『リング』




            ラグナロクの光輝  第四幕


 七人いた。七人の侍従達はそれぞれの戦士達の前にグラスを置く。そしてそこに紅のワインを注ぎ込むのであった。
 紅の液が部屋を紅い光で染め上げる。それはまるで勝利の赤い光の様であった。
「それでは皆さん」
 パルジファルが六人に声をかける。
「宜しいですね」
「ああ」
「最初の決戦に向けて」
「そして鍵を手に入れる為に」
「今戦場へ」
 七人は一斉に杯を手に取った。そしてそれぞれの手でその杯を高々と掲げる。その光がさらに部屋を照らしだした。まるで勝利の光が七人に降り注いでいるようであった。
「勝利の為に」
「栄光の為に」
 今彼等は誓い合った。その勝利と栄光を。連合軍はムスペッルスヘイムに入った。遂に彼等は敵の要地へとその足を踏み込んだのであった。
 ムスペッルスヘイム。九の恒星が漂う炎の星系。今ここに連合軍は足を踏み入れた。
 目指すスルトはまだ遠い。そしてその前には百個艦隊が立ちはだかる。
 だが彼等はあえてここに足を踏み込んだのであった。勝利を収める為に。五十個を越える連合軍の艦隊はその九つの恒星の間を進んでいた。
「敵の動きは?」
 パルジファルは直属の部下達に問う。
「既に我々の動きを掴んでいるものと思われます」
 主席参謀であるグルネマンツが答えた。
「第五恒星付近で今集結しています」
「そうですか」
 パルジファルはそれを聞いてその兜の奥にある目を光らせた。
「予想通りですね」
「ですがどう為されますか?」
 グルネマンツは彼に問うてきた。
「今から第五恒星に向かっても集結途中の軍を叩くことは出来ません。この星系の複雑な磁場によって思うように進めない以上それは期待できないかと」
「それは承知のうえです」
 パルジファルはそれに言葉を返した。
「そのうえであえてここに来たのですから。私達は」
「私達は」
「そう、私達です」
 彼はその言葉を繰り返す。
「集結を止められないのならば構いません」
 あえてそれを見過ごすと言ってのけた。
「そこにいる敵艦隊は。どれだけですか」
「九十個です」
 グルネマンツは答えた。
「九十個ですか」
「はい。残る十個がスルト近辺に残っている模様です」
「スルトにですか」
「おそらくはニーベルングの護衛及び予備戦力だと思われます」
「成程」
 これはパルジファルの予想とは少し離れていた。彼は全戦力で決戦を挑むものと予想していたのだ。だがこれはかえって好都合であった。
「その九十個艦隊でこちらを迎え撃つつもりのようです」
「ではこちらに向かって来るのですね」
「おそらくは」
「わかりました。それでは」
 彼は全軍に指示を下した。
「まずはここに留まります」
「ここにですか」
「そうです、全軍ここで待機」
 彼は命じた。
「帝国軍の集結を待ちます。そして彼等がこちらに来たならば次の動きに入ります。宜しいですね」
「わかりました」
 グルネマンツはそこに彼の考えを見ていた。ここはそれを信じることにしたのだ。
「護りを固めておくように」
「はっ」
 第一恒星と第二恒星の間。丁度磁気のない場所において彼等は布陣していた。その周りは磁気が荒れ狂っている。その嵐の目の中で彼等は帝国軍を待ち受けたのであった。
「大丈夫なのか?」
 自軍の布陣する場所を見て危惧を覚える者もいた。
「ここにいて。若し敵が来たら」
「磁気に阻まれて動けなくなって」
「お陀仏、なんてことにならないよな」
「いや、まずいだろ」
 そう考える者もいた。
「本当に。ここにいたら」
「やられるよな」
「そうだよな」
「けどここまで来たらやるしかないだろ」
 同僚の一人がここで言った。
「どっちみち敵の方が多いんだぜ」
「けどよ」
「覚悟決めろって。それに敵さんはあの化け物みたいな竜じゃなくて普通の戦力だけなんだからな。その連中には別に苦戦はしてこなかっただろ」
「まあな」
「それはな」 
 彼等はそれぞれの主の下多くの戦場を潜り抜けてきた歴戦の者達である。戦いというものがわかっていた。帝国軍を幾度となく破ってもいる。だから同僚のその言葉でまずは落ち着いた。
「敵の方が多い戦場だってあったしな」
「それでも勝ってきただろう?」
「ああ」
「だから今ここにいるんだ」
