『ヘタリア大帝国』




                  TURN108  トライアスロン

 競技の開催委員会は用意されたテントに置かれていた、帝はその審査委員長席において副委員長である柴神に問うていた。帝は白いジャージで柴神は黒のそれだ。
「今回優勝候補はどなたでしょうか」
「そうだな、何人かいるがな」
 柴神は帝の問いに考える顔で答えた。
「海軍長官もそうだ」
「東郷さんもですね」
「あと陸軍長官もだ」
「あの娘は凄いですからな」
「只でさえ身体能力が凄いうえに日々の鍛錬を欠かしていない」
 山下はただ才があるだけではない、そこに努力を重ねる者なのだ。
「太平洋一の武芸者でもあるからな」
「水泳も得意ですからね」
「水術も免許皆伝だ」
 武芸十八般に秀でているのは伊達ではない。
「走ることも自転車もだ」
「どれもですね」
「見事だ、だがだ」
「だが?」
「優勝候補は多い、ランス殿もかなりだ」
 彼もただの女好きではない、鬼畜でも何でも勇者に相応しいものはあるのだ。
「身体能力はな」
「凄いですね」
「私は参加出来ないですが」
 見ればテントの中にはシィルもいる、当然馬の姿のままだ。
「今は馬ですから」
「うむ、残念だがな」
「ただ、ランス様の身体能力はかなりなので」
 このことは間違いないというのだ。
「本気を出されれば」
「その時はか」
「優勝も夢ではありません」
 こう柴神達に話す。
「あくまで本気を出された場合ですが」
「本気みたいですよ」 
 帝は選手達の方を見てシィルに答えた。
「どうやら」
「そうみたいですね」
「どうやら優勝の賞金で」
 それも出ている、競技にはつきものだ。
「何かお考えですね」
「多分可愛い女の子のお店に行かれることを考えておられます」
 その賞金でだと、シィルは己の予想を述べる。
「その様に」
「そうなんですか」
「メイド喫茶でしょうか」
 日本から今や太平洋中に広まろうとしている文化である。
「ランス様最近そちらに凝っておられるので」
「メイド喫茶にですか」
「はい」
 まさにそれにだというのだ。
「ランス様らしいですが」
「それでも本気なのですね」
「今のあの人は凄いですよ」
 ランスも今はやってくれるというのだ、彼は緑のジャージでストレッチをしながらそのうえでモンゴルに対して言っていた。
「やるか、今日は」
「頑張るんだね」
「やるぜ、それで賞金でメイド喫茶貸切だ」
 如何にも好色そうな顔で言う。
「祖国さんも招待するからな」
「オルドだね」
「そうだよ、まさにオルドだよ」
 メイド達を置いたそれだというのだ。
「楽しみにしておいてくれな、二人で楽しもうな」
「ランスって男に冷たいんじゃなかったの?」
 モンゴルは自分の性別から彼に問うた。
「確か」
「ああ、そうだよ」
「けれど僕にはいつも優しいよね」
「祖国さんだからな、今の俺の」
 だからだとだ、ランスは彼に笑顔を向けて答える。今もストレッチをしている。
「それでだよ」
「祖国だからなんだ、僕が君の」
「自分の祖国さんは大事にしないとな」
「駄目だっていうんだね」
「ああ、それ位はちゃんとしないとな」
「君って鬼畜だけれどそういうところはちゃんとしてるね」
 確かに鬼畜だが人として最低限守らないとならないことは守っているというのだ。
「実際のところは」
「そうか?」
「うん、シィルから話を聞いてもね」
 彼のこれまでの行動もだというのだ。
「そうしたところはね」
「褒めてもメイド喫茶以外何も出ないぜ」
「いや、充分出てるから」
 メイド喫茶自体がだというのだ。
「それでね」
「そうかね」
「そうだよ、じゃあこの競技もね」
「優勝するぜ」
 こう言ってそしてだった、ランスは優勝を狙って競技に赴く。
 スカーレットは真希のところに来てだ、こう言った。
「お母さんを見ていてね」
「お母さん頑張ってね」
「優勝したらね」
