『リング』




             ローゲの試練  第六章


「私にか」
「はい」
 カイルベルトが彼に応えた。
「御会いしたそうでございます」
「パルジファル=モンサルヴァートか」
 ローエングリンは彼に面会を願うその男の名を口にした。
「確か武器の闇商人だったな」
 噂は聞いたことがある。帝国と対立する立場にある者達に武器や資金を提供しているという。だがその素性は誰も知らないということだという。
「如何為されますか」
「私に会いたいのだな」
「はい」
 カイルベルトは答えた。
「その為このミュンヘンまでわざわざ来たのか」
「その様ですが」
「ならば会わないわけにもいくまい」
 彼はこう述べた。
「会おう。そして会見場所は」
「港で行いたいとのことですが」
「わかった。ではそこで会おう」
「はい」
 こうしてローエングリンはパルジファルと会うことになった。港に向かうともうそこに黄色い髪に重い金属を思わせる服を身に着けた男が立っていた。
「はじめまして」
 彼はローエングリンの姿を認めると一礼した。
「私がパルジファル。パルジファル=モンサルヴァートです」
「卿がか。話は聞いている」
 ローエングリンはそれに応えた。
「はじめて。私がローエングリン=フォン=ブラバントだ」
「ブラバント閣下、よくぞこちらにまでおいで下さいました」
「何、卿は客だ。客を出迎えるのは当然のこと」
 彼はこう返した。
「だからそれは気にはしないでくれ」
「わかりました」
「うん。それで私への用件とは」
「これについてで御座います」
 彼はそれに応えて後ろを指差した。
「あれを御覧下さい」
 彼が指し示す先には一隻の戦艦があった。
「あれは私が乗っている艦です。名はグラールといいます」
「グラール」
 ローエングリンはその艦を見て目を凝らしていた。
「お気付きでしょうか」
「気付かぬ筈がない」
 ローエングリンはパルジファルの言葉に応えた。
「あれは。私のケーニヒと同じではないか」
「はい、同型艦です」
 パルジファルは答えた。
「ケーニヒ級七番艦」
 彼は言う。
「それがあのグラールで御座います」
「そうか、同型艦だったか」
 ローエングリンはそれを聞いて頷いた。
「他にもあったのか」
「私は他にもあの艦艇を所有しておりました」
「そしてそれはどうした?」
「ある方々に提供しました」
 その質問にはこう答えた。
「その中には。ヴェルズング閣下もおられます」
「ヴェルズングにもか」
「そうです。全ては帝国と戦う為に」
 パルジファルはそう言う。
「提供したのです」
「帝国を倒す為か」
「はい。その為に私は生きているようですから」
「生きているよう!?」
 不思議な言葉であった。首を傾げずにはいられない。
「妙なことを言うな」
「実は私は記憶がないので」
 パルジファルはそれに応える形で言った。
「自分が何者すらもわからないのです。そう、何者なのかも」
「だが名前だけはわかっていたと」
「はい」
 その質問には答えることができた。
「ですが」
「その記憶は戻ってきているのか?」
「少しずつ。しかしそれは太古の記憶からなのです」
「わからないな。どういうことなのだ」
 ローエングリンにも流石にわからなかった。
「太古からの記憶とは」
「何故太古からの記憶が甦ってきているのか。私にもわかりません」
 彼にもそう返すしかなかった。
「ただ、それでもわかっていることがあります」
「それが帝国と戦うことか」
「そうです。気がついた時私は闇商人として銀河にいました」
 自身の身の上を語った。
「その時に知っていたのは自身の名だけ。パルジファル=モンサルヴァートという名だけでした」
「全てはそこからはじまったのだな」
「ええ。そして眠りに入る度に私の記憶は甦っていくのです」
 仮面の様なその帽子からは何も窺い知れることはない。だがその心には何か果てしない広大なものがあることはローエングリンにもわかった。
「一夜ごとに。銀河の創造から星達が出来上がり、そしてそこに生物達が生まれ出てくる」
「それを全て見ているのか」
「全ては。そして今は」
「今は?」
「このノルン銀河の想像を。見ております」
「果てしがないな」
「ですがおそらく眠る度に私は私自身が何者であるか知っていくのだと思います」
「眠る度にか」
「この世の半分は夢の世界です」
 パルジファルは言う。
「夢もまた。我々の住む世界なのですから」
「では卿はその二つの世界を行き来しているのだな?」
「いえ、一つの世界におります」
 しかしそれは否定した。
「夢の世界もまた我々の世界なのですから」
「そうか。そういうことか」
 彼の考えはわかった。だがそれはローエングリンの考える世界とはまた別のものであることもまた認識した。この世界はそれぞれが思うだけの世界があるのである。
「そして貴方は近いうちに夢を御覧になられるでしょう」
「私もか」
「はい。そして御自身を知られることになるでしょう」
