『ヘタリア大帝国』




                    TURN40  雨の少女

 マレーシアの艦隊の修復状況を港において見ながらだ。東郷は日本とそのマレーシアに対して言うのだった。
「とりあえずベトナムでの戦いには間に合いそうだな」
「申し訳ありません」
 マレーシアは少し項垂れて東郷に応えた。
「余計な損害を出してしまい」
「何、仕方ないさ」
 東郷は微笑んでマレーシアのその謝罪をよしとした。
「いきなり出て来て二個艦隊だったんだな」
「はい」
「しかもネルソン提督とあちらの祖国さんじゃな」
「敗北もですか」
「むしろこの程度で済ませてくれた」
 マレーシアが艦隊を壊滅させなかったことも評価して言う。
「だからな。気にしないで欲しい」
「有り難うございます」
「それで敵の艦隊編成も見たんだな」
「ネルソン提督の艦隊にはバリア艦がありました」
「そうか。バリアがか」
「それもかなりの性能のものをです」
 マレーシアは東郷にこのことも話した。
「ですから。ビーム攻撃は」
「あまり意味がないな」
「そう思います」
「ああ、それだったらな」
 キャシーがだ。ここで彼等のところに出て来た。
「あたしが行こうかい?」
「ブラッドレイ提督がか」
「ビーム攻撃には自信があるんだよ」
 それでだというのだ。
「大抵のバリアなら貫けるぜ」
「そうなのか」
「どうだい?あたしが行こうかい?」
「いや、君は他の敵に向かってくれ」
 東郷は落ち着いた顔でそのキャシーに答えた。
「敵はネルソン提督だけではないからな」
「じゃあどうするんだよ」
「確かにバリアを貫くのも敵の心理に効果的だがな」
 盾が効かないとなると相手にそれだけ心理的圧迫を加えることになる、東郷はこのこともよくわかっていた。
 だが、だ。ここはだというのだ。
「ここは見せるやり方よりもだ」
「見えないで、っていうんだね」
「そうしよう。君の出番は今度だ」
 戦いは今で終わりではない。それを見ての言葉でもあった。
「それでいいだろうか」
「そうだね。じゃあ敵の司令官を倒すってのはね」
「次だ。それでいいな」
「ああ、花は渡すよ」
 キャシーは明るく笑ってそれでいいとした。そしてだった。
 東郷はエルミーにだ。こう言ったのだった。
「では今度もな」
「はい、わかりました」
「俺もネルソン提督のいる場所に向かう」
「長官ご自身がですか」
「少し。見てみたい」
 東郷は楽しげな微笑みも見せて話す。
「エイリスの騎士提督の戦いをな」
「そうですね。私もです」
 日本もここで言う。
「イギリスさんと手合わせをしてみたいですね」
「海賊退治かい?」
「あっ、イギリスさんはそういえばそうですね」
 日本はキャシーの言葉を聞いてこのことを思い出した。
「かつては海賊でしたね」
「そうだよ。今でこそ紳士ぶってるがね」
「かつては伊勢志摩とも戦い」
「ガメリカだって植民地だったんだよ」
「しかしそこからでしたね」
「あたし達のご先祖様は祖国さんと一緒に戦って独立したんだよ」
 キャシーは自国の歴史を誇らしげに日本に話す。
「輝かしい歴史だね」
「そうですね。ガメリカ共和国の歴史ですね」
「だろ?まああたしは今はこっちにいるけれどね」
 この世界独特のルールでだ。そうなっていることだった。
「国はあくまでガメリカさ」
「だからこそ本日のお昼はあれでしたか」
「ステーキかい?」
「それもティーボーンでしたね」
 キャシーの好物である。
「それを召し上がられていましたか」
「あれがステーキの中で一番美味いんだよ」
「だからですか」
「日本さんにも今度ご馳走するな」
「では私もキャシーさんに今度」
「納豆は止めてくれよ」
 キャシーはこの食べ物については暗い顔で返した。
「あれだけはちょっとね」
「身体にいいですが」
「身体にはよくてもね」
 それでもだというのだ。
「遠慮させてもらうよ」
「左様ですか」
「他のを頼むよ、和食はね」