 真希の目線でしゃがんで優しい顔で語る。
「真希にとっておきのプレゼントをしてあげるわ」
「プレゼント?」
「共有主義は貨幣がないから賞金は受け取らないけれど」
 だからこれはなかった、まだ頑なに共有主義者のままだった。
「それでもプレゼントはあるわよ」
「どういったものなの?」
「メダルよ」
 優勝の時に貰えるそれだというのだ。
「それを貴女にあげるわ」
「えっ、私に金メダルくれるの!?」
「ええ、そうよ」
 その通りだというのだ。
「期待していてね」
「うん、それじゃあね」
 真希は目を輝かせて母の言葉に応えた、そしてこうも言った。
「お父さんもメダルくれるっていうかな」
「そうなの」 
 スカーレットは東郷、夫の名前が出ると微妙な顔になった。
「真希に私と同じものを」
「優勝して金メダルをくれるって言ってるの」
「いえ、お父さんは真希に金メダルをくれないわよ」
 少し意固地になった感じでだ、スカーレットは真希に答えた。
「銀メダルが限度よ」
「銀メダルって二番目よね」
「そうよ」
 一番ではないというのだ。
「一番になるのはお母さんだから」
「私に金メダルをくれるの」
「そうよ」
 その通りだというのだ。
「だから楽しみにしていてね」
「私、お父さんとお母さんが競争するより」 
 共有主義のことはわからない、だがそれから争うことはというのだ。真希は憂いのある顔になって母に言う。
「仲良くしてね」
「仲良く?」
「金メダルとか銀メダルよりも」
 こう憂いのある顔での言葉だった。
「そういった方がいいけれど」
「もう少しよ」
 スカーレットもわかっていた、真希の気持ちは。
 しかしそれでも共有主義者としてだ、こう言ったのである。
「それはね」
「今すぐじゃないの?」
「いい?今日本も太平洋の他の国も資産主義だけれど」 
 真希にもこのことを話すのだった、共有主義のことを。
「資産主義だと一部の人達だけが幸せなの。皆幸せじゃないの」
「だからなの?」
「そう、どの国も共有主義にならないと駄目なのよ」
 こう真希に語るのだ。
「皆が幸せになる為にね」
「そうなの?」
「そうよ。だからね」
 それでだというのだ。
「それまで我慢していてね」
「・・・・・・・・・」
 真希はスカーレットの言葉を聞いても俯くだけだった、真希にとって共有主義なぞどうでもよかったからだ。
 それよりも両親が昔の様に仲良くしてもらいたい、心からそう思って願っているだけだった。だがスカーレットはこのことには気付いていなかった。
 東郷は今も秋山に対してこう言っていた。
「さて、昔の様にな」
「昔の様にですね」
「スカーレットと仲睦まじくなってな」
 そしてだというのだ。
「真希を笑顔にしないとな」
「それが長官の願いですね」 
「そうだ、そうなってくれればな」
 こう秋山に言うのだ。
「いいと思っている」
「そうですか」
「俺は共有主義は間違っていると思っている、だがそれ以上にだ」
「それ以上にですね」
「真希を笑顔にしたい」
 昔の家族に戻ってだというのだ。
「その為にもな」
「頑張って下さい」
「とはいっても俺はスカーレットや利古里ちゃん程身体能力は凄くないがな」 
 二人と比べるとだというのだ。
「やってみるさ」
「いえ、長官もです」
「やれるか」
「確かに格闘技や銃ではお二人程ではありませんが」
 それでもだというのだ。
「トライアスロンの三つの競技は全て」
「確かに得意だ」
 水泳もマラソンもだというのだ、当然自転車も。
「どれもな」
「長官は陸上競技向けの方です」
 そして水泳のだというのだ。
「ですから」
「大丈夫か」
「優勝も夢ではありません」
「御前が言うのなら大丈夫か」
「はい、自信を持って行って下さい」
「それじゃあな」
 こうした話をしてだった、東郷もまた競技に赴く。競技コースの左右にはもう観客が集まっている、そしてだった。 
 その開催を待っていた、それはテントでもだった。
