「すごいよー。なんかお人形さんみたいな女の子なのだ」



 保護した際に直接顔を合わせていた鈴々は、馬車に乗って逃げていた二人──どちらも少女だったという──の片方の容姿をそう評していた。
 そして実際に鈴々が俺たちの前に連れてきた少女達。

「…………」
「…………」

 どちらも年齢は同じくらいの小柄な少女だ。
 一人は、かけた眼鏡が知的な印象をより強くする、気の強そうな少女。
 もう一人は、儚げな雰囲気を持った可憐な少女──鈴々が“人形みたい”と言ったのは恐らくこの少女だろう。
 二人は俺たちの前に出てきてからはずっと無言だった。
 眼鏡をかけた少女は、何故か初対面の俺に対して、敵意を感じさせるような視線を浴びせ。
 もう一人の少女は、そのつぶらな瞳は何も映していないかのようで生気が感じられず、その表情は虚ろだった。ある意味、そう言った様子からも人形みたい──無機質な印象から──と思ったのだが。
 状況を把握し切れていないためなんだろうか? それとも俺たちの素性が知れず警戒しているのか、沈黙し続ける少女達。
 気持ちは分からなく無いが、このままだんまりを続けられても埒が明かないので、俺の方から話しかけてみることにした。

「まずは自己紹介を。俺の名は高町恭也……今、この邸宅に陣を布いている軍の責任者みたいなモノだ」

 みたいなモノではなく立派な大将です、と愛紗が俺の背後で少し怒ったような声を上げていたが、それは今に限ってはスルー。
 ……このあたりも愛紗からすれば、自覚が足りないということなのかもな。

「で、現在我々は反董卓連合軍に参加していて、洛陽解放のためにここまで来たんだが、どうにも状況が掴めないんだ。なので、この街の住人である君たちの話を聞かせてくれると助かるんだが……」
「…………」
「…………」

 二人は相変わらずだ。
 眼鏡の少女は相変わらずの強い視線を向け続け。
 もう一人は目の前にいる俺の姿を認識していないのかのように虚ろ。
 ……これでは、大した情報は得られないか?
 二人の、友好的とは言い難い態度の前に諦めかけたその時だった。

「……月。詠」

 この二人の少女を見て、そう呼ぶ恋の声。
 そして俺たちは、恋が口にした名前に聞きおぼえがあり、この場にいた誰もが絶句した。


 ──詠。
 それは、この洛陽に残っていたという董卓軍の将、賈駆の真名であり。


 ──月。
 それは……この洛陽を支配していた、と言われている敵軍の総大将、董卓の真名だったのだ。


















『恋姫†無双異聞 〜高町恭也伝〜』
 第二十九章



















「……っ!? 呂布っ! あんたどうして!」

 ここでようやく、眼鏡の少女が口を開く。その第一声は驚きと怒りが同居したような声だった。
 彼女──賈駆の問いに、恋はちらっと俺の方に視線を移した後、再び賈駆に視線を戻す。

「……今は御主人様のところにいる」
「裏切ったのっ!?」
「……裏切ってない」
「どこがよっ!? 裏切り以外の何ものでも無いじゃないっ!」
「……そう言われると困る……」

 賈駆からの激しい弾劾の声に、恋は本当に困った顔を見せてうつむいてしまった。
 恋からすれば、別に董卓たちを憎んでこちらに移ったワケではないし、自分の友達を守るための選択なのである。しかし、賈駆の言い分も分かるため、今こうして困っているのだ。
 しゅんとしている恋を見るのは忍びないと思った俺は、一歩前に出ることで彼女をかばう。
 そしてあらためて賈駆、そして董卓と向かい合った。

「しかし……正直驚いた。まさかこうして董卓と賈駆の二人に会えるとは……」

 二人の意識をこっちに向けるようにと、声を掛けたのだが、

「…………」

 可憐な少女──董卓は相変わらずの無言。
 だが、

「なによあんたっ! 言っとくけど、月に手を出したら殺すわよっ!」

 賈駆の方はもう黙ってる必要を感じなくなったのか、更に敵意を強めてこちらに凄みをきかせてきた。そう……董卓をかばうようにして。
 その姿を見るだけで、賈駆が将として主である董卓に忠誠を貫いてるだけではない、この二人の特別な絆を感じさせた。
 俺は今もなお噛みつかんばかりにこっちを睨みつける賈駆の視線に辟易したように嘆息する。

「俺は今、君らに“反董卓連合軍”だと名乗ったのだから、警戒するのは当然だろうけど。だが、手を出すというか、危害を加えるつもりはない。さっきも言ったが聞きたいことがあるんだ」
「……どうだか!」

