『ヘタリア大帝国』




                          TURN2  連合艦隊司令長官

 満州での戦いは終わった。だが大変なのはこれからだった。
 日本は自分の妹に韓国とその妹、台湾とその兄を集めてだ。こう言っていた。
「中帝国軍は一旦は諦めましたが」
「それでもですね」
「はい、北京星域に戦力を集結させてきています」
 そうしてきているとだ。彼は日本妹に話す。
 彼等は今皇居の会議室にいる。その中で五人で卓を囲んで話すのだった。
「そして敵の指揮官はです」
「リンファ提督ですね」
 彼女だとだ。台湾が言う。
「中帝国軍の二枚看板の一人ですか」
「はい、彼女が指揮官になっています」
「確かあいつは共有主義者だったんだぜ」
 韓国は彼女のイデオロギーを問題にした。見ればだ。
 日本に日本妹と台湾兄、韓国妹は海軍の白い軍服だ。しかしだ。
 台湾と韓国はカーキ色の詰襟だ。陸軍の軍服である。日本帝国軍は海軍と陸軍に別れているのだ。尚その関係はお世辞にも良好とは言えない。
 その韓国がだ。眉を顰めさせぽこぽことして言う。
「ソビエトのあの思想は最悪なんだぜ」
「兄さんもそれはわかってるニダ?」
「わかってるから言うんだぜ」
 そうだとだ。韓国は自分の妹に返した。
「あんなイデオロギーが入ってきたら日本帝国はソビエトになるんだぜ」
「はい、その通りです」
 まさにそうだとだ。日本がここで言った。
「ソビエトは人類全体を共有主義で洗脳してです」
「そして全世界をソビエトの支配下に置く」
「それが狙いですね」
「あのカテーリン書記長はそう考えています」
 日本は台湾と台湾兄に話した。
「それが問題です」
「ううん、その共有主義者のリンファ提督ですか」
「思想的には厄介ですね」
「それにです」
 さらにだとだ。日本は他の国家に話した。
「リンファ提督はランファ提督と共に中帝国軍の二枚看板です」
「はい、名将ですね」
「ひとかどの将です」
「こちらも然るべき方を指揮官にしたいです」
 是非にだというのだ。
「連合艦隊司令長官ですが」
「帝は何と仰ってますか?」
 日本妹は兄に顔を向けて問うた。
「あの方。それに柴神様は」
「まだご意見を伺っていませんが」
「それでもですか」
「はい、おそらくはあの方です」
 日本はこう妹に返す。
「私もあの方を推挙するつもりです」
「そうですね。戦功もありますし」
「ですからあの方が妥当かと」
「いや、あいつはまずいんだぜ」
 韓国は両手を振ってそのうえでだ。日本に対して反論した。
「あんな女好きで軍服の着こなしもしっかりしていない奴は駄目なんだぜ」
「韓国さんはそう思われますか」
「あいつより山下さんなんだぜ」
 韓国が推すのはこの人物だった。
「あの人が一番いいんだぜ」
「ちょっと、幾ら何でもそれは無理でしょ」
 だが、だった。その彼にだ。同じ陸軍の軍服の台湾が顔を顰めさせて突っ込みを入れた。
「山下さんは陸軍長官じゃない」
「それがどうしたんだぜ?」
「どうしたもこうしたもよ。海軍長官は即ち連合艦隊司令長官よ」
「陸軍長官も陸軍総司令官を兼任してるんだぜ」
「つまりそれだと軍の全権を一手に担うってことじゃない」
「山下さんならできるんだぜ」
 韓国はとにかくだ。山下を推してやまない。
「あの人か。若しくは平良さんなんだぜ」
「平良さんは今怪我しておられるでしょ」
「だから駄目なんだぜ?」
「そうよ。それに山下さんもね」
 その人物もどうかとだ。台湾は話す。
「陸軍長官だけで大変だから」
「海軍長官もというのは駄目っていうんだぜ?」
「そうよ。あの人も駄目よ」
 こう言うのだった。
「あの人はね。艦隊を指揮されたこともないから」
「うう、それはとても残念なんだぜ」
「私だって。山下さんは公平で真面目で清潔だし」
 それが山下の性格だというのだ。
「いい上司よ。けれどね」
「うう、韓国の人間はいつも陸軍によくしてもらってるんだぜ」
「陸軍の人達はちょっとね。あんたとあんたのところの人達に親身に過ぎるから」
「平良さんもっていうんだぜ?それに」
「そうよ。だからあんたもその人達を贔屓するのはよくないわよ」
