──パラレルワールド。
 日本ではない地で、日本語を操る人間達。
 そして、美しい少女の姿で現れた──英雄関羽。
 俺はどうやら、とんでもない場所に迷い込んだようだった。
 そして……こんな突拍子もない状況に際して、それでもそこそこ冷静でいられる自分の、非常識慣れにもこっそり呆れていた。












『恋姫†無双異聞 〜高町恭也伝〜』
 第二章



















 半ばやけくそに近い形で自分の現状を推察した俺は、新たな謎に直面する。

「あの……恭也様?」
「そう、それだ」
「はい?」
「俺と君は初対面のはずだろう? なのに、どうして君は俺を様付けで呼んだりするんだ? 君の、俺に対する姿勢はまるで主従関係みたいなじゃないか」

 そう。
 彼女は俺の前に姿を現してからずっと、初めて会ったはずの俺に対し、まるで俺の家臣にでもなったかのような態度で接していた。
 彼女の名前が関羽だからと言うわけではないが、俺は彼女がこの世界において優れた英傑であることは、その存在感を肌で感じることで理解している。だからこそ、そんな彼女が俺にここまで丁寧に接してくる理由がわからないのだ。
 しかし、そんな俺の疑問に彼女はあっさりと答えを出す。

「主従関係“みたい”ではありません」
「え……?」
「私は幽州より、天の御遣いである貴方様を守り貴方様に仕えるためにここへ馳せ参じたのです」

 それこそが我が使命ですから、と胸を張る少女。
 俺に仕えるため? それはいったいどういうことなのか?
 それより彼女は、何か変な単語を口にしなかっただろうか?

「……てんのみつかい? それは一体どういう意味なんだ?」

 言葉そのものは日本語だが、その意味がサッパリわからない俺に彼女は丁寧に説明してくれた。

「先日、この戦乱の世を治めるために天より遣わされた方が落ちてくると、管輅という占い師が見定めたのです。その管輅が示した場所がまさにこの場所。そして私は恭也様と出会えたのです。貴方様以外に誰が天の御遣いだと言うのですか」
「そ、それは……」

 さすがに早とちりというか、勘違いだろう……。
 そう言って諭そうとしたが、それより先に彼女は嬉しそうに、それでいてどこか昂奮した様子で話を続ける。

「更に言うのなら、貴方様のお召しになっているものです。陽光を反射して煌めきを放つ服など、この世界ではあり得ません。それこそが恭也様を天の御遣いだと証明していると思って間違いないでしょう」
「む……いや、これは……」

 彼女が示す俺の衣服……聖フランチェスカの制服は確かにポリエステル製で、そういったように見えなくもない。この世界の文化レベルがもし、三国志の時代と同レベルだとすれば、ポリエステルという素材そのものがないだろうから、不思議に見えるのだろうけど。
 とはいえ、それだけで俺を“天の御遣い”などと大袈裟な立場にされてはたまったモノじゃない。
 ここははっきりと、彼女の勘違いを正そうと思ったその時。

「姉者ーーーーーーーっ!」

 まだ幼さの残る甲高い声が俺たちの耳に届き、一人の少女が目の前の彼女──関羽に駆け寄ってきた。小柄で元気の良さそうな──年頃はレンくらいだろうか──女の子だ。少し雑なカットの仕方で切られたらしいショートヘアは彼女の活発さを如実に表しているようで、それはそれで味のある似合い方をしている。

「おお、鈴々(りんりん)か。やっと追いついたな」
「ひどいのだーっ! 鈴々を置いてくなんてー!」
「何を言っている。おぬしが子犬と戯れているから悪いのではないか」
「むーっ、それはそうだけど……って」

