呂布からの洛陽に関する情報収集は、ほとんど空振りに近い形で終わった。
 まあ、そもそも呂布から情報を聞き出すというのは、厳しい案だったのかもしれない。
 そんな事を思いながらも、俺はもう一つの用件を呂布に切り出した。

「さて……洛陽の話はもう終わりなんだが。もう一つだけ呂布に話があるんだ」
「……??」

 小首を傾げる呂布の仕草に微笑ましさを感じつつ、言葉を続ける。

「君さえ良ければ、だが。これも縁だと思ってな……どうだろう。俺たちの仲間にならないか?」

 その俺の言葉に真っ先に反応したのは、張本人である呂布ではなく、

「な……何を言っているのです、御主人様っ!」

 正気ですかと言わんばかりの愛紗だった。


















『恋姫†無双異聞 〜高町恭也伝〜』
 第二十六章




















「意外、か? 俺としては仲間は多いに越した事はないし、彼女の強さは俺も愛紗も鈴々も充分すぎるほど分かってるじゃないか。だったら仲間になってもらった方が得策だと思うんだが?」

 今の俺の提案はそれほど意外な事だったのか?
 俺としてはごくごく普通の提案だったと思ったんだが……もしかして鈴々や朱里も愛紗と同じように考えているのだろうか、と思って二人に目線で問いかける。

「鈴々は別に反対じゃないのだ。強い奴が仲間になるのは良い事だし」
「私も反対はしません。もっとも、このお話を呂布さんが受けてくれれば、ですけど」

 二人はあっさりと了承した。
 となると、やはり問題は愛紗だけとなる。
 俺は二人の意見を聞いてからあらためて愛紗に問いかけた。

「でも、愛紗はダメだ、と?」
「別に私は個人的な理由で反対しているわけではありません! ただ、こやつは我が軍にも多大なる被害を与えてますし、連合軍の中では孫権軍が特に呂布に多くの兵を殺されています。その孫権軍が、我らが呂布を連れている事を知れば、いらぬ火種を持ち込む事になりかねません!」
「ふむ……」

 なるほど。確かに愛紗の言葉にも頷けるのも確かだ。
 しかし……

「その理屈で言うと、呂布の今後の処分方法が透けて見えてくるな」
「…………」

 俺の指摘に、愛紗は沈黙で答える。
 つまりはそういうことか。
 愛紗は……呂布を処刑すべきだと言っているのだ。
 ……わかってはいるつもりだ。
 こういう事を言い出す愛紗が冷酷というわけではない。むしろ、この戦乱の世の中ではそちらの方が常識だということも、俺も元の世界で歴史を学んでいたし、この世界に来てからもかなりの時間を過ごしているので知ってるつもりだ。
 だが、

「……先に言っておくが、呂布を処刑はしない。彼女を仲間にしようと思う方針は変えないし、仮に断られたとしても、処刑だけはしない」

 俺はその常識に真っ向から逆らう。彼女を最初から殺す気であるなら、あの戦いの中で峰打ちになどする必要なんてないのだから。
 何があっても呂布を処刑する事はないという方針に、愛紗は異を唱えた。

「御主人様がお優しいのは知ってますが、それでもその情けを敵に向けるのは行きすぎです。我が軍の兵たちの中でも呂布に同胞を殺され良い感情を持たない者が多いのです」
「……それはつまり、恨みを晴らすために斬れ、と?」
「その通りです」

 当たり前だと言わんばかりに愛紗を前にして、俺は大きく一つ息を吐いてから、ハッキリと答える。

「今の話を聞いて、なおさら処刑する気が失せたな」
「なっ!?」
「悪いが、恨み辛みで人を殺すなど俺は絶対に許さん。そんなのは…………負の連鎖を生むだけだ」
「御主人……さま?」
「…………」

 ──俺は知っている。
 愛する者を失った悲しみに潰されまいと仇敵を恨み、報復に人生を費やした事で家族の情すら見失いかけた女性の事を。
 そしてそれを知っている以上、俺は俺の周りにいる誰にも……そんな事はさせない。

「恨みで人を殺していけば、それは延々と繰り返されていく……そんな負の連鎖を生むだけの処刑なんて俺は絶対に許可しない。兵士たちが納得いかないというのなら、俺が説得してやる。孫権軍が難癖をつけてきたとしても、知った事か。うちの軍の方針にケチなどつけさせるか」

