『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』




「それでは皆さん、自分の行きたい場所を――帰るべき世界を、強く念じて下さい……!!」

 過去の異世界生活二日目。
 昨晩ヒカルにとって、探られると困る過去が【また】増えたことは、とりあえず割愛することにする。
 描写に困るモノなのだが、アレは必須イベントなのだ。ならば見なかったことにするしかないだろう。

 そうすることで、精神衛生上のバランスを保とうとする恭也。
 ソレが正解だ。この世界の契約システムについて突っ込んでいったら、ソレはキリがないだろう。
 だからコレで良いのだ。……そういうことにしておこう。

「(……爺ちゃん……美由紀……)」

 術者のアマテラスと契約を交わした渦中の人物、
 という名の問題児であるヒカルは、恭也の内心を綺麗さっぱり読まずに、既にその心をアシハラノクニへと旅立たせていた。
 本来物語の主人公というのは、コレくらいのノリで良いのだ。恭也がかなり特殊な分類な為、つい忘れがちではあるが。

「……皆さん、御武運を……!」

 アマテラスの手により、術式は最終段階に入る。
 ココだ。恭也の記憶が確かなら――出雲物語の記述が確かなら、ココで【アノ】人物が介入してくるハズだ。
 荒ぶる闘将。ヨモツオオカミの懐刀。それらの呼び名は、そのどれもが彼のこと良く表していた。

 ――ヒッヒィィィィィィンッ!!

 突如として鳴り響く馬の鳴き声。
 彼だ。彼が来たのだ。
 物凄い勢いで迫ってくる馬の背に跨って。そして自身の背には、ヒカルの最愛の妹を引き連れて。
 
「(……スサノオっ!?)」

 ヒカルは見た。自身の宿敵の背に、自らの妹がしがみ付いているのを。
 しかし何も出来なかった。既に術は発動中であり、身動き一つ出来なかったから。
 だから思ってしまった。アレは幻だと。何かの見間違いだと。

「(……やはり来たか。闘将【スサノオ】……!)」

 この時恭也は初めてスサノオの顔を見た。
 前にカグツチにも言われたが、確かにスサノオと自分は似た顔をしていた。
 だが同時に脳裏に何かが閃いた。白くなる視界。以前と同じく、映し出される誰かの記憶。








『……スサノオ様。どうあっても、私と対立なさるのですね……?』
『……あぁ。俺は人間は好きになってしまったんだ。お前がソレを滅ぼそうとするとするのなら、俺は止めなければならない……』

 仲間であったことも。敵であったこともあった。そして年月は流れ、今度は立場を入れ替えて、再び対立する。
 男と対立する女性は、絶大な力を秘めた巫女だった。それこそスサノオの母親と同等の力を持つ程だった。
 勝てる見込みは高くは無かった。だが負けない自信はあった。今の彼の隣りには、最愛のモノが居たからだ。

『……グッ!?ヒミコッ!お前、オロチの力を……!?』

 しかしスサノオの敗北は、呆気なく訪れた。
 巫女は自身以外の力を上乗せしていたのだ。
 故に闘将は膝を屈した。彼の命は途絶え、その魂は巫女の手に奪われようとしていた。

『させません……っ!!』

 彼の傍らにいた女性が――黒い着物を着たモノが、巫女よりも一歩はやく動いた。
 黒い着物に紅い鉢巻。
 その姿は、かつてヒカルと契約を交わした、【楓】と呼ばれるモノだった。
 
『……!?まさか、反魂の術を……っ!!』

 巫女が気が付いた時には、既に事態は動き出していた。
 スサノオの魂はその術に乗り、光と共に空高く舞い上がっていた。
 ココで手を出そうものならば、下手をすれば彼を完全に失うことになる。巫女は諦めた。今回は諦めて、次回を待つことにした。

『……スサノオ様。次に生まれ変わった時には必ず……!』

 彼を手に入れようとした、巫女の姿が薄れていく。
 この場に留まる意味を失ったからだろう。
 だから確かめなかった。この後に起こったことを。

『……スサノオ様……っ』

 彼より生み出されたモノは、愛しいヒトのことを想う。
 彼は大丈夫だ。その魂は既に輪廻の輪に乗った。
 少なくともコレで、当面の間は巫女の手が及ぶことはないだろう。