「では鍋をどうでしょうか」
「鍋?」
「はい、河豚鍋等は」
 日本がここで話を出したのはこの鍋だった。
「癖がなくて食べやすいですよ」
「河豚って確かあれだよな」
 河豚と聞いてだ・。キャシーは今度は曇った顔になって述べた。
「毒があるよな」
「はい、当たれば死にます」
 日本もこのことを否定しない。
「それで鉄砲とも言われます」
「当たれば死ぬからだよな」
「その通りです」
「ちょっとね。戦争で死ぬのならともかくね」
 食べ物で死ぬ、それはどうかというのだ。
「遠慮したいね」
「大丈夫です。私は河豚の調理もできますので」
「それでなんだね」
「はい、ご安心下さい」
「祖国さんの河豚料理は絶品だからな」
 東郷もキャシーに日本の河豚料理について話す。
「是非一度ご馳走になるといい」
「そうかい。じゃあララーも誘うね」
 美味し安全と聞いてだ。キャシーは共に太平洋軍に入った同僚も誘うことにした。
「それで楽しくやろうね」
「では。ベトナム戦の後で」
「頼んだよ」
 太平洋軍は比較的リラックスしていた。彼等は身振り手振りも交えて明るく話していた。だが対するエイリス軍はというと。
 ベトナム総督がだ。下卑た顔でネルソンに言ってきていた。
「では提督。まずはお休み下さい」
「いえ、そういう訳にいきません」
 ネルソンは嫌そうな顔で総督に応える。
「間も無く太平洋軍が来ます。準備をしなければなりません」
「ですが提督なら大丈夫ですよ」
 総督は何も思うことなく言うのだった。
「日本なぞという東洋の島国なぞ」
「日本は馬鹿にはできない相手です」
 これがネルソンの総督への返答だった。
「それも全くです」
「いえいえ、所詮は大英帝国の敵ではないでしょう」
 総督は根拠のない優越感から言う。
「これまでは運です」
「運だというのですか」
「はい、それでここまで勝ち進んだだです」
 総督はこう考えていた。何も知らぬ何も見ようとしないまま。
「しかしそれも終わりです。ですから」
「ですから?」
「お休みの時にどうでしょうか」
 総督はさらに下卑た感じになり言ってきた。手揉みするその仕草にも品がない。貴族的とはいっても悪い意味で貴族的だった。
「ハーレムなぞは」
「ハーレム!?」
「はい、現地の少女を三十人ばかり用意しますが」
 こうネルソンに言うのだった。
「如何でしょうか。遊ばれますか?」
「お断りします」
 これ以上はないまでに嫌悪を見せてだ。ネルソンは総督に言い返した。
「私はそうしたことはしません」
「ではより年齢が上の」
「違います。ハーレムなぞというものは」
「?」
「即刻解散して頂きたい。少女達はあるべき場所に戻して下さい」
「皆孤児ですが」
「孤児なら孤児院に入れて下さい」
 そうせよというのだ。
「その様な。ハーレムなぞは不要です」
「いえいえ、ここではそれが普通ですが」
 総督は何が悪いのかわからないといった顔で述べ続ける。
「貴族ならば誰でもです」
「私は女王陛下から東洋の全権を委任されています」
 何もわからない腐敗した総督にだ。ネルソンは政治上における切り札を出した。
「その権限において申し上げます」
「何をですか?」
「ハーレムなぞというものは全て解散です」
 そうするというのだ。
「そして身寄りのない少女達は全て孤児院で保護します」
「何と、それは」
「無論より年上の女性達もです」
 ネルソンは厳しい声で続ける。
「全て解放、然るべき仕事に就いてもらいます」
「それでは我々は」
「そのうえで貴族の全ての身元調査を行い」
「まさか。それは」
「不正を徹底的に暴きます」
 これはベトナムだけを見ていることではなかった。東洋におけるエイリスの植民地全体のことであるのだ。
「そうします。今よりです」
「あの、それは」
「そしてです」
 さらにだとだ、ネルソンは言っていく。
「貴方は二度とです」
「二度ととは」
「私の前に現れないで下さい」
