『ヘタリア大帝国』




                 TURN52  田中の苦境

 話は前後する。東郷達がインド洋で戦っていた頃ハワイからイザベラ率いるガメリカ軍は時折日本に対して攻撃を仕掛けていた。
 イザベラは戦艦や巡洋艦、それに駆逐艦といった打撃戦力を率いて部下達に告げていた。
「いいわね、当たって砕けろよ!」
「そうだね。やってやろうね」
 こうした時には常にイザベラと行動を共にしていたアメリカ妹が威勢よく応える。
「ここはね」
「はい、では妹さんも」
「ああ、お握りを食ってやろうな」
「私はお握りを食べたことはあまり」
「ないんだね」
「私の好物はハンバーガーとコーラです」
 つまり生粋のガメリカ人だというのだ。
「ですからお握りはあまり」
「まあ例えだからね」
「日本軍を倒せということですね」
「時々攻めないと向こうも調子に乗るからね」
「そうですね。国防長官も言っておられましたが」
「じゃあまた犬の神様と親父衆と戦おうかい」
「はい、それに」
「あの暴走族の兄ちゃんともね」
 アメリカ妹はにやりと笑って田中のことも話した。
「戦おうかい」
「あの男はいつも出て来ますね」
「威勢がいいねえ。それにタフだよ」
「確かに。ですが」
 イザベラはその田中のことをこう評した。
「猪ですね」
「しょっちゅう突っ込んで来るね」
「というかいつもです」
「で、そこをね」
「あの男への対応は私に任せて下さい」
 イザベラは余裕さえ見せてアメリカ妹に述べる。
「今度は今度で」
「流石に同じ手に二度引っ掛かる程馬鹿じゃないけれどね」
「確かにあまり頭のいい感じではないですが」
「そこまで馬鹿だと提督にはなれないからね」
 田中もそこまで無能ではない。だがそれでもだった。
「それなりの能力があるのは確かだね」
「そうです。その攻撃は確かに脅威です」 
 田中は攻撃力と機動力を活用して攻めてくるタイプだ。その攻撃は確かに優れているがそれと共になのだ。
「ですがそれでも」
「そうだね。単純だからね」
「また対処しjておきます」
「頼むよ。士官学校首席でガメリカ軍きっての猛将の手腕見せてもらうよ」
「お任せ下さい」
 イザベラは敬礼と共にアメリカ妹に応える。そうしてだった。
 やはり突出してきた田中艦隊を見て部下達に告げた。
「いいか!まずは敵の矛先をかわせ!」
「今回はそうするのですね」
「その矛先を」
「前は機雷を撒いたがな」
 そうして艦隊の動きを封じて迂回しようとしたところに突撃を仕掛けて勝っている、そして今回はというのだ。
「また違うやり方で対する」
「同じ手は使わないですか」
「やはり」
「敵を侮るな」
 少なくともそうした考えはないイザベラだった。
「あの田中という提督もだ」
「その攻撃は確かにですね」
「凄いものがありますね」
「正面からまともにぶつかっては勝ち目が薄い」
 イザベラは田中の攻撃力の凄さを認めている。
「それ故にだ」
「その矛先を一旦かわし」
「そのうえで」
「敵が来た瞬間に陣を左右に分ける!」
 具体的にはそうするというのだ。
「いいな、そうするぞ!」
「はい!」
「それでは!」
 イザベラの艦隊は田中艦隊が攻めてくるのを受けた。かに見えた。
 田中はそれを見て己の部下達に告げた。
「よし、いいな野郎共!」
「ええ、総長じゃなかった司令!」
「ここはですね!」
「一気に突き進むぞ!」
 そしてそのうえでだというのだ。
「今度こそあの女潰してやるぜ!」
「やってやりましょう!」
「本当に今度こそ!」
「敵陣を一気に突き破るぞ!」
 田中はイザベラに読まれているとも知らずそのまま突っ込んだ。イザベラはその突撃を作戦通り艦隊を左右に分けてかわした。
 そして田中艦隊の後方で自身の艦隊を合流させてだった。攻撃をかわされた田中艦隊が急いで反転する先を。
「今だ、撃て!」
「はい!」
「それでは!」
 イザベラの部下達も応える。そうしてだった。
 田中艦隊のその反転途中、実に素早い動きだったがその一瞬の隙をついて一斉攻撃を浴びせる。それで田中艦隊を壊滅させた。
 田中艦隊を壊滅させたところでアメリカ妹がイザベラに言ってきた。
「今回もやったね」
「はい、日本軍にダメージを与えました」
