『リング』




           ラグナロクの光輝  第十章


 彼女達はビブロストに案内した。その細長い回廊を通っていく。
「この道は長い間アース族の中でも限られた者しか知りませんでした」
「そうだったのですか」
「はい、我々のうち何人かがここを通り」
「そしてノルン銀河に広がっていったのです」
「ではノルン銀河の発展には貴女達が大きな力となってきたのですね」
「はい」
 彼女達はそれに頷いた。
「それは否定しません」
「第一帝国もそうでありました」
「最初の帝国も次の帝国も」
「ですが第三帝国は」
「ホランダー族が」
 そうなのだった。第三帝国はホランダー族の国であったのだ。それはもう彼も知っていたがあえて話されることであった。
「そうです、ですが第四帝国でまた我々の手に戻り」
「次の国は」
「ニーベルング族か、それとも二つの血脈を受け継いだ者か」
「二つの血脈!?」
 この言葉の意味はワルキューレ達にもわからなかった。
「総帥、それは一体」
 そしてパルジファルに問う。
「どういう意味なのでしょうか」
「私達にもわかりかねますが」
「リェンツィ帝のことは御存知ですね」
「はい」
「第四帝国の最後の皇帝です」
「彼の子供のことは聞いておられるでしょうか」
「勿論です」
 パルジファルの艦隊は回廊の中を進む。その中で話を続けていたのである。
「幼子の時に姿を消したとか」
「そして今だに行方が知れないと。そう聞いております」
「そうです。ですが」
 パルジファルはその言葉に頷いたうえで述べた。
「その子供が生き残っていたとしたら」
「えっ」
「そして彼がアース族とホランダー族の血を引いていたとしたら」
「確かリェンツィ帝の皇后は」
 ワルキューレ達はここで自らの記憶を辿った。辿りながら答えを探す。
「ゼンタ。ゼンタ=フォン=ダーラント」
「ダーラント家の長女でありました」
 ダーラント家は帝国においては屈指の名門であった。タンホイザーの仕えるチューリンゲン王家やトリスタンのカレオール家、ローエングリンのブラバント家に並ぶ名門とされている。文官の家であり代々重要な政治家を出している。彼女の父もまた帝国において数々の要職を歴任しており、その関係から娘が皇后となったのである。バイロイト崩壊の折に皇帝と共に死んだとされている。
「ダーラント家は第一帝国の時からの歴史があります」
「はい」
「アース族の血ですが」
「第二帝国の時には既に名家でありました」
 パルジファルはさらに話を続けた。
「第三帝国においても。かなりの力を持っていました」
「まさか」
 ここで彼女達は気付いた。
「そうです、系譜にはれっきとしたホランダー族の者もいますよ」
「それでは」
「その皇子は」
「はい、アースとホランダーの血を引くのです」
 パルジファルは話を核心に持ってきていた。
「その二つの血を」
「それは一体誰ですか?」
 ブリュンヒルテはどうしても気になった。若しその人物がいるならば彼が次の国の主となる。アースとホランダーの血脈により。嫌でも気になるというものであった。
「首領です」
「首領!?まさか」
「はい、ジークフリート=ヴァンフリート首領こそその皇子だったのです」
「まさか」
「いえ、これは事実です」
 パルジファルは驚きを隠せないブリュンヒルテに対して述べた。
「その証拠に皇子が姿を消したのは二十二年前」
「はい」
「首領がワルキューレの先代の首領に拾われたのも二十二年前。年が一致します」
「ですがそれだけでは」
「その容姿もまたリェンツィ帝と生き写しですが」
「それもありますが」
「まだありますよ」
 パルジファルはさらに述べた。
「物腰といい」
「確かにあれは一介の海賊の首領のものではありません」
 ジークフリートは不思議な気品とカリスマ性を持っていることでも知られている。それは確かに海賊の首領のそれを遥かに越えたものであったのもまた事実であった。
「また首領はその夢で皇帝になることを告げられておられます」
「皇帝に」
「このノルン銀河の」
「新たな帝国の」
「そうです。全ては運命なのです」
