『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』




「冷静になれ!ミナカタっ!!」
『剛(さん)……!!』

 その影は、探していた人物そのものだった。
 剛は傍らに不思議な雰囲気を持つ巫女装束の少女を連れて参上し、ミナカタの助言をした。
 ソレはまるで出来の悪い夢のようだった。

「済まん、剛!!恩に着るぞ……!!」
「(……不味い。冷静になられたら、その時点で俺の負けは確実だったというのに……!!)」

 相手は悪霊軍の将軍なのだ。実戦経験、戦術、そして実力。
 どれを取っても恭也が勝っている点は無かった。
 ただ、その中では精神が比較的未熟そうだったので、そこを突いて何とか優勢に【視せていた】のだ。

「(……焦りが消えたか。隙も消えた……付け入る隙が全く無くなってしまったな……)」

 内心では脂汗を流しながらも、顔には出さない恭也。
 しかし危険なことには変わりない。
 神速で斬り込む――そう考えもしたが、一抹の不安が頭を掠めた。

「(……この世界に来てからほぼ毎日、かなりの頻度で神速を使ってしまっているな……」

 ネノクニに来てから恭也は、神速を以前からは考えられない程多用している。
 ソレは戦闘に不慣れな面々をサポートする時に使うこともあれば、蔓や青龍と闘った時のように使わなければ勝てない相手がいたことが原因として挙げられる。
 いくら痛みを感じなくなったとは言え、膝自身の強度はそうそう変わるものではない。

 いや、むしろ自分で限界が分からなくなってしまった分、今の方が危険なのかもしれない。
 それに神速を使えば必ず勝てるというモノではない。
 どうする。どうすれば切り抜けられる。恭也の内心は次第に焦りとの闘いになって来ていた。

「そらそら……!!さっきまでの勢いはどうしたっ!!」
「……クッ!」

 剣戟は鳴り止まず。
 徐々に不利になっていく恭也の内心をよそに、状況は刻一刻と変化していく。
 それも恭也に不利な方に。

「(このままでは……っ!しかし一体どうしたら……!?)」

 もはややられるのも時間の問題。
 恭也がそう感じた時、一陣の影が――見知った気配が急接近しているのを感じた。
 ココのいるハズの無い人物。だが間違えようの無い気配。

 ――キィィンッ!!

 一瞬後に自分とミナカタの間に割り込み、ミナカタの剣を受け止める音が聞こえた。
 その人物はミナカタと同じく古代剣を手にし、鎧に身を包んだ剣士だった。
 長く伸ばし、一本に纏めた後ろ髪。丁度恭也に対して背を向けている状態だったので、殊の外ソレが目立った。

「また会ったな、ミナカタ!!」
「カグツチ……っ!!」

 そう、援軍の正体はカグツチだった。
















 第四十一話 第四章 現在と過去――反魂の術の力
















「カグツチさん!!一体どうしてここに……!?」
「青龍に君たちのことを聞いて、急いで駆けつけたんだ!」

 突如として現れたカグツチ。
 その両手で構えた剣でミナカタの剛剣を受け止めながら、恭也の質問に答える。
 そして一瞬力を抜き、次の瞬間に力を込めてミナカタを吹っ飛ばす。

「……随分と無茶をしましたね……?仮にも軍を預かる身だというのに……」
「何、コレは軍としても絶好の反撃のチャンスだったのでね!無理やり皆を説き伏せて、やって来たんだよ!」

 大人になり、神としてネノクニを治めてきたせいか、パッと見には落ち着いた人間になったように思えるカグツチ。
 だが人間、根の部分が変わることはそうそう無い。
 やはり彼は、あの【塔馬ヒカル】が成長した姿なのだ。

「……ただ勢い込んでやって来たのまでは良かったんだが、攻めあぐねていてね……。そんな時だったんだよ、正門が内側から空いたのは……」
「(…………本当にフラグ立てイベントだったのか、アレは……)」

 半ば冗談でサクヤに指示したことが、カグツチ召喚のフラグだったとは。
 言い出した本人が一番驚いてしまうことだった。
 もしサクヤが隣にいたのなら、「恭也君、流石だね!!」とかボケてくれたに違いない。

「猛君っ!!コレを!!」

 既に反魂の術を行っている最中のサクヤは身動き出来ない。
 よってカグツチはその隣にいた猛にある物を放った。
 一見大きな貝殻に見えるソレ。

「コレは!?」
「宝貝だっ!!後でサクヤに渡してくれっ!!」
「え……っ!?」

 【後で】とはどういう意味か。サクヤとはココで別れるハズだ。
 猛たちはアシハラノクニに戻り、サクヤはネノクニに留まる。
 そういう筋書きのハズだったし、なによりサクヤがアシハラノクニに来る意味が分からない。