 俺の主張を理解したのか。
 それとも俺の意志を曲げる事を諦めたのか。
 愛紗はこれ見よがしに大きな溜息を吐いた。

「恨み辛みで殺すな、というのは理解出来ますが……孫権軍の方は、さすがにどうかと思いますよ?」

 そして再び反論してきた愛紗だが、その口調は先ほどのように強硬なモノではなくなっていた。表情は柔らかく、それでいて呆れたような口調になっている。その愛紗の様子につられ、俺の顔にも苦笑が浮かんでいた。

「まあ、それも含めて俺は呂布を仲間に入れたいと考えて居るんだ」
「と、いいますと?」
「今回……連合に参加する事で、他国と自分たちの力の差を見せつけられたからな。この戦乱の世では、自らの意志を貫くにも軍事力、経済力が必要だと痛感させられたというのが本音だ」
「…………」

 今度はしっかりと、こちらの言いたい事を理解してくれたのだろう。愛紗の悔しげな表情がそれを物語っていた。

 今回、参加した連合軍の中身は──いわば戦乱の世の縮図と言っても過言ではなかった。
 総大将として力を振るう袁紹。
 しかし彼女が策と称して下す命令は、どれも兵を無駄死にさせるような策ばかり。しかもタチが悪い事に、無能である己を過大評価していて、他者の意見を聞こうとはしないという典型的な独裁者なのだ。
 袁紹の言動や意見が間違っている事は、俺に限らず多くの諸侯がわかっている。だが、それでも彼女の意見はまかり通ってしまうのだ。それは彼女が“総大将という立場”だからではない。
 純粋に、彼女はこの連合の中でもトップクラスの軍事力、経済力を有しているからだ。
 事実、その力を背景に無理矢理な命令を受けざるを得なかった事を俺は忘れない。
 だが、そんな袁紹に終始逆らっていた人間もいた。
 それが曹操と孫権の二人である。
 彼女らがどうして袁紹に逆らえたのか?
 理由は至極単純だ。
 彼女たちの国もまた、袁紹に負けないほどの軍事力、経済力を保有していたからである。ゆえに袁紹の無能を指摘し、彼女の意見に従わないという“我”を貫けたのだ。そして袁紹もまた黙るしかなかったのである。
 つまりは──

「幽州に残るみんなを守りたいし、大陸中で乱世のあおりを受けて苦しむ庶人を救いたいという愛紗達の悲願ももちろん叶えたい。だが、今のこの大陸の中では力を持っていないと叶えられない。この願いがどんなに正しいとしても、だ。だからこそ俺たちは今、もっと力を付けなければいけないと思ったんだ」

 守るための力。
 俺は家族と大切な友人達を守るために、御神流を修め、強くあろうと鍛練を重ねていた。
 しかし、この世界ではその“守るべきモノ”の規模が桁違いに大きくなっている。
 最初こそは、このわけの分からない世界で俺が頼れる相手……愛紗と鈴々だけだった。しかし、俺を県令として頼り、そして暖かく迎えてくれた啄県の街の人たち。仲間になって、至らない俺を必死にサポートしてくれる朱里。庇護を求め、今は協力して国を豊かにしようと頑張ってくれている幽州の住人たち。そして徐々に増えてきた仲間たち。
 この世界で俺が守るべきモノは、こんなにも増えていった。
 そして、愛紗、鈴々、朱里が守ろうと願うのは幽州の住人たちだけではないのである。
 それほどの大きなモノを守るのに、俺一人では限界があるし、愛紗達だけでもダメだ。
 だからこそ、今の俺たちは軍事力、経済力なども高めていく努力が必要なのである。

「兵力も経済力も人材も。足りないモノを上げればきりがない。だが、これから列強な他国の軍を相手に渡り合うにはどれも必要で、そして目の前に喉から手が出るほどの人材が居る。だから俺は彼女を仲間に誘うんだ」

 自分の大切なモノを守るため。
 それを脅かす“力”に対抗するためにも。
 呂布という少女は必要だと俺は思ったんだ。

「……分かりました」
「愛紗……」
「御主人様がそこまでお考えになってのお言葉でしたら、私に否はありません」

 これでようやく愛紗からの承認を得る事が出来た。
 とはいえ、彼女の表情は複雑である。
 ……おそらく、理屈で理解出来ても感情がそれに追いついていないのだろうな。
 こればかりは、徐々に納得してもらうしかない。
 この考えに基づかなければ、この戦乱の世を救う事なんて出来ないのだから。