 イザベラもこうアメリカ妹に返す。
「それではですね」
「ああ、これで帰ろうとかい」
「では」
 ガメリカ軍はまだ積極的な攻勢を考えていない。あくまで威力偵察の様に攻めているだけだ、だからある程度のダメージを与えてから撤収する様にしている。実際に今もだった。
 アメリカ妹とイザベラの軍勢はハワイに戻った。日本軍だけが損害を出していた。 
 そしてその損害ばかり出す田中はいつも艦隊の修理に本土に戻り壁を拳で殴っていた。
「くそっ、またやられたぜ!」
「田中さん、お気持ちはわかりますが」
 その田中に日本妹が気遣う顔で言う。
「ですがそれでも」
「落ち着けっていうんだよな」
「はい、この失敗をです」
「次に活かせっていうんだよな」
「そうしましょう」
「わかってるんだよ、それはな」
 田中は苦々しい顔で日本妹に応えた。
「俺だってな」
「だからその都度ですね」
「攻め方を変えてるんだよ。けれどあの女はな」
「朽木イザベラ提督ですね」
「ガメリカ軍の日系人提督だよな」
「はい、そしてガメリカ軍士官学校を首席で卒業しています」
 イザベラのことは日本軍でも有名になっている。しかもただの首席でないこともだ。
「軍歴を見ましても」
「無効で一番の勇将だよな」
「その信条は当たって砕けろです」
 この言葉でも有名な提督だ。実際にアメリカもキャロルも彼女を深く信頼している、無論太平洋軍司令官のダグラスもだ。
「ですがそれだけでなく」
「いつも俺の動きを読んできやがるな」
「ただの勇将ではありません」
「頭もいいのかよ」
「航空機を使った戦いは得意ではない様ですが」
 それはしなかった。だが、なのだ。
「戦艦や駆逐艦については」
「かなり、だよな」
「だからこそ手強いです」
 日本妹もまたイザベラのことを正しく評価していた。かなりの実力だと。
「それに田中さんも」
「」前に出るなっていうんだよな」
「迂闊に前に出ては危険です」
 だからだというのだ。
「いつも突出されますが」
「俺は先陣だからな」
 これは田中の指揮を見てそうなっていることだ。
「だからなんだけれどな」
「猪突猛進は時として多大な損害を出します」
 今の田中がまさにそれだった。
「ですからこれからはです」
「下手な突出もかよ」
「このままでは本当に命に関わります」
 実際に田中は何度も死にそうになっている。今まで生きているのは彼の強運のなせる業だ。
「部下の人達のこともありますから」
「だからってのかよ」
「はい、軽挙妄動と捉えられる行動はです」
 それはだというのだ。
「慎まれて下さい」
「くっ・・・・・・」
 田中は日本妹の親身の言葉が心の沁みた。そしてそれ以上に己の至らなさに情けなさも感じていた。そしてこのことは参謀総長である秋山にも言われた。
「君はもう少しだ」
「考えて動けっていうんだよな」
「あの朽木イザベラという提督にしてやられてばかりだな」
「ああ、そうさ」
「あの提督は確かに手強い」
 秋山もそれは認める。だが彼はそれ以上のことを言う。
「しかしそれでもだ」
「俺もだってんだな」
「そうだ。君には軽挙妄動が多い」
 秋山は日本妹とは違う。確かに厳しい。だからこそ田中に対しても非常に厳しい言葉でこう言ったのである。
「それが無駄な損害につながっているのだ」
「それを何とかしろっていうんだな」
「そうだ。考えることだ」
 こう田中に告げるのだった。
「いいな、そうすることだ」
「わかってるさ、くそっ」
「悔しいと思うのなら己を変えることだ」
 秋山は再び田中に厳しい顔で言う。
「そして自分に向いた戦い方を考えることだ」
「俺の?」
「そうだ。君に向いた戦い方だ」 
 秋山はさりげなく田中にアドバイスもした。
「そのことも考えることだな」
「俺に合った戦い方かよ」
 それが具体的にどういったものかというと田中も首を捻る。しかしだった。
 その答えは何日考えても出なかった。彼にしては珍しく悩んでいた。
 色々と考えてみても今の艦隊指揮、駆逐艦をメインにした突撃戦術の他にこれといって考えつかない。だがその彼に今度は。
 東郷が来た。というよりか海軍省に田中が仕事で赴いた時に廊下でばったりと出会った。田中の方から東郷に対してつっかかった。