 アナウンサー役のシィルが解説役の帝と柴神に尋ねていた。
「馬は脚や持久力が違うからですね」
「はい、アストロ犬さんや猫さんはいいのですが」
「馬となるとな」
 二人もこう今は馬の姿のシィルに話した。
「身体能力も違うので」
「ハンデがあり過ぎるからだ」
「そうですね、私も実際のところ」
 シィルも馬の口から答える。
「馬は他の動物と違うので」
「そうだ、だから君はアナウンス役に回ってもらった」
 柴神がシィルに言う。
「それで頼む」
「わかりました」
「さて、そろそろだな」
 柴神は話題を変えてきた。
「競技の開始だ」
「はい、そうですね」
「全てがはじまる」 
 柴神は日本とガメリカの戦いがはじまる時の様に緊張している顔だった、その顔で解説をする。
「今からな」
「まずは水泳ですが」
「ただ長い距離を泳ぐだけではない」 
 トライアスロンではというのだ。
「そこからマラソンと自転車があるのだからな」
「体力の配分は考えないといけないですね」
「それが問題だ」
「そうですね、水泳で終われば」
「どうにもならない」
「最後の最後までですね」
 自転車が終わるまでだというのだ。
「この競技は大変ですね」
「とにかく体力とその配分だ」
 あまりにも過酷な競技なのでその二つについてが問題になるというのだ。
「この競技はな」
「皆さんが頑張ってくれることを期待しています」
 帝も微笑んで言う。
「今回は」
「スポーツマンシップに基いてな」
 柴神も応える、そうした話をしてだった。
 その開催を見守る、その競技が遂にはじまった。
 まずはピストルが鳴り選手達は海に飛び込む、そうして長い距離を泳ぐ。
 ランスはその中で平泳ぎで勢いよく泳ぐ、その中で言うのだった。
「よし、俺が優勝だ!」
「乗ってるな、ランスさんも」
「あんたには悪いが優勝は貰うからな」
 横にいる東郷に自信に満ちた笑顔で返す。
「そうさせもらうからな」
「そうか、それではな」
「全力で行くからな」
 その言葉通りランスは勢いよく進む、しかもその中で体力はしっかりと配分していた。
 トップ集団を進む、そのトップ集団は彼にだった。
 山下とスカーレット、そして東郷だった。この四人をダグラス達が追う。
「あの四人は凄いな」
「全くです」
 ダグラスにマンシュタインが応える。
「私も体力には自信がありますが」
「それでもだよな」
「あの方々は別格ですが」
 マンシュタインは自分達の前を泳ぐ彼等を見て言う。
「体力が違い過ぎます」
「俺も身体は鍛えてるんだがな」
 ダグラスは映画スターだった、スターとしてスタイルを維持してきた。そして今も健康の為トレーニングは欠かしていない。 
 だから身体能力にも自信がある、だがそれでもだった。
「本当にな」
「あの方々は違います」
 そうだというのだ。
「圧倒的です」
「こりゃ今回もしてやられるか」 
 ダグラスは苦い顔で呟いた。
「これはな」
「仕方ないな」
 ここでアメリカがダグラスに言って来た、トップの次の集団には彼もいるのだ。
「実力が違い過ぎるぞ」
「祖国さんから見てもか」
「僕も体力には自信があるぞ」
 伊達にエイリスを追い越した訳ではない、その馬力はかなりのものだ。
「それでもだ」
「あの四人には負けるか」
「今回の競技はあの四人の誰かだ」 
 優勝するのはというのだ。
「本当にな」
「そうか」
 トップ集団と彼等の違いはかなり出ていた、そしてだった。
 言うなら次点の集団、彼等の中には日本や中国もいた。中国は青息吐息でこう言っていた。
「と、歳には勝てないあるか」
「あの、私達八国は大体同じ歳ですが」
 日本がその中国に言う。
「中国さんは」
「何か身体にがたがきているある」
 如何にも年寄りという言葉だった。
「どうしたものあるか」
「その割には速くないかしら」
「そうよね」
