『ヘタリア大帝国』




             TURN60  義兄と義妹

 アメリカが太平洋軍に加わったことは忽ちのうちに全世界に知れ渡った。それを聞いてルースはその一変した形相でホワイトハウスで叫んだ。
「馬鹿な、祖国氏が国を裏切っただと!」
「はい、祖国さんは太平洋諸国との講和を宣言されました」
「そして太平洋軍に加わっています」
「馬鹿な、そんな筈がないのだ」
 ルースはその話をすぐには信じようとしなかった。
「私は何の為に働いている」
「はい、ガメリカの為です」
「そして祖国さんの為です」
「そうだ、何故その祖国氏が私を裏切るのだ」
 こう言いその形相をさらに歪めさせる。
「有り得ないことだ」
「ですがプレジデント、実際にです」
「祖国さんはテレビに出ておられます」
 大統領の側近達も狼狽を隠せない顔でルースに話す。
「そして今も講和を宣言されています」
「もう戦いは終わったと」
「ではだ」
 ここでルースは言った。
「私は勝ち祖国氏を連れ戻そう」
「そして共におられるロスチャ財務長官もですね」
「あの方も」
「財閥のご令嬢が勝手なことをしてもらっては困る」
 クーの性別は公には発表されていない、ルースは今もこう思っている。
「私は共有主義者ではない、財閥は国家の権限においてコントロールしているが」
「はい、その資産はですね」
「押収もしていません」
「あくまでこの総動員状態に協力してもらっています」
「それだけです」
「今は非常時だ」
 これがルースが今ガメリカの全権を掌握している根拠になっている。
「それも当然のことだ」
「はい、勝利の為には」
「当然のことですね
「そういうことだ。ではワシントンに戦力を集中させる」
 ルースは戦略も決定した。
「そしてそのうえでだ」
「はい、勝ちましょう」
「絶対に」
「その為にはだ」
 ルースは大統領の席の左側を見た。そこにはハンナとアメリカ妹が憮然とした顔で立っている、彼はその二人に顔を向けて言うのだった。
「君達にも頑張ってもらう」
「何度も言うわ、もうこれ以上の戦闘は無意味よ」
 ハンナは必死の顔で右手を拳にし振りながらルースに話す。
「だからすぐにでも」
「やれやれ、また言うのか」
「講和しないとガメリカはさらにダメージを受けるわ」
「最後は勝てばいいのだ」
「その勝てる要素ももうないわ」
 ハンナはあくまで現実から言う。
「ドワイト司令もいないのよ」
「そしてダグラス司令もだね」
「貴方が解任したのよ」
「当然だ。彼は私の主戦論に反対した」
 ダグラスも最早これ以上の戦闘は無意味だと主張していたのだ、ルースはそれを理由に彼も解任したのだ。
「司令官がそれでは話にならない」
「もうガメリカの主な提督は全て太平洋軍に入ったわ」
 他の人材もそうなっていた。
「精兵達もよ。もう幾ら艦艇があっても」
「大丈夫だ。私には切り札がある」
「その通りです」
 大統領の右側に控えていた白衣の男が来た。あらためて大統領補佐官に任命されたマンハッタンである。
「私のあの開発したシステムがあれば」
「私一人でも太平洋軍に勝てるのよ」
「軍歴のない貴方が!?」
「そうだ」
 その通りだと、ルースはハンナに余裕の顔で返す。
「私だけで彼等を倒してみせよう」
「だからこのワシントンに戦力を集中させているというのね」
「これでわかったかね?」
「わからないわ。そんなこと出来る筈がないわ」
 ハンナはいぶかしむ顔でルースにさらに言う。
「若しあっても急に開発したシステム、どんな不確実要素があっても」
「ミスター、もう止めなよ」
 アメリカ妹も必死の顔でルースに忠告する。
「今ガメリカがまともに太平洋軍から守れるのはワシントンだけだよ」
「だからワシントンに敵を引き付けて一気に戦うのだよ」
「そんなのもう不可能だよ。そもそも兄貴が講和を宣言してるんだよ」 
 ガメリカそのものと言っていいアメリカがだというのだ。
「国民だってそれを聞いて一気に講和に傾いてるしシカゴ、テキサス、ニューヨークの防衛艦隊からどんどん投降者が出ているんだ」
「彼等は勝てば戻るさ」
「この状況でどうやって勝つっていうんだよ」
「見ていたまえ」
 ルース、そしてマンハッタンだけが余裕の顔だ。
「私が君達に勝利をもたらすのよ」
「あんた、本当に」
「大統領は国民に選ばれた」
 ルースはまだこのガメリカをガメリカたらしめる思想は持っていた。