 こう告げたのである、総督に対して。
「宜しいですね」
「私は総督ですぞ。それでもですか」
「そうです。何度も申し上げますが私は女王陛下に全権を委任されています」
 だがそれを盾に取ってはいなかった。彼自身によってだ。
 ネルソンは総督を圧倒してだ。そして言うのだった。
「そうです。ではさようなら」
「くっ・・・・・・」
 ネルソンの迫力に押されてだ。総督は怯みながら彼の前から消えた。ネルソンはその彼の後ろ姿を忌々しげに見送ってからだ。それからだった。
 イギリスのところに来てだ。こう言うのだった。
「植民地の実情ですが」
「腐ってるっていうんだな」
「はい、あまりにもだと思いますが」
「ああ、俺も女王さんもな」
 イギリスも忌々しげな顔でネルソンに話す。
「何とかしたいって思ってるんだけれどな」
「それでもですか」
「ちょっとな。中々目が行き届かなくてな」
 それでだというのだ、
「どうしようもないんだよ」
「そうですか」
「ちょっとやそっとじゃな」
「腐敗は根深いですか」
「で、女王さんが丁度改革の大鉈を振るおうとしたらな」
 丁度その時にだったというのだ。
「今の戦争が起こったからな」
「そうですね。ですから」
「ここでも貴族の連中は腐ってるんだよ」
「本国以上にですね」
「ああ。女王さんや俺の目も届かないしな」
「由々しき事態ですね」
「で、その結果な」
 どうなったかとだ。イギリスはネルソンにさらに話した。
「ベトナムいないだろ、今」
「あの方はどちらに」
「多分だけれどな」
 イギリスはさらに苦々しい顔になってだ。そのうえでネルソンに対して話すのだった。
「向こうに行ったぜ」
「太平洋軍にですか」
「だからいないだろ、今」
「はい」
 確かにベトナムの姿が見えなかった。彼女の国での戦いだというのにだ。
「おられませんね、何処にも」
「あいつはな。植民地の国の中でも特に頑固だからな」
「強いですしね」
「しかも頭の回転も早い」
 それがベトナムだった。
「洒落にならないぜ」
「そうなのですか」
「ああ、だからな」
「ベトナムさんの戦力は期待できませんね」
「本国艦隊と植民地艦隊だけで戦うしかないんだよな」
「戦力的には太平洋軍を凌駕していますね」
「今回もな」
 イギリスは妙に棘のある言い方をした。
「数は多いな」
「そうですね。数はですね」
「けれどマレーで負けてな」
「四国でもですね」
「インドネシアとかニュージーランドじゃそもそも戦力がなかったからな」
 数が少なければだ。余計にだった。
「重要拠点のマレーでも四国でもな。数が多くてもな」
「敗れていますからね、我々は」
「しっかりとした指揮官がいなかったからな」
 イギリスは敗因をそこに見た。
「それが問題だからな」
「そうですね。それは」
「けれど今度はな」
 どうかというのだ。このベトナムでの戦いではだ。
「あんたがいるからな。頼むな」
「お任せ下さい。必ずです」
「勝とうな、ここでな」
「そうしましょう。何があろうとも」
「それでな。確かにベトナムはいなくなったけれどな」
 イギリスは話題を変えてきた。そのうえでの言葉だった。
「現地の提督もいるぜ」
「どういった提督でしょうか」
「ベトナム生まれの女の子だよ」
「ベトナム生まれ?といいますと」
「ああ、ハーレムとかじゃないからな」
 イギリスはネルソンにこのことは断った。そうしたいかがわしいことを強いられていた訳ではないとだ。
「それは安心してくれ」
「そうですか」
「そうだよ。しっかりと雇われた提督だよ」
「だといいのですが」
「元々ベトナムが見つけてきた娘なんだよ」
 今姿が見えない彼女がだというのだ。
「それでなんだけれどな」
「どういった娘でしょうか、それで」
「普通の白いアオザイを着た女の子だよ」
 ベトナムの女性の民族衣装を着ているというのだ。
「頭には網笠を被ってな」
「ベトナムさんと同じ格好ですね」
「外見はな。ただな」
「ただ?」