「だったら。どっしり構えていようぜ」
 彼は言った。
「おたおたしてたらかえって勝てる戦いも負けちまうからな」
「そうか」
「そうだよな」
 それを受けて彼等の顔にも覇気が戻る。
「おどおどしてたら駄目だよな」
「ああ、どっしり構えないと」
「よし」
 兵士達は今覚悟を決めた。
「じゃあ待つか」
「敵が来るのをな」
「勝つのをな」
 彼等はパルジファル達を信じることにした。今その心に覚悟と宿った。その話はパルジファルの耳にも入った。彼はそれを聞いて満足したように頷いた。
「よいことですね、流石です」
「流石ですか」
「今まで多くの戦場を潜り抜けてきたことはあります」
「ですね」
 六人は多くの激戦を戦い抜いてここまで来ているのだ。その将兵達も。だからこそ彼等はすぐに落ち着きを取り戻し、戦いに向かう気構えを整えたのだ。激戦を潜り抜けた経験が彼等をそうさせたのだ。
「では将兵の士気に関しては問題ないですね」
「後は我々が彼等を上手く率いるだけです」
「はい」
 パルジファルは応えた。
「それさえ整えば。そして」
「作戦はお任せ下さい」
 パルジファルは部下に対して言った。
「全ては私の頭の中にあります」
「では」
「勝利は。間違いないです」
 彼の言葉は力強いものではない。だが絶対の説得力がそこにはあった。そうした人を納得させることの出来る言葉もまた彼の持つ能力の一つであった。
「間違いないですか」
「そうです。ですから」
「今は動揺しないことが第一と」
「宜しいですね」
「はっ」
 部下達はそれに応えた。一斉に敬礼する。
「動揺さえなければ。勝利が我等が手に」
「我等が手に」
 パルジファルは兵を上手く統率していた。他の六人もそれは同じであった。そして帝国軍を待っていた。
 やがて帝国軍が迫るとの報告が届いた。潮流に乗りこちらに高速で向かって来ているという。
「そうですか」
 その報告を聞いたパルジファルの兜の奥の目が光った。
「やはり」
 それもまた彼の予想通りであったのだ。ならば。彼の用兵は決まっていた。
「すぐに全軍に指示を」
 彼は即座に動いた。全軍に指示を出す。
「右手の潮流に入ります」
「右手の潮流に」
「そうです」
 ムスッペルスヘイムを流れる複雑な宇宙潮流。その中の一つに入るというのだ。
「そしてその流れに従って動きます。いいですね」
「全軍ですね」
「そう、全軍です」
 彼は確かにこう言った。間違いはなかった。
「敵もまた全軍で来ているならば」
「我々もまた」
「そうです。そして決戦に挑みます」
「わかりました。それでは」
 連合軍は潮流に入った。そしてそれに従って動く。帝国軍はそれとは違う潮流に乗って連合軍に向かう。その流れは速く、止められないものであった。
 二つの潮流は複雑に絡み合っていた。帝国軍は連合軍が後ろに来たのを見て一斉に反転する。そして彼等はそこで激突する。ここで異変が起こった。
「帝国軍の動きが」
 見ればモニターに映る帝国軍の動きがおかしかった。彼等はこちらに向かおうとしながらもその足が遅かったのだ。
「これは一体」
「かかりましたね、彼等は」
 パルジファルはそんな帝国軍を見て言った。
「かかったとは」
「潮流です」
 部下に応えて言う。
「潮流!?」
「そうです、彼等には確かに地の利があります」
「ええ」
「それを使って短期間でここまで来ました。それは間違いないです」
 地の利は明らかに敵にある。パルジファルはそれを完全に把握していた。それに誤りはなかった。
「しかし。それが仇になりました」
 それこそが彼の最大の狙いであったのだ。
「近付いて来る我が軍に対して彼等は反転しました」
「はい」
「しかしあの潮流の流れは強い」
「動きを阻害する程に」
「そう。彼等はそれを忘れていました。そして今」
「我々に。向かって行けない程にまで」
「しかし我々は違います」 
 動きが鈍る敵軍を見据えながら言う。
「潮流は我々の方から敵の方に流れています」
「では」
「はい。敵の攻撃は退けられ、我々の攻撃は乗る。最高の状況です」
 その通りであった。これこそがパルジファルの狙いであったのだ。
「全軍に伝えて下さい」
 そのうえで言う。
「総攻撃です」
「総攻撃」
「今こそここでの戦いを制する時です」
「うむ」