「俺のことを笑ってるのかよ」
「太平洋戦線で随分やられてるらしいな」
「ああ、そうだよ」
 田中は苦々しい顔で東郷に返した。
「あんたも聞いてる通りな」
「やはりガメリカ軍は強いな」
「損害を出してるのは俺だけだよ」
 それだけ彼がいつも突出してイザベラに向かい敗れているということだ。
「それはな。けれどな」
「それでもか」
「俺は何時か絶対にな」
 どうするかというのだ。
「やってやるからな」
「そういえば俺を超えると言っていたな」
「あんたを押しのけて海軍長官になってやる、けれどな」
 珍しくこうしたことを自分から言う田中だった。
「今の俺じゃあな」
「わかっているのなら考えるんだな」
「それでっていうんだな」
「俺を失業させたいのなら考えることだ」
 東郷はあえて挑発的なものを含めて告げた。
「俺をどうしたら超えられるかな」
「今の俺じゃあ。それでもな」
「また随分と自信がなくなってるな」
 東郷は自分を睨みながらもそれでもいつもの威勢がよくない田中に対して告げた。
「そんなことで俺を超えられるのか?」
「それは」
「さっきも言ったが考えることだな」
 東郷も言う。
「御前がどうして俺を超えられるかな」
「ああ、考えてやるさ」 
 田中の目は死んでいない。確かに威勢は弱まっているがいつも通り東郷を見返している。
 東郷もその目を見ている。そのうえでこう田中に言った。
「そういえば平賀長官が御前のことを呼んでいたな」
「何っ、俺を?」
「行ってみるか?」
「あの長官のところにか」
「そうだ。どうするかは御前が決めればいい」
 田中にこう告げて今は姿を消す東郷だった。田中は東郷の言葉を聞いてすぐに、彼らしく考えるより先に動いた、そしてだった。
 平賀のところに行くと小柄な頭の上にいる久重の口からこう彼女に言われた。
「どうした暴走族」
「俺に何か用かよ」
「呼んだ覚えはないが」
 平賀は久重の口から述べる。
「だから少し驚いているが」
「あの長官が言ってたんだけれどな」
「そうか。そういうことか」
「?そういうこと?何だよ」
「君に少し協力してもらいたいことがある」
 平賀は田中に対して告げる。
「いいだろうか」
「何か新兵器でも開発したのかよ」
「そうだ。新兵器ではないが」
「空母ならもう実用化したよな」
「そろそろ第六世代の艦隊の建造に入る」
 空母については順調だ。しかしだった。
 平賀は田中に対してこうも言った。
「潜水艦の建造を考えているが」
「あのデーニッツ提督が使ってるやつだよな」
「そうだ。試作型を作ったがな」
 既にそれは出来たというのだ。
「だがまだテスト航海がまだだ」
「それでかよ」
「そうだ。頼めるか?」
 平賀は田中を見ているがそれでも話しているのは久重だ。猫だが相変わらず人間の言葉で話していく。
「危険も伴うが」
「へ、俺にとって危険はな」
 それはどうかというと。
「望むところだからな」
「では頼む」
「ああ、それじゃあな」
「精々頑張ってくれ」
「と、津波様は申しております」
 ここで久重は自分の言葉も出した。
「そういうことで。ただ田中さん」
「ああ、あんたの言葉で話してるんだな」
「そうです。最近色々悩んでおられますね」
「知ってるんだな」
「噂で聞いてます
 やはり聞いていた。この猫もまた。
「それでなんですが」
「情けねえ話だよ」
「いえいえ、私としてはです」
 意外と親身で言う久重だった。
「田中さんには頑張って欲しいんですよ」
「それはどうしてなんだ?」
「だって田中さん海軍長官の座を狙ってますよね」
「ああ、頭になってやる」
 田中は強い声で久重に述べた。
「絶対にな」
「だからなんでうよ。ここは是非です」
 久重も言う。
「あの女ったらしを押しやって下さい」
「そういえばあんたあいつは嫌いだったな」
「会えば髭引っ張ってきますから」
 それで嫌いだというのだ。
「娘さんは大好きですけれどね」
「色々あるんだな、あんたも」
「ありますよ、実際」
 猫には猫の事情がある。
「本当に髭はね」
「駄目か」
「猫は顎とか触られるのはいいんですよ」
「あと耳もだよな」
「そうです。耳もいいんですよ」
「俺の実家魚屋で猫には結構気をつけてたんだがな」
