『ヘタリア大帝国』




               TURN66  過労

 ドクツとソビエトの戦いのことはエイリスにも伝わっていた。イギリスは王宮で複雑な顔でマリーに対して話していた。
「ドクツの注意が向こうにいってることはいいけれどな」
「その間にこっちも戦力を立て直せるからね」
 マリーもそれが何故いいのか理解している。
「だからね」
「ああ、それ自体はいいんだよ」
「戦力を立て直そう。けれど」
「どっちが勝ってもまずいからな」
 ここでイギリスは嫌そうな顔になった。複雑な顔から。
「正直な」
「うん、そうだね」
「勝った方が負けた方の力をそのまま手に入れるからな」
 ドクツが勝ってもソビエトが勝ってもどちらでもこうなることは変わらない。生き残った方が破った方の力を手に入れることは。
「そうなったらな」
「恐ろしいわよ、その時は」
「ドクツもソビエトもな」
「両方共ただでさえ強いのに」
 今のアラビア以東の植民地を全て失ったエイリスにとってはだ。
「アフリカの植民地と本国だけの力で勝てるかな、そうなったドクツに」
「ドクツが生き残ったら絶対にこっちに来るからな」
 このことはもうイギリスも想定していた。
「スエズも取られてな」
「そしてだね」
「またロンドンに来るぜ、ここにな」 
 アシカ作戦が再び発動されるというのだ。
「そうなれば厄介だな」
「負けるかもね、今度は」 
 マリーは曇った顔であえて言った。
「前はどうにかなったけれど」
「モンゴメリー提督が機転を利かしてくれたしな」
「しかもあの頃はアジアやオセアニアの植民地があったから」 
 まだ何とかなった、ドクツの猛攻にも。
「けれどアフリカだけで」
「尚且つドクツがソビエトの力を手に入れているんだ」
「勝てないね」 
 これがマリーの出した結論だ。
「今度は」
「そう思った方がいいな。ソビエトが勝ってもな」
 今度はこのケースだ。エイリスは離れた場所から双方の場合を考えることができているのだ。
「ドクツの力をそのまま手に入れてな」
「その技術もだからね」
「洒落にならねえぞ。共有主義を世界に広めにかかるぞ」
「共有主義って資産主義も君主制も貴族も否定してるからね」
「貴族はいいとしてな」
 イギリスは腐敗している彼等はとりあえずは置いた。セーラも戦争がなければ貴族制度と議会に大鉈を振るい平民の力を強くするつもりだったのだ。
 だから貴族はいいとした。だがそれでもだった。
「資産主義も君主制も否定されたらな」
「エイリスは成り立たないよ」
「ああ、その通りだよ」
 イギリスはマリーに応えて溜息をついた。
「女王さんも妹さんもいなくなるからな」
「祖国さんにとっても嫌だよね」
「俺の上司はエイリス王家しかないからな」
 イギリスが国家として自我を持ってからの関係だ。彼にとっては掛け替えのないものになっているのだ。
「だからな」
「うん、それでよね」
「ソビエトもまずいんだよ。勝ったらな」
「どっちが勝ってもまずいね」
「けれどまだソビエトが勝った方がましか?」
 イギリスは腕を組んで真剣な顔で呟いた。
「まだな」
「ソビエトの方がいいの」
「ドクツが勝ったら絶対に真っ先にこっちに来るからな」
 レーティアも明言している。彼女はまずドクツを欧州の支配者にすることを目指しているのだ。
 だからこそだった。
「ドクツが勝ったらうちは間違いなくやられる」
「けれどソビエトが勝ったら」
「ソビエトは妙に太平洋の連中が嫌いだからな」
 枢軸の日本だけでなく連合のガメリカ、中帝国ともだ。
「太平洋の状況がどうでもな」
「日本が勝ってもガメリカ、中帝国が勝ってもだよね」
「まず向こうに行くからな」
 この場合、いやソビエトには同盟なぞ関係ない。共有主義の国以外は敵でしかないからだ。
「それで向こうが粒し合ってくれる」
「お互いに消耗してくれるね」
「そうすればインド洋にも隙が出来るからな」
「植民地の奪還も見えてくるからな」
「だから出来る限りソビエトに勝って欲しいね。エイリスとしては」
「最悪とその次だな」
 この場合はドクツが勝った場合が最悪である。
「じゃあその次だ」
「うん、じゃあソビエトに勝ってもらう様にする?」
「援助をするか。まあ最悪な」
「最悪って?」
「賭けるか」
 イギリスは何かしらの切り札をここで見出した。
「先代さんと話してそしてドクツが勝ってもソビエトが勝っても一気に潰すか」
「?一気って?」
「あっ、その時になったら話すからな」
 知っている口調だったがそれは話さないというのだ。
「その時になったらな」
「何かあるのね」
「マリーさんも王族だからやがて知ることだけれどな」
「僕が女王の妹だからなんだね」
「それでも切り札の中の切り札だからな」
 それ故にだというのだ。
「まだ内緒な」
「祖国さんが知っていることだね」
「女王さんも知らないけれどな。先代さんとモンゴメリー提督は知ってるさ」
 この二人はだというのだ。
「まあそういう話さ」
「じゃあその時になったらね」
「いざって時はやってやるさ」
 イギリスは遠くを強い目で見ながらマリーに話す。
「生き残る為にな」
「何か開戦してからいいことないけれどね」
「辛い戦いだよな、本当に」
「うん、けれど最後は勝たないとね」
 今はそうだった。セーラにしても切実な顔で北アフリカから自分の前に参上してきたイギリス妹とロレンスにこう言っていた。