 モニターに一斉に六人が現われた。彼等もまたこの時を待っていたのである。
「卿の言葉通りになったな」
 まずはローエングリンが言った。
「我等は今潮流に乗っている」
「そして奴等はそれに押されちまっている」
 続いてタンホイザーとジークムントが。
「これこそが卿の狙いだったというわけだな」
「その通りです」
 パルジファルはヴァルターの言葉に応えた。
「それでは打ち合わせ通り宜しいですね」
「うむ」
 トリスタンが頷く。
「全軍総攻撃だな。既にその用意は出来ている」
 ジークフリートが言った。今こそその好機であった。
「では全軍火力を全面に集中」
「よし」
 六人は一斉にそれに頷いた。
「そして一気に」
「勝負を決める」
「後は勢いのまま攻め込みます」
 彼は総攻撃の後の攻撃にも言及した。
「それでは」
「全艦砲門及びミサイルランチャーを開け!」
 七人が指示を下す。それにより連合軍の全艦の砲門が、ミサイルランチャーが開かれた。帝国軍の攻撃はその間も続けられているが潮流に押されまともなものではなかった。碌に届いてさえいなかったのだ。当たるということすらままならなかった。間合いを取るのさえ満足に出来ないでいたのだ。
 それに対して連合軍は完全に頭を抑えていた。その差が如実に現われていた。
「照準合わせ!」
「照準合わせ!」
 命令が復唱される。照準も合わせられた。
 七人の腕が高々と掲げられる。今その息が完全に合わさっていた。
「撃て!」
 七人の攻撃命令が一斉に下された。その右腕が同時に振り下ろされた。そして驚くべき集中攻撃が帝国軍に浴びせられたのであった。
 その攻撃は潮流に乗り帝国軍を撃ち据えた。瞬く間に多くの艦艇が炎と化し銀河の中に消えていく。連合軍はその攻撃が終わってすぐに次の攻撃に移っていた。
「よし、次です!」
「うむ!」
 六人はパルジファルの声に応えた。
「全速前進!」
「全速前進!」
 連合軍はそのまま突っ込む。同時に攻撃を続け満足に動くことすらままならない帝国軍を薙ぎ倒していく。そして接近すると艦載機を繰り出してきた。
 これで勝負の流れは決まった。最初の総攻撃と突進しながらの攻撃によりその勢いと数を大きく減らしていた帝国軍は艦載機の攻撃を受け完全に崩壊した。為す術もなく倒されていき遂には壊走に移った。連合軍の追撃をかろうじて振り切り、スルトまで逃れた時にはその数の大半を失ってしまっていた。
「まずはこれでよし、ですね」
「大勝利だな」
「はい」
 七人はグラールに集まっていた。とりあえずの戦勝を祝っていた。
 だが戦いは終わりではない。戦いに勝利したとはいえ帝国軍はまだスルトにおりその予備兵力を含めるとまだ侮り難い戦力を持っている。彼等もそれはよくわかっていた。
「しかしもう一度戦わなければならないな」
 トリスタンがまず口を開いた。
「帝国軍はスルトに逃れている」
 次にジークフリートが。
「かなりの兵力を減らしたとはいえその兵力はまだ我々の兵力に匹敵する」
 そしてタンホイザーが。
「また大きな戦いがある。今度はどうするかだ」
「そうだな。また。大きな戦いになるな」
 五人はローエングリンの言葉に頷きパルジファルに目を向けた。
「まずはもう一度戦えるだけの燃料弾薬はある」
 ヴァルターが言った。
「それはな。そしてスルトまでもいけるぜ」
「はい」
 パルジファルはまずはジークムントの言葉に応えた。
「我々はこの勝利でスルトまでの道を得ました。そして燃料弾薬も承知しております」
「それでは」
「スルトに向かうのだな」
「それは言うまでもないでしょう」
 彼は六人にそう述べた。
「その為にこそですから」
「よし」
「ではいいのだな」
「補給路を確保しながら」
「うむ」
 行く先はもう決まっていた。七人は互いに頷いた。
 連合軍は補給路及び退路を確保しながらスルトへ向かって行く。帝国軍のゲリラ戦術はなくそこまでは何事もなく進むことが出来た。そしてスルトまであと僅かの距離まで辿り着いた。





一先ずは勝利を手にし。
美姫 「いよいよスルトへと向かう」
一体どんな戦いが待っているのか。
美姫 「次回はこの後すぐ」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る