『リング』




         エリザベートの記憶  第三幕


 それから暫くしてタンホイザーは軍事行動を開始した。まずは一個艦隊を本拠地の防衛に置き残った艦隊で以って周辺星系を帝国の勢力圏から引き離す作戦に出た。
「この辺りに帝国軍は展開しているか」
「いえ」
 部下達はそれに答えた。
「どうやらチューリンゲンでの戦いの後退いたそうです」
「チューリンゲンは占領しなかったのか」
「どうやら。唯の遠征だったらしくて」
「ふむ」
 それを聞いてまずは考える目をした。彼はそこに帝国軍の何らかの意図を見出した。だがそれが何かまでは掴めはしなかったのだ。
「それではチューリンゲンまで彼等はいないのだな」
「はい」
 部下達は頷いた。どうやら事実であるらしい。
「チューリンゲンより離れた場所で行動しているようです」
「そしてそこでワルキューレと交戦中だそうです」
「彼等とか」
 それを聞いたタンホイザーの目が光った。
「では我々にはそれ程注意を払っていないな」
「はい」
「ではいい。そこが狙い目だ」
 彼はすぐに判断を下した。そしてその下にある軍に指示を下した。
「チューリンゲンまで進撃する」
「はっ」
「そして周辺星系を勢力圏に組み入れていく。勢力圏を築き上げていくぞ」
「わかりました」
「国力の充実にも務めよ。それでさらに艦隊を拡充させていくぞ」
「はっ」
 こうして彼はまずはチューリンゲンまで向かった。そこまでにある星系は空白地であり何の抵抗も受けず勢力圏に組み入れていった。そして彼は程なくチューリンゲンにまで入った。
「思ったより遥かに楽に帰ってこられたな」
「はい」
 チューリンゲンに降り立った彼に部下達が頷く。
「とりあえずはここまではよし」
 タンホイザーは暫くぶりに見るチューリンゲンの緑を見ながら言った。だが彼は今そこに懐かしさよりも決意を見出していた。今は懐かしさになぞ浸ることはできなかったのだ。
「大変なのはこれからだ」
「どうされますか」
「軍事と行政の拠点をここに戻す」
 彼は言った。
「そしてここから帝国軍への反撃を開始する。いいな」
「ワルキューレは」
「前にも言った筈だ。彼等が来るならば」
 その声がまたしても強いものになった。
「倒す。いいな」
「わかりました。それでは」
「まずは今動員可能な艦隊を知りたい」
「艦隊ですか」
「そうだ。何個いるか」
「陛下を御守りする艦隊を入れて三個です」
 部下の一人であるハインリヒ=デア=シュライバーが述べた。
「三個か」
「実質的に動かせられるのは二個ですが」
「まずはそれを使うか」
 彼は考えながら述べた。
「それで敵の勢力圏の後方に回っていく」
「後方に」
「そうだ。彼等が紫苑の海賊に気をとられている間にその勢力を侵食していく」
 彼は自分の考えを述べた。
「ニーベルングの軍は決して侮れない。それはわかるな」
「はい」
 部下達もそれに頷いた。彼等もバイロイト、そしてニュルンベルクの崩壊の話は聞いていた。それによりヴァルター=フォン=シュトルツィングが帝国と対立関係に入ったことも当然ながら知っていた。
「それを考慮すると今の我等の戦力では不利だ」
「だからこそですか」
「そうだ。向かって来る敵だけを叩く」
 彼は言った。
「まずはこちらから手を出すことは控えよ。よいな」
「はっ」
 こうしてタンホイザーはチューリンゲンを本拠地として帝国軍の背後に回り込む形で軍を進めた。そして一個艦隊をチューリンゲンに置き彼は二個艦隊を率いて自らその帝国領へと入っていった。彼は百隻の艦隊の指揮を執っていたのであった。
「公爵」 
 ローマの艦橋でハインリヒが声をかけてきた。
「どうした」
「早速敵艦隊がこちらに向かって来ておりますが」
「数は」
「一個艦隊。五十隻程度です」
「そうか。艦隊としては数が多いな」
「おそらくはこの辺りの星系全体の防衛を担う艦隊の様ですが」
「ならば都合がいい。彼等はこちらに向かって来ているのだな」
「はい」
「迎え撃つ。全軍攻撃態勢に入れ、いいな」
「わかりました」
 彼はその下にある全ての艦艇に戦闘用意を命じた。そしてその場で陣を整え敵を待ち構えたのであった。
 彼は陣を敷く際左にアステロイド帯がある場所を選んでいた。そしてその後ろには恒星があった。それで双方からの敵襲を防いでいたのであった。理に適った布陣であった。
 そのまま敵を待つ。やがて前方に敵の艦隊が姿を現わした。
「数は」
「五十隻程です」
「そうか、報告通りだな」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「では予定通り作戦を執り行う。よいな」
「了解」
 まずタンホイザーは艦隊を前に出してきた。そして一度攻撃を交えた。
 すぐに帝国軍は反撃を加えてくる。タンホイザーはそれを受けるとすぐに退却を命じた。
「ひけ」
 それに従い彼の軍は兵を退く。帝国軍はそれを見て彼等が敗れたものと認識した。
 すぐに追撃を仕掛けてきた。だがこれこそがタンホイザーの狙いであった。
「よし、今だ!」
 彼は突如として叫んだ。
「攻撃開始!」
 その声と共にアステロイド帯からビームとミサイルの斉射が加えられた。帝国軍はこれを右側面にまともに受けた。
「攻撃成功です!」
 それを見た部下達が言う。見れば敵軍はその奇襲により混乱状態に陥っていた。
 本軍も反転する。そして帝国軍への攻撃に参加する。これで戦いの趨勢は決まった。