 賈駆はハナからこっちを信じるつもりはないらしく、まともに取り合おうとしてくれなかった。しょうがないと思った俺は、賈駆の向こうにいる董卓に向かって話しかける。

「董卓さん。君が圧政を布いていたというのが噂だけで、そんな事実がなかったという話は、恋とこの街の住人である貂蝉から聞いた。今は俺たちもその事実を理解しているつもりだ」
「…………」
「だからこそ気になることがある。今回の戦いは、その“無かったこと”が原因で起きたこと。ならば軍の総大将である君が何らかの形で噂を否定する声明を上げれば、今回のような戦いは回避出来かもしれないし、そうでなくても噂の真偽を疑うモノも出てきて、ここまで大事にはならなかったのではないだろうか?」

 この度の董卓軍と連合軍の戦いでは、十万を超える兵士たちが動員され、連合軍を結成。それは“董卓が帝を傀儡化して都で圧政を布いている”という噂が結成理由だった。
 それに対し、董卓軍が起こした対応策は……その連合軍を迎え撃つ、という連合にとっても董卓軍にとっても最悪の方法。
 俺が気になったのは、何故そんな対応策を採らなくてはならなかったのか、ということ。

「確かに董卓軍には優秀な将もいたし、兵数だって少なくはなかった。それに、なんと言っても水関に虎牢関という難攻不落の要塞まであった……が、それでも大陸中から集まった連合軍に本気で勝てるなんて……それこそ思えないはずだ」

 優秀な将がいても、兵が多くても、要塞があっても。
 しかし大陸中から戦力が集まれば、連合軍には董卓軍以上に多くの優秀な将もいるだろう。
 数倍になるであろう兵力となるだろう。
 そうなれば、やはり勝ち目などあるはずがない、と考えるのが当たり前だ。

「だからこそ気になった。もしかして君は……そうしなければならない状況下にいたんじゃないのか? そう……あの白装束連中に脅されていたとか」
「っ!」

 俺なりの予測を語ると、それまで全く反応を見せなかった董卓がわずかに肩を震わせる。その様子を見て、俺は自分の予測が的はずれではなかったと確信した。
 そこへ、

「……そうよ」

 さらに俺の言葉を肯定する声が。
 懸命に董卓をかばっている賈駆だ。

「ボクも、月も……あんたをおびき寄せるって謀に巻き込まれ、ただ利用されただけ」
「御主人様をおびき寄せる謀……? どういうことだ?」

 賈駆の言葉の意味を問いただす愛紗。
 それに賈駆は不快そうな表情を露骨に見せたまま説明した。

「ボクたちは白装束の一団に脅されていたのよ。月の両親の命を盾にされてね」
「っ!?」

 その言葉に、俺は息を飲んだ。
 そんな俺の様子を気にとめることなく、賈駆の話は続く。

「奴らは月を暴君に仕立て上げ、流言飛語で群雄を釣れば、高町恭也──あんたも参加してくるだろうって。そのためにボクたちは……」

 悔しそうにうつむく賈駆。
 その姿には、董卓に“暴君”というレッテルを貼らせてしまった事への後悔がありありと感じられて、痛々しかった。
 そんな賈駆の話を聞いていた朱里は、信じられないとばかりに問う。

「……それが全部、あの白装束の一団の仕業と言うんですか?」
「そうよっ!」

 それに対する賈駆の答えは、八つ当たりするような強い語調だった。
 しかし朱里は、それを気にすることもなく、

「そうですか……なるほど」

 むしろ彼女の答えに納得がいったとばかりに思案を始める。いや、思案と言うよりも状況確認と言ったところか。

「ある程度の裏は取れた、と見るべきか? 朱里」
「はい。操作された情報。誰もいない都に、御主人様の命だけを狙う謎の集団……賈駆さんの言ってることは現状に沿っていると思います」

 俺の問いかけに神妙な顔で答えた朱里だが、その表情がすぐに曇る。

「私たちの推理にも合致している……やはりこの戦いは御主人様の命を狙うためだけに起こされた、仕組まれた戦いだったんですね……」

 俺はその答えを聞いて、静かに頷くことしか出来ない。
 これだけの被害をもたらした戦いが……俺のために。
 その事実はあまりにも重い。
 だが俺は──

「しかし……白装束の一団は何故ここまでして御主人様の命を狙うのだ?」

 愛紗が根本的な疑問を口にした。
 その質問に関しては、俺は先ほどの貂蝉とのやりとりで朧気ながら答えが見え始めている。

「俺がこの世界にとっては単なる邪魔者だって言いたいんだろう……恐らくだが」
「どういうことなのだ?」

 俺の言葉に鈴々が疑問を挟んだ。

「みんなも知っての通り、俺はこの世界の住人じゃない」
「御主人様は天の御遣いですものね」

 間髪入れずに相づちを打った愛紗に俺は苦笑を返す。

「俺の居た世界を“天”と言えるかどうかは疑問だが……まあ、ここまでして命を狙われるのは、恐らくそのあたりに理由がある気がするんだ。多分、な」

 多分という言葉で締めて決めつけなかった俺だが、内心では九割がた間違いないと思っていた。
 そして、あの白装束の背後に……あの少年が居るという予感も。
 だがそれは今語るべき事じゃない。
 今は他に考えることがあった。

