『清教徒』




             第二幕  許される婚姻


 エルヴィーラの心が乱れてから暫く時が経った。城の中は相変わらず沈み沈黙と絶望が支配するようになっていた。その中ジョルジョもまた暗い顔をしていた。
 今日もエルヴィーラを見舞う。だが彼女はやはり虚空を見てアルトゥーロのことを言うばかりであった。それに対して何もできない自分に対して暗く沈んだ怒りを抱くだけであった。
 部屋を出る。そして広間に入る。するとそこに従者が声をかけてきた。
「如何ですか」
 ジョルジョはそれに対して黙って首を横に振るだけであった。従者はそれを見て暗い顔になった。
「そうですか」
「ああ。変わりはない。今は休んではいるが」
「けれど目覚められたらまた」
「それは言わない方がいい」
 ジョルジョは従者に対してそう言った。
「言っても何にもならないからな」
「わかりました」
 彼は答えた。そしてジョルジョと別れてその場を去った。ジョルジョは城の大広間に向かった。質素でろくに装飾もないが広い部屋である。その中央にブルーノと数人の兵士達がいた。
「ジョルジョ様」
「そなた達はそこにいたのか」
「はい」
 彼等はそれに応えた。
「先程から。何かと心配でして」
「そうか。だが心配しても何にもならぬ。気持ちはわかるがな」
「しかし」
「よいのだ。今はそなた達の気持ちだけで。それ以上の贈り物は殿や私にはない。だから・・・・・・。今は何も言わないでくれ」
「わかりました」
 彼等はそれを受けて頷いた。
「ところで戦いの方はどうなったのだ」
「それは」
 ここでリッカルドが部屋に入って来た。
「ジョルジョ様、こちらにおられたのですか。探しましたぞ」
「戦いのことか」
「はい」
 リッカルドはそれに頷いた。
「クロムウェル卿から直々の達です」
「何と言っておられるか」
 そこにいたヴァルトンは問うた。だが何を伝えてきたのかはおおよそわかっていた。クロムウェルは厳格な男である。その彼の直接の命令ならばどのようなものか容易に想像がついた。
「カヴァリエーレ侯爵を討て、と」
「やはりな」
 それを聞いて頷くだけであった。
「それならば仕方ないか」
「はい」
 ジョルジョも頷くだけであった。
「それで宜しいですね」
「断ることができようか」
 今度はリッカルドに対してそう答えた。
「あの方の御言葉ならばな」
「はい」
 それはリッカルドにもわかっていた。表情を変えずそれに頷いた。
「出来る限り生かしたまま捕らえよ、とのことです」
「生かしたまま」
「断頭台に送る為です。おわかりになられましたか」
「うむ」
 苦渋に満ちた顔で頷く。
「閣下にお伝えしてくれ。わかったと」
「はい」
「その返事の手紙を書かねばな。では暫く席を外すぞ」
「わかりました。それでは」
「うむ。その間ここを頼む」
 ヴァルトンはその場を後にした。そこにはジョルジョとリッカルド、そして従者達が残された。
「ヴァルトン様のことですが」
 リッカルドはヴァルトンが去ったのを見届けてからジョルジョに声をかけてきた。
「兄上がどうかされたのか」
「クロムウェル閣下はヴァルトン様の名誉については何も仰いませんでした。むしろ褒めておられました」
「そうか」
 だがそれを聞いてもジョルジョの顔は晴れなかった。
「それ程までにか」
「はい」
 だがリッカルドはジョルジョの顔には気付かなかった。言葉を続ける。
「これはクロムウェル閣下直々の御言葉なのです」
「それはわかっている」
 そしてジョルジョは言った。
「そのうえでアルトゥーロを捕らえるか討てというのだな」
「はい」
 答えた。
「そうか。仕方があるまい」
 それを確かめてから溜息をついた。
「決まったことならばな。従う他にはない」