 リンファとランファは自分達の祖国を見ながら話した、二人も次点の集団にいるのだ。
「祖国さん元々体力があるから」
「身体のがたも最近かなりましになってきてるしね」
「優勝は無理にしても」
「ちゃんとやれるでしょ」
 これが二人の見立てだった。
「むしろハニートラップさんの方が」
「まずいわよ」
 そのハニートラップは最後尾の集団だった、泳ぎながら疲れきった顔だった。
「完走だけはしたいけれどね」
「ふむ、大変そうだな」
 山本がその彼女に言う。
「格闘能力は高いが」
「実は歳なのよ」 
 だからだというのだ。
「これでもね」
「幾つじゃ、それで」
「あんたよりはずっと若いけれどね」
 六十九歳の山本よりはだ、だがそれでもだった。
「人は外見によらないのよ」
「そうか、大変だのう」
「持久力が落ちてるのよ」
 年齢のせいだ、全ては。
「昔はこんなの全然平気だったのに」
「まあ完走はせねばな」
「意地があるからね」
 こう話してそしてだった。
「これでも」
「だからじゃな」
「ええ、完走はするわよ」
 絶対にだというのだ。
「それはするから」
「そういえばあんたは特殊部隊出身だしのう」
「ええ、そうよ」
「基礎体力はあるか」
「確かに色仕掛け担当だけれどね」
 このことは同じ特殊部隊出身のキャヌホークも同じである、違うといえば性別ということ位であろう。
「それでもよ」
「訓練は受けてきとるな」
「だからソビエトの戦闘員もやっつけられたのよ」
 このこともキャヌホークと同じだ。
「今も運動能力には自信があるわ」
「しかし持久力か」
「そっちはね」
 泳ぎながら目を顰めさせて答える。
「結構以上にね」
「今話している通りか」
「毎日トレーニングはしてるけれど」
 それでもだというのだ。
「歳っを取ると体力はどうしても落ちるから」
「だからじゃな」
「完走がやっとよ」
 それがだというのだ。
「今のあたしの体力だとね」
「ふむ、では順位ではなく完走を目指すか」
「そういう爺さんこそどうなのよ」 
 ハニートラップは共に進む山本に対して彼はどうかと問うた。
「正直もう」
「まあ大丈夫じゃ」
「本当に?その歳もあるのに」
 身体だけではないというのだ、山本の場合は。
「完走どころか一キロ泳げるの?」
「自分のペースでいけばそれ位の体力はある」 
 今でもだというのだ。
「だから安心するのじゃよ」
「だといいけれどね」
「心配せんでええ、わしはトライアスロンでは死なぬ」
「そう言う根拠は?」
「しんどくなったらリタイアするからじゃ」
 右目を悪戯っぽく瞑ってみせてハニートラップにこう言った。
「だからじゃよ」
「そういうことね」
「そうじゃ、まあ完走は目指す」
「完走出来る位だったら当分は大丈夫そうね」
 歳や病に対してだというのだ。
「じゃあ頑張ってね」
「そうさせてもらうわ」
「私も完走目指してね」
 ハニートラップもそれを目指すことにした、人それぞれで目指すものが違っていた。
 先頭集団はどんどん進む、シィルはアナウンス席からその様子を見て帝と柴神に対して驚きの声で話した。
「凄いですね、先頭集団は」
「そうだな」
 柴神も唸る様にして応える。
「あの四人はな」
「ランス様のことは知っていました」
 伊達に元の世界でも奴隷として常に傍にいる訳ではない。
「ですがそれでも」
「東郷達か」
「はい、もう泳ぎ終わりました」
 水泳を終わって次はだった。
 マラソンだ、それを行う彼等を見て言うのだ。
「それからすぐにマラソンですから」
「言うまでもなくトライアスロンは過酷な競技だ」
 このマラソンだけでもかなりのものだがそれだけではないからだ。
「完走するだけでも容易ではない」
「しかもあの速さでとなりますと」
「並の者なら倒れる」
 柴神は言い切った。
「まずな」
「ですがあの方々は」
「彼等にしてもその力を極限まで出している」
「そうしてですか」
「そうだ、走っている」