「ああ、ちょっと不思議なんだよ」
 イギリスは首を捻りながらネルソンに話す。
「まあ実際に会ってみるとわかるさ」
「その娘にですか」
ああ、どうする?」
 イギリスはあらためてネルソンに問うた。
「その娘と会ってみるか?」
「お願いできますか」
 これがネルソンの返事だった。
「そうして頂ければ」
「ああ、じゃあ案内するな」
「はい、それでは」
「じゃあ傘を用意するか」
「傘?」
「ああ、傘な。レインコートでもいいか」
「傘にレインコート。それは」
「必要なんだよ。それがな」
「それはどうしてでしょうか」
「だから会えばわかるさ」
 そうしたこともだというのだ。
「行くか。それじゃあな」
「ううむ。どういうことでしょうか」
 ネルソンはイギリスの言うことがわからなかった。だがそれでもその少女と会うことにした。そうしてだった。
 イギリスに言われた通り傘とレインコートで武装してから提督用の邸宅に向かった。そこはベトナムの普通の家だった。  
 そこにイギリスと共に入るとだ。一人の小柄な少女が出迎えてきた。 
 肌は少し日焼けした感じで身体つきは幼い。長い少し癖のある黒髪を後ろで束ねている。目はディープブルーで大きいが少し垂れた感じになっている。口は大きく可愛らしい顔立ちだが全体的に蛙に似た雰囲気を見せている。頭には可愛らしい花もある。
 服はイギリスの言う通り白いアオザイとライトブラウンの網笠だ。その少女が名乗ってきた。
「フェム=ペコです」
「ペコさんですか」
「はい、そうです」
「そうですか。見たところ」 
 そのベトナム風の涼しげな家の中を見回してだ。ネルソンはイギリスに対して言った。
「あまりおかしなところはないですか」
「そう思うだろ」
「はい、別に」
「ところがな。そろそろだな」
「そろそろ?」
「来るからな」
 言いながらだ。イギリスはレインコートを羽織った。
 それからだ。ネルソンにあらためて言うのだった。
「あんたもな」
「私もですか」
「すぐに傘なりレインコートなりな」
「雨に対する備えをですか」
「ああ、してくれ」
 こう言うのだった。
「さもないと風邪をひくぞ」
「どういう事情がわかりませんが」
 ネルソンは首を傾げさせながら述べた。
「ですが。祖国殿のお言葉なら」
「俺も悪いことは言わないさ」
 エイリスの者にはだ。国家が国民に対して悪いことを言う筈がなかった。少なくとも自国民に対してはだ。
「だからな。すぐにな」
「わかりました。それでは」
 こうしてだ。ネルソンは傘をさした。それからだった。
 二人はフェムに対してだ。こう言ったのだった。
「じゃあ今からな」
「お話をしたいのですが」
「私にですか」
「ああ、別に取って食ったりはしないさ」
 イギリスは笑ってユーモアを出しもした。
「だから安心してくれ」
「そうですか」
 フェムはびくびくしている感じだがイギリスにそう言われて少し落ち着いた。
「それなら」
「お茶淹れるぜ。あと俺が作ったお菓子も用意するからな」
「それはいいです」
「んt?遠慮する必要はないんだけれどな」
「祖国さんが言ってました」
 この場合はベトナムのことだ。その今姿が見えない彼女である。
「イギリスさんのお料理はこの世のものとは思えない位まずいと」
「おい、あいつそんなこと言ってたのかよ」
「だから食べるな。死ぬ程後悔すると」
「あいつ根も歯もないこと言いやがって」
 イギリスだけはそう思うことだった。イギリスは目を白くさせて怒った顔になっていた。
「今度会ったらよく言って聞かせてやる」
「まあまあ。怒られるのはそれ位にして」
 ネルソンが穏やかな顔でそのイギリスを宥める。
「お話といきましょう」
「そうだな。もうすぐ太平洋軍が来るからな」
「この方ともお話をして」
「決めるか」
「あの、ですが」
 フェムがその気弱な調子で言うとだった。急にだ。
 雨が降ってきた。ネルソンはその雨を見て最初はこう思ったのだった。