「……だが、今は別のことを考えないとならないだろう? 洛陽制圧の前にすべきことがある。董卓さんと賈駆さんをどうするか。これを決めないと」

 今の俺たちが最優先で考えなければならないのは、この二人の処遇である。
 なんと言ってもこの二人は──見た目だけならまったくもってそうは見えないが──連合軍が躍起になって探している敵の総大将と、その副官(?)なのだ。

「本来ならば連合軍の本営に董卓さんを連行し、見せしめに処刑って事になると思うんですけど……」

 朱里が少し困った表情で、“連合軍として”やるべき行動を語るが、

「そんなこと……絶対にさせないんだからっ!」

 朱里を睨みつけるように威嚇しながら、董卓をかばう賈駆。董卓を処刑なんてさせようモノなら、刺し違えてでも守ってみせると言わんばかりの気迫を見せて。
 ……正直なことを言えば、俺の目から見ても賈駆という少女は全然強くはないのが見て取れる。
 董卓軍の将という話だが、きっと彼女は戦場において愛紗たちのように軍の先頭に立って戦う武人タイプの将ではないのだろう。むしろ朱里のように知謀を駆使して戦う軍師タイプだと見る。
 しかし彼女は今もなお、自らの身一つで董卓という少女を守ろうとしていた。
 理論を駆使するはずの彼女が、もっとも勝ち目のない方法で。
 そんな二人の姿を見て、俺の中でどうするかは決まってしまった。

「もちろんだ。この二人を連合軍の本営に差し出すなんて事は、俺が絶対に許さん」

 俺は自分の意志をはっきりと全員に伝える。
 その言葉に、朱里や愛紗は勿論、賈駆と董卓までも驚きの表情を見せていた。

「どういうことですか?」

 いち早く驚きから立ち直った愛紗が、今の俺の言葉の真意を問いかけてくる。

「董卓さんはあの連中に人質を取られ、脅迫されていた。しかも実際には洛陽に圧政など布いては居なかったんだ。それなら彼女に罪はない」

 俺の返答に、愛紗は困惑していた。
 俺の気持ちは分かるが、それでも納得しかねるとばかりに。

「それはそうですが……水関や虎牢関での戦いで、我が軍に限らず連合軍は多くの犠牲者が出ています。今の話を聞いて董卓自身に罪はないと私も思いますが、果たしてその言葉を連合の諸侯たちが納得するでしょうか?」
「絶対に納得なんてしないと思うのだ」

 愛紗の言葉に、鈴々が言葉を継ぎ足す。
 二人は直接口にはしないが、今回ばかりはかばいきれないと言うのが本音だろう。
 だが、俺はそれでも自分の意志を曲げようとは思わなかった。

「それはわかる……となれば、納得する形を作ればいいと思うんだが」
「納得する形を……作る、ですか?」

 首を傾げる朱里に、俺の案を語る。

「ああ。まず……董卓さんと賈駆さんにはここで死んでもらう」

 その第一声に、きょとんとしていた賈駆の眉が一気に釣り上がった。

「な──っ!? ボクたちを殺すって言うのっ!」
「……あくまで便宜上、だがな」
「……はっ? どういうことよ?」

 だがすぐに俺が足りなかった言葉を補うと、訝しげな表情へと変わる。俺の意図が全く持って読めないのだろう。しかし、賈駆よりも比較的冷静だった朱里は、すぐに俺の考えを理解した。

「あ、なるほど。董卓さんと賈駆さんが死んだって噂を流すんですね?」

 朱里が見事に俺の考えを言い当ててくれたので、さすがだなと言わんばかりに朱里の頭を撫でてやる。

「そういうことだ。みんなも知っての通り、連合軍には白装束の連中の徹底的な情報操作と情報管理により、董卓軍に対する情報が全然無かった」

 これが、ある意味の救いとなる。

「俺たちには恋が居たから、この二人が董卓と賈駆であることが分かったが、おそらく他の諸侯たちは董卓や賈駆の姿形、そしてどんな人間なのかなどは知らないはずだ」

 ここに来てようやく愛紗も俺の考えに思い至った。

「だから二人が死んだという噂を流し、人心の安定を図るというのですか?」
「そういうことだ。もし噂だけでは諸侯が納得しないと言う場合は、死体を利用するのは正直気が引けるが、先ほどの戦いで倒した白装束たちの死体を董卓と賈駆としてでっち上げてもいいと思う」