「さて……」

 随分と話が長くなってしまったな。
 俺は苦笑しつつ、

「…………」

 これまで黙って俺たちのやりとりを聞いていた呂布に再び視線を向けた。
 呂布の表情には、待ち疲れたというようなモノもなければ、放っておかれた事への不満も感じられない。ただ、何故か俺の顔を興味深そうに凝視していた。

「今までの話を聞いた上で考えて欲しいんだが。俺たちの仲間になってはもらえないか?」

 俺は彼女の曇りない瞳をしっかりと見据えて、仲間に誘う。
 彼女もまた、俺の目をじっくりと見たまま、口を開いた。

「……教えて欲しい」
「ん?」
「……恋を仲間に入れたいのは、強くなりたいから?」
「そうだな」
「……強くなりたいのは、弱い人たちを守るため?」
「そうだな」

 どうやら、これまでの話を彼女なりの解釈で理解はしているらしい。

「……じゃあ、どうして弱い人たちを守る?」
「む……」

 なんともシンプルかつ深い質問。
 何故かと問われれば、まず最初に思い浮かぶのは、愛紗、鈴々、朱里の悲願であるから、というのが一番の理由だ。
 あいにく俺は正義の味方ではない。俺自身がそれを悲願としているかと言えば、答えはノーだ。
 俺は愛紗達ほどの大人物ではない。自分にとって大切な人たちの幸せを守る事が出来ればそれで満足出来る程度の男なのだ。
 しかし、ここで呂布に答えなければならないのは、俺個人の考え方ではない。
 幽州の太守として。
 そして愛紗達の仲間であり、形だけとはいえ彼女らを率いている人間として出さなければならない答えだ。
 そして、それは呂布がしっかりと理解出来るようにしないといけない。
 だから俺は、彼女にもわかりやすくするため、出来る限り優しい言葉で答えた。

「俺は……いや、俺たちは多くの人たちと仲良くしたい。いっぱいの友達を作りたいんだ」
「……友達?」
「ああ。そしてそこに“強い人”と“弱い人”という分け方はしたくない。強い人も弱い人も一緒に仲良くなれるようにする。それを実行する一番の近道は、強い人が弱い人を助ける事で歩み寄ること。だから俺たちは誰よりも強くなり、そしてみんなと仲良く……出来れば友達になりたいんだ」

 呂布は、姿こそ愛紗と同世代くらいの少女だが、中身はどうにも子供っぽい。だからあえて俺は子供に説明するような内容にしたのだ。
 呂布にしっかりと理解してもらうために。

「そして、今も俺たちと仲良くしてくれる人たちが──俺たちの友達が、幽州にはいっぱい居る。そんな人たちが笑っているのなら一緒に笑っていたい。でも、友達が泣いたり困っていたりすれば、それをなんとかしたい。友達を守りたい……そのための強さも欲しいんだ」
「……友達を守る」
「そういうことだ。答えになったか?」
「…………(コクッ)」