 台湾は韓国のそうしたところに釘を刺した。
「山下さんと平良さんは。ちょっとね」
「そうニダ。やっぱり無理ニダ」
 韓国妹は公平に述べた。
「陸軍の人や怪我をしている人に海軍長官は無理があるニダ」
「だからだね」
 海軍の軍服の台湾兄がここで言った。
「ここはやっぱりあの方しかおられないよ」
「はい、山本さんも考えたのですが」
 日本は別の人間の名前も出す。
「ですがあの方は御高齢ですから」
「それにあの方はご病気が」
「そうしたことを考慮してです」
 日本は自分の妹に応えながら話していく。
「やはりあの方しかおられません」
「では国家としてはですね」
「あの方を推挙したいと思います」
 日本はあらためて言った。
「是非共」
「わかりました。それではです」
「あの人でいいニダ」
 日本妹と韓国妹が応えてだ。そしてだった。
 台湾と台湾兄も頷く。最後に韓国もだ。
「じゃあいいんだぜ。確かに有能で人間的には問題あっても悪い奴ではないんだぜ」
「はい、それではそういうことで」
 日本は話をまとめてだ。そのうえでだった。
 彼等は会議を終えて解散した。戦いが終わってそれで何もかもが終わりではなかった。
 満州から帰った東郷はすぐにだ。秋山にだ。
 急に声をかけられだ。彼に対してこう言ったのだった。
「おいおい、一体何だ急に」
「帝がお呼びです」 
 相変わらず神経質そうな顔で言う秋山だった。
「すぐにおいで下さい」
「帝?あの方がか」
「はい、帝が直々にお呼びです」
「またそれはかなりのことだな」
「まずは軍服を整えて下さい」
 具体的にははだけさせたその前を締めろというのだ。
「それにです」
「おいおい、まだあるのか」
「お髭もです。その顎鬚ですが」
「これを剃れっていうのか?」
「そうです。無精に見えます」
「この髭は娘に言われてなんだがな」
「それで剃られないというのですか?」
「これだけはちょっとな」
 髭はだというのだ。
「悪いが剃れない」
「ですがそれは」
「髭位ならいいと思うが?」
「確かに。それを言うとです」
 どうかとだ。秋山も答える。
「宇垣閣下もそうですが」
「そうだろう?髭は強く見えるからな」
「貴方のそれはファッションに見えますが」
「どうだ。格好いいだろう」
 悪びれることなく返す東郷だった。
「俺としても気に入っているんだがな」
「全く。そうやって不真面目なままでいいのですか」
「堅苦しいのは苦手でな」
「そもそも今まで何処におられたのですか?」
「少しな。女医とな」
「今度はその方とですか」
「ははは、美人さんだぞ」
 上機嫌で余裕の顔でだ。述べる東郷だった。
「女の子はいい。常に傍に置いておきたい」
「女の子と遊ぶのはいいですが程々にしておいて下さい」
「節度を持ってだというのか」
「そうです。今交際している女性は何人ですか?」
「三ダースはいるか?」
 つまり三十六人程度だというのだ。
「いや、四ダースか」
「今はそれだけですか」
「全員合意のうえで彼氏や亭主持ちは一人もいないがな」
「当たり前です。その程度の節度はわきまえて下さい」
「わかってるさ。それで帝だな」
「今から車を出します」
 秋山は電話の向こうで言った。
「御迎えにあがりますので」
「悪いな。ではな」
「今何処におられますか?」
「ホテルだ。難波のな」
「わかりました。幸福菓子ですね」
「ああ、そこだ」
 こう話してだ。秋山はすぐに車を出してそのホテルに向かった。そしてその出口にだ。
 東郷が何と軍服姿のままでだ。タイトスカートのショートヘアの美女と共にいた。その彼の前で車を止めてだ。
 そのうえでだ。秋山は車から出て東郷に言った。
「ではすぐに行きましょう」
「ああ、皇居だな」
「そうです。京の都の」
「しかし帝に直々によばれるとはな」
「はい、これはかなりのことです」
 秋山は東郷を車に入れながら話す。その間にだ。
 東郷は美女に笑顔で手を振る。美女も微笑んで手を振り返す。
 そのやり取りの後で助手席に入りだ。秋山に言うのだった。
「俺の女性問題を帝直々に御聞きになられてか?」
「そしてご叱責だというのですね」
「ははは、俺も大物になったな」
「それなら宇垣閣下と山下長官が担当されてますね」