 しかし気掛かりがあるのも、また事実。
 あの巫女から何十年も、その存在を隠し通せるということはないだろう。
 ソレは殆ど奇跡なのだ。

 だから考えた。
 自分の持てる限りの、最後の力を使っての考え。
 【夢を紡ぐ力】を持つ、スサノオより創られたモノだからこそ出来ることを。

 かつてイザナミがソレを行い、後にヒカルと――カグツチと呼ばれる存在を産み出した。
 ソレに倣って、今度は自分が自らの分身を産み出す。
 愛しいヒトとの子どもを。そう願って産み出す。

『……お願い。あのヒトを……スサノオ様の生まれ変わりをお守りして……!』

 光が産まれる。
 眩い光が誕生し、そしてその身を白い布が包み込む。
 その傍らには一組の小太刀。

 見覚えのある刀だった。
 ソレは現在恭也の手にある小太刀、そのものだった。
 彼の小太刀は、こうして誕生した。ならば彼自身は……?

『(……この記憶は……俺はまさか…………)』

 その後、舞台はアシハラノクニへと移った。
 恭也にとって見覚えのある二人が登場し、ココからは彼の知る物語だった。
 彼は知った。時折垣間見れる誰かの記憶が、誰のモノだったのかを。ソレが自分の内に刻まれた、胎内での記憶だったということを。
















 第四十三話 第五章 はや過ぎた男
















 帰って来た。帰って来れた。
 だが現実は甘くなかった。
 確かに恭也は、現代のアシハラノクニに到達した。

 しかしソコには猛がいなかった。
 芹もいなかった。琴乃も、明日香も、麻衣も。
 そしてコチラに来ているハズの、サクヤの姿もなかった。

「……コレは……一体どういうことだ……?」

 誰もいない塔馬家のリビングで、恭也は一人呟いた。
 コレは予想外だった。だからとりあえず、情報を収集するところから始めた。
 今が何年の何月何日で、アレからどれ位の時間が経過しているのかを。

 机の上の置いてあった新聞を拾い上げる。
 そしてその日付を確認する。
 次の瞬間、彼の口から安堵の溜息が漏れる。

「……時間的な問題はないようだな……」

 確認された時間的な差異は、全く無かった。
 以前ヒカルたちが、ネノクニから一時的に帰還した時にも同様の結果が起こっていたので、コレは問題無かった。
 だとすれば、猛たちの帰りが遅れているらしい。

 つまり恭也は、猛たちよりもはやく帰ってきてしまったようだ。

 ――ガララッ!

 恭也が結論を出し終わると、そのタイミングを見ていたかのように、玄関の扉が開く音がした。
 『もしや猛たちが帰って来たのか?』――そんなことを考えながら、その足を玄関へと向けた。
 しかし彼が出迎えることになったのは、猛たちではなかった。

「おぉ、恭也君!帰ってたんじゃな!!」
「六介さん……ただ今戻りました……」

 恭也が出迎えることになったのは、この家の主である六介だった。
 本来彼は、夕方以降で家にいないということはない。
 理事長職を辞し、剣道部の指導にのみ専念してからは、より一層その傾向が強くなった。

 例外を挙げるなら、時折全国にいる知り合いを訪ねる時か、警察などに剣の指導を頼まれた時位だ。
 故に、彼がこの時間に外出しているというのは、通常では有り得ない。
 何か緊急事態でも起きたのではないだろうか。恭也はそう考えた。

「……恭也君、君が帰って来たということは、猛たちも帰って来たんじゃな……?」
「…………ということは、やはりアイツらは…………まだ戻っていないんですね……?」
「……別行動だったのか……」
「……途中までは一緒だったのですが……」

 恭也は知った。
 猛たちが自分の考え通り、まだ帰って来ていないということを。
 六介は理解した。コレと似たことがかつてあった。今回もあの時と同じ現象が起こっていると。