「迷っておられるのですか」
「まさか」
 ジョルジョはそれを否定した。
「今の卿にそれを言ってもわかりはしないだろうが」
「何がでしょうか」
「そのうちわかる。いや、もうすぐかもな」
「はて」
 リッカルドはわからなかった。首を傾げた。その首を傾げたその時であった。エルヴィーラの部屋から声が聞こえてきた。
「アルトゥーロ様」
「まさか」
 ジョルジョはそれを聞いて青い顔で部屋の方を見た。
 扉が開く音がする。そして歩く音が聞こえてきた。
「まずい」
 その音を聞きながら呟く。顔は青いままであった。
「まさかまた」
「どうかされたのですか」
「見ても驚かないか」
 リッカルドと従者達に対して言った。
「?はい」
 リッカルドは訳のわからない顔ながらもそれに頷いた。
「そなた達も。よいか」
「はい」
 従者達もであった。部屋の扉が開いた。そこからエルヴィーラが入って来た。その姿にはかつての陽気さは何処にもなかった。髪を振り乱し、視点は定まってはいなかった。まさしく狂気の顔であった。
「アルトゥーロ様、何処に行かれたのですか?」
 彼女は辺りを見回して何かを探していた。
「私を置いて何処に行かれたのですか?」
「ジョルジョ様、これは」
 リッカルドが問うてきた。だがジョルジョは顔を崩さなかった。
「驚かないと言った筈だが」
「ですが」
「ずっとあのままなのだ。時折ああして辺りを探して回るのだ。アルトゥーロ殿を探してな」
「そんな」
「何処に隠れておられるのですか?早く出て来て下さい」
「何故このようなことに」
「言う必要はないだろう」
「はい」
 従者達も沈黙してしまった。そして皆エルヴィーラを見るだけであった。
「貴方はどなたですか?」
 今度はジョルジョに尋ねてきた。
「そなたの叔父だ。わからないのか」
「御父様ですか?」
「・・・・・・・・・」
 答えることができなかった。答えるにはあまりにも心が辛かったからだ。
「いえ、違いますね」
「うむ」
 一言そう答えるのがやっとであった。
「アルトゥーロ様でしょうか」
「そうだ」
 止むを得ずそう答えた。
「今ここに戻って来たぞ」
「よかった」
 エルヴィーラはそれを聞いて顔を急に晴れやかにさせた。喜びの顔になった。
「戻って来られたのですね」
「うむ」
 ジョルジョはアルトゥーロとなってそれに応えた。
「待たせて済まなかったな」
「いえ、構わないのです」
 エルヴィーラは笑顔でそう答えた。
「戻って来られただけで私は満足ですから。では参りましょう。礼拝堂に」
 そう言って誘う。
「そして共に祝いましょう。私達の幸せを。そして祈りましょう、私達の永遠の幸福を」
「何ということだ」
 リッカルドはそれを見て悲嘆の声を漏らした。
「それ程までに彼を想っていたのか」
「そうなのだ」
 ジョルジョがそれに言う。
「彼女はあの方しか見えないのだ。他には何も見えない」
「盲目となられたのですね」
「そう、盲目だ。今の彼女を救えるのは一人しかいない。だがその者は今」
「何ということだ」
 リッカルドは呻いた。
「このようなことになるとは」
「アルトゥーロ様、では参りましょう」
「わかった」
 ジョルジョが答えた。
「では先に部屋に行ってくれ。そして身支度を整えておいてくれ。よいな」
「わかりました。それでは」
 頷きその場を後にした。ジョルジョはそれを見届けてから従者達に対して声をかけた。
「落ち着かせてやってくれ。葡萄酒でも渡してな」
「わかりました」
 彼等はそれを受けて頷いた。そしてその場を後にした。後にはジョルジョとリッカルドだけが残った。
「アルトゥーロ様」
 だがまだ部屋の方からエルヴィーラの声が聞こえてきた。