 まるでしっかり者の姉とやんちゃな妹のやりとり。
 そんな光景を目の当たりにして言葉に詰まっていると、不意に少女の目が俺を捉えた。

「ところでこのお兄ちゃん、誰?」

 まあ、初対面の相手に対してなら、この少女のリアクションが普通だ。しかし、それを許さないとばかりに関羽は慌てる。

「こらっ! 失礼な言い方をするな。この方こそ、私たちが探し求めていた天の御遣いの方なのだぞ」

 関羽に窘められた少女が、目を丸くして再び俺の方へと好奇の視線を向けてきた。

「へーっ! お兄ちゃんが天の遣いの人なんだぁ?」

 ……いかん。このままじゃ勝手に事実を捏造されて、積み重ねられてしまう。

「い、いや……俺はそういったモノでは──」
「じゃあ、自己紹介なのだ!」

 しかし少女は俺の話などまるで聞かずに、勝手に自己紹介を始めてしまう。が、

「鈴々はねー、姓は張、名は飛! 字は翼徳! 真名は鈴々なのだ!」
「っ!? 張飛……だと?」
「うんっ! そーなのだ!」
「…………」

 またしても飛び出したビッグネームに俺は絶句してしまった。
 張飛翼徳、と言えば三国志においても有名な猛将の一人……だが、それもやはり言うまでもなく男性だったはずだ。
 しかし、自らの名を嬉々として名乗る少女に偽りの色は見られない。
 そして、あらためて少女を見ればわかる。
 彼女もまた、横に並び立つ少女──関羽に負けない存在感があることに。










 理解しがたい状況。
 遙か昔の文化レベルである場所にいつの間にか流され、性別が反転した英傑達が目の前に。
 そして俺はいつの間にか彼女たちが探し求めていた“天の御遣い”とされてしまっている。
 何もかもが滅茶苦茶な現状ではあるが、ここで頭を悩ませ、足を止めていても何も解決しないことだけは理解していた。
 まずは行動を起こすこと。
 そうでなくてはどんな状況も切り開くことは出来ない。
 ならば──








「受け入れるしか……ないよな」

 ──この状況を。
 そんな思いが、ついつい口から出た時、

「おおっ! 認めてくださいますか!」
「え……?」
「ありがとう、お兄ちゃん♪」
「は……?」

 その呟きを聞いた関羽と張飛の二人が喜びの声を上げた。

「我らが主となり、戦乱渦巻くこの乱世を治めるために、戦ってくださるのですね!」
「い、いや……ちょっ!?」

 まずい! 先ほどの呟きを勝手な解釈で理解されてる!?

「わーい♪ お兄ちゃんも鈴々達と一緒になって弱い人たちを助けてくれるんだねっ」
「そのとおりだぞ鈴々。さあ、ご主人様! 我ら三人で戦乱に立ち向かい、弱き庶人たちのために戦いましょう!」
「よーし! ワクワクしてきたぞーっ! それじゃ早速、近くの黄巾党を退治しちゃおうよ!」
「ちょっ! 待ってくれ、俺は……っ」
「そうだな。連中は県境の谷に潜んでいるという噂もあるし、近くに小さな街があるし、そこで義勇兵を募って一軍を形成しよう」

 ……まったくもってこっちの話を聞いてもいない。

「サンセーなのだ! じゃあすぐに行こ、早く行こ、走っていこう!」
「わかった。ならば鈴々は先行し、住人達を集めておいてくれ。私はご主人様と共に行く」
「合点だー! じゃあお兄ちゃん、またあとでねーっ!」

 結局俺の制止の言葉も届くことなく、張飛──関羽は彼女のことを“鈴々”と呼んでいたが──は恐ろしいほどの健脚を披露して、あっという間にこの場から立ち去ってしまった。
 そして、関羽はここでようやくこちらに視線を合わせ、

「さあご主人様。我らも疾く向かいましょう」

 満足げな笑みを見せつつ、こちらに手を差し伸べてくる。だが、

「……ちょっと待ってくれないか?」
「ご主人様?」

 このまま流されるわけにはいかない。
 このまま勘違いされたままでは、俺だけでなく彼女たちまで破滅してしまうかもしれないからだ。

「君たちは勘違いしている」
「勘違い……?」
「俺が受け入れると呟いたのは、この現状であって、自分が“天の御遣い”などという大それた存在であることを受け入れたワケじゃないんだ」
「はあ?」