 魚を狙ってくるからであるのは言うまでもない。
「それでも猫は好きだぜ」
「猫はいい生き物ですよ」
「だよな。確かに魚を狙うのはいただけないけれどな」
「その辺りのいらない部分をくれたら満足しますので」
 要するに食べられればいいというのだ。
「大目に見て下さい」
「実際にそうしてるさ。しかしあんたは俺の味方か」
「嫌いじゃないですから」
 だからだとだ。久重は右の前足を出して田中に告げる。
「本当に頑張って下さいね」
「ああ、祖国さん達から愛情も受けてるしな」
「じゃあ祖国さん達に応える為にも」
「やってやるぜ」
 強い声で言う田中だった。そうして実際に。
 彼は試作型潜水艦に乗り込む。その際エルミーも一緒だった。
 エルミーはその楚々とした顔で田中にまずは挨拶をした。
「では宜しくお願いします」
「ああ、こちらこそな」
「潜水艦のことなら任せて下さい」
 エルミーは田中を見上げてこうも言った。
「この潜水艦もユーボートを基にしていますので」
「それであんたもか」
「そうだ、私が呼んだ」
 潜水艦の中には平賀もいる。勿論今喋ったのも彼女の頭の上の久重だ。
「君一人では無理だからな」
「で、あんたもかよ」
「開発者としてだ」
 ここに来ているというのだ。
「では共に励もう」
「ああ、じゃあな」
「潜水艦ですが」
 エルミーは早速田中に話す。
「基は駆逐艦です」
「あれから作ったのかよ」
「はい、レーティア総統は駆逐艦をベースにされました」
 ここでも彼女の名を出すエルミーだった。
「そこに異次元への潜航技術を発見されて」
「そしてかよ」
「そこに入り航行する技術を確立されたのです」
「口で言うのはたやすい」 
 平賀も久重の口から言う。
「しかし実際にそれを発見し実用化することはだ」
「難しいんだな」
「私では無理だ」
 日本帝国切手の天才である彼女でもだというのだ。
「到底な。これは天才の為せる技だ」
「あの総統が天才ってのは俺も聞いてるぜ」
「人類史上最高の天才だ」
 天才は天才でもそこまでだというのだ。
「ここまで出来るのはな」
「はい、総統はまさに人類史上最高最大の天才です」
 エルミーはその顔を上気さえさせている。
「ですからこうしたものもです」
「そうだな。この潜水艦というものは」
 平賀もエルミーのその言葉に同意して言う。
「まさに天才の発明だ」
「そうです。あの閣下こそは」
 エルミーは顔を上気させたまま言っていく。
「この人類の指導者となる方です」
「政治も立派だそうだな」
「あのドクツを復活させました」
 何もかもが完全に崩壊していたドクツをだというのだ。
「経済を復興させ治安を立て直し」
「失業率も改善されたな」
「ドクツの失業率はゼロパーセントです」
 つまり失業者が完全にいなくなったというのだ。
「そして軍もです」
「あの状況だな」
「そうです。全ては総統閣下のお陰です」
 まさにレーティアあってのドクツだというのだ。
「あの方が全てを立て直されました」
「凄い人だな。噂には聞いてるがな」
 田中も話を聞いて唸る。
「本当に万能の人なんだな」
「万能の天才です」
 エルミーはそこは訂正させた。
「あの方にできないことはありません」
「じゃああの人がいれば欧州は大丈夫か」
「欧州はドクツが統一します」
 エルミーはそこに夢を見ていた、二年前までのドクツでは到底見ることさえ考えられなかったあまりにも遠大な夢を。
「太平洋はお任せしますので」
「日本でいいんだよな」
「はい」
 エルミーはレーティアが奥州だけで止まると思っていた。実際にレーティア自身もソビエト全土とアフリカまでを領有すればそれでとりあえずはと思ってはいる。
「ですが欧州は」
「まあこっちは生き残ればいいからな」
 日本帝国自体は無欲である。田中もそれを言う。
「ただな」
「ただ?」
「総統いなかったらドクツってどうなるんだ?」
 田中はふとこのことを思って言葉に出した。
「その時はな」
「考えられないです」
 エルミーも特に考えることなくこう答えた。
「総統のおられないドクツですよね」
「ああ、その場合はどうなるんだ?」
「ドクツは総統により救われました」
 そうなったことは誰が見ても明らかだった。