 それが彼女達の言葉であった。ジークフリートに対する。
「運命」
「あの方にも私達にも定められた。運命なのですよ」
「あの方はヴァルハラで皇帝になられるのですね」
「そうです、ニーベルングを倒しラグナロクに勝利を収められ」
 パルジファルはワルキューレ達にそう述べた。
「それが私達の運命」
「はい」
 パルジファルはブリュンヒルテにまた頷いた。
「では貴方達はこの戦いの後は」
「それぞれに戻ります。かっての場所に」
「あの五人の方々はですね」
「ですね」
 ヴァルター、タンホイザー、ローエングリン、ジークムント、そしてトリスタンの五人である。彼等は元々帝国においてかなりの地位にあった。よってその本来の居場所に戻るだけなのである。もっともこの戦いの功績により彼等はさらなる栄達を受けることになるであろうが。
「ですが総帥、貴方は」
「私ですか」
「はい、どうなるのでしょうか」
「さて」
 だがそれへの返答は得られなかった。
「どうなるでしょうか」
「何か」
 ブリュンヒルテはその返答になっていない返答に戸惑うしかなかった。これでは何もわかりはしないからだ。彼女とても知らないことは多いのだ。むしろ今ではパルジファルの方が知っていることは多いであろう。
「それでは全くわからないのですが」
「私は元々アースの人間でした」
「はい」
「その中でもとりわけアースの血が濃い。ヴォータンとフリッカの子」
 バルドルは嵐と戦い、魔術の神である隻眼の神ヴォータンとその正妻である女性の守り神フリッカとの間に生まれた子なのである。実はワルキューレ達もまたヴォータンと智の女神エルダの娘達であり六人の戦士達もヴォータンの子孫なのである。実はジークムントの姓であるヴェルズングはヴォータンがヴァルハラから外に出た時に名乗っていた偽名なのである。これを知っている者はごく僅かであるが。他の者達も実はその祖先にヴォータンがいるのである。ジークフリートにしろローエングリンにしろ。そうした意味で彼等は同じなのである。英雄として、戦士として。
「本来はこのヴァルハラから出るべきではなかった」
「しかしノルンに出て」
「全てを知りました」
 そしてこう言った。
「同時に全てを思い出しました」
「アース族としても」
「私は考えているのです」
「何を」
「もう私達は必要とされていないのではないかと」
「まさか」
 流石にパルジファルもそれはまさかと思った。だが。
「いえ。あの六人の戦士達は確かに私達の血を引いていますがそれ以上に人間です」
「人間」
「限られた時間を生き無限の輪廻の中を旅する」
 その言葉は果てしなく広大で長大なものであった。
「人間なのです。そして彼等が」
「ニーベルングを倒す」
「そう、そして新たな国を築くのです」
「これまでのしがらみを越えた国を」
「アースとホランダーの血を合わせ、そして他に多くのものを包み込んだ国を」
「私達が築くことが出来なかった国を」
「築くのです」
 パルジファルはさらに言った。
「彼等がね」
「そうなのですか。では我々は」
「悲観することもありませんが」
 悲しい顔を見せようとしたワルキューレ達に対して述べた。
「貴方達もその中に入ればいいだけですから」
「中に」
「はい。これからはアースもホランダーもなく」
「全ての者が同じこのノルンの中で」
「生きればいいのです。それが銀河なのですから」
 哲学的な、あまりに悠久な言葉であった。
「それが」
「そうです。ユグドラシルがそうであるように」
「ユグドラシル」
 世界を司る大樹である。その巨大なトネリコの木はこの世の全てであるのだ。その中に神々も人も巨人達もいるとされている。大樹の周りには海がありそこに世界を取り囲む大蛇ヨルムンガルドも炎の巨人の国ムスペルスヘイムも存在している。当然海の神エーギルの館もある。
「全ての者がそこに暮らすことの出来る世界が訪れるのです」
「彼等の手によってですか」
「ラグナロクの果てに」
「そして今我々はラグナロクに足を踏み入れました」
「そうです」
 パルジファルはまた頷いた。
「それが今なのです」
「最後の戦いに」