 秋山は運転席に入ってエンジンを入れる。右座席になっている。
「帝はそうしたことは言われないので」
「器の大きい方だからな」
「全く。お二人に言われてもですね」
「女遊びを止めないっていうんだな」
「それさえなければ本当に」
 秋山は運転をはじめながら隣に座る東郷に話す。
「完璧なのに」
「完璧な人間なんていないさ」
 東郷はその秋山に返す。両手を組んで自分の頭の後ろにやりながら。
「だからいいんだよ」
「そう言って妥協されるのですか?」
「妥協はしないさ。ただな」
 どうかというのだ。そこは。
「人間も国家もな。神様じゃないからな」
「完璧ではないというのですね」
「そうさ。それでこそ魅力もあるということでもある」
「そう言われますと祖国様も」
 秋山は日本のことを考えた。彼の愛するその祖国のことをだ。
「素晴らしい方ですがそれでも」
「あれでかなり天然だな」
「はい、そこがまたいいのです」
「いいな。俺も祖国さんのそうしたところも好きだ」
「ですね。それでは」
「俺の女好きも欠点じゃない。祖国さんもあれでいいんだ」
「全く。口が上手いといいますか」
 仕方ないといった顔で返す秋山だった。そのうえでだ。
 車を京の都に走らせた。そこには。
 和風の質素だがそれでいて気品に満ちた檜と漆の宮殿があった。そこに入りだ。
 木の廊下を秋山と共に進む。案内は三角の眼鏡のとても厳しそうな女だった。ガードの高いメイド服に丁寧に上げた薄茶色の髪を持っている。
 その彼女がだ。案内をしながら東郷に言うのだった。
「東郷さん、宜しいですね」
「何がだい?」
「くれぐれも御不敬のない様に」
 実に厳しい声で言ってきたのだった。
「それは宜しいですね」
「俺がかい?帝に不敬を?」
「そうです。絶対になりません」
「俺が帝に不敬を働くと思ってるのか」
「まさにその通りです」
 確信している言葉だった。
「だから今こうして釘を刺しているのです」
「やれやれ、信用がないな」
「信用できる筈がありません。全く山下さんはあそこまで真面目な方なのに」
 ここでもこの名前が出る。
「貴方はどうして」
「俺は俺さ。あの人とはまた違う」
「それでどうして帝も祖国様も目をかけておられるのか」
「それは俺に見所があるからな」
「何処がですか」
「それでだ。じゃあ今からだな」
「はい、お招きします」
 こう言ってだ。そのうえでだ。
 彼女は東郷、それに秋山を宮殿の一番奥の部屋の前、見事な和紙の障子の前に案内した。そしてそこでだ。
 彼女はだ。こう言うのだった。
「では中に」
「はい、それでは」
 秋山が応える。
「入らせてもらいます」
「では」
「秋山さんはいいのですが」
 またこんなことを言う彼女だった。東郷をジロリと睨みながら。
「東郷さん、わかっておられますかね」
「帝にだな」
「若し何かあればその時は容赦しません」
 刃を持っていた。心に。
「この女官長であるハルが帝を何があろうとも御護りしますので」
「だから俺もかい?」
「何かあればお覚悟を」
 完全に本気の言葉だった。
「切腹して頂きますので」
「また随分過激だな」
「御不敬は一死を以て償って頂きます」
 それでだというのだ。
「おわかりになられたでしょうか」
「まあ俺はそうしたことはしないがな」
「常に見ていますので」
 東郷にこう告げたうえでだ。女官は部屋の扉を開けた。その中はかなり広い畳の部屋だった。それこそ一見したうえでは何十畳あるのはわからない。
 奥の方が一段上になっており座布団が一つ置かれている。下の段にも座布団がそれぞれだ。その上の座布団から見て左右にそれぞれ並べて整然と置かれている。
 天井は檜で見事な欄間もある。その部屋の中にだ。
 東郷は秋山と共に入った。するとすぐにだ。
 カーキ色の陸軍の軍服、下はタイトのミニだ。付け根の辺りまで露わになっている長い見事な脚はブラウンのストッキングで覆われている。
 軍服の上からもわかる見事な胸に腰だ。後ろのラインも実にいいことが窺える。
 黒髪は腰までありそれを後ろで束ねている。気の強そうな引き締まった顔をしている。
 黒い切れ長の紅い瞳は実に奇麗で唇は小さく引き締まっている。その美女がだ。
