『リング』




             ローゲの試練  第五章



「敵の司令官自ら乗り込んで来たのか」
「はい」
 艦橋には黒い髭と髪の黒い軍服とマントを身に着けた男がいた。彼がこの宙域全体の帝国軍の司令官でありかっては第四帝国で名将と謳われた男フリードリヒ=フォン=テルラムントであった。
「ローエングリン=フォン=ブラバント提督自ら」
「何ということだ」
 テルラムントはその報告をあらためて聞いて顔を蒼ざめさせた。
「まさか彼自らやって来るとは」
「司令、何を恐れておられるのですか」
 うろたえるテルラムントに対してその横にいる軍服の女が冷静な声で言った。見れば赤く長い髪に青い目の妖艶な美女であった。切れ長の目に白く透き通った肌、そして細長い顔をしている。
「それではその敵将を倒せばいいではないですか」
「オルトルート」
 テルラムントはその軍服の女に顔を向けた。そして言った。
「簡単に言ってくれるがな」
「ローエングリン=フォン=ブラバント提督でしたね」
「そうだ」
 彼は答えた。
「かって第四帝国で名将と言われた男だぞ」
「ならば司令と同じではありませんか」
 オルトルートはやはり動じることなく返した。
「司令もあの国で名将として名を馳せたではありませんか。それならば今為さることがおわかりの筈です」
「ブラバント提督を倒す」
 彼は呻く様に呟いた。
「そう言わせたいのだな、わしに」
「はい」
 オルトルートはその紅の唇を曲げて笑った。媚惑的な笑みであった。
「おわかりでしたか」
「確かにここであの男を倒せば戦局は変わる」
 敵の司令官を倒せば。それで戦局は逆転する。今の絶望的な状況からでも。それは彼にもわかっていた。だが。
「倒せるのか、あの男を」
 ローエングリンは戦術戦略だけではない。剣も銃も非常に秀でたものを持っている。それはこのテルラムントも知っているのである。
「果たして」
「何、容易なことです」
 だがオルトルートはそれを聞いてもやはり動じてはいなかった。
「所詮は人間なのですから」
「そう簡単に言ってくれるが」
「司令」
 ここでオルトルートのその青い目が無気味に光った。赤く光っていた。
「うっ」
 それを見たテルラムントの動きが止まった。そして金縛りにあったようになった。
「大丈夫です。この男には勝てます」
「勝てるのか」
「はい。ですから安心してお向かい下さい」
「わかった。それでは」
 テルラムントの目から光がなくなった。そして傀儡の様に感情のない顔でローエングリンに向かって来た。
 ローエングリンにはそれがどうしてなのかわかった。テルラムントの動きを見ればそれは一目瞭然であった。
「術か」
 彼は言った。
「それで。テルラムント提督を操っているな」
「さて」
 だがオルトルートはローエングリンのその問いにとぼけてみせた。
「何のことか」
「そしてその術。只の術ではない」
 誤魔化されはしなかった。彼はそこにオルトルートの得体の知れない無気味なものを感じていたからだ。そしてそれは認識せざるを得ないものであった。
「我々の知っているどの技でもない」
「では何と仰るのですか」
「そこまではわからぬが。貴様は我々の一族とは違うな」
 彼は言った。
「この銀河を治めていた我々とは。言え、貴様は何者だ」
「さて」
「そして何を考えている。答えてもらおうか」
「答えて頂きたいのならまずは生きてもらいましょう」
 オルトルートは妖しい笑みを浮かべながらローエングリンに対して言った。
「司令を倒して」
 テルラムントが襲い掛かって来た。彼はビームソードを持って彼に斬り掛かって来た。
「くっ」
 ローエングリンはその太刀をかわした。そして自らも剣を抜く。
「どうやら。まともに教えてはくれないようだな」
「教えるも何も」
 オルトルートはさらに言う。
「司令にはここで死んで頂きます。我等が一族の為に」
「我等が一族の為に!?」
「それ以上は冥界で御聞き下さい」
 オルトルートも銃を放って来た。しかしローエングリンはそれもかわした。彼は剣術も体術も突出したものを持っているのであった。