「おや、雨漏りですか」
「そう思うよな」
「随分酷い雨漏りですね」
「よく見ろ。違うからな」
 こう言うのだった。イギリスは。
「家の中で雨が降ってるんだよ」
「?そういえば」
 ネルソンはイギリスの言葉に周囲を見回した。するとだ。
 実際に家の中に雨が降っていた。ネルソンはそのことを把握して言うのだった。
「これは奇妙な」
「そうだろ。俺も最初見てびっくりしたさ」
「家の中なのに雨が降るとは」
「これだけじゃないぜ」
 雨はだ。家の中で降るだけではないというのだ。
「戦艦の中でも宇宙でもな」
「雨が降るんですか」
「この娘のいるところはな」
「す、すいません」
 フェムは申し訳のない顔でイギリスとネルソンに頭を下げる。
「私、どうしてかいつも急に」
「雨が降るのだね」
「私のいるところはこうなるんです」
「雨女なのかな」
「よくそう言われます」
 その何処か蛙に似た顔での言葉だった。
「何か祟りがあるんじゃないかって」
「どうなのかな。けれどね」
「けれど?」
「このことは君のせいではないよ」 
 ネルソンは優しい微笑みでフェムに話した。
「君の気にすることじゃないよ」
「けれどこうして実際に」
「君が意識して雨を降らせてる訳ではないね」
「そんなことはとても」
「そうだね。それならね」
「私のせいじゃないからですか」
「気にすることはないよ」
 こう言うのだった。
「むしろこの雨は」
「私の雨がですか」
「戦いに使える。できるよ」
 彼は微笑んで言うのだった。こうだ。
 イギリスにもだ。こう言ったのである。
「そういうことですね」
「流石だな。わかってくれたか」
「はい、雨により視界やレーダーの反応を遮り」
 そうしたものがだ。雨により遮られるからだ。
「ビームの威力を弱めてくれますね」
「艦載機だって攻撃が正確じゃなくなるな」 
 そちらも視界やレーダーを頼りに動く。だからだ。
「ミサイルも鉄鋼弾もな」
「とにかくあらゆる攻撃がそうなりますね」
「だからな。ここでの戦いではな」
「フェム=ペコさんだったね」
「はい」
 そうだとだ。フェムはネルソンの問いに頷いて返す。
「宜しくお願いします」
「君のこの力で敵の攻撃力を半減させてくれるかな」
「あの、私を使ってくれるんですか」
「むしろ君の力を借りたい」
 ネルソンはフェムに勝機を見ていた。そのうえでの言葉だった。
「そうしてくれるかな」
「私でよければ。ですが」
「ですが?」
「お願いがあるんですけれど」
 そのおどおどとした調子でだ。フェムはネルソンに言ってきた。彼の顔を見上げて。
「いいですか?」
「何かな、一体」
「この戦いでエイリス軍が勝てば」
 その時はだというのだ。
「祖国さんや国民の皆の待遇をよくして下さい」
「このベトナムの」
「皆困ってるんです。その」
「わかっているよ」
 正義を愛する騎士提督としてだ。ネルソンは答えた。
「安心して欲しい。女王陛下は必ず君達の働きに応えてくれるよ」
「そうなんですか」
「女王陛下は約束を破られる様な方ではないよ」 
 これはセーラの美点の一つだ。確かに融通が効かず生真面目に過ぎるが相手が誰であろうが約束は決して破らず偏見もない。それがセーラなのだ。
「だからね」
「安心してですか」
「うん、戦って欲しい」
 フェムにこう告げたのだった。
「君達はこの戦いの後で彼等の横暴から解放されるよ」
「わかりました。それじゃあ」
「では協力を頼むよ」
「はいっ」
 フェムは少しだけ明るい顔になってネルソンの言葉に応えた。こうしてだった。
 三人で話をすることにした。フェムはイギリスとネルソンを自分の家の客室に案内した。そこでフェムが作った生春巻きとビーフンを食べながら話をすることになった。
 生春巻きを食べてだ。イギリスは目を瞠って言った。
「な、何だよこれって」
「どうかしたんですか?」
「このビーフンもな、滅茶苦茶美味いじゃねえかよ」