「ドクツはまさに総統の赤子なのです」
「全部面倒見てもらってるんだな」
「そうなっています」
 エルミーもそのことは否定しなかった。その通りだからだ。
「そして総統閣下は」
「欧州全土もなんだな」
「全ては総統閣下あられてこそです」
 エルイーはただ彼女が見ている現実、そしてそれは客観的に見てもそうだがその現実をさらに話していくのだった。
「総統のおられないドクツなぞ考えられません」
「そうかそこまでなんだな」
「あの方が全てを導かれるのです」
 輝かしい未来、それにだというのだ。
「私はあくまであの方を信じますので」
「そうか。君はまさに忠臣だな」
 平賀はエルミーの話をここまで聞いて述べた、無論久重の口からだ。
「アドルフ総統の」
「忠臣ですか」
「あの方に対してあくまで忠誠を誓っているな」
「そうありたいと思っています」
 やはり顔を紅潮させている、そこに明らかな忠誠心があるのは間違いない。
「何としても」
「そうだな。だが忠臣よりさらに素晴らしいのはだ」
「良臣ですね」
「そうだ。忠義だけではなくだ」
「そこに資質が備わることですね」
「忠臣は確かに素晴らしい」
 平賀も忠臣という存在は否定しない。
「しかしそれ以上にだ」
「良臣はですね」
「主君に忠義を捧げるだけでなく救う者だ」
「総統閣下を」  
 エルミーの心が動いた、平賀の今の言葉を聞いて。
 そのうえで上気から確かな顔になりこう言ったのである。
「私が総統閣下を」
「助けたいな」
「是非共」
 今レーティアは目の前にいない。だが彼女のその顔を見て言った。
「あの方のお力になれればこれ以上の幸せはありません」
「そうか。ではだ」
「私は今まで以上に務めます」
 そして資質を磨くというのだ。
「総統閣下の為に」
「そうだな。それではだ」
「はい、これまで以上に励みます」
 今誓いそれからだった。今教えるべき田中を見て声をかけた。
 見ればその顔は真面目なものに戻っている。忠臣から良臣になろうとしている、今の彼女の顔はそうしたものだ。その顔での言葉だ。
「では田中さん、今回は」
「ああ、宜しく頼むな」
「少し厳しい訓練になりますがいいですか?」
「びしびしやってくれよ」
 田中も笑顔でエルミーの言葉に応える。
「俺は絶対にあいつを越えないといけないからな」
「東郷さんをですか」
「ああ、絶対に総長、いや長官になってやるからな」
「では」
「ああ、頼むな」
 こうして田中はエルミーから潜水艦のことを一から百まで教えてもらうことになった。エルミーも懸命に教える、それはかなり多かった。
 田中は頭で覚えるタイプではない、身体で覚える。それは潜水艦についても同じだった。
「よし、接近してだな!」
「その際隠密性に気をつけて下さい」
「そうしてだよな」
「敵の至近距離に近付けば」
 まさにその時だと、エルミーも言う。
「後は駆逐艦と同じです」
「魚雷を放ってだよな」
「そして離脱します」
「その際だけれどあれだよな」
「勿論隠れたままです」
 エルミーもこのことを言うのを忘れない。
「確認は潜望鏡でお願いします」
「だよな。つまり潜水艦はあれだな」
 実際に潜望鏡から目標を見ながら言う田中だった。
「隠れている駆逐艦だよな」
「そうなります」
「そうだな。ただな」
「ただ?」
「駆逐艦は速いけれどな」
 その速度も武器だ。駆逐艦は高速移動と運動性能を使って戦うものだ。
 だが潜水艦はどうか、田中は実際に操艦をしてみて言う。
「まるでドン亀だな」
「そうですね。隠密性を重視していますので」
「速さはなんだな」
「それは犠牲になっています」
 エルミーもこのことを説明する。
「そのことはお気をつけ下さい」
「だよな。本当に隠れてなんだな」
「ですから潜水艦の中は必要最低限のものしかありません」
 実際に今彼等が乗っている試作型潜水艦も食堂の椅子の中なり天井なりに食材を詰め込んでいる程度だ。ありったけの空間を利用して詰め込んでいる。 
 二人が今いる艦橋も同じだ。とかく狭い。
 その狭い中で潜望鏡で目標を覗きながらまた言う田中だった。
「だよな。生活環境はな」
「お世辞にもいいものではないです」
「そうだな。けれどこういうのもな」