 どうやら俺の説明に、彼女も理解し納得してくれたようだ。
 そして、

「じゃあ、あらためて聞くが……仲間になってくれないか?」

 俺は再度、呂布を誘う。
 すると今度は、前向きとも思える言葉が返ってきた。

「……条件」
「え……?」
「……仲間になる条件」

 それはつまり、条件をクリアすれば、俺たちの仲間になってくれるという事。

「とりあえず、その条件を教えてくれ。出来る事かどうかを確認したい」

 俺の返答を聞いて、やはり無言で頷いた。そして、

「……二つ」

 呂布は淡々と条件を提示する。

「……恋の家、壊さない」
「それは……洛陽にある君の家を壊すな、ということか?」
「……(コクッ)」

 頷いた後、不意に呂布の瞳に優しい光が灯った。

「……友達が居る」

 なるほど……その友達が大切なんだな。
 彼女の瞳を見て、いかにその友達が大事なのかが伝わってきた。

「分かった、それなら問題ないな。洛陽攻撃の際には、連合軍の誰よりも早く君の家を確保して保護しよう」
「……あと一つ」
「ああ」
「……お金が欲しい」

 最初の条件は実に微笑ましいモノだったが、二つ目の条件は意外と言っては失礼かもしれないが、随分と現実的なモノだった。しかも、

「……たくさん」

 その幼い考えとは裏腹に、強いプロ意識があるのかと思わせる発言である。

「なるほど……それもまた妥当な話だが……」

 元の世界では、護衛の仕事を受けて報酬を得ていた俺にとっては特に違和感のない話ではある。だが、それを許せないと思う人間もいた。

「き、貴様っ! 武人のクセに己の武を金で売ろうというのかっ!」

 まあ……やはりというべきか、愛紗である。
 義の人である愛紗にとって、違う主君に仕えるということだけでも許せないのに、ましてやいきなり金の話をするなんて、それこそ許し難いのだろう。ましてそれが仮にも自分より強い武人であればなおさらだ。
 だが、

「落ち着け愛紗。今はまだ話は終わってない。全ての話を聞き終わって、それでもなお愛紗が気に入らないと言うのなら、文句を言えばいい。だから今は黙っていてくれ」
「むぅ……っ」

 俺はまだ話を聞いていないという理由で、激昂する愛紗をなんとか制する。

「とりあえず、金が欲しいと言ってもどれくらいの額が必要なのかを教えて欲しいんだが?」

 まずはこの質問だ。
 俺たちとて経済的な余裕があるわけではない。膨大な俸給を求められても払えない可能性だってあるのだから。たくさん、ではわからないのだ。
 その問いに、呂布は答える──再び、その瞳に優しい光を見せて。

「……みんなとご飯が食べられるぐらい」
「みんな……?」
「……友達」

 やはりそうか。
 彼女があの目をした時、それは必ず彼女の友達のためなのだ。
 どうやら呂布は、自分の家でその友達を養っているということらしい。
 だとすれば、あとはその友達がどれほといるのかで金額が見えてくる。

「ちなみに……その友達って何人くらいいるんだ?」
「…………………………五十匹」
「え……? 五十……匹? 友達とは、人間じゃなかったのか?」
「……(コクッ)」

 呂布が頷いた。
 どうやら彼女は自分の家に多くの動物を飼って……という言い方は失礼か。
 呂布は洛陽にて、多くの動物たちと共に暮らしていたようだ。その動物たちの食費が必要で、それで金なのか。まあ、おそらく街の中で一緒にいられると言う事は、犬や猫といったところだろう。

「……朱里。この世界での、動物の食費というのは高いのか?」
「えっと……それほど高くはならないと思うんですけど」
「なら、普通に俸給で賄えるか?」
「恐らく大丈夫だと思います」

 朱里の答えを聞いて、俺は考えをまとめる。
 呂布の条件は二つ。
 一つ目は洛陽攻撃時の、彼女の家の確保と保護──これはなんとかなるはずだ。洛陽攻撃の時、どの軍も目指すのは王宮のはず。俺たちはそこへ行かずにまっすぐ呂布の家を目指せばいいのだから、難しくはない。
 そして二つ目は俸給だが……これもまた普通の額で呂布は充分だという。
 なら問題は何もない。
 俺は、あらためて呂布と向かい合い、答えを出した。