 そしてそれ故にこう言うのだった。
「その国民、君もお兄さんも栄光に導く義務があるのだよ」
「講和するのはそれに入らないっていうんだね」
「その通りだよ。あと君達には危害を加えない」
 ルースは彼女とハンナにこのことも約束した。
「私はジェントルマンだからね、何もしないよ」
「というかハンナには指一本触れさせないわよ」
 流石に祖国であるアメリカ妹には何もしないことは自明の理だった。だからこそ彼女はハンナを護って言うのだ。
「いいわね」
「やれやれ。私が彼女に何をするというんだい?」
「例えば餓えた男共の中に放り込むとかね」
 アメリカ妹はあえて女なら誰もが聞いただけで、考えただけで身の毛もよだつ事態を言葉に出してみせた。
「そんなのは許さないからね」
「やれやれ。私がそんなことをすると思うのかい?」
「今のあんたはね」
 しかねないというのだ。
「何をするかわからないからね」
「信用がないのだね」
「信用するしない以前の問題よ」
 アメリカ妹は感情を表に出してルースに対して宣告する。
「まともじゃないのにどうしてそんなことができるのよ」
「私がまともかどうかは勝敗の後でわかるよ」
 ルースは狂気に満ちた目でアメリカ妹に言った。
「その時にね」
「くっ、どうかしてるわよ今のあんたは」
 アメリカ妹も彼の暴走の前に立つことしかできなかった、ガメリカはほぼ完全にルースに掌握されていた。
 アメリカ妹とハンナはルースの前から退いた。アメリカ妹は官邸の廊下を進みながらこうハンナに対して言った。
「あれはもうね」
「どうしようもないわね」
「ええ、完全にどうかしちゃってるわ」
 アメリカ妹はルースの狂気を確信していた。
「ああなったらもうね」
「いくところまでいくしかないわね」
「とりあえずあたしは何とかミスターの暴走の前に立つから」
「妹さんができることをするのね」
「幾ら何でも自分の祖国を潰しはしないわ」
 ルースは少なくともアメリカと彼女の為に戦っているつもりだ。それなら彼女に何かをする筈がないのだ。
「だからね」
「プレジデントの前にあえて立って」
「ええ、止めるから」
「悪いわね、本来は国務長官である私がすることなのに」
「いいのよ。それよりもあんたはね」
「私は?」
「あたしがいるから」
 アメリカ妹は真剣な顔で己の隣にいるハンナを見て言う。
「無茶はしないでね」
「あの大統領を止めることは」
「そう、下手をしたら本当に何をされるかわからないからね」
「だからなのね」
「国務長官としてこの戦争の後に備えていて」
 もうガメリカが敗れているという前提に立っての言葉だった。
「そうしてね」
「わかったわ。それじゃあ今は」
「あたしがいるから」
 他ならぬアメリカ妹がだというのだ。
「任せてね」
「そうさせてもらうわ、今は」
「少なくとも太平洋軍には兄貴とクーが行ったから」
 希望はそこにあった。
「後はキャロルだけれど」
「連絡は来てないわ」
「まだ消息不明?」
「テキサスから何とか脱出しようとしているみたいだけれど」
「何とかUSJに逃げて欲しいわね」
 太平洋軍が占拠しているそこにだというのだ。
「本当にね」
「そうね。心からそう願うわ」
「ダグラス司令が間に合えばいいけれど」
 ハンナはキャロルについては彼頼みだった。その状況に歯がゆいものを感じていても今は仕方がなかった。
 そのUSJでは今イザベラがアメリカに対して毅然とした態度で敬礼をしていた、そのうえでこう彼に言うのだった。
「では」
「うん、君も一緒に戦ってくれるな」
「私はガメリカ国民です」
 そのガメリカ軍の軍服を着ての言葉だった。
「それならばです」
「そうか、それならだ」
「共に戦いましょう」
「うん、ただ」
「ただ?」
「正直なところミスターはどうにかならないかな」 
 アメリカは今は敵になっているルースを気にかけて言った。
「今はああだけれどいつも僕達のことを気にかけてくれているしね」
「悪人ではないというのですね」
「当然戦争犯罪は駄目だぞ」
 アメリカはこのことには厳しかった。
「しかし大統領はそれもしていないしな」
「では」
「とりあえず命は助けてくれたら嬉しいんだがな」
「それは君達が決めることだな」
 東郷はアメリカのその言葉にこう告げた。アメリカとイザベラの会談に彼も同席しているのだ。
「ガメリカの祖国、そして国民の君達がだ」