 今回の連合軍は、帝を傀儡化して暴政を布いた董卓を打倒して平和をもたらすという大義名分から成り立っている集団。
 その連合軍が必要とする戦果は、第一に帝都洛陽の制圧と帝の保護。その次に、今回の首謀者と見られる董卓の死。
 ならば、どういった形であっても、董卓が死んだという事実──今回ばかりは嘘にしてしまうが──をまことしやかに流布することで、有耶無耶にしてしまおうと言うのだ。そもそも今回の董卓の暴政というのがまったくなかった嘘の噂なのだから、今度はそのやり方を意趣返しというワケではないが、利用させてもらおうと言うのが俺の考えだった。
 事実、この洛陽が制圧され帝が保護出来れば、この戦いは勝利したと言えるのだから、袁紹あたりはあんまり気にしないと思うんだけどな。

「しかし、仮にそうするとしても、ですよ? これからのこの二人はどうするのです? このまま自由にさせるのは何かと危険だと思うのですが……」

 愛紗は仮に俺の考えを実行するとしても、まだ問題はあると、示してくる。
 彼女の言葉はもっともで、当然こちらとしてはこの二人をそのまま放置するわけにもいかない。

「もっともだ。この二人に関しては俺たちが保護するしかないだろう」

 俺ははっきりと自分たちが取るべきスタンスを愛紗に伝えてから、董卓たちへと視線を戻した。

「ということで、二人にはこのまま俺たちの元へ来てもらおうと思う。形としては捕虜になるかもしれないが、それはあくまで形骸的なモノで、出来る限りの自由は保障する。これでどうだろうか?」

 俺のこの問いかけは確かに二人に向けたモノだったが、実際に答えるのは賈駆だろうと思っていた。しかし、

「……本気ですか?」

 賈駆よりも先にそう問いかえしてきたのは、それまで無言のままだった董卓だった。
 初めて耳にした彼女の声は、その容姿から想像していた通りの、鈴の音のような響きがある。

「そんなことをしても貴方にどんな得があるんです? 衆目を集めたあとで私たちを処理した方が、貴方にとっては得だと思います……」

 その綺麗な声で、董卓は俺の考え自体がおかしいと、疑問をぶつけてきた。
 彼女からすれば、俺がしようとしている行為は理解出来ないと言わんばかりに。
 確かに彼女の言いたいことは俺にだってわかっていた。
 今回の俺たちの連合軍参加だって、もちろん洛陽の民を救いたいというのが一番の理由──もっとも、洛陽の民は圧政を受けてはいなかったのだが。
 しかし、それだけでもないと言えた。それは……この連合軍の戦いで名を上げること。事実、虎牢関では、自分たちの風評を上げるために無茶をした部分もあるのだから、否定は出来ない。
 そして目の前にはこの戦いにおける最大の手柄である敵の大将がいるのだ。董卓が言う通り、彼女を捉えたことを大々的に発表して処刑すれば、俺たちの軍は間違いなくこの戦争における英雄となれるだろう。
 だが──

「悪いがこの一件を損得で考えるつもりは毛頭無い。そもそも、悪いことをしたわけでもない君らを殺してまで得をしようなんて、それこそ思わない」
「ですが……私は実際に連合軍に兵を差し向け、多くの命を奪った張本人です。罪がないとは……」
「月っ!? それは私が……っ」
「詠ちゃんは黙ってて。軍の大将は私、でしょう?」
「……月……」

 かばおうとする賈駆を董卓が制する。
 彼女はその可憐な容姿に似合わず、なかなかの強い意思と大将としての責任感を持ち合わせているようだ。
 ──どこかの総大将に見習わせたいくらいだ。

「詠ちゃんは確かに悪くはないんです。ですけど、私は……」
「両親を人質に取られてしまったから、軍を動かさないといけなかったんだろう? なら、尚更君は悪くない。いや、むしろその話を聞いた以上、俺は君らを放っておく事なんて出来ない」

 董卓が自らの罪を語ろうという前に、俺はそれを遮るようにして、自分の意志を伝える。

「董卓さんを命懸けで守ろうとしている賈駆さんも。そしてご両親を守りたいと願い、今自分をかばってくれている賈駆さんすらも守ろうとした董卓さんも。二人の優しさを見てしまった以上、俺は君らを死なせたくないと思ったんだ」

 ご両親を人質に取られたがために、多くの兵士たちを死地に向かわせる──それはきっと、人の上に立つ者としては間違った答えだ。彼女が軍の大将であるというのなら、たとえご両親を失ったとしても兵たちを守り、この戦いは回避すべきだったし、賈駆もまたそう言って諫めるべきだった……のかもしれない。
 事実董卓はそれを理解しているからこそ、責任を感じているのだ。
 だが、俺はそんな董卓の考えに賛同したいと思っている。
 誰にだって譲れないものがあるのだ。
 それが董卓にとっては、ご両親であり。
 賈駆にとっては、ご両親を想う優しい董卓だった。
 人はそれをエゴと言うかも知れない。
 だが、どっちつかずのまま大切なモノを失うことに比べたら、俺はエゴで良いとすら思うのだ。