 東郷を咎める目で見てだ。こう言ってきた。
「遅いぞ」
「ああ、利古里ちゃんか」
「利古里ちゃんではない」
 美女は厳しい顔のままで東郷に返す。
「山下と呼べ。私の姓でな」
「名前で呼んでは駄目なのか?」
「いつも言っている筈だ。私は貴様と馴れ合うつもりはない」
 山下利古里はこう東郷に告げる。
「それに私は貴様のそのいい加減なところは嫌いだ」
「そんなにいい加減かね、俺は」
「かなりな。特に今は帝の御前だ」
 それならばだというのだ。山下も。
「粗相のない様にな」
「わかってるつもりなんだがね」
「いいや、御前はわからん」
 もう一人出て来た。今度は。
 スキンヘッドに八の字の口髭、それに丸眼鏡の厳しい顔立ちの初老の男だった。海軍の軍服を着ている。
 その彼がだ。東郷に対して言うのだった。
「全く。中々身を固めないしな」
「おや、これは長官」
「わしは貴様には目をかけているつもりなのだ」
 こう断ってから言う彼だった。
「外務長官として、そしてだ」
「そしてですか」
「海軍の先輩として。この宇垣さくら個人としてもだ」
「私人としてもですか」
「貴様は筋はいい。しかし不真面目に過ぎる」
 彼、宇垣さくらも山下達と同じことを言う。
「その性格はどうにかならんのか」
「ははは、性分でして」
「性分でも何でもだ」
 宇垣も厳しい顔で言う。
「そうしたことはだ。結婚をして身を固めてだ」
「家庭を持って、ですか」
「そうだ。軍人たる者家庭を持ち妻子も大事にしてこそだ」
「娘ならいますよ」
「だからそれに加えてだ。いいか」
 まだ言う宇垣だった。
「新しい細君を迎えてだ。相手はわしが探してやる」
「いやいや、あいつはまだ生きてますよ」
 東郷は微笑んでだ。宇垣にこう返した。
「絶対に戻ってきますから」
「そう言うのか」
「はい、ですから待ってるんですよ」
「わかった。ならいい」
 宇垣もここで言葉を止めた。
「御前のその考えは尊重する」
「すいません。それじゃあですね」
「そろそろ祖国殿達も来られる」
 日本達もこの部屋に来るというのだ。
「そして首相と内相を兼ねておられるあの方だが」
「伊藤さんですね」
「残念だがまだ復帰できん」
「満州のハルビンで撃たれた傷がまだですか」
「全く。馬鹿な奴もいるものだ」
 宇垣は苦い顔で述べる。
「閣下は誰よりもだ」
「はい、韓国のことを気にかけておられます」
「あの方は確かに女好きだ」
 宇垣はこのことを言う時は東郷を見た。半ば無意識に、半ば意識して。
「だがそれ以上にだ」
「その資質は素晴らしい方です」
「そして公平な方だからな」
「韓国についても御自身が入られて治められていたのですが」
「それで何故テロをする」
 宇垣は全く理解できないといった顔で山下に言った。
「全く以て理解不能だ」
「あのテロリストの背後に何者かいたのでしょうか」
「だとすれば誰だ?それは」
「そこまでは。調べきれていません」
 山下は申し訳ない顔で宇垣に答える。
「とても」
「ううむ、まことに腹立たしい限りだ」
「単独犯の可能性もありますがね」
 東郷もこのことにはだ。態度こそいつもの飄々としたものだがそれでもだ。
 話の内容は真剣でだ。こう言ったのだった。
「まあ碌な奴じゃないでしょうね。後ろにいるとすれば」
「ガメリカか?」
 山下はまずはこの国の名前を出した。
「あの国の四長官、四姉妹は満州に入りたかっていたからな」
「ああ、大統領の下であの国を実際に動かしている」
「そうだ。貴様にも縁のあるな」
 山下はここで東郷のその顔を鋭い目で見て述べた。
「あの者達がだ」
「満州に入りたいからこそ満州についても発言力のある閣下を」
「そう思うがどうか」
「それを言えば中帝国も怪しいぞ」
 宇垣が出すのはこの国だった。
「あの国は満州を自分達の領土だと言っているからな」
「ええ、今の王朝はそもそもあそこからはじまってますからね」
「ならば中帝国ではないのか?」
 東郷に応えながらだ。宇垣はこう考えを述べる。
「可能性は高いぞ」
「確かに。あの国もまた」
 山下もその可能性を否定できなかった。ガメリカ説を言いながらだ。