「そうなるか。とりあえずもう少ししたら大統領選挙だ」 
 ガメリカの国家元首を決めるそれである。
「それでどうするか決めよう」
「そうですね。今お話することはではないですね」
 イザベラもアメリカのその言葉に頷く。
「それでは」
「よし、今はな」
「さしあたっての攻勢に入るべきですね」
「これからシカゴ、テキサスを攻める」
 東郷は二人に太平洋軍の戦略方針を話した。
「そしてニューヨークも占領し」
「最後にワシントンだな」
「そのつもりだ」
 東郷はアメリカに話す。
「それでどうだろうか」
「それでいいと思う。それではだ」
 アメリカも東郷の言葉に頷く。イザベラはその彼に言うのだった。
「私は実は」
「これまでずっと太平洋軍にはいなかったな」
「はい」
 参戦していなかった、しかし今参戦した理由は。
「ですが祖国さんが来られたなら」
「ガメリカ国民としてだね」
「そうさせてもらうことに決めました」
「悪いね、気を使ってもらって」
「気を使ってはいません、どうしても私にはできなかったのです」
 例え日系人とはいってもガメリカ国民だ、だからだというのだ。
「祖国さんと共に戦わないということは」
「別にそこまで気を使わなくていいぞ」
 この世界では敵の捕虜になればその敵軍に加わることなぞ普通だ、だからだ。
「だがそれでもだ」
「それでも?」
「一緒に戦えるのは嬉しいな」 
 アメリカはまたイザベラと共にそうできることは素直に喜んでいる。
「キャシー達もいるし。今度皆でパーティーをしよう」
「お酒は何にしますか?」
「ははは、決まってるじゃないか」
 酒の話には陽気にこう返すアメリカだった。
「バーボンだよ。ガメリカの酒だよ」
「そしてハンバーガーも用意して」
「楽しくやろう」
 アメリカはイザベラに笑顔で言う。太平洋軍にまた一人優れた提督が加わっていた。
 キャロルはテキサスの中を必死に逃げ回っていた。
「いたか?」
「いや、いないぞ」
「この辺りにいる筈だがな」
「一体何処に隠れたんだ」
 追手の黒服の男達がビルとビルの間を見回している。
「案外隠れるのがお上手だな」
「プレジデントは無事なままでワシントンに連行しろと仰ってるが」
「果たして満足に見つけられるか」
「それ以前の問題だな」
 彼等はキャロルが予想外に隠れることが上手いことに舌打ちをしていた、とにかく彼女は見つからない。
 彼女はその時ダグラスと一緒だった。そのうえで路地裏に潜み追手を見ながらこう彼に言うのであった。
「あと少しなのよね」
「ああ、脱出ポッドは用意してある」
 キャロルの片隅に蹲る様にして周りの様を伺いながらダグラスも言う。
「そこに辿り着ければな」
「USJに行けるのね」
「あっちには祖国さんもいる。逃げられれば何とかなる」
「あいつがいるのが癪だけれどね」
「あいつ?東郷司令か」
 勘のいいダグラスにはすぐにわかることだった。
「君はあの司令が嫌いな様だが」
「知ってるでしょ、あいつの奥さんだった人はね」
「確かスカーレット=キリングだったな」
「そうよ、あいつと結婚したのよ」
「そしてガメリカに里帰りしている時にだな」
「乗っている客船が事故で消息不明になってね」
 宇宙の中でそうなる、それは即ちだった。
「言うまでもないわよね」
「そうした事情か」
「一族は全員結婚自体に反対したのよ」
「大切な財閥の巫女さんが他国の何処の馬とも知れない、しかも女好きで有名な不良士官がその相手じゃな」
「それでも姉さんは一族の反対を押し切って日本に行ったわ」
 そして東郷の妻になったというのだ。
「忌まわしいことにね」
「特に君が反対したんだったな」
「よく知ってるわね」
「軍にいれば誰でも知ることだと思うが」
 国防長官である彼女のことを知らないではいられないというのだ。
「それで俺も知っている」
「そういうことなのね」
「それであの司令は嫌いか」
「ええ、大嫌いよ」
 キャロルは忌々しげな顔で言い切った。
「あいつのところに行くのだけはね」
「まあ気持ちはわかるがな」
「それでもっていうのね」
「君も今の政府には戻りたくないだろ」
「そっちの方が嫌よ」
 キャロルの顔の感じ、その忌々しげなものがさらに強くなる。
「本当にね」
「今のプレジデントは狂ってやがる」
 ダグラスが見てもそうだった。
「あのままいけばとんでもないことになる」
「もうなってるけれどね」
「俺も講和には賛成だ」