「さあ、私達の他には星と月だけです。是非おいで下さい。そして共に夜の空を楽しみましょう」
「また」
 二人はそれを聞いて悲しい顔になった。
「何ということか。彼女の心は戻らないのか」
「戻す方法はあるのはわかっているだろう」
 リッカルドに対してそう言う。
「君自身が」
「・・・・・・・・・」
 答えなかった。だがそれでも言った。
「私は知っているのだ。だからあえて言おう」
「何を」
「今ここにいるのは君と私だけだ。それでも駄目か」
「それは・・・・・・」
「どうなのだ。彼女を救いたくはないのか」
「いえ」
「ではわかったな。君の助けが必要なのだ」
「わかりました」
 リッカルドはようやく頷いた。
「ですがもう議会で決まったことなのです。いえ」
 言葉を変えた。
「クロムウェル閣下が決められたことなのです。それはもう仕方のないことなのです」
「私もクロムウェル閣下のことは知っている」
 ジョルジョはそう言った。
「それでは」
「うむ。しかし変えることはできる。誤った決定は変えられなければならない」
「それを私に仰るのですか」
「他に誰に対して言えというのか」
「いえ」
 また口を固くさせた。
「私以外に言われることはないでしょう」
「そうだ。私はあの時のことを知っている。あの貴婦人は王妃様だったな」
「はい」
「そして彼はあの方を御護りした。違うか」
「いえ、その通りです」
 リッカルドは答えた。
「それを君は通した。おそらく君にも思うところがあったのだろう」
「否定はしません」
 そう答えた。
「それにより彼女が不幸になった。それはわかるな」
「・・・・・・・・・」
 答えることができなかった。それは肯定の沈黙であった。
「君は彼女を不幸にしてしまった。そしてもう一人不幸にしたいのか。いや、言葉を付け加えよう」
 さらに言った。
「彼女をさらに不幸にしたいのか。愛する者を永遠に奪うことで」
「それは・・・・・・」
「私は君のことも知っている。君はそのようなことをできるような者ではない」
「それは」
「そうであろう。今君も後悔している筈だ」
「はい・・・・・・」
 遂に頷いた。それを認めたのであった。
「わかりました。全てを認め貴方に従います」
「よし」
 ジョルジョはそれを聞いて頷いた。
「やはり君は私が思った通りの男だった。私の目に狂いはなかったのだ」
 それが嬉しくもあった。
「それでは今から私と君は同じだ。共に永遠の信義を誓おう」
「はい」
 互いに腕に剣を入れた。その傷口を付け合う。こうして二人は血の繋がりとなった。
「この血において誓おう」
「この血において誓いました」
 互いに言い合う。
「我々は二人の命の為に全てを捧げようぞ」
「はい。ですが一つ気になることがあります」
「友よ、何だ」
 リッカルドの言葉に顔を向けた。
「我々は戦場に向かわなくてはなりません」
「うむ」
「その戦場に彼がいたならば・・・・・・。どうしますか」
「彼は死ぬことはない。絶対に死ぬことはない」
 それに対してにこやかに笑ってそう答えた。
「何故でしょうか」
「彼もまた神の加護を受けているからだ」
「神の加護を」
「そうだ。だから迷うことはない。我々は戦場においてはただ勇ましく、誇り高く戦うことだけを考えればいい。わかったな」
「わかりました」
 リッカルドは頷いた。
「戦うことだけを考えよう。そして力の限りな」
「はい」
「ラッパの音と共に進もう。そして我等は栄光と勝利を手にするのだ」
「我等の手に栄光と勝利が」
「そうだ、よいな」
「わかりました、我が同志」
「うむ、我が友よ」
 彼等は固く誓い合った。そして互いに命をかけることを約束したのであった。
 