「サクヤ!お前も猛君たちと一緒に、アシハラノクニへ避難しなさい!」
「お、お父さんっ!?」

 いきなりそんなことを言われれば、誰だって同じような反応をするだろう。
 ソレはサクヤも例外ではなかった。
 ましてやサクヤはネノクニの住人だ。未知の世界への不安もある。

「ココはまもなく戦場になる!戦いが終わったら宝貝で連絡するから、それまで向こうで待っていてくれっ!!」
「……うん。わかった……!」

 父親の真剣な様子に、サクヤは駄々をこねなかった。
 ソレぐらい今のカグツチの言葉には重みがあり、反論をするのが憚られるほどだった。
 だから大人しく父の言葉に従う。必ず勝って、自分を呼んで貰えると信じているから。

「恭也君!剛君を連れて、君も一緒に行くんだっ!」
「……手合わせの約束、次に会う時に持ち越しですよ……」
「……勿論だ」

 ココに剛が現れた以上、恭也が後で別に反魂の術を行って貰う必要はなくなった。
 ならば恭也と剛も反魂の術に加わり、一緒に帰った方が良いことは明白である。
 その意味に気付いた皆。そして猛が自らの親友に呼びかけた。

「剛!!はやくコッチに来い!!一緒に元の世界へ帰るんだっ!!」
「あ、あぁ……」

 猛の言葉に反射的に反応して、ソレに導かれるように歩き出す剛。
 今の彼は、何も考えていないのだろう。
 ただ猛の言葉に釣られているだけの状態。まさにそう言った表現が相応しかった。

「……剛」

 そんな剛を、短い――非常に短い言葉で呼び止める巫女装束の少女。
 彼女こそが悪霊軍の大将【ヒミコ】。
 一見そんな大物には見えないが、その不気味な程の静かな気配が、逆にソレを証明していた。

「剛……私たちは貴方を必要としています。この世界を救う救世主として、そして私たちの仲間として……」
「!!」

 ヒミコの言葉を聞き、見開かれる剛の瞳。
 ただ猛の言葉を聞いて動いていた一瞬前までと違い、確かに灯っている瞳の力。
 彼はそこで、歩くことを止めた。

「剛!何やってるんだよ!?はやく……」
「猛……俺は行かないよ」
「な、何だって!?」

 予期せぬ親友の一言。何を言われたかの分からなくなる程の言葉。
 まさか言われるハズがないと思われたその一言。
 ソレに対して猛が出来ることは、聞き返すことしかなかった。

「俺はこの世界に来て分かったんだ……俺に欠けているモノが。この世界でならソレを掴めそうなんだ……」
「そんなの!元の世界でも出来るだろ!?俺も手伝うから……!!」
「それじゃ、ダメなんだっ!!」

 剛としては珍しく強い口調で言い返す。
 彼がこういった強い口調で物事を語る時は、大抵心が固まっている時だ。
 長年親友をやってきた猛には分かっていた。だがそれでも納得できことではなかった。

「ココの連中は俺を必要としてくれる……それに心配するな。俺に欠けているモノを掴んだら、ちゃんと元の世界に戻るから……」
「そんな……俺たちと元の世界じゃダメなのか!?」
「…………」

 剛は何も言わなかった。
 ソレは沈黙。
 沈黙が意味するモノは肯定。

「剛……」
「恭也さん……」

 コレまで親友同士の会話に口を出さなかった恭也が、ココで漸く剛に呼びかけた。
 静かに。
 ただ淡々と語るように。

「……それがお前が見つけた――お前が信じる路なのか……?」
「…………ハイ」
「修行の成果……楽しみしているからな……」
「……ハイッ!!」

 恭也には分かっていた。
 猛と同様に理解出来ていた。剛という人物を。
 だから恭也は静かにエールを送り、剛に背を向けて駆け出した。

「恭也君っ!!はやく来て!!コレ以上は待てないから……!!」

 サクヤが猛の手を握っている手とは逆の手を恭也の駆けて来る方へ差し出した。
 あと一瞬。本当にあと一瞬で届くという距離。
 ソコまで両者の手が近付いた時、反魂の術を行っていた面々の周りの空気が変化した。

「あぁ……っ!!術が作動しちゃった!?」

 刹那。砦のその空間だけ変化した。あたかも最初から誰もいなかったかのように。
 世界から彼らが存在した痕跡が消えるかのように。
 そうして反魂の術は作動した。















 
 猛たちが次の瞬間に目にしたモノは、見慣れた出雲学園の校舎が夕暮れに染まる光景だった。
 周りには人っ子一人いない。
 一瞬ココはまだネノクニなのではないか?皆がそう勘繰ってしまう。

 ――ゴォォォォォォッ!!

