『リング』




           ローゲの試練   第一章

 銀河の戦乱により多くの血が流れていた。そして彷徨う者達も多く出ていた。
 その中でかって帝国の基幹戦力であった艦隊は各地に四散している状況となっていた。だがその中で比較的安定した状態にあり軍を維持している者達がいた。
 かって銀河帝国の艦隊司令の一人であり軍の要職にあったローエングリン=フォン=ブラバントの軍である。彼は自らの下にあった五個艦隊をほぼ無傷でブランシュヴァイク星系に置いていたのである。
 彼はかっての帝国では名門の出身であり優秀な提督として知られていた。リェンツィ帝の忠実な腹心であったリスト=フォン=ブラバントを叔父に持ち、その地位も高かった。堅実で無駄のない采配で知られ、最年少の元帥になるのも時間の問題とさえ言われていた。
 だがクリングゾルの軍がその運命を変えた。仕えるべき国家と皇帝、そして叔父をなくした彼は帝国に反抗する道を選んだがとりあえずは戦力を維持する為にブラウンシュヴァイクに逃れた。そしてそこで帝国に反抗する機会を覗っていたのであった。
「宜しいのですか」
 そのブラウンシュヴァイク星系の惑星の一つオスカーの軍事基地の司令室に彼はいた。そして部下の一人の問いに耳を傾けていた。
「何がだ」
 司令の椅子には若い男が座っていた。赤茶色の髪を後ろに撫で付け、ブラウンの目を持っている。絵画の様に整った端整な顔を持ち、そこには堅実で知的なものさえ漂っていた。丈の短い黒い軍服を着ておりそれが実によく似合っていた彼がそのローエングリン=フォン=ブラバントであった。ここに展開している軍の司令官でもある。
「ジークムント閣下を向かわせて」
「構わない」
 彼はそれよしとした。
「一個艦隊ならば。もうじき再編成出来る」
「いえ、そういう問題ではなく」
 部下はまだ言葉を続けた。
「閣下は。あのご気性ですから」
「一軍を指揮するのには合わないと言いたいのだな」
「はい」
 彼は答えた。
「あくまで私の考えですが」
「確かに彼の気性は激しい」
 ローエングリンはまずはそれを認めた。
「はい」
「それは艦隊の司令としてどうかと思う。卿の危惧はそうした意味で的確だと言えるな」
「では何故」
「だが誰にも欠点はあるものだ」
 彼はここで述べた。述べながら席を立つ。
「誰にでもな。そして」
 言葉を続ける。
「長所も。彼にはそれを補って余りある長所があるのだ」
「それは」
「センスだ」
 ローエングリンは言った。
「センス」
「そう、彼は天才的な戦争のセンスがある。これはおそらくこの銀河一だろう」
「天才ですか」
「その点では私なぞ足下にも及ばない。特に航空機を使った作戦はな」
「閣下は元々戦闘機に乗っておられましたから」
「それもある。だが彼は言うならば軍人になるべくして生まれてきたのだ」
 ローエングリンがここまで人を褒めるのは珍しかった。いつもは人の評価そのものをあまり口にはしない男であるからだ。
「だから安心していい。彼ならばきっとやってくれる」
「メーロトの捕獲をですか」
「それだけではない。クンドリーももしかするとな」
「クンドリーも」
「あの女の居場所はまだわからないのだな」
「はい」
 部下は答えた。
「行方は。ようとして」
「そうか」
 ローエングリンはそれを聞いて頷いた。
「また何処かで。暗躍しているのだろうな」
「おそらくは」
 部下は答えた。
「だが今はあの女に戦力を割くことはできないな」
「メーロトの追跡だけで手が一杯ですから」
「ヴェルズングならやってくれると思うがな」
「はい」
 部下はその言葉に頷いた。というよりは頷くしかなかったと言ってよかった。
「空母を中心とした艦隊を任せられたのですね」
「そうだ。メーロトは今大軍を率いてニーベルングの帝国に反抗する勢力を潰していっているそうだな」
「その通りです」
「迂闊だった。あの男がニーベルングに寝返っていたとは」
「ですが何の為に」
「さてな。金や地位で動く男ではなかったが」
 ローエングリンはそう言いながら席を立った。そして後ろにある窓に顔を向けた。
「今我々もまた動こうとしている」
「はい」
「進撃の準備は出来ているな」
「無論です」
 部下は答えた。
「全艦隊の準備が完了しております」
「そうか。では各艦隊の提督達を呼べ」
「はっ」
 部下は敬礼で応じた。
「すぐに作戦会議に入る。よいな」
「了解」
 こうして各艦隊の司令が召集された。かくしてカイルベルト、ワルター、クナッパーツブッシュ、ベーム、クライバーといった提督達が招集されたのであった。
「よく来てくれた」
 ローエングリンはまず彼等を前にしてこう述べた。
「今日集まってもらったのは他でもない」
「はい」
 提督達はそれを受けて頷いた。
「今日まで耐えたことを感謝する」
「それではいよいよ」
「そうだ。我が軍は動く」
 彼は言った。
「帝国に対してな。攻勢に出る」
「そうですか。思えば長い雌伏の時でした」
 ワルターがそれを聞いて言う。
「帝国の崩壊以後。我等はここで時を待っていました」
「そしてその時に備えて兵を養ってきました。その苦労が今報われるのですね」
「そうだ」
 ローエングリンはカイルベルトとベームに対して答えた。
「五個艦隊でまずはそれぞれの星系を解放していく」
「はい」
「そして然る後にこちらに派遣されている帝国軍を討つ。よいな」
「わかりました」
 提督達はその言葉を聞き頷いた。
「それではすぐに」
「だがここで問題がある」
 ローエングリンははやる彼等に釘を刺すことも忘れなかった。
「問題」
「そうだ。その帝国軍の将だ」
 彼は言う。
「この星域に派遣されているのはフリードリヒ=フォン=テルラムント提督だ」
「テルラムント」
 提督達は彼の名を聞き思わず声をあげた。
「かって帝国で名将と謳われた男だ。知っているな」
「無論」
 ベームがそれに頷いた。
「かっての同僚でもありました故」
「そうだ。ではどれだけ手強い相手かもわかるな」
「はい」
 彼等はローエングリンの言葉にまた頷いた。
「まさに名将と言えましょう。いささか猪突猛進ですが」
「そうだ。そして気になることが一つある」
「それは」
「彼の参謀だ」
「参謀」
「そうだ」
 ローエングリンは言った。
「彼の参謀は女だ」
「女」
「名をオトフリートというらしい」
「オトフリート!?」
 提督達はまた固有名詞を口にした。だがそれはテルラムントの名を口にした時とは異なり懐疑的な響きを持つ呼び方であった。
「誰でしょうか、それは」
「やはり知らないか」
「申し訳ありませんが」
 クライバーが答える。
「何者なのでしょうか、その女は」
「残念だが私も知らない」
 ローエングリンも知らないと言った。
「だがかなりの策士らしい。注意しておくことにこしたことはないな」
「わかりました。では」
「うむ。まずは進撃する」
「ハッ」
 提督達は一斉に応えた。そしてローエングリンの指揮の下一路進撃を開始した。最初の目標は既に決まっていた。
 ミュンヘン。この辺りで第一の星系であり産業も盛んである。そして交通の要衝であり、ここを抑えることが戦略の第一目標と考えられていた。その為ローエングリンはまずここを目指したのであった。






いよいよ第三部〜。
美姫 「今度はどんな物語が…」
今度は策士タイプがいるみたいだし。
美姫 「どんな戦いが待っているのかしらね」
次回も待っています。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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