「じゃああたし達と一緒に来る?」
「いや、俺はガメリカに残る」
 だがダグラスはこうキャロルに返した。
「やることがあるからな」
「というと大統領選挙に出るのね」
「政党には所属しないがな」
 ルースの民自党にも野党の和共党にもだというのだ。
「あの大統領をそれで引退させてやる」
「それであんたがガメリカの舵取りを取るのね」
「ああ、そのつもりだ」
「まあ戦争が終わることに選挙がはじまるわ」 
 キャロルはそう見ていた。
「それなら勝てるでしょ」
「主戦派が根強いことは確かだけれどな」
 だがそれでもだというのだ。
「俺は必ず勝つ」
「ええ、今は国民の皆も講和派が主流よ」
「そうだ、だから俺は大統領になってやる」
「それでガメリカを導いてくれるのね」
「そのつもりは」
「応援はしてあげるわ」
 何故かここでは顔をダグラスから少し背けたキャロルだった。
「精々頑張ってね」
「君は引き続き国防長官だ」
 ダグラスはそのキャロルにこうも言った。
「勿論他の三人も引き続きだ」
「財閥だけれどいいの?」
「俺は適材適所でいく主義だ」
 だからいいというのだ。
「君達には引き続き頑張ってもらう」
「そういうことなのね」
「そうだ。だが俺は財閥だけを考えて動きはしない」 
 ダグラスはこのことも言う。
「太平洋経済圏にも賛成だがな」
「それでもなのね
「ガメリカ全体のことを考える」
 どうしても財閥の影響が強いルースとは違うというのだ。
「そうして政策を考えて行っていくことは言っておく」
「そう、わかったわ」
「別にそれでもいいんだな」
「確かにあたしはキリング家の娘よ」
 キャロルはダグラスにこう返す。
「末っ子だけれどね」
「お兄さん達がいたな」
「ええ、姉さんは私のすぐ上でね」 
 兄弟の中ではそうだったというのだ。
「あたしなんかよりずっと凄かったけれど」
「四姉妹のリーダーでかつては国務長官だったな」
「ミッちゃんも信頼してたわ。ハンナはその時は国防長官で」
「君は大統領の次席補佐官だったな」
「正直それなりにミッちゃんも好きなんだけれどね」
 大統領として彼なりに必死だったからだ。
「まあ今はこんな状況だけれど」
「仕方ないな、少し講和を無理強いし過ぎたみたいだな」
「ええ、ハンナもクーもガメリカのことを考えてだったけれど」 
 意見の相違から生じた暴走、国を考えることは大事だがそれは時として悲劇を招いてしまうということだった。
「ちょっとね」
「政治も色々あるからな」
「そういうことね。じゃあ」
「ああ、もう少しだ」
 話は脱出のことに戻った。二人は路地裏に潜んだままだ。
「俺が援護する、何とかそこに辿り着くんだ」
「戻って来るからね」
 変装で眼鏡をかけ粗末な私服のキャロルはここで立ち上がった。
「それまで待っていてね」
「アイシャルリターンか」
「あんたがマニラで言った言葉よね」
「今は懐かしいな」
 自分が聞くと余計にだった。ダグラスは少し笑って言った。
「もうかなり前の話に思える」
「思い出に浸る余裕もこれからね」
「ああ、できればいいな」
「じゃあ。あたしは行くから」
「ナイトにならせてもらおうか」
 ダグラスも立ち上がって言う。彼はまだガメリカ軍の軍服姿だ。
「カウボーイのヒーローにでもな」
「あんたそういえばカウボーイも演じてたわね」
「ガンマンにも騎兵隊にもなったさ」
 西部劇のヒーローも数多く演じてきたのだ。
「中々楽しかったな」
「じゃあここはカウボーイになってくれるかしら」
 西部の騎士と言われた彼等にだというのだ。
「お姫様を護るね」
「随分やんちゃなお姫様だな」
「ヤンキーガールだからね」
キャロルはあえて余裕の笑みを作ってダグラスに返す。
「そうなるのよ」
「そうか。じゃあやんちゃなお姫様はな」
「今から華麗な逃避行よ」
「少なくともUSJまでは確実に連れて行く」
 ダグラスはこのことをキャロルに約束する。
「じゃあ行くか」
「それであたしを送り届けてくれたカウボーイは、よね」
「ああ、選挙に出る」
 ダグラスの目がまさに鷲のそれになった。
「俺がガメリカを救う」
「投票させてもらうからね」
「もう投票できる年齢なんだな」
「そうよ。だから国防長官もやってるから」
 政治家になれる年齢だから当然投票もできるというのだ。
「それは安心してね」
「有り難いね。じゃあその清き一票も楽しみにさせてもらうか」