 俺の言い回しが下手だったのか、関羽は俺の言葉の意味を理解出来ずに首を傾げている。

「単純に言えば、俺は君たちが探し求めていた“天の御遣い”なんかじゃないんだ」
「え……?」

 俺の言葉に目を丸くして驚く関羽。しかし、関羽はその言葉を信じずに苦笑した。

「ご主人様……今はそのような戯れをされてる時では──」
「……俺は何も酔狂でこんなコトを言ってるわけじゃないんだ。聞いてくれ」
「ご主人様?」
「俺は確かにこの世界の住人ではないようだ。だが、残念なことに……君らの言う“乱世を治める力”なんて大層なモノは持ち合わせてはいない。自分が元々いた世界を君らの言葉で言う“天”なのかどうかもわからないし、この世界を救うほどの知識も力もないんだ」

 関羽は俺の言葉を必死に理解しようと耳を傾けている。

「それは……天から降りてきたばかりで、この世のことを把握していないから、無理と言うことですか? それならこれから私たちが……」
「いや、確かに君の言うとおり把握はしていないが、それだけじゃないんだ」

 彼女の言い分だと、状況を把握さえしてしまえば俺は彼女の求める力を発揮出来ると思ってるようだ。しかしそれは違う。

「仮に俺が君らから情報をもらい、この世界の状況をある程度把握したとしても……」

 勘違いとはいえ、少女の期待を裏切るような言葉をぶつけなければならない、というのは辛いことだ。しかし、これは告げねばならないこと。

「……戦乱の世を治めるほどの力なんて、そんな大層なモノは俺にはない」
「そ、そんな……」
「この場に居合わせたのはあくまで偶然で……それに俺に出来ることと言えば──」

 俺はそこで、地面にへたばったまま呆然としていた先ほどの賊連中に、不意打ちに近い形で睨みを利かせる。その視線に「とっとと失せろ!」という強い意思を込めて。

「「「ひっ……ひぃぃぃぃっ!」」」

 賊たちは申し合わせでもしたかのように悲鳴を上げてこの場から退散した。そんな連中の背中を見ながら、俺は言う。

「──せいぜいああいった輩を撃退する程度なんだ」

 ああいった野盗程度を倒すのはワケがない。
 しかし、彼女らの俺に対する期待はその程度の事じゃない。
 彼女らの話を聞いてわかった。今のこの世界は戦乱の世であり、彼女らは強い志を持って、戦乱の中で苦しんでいる弱き人間達を救おうと、その原因である戦乱を治めようとしていること。
 そして彼女たちが求めている“天の御遣い”とは、その志の象徴となるべきリーダーなのだ。
 だが、俺がそんな大役を務められるとは到底思えない。

「あの……では、本当に貴方様は天の御遣いではないのでしょうか?」
「おそらくは……そんな大層なモノではないと思う」

 彼女のどこかすがるような問いかけに、俺は真実を告げた。

「そう……ですか……」
「……すまない」

 俺の否定の言葉に、少女は目に見えて落胆していた。そして……

「……私は戦乱に苦しむ庶人を助けたいがため、鈴々と共に郷里を離れ、仰ぐべき主君……ひいてはこの乱世を鎮める力を持った方を探しておりました。ですが……」

 彼女は別に俺に言い聞かせるためではなく……ただ、その心の裡を漏らさねば自分が崩れてしまうと思い、吐露していた。

「ですが、その間に戦乱は拡大し、戦う力のない人たちが次々と死んでいったのです。悔しかった。哀しかった……っ」

 悔しい思いが強すぎたのか、彼女の瞳には涙がにじんでいる。その涙を見て、俺の心は軋みを上げ始めた。

「そんな中、高名な占い師である管輅と出会い、“天の御遣い”のお告げを聞いたとき──私はようやく人々を助けることが出来るのだと。そう思っていたのです」
「…………」
「ですが……貴方様が天の遣いでないとするのなら、私はこれからどうすれば……この乱世はどうなっていくのだろうか? 力ない人々はこれからも苦しんでいくのだろうか、と思うと……っ」