 パルジファルの言葉にはえも言われぬ説得力があった。そして同時に深い知性もあった。まるで銀河の様に深遠な言葉であった。まるで魔術の様にローエングリンを引き込んでいた。
「何を為すべきなのか」
「あの女と似たことを言うな」
 ローエングリンはそれを聞いてふと呟いた。
「あのニーベルングの女と」
「では行かれる場所も承知ですね」
「うむ」
 静かにそれに頷いた。
「ラートボートだな」
「はい。是非行かれて下さい」
 パルジファルも言った。
「そしてそこで御自身の運命を知って下さい」
「わかった。どのみち行かなければならないからな」
 ローエングリンは頷いた。
「行こう。モンサルヴァート殿」
「はい」
「卿とはまた会うことになるかもな」
 そんな気がするだけだった。だがそこには確信があった。それは勘に過ぎないものであったが。
「その時はまた」
「うん、またな」
 パルジファルはモニターから姿を消した。ローエングリンは消えたモニターを見送った後で部下達に対して指示を下した。
「ラートボートへ向かう」
「はっ」
「クンドリーを捕らえるぞ」
 それが第一の目的であった。
「そして」
 自身の運命を知る為に。今彼はラートボートに向けて進撃を開始したのであった。
 既に帝国軍は存在してはいなかった。ラートボートまでの星系はこぞってローエングリンとその軍を出迎えその進軍は極めて楽なものであった。そして彼は程なくしてラートボートまで到着したのであった。
「ここまでは順調だな」
「はい」
 部下達がそれに頷いた。
「では降下しよう。陸戦部隊を出せ」
 彼はまた指示を下した。
「私も行く。よいな」
「了解」
 こうしてローエングリンはラートボートに降り立った。その周りは陸戦部隊で固めていた。だがこの時彼は特に戦闘をするつもりではなかった。その証拠にその陸戦部隊の装備も軽微であった。
 ラートボートはその要所を一つずつ制圧していった。予想された抵抗もなくそれは順調に進んだ。
 だがローエングリンはそこに違和感を感じていた。ここにはクンドリーがいる筈だからだ。
「おかしいな」
 彼は本陣において陸戦部隊の作戦の進行状況を見て言った。
「帝国軍の姿もないな」
「既に撤退したのではないでしょうか」
「クンドリーがいるというのにか?」
「何らかの事情で。退かざるを得なかったのかと」
 フルトヴェングラーが述べた。
「若しくは別の事情でここからいなくなったのでは」
「別の事情」
 それを聞いたローエングリンの眉が動いた。
「まず考えられるケースは軍の崩壊か」
「はい」
「あの帝国軍に限ってあまり考えられないことではあるがな」
「ですが軍港等を見る限り撤退の痕跡はありません」
「そうなのか」
「はい。先程入った報告によるとそうです」
「増々妙だな」
 ローエングリンはそれを聞いてさらに呟いた。
「他の軍港もか」
「現時点で占領している軍港は全てそうです」
「わかった。では他の軍港も占領していくように」
「はっ」
「基地や他の軍事施設はどうか」
「やはり同じです」
 次席参謀であるカラヤンが答えた。
「兵士一人おりません」
「そうか。では他の地域に集結しているか」
「ケースとしては考えられます」
「では部隊には警戒を続けるように言ってくれ」
「了解」
 参謀達はそれに応えた。
「ではこのまま戦闘態勢のまま占領作戦を続けます」
「頼むぞ。そして何かあったら逐次知らせてくれ」
「わかりました」
 こうして占領作戦は続けられた。そして程なくしてラートボートの七割程が占領された。だがそれでも帝国軍の影はなかった。そして全ての軍港が占領されたがやはりそこにも撤退の痕跡はなかった。
「この惑星からは逃げ出してはいないということか」
「軍港を見る限り」
 フルトヴェングラーが言った。
「彼等は間違いなくこのラートボートにおります。生きているのなら」
「生きているのならな」
「ではこのまま戦闘態勢のまま残り三割の占領を」
「いや、待て」
 ローエングリンはラートボートの地図を見ながら言った。
「この山があるな」
「はい」
 ローエングリンはある山を指差した。見ればそこには残された地域で最大の帝国軍の軍事基地があった。
「ここを調べてみたい」
「調べてみるとは」
「私自ら行く」
 ローエングリンは言った。
「司令御自身で」
「そうだ。ここは僅かな精鋭部隊で向かいたい」
「そして司令が陣頭指揮を」
「そうだ。残された地域で最大の軍事拠点だ」
「はい」
「ならば何かあると思った方が自然だ。ここは奇襲を仕掛けたい」
「それで宜しいのですね」
「うむ、では留守の間は任せるぞ」
「お任せ下さい」
 フルトヴェングラーがそれに答える。
「御武運をお祈りしています」
「うむ」
 こうして彼は自ら僅かな精鋭を率いてその山に向かった。潜入までは上手くいった。





第三部もいよいよ終盤。
美姫 「潜入先の山には何が!?」
運命は刻一刻と動いている。
美姫 「果たして、その先に待つものとは」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る