「怪しいですね」
「俺はソビエトの可能性も高いと思いますよ」
 東郷はあえてだ。この国の名前を出した。
「あの国は満州はおろか韓国、そして我が国も狙ってますからね」
「あの国か」
「世界を共有主義で覆おうとしているのはわかっているが」
「ええ、それじゃああの国の可能性も高いですね」
 東郷はそのことも踏まえて二人にソビエト黒幕説を話す。
「満州に加えて韓国もですから」
「そのソビエトだが」
 ソビエトと聞いてだ。山下は東郷と、そして宇垣にこのことを話した。
「あのゾルゲが北京にいるそうだ」
「何っ、あの工作員が!?」
「長官、それはまことか」
 東郷も宇垣もだ。ゾルゲという名前を聞いて表情を一変させた。そしてそのうえで山下に対してことの真実を問うた。そしてこれまで黙っていた秋山もだ。
 表情をこのうえなく曇らせてだ。こう言うのだった。
「危険ですね。あの男だけは」
「そうだ。我が国への工作の統括者でもある」
 山下は秋山にも剣呑な面持ちで話す。
「その男が北京にいるのだ」
「おそらくリンファ提督達への洗脳ですね」
「間違いないだろう。リンファ提督は元々は心優しく民のことを考える人物だ」
 そしてそれ故にこそだというのだ。ゾルゲがだ。
「共有主義者は人の良心に入りそのうえで洗脳していく」
「まるで悪魔ですね」
「少なくともその行動は悪魔だ」
 山下は剣を見せた。その心に。
 そしてその剣を手にだ。彼女は言うのだった。
「そこには人も何もあったものではない」
「全ての者が公平で貧富の差もない。差別もない」
 秋山は共有主義のその思想について話す。
「確かに少し聞くとユートピアですね」
「ユートピアなぞこの世にはないさ」
 東郷はこのことは一蹴した。即座に。
「理想ばかり見て現実を見ないのならそれはな」
「ユートピアではなくですね」
「地獄をもたらすものさ」
「それが共有主義ですか」
「この目で確かめたことじゃないがな」
 それでもだとだ。東郷は秋山に話していく。
「ソビエトは恐ろしい国家だ」
「旧友主義に少しでも反対する者はですね」
「即座に粛清だ」
 この粛清という言葉こそがだ。まさに共有主義を象徴するものだった。
「強制収容所もあるそうだな」
「ラーゲリですね」
「四十歳以上は有無を言わせずそこに送られるそうだが」
「一体どうなるのでしょうか」
「おそらく碌でもないことだな」
 東郷はラーゲリについても暗い顔で話す。
「若し日本が共有主義になればだ」
「家族もなくなりそしてですね」
「粛清とラーゲリだ。それに支配される国になってしまう」
「恐ろしいことに」
「あの国が最も危険だ」
 東郷はこう結論付けた。
「今のうちに何とかしておかないとな」
「備えは早急にですね」
 東郷と秋山は二人で話をした。そしてだった。
 二人の話が一段落したところでだ。あの女官長が言ってきた。
「祖国様達が来られます。そして」
「うむ、そうだな」
「帝も来られます」
 宇垣にだ。こう答えたのだった。
「では今からお静かに」
「わかった。それではな」
 宇垣は東郷に山下、それに秋山を一瞥した。そのうえでだ。三人にこう告げたのだった。
「着席せよ」
「わかりました。それでは」
 山下が応えそうしてだ。三人はすぐにそれぞれの座布団の上に正座した。宇垣が帝の関の一番傍の席に座り東郷、山下、秋山の順に座った。そして帝の席から見て右手にだ。
 日本達が来て座る。東郷達と日本達は向かい合って座る。そうしてだ。
 彼等が揃ったところでだ。女官長がまた言った。
「帝のおなりです」
 和楽器による厳かな国歌の、日本のそれと共にだ。黒髪、一見すると短く見えるが実は櫛や髪留め、リボンでまとめたそれを持っている。
 オパールの色の大きな、はっきりとした瞳を持ち楚々とした清楚な顔立ちをしている。表情は常に微笑んだものであり小柄な身体を紫の和服と黒い帯で覆っている。
 少女が進む間誰もが深々と頭を下げている。誰も、どの国も頭を上げない。そしてだった。
 その少女が来てだ。帝の席に着く。そしてこう言うのだった。
「では皆さん御前会議をはじめましょう」
「皆さんお顔をあげて下さい」
 女官長が頭を下げたまま一同に告げる。