「結論として、その二つの条件は俺たちには可能。というわけで、君の条件は全て飲む。だから……仲間になってくれ」

 こちらの返答を聞いた呂布は、再び全くの無表情となって、

「…………………………………………………………………………」

 無言のまま俺の顔をじっと凝視する。
 それはどこか、初めて見た生き物を観察する、好奇心に満ちた子供のようにも思えた。

「…………」

 俺はここで目を逸らすと、不誠実に映ってしまうのではと思い、呂布の視線を受け止めた上で彼女の顔を見据える。
 そしてやがて、

「……(コクッ)」

 彼女の中で何か納得がいったらしく、相変わらずの子供のような仕草で大きく頷いてくれた。
 それを見て、俺は安堵の息を漏らす。

「ふぅ……良かった。ありがとう、呂布。君が仲間になってくれるのは、頼もしい限りだ」

 俺はとりあえず仲間になった証として、彼女に握手を求め、右手を差し出す。
 しかし、

「……………………」

 呂布はやはり無言でその手を、そして俺自身を凝視していた。
 む……? もしかして握手の意味が分からないのだろうか?
 だが、どうやらそれは違ったようだ。

「……簡単に」
「え……?」
「……どうして信じる?」

 それは、おそらくこれまでずっと呂布が俺に対して抱いてきた疑問なのだろう。

「……恋は負けた。逃げるためにウソをついているかもしれない」

 その言葉を聞いて、俺は彼女の今までの半生がどんなモノであったのかがうっすらと見えてきた気がした。
 誰にも負けない無双の戦闘力。
 それに比べ、まだまだ未熟でもある素直な心。
 そのアンバランスさが周囲との軋轢を生み、彼女はこれまで幾度もあらぬ疑いを掛けられたり、利用されたりしたのではないだろうか?
 だとすれば、それは悲しい事だ。
 きっと、彼女は信頼された経験が絶対的に不足しているのだろう。
 だから、すぐに彼女を信じようとする俺を、信じる事が出来ないのだ。
 だから俺は、

「ウソじゃ、ないんだろ?」
「……(コクッ)」
「なら、信じるよ。俺は君を信じる」

 彼女をとことん信頼してみせる。
 信頼を受けたことがないから、信じる事も出来ない。
 ならば……俺が信じてやればいい。
 これからは俺が、呂布に信頼を与え続けてやる。そしていつか呂布も人を信頼出来るようにしてやる。そうでなければ……この純粋な少女があまりに可哀想だ。
 俺は不器用に微笑みを見せながら、呂布の頭を優しく撫でる。

「あ……」
「今はまだ、俺の事は信頼出来ないとは思うけど。それでもいつかは俺を……そしていろんな人たちを信頼出来るようになってくれ」

 確かに俺は、自分たちが強くなるために、彼女を迎え入れようと思っていた。
 しかし今はそれだけじゃない。
 この、人から信頼される事にも信じる事にも慣れていない少女に、信頼される喜びを。そして信頼出来る人間がいる嬉しさを。
 それを教えてやりたいと思ったのだった。

「よろしくな……」
「……うん」

 こうして、俺たちの陣営にまた一人、心強い仲間が加わったのだった。









 その後、どこか釈然としない様子の愛紗、普通に仲間が増えた事を喜ぶ鈴々、少しだけ緊張した様子の朱里と、呂布をそれぞれ向かい合わせ、ちょっとした自己紹介をさせた。
 鈴々はあっさりと呂布を受け入れ、朱里は緊張はしているが悪い感情はないようだ。
 ただ、やはり愛紗は呂布を仲間にする事に心から納得していない事もあって、やはり今は対応がぎこちなく、二人が仲良くなるには相当な時間が必要そうだった。
 しかし俺は信じている。
 普段から武人として、そして将軍としての自分を前面に出している愛紗だが、本質は心優しい女の子だ。そんな彼女ならきっと呂布を受け入れてくれるだろうと。







 それから数時間後。
 大休止を終えた連合軍は、洛陽に向けて再び進軍を開始した。
 そしてさらに数日後──。





















「ようやく洛陽に到着……と喜びたいところだが。どういうことだ、これは?」
「ええ……静かすぎますね」

 連合軍は、その高い城壁に囲まれた街──帝都洛陽を包囲し、それぞれの軍が陣を構えた。
 そして遠目から洛陽の様子を探るのだが……どうにも様子がおかしい。
 街を囲む城壁や門の上に敵兵が居るようには見えないし、愛紗が言ったように静かすぎるのだ。そもそも街から人間が生活している様子すら感じない。まるで廃墟と化した街を囲んでいるようだった。

「どういうことでしょう? 董卓は洛陽を放棄したんでしょうか……?」

 さすがの朱里もこの状況は予想外だったらしく、首を傾げるばかり。
 そしてこの異変に戸惑っているのは他の軍も同じらしく、本来ならすぐにでも攻撃命令の一つでも出してきそうな袁紹からも、命令を伝える伝令兵はやってこなかった。さすがの袁紹も、この様子に敵の策があるのでは、と疑っているんだろう。
 総大将からの指示待ちの現状では、遠目から眺める洛陽の街に何が起きているのかを推測するしかないと思っていたその時。