 そして競い合っているというのだ。
「あの様にな」
「そうですか」
「誰が勝ってもおかしくはない」
 四人のうちの誰でもだというのだ。
「この競技は素晴らしいものになっている」
「そうですね、白熱しています」
 帝もここでこう言う。
「果たしてどうなるのか目が離せません」
「そうですね。では」
「うむ」
「それではですね」
「引き続き競技を見ていきましょう」
 シィルも競技を見ていた、そしてだった。
 競技は進んでいく、東郷達はマラソンも凄まじい速さで進んでいた。
 ランスは走りながらこんなことを呟いた。
「ここまで力を使うとな」
「どうだというのだ?」
 その彼に競い合っている者の一人山下が問うた。
「一体」
「三日は遊べなくなるな」
「三日か」
「ああ、三日はな」
 力を使い果たしてだというのだ。
「そうなっちまうな」
「たまにはそれもいいだろう」
「俺に遊ぶなっていうのかよ」
「どうせ行くのはメイド喫茶だな」
「ああ、そうだよ」 
 山下にも悪びれずに返す、こうしたところは実にランスらしかった。
「優勝したら借り切って祖国さんと一緒にな」
「モンゴル殿とか」
「オルドっていくつもりだよ」
「本当に貴殿は好きだな、しかしだ」
「優勝はっていうんだな」
「優勝は私が貰う」
 駆け前を向きながら毅然としてランスに答える。
「必ずな」
「言ってくれるな、それならな」
「勝負だな」
「優勝は俺だよ」 
 ランスも前を向きながら山下に返す。
「例え何があってもな」
「そして遊ぶというのだな」
「人間ってのは遊ぶ為に生きてるんだよ」
 実にランスらしい言葉である、何しろ冒険が終わると次の冒険までは極めて自堕落に生きるのが常の男である。
「だからだよ」
「自らを律する考えはないか」
「柄じゃねえな」
 そうしたことはしないというのだ。
「しかしな、メイド喫茶の為にはな」
「勝つか、わたしに」
「あんただけじゃなくてあの二人にもな」
 前を見た、そこには東郷とスカーレットがいる。
「絶対に勝つからな」
「ならそうしてみろ」
「ああ、そうしてやるさ」
 ランスは山下と競っていた、そのうえで東郷とスカーレットも抜こうとしていた。その東郷とスカーレットはというと。
 無言でただひたすら走る、二人は完全に並行になっている。そのうえでただひたすら走りながらであった。
 マラソンを進めていく、そしてだった。
「凄い速さでマラソンも終えようとしています」
「では次はですね」
「はい、自転車です」
 シィルはこう帝に答える。
「自転車競技です」
「これが最後ですが」
 トライアスロンの最後の競技である。
「どうなるでしょうか」
「本当に予断を許しませんね」
「そうですね、最後の最後までわかりません」
 帝も固唾を飲んでいる。
「ゴールまで」
「ここまで凄い大会になるとは思いませんでした」
 シィルもここまで言う。
「素晴らしいものです」
「私もそう思う」
 柴神も同じ考えだった。
「最後はどうなるか」
「それまで目が離せません」
 彼等も解説席で何とか興奮を抑えている感じだった、それは観客達も同じだ。
 皆コースを囲んで目を凝らしている、そしてだった。
「長官さん頑張れ!」
「奥さんもな!」
「山下長官そのままだ!」
「ランスさんもやれよ!」
 最早四人の誰が優勝してもという感じだった、応援も白熱していた。
 その中東郷は自転車を進めていた、当然スカーレットも。最後の競技も凄まじい勢いで進んでいっていた。
 ゴールが見えて来た、帝はその様子を見てまた言った。
「では」
「はい、いよいよですね」
「どちらが勝つかですね」
 こうシィルに言うのだ。
「優勝は」
「もうすぐわかる」
 柴神も固唾を飲む感じだ。
「それはな」
「ですね、後一キロです」
 その距離を切ったところだ。
「まさにラストスパートです」
「四人共勢いを上げてこられました」
 帝も言う。
「まさにいよいよです」
