか似ている――ソレが剛の感想だった。
 剛は知らないが、カグツチは元々アシハラノクニの剣士。故に彼が剣道の型を持っていても、不思議はなかった。

「……剣道……」
「ケンドウ?」
「俺が学んだ、アシハラノクニの技だ」

 カグツチの剣が如何なるモノかは分からないものの、剛は自分の修める剣の名を口にした。
 剛からすれば、知っていて当然のモノ。しかし異世界の住人であるミナカタには初めての響き。
 鸚鵡返しをするミナカタに、剛は補足の説明をした。

「ソレは、お前に教われば俺にも出来るか?」
「俺は人の教えだれるほどの腕じゃないが――――基本的なところなら」

 実際、自分は修行中である。
 顧問である六介に師事している立場。
 基礎は分かっても、道を究めたわけではない――剛は偽らざる本音を話した。

「そうか――――じゃあ、ぜひ教えてくれ!!」
「あ、あぁ……いいけど」
「よぉし!!」

 若干押され気味になりつつも、了承する剛。
 それを聞いて、子どものように喜ぶミナカタ。その表情は本当に嬉しそうなモノだった。
 そんなミナカタを見て、剛は自分も思っていたことを口にした。

「その代わり、俺も頼みたいことがある」
「な、なんだ?」

 笑顔が完全には消せない状態で、ミナカタは剛に尋ねた、
 今の彼の様子なら、何でも喜んで了承してしまいそう。
 それは、誰の目から見てもそう思えるほどの顔をしていた。

「ミナカタ……俺にも、貴方の剣を教えて欲しい」

 真剣な顔で、そう告げる剛。
 一瞬、呆気に取られたような顔をしていたミナカタだったが、すぐに【男の顔】になる。
 そしてそれは、【了承】に意を表すモノでもあった。

「(猛……俺はこの世界で剣を学び、必ずお前を超えてみせる……)」

 新たな決意を胸にして、剛は夜空に浮かんだ月を見上げる。
 彼にとって、自分で切り開く現在の一歩目。
 ソレは剛にとって、別の意味でも新たな第一歩でもあった。






 ∬

「ヒミコ様……」

 悪霊軍の砦。その中央部に位置する部屋。
 悪霊軍の長たるヒミコに、そう呼びかける人影があった。
 燃えるような紅く長い髪を三つ編みにした、非常に美しい――まるで闘いの女神のような女性だった。

「麟ですか……どうしました?」
「カグツチの里から、何人か脱出した者たちがいるようです」

 ヒミコに【麟】と呼ばれた女性――姿だけを見れば側女にしか見えない女性は、そう報告した。
 彼女は見た目とは裏腹に、ヒミコが最も信頼する部下であり、最強の戦士でもあった。
 かつて彼女を含めた五人の女性が、ネノクニ最強の聖獣と呼ばれていた程に……

「……残党ですが――――その行方は?」
「分かりません。その中には、カグツチの娘もいたようです」
「そうですか。カグツチの娘が……」

 思案顔になるヒミコ。
 別段、その残党を放っておいても大勢に影響はない。
 しかし――『その者たちこそ警戒しなくてはならない』――そういった考えが過ぎるのも確か。

「――――何か分かったら、報告しなさい」
「はっ!それと……もうひとつ、気になることが――――」

 麟が続けてそう言う。
 彼女の様子からして、ここから話されることは彼女の考え。
 ただの考えではなく、歴戦の将たる者の頭脳から弾き出された閃き。

「なんですか?」
「カグツチの娘を護衛する従者達の背格好――――剛様のおっしゃっていた、アシハラノクニの者どもに似ているように思うのです……」
「……………………」

 そんな麟の考えもあって、悪霊軍――ヒミコたちが優勢ムードであることも事実。
 故に彼女の言っていることは恐らく正しい。
 だからこそ、ヒミコが彼女を信用しているのだ。

「――――その話、しばらくあの二人にな伏せておきなさい……」
「はっ!!」

 そう告げると、下がっていく麟。
 彼女――麟にとってヒミコの意見は絶対であり、ソレを支える意見を出すのが自分なのだ。
 そして麟にいなくなった部屋でヒミコは、

「あの二人には、今しばらく、私の側にいてもらわなくてはならない……」

 あの二人――剛と琴乃のことを考える。
 彼女にとって、剛はこの戦の鍵。そして琴乃は、その剛を自分の側に置いておくための楔。
 だからこそ、二人が仲間と共にアシハラノクニに帰ることを警戒しなくてはならなかった。









 あとがき

 予告通り、剛サイドが中心のお話でした〜

 悪霊軍の仲間として。迎え入れられた剛と琴乃。
 そして、そこで見つかる戦友とも呼べる相手たち。
 剛にとって――そして琴乃にとって、今後に繋がる者たちとの出会いは、
 何をもたらすのでしょうか?
 次回は、恭也・猛サイドに戻ります。

 それでは、失礼します〜




様々な思惑がまた裏では…。
美姫 「いやいや、本当にこれからも目が離せないわね」
うんうん。一体、どうなっていくのかな。
恭也たちは、そして悪霊側に付いた剛は、一体どうなるんだ!
美姫 「次回も、次回も楽しみにしてますね」
ではでは。



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