「……簡単に言ってしまえば、俺は君らが気に入ったんだ。俺はエゴ……と言ってもわからないか。俺は徹底的な利己主義者なんでな、自分が気に入った人間を守る事が第一なんだ。他の事なんて二の次で良いと言い切れる。だから俺は君らを守りたいんだ」
「…………」
「…………」

 俺の、開き直りとも取れるような発言に董卓と賈駆は目を丸くして絶句している。
 そして俺の後ろでは、

「……御主人様、いくらなんでもそれは……」
「ま、お兄ちゃんらしいのだ」
「一軍の大将としては、かなりの問題発言なんですけどね……」

 愛紗が呆れ、鈴々が半ば諦めたように認め、朱里が苦笑していた。
 そんな中、

「……だから、私を保護するというのですか?」

 いまだに呆気にとられた様子の董卓が、少々上擦った声で問いかける。
 それに俺は無言で頷いた。
 すると今度は、驚愕の表情から神妙な顔になってこちらを凝視している賈駆が、俺の真意を探るべく疑問をぶつけてくる。

「……あんた一体何考えてるの?」

 恐らく彼女は今の発言にも裏があるはずと見て、それを見抜こうとしているのだろう。
 だが、本当に裏がない俺としては肩をすくめるしかなかった。

「自分の考えはもう語ったはずだがな。まあ……それでも、他に君らを保護する利点を語れと言うなら、俺の命を狙う白装束たちの情報を得られるかも、ということだろうか?」
「……あんた達の利点でしょ。それをボクに聞いてどうするのよ? はぁ……」

 むぅ……呆れられてしまった。
 しかし、ホントにそのあたりは利点なんて考えていないんだが。
 どうすれば納得してもらえるのか、と首を傾げていると、賈駆がこっちをキッと見据えた。

「そもそも、そんな理由でボクたちを保護するって? それを信じろと言う方がおかしいわ! ボクたちの存在はあんたにとって大きな弱点となりうるのよ? 保護していることが諸侯にバレたら、その瞬間から反董卓連合が反高町連合に変わるんだから」
「まさしくその通りです、御主人様」

 賈駆の言葉を全面的に支持(?)するかのように愛紗が受け継ぐ。

「反董卓を大義として掲げる連合軍が、我が陣営で董卓を保護していると知れば、すぐにでも反高町を大義に掲げ、我々を誅滅しようとするでしょう……処刑云々は無理にしても、やはり我が陣営で保護するのは危険すぎます」

 俺たちの軍のことを考えれば、処刑をしないのはまだ許せるとしても、保護までは出来ないと言うのが愛紗の主張だ。
 しかし、それでは意味がない。

「俺は二人を生かしたいから処刑しないと言ってるんだぞ? なのにここで二人を解放したら、それこそ本末転倒だろう」
「洛陽は今、連合軍しかいませんし、街の周囲も完全に包囲されています。そんな中、お二人を解放しても、必ずどこかの陣営に捕まってしまうと思います」

 俺の反論を朱里がわかりやすく解説してくれた。

「そうなったら二人は無事では済まない……やっぱり俺たちが二人を保護した方がいい」

 俺はそれを踏まえて愛紗に諭すように言い聞かせる。だが、愛紗としてはやはり納得出来ないらしく、

「……確かに二人の生命を第一に考えるなら、その方が良いのでしょうが……」

 はっきりと頷けずにいた。
 彼女は俺よりも人の上に立つ資質があるため、俺のように開き直れないのだろう。
 愛紗だって董卓たちに同情する気持ちは持ち合わせているし、同時に俺たちの軍の将来のことも考えないといけない。そして人の上に立つ人間としては、当然切り捨てるのは董卓たちという答えをすでに出していたはずなのに、主君である俺がエゴ丸出しで正反対の答えを主張しているから、迷いが生じているのだ。
 そんな、迷っている義姉を見かねて、鈴々が声を掛ける。

「愛紗、もう諦めるのだ。お兄ちゃんはきっと、自分の考えを変えないよ」

 それは、俺の性格を理屈ではなく感覚で理解している鈴々だからこその、どこか達観した意見。
 そんな義妹の事を理解している愛紗としては、それを認めないと言う選択肢はなかった。

「……そうだな。ならば我々は御主人様の判断を信じるしかない、か。この方を主と信じている以上は」
「すまない愛紗。愛紗が俺たちのこと、それに幽州のことを考えてくれてるのは分かってる。でも……これは譲れないんだ」