「それじゃあね」
 こうした話をしてから二人は追手をかわし振り切って脱出ポッドまで辿り着きそれに乗りUSJまで去った。キャロルをそこに届けるとダグラスは自身のシャトルですぐにシカゴに向かった。
「じゃあ俺はこれでな」
「シカゴからなのね」
「ああ、ワシントンに戻る」 
 そしてだというのだ。
「俺の戦いをはじめるさ」
「グッドラック」
「ああ、お互いにな」
 二人はそれぞれ右手の親指を立てて笑い合った。ダグラスは白い歯をきらりとさせて彼の闘いに向かった。
 キャロルは太平洋軍に入りすぐに東郷の前に来た。そこにはアメリカもいる。 
 アメリカがまずキャロルに右手を差し出した。二人はまずは笑顔で挨拶をした。
「よく来てくれたな」
「元気そうね、祖国ちゃんも」
「ああ、僕はいつも元気だぞ」
「そうみたいね」
 二人の挨拶はにこやかなものだった。
「やっぱり祖国ちゃんはそうでないとね」
「クーもいるし他の皆もいるぞ」
 アメリカは彼らしく実に明るくキャロルに話す。
「だからここでも楽しくやれるから安心してくれ」
「そうね。あたしも祖国ちゃんがいるから来たし」
 アメリカが大好きだ、キャロルの偽らざる本音だ。
「ガメリカの為に戦おうね」
「是非共な」
「そうね。ただね」
 キャロルはアメリカには親しい、だが。
 東郷には嫌な顔を向けてこう言った。
「あんたはね。日本ちゃんは嫌いじゃないけれど」
「祖国さんをそう思ってくれるだけで充分だ」
「だって日本ちゃんとも何度か会ってるから」
 これまでの外交で彼女も日本と話したことがあるのだ。それで言えることだ。
「悪い印象は受けてないからね」
「祖国さんは素晴らしい人だからな」
「ええ。ただね」
「ただ?」
「あんたは大嫌いだから」 
 東郷をその目で見ての言葉だ。
「全く、相変わらずみたいね」
「俺は俺さ」
「そういう軽薄なところが嫌なのよ」
「しかし誰にも迷惑をかけたことはない」
「どうだが。まあ姉さんはね」
 わかってはいる、だが感情ではというのだ。
「生きていないでしょうしね」
「そうだな」
 東郷もこの話題には微かではあるが暗いものを見せる。
「スカーレットはな」
「許さないから」
 キャロルは東郷に告げた。
「姉さんが生きていない限りはね」
「構わない、俺はあるがままを受け止める」
 東郷も毅然としてキャロルに返す。
「君に対してもだ」
「潔はいいのね」
「そういうことは意識していないがな」
「とにかく。あたしは祖国ちゃんと一緒に戦うか」 
 半分以上は自分に言い聞かせながら東郷に告げる。
「そういうことでね」
「それでいい。この戦いの後でガメリカには占領している国土も返還する」
「講和の条件通りそうしてくれるのね」
「帝が約束されている、安心してくれ」
「わかったわ。それじゃあね」
「これから頼むな」
「頼まれてやるわよ」
 二人はこう話した。キャロルもまた太平洋軍に加わったのだった。
 中帝国は一連の情勢を重慶から見ていた。皇帝はキャロルまで太平洋軍に加わったと聞いてまた中国兄妹に話した。
「朕は思うのだが」
「戦局あるか」
「そのことあるな」
「そうだ。間違いなくニューヨークまで陥落する」
 皇帝はこのことは確実だと見ていた。
「そしてワシントンもだ」
「陥落あるな」
「あの星系もある」
「そうなるだろう」
 皇帝はこう自身の祖国達に話す。
「最早ガメリカには戦力も人材もいないからな」
「けれどこの前あの大統領のところに行って話をしたあるが」
 中国妹が困惑を隠せない顔で自身の上司に話す。
「大統領は勝てると確信しているある」
「あの状況でか?」
「そうある、何でもガメリカには秘密兵器があるそうある」
「あの国は確かに恐ろしいまでの技術を持っているが」
 皇帝もこのことは知っている。それで中国妹の話は聞いた。
「しかし」
「それでも向こうの補佐官も言っているある」
「あのマンハッタンという科学者もか」
「だから何かあるのは間違いないあるよ」
「そうか。だが」
「だが、あるか」
「やはりガメリカは負けるだろうな」
 皇帝は腕を組み微妙な顔になって述べた。
「最早どうしようもない」
「万歳爺はそう思われるあるか」
「攻勢の用意はそのままだが」
 これはこのまま置いておけというのだ。
「だが日本外務省に水面下で連絡を取れ」
「講和あるな」
「その条件なら文句もない」