 それからまた暫く経った。戦いがはじまりそれは清教徒達に有利に進んでいた。だが王党派の中にアルトゥーロの姿は見えずその行方はようとして知れなかった。エルヴィーラの様子はそれを受けてか一向によくはならずやはり狂気のていを示したままであった。だがジョルジョもリッカルドも最早迷いはなかった。彼等はただ戦場で力の限り戦うのであった。
 プリマスの城はその清教徒達の前線基地となっていた。ひっきりなしに兵士達が詰め、行き来していた。最早この城は清教徒達にとって最大の軍事基地となっていたのである。
 今その城を嵐が襲っていた。日が暮れその中に風と雨の音だけが聞こえる。そこを一人のマントに身を包んで男が進んでいた。彼はこっそりと城の中に入り宮殿へと向かっていた。
「誰も私には気付いてはいないか」
 辺りを見回してそう呟いた。そしてマントのフードを取り外した。それはアルトゥーロであった。
「よし、誰もいないな」
 風と雨が急に止んだ。空は晴れわたりだし、月も姿を現わそうとしていた。黄金色の大きな月が城を照らしていた。
「敵がいないのは幸いか。だが問題はこれからだ」
 上を見上げる。そこにはテラスがあった。見ればそこには白い服を着た女がいた。
「あれは」
 見ればエルヴィーラであった。彼女は何かを語っていた。
 アルトゥーロは姿を隠して彼女を見上げた。聴けば何やら唄っているようだ。
「この唄は」
 聴き覚えがあった。これはかって彼が唄っていた唄であった。エルヴィーラの前でも披露したこともある。彼は美声の持ち主でもあり唄でも定評があったのである。
「だがおかしいな」
 アルトゥーロはその唄を聴きながら思った。何処か調子が外れていたりするのだ。美麗な唄の中にそれがあった。それを聴きながら不思議に思った。
「どういうことだ」
 それが何故かはわからない。だが唄は次第に遠くなっていく。どうやらエルヴィーラは部屋に戻ってしまったらしい。彼はそれを残念に思った。
「彼女は一体・・・・・・。むっ」
 ここで人の気配を察した。姿を隠した。するとそこに兵士達がやって来た。
「夜警も楽じゃないな」
「全くだ」
 彼等はそう話をしながらこっちにやって来た。
「ところであの侯爵様はどうなったんだ」
「私のことか」
 彼はそれを聞いてすぐに察した。
「まだ見つからないらしい。だが生きていることは確かなようだ」
「そうか」
 兵士達は同僚の話を聞いて頷き合った。だが誰もその当人が側にいることは考えもしなかった。
「じゃあいずれ捕まるだろうな」
「ああ、王党派ももう終わりだ。あの侯爵様も断頭台送りだろう」
「いい方らしいがな。残念なことだ」
「それは問題じゃないさ」
 一人の兵士がここでこう言った。
「問題はクロムウェル閣下と同じ考えかどうかなんだ。これは俺達だってそうだ」
「そうだったな」
 皆それを聞いて暗い顔になった。
 最早イングランドにおいてクロムウェルは絶対者となろうとしていた。彼こそが法律であり彼こそが正義であった。心ある人々は密かにこれは絶対主義より危険だと感じていたがそれを口にすることはできなかった。口にすれば自らの身に危機が及ぶからだ。そしてそれを否定することももうできなくなってしまっていたのだ。正義は曖昧なものである。だからこそかつては王が正義であったのに今ではクロムウェルが正義となっているのだ。それが変わるまでは何も言うことができなかったのである。正義は曖昧なものであるが絶対なものであるからだ。
「あの人に逆らったら俺達だって断頭台行きになるんだ。いや」
 兵士は言葉を変えた。
「縛り首かもな。俺達は」
「嫌なものだ」
