『リング』




            イドゥンの杯  第六幕


 声も穏やかである。その声で彼に語り掛けているのである。
「わかっていたというのだな」
「それが貴方の運命ですから」
「面白いことを言うな」
 パルジファルとの話を思い出し心の中で笑った。
「運命とは」
「ここにいらしたことを運命と言わずして何と言いましょう」
「では私が最初からここに来ると思っていたのだな」
「はい」
 モニターの彼女は頷く。
「そして来て頂けないと困るところでした」
「困る」
「そうです。私の運命もまた同じなのですから」
 彼女は言った。
「その運命に従い。ここにいるのです」
「私に会う為に」
「すぐにおいで下さい」
 そしてまた言った。
「そして。全てをお話します」
「全てを、か」
「そうです。私はラートボートの氷の大地にいます」
「ここですね」
 部下達はそれを聞いて別のモニターにラートボートの地図を出す。そしてその北極にある帝国軍の基地を指し示した。
「そう、そこです」
 クンドリーはその指し示した場所を見て頷いた。
「私は。そこにいます」
「わかった。では今から行こう」
「はい」
 クンドリーはトリスタンのその言葉を聞き頷く。
「早く・・・・・・来て下さい」
 その声が懇願するようなものになった。
「さもなければ」
「さもなければ」
 それを聞いたトリスタンの眉が動く。
「全てが終わります」
「全てがか」
「少なくとも貴方は自分の運命を、そしてあらゆるものから遠ざかってしまいます」
「来なければならない。そう言いたいのだな」
「その通りです」
「言われるともな」
 だがトリスタンの返事は既にわかっているものであった。
「行く。だから安心するのだ」
「はい」
 それを聞いたクンドリーははじめて微笑んだ。
「では。お待ちしておりますね」
「うん。では待っているがいい」
「はい」
 ローエングリンに続く形でトリスタンもラートボートに降り立った。彼はクンドリーの待つ帝国軍の基地へ向かうのであった。
 基地の周りには敵軍はいなかった。基地の中にもいなかった。
「クンドリーは我々を騙しているわけではないようですな」
「そうだな」
 トリスタンは同行する部下にそう応えた。彼等は今極寒の地の為に装備を身に纏っている。そこは見渡す限りの氷の大地であり周りにはその氷と雪しかなかった。
 彼等はその中を進んだのである。そして今帝国軍の基地の中にいた。
「問題はクンドリーがこの基地の何処にいるかですが」
「おそらくは司令室だ」
「司令室」
「そうだ。彼女はそこから通信を入れていた」
 これは勘であったがおおよそのことがわかっていた。
「だから今も。そこにいる筈だ」
「左様ですか」
「だからそこに行けばいい」
 彼はこう言った。
「それだけで全てが済む。いいな」
「わかりました」
 部下達もそれに従い同行した。そして程無く司令部の前に辿り着いたのであった。そこに至るまで帝国軍の将兵は一人たりとも存在してはいなかった。
「ここだな」
 トリスタンは司令室の扉の前に立って言った。見れば左右にそれぞれ開く形の何の装飾性もない扉であった。
「ここにクンドリーがいる」
「では」
「待て」
 先に行こうとする部下達を制した。
「ここは私だけで行く」
「しかし」
「よいのだ」
 それでも行こうとする部下達をさらに制止する。
「彼女が私の命を狙っていないことはわかっている」
「はあ」
「そして話がしたいというのもな。わかっていることなのだ」
「ではここで待っていて宜しいのですね」
「うむ。私一人で済む」
 彼はまた言った。
「全てはな。では行って来る」
「畏まりました」
 こうしてトリスタンは扉を開け部屋の中へ入って行った。中はありきたりのコンピューターや様々な機器に囲まれた部屋であった。彼は今その中にやって来たのだ。
 扉が閉まる。すると前から声が聞こえてきた。
「ようこそ」
「やはりここにいたか」
「はい」
 前からクンドリーがゆっくりと姿を現わした。
「お待ちしておりました」
 彼女の細い身体が現われた。やはり黒く長いドレスをその身に纏っている。
「陛下もお元気そうで何よりです」
「少し失礼させてもらうぞ」
 部屋の中は思ったより暑かった。彼は防寒着を脱ごうとする。
「ええ、どうぞ」
 クンドリーはそれを認めた。そして彼はそれを脱ぎ普段の服装になった。そのうえでクンドリーに対して問うた。
「まずは聞きたいことがある」
「はい」
「ファフナーのことだが」
 最初はそれであった。
「私の研究を盗んだな」
「はい」
 クンドリーはその言葉にこくりと頷いた。
「その通りです」
「そうか」
 予想していたことだが今真実がわかった。
「そしてあれを完成させたのだな」
「左様です。その為に陛下のお側に参りました」
「やはりな。ではそれはニーベルングの命令によるものだな」
「そうです」
 そしてそれも認めた。
「私は。普通の者ではありません」
「どういうことだ」
「私は。ニーベルングの一族なのです」
「ニーベルングの」
「はい」
 クンドリーはこくりと頷いた。
「クリングゾル=フォン=ニーベルング様の一族、それがニーベルング族なのです」
「ニーベルングのか」
「私も。メーロトも」
「彼も」
「そうです。ニーベルング族なのです」
「だがそれだけでニーベルングの部下になったのか」