 にじんでいた涙は、彼女の頬を伝い、荒野に雫を落とす。
 そんな彼女の打ちひしがれた姿を見て、俺は声をかけずにはいられなかった。

「……一つ聞かせてくれ。俺は肌で感じることが出来る。君は類い希な英傑だ。そんな君ならば、兵を集め一軍を形成し、敵と戦うことも出来たんじゃないのか?」
「私のことを高く評価してくれるのは嬉しいですし、私自身も武においては自信があります。ですが、所詮は女……そんな私を将として敬い、命を預けてくれる人間は多くはないのです」

 ……英雄の性別が反転していても、人間の価値観は変わっていないのか。
 それを理解した時、自分が彼女に対していかに残酷な問いをしたのかを痛感した。
 きっと彼女はこれまで自分の理想のために戦い、目の前で多くの“守りたかったひとたち”が死にゆく姿を見続け、悔しい思いをしてきたのだろう。自分が強いだけでは守れない。そのことが何よりも歯がゆく、だが、自分では軍を率いる事が出来ない……女性だからと言うだけで。
 彼女も俺と同じなのだ……まもりたいものがある。だから強くなり、戦うのだ。
 そんな彼女が、人々を守るための力を持った“天の御遣い”の存在にすがりつくのは当然とも思える。だからこそ、落胆も大きかったのだ。
 だが、彼女はいつまでもそのままではいない。関羽はやはり心身共に強い英傑だった。
 彼女は悔し涙を手の甲で拭うと、俺の方へと向き直る。そこには先ほどの悔しさや落胆の影がまったくない、最初の凛々しい表情のままだった。

「……失礼しました。貴方様にこんな事を言っても仕方がありませんね」

 恥ずかしい所をお見せしました、とばかりに一礼すると、表情を引き締める。

「私はこれから鈴々と共に、村の近くに潜伏する黄巾党と戦います……恐らく義勇兵は百も集まらないでしょう。しかしこの戦いこそ正義」

 どれほどの苦難があっても折れることがない、強い意志を込めた瞳は、強い光を放っていた。

「きっと……きっと勝利しましょう。貴方様は旅の空で我らの名を聞くことになるでしょう。その時は応援してください。我らの戦いを」
「…………」
「では……失礼します」

 彼女は俺に笑顔を見せて再び一礼する。己の負けないという気持ちを出そうとした笑顔だったのだろうが、その笑顔には先ほどの落胆の影がかかり、無理しているのが俺にも見て取れた。

「…………っ」

 俺は先ほども言ったが、彼女の言う“天の御遣い”なんて大それたモノじゃない。それは自分が一番わかってる。

 ──それでも……それでもっ!

 俺は気がつけば、

「ちょっと待ってくれ!」

 俺の前から立ち去ろうとする少女の背中に声をかけ、呼び止めていた。

「……なんでしょう?」

 振り返る彼女の表情は、今にも崩れそうで……でも崩れまいと必死で。
 俺はそんな表情の彼女を……人々を守るために必死に戦おうとする関羽という名の少女を放ってなんておけなかった。

「教えて欲しい……天の御遣いという存在がいれば、義勇兵は集まるのか?」
「え、ええ……それは勿論です。戦乱に苦しむ庶人たちは皆、自分たちを救ってくれる英雄を求めていますから。天より地に降り立った英雄となれば、諸手をあげて歓迎してくれるでしょう」
「じゃあ、もう一つ………………関羽さん。君から見て俺は“天の御遣い”に見えるだろうか?」
「は……? それは?」
「俺なんかでも、天の遣いの代役は務まるか、って聞いてるんだ」

 関羽は、自らが女という性別があるせいで軍を形成出来ないことを悔しがっていた。
 だが、俺ならばどうなのか?
 俺が自らを天の御遣いと語りさえすれば、彼女が望むほどの一軍は形成出来るのか。

「そ、それはもう! で、ですが、貴方様は天の御遣いではないのでしょう?」
「……はっきりと断言は出来ないが、おそらくは。だが、それでも多少の役には立てると思う。影武者程度のことは出来るし、そこそこの知識もある」