「……ヘン」

 先日、仲間に加わったばかりの呂布が、ぽそっと呟いた。

「呂布? 何か気づいたのか?」

 彼女は元々洛陽にいた人間だ。俺たちの知らない事に気づいてる可能性が高いと思い、俺は彼女の話を聞く事にした──のだが、その前に。

「……恋で良い」
「む? でも、それは呂布の真名だろう? 本当に俺が呼んでもいいのか?」
「……(コクッ)」
「そうか……ありがとな、恋」

 彼女が仲間になってからの数日間。あまり人と積極的に会話をするタイプではない俺だが、呂布──恋と信頼関係を結べるようにと出来る限り話しかけた事が、こうして実を結んだらしい。
 恋から少しでも信頼された事の証みたいで、ついつい嬉しくなって恋の頭を撫でる。すると恋もまた気持ちよさそうに首をすくめていた。
 ……なんか、可愛いな。
 思わず和んでしまう俺に、

「コホン! 呂布は何か言いたい事があるのではないのか?」

 冷たい視線を向けている愛紗の、棘が見え隠れするような言葉に我に返った俺は、再び恋に話を促そうとした──んだけど。

「……みんなも恋で良い」

 今度は愛紗や鈴々、朱里にも。恋は真名で呼んで欲しいと言い出した。
 それは……俺にとっては嬉しい変化。
 きっと、一緒に行動を共にした中で、彼女なりに心を許していいという判断が成されたのだろう。やはり仲間となったのだから、仲良くなるのは良い事だ。

「鈴々も鈴々で良いのだ!」
「え、あ、えと……じゃあ私も朱里って呼んでください」

 二人はどこか嬉しそうに、真名で呼び合う事を了承する。だが、

「私の事は好きに呼べば良い」

 愛紗だけはまだ少々態度が硬いままである。
 このあたりは愛紗の意志の固さ──頑固さと言うべきか──が災いした形だ。

「……愛紗。嫌いじゃないなら、もうちょっと愛想よくしたらどうだ?」
「放っておいてください……」

 そんな拗ねた様子を見せると言う事は、俺の言葉を肯定しているということ。
 俺も人の事は言えないかもしれないが……不器用な。
 そんな愛紗の姿に苦笑していた俺の横で、恋はただじっと愛紗を見つめたあと、

「愛紗」

 ぽつっと彼女の真名を呼んだ。

「な、なんだ」

 いきなり真名を呼ばれた事で戸惑いを見せる愛紗。だが“好きに呼んでいい”と言った手前、今更真名で呼ぶなとも言えないためか、少し困惑していた。
 そこへ、

「……よろしく」

 普段は無表情な恋の、小さな微笑みを見せる挨拶に、思わず愛紗は見惚れてしまう。だがすぐに我に返ると、見惚れていた自分を恥じるかのように頬を赤く染め、

「……よ、よかろう。よろしくやろうではないか」

 何故か一騎討ちを受けたような口調で返していた。
 まったく……本当に不器用だな、愛紗は。
 だが、恋の行動のおかげでまた我が軍は団結出来た気がした。
 それはさておき。
 あらためて俺たちは恋の話を聞く事にした。

「……気配がない」
「気配とは何だ? 兵の姿が見えないのは分かるが……」
「……奴らの気配が消えてる」

 恋が“奴ら”と言い表すのは、おそらく……

「奴らって……恋が言ってた“白い奴”のことなのかー?」

 鈴々の問いにこくりと頷く恋。
 
「どういうことでしょう? 逃げたってことなんですかね……?」
「……違う。隠れてる?」
「隠れてる? というと、気配を消して潜んでると言う事か?」
「……分からない」

 最後の俺の問いに、恋は首を振った。
 とはいえ、彼女の能力には驚かされてしまう。
 俺たちをはじめとする連合軍は、城壁の上から弓矢を放たれても届かない、いわば敵の射程範囲の外に陣を構えていて、俺たちも勿論洛陽の城壁からはそれほど離れた距離にいる。
 そんな場所からでも、恋はどうやら大雑把ではあるが街の中の気配を探れるようなのだ。
 俺にも──というか、御神流にも『心』と呼ばれる自らの死角となる場所の人間の動きを察知する技術はあるが、さすがにこれだけの距離が離れてしまうと、それを察知するのは不可能である。
 それをやってのけるのだから、あらためて恋の凄さには脱帽するばかりだ。