「では」
「わかりました。それでは」
 日本が応えてだ。そしてだった。
 一同顔をあげた。それからだった。
 その少女はだ。東郷達を見ながら言うのだった。
「東郷毅ですね」
「はい」
 東郷は微笑んで少女の言葉に応える。
「第四艦隊司令官です」
「そうですね。御存知だと思いますが」  
 楚々とした奇麗な声だった。その声でだ。
 少女はだ。こう名乗ったのだった。
「私が日本帝国、この国の帝です」
「はい、お招き頂き光栄です」
「満州の戦いではご苦労様でした」 
 気品のある微笑みで話す帝はだ。さらにだ。
 秋山も見てだ。そして言うのだった。
「満州を防げたのはお二人の尽力故でした」
「いえ、それはです」
 東郷がだ。帝にこう述べた。
「祖国殿や他の将兵達の尽力があり」
「それでだというのですね」
「はい、何とかなりました」
 己の功績は誇らなかった。
「私は何もしていません」
「いえ、それは違います」
 しかしここでだ。その日本が言うのだった。
「あの戦いで軍の壊滅と満州への侵攻を防げたのはです」
「東郷のお蔭だというのですね」
「はい」
 日本は帝にその通りだと答える。
「東郷さんが殿軍に入られた故にです」
「そうですね。それで、です」
 帝は日本の言葉を受けてからまた東郷に顔を向けてだ。こう言うのだった。
「残念なことにあの戦いで連合艦隊司令長官は戦死してしまいました」
「はい、それは」
「連合艦隊司令長官、即ち海軍長官は空席となっています」 
 帝は東郷にこのことをだ。淡々と話していく。
「今は中帝国が何時侵攻してもおかしくない状況。早急にその空席を埋めねばなりません」
「だからこそです」
 帝に続いて日本も言ってきた。
「その海軍長官、連合艦隊司令長官にです」
「東郷、貴方を任じます」
「私をですか」
「満州での戦い、そしてこれまでの戦功を考慮してのことです」
 それ故にだというのだ。
「だからこそ貴方に海軍を任せたいのです」
「そうですか。それ故に」
「はい、そして我が国を守って下さい」
 帝は微笑みながら東郷に述べる。
「陸軍の山下さんと共に」
「私からもお願いします」 
 国々を代表してだ。日本も東郷に言う。
「今海軍長官、連合艦隊司令長官になれるのは貴方しかいません」
「帝も貴方もですか」
「お願いします。それでは」
 また頼む日本だった。そしてだ。他の国々も言うのだった。
「ではお願いします」
「宜しく頼むんだぜ」
「東郷さんしかいないニダ」
「そうです。だからこそ」
「お任せしますね」
 日本妹に韓国兄妹、台湾兄妹もだった。口々に東郷に言った。そしてだ。
 宇垣と山下もだ。こう言うのだった。
「そうだな。素行に問題はあるが確かに御前はできる」
「他に人がいない。仕方がない」
 それぞれの東郷への感情を見せながらだ。二人も言うのだった。
「ではだ。わしとしてもだ」
「推挙してやろう」
 こう言うのだった。こうしてだった。
 東郷は海軍長官兼連合艦隊司令長官になった。それと共にだ。
 帝は今度は秋山にだ。こう告げたのだった。
「貴方は参謀総長です」
「なっ、私がですか」
「参謀総長もまた空席になっています」
 それ故にだというのだ。
「ですから貴方になってもらいます」
「しかし私は」
「いえ、貴方しかいません」
 参謀総長にしてもそうだとだ。帝はその気品のある、それでいて少女らしい澄んだ微笑みで東郷に告げる。
「だからです」
「それ故にですか」
「はい、お願いしますね」
「わかりました。それでは」
 こうしてだった。秋山も参謀総長に任じられたのだった。帝は二人を任じたうえでだ。
 二人にだ。今度はこのことを告げたのだった。
「東郷は大将、秋山は中将。そしてです」
「そして?」
「そしてとは」
「山下さんも今までは中将でしたね」
「はい」
 そうだとだ。山下は謹厳な態度で帝に応える。その物腰には忠義がある。
「左様です」
「この前陸軍長官になったばかりですから。長官は本来大将が務めるものですから」
 それでだというのだ。山下に対しても。
「貴女も大将に任じます」
「何と、私もですか」
「そうです。東郷は前から中将でしたから二人同時に昇進ですね」