 もし、この世界が三国志に準ずる世界であるのなら、あの当時の歴史の知識は役に立つはずだ。大学の講義や、美由希の持っていた三国志関係の本の知識なら俺にもあるし。

「知識……ですか?」
「……まあ、なんというか……君たちの言葉で言うなら兵法書みたいなモノだな。その程度のモノは読んではいる」
「兵法を知っておられるのなら、それは確かに大きな力となりますが……しかし、どうして?」

 彼女の言葉を拒み続けた俺の、いきなりの協力宣言に戸惑っている関羽。
 どうして、と問われれば、いくつも理由があるが。

「……君にとっては心外かも知れないが聞いて欲しい。君は俺と似ていると思ったんだ」
「私と、貴方様が……ですか?」
「ああ、俺も……守りたいモノがあって、そのために今も自らの腕を磨いているんだ。だからこそ、守るために戦う君の気持ちは理解出来るつもりだ。そして、それでもなお傷ついて倒れていく人たちをなんとかしたいと思う気持ちも」
「…………」
「俺も、自分の力不足に嘆いたこともあるし、より力を求めようとして余計に痛手を被ったこともあったんだ。そんな時の自分と、今の君がだぶって見えたんだ」

 彼女は間違いなく、これから死を覚悟しての戦いに臨もうとしていた。自らの正義を貫くために。
 だが、それは間違いなんだ。

「君には戦乱の世から弱き人々を救うという大望があるという。なら、君をここで死なせてはいけないと……そう思ったんだ」
「恭也……さま……」

 関羽の戸惑いの表情は、いつしか頬を紅潮させて、どこか神々しいモノを見るようなモノへと変化していた。
 む……まずい。なんかまた随分と仰々しい解釈になっているのではないか?
 俺は、このままではホントの天の御遣い扱いされそうなのをくい止めるため、他の理由を語る。

「それに……人を守ろうとする男が、目の前で辛そうにしている女の子を放っておくなんて、それこそ酷い話じゃないか」

 なんだかんだ言っても、この理由が一番大きかったのだ。
 しかし、

「な……っ、女の子などと!」

 関羽は赤い頬のまま、何故か眉をつり上げ怒りの表情を見せる。

「私は決してそのようなものではありません! バカにしないで頂きたい!」

 どうやら彼女はそれまでの経験からか、自分が女性扱いされるのを好ましくないように思っているらしかった。

「私たちに協力してくれるという気遣いは嬉しいですが……それでも、二度と私を女扱いなどして侮辱しないでいただきたい!」
「……ちょっと待て」
「え……?」

 怒りを露わにする関羽に対し、俺は謝るどころか逆に怒りを覚えて反論する。

「俺は君を侮辱しようと思ったことは一度もない。だが、聞き逃せない言葉がある」
「……え、え?」
「女扱いすることが侮辱と、言ったか? それは取り消してくれ」
「恭也……さま?」

 彼女は今まで、その性別のせいで将として認められなかった背景がある分、そういった価値観があるのはわかる。それでも、そんな歪んだ価値観をそのままにして欲しくはない。

「俺は戦いにおいて女性を弱いモノとして見ることはしないし、そのつもりは欠片もない。事実俺の世界にも俺より強い女性は少なからずいたし、俺の剣の弟子だって女だった。そして目の前にいる君──関羽という女性が英傑であると俺は認めてる」
「あ……」
「俺は男で君は女性……それでも俺は女性という性別で人を下に見ることはしないし、女性は偉大な存在とも心から思っている。そしてそれは君も同じだ。むしろ俺は君を女性と知っていても尊敬している」
「そ、そんな……尊敬などと、恐れ多い……」
「だからこそ女性である君に、自ら女性を貶めるようなことを言って欲しくないんだ」
「…………」