 この当時首を切られるのは貴族の特権であった。縛り首は長い間もがき苦しむ。それを考慮してか首を切られるのもまた貴族の特権だったのである。これはローマ帝国の時代からである。ペテロはキリスト教徒として弾圧を受け首を切られているがこれは彼ローマ市民として高い地位にいたからであった。多くのキリスト教徒は餓えた獣達の餌となり惨たらしく殺されているのである。
「なりたいか?」
「馬鹿を言うな」
 兵士の一人が声を少し荒わげた。
「御前だってそうはなりたくないだろう」
「勿論だ」
「俺だってそうだ。誰だって死にたくはない」
「そうだな」
 彼等はそんな話をしながらその場を立ち去った。アルトゥーロはそれを見届けると静かに出て来た。
「行ったか」
 そして再びテラスを見上げた。
「行くか、いや、どうするべきか」
 彼は逡巡した。
「会いたい。だが会ってもよいものか。今の私はしがない流浪の者。しかも罪を問われている。そのような者があの方に相応しいのだろうか」
 思い続ける。
「愛のみでここまで来たが。それのみであの方を裏切ったことが許されるだろうか。いや、そんなことは有り得ない」
 深い自責の念が彼の心を襲う。
「許される筈がない。彼女に会う資格なぞ私にはありはしないのだ」
 だがここでテラスに影が現われた。アルトゥーロはそれを見てまた身を隠した。エルヴィーラであった。
「あの方が」
「アルトゥーロ様」
「私のことを」
 彼はそれを聞いてハッとした。
「貴方は今何処におられるのでしょうか。私の愛しい貴方は」
「私のことを」
 それを聞いて驚きの声を漏らした。だがそれは心の中でであり決して外に漏れることはなかった。
「おいで下さい、私の側へ。そして婚礼を」
「だが私には」
 心のその言葉が深く突き刺さる。だがそれでも彼は動けなかった。
「行くべきか」
「おいで下さい」
 それを聞いて足が一瞬動きかけた。だがすぐに止めた。
「いけない」
「是非私の側に」
 そこでまたエルヴィーラの声が聞こえてきた。
「おいで下さい」
「駄目だ」
 だが心は次第に抑えられなくなってきていた。
「是非共」
「いけない」
「私の側に」
「うう」
 心が揺らいだ。そしてそれに逆らえなくなってきていた。遂に彼は出てしまった。
「エルヴィーラ」
 彼はテラスの下に姿を現わして彼女の名を呼んだ。
「私をお許し下さい」
「その声は」
 エルヴィーラはそれを聞いてハッとした。テラスの下を見ればそこに彼がいた。
「アルトゥーロ様」
 そしてそれを見て我に返ったのであった。
「貴方なのですか?」
「はい」
 彼は頷いて答えた。
「本当ですのね!?本当に貴方ですのね」
「どうして私でないと仰るのですか」
「いえ」
 それに首を横に振った。
「まさかそのようなことが」
「そうでしょう」
 彼はそれに応えた。
「私の苦しみが急に薄れていく」
「私は貴女に謝罪しなくてはなりません」
「どうしてですか?」
 エルヴィーラはそれを聞いて逆に問うてきた。
「どうして貴方が私に謝罪しなくてはならないのですか?」
「私はあの時貴女の側から消えました」
 彼はそう答えた。
「そのせいで貴女を苦しめてしまいました。申し訳ありませんでした」
「いいのです」
 だがエルヴィーラはそれに対して微笑んでそう答えた。
「いいとは」
「私は貴方が今ここにおられるだけでいいのです。私に会いにここまで来られたのでしょう?」
「はい」
 彼はそれを認めた。
「それで私の苦しみと悲しみは終わりました。貴方が来られたおかげで」
「エルヴィーラ・・・・・・」
「アルトゥーロ様」
 エルヴィーラはまた彼の名を呼んだ。
「何でしょうか」
「これで私達は永遠に一緒ですね」
「はい」
 彼は答えた。
「何があろうとも。これで私達は永遠に離れることはありません」
「ですね」
 それを聞いて微笑んで頷いた。
「この三ヶ月の間御心配をおかけしました」