 戦いはタンホイザーの軍の圧勝に終わった。帝国軍はその艦艇の大半を失い残った者も多くが捕虜となった。これによりタンホイザーは周辺星系の大部分を手中に収めることとなった。
 だが彼はこれで満足してはいなかった。すぐに次の手を打った。
「まずはこの一帯とニュルンベルクのルートを確かなものとする」
 彼は言った。
「ニュルンベルクを拠点とされてですな」
「そうだ。そしてそこから北上し帝国軍の後背を衝いていくぞ。よいな」
「了解」
 こうして作戦は決定した。タンホイザーは艦隊をさらに一個設けると共に戦力を充実させ、そのうえで北上を開始した。そしてそのまま帝国軍の星系を侵食していったのである。 
 その間多くの情報が入ってきた。その中で一つ気になるものがあった。
「パルジファル=モンサルヴァート」
「御存知でしょうか」
「聞いたことはある」
 タンホイザーはラインマルの言葉に応えた。
「確か兵器の密売商人だったな」
「はい」
「顔を仮面で隠していて男か女かもわからないと聞いているが」
「その彼が何かと動き回っているそうです」
「動いているのか」
「はい。トリスタン=フォン=カレオール博士の軍の立ち上げに全面的に協力したそうですし」
「カレオール博士のか」
 タンホイザーはそれを聞いてまた考える顔になった。
「あの帝国きっての天才科学者と謳われた」
「そうです。彼もまたクンドリーという女を追っているらしくて」
「またクンドリーか」
 またしてもその名を耳にした。
「ジークムント=フォン=ヴェルズングが追っているという」
「はい、どうやら同一人物であるようです」
「ヴァルター=フォン=シュトルツィングのところにもいたそうだな」
「そうなのですか」
「ああ。この前小耳に挟んだ」
 彼は情報収集能力にも優れている。だからこうした話も聞いているのだ。
「あの女もまた何かと色々と動き回っているようだが」
「そういえばあの女に関して一つ気になる話があります」
「またか」
「はい。どうやらワルキューレもまた彼女を追っていたそうです」
「何故だ」
「どうやら。破壊工作を行われたらしくて」
「破壊工作を」
「はい。何でも首領であるジークフリート=ヴァンフリートの暗殺を狙い旗艦にテロを行おうとしたとか」
「大胆なことだな」
「それで彼女を追っていたそうですが」
「そうだったのか・・・・・・いや待て」
 タンホイザーはここであることに気付いた。
「追っていたのか、クンドリーを」
「はい」
「そうだったのか」
「何かあったので」
「わからないか。チューリンゲンでのことだ」
「チューリンゲンでのこと」
「あの時ワルキューレは急に我々の前に姿を現わしたな」
「はい」
「何の脈絡もなくだ。だが彼等には理由があったのだ」
「それは」
「そう、クンドリーだ」
 彼は言った。
「ワルキューレはクンドリーを追っていた。だからあの時チューリンゲンに姿を現わしたのだ」
「そうだったのですか。しかし」
「ヴェーヌスのことはわからない」
 タンホイザーもそこまではわかっていなかった。
「だが彼等がヴェーヌスを監禁しているのならば何としても奪還する」
「はい」
 言葉が強いものになっていた。
「受けたことには必ず礼をする。それがオフターディンゲン家の家訓だからな」
「わかりました。ただここで一つ妙な動きがあるのですが」
「妙な?」
「はい、帝国ですが」
 ヴァルターが言った。
「クリングゾル=フォン=ニーベルングがこちらの戦線に向かっているそうです」
「ニーベルングが」
 それを聞いたタンホイザーの表情が一変した。
「それは本当のことか」
「まだ未確認ですが」
「場所は」
「ラインゴールド星系です」
 ヴァルターはまた答えた。
「そこでこの戦線の総指揮にあたるようですが」
「我々とワルキューレに備えてか」
「戦略的にはそのようです」
 ヴァルターは落ち着いた声で述べる。
「他にも理由があるかも知れないですが」
「それだけで理由としては充分だな」
 タンホイザーは述べた。
「それでは次の戦略目標は決まった。正確に言うならば戦略の変更だ」
「ラインゴールドに向けて進撃ですね」
「そうだ。まずはラインゴールドまでの進路を確保する」
「はい」
「そして勢力圏にある星系の国力を回せるだけ使ってもう一個艦隊作る。そしてチューリンゲン防衛艦隊と含めて五個艦隊とする」
「その艦隊でラインゴールドに攻撃を仕掛けるのですね」
「そうだ。すぐに動くぞ」
 彼は言った。
「準備が整い次第な。ラインゴールドへのルートを確保したならば以後防衛に務める」
「はい」
「四個艦隊が揃ってから一斉に動くぞ、いいな」
「了解」
 こうしてタンホイザーの軍は戦略方針を固めた。まずはラインゴールドへのルートを確保するべくその道にある星系を全て占領することにした。






反撃〜。
美姫 「ラインゴールドへ至る星系全ての占領なんて出来るのかしらね」
そこをどうするのかが、見ものじゃないか。
一体、どうなるのかな。
美姫 「ババーンと超兵器でもって」
いやいや、そんな話は出てきてないし。
美姫 「じゃあ、どしろってのよ」
いや、普通に侵攻してだな。
美姫 「どうやって」
それをこれから楽しみに待つんじゃないか。
美姫 「そうだったわね」
おいおい。
美姫 「それじゃあ、次回を楽しみにしてますね〜」
ではでは。



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