「えっ、どれも普通のお料理ですよ」
 フェムは驚いているベトナムにこう答えた。
「皆が食べている」
「ベトナム人っていつもこんなすげえご馳走食ってるのかよ」
「ですから。皆食べてますよ」
「凄い豊かな国なんだな」
「あの、イギリスさんの食生活って一体」
「塩と酢で味付けしてな」
 調味料はこれだけだった。
「焼くか煮る。これだけで充分だろ」
「お店もそうですか?」
「揚げるのもあるぜ」
 調理方法だけの話だった。
「皆そうして食ってるぜ」
「あの、サンドイッチとかは」
「あんなのパン切って何か挟むだけだろ」
 イギリスの考えるサンドイッチはこんなものだった。
「そうだろ。それだけだろ」
「はあ、そうなんですか」
「しかし。ベトナムは料理が美味いのかあんたが料理上手なのは」
「私普通ですよ」
「そうなのか!?」
「私、イギリスさんの食生活が真剣に心配になってきました」 
 フェムもそうなるイギリスの食生活だった。何はともあれだ。
 作戦会議が行われてだ。イギリスは二人に言った。
「雨が降れば敵の攻撃は半減するんだ」
「はい、その通りですね」
「そうだ。けれどな」
 ネルソンにこのことを言ったのだった。
「それは俺達も同じだからな」
「我々もですか」
「敵がそうなら味方もなんだよ」
「そうですか。そうなりますか」
「だからな。ベトナムでの戦いはな」
「長期戦ですね」
「そうなるからな」
 言うのはこのことだった。
「それを狙ってのことなんだよ」
「そうなのですか。長期戦になればですね」
「こっちは後ろにインドの諸星域とアラビアがあるからな」
 エイリスのインド洋方面の植民地だ。特にインドだった。
「そこからの戦力はもう集結かけてるからな」
「その戦力が来たところで」
「数で押す。そうしような」
「そうですね。戦いはですね」 
 数だとだ。ネルソンもそのことはわかっていた。
 そしてそこからだ。こう言ったのである、
「数ですからね」
「ああ、だからな」
「太平洋軍を長期戦に引き込み」
「若しくはあんたのバリアを装備させた艦隊と合わせてだ」 
 フェムのだ。その艦隊とだというのだ。
「こうすれば敵の攻撃は大抵効かないだろ」
「はい、ほぼ無敵です」
「長期戦という選択もあるしな」
「そうした選択もありますね」
「どっちにする?ここは」
「長期戦もいいですがドクツのこともあります」
 ネルソンは強い声で述べた。
「長期戦が過ぎるとあの国が動いた時にです」
「戦力を振り向けられないっていうんだな」
「そう思いますが」
「それにインドやアラビアの独立派が付け込んで来るか」
「そうしたことも考えられますので」
 だからだ。長期戦も過ぎればだというのだ。
「私としてはです」
「短期戦か」
「それでいきたいのですが」
「そうだな。そっちの方がいいか」
 イギリスはネルソンの横の席に座っていた。そこでだ。
 真剣に考慮する顔でだ。こう言ったのである。
「ここはな」
「はい、我々の敵は日本だけではありません」
 深刻な顔になってだ。ネルソンは述べた。
「ドクツもいますし」
「植民地の独立派もな」
「そして同じ連合国であっても」
 同盟関係にあってもだった。国家同士の関係とは完全な友人関係とはなることがない故になのだった。
「ガメリカ、中帝国はです」
「植民地独立させて自分達の経済圏に組み込みたいからな」
「そういう意味で日本と同じですから」
 敵であるというのだ。ガメリカと中帝国も。
「そしてソビエトもです」
「何か敵だらけなんですね、エイリスって」
「まあそれはな」
 イギリスはバツの悪い顔になってフェムに応えた。
「何ていうかな」
「否定されないんですね」
「結構以上に恨みっていうか追い落としかけられてるな」
 このことは否定できないのだった。
「そのソビエトにしてもな」
「共有主義でしたよね」
「王室否定してるからな、貴族もな」
 誰もが平等であると主張しているが故にだ。
「それに資産主義も否定してるからな」