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だぜ」
 田中はそうだというのだ。
「だから心配無用だぜ」
「田中さんは生活環境は問題にならないですか」
「軍人だからな」
 それでだというのだ。
「そうしたことはな」
「潜水艦適正を持っている方はかなり限られますので
「俺は向いてるんだな」
「その様ですね。では」
「ああ、あの目標もな」 
 もう廃棄する艦艇だ。それをだった。
 照準を定め攻撃を仕掛ける。田中は潜望鏡の中心に位置するそれに照準を合わせた。
 そのうえで潜望鏡の取っ手にあるボタンを押した、するとだった。
 潜水艦の艦首にある左右に四つずつある魚雷発射口から魚雷が放たれる。そうして。
 その目標を吹き飛ばした、エルミーは判定を見てこう田中に告げた。
「全魚雷命中です」
「やったんだな」
「これでこれまでの目標全てをです」
「撃沈してそのうえだよな」
「全ての魚雷を命中させています」
「これ位は何ともないぜ」
 田中にとってはだというのだ。
「俺は当てるのは得意なんだよ」
「成程、だからですね」
「ああ、俺はやってやるぜ」
 威勢のいい顔で言い切る。
「それであいつをな」
「はい、目指されて下さい」
 エルミーも応援の言葉をかける。田中は試作用潜水艦を完璧と言っていい成績で動かしていた。東郷もその報告を聞いて言う。
「よし、それならだ」
「新設する潜水艦艦隊の司令官に決まりですね」
「あいつに任せる」
 こう秋山に言う。
「それでいいな」
「むしろ彼以外いないかと」
 秋山は全てを見切った目で東郷に応えた。
「あれだけ潜水艦を使えるとなると」
「他にいないな」
「はい、まずは彼とです」
「〆羅提督だな」
 東郷は彼女の名前も出した。
「あの娘にも任せたいが」
「それでは潜水艦艦隊は三つですね」
「エルミー提督と合わせてな」
 それだけだというのだ。
「その三個艦隊で以てハワイに入ろう」
「はい、これまで潜水艦は一個艦隊でしたが」
「三個に増えた」
 三倍だ、そしてその三倍をだった。
「どう生かすかでだ」
「ハワイでの戦いが決まりますね」
「まずは潜水艦だ」
 東郷は言い切る。
「そしてさらにだ」
「さらにですね」
「あれも持って行く」
 こうも言う東郷だった。
「それでいいな」
「はい、それでは」
「ハワイで勝たなければ話は終わりだ」
「そして話もはじまりませんね」
「ガメリカとの最初の決戦になる」
 まさに天王山、その戦いであるというのだ。
 そしてそれだけにだ、東郷は強く言うのだった。
「ハワイを陥落させれば選択肢が大いに増える」
「カナダもアラスカも攻められますし」
「全てはそれからだ。ではいいな」
「はい、ハワイでの戦いの用意を進めましょう」
「あいつは必要だ」
 東郷は田中のことをここまで言った。
「この戦争において欠かせない人材だ」
「随分高く評価しているのですね」
「客観的な評価を下したつもりだが」
 見れば東郷の表情はいつもと変わらない。飄々としたものだ。
 しかしその飄々とした顔でこう言うのである。
「伊達に俺の地位を狙ってる訳じゃないだろう」
「確かに無鉄砲な人物ですが」
「優秀だな」
「そのことは確かです」
「優秀だがまだ若い」
 東郷にはよくわかることだった。それも実に。
「その若さのせいでこれまではな」
「色々と失敗してきましたね」
「血気にはやっていつもやられてきた」
「戦果を挙げる時は大きいですが」
「失敗した時はな」
「その時はああした有様でした」 
 イザベラにいつもやられていたその時と同じくだというのだ。
「それが問題でしたが」
「そうだな。だが」
「それでもですね」
「得難い逸材だからな」
「だから提督にも選ばれたのですね」
「少なくとも人を見る目はあるつもりだからな」
 東郷は笑って話した。
「ああした損害の多さも想定済みだった」
「だった、ですか」
「問題はどの艦艇に向いているか向いていないかだった」
「しかし潜水艦を手に入れた今は」
「任せられる」
 戦局の重要な場面、そこをだというのだ。
「必ずな」
「駆逐艦よりも潜水艦だったとは」
「意外でしたか」
「いや、実は探していた」