 占領されている領土と捕虜達の無条件の返還、賠償金の放棄と太平洋経済圏への中帝国への参加の約束、ガメリカに対してもそうだが敗戦国への要求ではなかった。
 だから皇帝もこう言うのだった。
「朕も喜んで受けたい」
「ではあるな」
「ガメリカが敗れたならば即座に講和だ」 
 これが中帝国の決定だった。
「そして朕はだ」
「万歳爺は?」
「どうするあるか?」
「どうも今回の戦争で疲れた」 
 その顔に実際に疲労の色を見せて中国兄妹に話す。
「講和の後は議会を作り政治をやらせよ」
「ガメリカの様にあるか」
「そうするあるか」
「戻って来るであろうリンファとランファを左右の宰相に任じる」
 そして実際の政を二人に任せるというのだ。
「そうするとしよう」
「そうあるか」
「そうされるあるか」
「その方がこの国にもよいであろうな」
 皇帝はこうも言った。
「だからそうしよう」
「では万歳爺はこれからは国家の象徴あるか」
「そうなるあるか」
「少なくとも今の朕の体調では難しい」
 確かに顔色がよくない、一連の戦争での疲れが明らかだ。
 国家元首として敗戦が続くと精神的に参る、今の皇帝がそうだった。
「そうせよ。よいな」
「では講和の後は」
「その様に」
「祖国子も妹子も太平洋軍で頑張るのだ」
 皇帝は二人の背中も押した。
「おそらく朕はそなた達がいないと暴君になっていただろう」
「それは」
「何となくわかる。宮中で宮女や宦官に囲まれてばかりではな」
 どうしても甘やかされそうなってしまうというのだ。
「しかしそなた達に幼い頃から色々と接してもらい教えてもらったからな」
「それは当然のことあるが」
 彼の祖国である中国にすればだというのだ。
「それでもあるか」
「そうだ。そなた達には感謝している」
 皇帝は微笑んで中国達に述べた。
「ただ」
「ただ。何あるか?」
「そなた達は本当に幾つなのだ?」
 皇帝は前から疑問に思っていることを彼等自身に問うた。
「原始の八国はそれぞれ相当な年齢だが」
「まあそのことはある」
 中国は何故か皇帝から視線を逸らして話した。
「聞かないで欲しいある」
「そういうことか」
「実は僕達も気付いたらそれぞれいたある」
「八国共か」
「私達もある」
 中国妹もここで言う。
「気付いたらいたある」
「その頃には日本のあの犬神はいたのだな」
「僕達よりも前にある」
「世界にいたあるよ」
「ふむ。あの神が一番古いのだな」 
 皇帝はそのゆったりとした豪奢な服の袖の下で腕を組みつつ言った。
「全てはあの神が知っているか」
「多分ある」
「一度話して詳しく聞きたいが」
「それは絶対に教えてくれないある」
 中国が皇帝に話す。
「僕達八国も何度も聞こうとしたあるが」
「この世界のはじまりをだな」
「そうある。けれどある」
「教えてはくれぬか」
「首を横に振って頑なある」
 それで言わないというのだ。
「全く駄目ある」
「そうか。なら仕方がないな」
「このことは諦めるしかないある」
「わかった。だがどうやら」
 皇帝は中国の柴神についての話からこのことを察した。
「あの神は間違いなくこの世界のはじまりについて知っているな」
「それは間違いないある」
「そうだな」
 中帝国では講和を前提とした動きをはじめながら柴神についても話が為されていた。太平洋では講和とその次の段階が見られていた。
 太平洋のその流れを見てエイリスではセーラが悩ましい顔でこうイギリス達に漏らしていた。
「若しこのまま太平洋経済圏ができれば」
「ええ、エイリスはもうね」
「完全に立つ瀬がなくなるな」
 そのセーラにエルザとイギリスが話す。
「もう残るのはアフリカだけよ」
「それじゃあもうな」
「エイリスの世界帝国としての立場は」
 セーラは己の執務用の机で項垂れている。
「なくなるというのですか」
「しかもです」
 イギリス妹は参謀的にセーラに話した。
「我が国はこのままドクツは何とかなりそうですが」
「その次はですね」
「ソビエトです」
 イギリス妹は同盟関係にある筈のこの国の名前を剣呑な感じで出した。
「あの国は東欧を完全に掌握するつもりです」
「そのうえで、ですね」
「はい、我が国に対するつもりです」
「元からそうなるとはわかっていました」
 セーラもソビエト、カテーリンの考えは読んでいた。
「彼等はあくまで共有主義による世界統一を考えていますから」
「だからこそですね」
「資産主義、そして何よりも君主制である我が国は」