「だからですか」
「エイリスは資産主義発祥の地だよ」
 ソビエトの嫌う要素が全て揃っていた。
「というかあの国が一番やばいな」
「エイリスにとってですか」
「ったくよ、敵だらけじゃねえか」
 少し考えてみればそうだった。それがエイリスの置かれている状況だった。
「どうしたものだよ」
「お友達を作られてはどうですか?」
「友達?いねえよそんなの」
「フランスさんは」
「あいつマダガスカルから動かないからな」  
 しかも長年の宿敵の関係にある。イギリスと彼の関係は。
「友達な。今思うと作っておいた方がよかったな」
「ですか。やっぱり」
「冗談抜きで俺敵だらけだよ」
 枢軸だけでなく連合国にもいてだ。国内にもだった。
「どうしたものだよ」
「そういう時はです」
 ネルソンはここでも穏やかな微笑みで自身の祖国に話す。
「我々がいますので」
「ネルソンさん達がか」
「はい、それにです」
 さらにだというのだ。
「女王陛下もおられるではありませんか」
「そうだよな。俺も一人じゃないな」
「ですからご安心下さい」
 こう言うのあった。
「祖国殿はお一人ではありません」
「だよな。言われてみればな」
「妹さんもおられます」
 彼女もいた。イギリスは決して一人ではなかった。
 イギリスはネルソンにこのことを言ってもらい気を取り直した。それでこう言ったのである。
「完全に孤独な国家はいないか」
「そして人もです」
「だよな。俺だってな」
「はい、気持ちを落とされずに」
 ネルソンはイギリスにまた言った。
「そのうえでいきましょう」
「ああ、じゃああんたとフェムちゃんでな」
「組んで、ですね」
「そのうえで攻めるか」
 こう言ったのである。
「太平洋軍をな」
「はい、そうしましょう」
 ネルソンは微笑んで応えた。そうしてだった。
 彼等は迫り来る太平洋軍を迎え撃たんとしていた。ベトナムでは風雲急を告げていた。そしてその中においてであった。
 太平洋軍もベトナムに向けて出撃した。その中にはマレーシアもいた。彼女の艦隊は無事修復が間に合ったのだ。
 その進軍中の彼等にだ。通信が入ってきた。
「通信がか」
「はい、ベトナムさんからです」
「今から向かうその国からか」
「どうされますか?それで」
 秋山は東郷に尋ねる。
「御会いになられますか」
「ああ、そうしたい」
 すぐにだ。東郷は答えた。
「ベトナムさんが独立したいのは知っているからな」
「だからですね」
「ああ、会ってそうしてな」
 それでだというのだ。
「一気にな」
「詳しいことを聞こう」
「それでは」
「そういえばベトナムには変わった提督がいるそうだな」
 東郷は既にそのことを聞いていた。
「そのことも聞けるか」
「そうですね。敵を知り己を知らばですからね」
「少し聞きたい。それではな」
「はい、今から会見の場を持ちましょう」
 二人でそのことを話してそうしてだった。
 東郷と秋山はベトナムと長門において会った。そこでだ。
 ベトナムはすぐにだ。二人にこう言った。
「私は独立したいのだ」
「そしてその為にか」
「太平洋軍に勝って欲しいのですね」
「そのうえで太平洋経済圏に入りたい」 
 ベトナムはこのことも話した。
「是非共な。返答は」
「歓迎する」
 東郷は微笑んでベトナムに即答で返した。
「是非共な。しかしだ」
「しかしだな」
「そうなる為にはだ」
「勝たなければならないな」
「この戦いではそうだ」 
 勝ってこそだというのだ。
「勝たなければ何にもならない状況だ」
「その通りだ。そしてだ」
「そしてか」
「私は君達が勝利を収める為にここに来た」
 そうだというのだ。
「だからこそ来たのだ」
「そしてその策は」
「今のエイリス軍には一人の提督がいる」
 ベトナムは強い声で述べた。
「フェム=ペコというのだがな」
「貴国の娘だな」
「知っているか」
「噂には聞いている」
 東郷はこうべトナムに答えた。