「いえ」
 その細い首をゆっくりと振る。
「私達はあの方に逆らうことができないのです」
「それは何故だ」
「血です」
 クンドリーは言った。
「血」
「はい。ニーベルングの血脈を持つ者は。クリングゾル様に逆らうことは出来ません」
「絆故にか。一族の」
「それもあります」
「では他には」
「クリングゾル様は我々の心に入ることが出来るのです」
「何っ」
 それを聞いて流石に驚きを隠せなかった。
「馬鹿な、そんなことが」
「信じられないでしょうが本当のことなのです」
「・・・・・・・・・」
 トリスタンは沈黙してしまった。クンドリーの悲しげな声、それが何よりの証拠であったからだ。彼はその言葉が真実のものであるとわかったのだ。
「私達は。クリングゾル様のコントロールを受け。その意のままに動くのです」
「だからか」
 彼はそれを聞いて気付いた。
「卿がイドゥンの技術を盗んだのも」
「はい」
 またこくりと頷いた。悲しい顔で。
「全ては。クリングゾル様の御意志です」
「そうだったのか」
「陛下の思われる通りあれはファフナーに使う為に私が持ち去ったものです」
「そしてファフナーは完成した」
「そうです。そしてバイロイトとニュルンベルクは」
「全ては。ニーベルングにより」
「・・・・・・・・・」
「あの男の野心の為か」
「否定はしません」
 トリスタンの言葉は真実であった。今のクンドリーは真実を否定する者ではなかった。
「クリングゾル様は。この銀河を手中に収めようと考えておられます」
「何の為にだ」
「野心の為。そして」
「そして!?」
「ニーベルングの血脈の為に」
「その為には他の者なぞ構わないということか」
「我々はこのノルン銀河にいる多くの者とは違うのです」
「何っ」
 また一つ疑問が生まれた。
「それは一体」
「トリスタン様」
 クンドリーは言った。
「ヴァルハラ双惑星にお向かい下さい」
「ヴァルハラに」
「はい。そこで運命が貴方を待っておられます」
「また運命か」
 パルジファルの言葉が思い出される。彼と同じことを言っていた。立場は全く違う筈なのに。
「貴方もまた。そこへ行かれるべき方なのです」
「他の六人と共にだな」
「それを何処で御聞きに」
「一人の男からだ」
 トリスタンは答えた。
「モンサルヴァート。パルジファル=モンサルヴァートという男からだ」
「そうですか、あの方から」
 どうやら彼のことは知っているようであった。その名を聞いたクンドリーの声が安堵したものになる。
「ではもう迷うことはありません」
 彼女はそのうえで言った。
「ヴァルハラへ向かわれるのです」
「そこに運命があるのだな」
「はい」
 彼女は答えた。
「全てが。そして二つの血族の戦いが」
「二つの血族の」
「一つはニーベルング。そして一つは」
 声が薄れた。
「うっ」
「どうしたんだ?」
「どうやら時間のようです」
「時間」
「はい。お別れの時が来ました」
「どういうことなのだ」
「私は。既に実体はないのです」
 クンドリーは悲しい声でこう述べた。
「ですから。ニーベルング様に心を奪われることがなかった」
「実体がないとは」
「私は。もう死んでいるのです」
 クンドリーはその顔も悲しくさせた。
「死んでいると」
「はい。ですから陛下に早く来て頂きたかったのです」
「何故だ、何故卿が死んだ」
「運命によって」
 それが彼女の返事だった。
「運命」
「そうです、私がここで死ぬのも運命だったのです」
 その悲しい顔で笑みを作った。
「全ては。運命だったのです」
「一体このラートボートで何があったのだ」
「陛下」
 クンドリーはトリスタンに対して言った。
「それももうすぐおわかりになられることと思います」
「!?」
 トリスタンにもその言葉の意味はすぐには理解できなかった。
「もうすぐ貴方は一人の若い男を蘇られます」
「若い男を」
「そう、そしてその時こそ貴方の運命の歯車は回るのです」
 クンドリーの身体は次第に薄れていっていた。
「それをお伝えするのが私の最後の仕事でした」
 遂には顔も薄れていった。
「けれどそれもこれで終わりました。私の仕事は終わったのです」
「待て、クンドリー」
 トリスタンは薄れていくクンドリーを呼び止めようとする。
「私はまだ卿に聞きたいことがあるのだ」
 そう彼女に言う。
「ヴァルハラに行けば。何があるのだ」
「全てが」
「全てだと。それは一体」
「私が知っているのはここまでです」
 だがクンドリーは声までも薄れてきていた。
「そしてこの世に留まれるのももう」
「くっ」
「さようなら、陛下」
 彼女は最後に言った。
「また。運命の輪廻の中で巡り合いましょう」
「クンドリー、行くな!」
 だが彼にはどうこうすることも出来なかった。肉体がないのならイドゥンを使ってもどうにもなることではないからだ。諦めるしかなかった。
 クンドリーは完全に消えた。後にはトリスタン一人が残った。





これがローゲの最後に繋がるわけだ。
美姫 「なるほどね〜」
いやいや、壮大な物語だな。
美姫 「これから、どう絡んでいくのかしらね」
徐々に一つ所へと収束していく。
美姫 「その先には何が」
次回も待っていますね。
美姫 「待ってま〜す」



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