「三ヶ月ではありませんでした」
「といいますと」
「三世紀。私にとってはそれ程長く感じられました。私にとってはそれ程長い苦しみでした」
「申し訳ありません」
「ですがその苦しみも今終わりました」
 喜びに満ちた声で言う。
「私が陛下を御護りしたばかりに」
「陛下を?」
 エルヴィーラはそれを聞いて顔色を変えた。
「貴方と共にこの城を出られたあの方は陛下だったのですか?」
「はい」
 アルトゥーロは答えた。
「あの方こそエンリケッタ王妃でした。今あの方は安全な場所で身を隠しておられます」
「それでは貴方は陛下を御護りする為にこの城を」
「はい」
 また答えた。
「そうだったのですか」
「真に申し訳ありませんでした」
「何を謝れる必要があるのですか?」
 だがエルヴィーラは首を垂れる彼に対してそう言葉を返した。
「といいますと」
「貴方は御自身の主君を護られたのですね」
「そういう結果にはなりますが」
「それは誇らしいことではないでしょうか。私はその様な方を生涯の伴侶とすることに誇りを持ちたいと思っております」
「誇りを」
「はい」
 エルヴィーラは答えた。
「貴方は私の誇りです。気高い騎士です」
「気高い騎士・・・・・・」
「そうです。気高い騎士よ」
 騎士に声をかける。
「是非こちらにおいで下さい。そして共に永遠の幸福を誓いましょう」
「宜しいのですか?」
「勿論です。さあ、早く来て下さい」
「しかし」
「是非」
 エルヴィーラは誘う。
「その為にこちらへ来られたのでしょう」
「ですが」
「お願いです」
 エルヴィーラはまた言った。
「さあ、どうぞ」
「よいのですか」
「神が許して頂けます、全てを」
「神が」
 それを聞いてアルトゥーロの心が動いた。
「そう、そして私が。それでよいでしょう」
「わかりました」
 アルトゥーロはそれを聞いてようやく頷いた。
「エルヴィーラ」
「はい」
 その問いにエルヴィーラは頷いた。
「貴女と共に」
「私も」
 彼女もそれに答えた。
「貴方と共に」
「ええ、永遠に」
 だがここで異変が起こった。不意にエルヴィーラの顔が真っ青となったのである。
「ああ」
「どうされたのですか!?」
「あの音が」
「あの音」
 そう言われたアルトゥーロもはっとした。聞けば夜の闇の中に太鼓の音が聞こえてくる。これは地獄の奥底からの死神の太鼓の音であったのだろうか。
「あの太鼓は」
「御安心下さい」
 すぐにエルヴィーラを宥める為に声をかけた。
「あれは地獄からの太鼓ではありません」
「それでは一体」
「あれは・・・・・・」
 見れば将兵達がいた。彼等はゆっくりとアルトゥーロのいるテラスの下にやって来る。見れば手に松明を持っている。
「カヴァリエーレ侯爵」
 その先頭にいるリッカルドが彼に語りかけてきた。
「貴方ですかな」
「そうだ」
 アルトゥーロはそれに答えた。最早観念していた。
「私こそアルトゥーロ=カヴァリエーレだ。顔と家紋を見るか」
「いえ」
 リッカルドはそれには首を横に振った。
「ここが何処なのか御存知ですな」
「無論」
 彼はまた答えた。
「それでもあえてここに来たのだ」
「左様ですか」
 それを聞いて頷いた。
「それでは宜しいですな」
「はい」
 兵士達がアルトゥーロを取り囲む。彼はそれに対して抵抗しようはしなかった。大人しく従うつもりであった。だがエルヴィーラは違っていた。
「お待ち下さい!」
 テラスの上からそう叫んだ。
「エルヴィーラ」
 アルトゥーロも他の者達もそれを受けて顔を彼女の方に向けた。
「その方を私から奪わないで下さい」
「しかし」
 皆それを聞いて戸惑っていた。だがそれがどうにもならないとは思っていた。
「今そちらに」