 東郷は水面下で田中の適正を調べていたのだ。彼がどの艦艇で最も才能を発揮するか、それをだというのだ。
「空母も戦艦もな」
「巡洋艦もですね」
「今一つな感じだったからな」
「それで駆逐艦、魚もそうした属性のものを使わせていましたが」
「それでもな」
「はい、あの様に損害が多かったです」
「それではどうするかだ」
 新しい艦種を使わせてみる、あくまで田中の資質を見てのことだった。
 そのことを決めてそうしてだったのだ、田中に潜水艦を任せたのは。
「色々あったがこれでいい」
「太平洋軍潜水艦艦隊の創設ですね」
「それもなった。全ては整った」
「それでは」
 ハワイ侵攻への準備は着々と進められていた。そしてその軸には田中がいた。
 田中は潜水艦を率いることになり見事に立ち直った。これまでの威勢も戻っていた。
 しかしミクロネシアの基地でこんなことを言い出していた。
「何かおかしいんだよな」
「何がじゃ?」
 山本は彼の話を聞く。
「女でもできたか?」
「へっ、そうなったらいいんだけれどな」 
 つまり女ではないというのだ。
「生憎違うさ」
「では何じゃ」
「ああ、ちょっとな」
 田中は微妙な顔になって山本に言う。
「基地で何か声が聞こえるんだよ」
「声?」
「ふよよ〜〜とか言ってな」
「ふむ。おかしな話じゃのう」
「そうだろ?妖精か?」
「かも知れんな」
 山本もその可能性を否定しない。
「とにかくその声が聞こえるのじゃな」
「時々な。おかしいよな」
「少し調べてみるか」
「何だろうな」
 こうした話もしていた。だが山本は太平洋からインド洋に転属することになった。そしてその際看護士の配属も変わった。
「何じゃ、ひとみちゃん転勤か」
「転勤といいますか」
 古賀は山本に気恥ずかしそうに話す。
「提督になります」
「東郷にスカウトされたのか」
「そうなんです。どうも私には提督の適性があるらしくて」
「それでか」
「次の看護士も決まっていますので」
「ふむ、また美人さんであればよいのう」
「大島さんです」
 古賀はこの名前を出した。
「あの娘ですが」
「おお、由布子ちゃんじゃな」
「御存知ですか」
「小柄なのがいいのう」
 山本はその名前を聞いて嬉しそうに言う。
「しかもスタイルもいいし踊りもいける」
「そこはダンスです」
「おっと、そうじゃったな」
 山本は古賀の指摘に右目をつむって応える。
「歳がばれてしまったわ」
「とにかくあの娘がお付の看護士になりましたので」
「ひとみちゃんとお別れなのは悲しいが由布子ちゃんもよいか」
「はい、ではお願いしますね」
「そうじゃな。ではひとみちゃんは早速か」
「ハワイ侵攻に参戦します」
 本当に早速だった。ハワイ侵攻は間も無くだった。
「そうさせてもらいますので」
「頑張って来るのじゃぞ」
「私が力になればいいですが」
「いや、わしが見てもな」
 山本は悪戯っぽく笑ってひとみに話す。
「ひとみちゃんには提督の資質があるな」
「だといいのですが」
「しかも何か隠し球がありそうじゃな」
「隠し球?」
「それがありそうじゃな」
 言っている山本自身もそれが何かはわからない。しかも彼は今このことを考えて分析して言ってはいない、それは勘だ。
 だがその勘について彼は言う。
「わしの勘は当たるからな」
「だからギャンブルもですね」
「負けたことがない」
 そちらにも無類の強さを発揮する山本だった。
「だからじゃ。ひとみちゃんは提督としてもやっていけるし」
「そしてですね」
「隠し球もある。安心して行って来るのじゃ」
「では」
 古賀は山本の言葉に頷く。そうしてだった。
 山本に柴神、伊藤達僅かな面々がインド洋に向かい太平洋軍の戦力はハワイ方面にその殆どが向かっていた、運命の決戦が今はじまろうとしていた。
 そしてその戦いについてカテーリンはロシアにこう話していた。
「これはいいことです」
「日本君とアメリカ君が潰し合ってくれるね」
「アメリカは敵です」
 カテーリンは言い切る。話は教室そのままの場所で机を挟んで行なわれているがそのまま面談の様だった。
 その中でカテーリンはロシアに対して言ったのである。
「あの国も中帝国もです」
「資産主義だからね」
「しかも中帝国は君主制です。王様は駄目です」