 このことは山下にとってはあまり面白くない。だがそれでもだった。 
 山下はその昇進に帝の心を見てだ。感慨と共に一礼して言うのだった。
「有り難き幸せ、ではこれからはさらに精進致します」
「海軍と陸軍で。それぞれ頼みますよ」
「ではこれで、ですね」  
 日本がここで言う。
「今回の御前会議は」
「はい、まだ議題はありますか?」
「帝、ガメリカからですが」
 宇垣がだ。言って来た。
「要求が来ています」
「またですか」
「はい、満州星域への資本参加を要求していますが」
「戦場になるあの場所にですか?」
「そうです。あえて言ってきています」
「何故戦場になる場所にあえて入ろうとするのでしょう」
 帝は少しいぶかしんだ顔になりその首を傾げさせた。
「それがわからないのですが」
「おそらく中帝国との関係故にでしょう」
 秋山が言う。
「あの国は中帝国に親米派を作っていますので」
「その彼等との関係からですか」
「国民派との関係だけでなくです」
 その親米派だけではないというのだ。
「噂では共有派にもパイプがあるそうですから」
「資本主義なのにですか」
「その切り崩しにもかかっている様です」
「そうした背景があってですか」
「はい、我々が持っていても中帝国が手に入れてもガメリカの利益になる為に」
 まさにだ。その為にだというのだ。
「彼等は我々に満州への資本参加を要求しているのでしょう」
「そういう事情ですか」
「ではです」
 帝と秋山の話が終わったのを見てだ。それから言う宇垣だった。
「この件は如何致しましょうか」
「資本参加程度ならいいと思います」
 帝は宇垣にこう答えた。
「今ここで突っぱねるとガメリカをさらに刺激します」
「だからこそですね」
「はい、今中帝国だけでなくガメリカを敵に回すことは危険です」 
 帝の判断はこうしたものだった。
「ですからそうしましょう」
「わかりました。それでは」
「また要求があるでしょう」
 帝は既に読んでいた。先を。
「ですが今はです」
「こちらが譲歩してですな」
「とりあえずの衝突を避けましょう」
「畏まりました」
 こうしてガメリカの要求に関することも決定させてだ。そのうえでだった。
 御前会議は終わった。それからだった。
 東郷は海軍省に入った。そしてその長官室で秋山に言った。
「何か柄じゃないな」
「長官になられたことがですか?」
「俺は特にな。出世とかはな」
「興味がおありではないですね」
「そうだ。娘は大事にしたいがな」
 それでもだというのだ。東郷はそういうことには興味がないのだった。
 それでだ。長官の席に座ってもだった。こう言うのだった。
「座り心地は悪くなくてもな」
「それでもですか」
「ああ。この席を温めるつもりはない」
「ならですね」
「今我が国は大変な状況だ」
 地位よりも国のことを考えていた。そのことを言葉に出したのである。
「このことは何とかしないとな」
「はい、それではですね」
「人選だな。それに艦隊の再編成だ」
「確かに全軍の壊滅は防ぎましたが」
 それでもだとだ。秋山は曇った顔で東郷に話す。
「ですがそれでもです」
「そうだな。艦艇も将兵もかなりな」
「損害が出ました。将兵は思ったより犠牲者が少なかったですが」
 それでもだというのだ。秋山の顔は深刻だった。
「問題は艦艇に提督です」
「それだな。どうしたものか」
「はい、どうされますか」
「少し考える。だが、だ」
「だが?」
「悲観したり深刻になることはない」
 それはないというのだ。実際に今の東郷も顔も飄々としている。
「そうしたことはな」
「楽観ですか」
「そうだ。解決案は絶対にある」
 東郷は言う。
「それを探すだけだ」
「そうですか。では一体何を」
「柴神様に聞いてみるか」
 ここでだ。東郷はこの神の名前を出した。
「あの方にな」
「柴神様ですか」
「それか祖国さんだな」
 日本の名前も出した。
「あの人にもな」
「あの、祖国様は人でしょうか」
「人格として出て来てるから人でもあるだろう?」
「ですが国ですが」
「その辺り何か微妙だな」
「そうですね。しかしです」
「国の方がいいか」
 東郷もこのことには首を少し捻っていた。今一つわからないといった感じでだ。