 そう言うとテラスから姿を消した。そしてすぐにアルトゥーロの側に駆け寄ってきた。
「この方を私から離すことは誰にもできません」
「神以外の誰にも、ですか」
「はい」
 エルヴィーラは答えた。
「いえ、例え神が分かとうとも私はこの方と共にいます。それが私の唯一の望みなのですから」
「どうしてもですか」
「どうしても」
 その声に揺るぎはなかった。
「この方だけは失うわけにはいきません」
「エルヴィーラ・・・・・・」
 アルトゥーロだけではなかった。皆それに心を打たれた。
 リッカルドもであった。だがそれでも彼は言わざるを得なかった。
「エルヴィーラ様」
「はい」
「我々はクロムウェル閣下の御命令に従わなくてはならないのです」
「どうしてもですか」
「はい」
 彼は答えた。
「今はクロムウェル閣下こそ正義なのですから」
「正義が変わってもですか」
「正義が変わることはありません」
 リッカルドは硬い声でそう答えた。
「それが正義なのですから」
「それはどうだろうか」
 だがここで一人の老人の声がした。ジョルジョがこの場にやって来たのだ。
「ジョルジョ殿」
「正義は神と共にある。神の思し召しこそが正義なのではないのか」
「確かにそうですが」
 リッカルドはそれを聞いて顔を俯けさせた。
「ですが今は」
「今は、だ」
 彼は言った。
「だがそれは変わることができるのだ」
「ジョルジョ殿」
 リッカルドはそれを聞いて彼に問うた。
「それは一体どういう意味でしょうか」
「お知りになりたいですかな」
「はい」
「ならば。以前私は卿に言ったな」
「あの時のことですね」
 かつて二人で語った時のことを思い出した。
「私達が血の絆を結んだ時」
「その時に我々は固い絆で結ばれた。今その絆の元に言おう」
 彼は言った。
「私は今ここに彼が救われたことを宣言する」
「何と」
 それを聞いてリッカルドと兵士達が驚きの声をあげた。
「それはどういうことですか」
 この時角笛の音が聴こえてきた。テラスのところで数人の使者が姿を現わしてきたのだ。
「ジョルジョ殿、お待たせしました」
「あやういところでした」
 ジョルジョは彼等に対してそう言った。
「前の戦いで王党派は遂に敗北しました」
「何と」
「それだけではありません」
 使者達は言葉を続けた。
「皆、よく聞いてくれ。彼が許された理由を」
「はい」
 皆それを受けて耳を澄ませた。そして使者達に目を向けた。
「クロムウェル閣下はそれを受けて残った王党派に対して恩赦を下されることとなりました。今王党派として罪を問われている者は全て赦されたのです」
「何と!」
 それを聞いてアルトゥーロもリッカルドも兵士達も声をあげた。
「それでは私は」
「結ばれることに」
「そうだ」
 ジョルジョは二人に笑みを向けてそう答えた。
「そなた達を阻むものはなくなった。これで結ばれることになったな」
「はい」
 二人は答えた。
「罪は許された。さあ、もう阻むものはない」
「阻むものはないのですね」
「そうだ。さあ皆祈ろう」
 ジョルジョは他の者にも声をかけた。リッカルドもその中にいた。
「二人の永遠の幸福を」
「はい!」
 皆それに頷いた。そして二人の幸福と神を讃える声が城の中に木霊したのであった。


清教徒    完



                2005・4・23





おお、ハッピーエンドだ。
美姫 「良かったわね〜」
うんうん。再び愛しい人の下へと危険を冒してまで戻ってくるとは。
美姫 「良いお話だったわ」
投稿ありがとうございました。
美姫 「次回作も期待してますね〜」
ではでは。



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