 断腸の思いで俺の意思を認めてくれた愛紗に謝ってから、俺は再び董卓たちと向かい合う。

「……というわけで、なんとか受け入れ態勢は整った。で、二人はどうだ? 俺たちの陣営に来るつもりがあるか?」

 問いかける俺の言葉に、まだこっちを信用出来ないと思っている賈駆は視線を董卓へと移す。どうやら彼女の意見を賈駆も聞いておきたいようだ。
 その視線を受けて、董卓はおずおずと口を開く。

「……私だけが助かるなんて、今更出来ません……」
「月……」

 そんな董卓が出した答えは、生き延びるという選択肢を打ち消すようなモノだった。それまで董卓を必死に守ろうとしていた賈駆は、それを聞いて驚き半分納得半分という複雑な表情を見せる。
 彼女に生きて欲しいと思う反面、董卓の性格を考えればある程度予測出来た答えだったのだろう。

「水関で戦って死んだ人たち……虎牢関で戦って死んだ人たち……その人たちに対する償いは、私自身が果たさないと……」
「…………」

 そんな董卓の言葉に、賈駆は反対意見を口にすることが出来ずに歯噛みしていた。
 誠実で優しく、それでいて責任感が強い。
 そんな彼女の美徳こそが今、董卓を守ろうとする賈駆にとっては恨めしいモノとなっていた。恐らく賈駆にとってもその美点は彼女の魅力として見ているのだろう。だからこそ、ここでその意見を曲げることが出来ずにいるのだ。
 しかし、

「……償いを果たす、と言ったな?」

 それなら俺がそれを否定する。

「君は確かに董卓軍の大将であり、責任を取る立場にいる。だから、その責任を負って処刑されるべきだと……それが償いになると言いたいんだな?」
「……はい」

 董卓は、俺の問いかけに全く迷うことなく頷いた。
 そんな彼女の返答に、俺の中で静かな怒りが沸き上がる。

「──ふざけるな」
「っっ!?」
「なっ!? あんた……っ?」

 それまでは、出来る限り怖がらせないようにと気をつけていた俺だが、ここに来て突然突き放すような物言いに変えた。その変化に董卓はびくっと肩を震わせ、賈駆も目を丸くする。

「敗軍の大将として、責任を取るというのは立派な発言だが……君はその責任の意味を理解していない」
「……意味……?」
「そうだ。もし、今回の戦争が全て君の意思により発生し、君が連合軍憎しと思って兵を出したのであれば、それは君が招いた敗戦だろう。その時は大将として責任を負うべきだが、今回の戦には君の意思などない。全ては白装束の思惑だったのは誰の目にも明白だ。それを傀儡だった君が責任など、それこそただの驕りだ」
「ちょっ……あんた、いい加減にしな──」
「黙れ。今、俺は董卓と話をしているんだ」
「──あ、う……」

 董卓を貶める発言をした俺に文句をつけようとした賈駆を、怒気をはらんだ目で睨んで黙らせた。
 そしてなおも続ける。

「更に言えば……君はこう考えているのだろう? 両親と兵士たちを秤に掛けて、両親を取った自分に責任がないはずがないと」
「……その、通りです……私のワガママで、多くの兵士を死に追いやったのです……」

 もうすでに董卓は涙目でうつむいていた。
 しかしそれでも俺は容赦しない。
 仏頂面で目を細め、董卓を睨みつける。

「だから、死んでお詫びか?」
「…………」
「その方がタチが悪い。何様のつもりだ?」
「え……?」

 その、あまりに痛烈な言葉にうつむいていた董卓が驚いて顔を上げた。
 目にいっぱいの涙を溜めたままで。
 可憐な少女の涙に、罪悪感を覚えてしまうが、それでもこの間違いは正さねばならないんだ。

「それは、水関と虎牢関で死んだ人間達への冒涜だ。死んでお詫びと言うが……ではなにか? 君はお偉い大将さまだから、数万の犠牲者の命と、自分一人の命が同等と思ってると言いたいのか? 君一人が死が、数万の人間の死への償いとしての価値があるとでも言うのか?」
「そ、そんなことは……っ」

 ふるふると、必死に首を横に振る董卓。
 そりゃそうだろうさ……袁紹あたりなら、こんな恥知らずなことでも平気で頷きそうだが、この少女は違う。死を悼む心を知り、自らの罪を受け入れようとしている……そんなコがそんな驕りを持っているはずがないんだ。

「で、でも…………ど、どうすれば良いというのですか? 私に、どうやって償えと?」

 自分が死ぬことで償えると信じていた。
 しかしそれを真っ向から否定された少女は、藁にすがるような思いで俺に救いを求めてくる。
 だが、俺は天の御遣いなんて呼ばれていても、大したことは出来ない。
 正しい答えなんて、知らない。
 ここではただ、俺の思った答えを言うだけだ。