「それでは御機嫌よう」
 再び狙いを定める。テルラムントも同時に襲い掛かる。それで万事休すかと思われた。
 だがそれは早計であった。ローエングリンは跳んだ。それでテルラムントの剣もオルトルートの銃も同時にかわしたのであった。
「ヌッ」
 オルトルートの声が漏れた。だがローエングリンはその間にテルラムントを上から斬った。それで頭を後ろから前に斬る。
 そして回転しながら態勢を立て直しオルトルートに襲い掛かる。ビームソードを投げてきた。
 それは彼女の胸を貫いた。明かに致命傷であった。 
 着地した時既に二人は床に倒れていた。テルラムントは即死であった。
 だがオルトルートはまだ息があった。ローエングリンはそれを確認すると彼女の方に歩み寄った。そして問うた。
「さて、教えてもらおうか」
 彼は胸を貫かれ倒れ伏すオルトルートに対して声をかけた。
「貴様は一体何者なのかを。いいか」
「うう・・・・・・」
 オルトルートは口から血を吐き出していた。もう助からないことは明らかだった。だがそれでも彼は問うた。何か知っているのは間違いないからだ。
「わ、私は・・・・・・」
「私は?」
「ニーベルング」
 彼女は言った。
「ニーベルングの一族。名をオルトルート=フォン=ニーベルングという」
「クリングゾル=フォン=ニーベルングの一族だったのか」
「そうだ。クリングゾル様は我等の長」
 オルトルートは言う。
「偉大なる我等の主。全てを統べられる方だ」
「そうか、あの男はニーベルング族の主だったのか」
 ローエングリンはそれを聞いて心の中で頷いた。
「そして。あの術もニーベルング族の術だったのだな」
「そうだ」
 彼女はそれを認めた。
「人の心を操る術。これは我がニーベルング族が得意とするもの」
「やはりな」
「我等はそれで以って軍を支配してきた。今の軍も」
「そうだったのか。それだからこそか」
 ここでローエングリンが思っていた謎が一つ消えた。
 それは何故クリングゾルの軍が急激に増強されたかである。その理由の一つがこれであったのだ。オルトルートのように人を洗脳し、操っていたのであった。
「そして我等も」
「我等も?」
「そこまで教える義理はない。もう充分教えるべきことは教えた」
「教えぬつもりか」
「その後は。自分で調べるがいい。生きていればな」
 絶え絶えになった声で最後の力を振り絞って述べる。
「ローエングリン=フォン=ブラバント」
 彼の名を呼んだ。
「ラートボートへ行くがいい。そして」
「そして?」
「自らの運命を知るがいい。地獄でな」
 そう言い残して息絶えた。だが最後の声はどういうわけか男の声にも聞こえた。それが異様ではあった。
「地獄か」
 ローエングリンはその最後の言葉に反応を示した。
「何時かは行くことになるだろうな。だが私が行く場所はヘルではない」
 彼は言った。
「ヴァルハラだ。それを言えないということは本来はこの女は軍人ではないということか」
 軍人ならば戦場で倒れた者が行く場所は一つしか言わない。ヴァルハラだ。そうした意味でテルラムントもオルトルートもヴァルハラへ行くのだ。そしてローエングリンも。だが今オルトルートはヴァルハラとは言わず地獄と言った。それが非常に奇妙なことであった。
「どちらにしろラートボートか」
 彼はまた言った。
「そこへ向かうとするか。地盤を固めてからな」
 テルラムントを破ったことによりこの宙域の帝国軍は全て崩壊した形となった。ローエングリンは勢力を固め、それと同時にラートボートへ兵を進める準備に取り掛かっていた。そのある日のことであった。






この宙域は制圧したのかな。
美姫 「制圧と言うべきか、取り戻したというべきか」
取り戻したはちょっと違うような。
美姫 「ともあれ、小さな一段落ってことよ」
さてさて、次回はどうなるのやら。
美姫 「次回も待っています」



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