「そうですね、では」
 シィルもごくり、と唾を飲み込んだ。ゴールは競技場のトラックにある。
 四人はそこを流星の様に進んでいる、そしてその中で。
 東郷は前に出た、スカーレットも。
 二人は前を見たまま無言で突き進む、そのうえでテープを突っ切った。
 競技場の観戦者達もネットやテレビで観ている者達もだった、判定の結果を待った。
「どっちだ?」
「どっちが勝ったんだ?」
「東郷さんかスカーレットさんか」
「どちらだ?」
「判定はどうなんだ?」
 一瞬でわかるものだった、だが。
 しかしその一瞬が今は長かった、まるで永遠の様に。
 コンピューターによる判定が出た、その結果はというと。
「東郷毅!優勝!」
 審査員の一人である若い女性の海軍士官が宣言した、その瞬間競技を観ていた全ての者が声を挙げた。
「よし、長官さんだ!」
「東郷さん優勝だ!」
「やったな!」
「凄いぜ!」
 皆彼に歓声を送る、東郷はゴール地点からトラックの中に入りながら彼等に右手を挙げて応える、その横では。
 スカーレットは待っていた真希に向かう、そしてだった。
「御免なさいね、約束を守れなかったわ」
 優勝出来なかった、約束だったがそれが出来なかったというのだ。
「メダルはね」
「メダル、頂戴」 
 真希は顔を上げて母にこう返した。
「お母さんのメダルね」
「私のメダルを」
「うん、お母さんのメダルをね」
 金ではなくともいいというのだ。
「それ頂戴。くれるって約束だよね」
「それでいいのかしら」
「御願い」
 真希はあえていいとは言わなかった、こう言った。
「それをね」
「わかったわ。それじゃあね」
 スカーレットは娘の言葉に微笑みで返した、そしてだった。
 審査員から貰ったその銀メダルを娘の首にかけた、それをかけ終わると。
 その場に倒れ込んだ、東郷はその妻を地に着く直前で抱えそのうえでそこに駆けつけてきた柴神に対して言った。
「ではですね」
「うむ、今からな」
「洗脳を解きますか」
「石のことはだ」
 スカーレットを洗脳したカテーリンの石のことも言う。
「おおよそ察しがつく」
「あの石は一体どういったものなのでしょうか」
「それはな」
 柴神はここでは口を詰まらせた、そして東郷にこう返した。
「あれだ、催眠術に効果のある光を出す石でだ」
「魔術に使うものでしょうか」
「そんなところだ、とにかくだ」
 話を適当に濁しそれからまた言う。
「この洗脳については知っていてだ」
「今ならですね」
「どんな強力な洗脳でも解ける」
 トライアスロンで力尽きまた娘の笑顔を受けてそれに心を支配されている状況ならというのだ。
「では私に任せてくれ」
「それでは」
 こうしてだった、柴神はスカーレットを抱えて医務室に向かった、そこで二人きりになって暫く経ってからだ。
 競技が終わったところでだ、彼は東郷のところに来て言った。
「終わった」
「洗脳は解けたんですね」
「そうだ、無事な」
 成功したというのだ。
「医務室に行くといい、意識も戻っている」
「では真希と共に」
 ここで真希を見た、丁度その手を引いているところだったのだ。
「今から行きます」
「そうするといい」
 こうしてだった、東郷は真希と共に競技場の医務室に向かった。スカーレットはそのベッドで半身を起こしていた。
 スカーレットは部屋に入って来た二人を見た、するとまずはこう言った。
「長い間ね」
「夢を見ていたな」
「ええ、けれどそれはもう終わったわ」
 二人に微笑んで言う、二人はもう彼女の傍まで来ている。
「それでよかったらね」
「また三人一緒に暮らせるの?」
 真希は父の手を握りながら母を見上げて問うた。
「そうなれるの?」
「ええ、これからはいつもね」
 その娘に微笑んで答える。
「お母さんが真希の御飯を作るわ」
「うん、じゃあね」
「長い間留守にしていて悪かったけれど」
「それもだな」
「ええ、終わりよ」