 カテーリンは君主制も大嫌いだった。それは何故かというと。
「皆平等なのに一人だけ威張っている状況はよくないです」
「そうだよね。世界の皆が同じだからね」
「国家も人間も平等なのです」
 カテーリンはとにかく平等に五月蝿い。全てはそこからはじまるのが彼女なのだ。
 そしてその平等主義からこうも言う。
「だから日本もです」
「敵だよね」
「連合国同士でも敵なのです。むしろ」
「むしろ?」
「ドクツやイタリンの方がましです」
 カテーリンの考えではそうなる。実際に真剣そのものの顔でロシアに話す。
「枢軸ですがそれでもです」
「同じ枢軸でも日本帝国は違うんだ」
「イタリンとドクツはファンシズムで資産主義とは少し違う経済システムです」
「うん、共有主義に近いかな」
 ロシアも彼等の経済についてはこう分析して話す。
「そうした感じかな」
「資本家はいますが基本的に共有主義的です」
「国家が経済を完全にコントロールしているからね」
「後は貨幣を全廃するだけです」
「そうだね。それに階級もないから」
 これもドクツ、イタリン、ソビエトに共通することだ。
「何もかもがね」
「はい、ないのです」
 カテーリンはこのことも指摘する。
「全くです」
「それぞれの総統なり統領なりの下に全部同じだね」
「指導者は必要なのです」
 カテーリンは強い口調で言う。
「皆を教えて導く誰かが」
「カテーリンさんみたいにね」
「私は皆の為に頑張ります」
 少なくともカテーリンに悪意はない。完全に善意と彼女の正義感から考えそして言っているのである。その証拠に表情に曇りはない。
「そうした意味であの二国とは私もです」
「陣営は違っても」
「親近感は感じます。おそらくドクツとは戦争になるでしょうが」
「ドクツとは間違いないね」
 ロシアもカテーリンもレーティアが自著で当方殖民について書いていることを知っている、それでこう言うのである。
「近いうちにね」
「戦争になります、ですが」
「それでもだよね」
「ドクツ、イタリンは他の連合国や日本よりはましです」
「厳密には資産主義じゃないから」
「同じ枢軸陣営でも日本は違います」
 カテーリンは目を顰めさせて日本についてはこう言及した。
「資産主義でしかもです」
「帝がいるからね」
「あんな国は許せないです」 
 カテーリンはぷりぷりとした顔になっている。それで右手を拳にしてそのうえで振り回してさえいる。
「必ずです」
「倒すんだね」
「ドクツとの戦いが終わればまず日本を懲らしめて」
「それからだね」
「太平洋の皆を共有主義にします」
 カテーリンはもうドクツとの戦いを念頭に置いていた。そのうえで日本との戦いを見ていた。
 だからこそ太平洋についてはこう言うのである。
「ガメリカも中帝国もお仕置きします」
「僕もアメリカ君と中国君は好きじゃないしね」
 ロシアもロシアたる由縁を出しにこやかだが威圧感のあるオーラを漂わせていう。
「ちょっとぷちっとやっちゃっていいよね」
「それが祖国君のいいところなのです」 
 カテーリンもそのロシアの言葉に微笑んで応える。
「では一緒に頑張るのです」
「うん、そうしようね」
 ロシアは普段の無邪気な笑みに戻る。しかしその笑みを見て二人を離れた場所で立って見るバルト三国の面々は暗い顔でひそひそと話した。
「やっぱり戦争になりそうだね」
「ですよね。カテーリンさんもロシアさんもやる気満々です」
「ドイツさんだけでなく太平洋全域に攻め込むんだね」
 三人にとってはいい話ではなかった。ソビエトは世界を共有主義にすべき彼等の戦いを行なおうとしていた。


TURN52   完


                            2012・9・12



古賀ひとみが参戦。
美姫 「そして、田中に潜水艦が」
ハワイ侵攻に向けて戦力強化を行っている感じかな。
美姫 「でも、ひとみの方は初めての実戦よね」
田中の方も訓練したと言っても潜水艦での実戦は初だしな。
美姫 「ガメリカとの攻防における重要拠点ハワイ」
さてさて、どうなるのか。
美姫 「次回も待っていますね〜」



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