「……また、なのかね……?」
「…………はい。【また】……です……」

 この男は知っている。それこそ全てを。
 かつてネノクニで主神だった男。
 故に彼は全知全能である。隠し事が出来る方がおかしい。

「…………お話します。何があったのかを……」

 だから恭也は、自分らの身に何があったのかを語った。
 仔細に。包み隠さず全部。
 全てを語り終わった頃には、既に空は白んでいた。
















 †

「……そうか。なら心配は不要じゃな……」

 恭也の話を聞き、その上で結論を出す。
 彼の見解でも、猛たちは遅れて帰ってくるというモノだった。
 だから彼は待つことにした。永い年月を生きてきたのだ。ソレ位待つことなど造作もない。

「それより恭也君…………君の出生については、何か分かったかね……?」
「…………流石ですね。やはり貴方は、何でもお見通しらしい……」
「……そうか。答えが見つかった、ということか……。いや、それは何よりじゃ……」

 男たちはもう何も語らなかった。
 語る必要がなかったから。
 ソレ以上の言葉は不要。二人は自然と立ち上がり、それぞれに得物を取りに行く。

「……さて、何処まで腕を上げたのか……儂に見せてくれんか……?」
「…………喜んで」

 明け方の庭に響く剣戟音。時にはやく。時にゆったりと。
 彼らの周りの時間は、この世の法則から解き放たれていた。
 恭也は六介の見立て通り、また一つ壁を破ったようだった。
















 †

 一日が過ぎた。
 一週間が経った。
 そして一か月が経過し、時間軸は既に夏休みに突入していた。

「恭也君。猛たちのことは儂に任せて、君は一度里帰りして来たらどうじゃ……?」
「……そう、ですね……。猛たちのことは気になりますが、俺が居ても解決する問題でもありませんし……お言葉に甘えて、一度海鳴に帰ってきます……」
「うむ、それが良い。もしその間にアイツらが戻ってきたら、コチラから連絡するから心配は要らんよ」
「……御厚意に感謝します……」

 恭也の一時帰郷が決定した。
 この時彼は、深く考えずに決めてしまった。
 だから後に悔むことになるのだ。

 あの時の決断は間違ったモノだったと。
 どうして考え至らなかったのだろうかと。
 何故気が付かなかったのだと。

 彼は自分を責めることになる。
 その刻はもう、彼の眼前に迫っていた。
 彼が本来のフィールドに戻った時、そのトラップは発動するのだから。

 ――カランッ!カランッ!!

 響きの良い鈴の音。
 ソレが鳴るということは、ある洋菓子喫茶の扉が開け放たれたことを意味していた。
 彼の帰還。彼の半生を共にした母親の店に、恭也が帰って来たのだ。

「いらっしゃ……!」
「……久し振りだな、高町母よ……」
「……お帰りなさい、恭也……」

 いつものように茶化すことはなかった。
 桃子は息子の帰還を温かく迎えた。
 だから恭也も油断してしまった。柄にもなくシリアスな母の態度に、店内にあった見知った気配を失念してしまったのだ。

「そうそう!ちょうど良いトコロに帰って来たわね?今アンタ目当てのお客様がいらしてるのよ?」
「……俺に客……?リスティさんか……?」

 恭也に直接会いに来る客というのは、意外に少ない。
 彼目当ての客は山程いるが、その殆どが遠巻きに見ているだけだ。
 とてもではないが、直接声を掛けられる相手ではないからだ。

 だから恭也目当ての客と言うのは、仕事の依頼をしに来るリスティが一番多いのだ。
 最も彼女は、仕事の依頼にかこつけて恭也に会いに来る節もあるので、何とも言えないが。
 
「うぅん、違うわ……スッゴイ美人の姉妹みたいよ〜♪相変わらずやるわねぇ……?」

 後半は声を潜めて。桃子は彼への客人をそう評した。
 誤解だと言ってやりたいが、どうせ何時ものことだ。柳に風とばかりに、かわされるだけだ。
 だから彼は、その美人姉妹とやらがいるであろうテーブルに当たりを付け、ソチラに向かった。