「……御主人様、気をつける」
「ああ……ありがとう、って、御主人様?」
「……みんな呼んでる。だから、御主人様」
「…………」

 ……確かに愛紗も朱里も俺を“御主人様”と呼んでるから、恋もそれを真似したんだろうが。まあ、いいか。みんなと同じようにしたいと思うのも、決して悪い事ではないし。
 そんな俺のどうでもいい葛藤をよそに、朱里は恋の言葉を受けて思案する。

「でも……気になりますね、恋さんの言葉」
「確かに。何らかの策があるものと見て、警戒した方がいいでしょうね」

 朱里の不安そうな言葉に、愛紗もまた頷いて気合いを入れ直していた。
 しかし、

「でも、袁紹のことだから、また考えなしに突撃とか言いそうなのだ」

 鈴々のその言葉を聞いて、全員──恋はまだ袁紹の事を知らないからきょとんとしているが──の表情に陰が落ちる。
 袁紹ならば、結局は大した策も浮かばずに突撃しろ、と言ってくる可能性は高かった。
 というか、もはや目に見えていた。
 そして……その予測は的中する。










 その後、俺たちの陣に袁紹からの伝令がやってきて、大本営からの命令が下る。

 ──高町軍は洛陽に突入せよ! 涼州連合、公孫賛軍が両翼から突入を援護する! 出発は一刻後! 至急準備されたし! 以上!

 水関、虎牢関で先鋒として成功を収めた事で味をしめたのだろう。袁紹の中では、とにかく俺たちに先鋒を任せればなんとかなると考えてるフシが見え見えだった。更に言えば、弱小である俺たちならば逆らえないという意図も感じられ、

「完全に我々を舐めていますね……力を手に入れた暁には、必ずや袁紹に目に物見せてやりましょう。ふふ……ふふふ……」

 愛紗はどす黒いオーラを発しながら、不気味な笑みを浮かべていた。
 ……怖い……今の愛紗は、戦場で敵として対峙した時の恋を超えている!?
 事実、今の愛紗には恋も怯えて近寄ろうとはしなかった。

「そ、そうだが……しかし今は従うしかない。さて……どういった作戦を採ろうか?」

 俺は愛紗のオーラに戦慄を覚えながら、軍師殿にお伺いを立てる。

「そうですね……小部隊で城門に接近して、伏兵の存在がなければそのまま城門を押し開け、その後は周囲を偵察。ある程度の安全を確認したところで本隊が突入。偵察時に何らかの発見があった場合は直ちに小部隊を戻らせて、再び対策を練りましょう」

 こちらの問いに、即座に答えてくれる朱里の策は相変わらず見事なモノで、こちらはケチのつけようがまったくなかった。
 俺たちはまず偵察を行う部隊を結成。

「鈴々に任せるのだー」

 そして、仲間内でもとくに身軽な鈴々がその部隊を率いる事となった。

「気をつけろよ? 危険を察知したらすぐに戻るように」
「えへへっ、大丈夫だってば。んじゃ、いってくるね。お兄ちゃん♪」

 様子が分からない場所への偵察は危険極まりない。それでも鈴々は、緊張感すら感じさせない笑みを浮かべて、小部隊を連れて城門へと近寄っていくのだった。





あとがき

 ……やっぱり展開が遅い(汗
 未熟SS書きの仁野純弥です。
 今回は呂布──恋を仲間にするお話です。まあ、このあたりも原作と大きな違いはないのですが、ほんの些細な違いを楽しんでもらえたら……とは思います。
 本来、もうちょっとお話を進めたかったのですが、思った以上に長くなってしまいました。
 次回では洛陽突入となりますので、少しは派手なシーンも出てくると思いますので、そのあたりを楽しみにしてもらえたら幸いです。
 では最後に、ここまでこのお話を読んでくださってる読者の皆様と、SS公開の場をくださった氷瀬さんに最大級の感謝を。
 では〜。



恋が仲間に。
美姫 「とっても純粋な子供みたいな武将よね」
おう。子犬ちっくだぞ。早速、恭也にも懐き始めたか?
そして、いよいよ洛陽へ。
美姫 「次回は突入ね」
だな。にしても、袁紹は本当に策を考えないな。
美姫 「本当よね。その無策のつけを高町軍が払いつづけているけれど」
他の諸侯たちにも被害が出ているだろうしな。
美姫 「今度はどうなるのかしらね」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」



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