「敵以外の何者でもありませんね」
「ソビエトは強敵です」
 セーラはこのこともよく認識している。
「相手にするには今のエイリスでは」
「困難ですね」
「アフリカの植民地からの力だけが便りです」
 インド洋以東の植民地を全て失ったエイリスにとってはまさにそうだった。アフリカの殖民地こそが最後の生命線だった。
「あの場所は何としても守りましょう」
「そうしましょう」
「じゃあ暫くはだね」
 マリーもここで話す。
「エイリスとしては動けないんだね」
「そうなるわ。欧州でエイリスの勢力圏を確定して」
 セーラもマリーにそしてだと話す。
「そのうえで」
「ソビエトと対峙するしかないんだね」
「あの国は隙を見せればすぐにでも攻撃に出るわ」
 セーラはこうも言う。
「だから絶対に」
「ガメリカと中帝国が太平洋についたら敵だからあっちの植民地の独立は無視していいことにはなるよね」
「ええ、それはね」
 つまり植民地の奪還に動ける大義名分は得られるというのだ。
「出来るわ。けれど」
「それでもなんだ」
「今はその余裕がないわ」
 ソビエトとの対峙があるからだった。
「無理な話よ」
「本当に難しいね」
「ったくよ、どうしようもない手詰まりだよな」
 イギリスも今は皮肉を言う余裕すらなかった。
「植民地を奪還したいのにな」
「まずはドクツに勝つことです」
 セーラはイギリスに現実を話すしかなかった。
「そしてその後は」
「ソビエトに攻められないことか」
「そうすることが肝心です」
「そうなんだな。じゃあ今は」
「我々のできることをしましょう」
 セーラはその整った唇を噛み締めて言った。
「そうするしかないのですから」
「そうだな。本当に辛いな」
「それで欧州での戦局ですが」
「モンゴメリー提督が北アフリカからイタリアに入られました」
 イギリス妹が話す。
「そしてここからです」
「はいドクツ本土を目指します」
「フランス本土も解放したぜ」
 今度はイギリスがこのことを話す。
「ロレンスさんが頑張ってくれたからな」
「そして祖国さん達もですね」
「俺はまあ。ロレンスさんがどうしてもっていうからな」
 イギリスは持ち前の素直でないところを見せる。
「それでやらせてもらったさ」
「ロレンスは祖国ちゃんが率先してやってくれたって言ってるよ」
 マリーは笑ってイギリスにこの事実を出した。
「それが違うの?」
「ま、まあそれはあれなんだよ」
 イギリスはマリーのくすりと笑って出した事実に慌てながら返す。
「俺だってエイリスのピンチだからな」
「祖国ちゃんって何だかんだで率先して動いてくれるのよね」
「女王さんやマリーさんもどうしてもって言うからな」
「僕何も言ってないよ」
 マリーはまた言う。
「本当に祖国ちゃん率先垂範だからな」
「お兄様はそうした方ですから」
 イギリス妹もそのことを言う。
「是非からかわれて下さい」
「おい、御前までそう言うのかよ」
「妹ですから」
「ったくよ。まあとにかくフランス本土も解放したさ」
「ただ。フランスさんはですね」
「ああ、あいつは太平洋に行ったままだ」
 マダガスカルが陥落してそしてだというのだ。
「領土が手に入っただけだ」
「そうですね」
 イギリス妹は兄の言葉に納得した。
「フランスさん達もおられると頼りになるのですが」
「あいつの何処がだよ」
 イギリスはここでもフランスのことはこう言う。
「肝心な時はいつも負けるしな」
「確かに勝率は低いですね」
「国力だけで結構抜けてるんだよ」
 それでフランスは負けるというのだ。
「いないと寂しいけれどな」
「そうですね。では」
「ああ、とにかくな」 
 イギリスは今度はセーラに顔を戻して話した。
「ドクツはあと一歩だ」
「はい、ドクツ本土に入り」
「何とかなるからな」
「ではお願いします」
「すぐに前線に戻るな」
「私もです」 
 イギリスだけでなくイギリス妹も言う。
「そしてそれでな」
「ドクツを倒しますので」
 イギリス兄妹はセーラに話していく。そうした話をしてだった。
 彼等はまずはドクツを倒そうとしていた。だがその中でだ。
 エルザはふとした感じでこの国のことを話題に出したのだった。
「そうそう、イタリアちゃん達だけれど」
「あっ、イタちゃんとロマーノちゃんね」
 マリーも母の言葉でふと思い出した。
「そういえばいるわね」
「ナポリ星系もローマ星系も占領したけれど」