 そんな考えを打ち消したのは、天空を駆ける鉄の箱舟だった。
 サクヤから見た未知の鉄の箱舟は、猛たちにとっては見慣れた飛行機。
 つまりココはアシハラノクニ。猛たちは元の世界へ帰って来たのだ。

「やったぁ――――!!私たち、元の世界に戻ってきたんだ!?」
「良かったぁ〜。またネノクニに来ちゃったかと思ったよぉ〜〜」
「えぇ。本当に良かった……!」

 芹が。明日香が。そして琴乃がそれぞれに自らの胸の内を語った。
 本当に嬉しそうな彼女らの声。
 琴乃に至っては、目尻に涙を溜めてすらいる。

「アレは何!?大きな鳥が飛んでるわ!!」
「……アレは飛行機。鳥じゃないわ……」

 喜んでいる面々とは裏腹に、未知の世界の未知の物体に驚愕しているサクヤ。
 そしてそんな彼女に、正しい知識を教える麻衣。
 本当にほのぼのする光景だった。

 ――ピリリリッ!!

 そんな空気に飛び込んでくる電子音――に非常に良く似た音。
 ソレは先程猛がカグツチから預かったモノから発せられた音。
 宝貝と呼ばれていたモノからのコールだった。

「な、何だっ!?」
「あ、お父さんからだっ!!」

 驚く猛から宝貝をひったくるサクヤ。
 そしてソレを耳に当てる。
 そうすると、非常に聞きなれた声が聞こえてきた。

「サクヤ、聞こえるか!?」
「お父さん!!無事だったのね!?」
「あぁ……。ヒミコたちは取り逃がしてしまったが、コチラの勝利だ!!」
「本当!?良かったぁ〜〜」

 心底安心したように、そう言うサクヤ。
 無理もない。両親の安否が掛かっていたのだ。
 先程は凛とした態度で皆を説得したサクヤだが、本来はまだまだ子どもだ。今の姿こそが、本当の彼女の姿なのだ。

「それでサクヤ。コチラは落ち着いたから、ネノクニに帰ってきなさい」
「それなんだけど……」

 そう言い、月の位置を見るサクヤ。
 彼女の表情を見る限り、あまり良いモノではなかったようだ。
 そしてソレを、ありのままカグツチに伝える。

「そうか……。なら次の満月の時に帰って来なさない。それまでは……」
「あ、ウチなら部屋がたくさんあるから、サクヤちゃんを泊めてあげられるわよっ!!」
「芹ちゃんのウチっていうと…………済まない。サクヤのことを頼む」

 カグツチは一瞬故郷の実家を思い出す。
 ソコに娘が泊まる。そのことを考えると、何とも言えない不思議な気分になった。
 だがすぐに気を取り直し、芹に――姪に当たる少女に娘の世話を頼んだ。

「任せておいてっ!!」

 その明るく朗らかな喋り方。
 ソレはカグツチに、在りし日の妹を思い起こさせる。
 ダブるイメージ。

 カグツチの表情はサクヤたちから見ることは出来ない。
 だがもし見えていたのなら、非常に懐かしいモノを見るかのような表情だったに違いない。
 ソレは確実なことだった。