「祖国さん達の場合は」
「呼び方としてはやはり」
「まあとにかくだ。祖国さんにもだ」
「お話を伺いますか」
「人間の知恵なんてたかが知れている」
 東郷は達観した言葉で述べた。
「俺達よりずっと知っている神様や国がおられるのならな」
「その方々のお知恵を拝借しますか」
「そうしよう。それで柴神様は何処だ?」
「確か今は総理府におられますが」
「総理府にですか?」
「今回の御前会議には出張でおられませんでしたが今首相代理を務めておられますので」「それで総理府におられるのか」
 日本帝国の役職は代用が効果的に使われている。それでなのだった。
「成程な。それじゃあな」
「これから総理府に行かれますか」
「そうしよう。それで祖国さんはだ」
「国家の方々は何時でも何処でも来られますので」
「特に心配することはないな」 
 会うことについてはだ。全くだった。
「わかった。それじゃあな」
「はい、それでは」
 こう話をしてだった。そのうえでだ。
 二人は総理府に向かうことにした。しかしその前にだ。秋山が東郷に言った。
「そうです、艦隊もです」
「そのこともあったな」
「艦艇の補充も大事ですが」
「提督もどうするかだな」
「そうです。今提督は閣下と祖国様だけです」
 まさにだ。彼と祖国だけだった。
「国家の方々もおられますが」
「まあ韓国さんと台湾さんは基本陸軍だがな」
「それでも提督にはなって頂けます」
「しかし人間の提督がな」
「それが問題です」
「問題山積みだな。しかしな」
「それでもですね」
 秋山はわかった。東郷が次に言うことは。
「このことについてもですね」
「解決案はある。悲観するよりもな」
「まずは解決案を見つけることですか」
「嘆くよりも動くことだ」
 具体的にはだ。それだというのだ。これが東郷の考えだった。
「悲観しても何にもならないからな」
「ただ。長官はです」
「楽観的過ぎるか?」
「はい、もう少し事態を深刻に受け止めて頂きたいことが多々あります」
「ははは、そうするとどうなるかわかるか?」
「どうなるというのですか?」
「禿げるぞ」 
 笑いながらだ。東郷は秋山のその額、長髪に隠れているが実はかなり危険そうなその額を見てだ。そのうえで言ったのだった。
「御前は特に危ないな。親戚にそういう人はいないか?」
「禿げていません!」
 そしてだ。ムキになって反論する秋山だった。
「私の額はです。そもそもです」
「生まれつきか?」
「そうです。遺伝です」
「わかった。それはだ」
「それはといいますと」
「大変だな」
 何故かだ。こう言う東郷だった。そしてだ。
 このことについてだ。秋山は首を傾げさせて東郷に問い返した。
「何故大変なのですか?」
「だから今遺伝だと言ったな」
「はい、ですから御聞きしているのですが」
「遺伝で禿げるとなると。育毛剤も中々効かないぞ」
「ですから違います!」
「遺伝と言ったじゃないか今」
「生まれた頃からこの額です!」
 そうだというのだ。秋山はかなりムキになって主張する。
「全く。何を言うのかと思えば」
「ははは、怒るとさらに悪いぞ」
「誰が怒らせているのですか。とにかくです」
 話にラチが明かないと見てだ。秋山は話を強引に変えてきた。その話は。
「艦隊と提督のことですが」
「ああ、それだな」
「そのことについてまず考えていきましょう」
「そうだな。それじゃあな」
 こうしてだった。ようやく海軍の話になるのだった。そして東郷はかつてない艦隊を築き上げることになるのだった。誰もが想像しなかった様な。


TURN2   完


                         2012・2・10



東郷が長官に。
美姫 「この辺りは原作通りね」
だな。後は、現状がどういった物かが軽く語られた感じだな。
美姫 「ここから艦隊を再編成して、って所ね」
さてさて、これからどうなっていくのか。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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