「自ら死を選ぶってのいうのは、逃げでしかないんだ。それは償いにはならない。だったら、生き延びるという選択肢があるなら生きるべきだ。生きて、その罪を背負い、自分で考えるんだ。償う方法を」
「……生きて、考える……?」

 ……それはきっと、死よりも辛い事だ。
 自らの罪の重さを知ってる董卓なら尚更。
 多くの人間の死の責任を背負い、生き続ける事はきっと、彼女には重すぎる罰だ。しかし、本当に償いたいと思うのなら、生きるべきだと俺は思う。

「……私に、出来るでしょうか? 償うことが」
「無責任かもしれないが、それはわからない。だがな……」

 俺はここでようやく、意識的に作っていた仏頂面をやめて、不器用ながらも彼女に微笑みかけた。
 そして、正しいかどうかは分からないが、俺自身が導き出した、俺なりの答えを彼女に告げる。

「え……?」
「どう償えばいいか……それは一人で考えなくても良い。俺も一緒に考えなければいけないからな」
「ど、どうして貴方が……?」
「水関や虎牢関の戦いが俺を誘き出すための戦いだったというのなら、俺の存在自体が引き起こした悲劇だったということになる。なら、本来責任を負うのは君ではない。俺だろう?」
「それは……」

 否定は出来ないはずだ。
 というか、本来ならそういう責任転嫁をしても許されるはずなのだから。
 しかし、董卓はそれをしないのだ。
 彼女は損な性格だ……背負わなくても良い責任を自分のモノとし、それを決して自分以外には背負わそうとしない。
 だからこそ、俺は彼女と共にその責任を背負ってやりたいと思ったのだ。

「君が償いの方法が分からないと言えば、俺も一緒に方法を考えよう。ただ、俺はすでに自分なりの償いの方法は考えて、それを実行しようと思うけどな」
「え……?」

 ぱちくりと、目を見開く董卓。
 その様子が可愛くて、俺はちょっと吹き出してしまった。

「……俺は単純だから。俺のせいで死んだ人が大勢居るのなら、せめてその死んだ人の家族達が苦しまないようにしようと思う。そのためにも、少しでも早くこの大陸が平和になるように、全力を傾ける……それが、自分を信じてくれている人たちへの恩返しにもなるからな」

 そう……もう俺は退けないところまで来てしまったのである。
 大陸に平和をもたらすというのは、あくまで愛紗たちの悲願であり、俺はその手伝いが出来れば、という意識の方が強かった。しかし、今はもう違う。
 意識をしなかったとはいえ、俺のせいでこの大陸にこんな悲劇が起きたのだとすれば、その償いはこの大陸に平和な時間をもたらすことしかない。もう愛紗たちの悲願は、俺の悲願にも変わってしまったのだ。
 きっと……この瞬間から。

「だから……もし本当に償いたいと思うなら、俺の傍にいて、俺を支えてくれ。その中で自分でも出来ることを見つけだして欲しい。一人で罪を背負うのは辛いことだ……でも、それが二人なら、きっと耐えられると思うから」

 これこそが……俺が提示出来る、彼女の疑問に対する答え。
 今できることをしながら、償う方法を考えていく──これしかないと俺は思うんだ。
 そして……

「私が……」
「ん?」
「私が貴方の傍にいることが……償いの一つとなるのでしょうか?」

 ……俺は彼女ならば、それを成し遂げられると信じている。
 だから、俺は頷いてみせた。

「きっと、な。俺は背中で君にその手本を見せてやる。だから、そこから償いの方法を感じ取ってくれ。そして……二人で一緒に償っていこう」

 そして今一度、俺は董卓に微笑みかけてみせる。その笑みは、きっと今までで一番自然な微笑みだっただろう。
 そんな俺に、董卓は答えを出した。

「……はい」

 しっかりとした意思を感じさせる瞳で俺を見据えて、大きく頷いたのである。
 その決断に、

「月……本気でこいつの保護を受けるの?」

 それまで黙っていた賈駆が確認を取る。董卓はともかく、賈駆はまだ俺を信頼していないようだ。
 董卓はその問いにこくりと頷いた。

「うん……この人に会えたのは、私の天命だと思うから……」

 声こそは小さいが、そこには並々ならぬ決意を感じる。そしてそれは賈駆も一緒だったのだろう。だから、

「……分かった。高町恭也……あなたの保護を受けることにするわ」

 彼女もまた董卓に従うようにして、こちらの保護を受けることを了承してくれた。
 ようやくこれで双方の意思確認が取れた、ということで、早速俺は二人の受け入れ態勢について朱里と話し合う。