「アースやニーベルングといったしがらみを解き放つ戦いです」
「それが今はじまるのですか」
「これに若し敗れたならば」
 彼はさらに語った。
「新たなる国はそれまでと同じものです」
「ニーベルング族の国」
「そしてまた輪廻は繰り返し」
「果てしない抗争が繰り広げられる」
「クリングゾル=フォン=ニーベルング。彼はそれに気付いていません」
 それがニーベルングの限界であると。今語った。
「彼の心はあのアルベリヒの心と融合している為」
「それに気付くことはないと」
「そうです、だからこそ彼は自分の種族のことしか考えられないのです」
 その時点で七人とクリングゾルは大きく異なっていたのだ。
「銀河のことも。全てはニーベルングの為」
「自らの種族の覇権の為」
「そのしがらみが断ち切られなければならない時が来ているとも知らず」
「その覇業を掴もうとする」
「私は彼に勝利を譲る気はありません」
 そのうえで言った。
「次の銀河の為に」
「次の銀河の為に」
「そうです。ですから」
「勝利を掴まれると」
 パルジファルはそこまで聞いて言った。
「その通りです。ではこの道を越えて」
「はい」
「出来ることなら帝国軍の側面に出たいのですが」
「側面にですか」
「はい」
 パルジファルの言葉に答えたノハブリュンヒルテであった。
「後方ではなく」
「普通に敵艦隊を叩くのならば後方が一番でしょうが」
 だが今回は敵は艦隊だけではないのだ。
「七匹の竜もいますし」
「彼等もですね」
「そうです、ここで倒します」
「だからこそ側面に」
「おそらく敵は竜は前面に出してきております」
 ワルキューレ達はそう述べてきた。
「その後方に主力艦隊を配し」
「ムスッペルスヘイムから来る我が軍の主力艦隊に対しているでしょう」
「しかし私達には気付いていない」
「そういうことです」
 その言葉が引き締まってきた。
「ですから」
「最後の最後まで隠密行動を行い」
「突如として彼等の側面に姿を現わし総攻撃を仕掛けます」
「タイミングはどうされますか?」
 ワルキューレの一人がそれに問うた。
「タイミングですか」
「はい、それこそが最も重要だと思うのですか」
「ええ、それはわかっています」
 パルジファルはその言葉に頷いた。それは彼もよくわかっていた。
「そのタイミングは我が軍の主力艦隊が攻撃に入る時です」
「そこで」
「はい、敵が攻撃を仕掛けようというその瞬間に仕掛けます」
 そのタイミングももうわかっていることであったのだ。
「それで宜しいですね」
「それは総帥にお任せします」
 何故かここでワルキューレ達はパルジファルに下駄を預けてきた。
「!?」
 パルジファルがそれに首を傾げていると彼女達はまた言った。
「戦術に関しては総帥の方が私達より遥かに優れております」
「ですからお任せ致します」
「わかりました。では」
 そうした理由で任されるのであれば彼も異存はなかった。
「それではやらせて頂きます」
「はい」
 今先頭の艦隊がビブロストを通過した。いよいよであった。
「それでは」
「了解です」
「ワルキューレはまだ待機です」
「待機!?」
「そうです、発進したならばそれだけで存在を気付かれます」
「左様ですか」
「はい。ですからまだなのです」
 艦載機の発進及び収納はそれだけで反応を出してしまう。パルジファルはそれがわかっているから今はそれを制しているのである。
「その時になればお伝えします」
「はっ」
「わかりました」
 戦乙女達はその言葉に応えて敬礼した。
「ではこのまま我々は帝国軍の右側面に回り込みます」
 モニターにヴァルハラ星系の宙図が映し出される。そのムスッペルスヘイム側の入口には予想通り帝国軍が展開していた。それはモニターにはっきりと描かれていた。





遂に始まった。
美姫 「いよいよね」
ああ。一体、どうなるのか。
美姫 「帝国軍もそう簡単には負けるつもりもないでしょうしね」
まさに命懸けの戦いだな。
美姫 「次回もお待ちしてますね」
ではでは。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る