 俺はむしろ、彼女には女性であることを誇って欲しいとすら思っているのだから。
 おっと、話が逸れてしまったな。

「その話はともかく、だ。さっきも言ったが俺は天の御遣いなんてモノではない……だが、絶対に違うとも言い切れない。何故なら、曲がりなりにも俺はこの世界ではないどこかから来た人間だから。しかし、異世界の人間だから乱世を治められるかと言えば、決してそうではないだろう」

 事実、俺には集団を率いるカリスマなど、ないと思っている。でも、

「それでも、何の行動も起こさずに『無理だ』と言って全てを否定するのは間違いだ。それなら、今は方便でもいいから、俺を天の御遣いとして祭り上げてしまえばいい。それで今、君らの望みが叶うのなら俺を利用すればいいんだ」

 そんな俺でも張り子の虎程度になれるのなら、なってやろうと思ったんだ。

「ただ、俺が天の御遣いとしての利用価値があるかどうかの判断は関羽さん、君に任せたい」
「え?」
「もし、俺が天の御遣いに相応しくないと思ったり、俺よりも優れた英雄がいたとすれば、俺を偽物扱いして捨ててくれればいい。そして君らは大望を叶えるために邁進するんだ」

 俺の提案に、関羽は狼狽えるばかりだ。俺がこんな提案をしてくるなんて思いもしなかったのだろう。その表情はどこか申し訳なさそうだ。

「そんな……貴方様は、本当にそれでよろしいのですか? それでは貴方様になんの得も……」
「そうでもないさ。この提案は俺にだって得はある。なにしろさっきも言ったが俺は他の世界から突如この世界へと投げ出された異邦人だ。当然生きる術もないし頼れる人間もいない」

 少なくともこの世界では確実に、俺は孤立している。
 この世界に俺を知るものなんているはずがないし、この世界で活動するにも、ルールも何もわからないのだから。

「しかし、俺は君らにすがればある程度は生きられるし、この世界のことも学んでいける。一方の君らも異世界から来た俺を大義名分として利用すれば、望みは叶えられる。まあ、つまりはギブアンドテイクってワケだ」
「ぎぶあんど……?」

 む? そうか……ここが昔の中国だとすれば、英語なんてわかるはずもないか。

「まあ、つまりは持ちつ持たれつということだ。そのあたりは心配無用。それに……」
「それに?」

 先ほどの打算はもちろんある。
 頼れる人間のいない俺にとって、彼女たちがついてくれるのは助かるというのは本音の一つだ。
 だけど、もしそんなプラスがなかったとしても、俺は彼女の力になりたいと思っている。

「……君の意志の強さ、思いの深さ、そして掲げる理想……それらを聞いて、きっと俺は君という人間を好きになっているんだ。だから……そんな君を助けたいと思ってるんだ」
「っっ!」

 さっき俺は彼女と自分が似ていると言ったが、それは違う。
 彼女は俺よりも気高く、俺よりも心身共に強いのだから。
 そんな彼女だからこそ、俺は尊敬し、力になりたいと思うんだ。

「だから……俺の提案をのんでくれないか?」

 俺は自分の本音を伝えるだけ伝えた。
 後は彼女がどう返事するか……なのだが。

「………………ぽ〜……」

 何故か彼女は頬を赤らめたまま、視線を空に彷徨わせていた。

「あの……関羽さん?」
「……っ、はっ!? はいっ!」
「その……返事をもらいたいんだが。俺の提案を聞いてくれるかい?」
「え……あ、そ、それはもちろん」

 彼女は我に返り、慌てながらも頷いてくれた。
 俺は彼女の返事にホッと胸をなで下ろす。
 これでようやく、俺もこの世界で生き抜く指針が出来たというモノだ。

「そうか……なら、これからよろしく」

 俺は彼女たちのために“天の御遣い”という立場を背負い、その代わりに彼女たちの世話になる。持ちつ持たれつならば、それは仲間ということ。
 そういった意味も込めて俺は握手を求めて手を差し出した。
 しかし、関羽は俺の手を見つめたまま、戸惑いの色を見せいている。