 そこで朱里が提案したのは、この二人の身の眩ませ方。
 それは、俺付きの侍女となることで、その身分を偽ることにした。
 ただ二人の正体がばれないようにするため、この二人が戦場に出たり政(まつりごと)に絡まないという制約が必要となるのだが。
 後は、やはり名前の問題。
 この二人を“董卓”と“賈駆”と呼ぶのはやはり危険なので、これからは全員が強制的に二人のことを真名──董卓は月、賈駆は詠──で呼ぶこととなった。
 もっとも……董卓はともかく、賈駆はもの凄く嫌がっていたが。特に俺に呼ばれることを。

 それらのことを決めた後、俺たちは洛陽の制圧に乗り出し──はしなかった。
 先ほどの白装束の連中が完全に居なくなったかどうかの保証もなく、洛陽制圧で軍を動かしてるスキをつかれる可能性があったから、と言うのが一つ。
 もう一つは、ヘタに動くことで董卓たちの存在を嗅ぎつかれないため。
 この二つの理由から、俺たちは洛陽制圧の功をあえて捨てて、再び恋の邸宅に陣をしっかり構え、待機することとなったのだ。

「洛陽制圧の功名を捨て、連合軍に名をなさしめるか……少し悔しくはありますね」

 とは愛紗の弁。
 だが、それほど気にすることはないと俺は楽観していた。
 今回の戦いにおいて、愛紗や鈴々の武力はいかんなく発揮出来たし、それを諸侯に見せつけることも出来た。水関や虎牢関においては高町軍の名前は示せたはずだと俺は思う。
 ……まあ、恋相手に単身勝負を挑んでボロボロになった俺の姿がどう映ったかは、正直聞きたくもないが。






















 こうして、連合軍の戦いは終わった。
 洛陽制圧の第一功は、公孫賛がどこよりも早く王宮を制圧したことで勝ち取っていた。
 ただ、今回の敵の大将である董卓の首を上げた者が居なかったことで、袁紹あたりがわめきちらしていた。しかし、そのあたりは俺たちの軍から発信したことがばれないようにさりげなく流した“逃げ延びようとした董卓が、自分の護衛をしていた兵に殺されたらしい”という出鱈目な噂が蔓延していたため、彼女はそれをあっさりと信じ、董卓捜索はあっさりと打ち切ってくれた。
 もっとも、曹操や孫権あたりは訝しげな顔をしていたが。
 とはいえ、帝都洛陽は完全に制圧し、董卓軍もすでに壊滅。
 ちなみに王宮に帝の姿はなかった。どうやら住人と共に追い出され、今は長安の都に落ち延びたらしい。その長安は今は曹操の支配下だったということもあり、恐らく曹操が帝を保護するのだろう。
 ただ、もう帝を拝して権力を振るうという事は出来そうにない。
 この事件をキッカケに、大陸は軍事力がモノを言う群雄割拠の乱世へと進んでいくのだから。



 反董卓連合は、洛陽の制圧を持って終了、解散となった。
 諸侯たちは自分たちの軍を引き連れ、それぞれの領土へと戻る。
 そして俺たちの軍もまた幽州へと戻ることとなった。
 その際、他の軍から必死に月と詠を隠しながら。
 ただ、俺たちの軍は違った意味で注目を受けることとなってしまう。
 それは、軍の後に付いてくる多くの犬や猫、小鳥などの群が付いてきたからだ。
 どうやら恋が幽州へと来るので、それに付いてきたのだろう。
 そして気になることが一つ……その犬猫たちの更に後ろから、嬉々として追いかけてくる、パンツ一丁の巨漢の姿は……………………何かの見間違いであって欲しいと心から願っていた。






あとがき

 ……やっとこさ(汗
 未熟SS書きの仁野純弥です。
 董卓編はここでようやく終幕、となります。いやぁ……長かった。本当に(汗
 当初は20章くらいで終わらせようと思っていたのですが、殊の外文章をまとめることが苦手という弱点をもつ僕には無理な話でした。無謀もいいところでした(爆
 とはいえ、こんな無駄に長い今作を飽きずに読み続けてくださる読者の皆さんには感謝感謝大感謝です。
 これからは徐々に原作から違う展開が増えていくと思いますので──と、董卓編の前くらいにも同じ事を言ってた気がしますが──これからも我慢強く、見捨てずに読んでもらえたら嬉しい限りです。
 では。


 ここで一つどうでもいい連絡を。
 これまで週一回のペースで投稿してきた今作ですが、来週は個人的都合……というか、正月まっただ中ということで、次回の投稿は再来週となりますので。



菫卓を打ち倒した事にして、連合軍も遂に解散。
美姫 「いよいよ群雄割拠の乱世へと」
此度の戦で優秀な武将も仲間に入ったし、高町軍のこれからが楽しみだな。
美姫 「本当よね。これからどうなっていくのかしら」
次回が待ち遠しい!
美姫 「楽しみにしてますね」
待ってます!



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