「何処でも雨を降らす娘だったな」
「そうだ。それによって敵味方双方の攻撃力を半減させる」
「そうか。面白い能力だな」
「面白いか」
「こちらも相手もそうならな」
「やり様があるというのか」
「戦術次第でな。そうなると思うが」
 ここで悲観的にならずやり方を考えて答えを出すのが東郷だった。ここに彼の長所、海軍長官として最適なものがあるのだ。
「違うか」
「いや、その通りだ」
 ベトナムもそうだと認める。
「しかしよくすぐにそうしたことがわかったな」
「何となくだがな。とにかくだ」
「その娘のことはわかったのか」
「わかった。ではな」
 それではだというのだ。
「フェムのことは大丈夫か」
「おそらくだが」
 ここでだ。こう言った東郷だった。
「その娘はネルソン提督と共に来るな」
「あの騎士提督とか」
「あの提督の艦隊は盾を持っている」
 バリア艦という盾をだというのだ。
「そこにその娘の雨が加わればどうなる」
「そう簡単には倒されないな」
「それが問題だ」
「言っておくがネルソン提督が直接率いる艦隊の力はかなりのものだ」
 ベトナムはこのことを忠告した。
「旗艦のヴィクトリーもだ。攻撃力と元々の耐久力がかなりだ」
「女王陛下から授けられた騎士提督用の旗艦だったな」
「それだけにかなりの強さだ」
「そこに盾が加わり」
「フェムもいる。尋常な相手ではないぞ」
「しかもエイリス軍も正規軍と来ている」
「勝つことはかなり難しい」
 ベトナムは真剣な顔で忠告する。
「だが。勝つのだな」
「やり方はある。見ていてくれ」
「では任せた」
「それでベトナムさんはどうする?」
 東郷はベトナム自身にも問うた。
「これからは」
「無論貴殿等に参戦する」
「国家としてか」
「そうだ。勝っても負けてもだ」
 彼女の計算からのことだった。
「いいようにな」
「独立は宣言するか」
「貴殿等が勝てばそのままだ」
「負ければ?」
「そのままガメリカ、中帝国につく」
 彼等にだというのだ。
「独立を宣言したことをな」
「そうするか」
「そうだ。私は必ず独立する」
 それ故にだというのだ。
「そうさせてもらう」
「全ては独立の為か」
「悪いか」
「いや、悪くはない」
 東郷もこう返す。
「むしろいい位だ」
「そう言ってくれるか」
「ああ。しかしベトナムさんもな」
「私が?どうした?」
「いい女だな。国家だから残念だ」
 口説けないことがだというのだ。
「人間なら今頃女傑になっているな」
「私の国は昔から女が強い」
「独立の時の姉妹もか」
「あの二人が立ち上がった時に私は生まれた」
 国家としてだ。自我を持ったというのだ。
「それからはじまったからな」
「それだけになんだな」
「あの娘もおどおどしているが」
 フェムのこともだ。ベトナムは話す。
「強い。頼りになる娘だ」
「ベトナムさんが仰るのでしたら本物ですね」
 日本もいた。彼も言うのだった。
「あの人もかなりの強さですね」
「そうだ。だがあの体質はな」
 雨を降らすそれはどうかというのだ。
「思えば不思議なものだ」
「その辺り詳しい方がおられるが」
「柴神殿か」
「戦いの後で話をしてみるか?」
「そうだな。そうしよう」 
 ベトアムは東郷の言葉に頷いた。そうしてだった。
 彼等はベトナムに向かう。ベトナムでの戦いもはじまろうとしていた。それはまた大きな戦いになろうとしていた。


TURN40   完


                           2012・7・16



いよいよベトナムで東郷とネルソンがぶつかるか。
美姫 「フェムも登場ね」
雨を降らせる彼女とバリア艦。
美姫 「どう対抗するかが楽しみね」
ああ。どうなるのか、次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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