「……失礼します…………失礼しました」

 そのテーブルには金髪の魔女がいた。
 だから彼はすぐさま踵を返した。
 しかし逃げられなかった。百戦錬磨の魔女は自らの獲物を逃がす程、甘くはなかったからだ。

「コラそこっ!!逃げるんじゃないっ!!」
「…………気のせいですよ、渚さん……」

 そこにいたのは、一月程前に高校生仕様には会ったばかりの、あの倉島渚だった。
 彼女が何を思ってココへ来たのかは分からないが、嫌な予感がヒシヒシとする。
 恭也の蓄積された経験が、彼にそう訴えかけていた。

「……まぁ良いわ。とにかくそこに座りなさい?」
「…………分かりました」

 逃げ道など存在しない。
 もし逃げられたとしても、次に会った時には面倒なことになるだろう。
 下手をすると、ソレを何かの取引材料にされてしまう可能性があるのだ。

 だから素直に言うことに従うことにした。
 渚の前、彼女が連れて来たと思われる桃色のポニーテールの少女の横に、自らの腰を下ろす。
 いや、下ろそうとした。だがその途中で固まってしまった。

「(……!?な、何なんだ……この身体の内側から湧いてくる高揚感と……殺し合いたいと思う気持ちは……!!)」

 前者だけ取れば、ソレは一目惚れというヤツになるのだろう。
 そして後者だけ切り取れば、ソレは殺意というモノに違いない。
 だがソレらが入り混じるとなると、話は異なってくる。

「キミが恭也?」
「……はい。そうですが……」

 その声で恭也は、現実に引き戻される。
 ソレは目の前の少女から発せられたモノだった。
 冷静になる思考。恭也は一言断りを入れると、今度こそ腰を下した。

「う〜ん……何て言うのかなぁ?君を見てると、この場で殺し合いたいくらい、ドキドキ・ゾクゾクするんだよねぇ?……コレって、一目惚れってヤツじゃないかなぁ?」
「……そんな物騒な一目惚れ、謹んでお断りします……」

 恭也は驚いた。彼女もまた、自分と同じことを感じていたことに。
 そして何故だとも思った。彼女と自分は初対面なハズだ。
 互いにそんなことを思うのは、有り得ないことなのだ。

「……ソコっ!ピンク色なようで物騒な会話しないっ!」

 流石に止めに入った渚。それはそうだろう。
 年頃の娘と男がそんな会話をしているのを目の前で繰り広げられては、彼女としても堪ったものではないないだろう。
 ましてや恭也にはこの後、その娘に関わる仕事の依頼をする予定なのだ。コレでは話が進まなくなってしまう。

「……失礼しました。…………それで俺に用とは……?」
「……忘れるトコロだったわ。アンタに仕事の依頼があるのよ……」
「…………仕事、ですか……?」

 どうやら彼女は、恭也の経歴を調べてきたらしい。
 だからこそ出てきた言葉だ。
 そうでなければ説明が出来ない。

「そんな怖い顔しないの。そんなに物騒な依頼じゃないんだから……」
「……取り敢えず、お話を伺いましょうか……」

 依頼の受託は慎重に。
 絶対に内容を聞かずに首を縦に振ってはいけない。
 ソレは依頼人が、自分の親しい人間であっても変わることのない決まりだ。

「……期間は夏休み中。任務内容は護衛よ……」
「…………もしや。その護衛対象は……」

 すぐ横にいる少女を横目でチラリと見る。
 この場に彼女を連れて来ていることから考えて、恐らく恭也の予想は正しいだろう。
 隣の少女は片目を愛らしく瞑っている。

「そうよ。護衛対象は【倉島汀】――今アンタの横にいる、私の娘よ!」

 新しい標が出来た。
 欄外の物語。本来有るハズの無かった、交わることなかったストーリー。
 今その断章の幕が開け放たれた。





渚の娘が登場!
美姫 「物語は新たな局面に!?」
おお、とっても気になるじゃないですか。
美姫 「一体どうなっていくのかしら」
次回がとっても待ち遠しいです。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
ではでは。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る