「サクヤ……俺もカグツチと話しても良いか?」
「ウン!ちょっと待っててね!!」

 カグツチに猛と会話を代わる旨を伝えるサクヤ。
 父に別れの挨拶をし、猛に宝貝を差し出す。
 そしてソレを受け取った猛が、カグツチと話し始める。

「猛君かい?済まないがそういうことなので、サクヤを頼むよ……」
「えぇ。ソレは任せておいて下さい。あの……」
「……剛君のことかい?」
「……ハイ」

 猛は気になっていたことを訊ねようとした。
 そしてカグツチもまた、猛の用件は分かっていた。
 親友が一人、別世界に残ってしまったのだ。気にならない方がおかしい。

「彼はヒミコたちと一緒に退却していったから、その後の足取りは掴めないが……」
「そう、ですか……」

 予想通りの答え。
 剛はヒミコたちと共にあると宣言したのだ。
 まずそうなっていると見て間違いなかったが、それでも猛は聞かずにはいられなかった。

「心配ないよ。彼のことはコチラでも出来る限りのことはするし、ソレに彼と約束したんだろう?」
「…………剛のこと、お願いします」
「あぁ……」

 男には確実に男にしか分からないことがある。
 それは女の場合もまたそうである。
 彼らの沈黙は男としての暗黙の了解によるもの。だからコレ以上は何も言えなかった。

「ところで猛君、恭也君がいたら彼にも代わって欲しいんだが……」
「あ、ハイ!ちょっと待ってて下さい……」

 暗くなった雰囲気を払拭させる為か。
 それとも本当に恭也にも用事があったのか。
 真意は分からないが、カグツチは猛に恭に代わってくれと頼んだ。

「……アレ?」
「どうしたんだい?」

 猛は周りを見回す。
 しかし恭也の姿はドコにもなかった。
 先刻から、彼にしては珍しく会話に混ざっていなかったが……。

「いや、恭也がいないんですよ?」
「……!?」
「アイツ、こんな時にドコほっつき歩いてるんだか……」

 猛としては、またいつものことだと思った。
 恭也は何処かに隠れて、自分らを驚かすつもりなのだろう。
 だから先程から姿を隠しているのだ。そう決め付けようとした。

「…………猛君」

 しかしそんな猛の考えを切るように、カグツチが暗い口調で猛に呼びかけた。
 
「もしかしたら恭也君は、アシハラノクニへ戻っていないかもしれない……」
「エッ!?そんなことってっ!?だって、そっちにはいないんですよね!?」

 予想外の展開。
 猛がカグツチから聞かされたことは、まさにその類のモノだった。
 青天の霹靂。これ程似合う言葉があるだろうか。

「……コチラにもいない。そしてソッチにもいない。だとすれば彼は、一体どこに行ったことになるのかい……?」
「それ、は……」

 言うまでも無いだろう。
 どこか別の場所に飛ばされたに違いない。
 そんなこと、この場にいる面子なら誰だって分かることだった。

「……コレは憶測だが、彼は反魂の術が作動した瞬間にサクヤの手を握っていなかった。だから不完全な状態で反魂が作動してしまったんじゃないかな……?」
「じゃ、じゃあ恭也はっ!?アイツは一体……!?」
「分からない……別の世界に飛ばされたか。それとも別の時間軸に飛ばされたのか……」
「そんな……」

 そもそもアシハラノクニとネノクニとでは、流れている時間が異なっている。
 だから反魂の術を行う際に、未熟な者がソレを行おうとすれば正しい時間軸に辿り着けないこともあった。
 故に恭也は、一体何処のどの時間に飛ばされたかが分からないのだ。

 一瞬明るくなった空気が、また暗くなってしまった。
 いや、下手をするとソレ以上になってしまったかもしれない。
 だが不思議と、誰もが恭也の生存を確かなモノとしていた。

 ソレは彼の強さから来るモノか。
 それとも彼の不思議な人間性から、そう判断されたモノか。
 とにかく言えることは、彼は剛と同様必ず帰ってくる。ソレだけだった。
















「……ん?ココは一体、どこなんだ?」

 反魂の術は確かに発動した。
 だからココは悪霊軍の砦ではない。
 しかし出雲学園でもなかった。恭也は開いたばかりの目蓋を押し上げ、現状を把握しようとした。

「ちょっとアンタ!!いきなり現れたけど、何者よっ!?まさか悪霊!?」

 後ろから声が掛かる。
 【悪霊】という単語が出てくるということは、ココはまだネノクニらしい。
 恭也はそこまで考えると、声を掛けてきた人物の誤解を解くためにそちらに向き直った。

「いえ、誤解です。確かにいきなり現れたので、怪しさ爆発かもしれませんが――――えっ!?」
「ちょっと、何よ!最後まで言いなさいよ!?」

 恭也は見た、声を掛けてきた人物を。
 その人物は少女だった。
 学生服に身を包み、金色の長髪を二つに結わった少女。
 
 意思の強そうな瞳に、手に携えているのはフェンシングのサーブル。
 つい最近、ここ数ヶ月のうちに知り合った女性の面影が、色濃く残った少女。
 だから恭也は驚愕した。その人物が誰だか分かってしまったから。

「な、渚さん……?」

 本来交わることがなかった、もう一つの物語。
 既に本の中にしか存在しなかった【出雲物語】、その原点とも言うべき闘いの数々。
 恭也はそこに入り込んでしまった。本来彼が存在しない時間軸、彼が生まれる前の物語に。

 ソレは一体何を意味するのか。
 神のみぞ知るところだった。







おおう! 新たな展開!?
美姫 「過去へと飛んだみたいね」
過去のどの時点か、というのも問題だな。
美姫 「これが未来にどんな影響を与えてしまうのかしら」
うわー、とっても気になるな。
早く続きが読みたい所。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待っています。



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