「あの子達はどうするの?」
「イタリンですか」
 セーラも言われて気付いた感じだった。
「そういえばそうですね。対応は」
「どうでもいいんじゃねえのか?」
 イギリスもここで彼等のことを思い出した。
「まあベニスさんはアルプスの別荘に軟禁で処罰みたいなことにしてるけれどな」
「そこにイタリアさん達も入っています」
 イギリス妹も言う。
「ですが特に」
「ああ、何もしてないからな」
「とりあえずこのままでいいのでは」
「俺もそう思うけれどな」
「ではそれでいいと思います」
 セーラもイギリス兄妹のその言葉に頷く。
「特に」
「そうだな。それじゃあな」
「イタリアさん達はそれで」
「正直。ベニス統領もあの人達も特に」
 セーラはまた言う。
「困ったこともないですし悪意も野心も感じられないので」
「それでいいな」
「そういうことで」
「イタリン自体にも特に処罰はしないということにしましょう」
 セーラはこうも言った。
「ドクツは別ですが」
「うん、僕もそれでいいと思うよ」
「私もね」
 マリーもエルザもイタリンには優しい。
「イタちゃん達愛嬌あるしね」
「悪い子達じゃないからね」
「そもそも何故戦争をしたのでしょうか」
 セーラはこのこと自体も疑問に思うのだった。
「イタリンは」
「どうしてだろうね」
 マリーもこのことは実は今まで考えたこともなかった。
「北アフリカに来たけれど」
「はっきりと申し上げまして彼等は弱いです」
 イギリス妹は己の経験から話す。
「簡単に勝てます」
「そういえば前のドクツのこっちへの侵攻の時な」
 イギリスもその時のことを思い出して妹に話す。
「モンゴメリー提督が北アフリカをあっさりと奪還したよな」
「そしてナポリ侵攻に移ろうとさえしておられました」
「本当にあっさりだったな」
「とにかくイタリンは弱いです」
「戦うより逃げるんだったな」
「ちょっと攻撃を加えれば総崩れになり」
 これはポルコ族もイタリア自身もだ。
「我先に逃げ出しますので」
「だよな。捕虜にしてもな」
「むしろ進んで捕虜になってくれます」
 これがイタリン軍である。
「そして少し怖い顔をすると」
「ぴーぴー泣いてな」
「可哀想になって手加減をしてしまいます」
「そうそう、俺もなんだよ」 
 それはイギリスもだった。
「ドクツの捕虜は反抗的で厳しくなるんだがな」
「イタリンの捕虜はどうしても」
「厳しくできないんだよな」
「収容所も特に警護をしなくても逃げないで適当に遊んでいます」
 ドクツ軍の捕虜は隙あらば脱走し祖国に戻ろうとする。ここにドクツとイタリンの決定的な違いがあった。
「本当に何の心配もいりません」
「味方にしたら怖いがな」
「敵に回しても不安になります」
「まあそういう奴等だからな」
「本当に何故戦争を仕掛けてきたのか」
「疑問になるな」
「全くです」
 イギリスもイギリス妹もイタリンについてはこう言うのだった。そしてセーラもエイリスとしてイタリンの処遇をあらためて言った。
「ベニス統領とユーリ提督は軟禁です」
「イタリア達もだな」
「暫くそうしておきましょう」
「それ以上はしないんだな」
「はい、別にいいでしょう」
 こうイギリスに話す。
「ドクツが問題なのですから」
「こっちに引き込むか?」
「戦力にはならないですから」
 セーラもイタリンはそうなると確信している。
「別にいいかと」
「そうだな。まあイタリンだからな」
「それでいいかと」
 セーラもイタリンには何もするつもりがなかった。既に彼等のことはどうでもよくなっていた、エイリスは他の戦局のことにその考えを移していた。


TURN60   完


                              2012・10・12



ハンナ以外の三人は大統領の手から逃れれたみたいだな。
美姫 「内、二人は日本ね」
捕まっているハンナもアメリカ妹のお蔭で身の安全は確保できているしな。
美姫 「このまま徹底抗戦する気の大統領だけれど」
他国は既に無謀だと判断しているけれど。
美姫 「最早、その判断はできない所まできているみたいね」
さてさて、どうなるのか。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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