 東郷に顔を向けてこうも答えた。
「また宜しくね」
「こちらこそな」
「それで私の所属だけれど」 
 早速だった、スカーレットは戦争の話をはじめた。
「私はあなたの妻だから」
「日本軍になるな」
「そうね、国籍もそうだから」
 東郷と結婚して国籍も変わった、それでだというのだ。
「日本軍ね」
「艦隊の一つを任せたいがいいだろうか」
「ええ、わかったわ」
 東郷の言葉に微笑んで返す。
「それではね」
「これからはそちらでも宜しく頼む」
 こうしてだった、スカーレットは共有主義から解放されそのうえで日本軍に加わることになった、トライアスロンは最高の結末を迎えることが出来た。
 どの参加者も完走出来た、その中で。
 ハニートラップは終わった後で肩で息をしてグラウンドで両手両足をついていた、そしてこう言っていた。
「もうね、本当にね」
「歳だというのじゃな」
「そうよ、次は完走出来ないかもね」
 こう山本に言う。
「流石にね」
「タイムもよかったぞ」
「それでも参加者の中で最下位よ」
 だからだというのだ。
「それじゃあね」
「いや、参加することに意義がある」
 山本はこのよく言われている言葉を出した。
「そしてじゃ」
「正々堂々とスポーツをすることがっていうのね」
「それがよいのではないか」
「じゃあ機会があればまたっていうのね」
「うむ、やってみればいい」
 こうハニートラップに言うのだ。
「わしもまたやるぞ」
「そういえば爺さんも完走したわね」
「何とかな」
「昔は爺さんが優勝の常連だったって聞いたけれど」
「ほう、誰から聞いたのかのう」
「日本さんの妹さんからよ」
 彼女から聞いた話だというのだ。
「あの人からね」
「妹さんからじゃったか」
「ええ、昔は凄かったってね」 
「ははは、昔の話じゃよ」
 山本は陽気に笑ってこのことについて答えた。
「最早な」
「そう言っても今だって完走してるし」
 六十五をとうに超えた今でもだというのだ。
「普通に凄いじゃない」
「そうかのう」
「ええ、あたしも爺さんみたいな歳で完走出来るかしら」
「しようと思えば出来るぞ」
「どうだかね、これでも結構歳だからね」
「そもそも御前さん幾つじゃ」
「レディーに年齢聞くの?」
 このことはくすりと笑って返す、余裕を見せることも忘れない。
「ちょっと無粋じゃないかしら、爺さんにしては」
「おっと、これは失敬」
「でしょ?まあとにかく私も歳だから」
 だからだというのだ。
「完走がやっとになったけれど」
「わしの歳になるまで完走出来る様にするか」
「そうするわ、後ね」
「後、どうしたのじゃ」
「そろそろ身を固めないとね」
 今度はこう言うのだった、体を起こして立ち上がって出した言葉だ。
「もうね」
「ではわしはどうじゃ?」
 山本はここでも悪戯っぽい笑みでハニートラップに言った。
「実はわしも独り身なのじゃよ」
「えっ、爺さん独身だったの」
「そうじゃ、知らんかったか」
「初耳よ、っていうか爺さんには古賀さんがいるじゃない」
 だからだというのだ。
「私が入る幕はないわよ」
「では今のプロポーズはか」
「悪いけれどね」
 ハニートラップも今は軽く笑って返した。
「断るわ」
「そうか、それは残念じゃな」
「まあとにかく、トライアスロンはね」
 顔の汗をタオルで拭く、見れば爽やかな笑顔になっている。
「出来るだけ長く完走出来る様にしたいわね」
「うむ、頑張るのじゃ」
「そうするわ」
 こう言ってシャワーを浴びに向かう、ハニートラップも完走して爽やかな気持ちで闘技場を後に出来たのだった。
 トライアスロンの結果スカーレットも参戦となった、そのうえで。
 東郷は御前会議の場でこう帝に言った。
「これよりです」
「はい、いよいよですね」
「モスクワ攻略にかかります」
 ソビエトの首都のその星域を攻めるというのだ。
「そうします」
「ではソビエトとの戦いも」
 攻略したならというのだ。