「あの、えーっと……?」
「これからは仲間と言うことで、握手をしようと思ったんだが……」

 俺が手を差し出した理由を説明すると、納得したのか小さく微笑む。が、すぐにその表情を引き締めると、

「……いえ、それは出来ません」
「え……?」

 何故か握手を拒否されてしまった。
 そして──

「今までの貴方様の言葉を聞き、私の中で貴方様はやはり天の御遣いなのだと、その思いが確信へと変わりました。ですから──」

 ──関羽は突然俺の前で跪き、深々と頭を下げる。

「か、関羽……さん?」
「──私はこれより貴方様の家臣として、貴方の命に従います。我が主よ。我らと共にこの戦乱の世を鎮めましょう」
「なっ!? あ、主だって?」

 突然の主従関係の申し出に戸惑う俺。しかし関羽はまったく気にせず言葉を続けた。

「ええ。私は貴方様こそ自分の主人に相応しい方だと認めました。そしてそれは鈴々──張飛も同じはず。ですから今後、我らのことは真名で呼び、家臣として扱っていただきたい」
「そ、それは……だが、俺はまだ天の御遣いであるかどうかは……」
「もはや天の御遣いか否かは構いません。私は貴方様の人となりを見て、感じ取り、判断したのですから」
「…………」

 ……まいった。
 これはどうあっても曲げるつもりはないようだ。
 それがわかってしまった以上、俺はもう何も言えない。
 そんな俺の様子を見て、彼女は今一度名乗り上げた。

「我が名は関羽。字は雲長。真名は愛紗(あいしゃ)…………これからは愛紗とお呼びください。私は貴方様をご主人様と、そうお呼びいたしますので」

 そう言って、彼女はにこりと微笑んだ。

「…………」

 俺はそんな彼女の迂闊な決断に絶句したのか。
 それともその──先ほどの無理していた笑顔とはまったく違う──凛々しい中に美しさがある、少女の魅力的な微笑みに魅了されたのか。
 言葉を失ってしまった理由を測りかねたまま、

「ではご主人様。これより鈴々の所に向かい、黄巾党を追い払いましょう。そしてここより、我らの戦いが始まるのです!」

 彼女の、細いクセに力強い腕に引かれ、荒野を突き進んでいく。









「さぁ、行きましょう! そして戦うのです! 民たちのためにっ!」









 彼女の表情は生き生きとして、瞳には誰も遮ることが出来ないであろう正義の意志が込められた光。
 そんな彼女の横顔を見ながら、俺は呟いた。

「……せめて、そのご主人様、ってのは勘弁してくれ……」







あとがき

 話が動くまでが長いなぁ(汗
 未熟SS書きの仁野純弥です。
 恭也が愛紗の主となるまで、ここまでかかってしまいました。まあ、この後もまるで牛歩のようにゆっくりと展開が進むと思いますので、飽きずに読んでいただけたら幸いです。

 あと、掲示板で文章の指摘と共に、演出等の補足をあとがきで……という方法を勧められたのですが。正直なことを言うと、そういったモノをいちいちあとがきで説明するのは恥ずかしいというか……個人的には自分の文章の後につらつらと補足説明を入れるには抵抗があるので、申し訳ありませんが、そういった形は無理、と言うことで一つ。
 とはいえ、これからも感想と共に、誤字脱字などの指摘も教えていただけたら嬉しい限りです。
 ただ、掲示板で修正点についてのやりとりを繰り返すと、PAINWEST側に迷惑もかかりますので、修正点を書き込んでくださった場合、読ませて参考にさせて頂きますが、レスはしないようにいたしますので、このあたりはご容赦下さい。
 あ、感想に関しては今まで通りレスさせていただきますので。

 ……あとがきまでもが長くなりすぎた(汗
 では、最後に。
 SSを読んでくださった皆様と、作品発表の場を与えてくださった氷瀬さんに感謝を。
 ではまた〜。 



いよいよ恭也が天の御遣いとして動き出すのか。
美姫 「ワクワクするわね」
ああ。これから恭也たちによる戦乱の世を正す戦いが!
美姫 「次回もとっても楽しみね」
首を長くして待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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