「かなり有利になりますね」
「終わらないにしましても」
 ソビエトがまだ抵抗することは十分に考えられた、カテーリンは勝つまで止めない娘であることは容易に想像がつくことだった。
「敵の首都を抑えます」
「それならですね」
「以後の戦いを極めて有利に進められます」
「それにです」
 今度は日本が帝に言う、東郷の提案を補足する形でだ。
「モスクワでの戦いは決戦になりますが」
「それ故にですか」
「はい、ソビエト軍はその戦力の殆どを投入してきます」
 そうしてくるからだというのだ。
「その彼等を倒せば以後ソビエト軍には戦力がなくなります」
「つまりモスクワで勝てば」
「決まります」
 決定的にだというのだ。
「そうなります」
「では」
「戦線に戻り次第です」
 そうしてからだというのだ。
「モスクワ攻略にかかります」
「わかりました」
 帝はここまで聞いて頷いた、そしてだった。
 東郷達会議にいる者達に対してこう告げた。
「ではこれよりです」
「はい」
「それでは」
「モスクワ攻略作戦に許しを出します」
 帝自らそうするというのだ。
「必ず攻略して下さい」
「わかりました」
 東郷が応える。
「それでは」
「それでなのですが」
 ここで帝は東郷に問うた。
「カテーリン書記長のことですが」
「彼女が何か」
「先の話になりますが」
「その処遇ですか」
「それはどうなりますか?」
 帝が今気にかけているのはこのことだった。
「一体」
「それはソビエトの国民が決めることかと」
 東郷はこう帝に答えた。
「そのことは」
「我々が気にすることではないです」
「そうですか」
「他国の国家元首の処遇は内政干渉になります」
 だからだというのだ。
「我々が何かをするべきではありません」
「では、ですね」
「カテーリン書記長が戦後もソビエトの国民に選ばれたなら」
 その時はというのだ。
「彼女はそのままです」
「ですがそれでは」
「共有主義ですね」
「あの思想は私から見ましても」
 君主としてではなく個人から見ての言葉だ。
「危ういものだと思います」
「それだけは、ですね」
「何とかすべきではないでしょうか」
「ご安心下さい、そのこともです」
「解決出来ますか」
「問題は石です、お聞きだと思いますが」
「彼女の手にある赤い石ですね」
 帝もこのことは既に聞いている、誰もがカテーリンの話を聞くのは彼女の手にある石の力に拠るものなのだ。
 それでだ、帝も言うのだ。
「あの石さえなければですか」
「共有主義は力を持ちません、あの娘一人だけのものになります」
「そうですか」
「それでは若し彼女が国家主席のままでも」
 権力を持ったままでもだというのだ。
「共有主義を広めることは出来ません」
「誰も支持しないからですね」
「そうです、あの石を砕くだけでいいのです」
「その際書記長の身体は」
「無論傷つけません」
 ただ石を砕くだけだというのだ。
「手の甲にあるそれを」
「それで済むのですね」
「おそらくは」 
 それで充分だというのだ。
「それで充分です」
「それではそのことも」
「はい、お任せ下さい」
 東郷は帝に対して頭を下げた、そのうえでモスクワ戦に赴くのだった。ソビエトとの戦いはいよいよ最大の山場に入ろうとしていた。


TURN108   完


                           2013・5・10



無事にスカーレットの洗脳が解けたな。
美姫 「加えて、スカーレットも提督として参加する事になったしね」
これで更に戦力がアップしたな。
美姫 「いよいよソビエトに向けて進撃開始かしら」
色々と難関が出てきたけれど、ここまで来れば後は互いの戦力がぶつかるのみ、となるか。
美姫 「どうなるのか、気になる次回は……」
この後すぐ!



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