「ドクツが勝てば危ういですね」
「そうですね。返す刀で我々に来るのは間違いありません」
「確実にそうなります」
 イギリス妹もロレンスもこうセーラに答える。
「そしてそうなれば」
「危ういです」
「はい、そうです」
 その通りだと。セーラも答える。
「出来ればソビエトに勝ってもらいたいですが」
「ソビエトは既に三つの星域を失っています」
 ロレンスは東部戦線の現状も述べた。
「そしてドクツ軍の勢いは止まりません」
「そのまま進撃を続けていますね」
「はい」
 その通りだというのだ。
「ラトビア、ベラルーシ、カテーリングラードに」
「その次はエストニア、スモレンスク、カフカスですね」
「それからはモスクワです」
 ソビエトの首都のことも話に出る。
「あの星域にもまた」
「侵攻は現実味がありますか」
「ドクツ軍は将兵も装備もかなりのものです」
 数はソビエト軍より遥かに少ない、だがそれでもなのだ。
「モスクワ攻略も充分可能性があります」
「ではソビエト自体も」
「敗れることは充分考えられます」
 これが現実だった。
「だからこそ危ういです」
「そうですね」
「レーティア=アドルフがいる限りです」
 イギリス妹は彼女について言及した。
「ドクツはまさに無敵です」
「彼女さえいなければ」
 セーラは玉座で唇を噛み締めた。
「ドクツはあそこまでならなかったですね」
「全ては彼女の力です」
 イギリス妹もそうだと答える。
「軍事、技術、内政、経済のあらゆることに人類史上最高の才覚を持つ彼女がいますから」
「ドクツは偉大な英雄を手に入れました」
「そしてその英雄がいる限りドクツは倒れないかと」
「祈るしかないのでしょうか」
 セーラは俯いて言葉を出した。だが溜息は出さなかった。
「彼女が倒れることを」
「儚い希望ですが」
「ドクツが彼女により全てを導かれているのならば」
 逆説的な言葉になった、このことは。
「ドクツは彼女がいなければ何も出来ません」
「そうなることは事実ですね」
 ロレンスもこう認識していた。
「やはり」
「はい、その通りですね」
「ただしです」 
 ロレンスはさらに言う。
「彼女が倒れることはないかと」
「他力本願で戦略を立ててはなりません」
 セーラもこの考えだった。相手を見るが他力本願では碌な戦略を立てることができない、彼女もわかっているのだ。
「それは決してです」
「ですから」
「敵のイレギュラーを期待してはなりません」
 それがあれば付け込んでもだ。
「自分達で何とかしなければなりません」
「それが出来る状況でないことが悲しいことです」
 だがイギリス妹は言った。
「ですがドクツ軍が再びロンドンに来たならば」
「はい、その時は決死の覚悟で挑みましょう」
「切り札を切ります」
 彼女も知っていた、国家として。
 それで何かを決意した顔でセーラに言ったのである。
「陛下、その時が来たらお話します」
「ドクツが勝った時にですか」
「ソビエトが勝ち我々に襲い掛かって来るならです」
 その場合もだというのだ。
「お兄様も同じお考えでしょうがお話します」
「その切り札についてですか」
「はい、そうします」
 こうセーラに真剣な顔で直立不動の姿勢で告げる。
「その時が来ないことを祈っています」
「そうですか」
「切り札だけに諸刃の剣です」
「我々にも危険が及ぶものですか」
「一歩間違えればだからその時に」
「ではその時に」
 セーラはあえてその切り札の中身を聞かなかった。イギリス妹に絶対の信頼を置いており彼女はその時が来たら自分に絶対に話してくれると確信しているからだ。 
 だから今はいいとした。そして言うのだった。
「お願いします」
「その様に」
「今は戦力の立て直しを続けます」
 これがエイリスの今やるべきことだった。
「そうします。いいですね」
「はい、それでは」
「その様に」
 イギリス妹とロレンスも応える。イギリス兄妹はいざという時の切り札も視野に入れていた。
 だがそこに他力本願はなかった、レーティアはあくまで健在だと考えていた。
 そのレーティアは今日も寝ずに仕事をしていた。そしてだった。
 その彼女を見て部下達が言ったのである。
「あの、本当に少しはです」
「お休みになられては」
「今日も殆ど寝ておられませんよね」
「少しお昼寝をされては」
「そうした暇はない」
 戦局の報告書に目をやりながらの返答だ。
「勝利を収めるまではな」
「ですがソビエトとの戦いはまだ続きます」
「モスクワ攻略までは」
 それで終わらないにしても一段落つくのはその時点までなかった。だから彼等も今は少しはというのである。
「ほんの少しでもです」
「お休みになられるべきかと」
「エネルギーは補給している」
 だがやはりこう返すレーティアだった。
「安心していい」
「そうですか」
「それでは」
「モスクワ戦の後は少し寝られる筈だ」
 つまりそれまではだというのだ。
「その時まではな」
 こう言って激務を続ける日々だった。レーティアは明らかに無理をしていたがそれを言葉に出すことはなかった。そのまま仕事を続けていた。
 戦局はドクツに一方的に進んでいた、ラトビア等でもだ。
 ラトビアは圧倒的なドクツ軍の攻撃に青い顔で呟いた。
「こんなに強いととても」
「ここでも無理だよ」
 リトアニアは自分の星域から撤退して今はラトビアにいる、だがそこでもドクツ軍の猛攻を見て言うのだ。
「これじゃあね」
「じゃあ撤退ですか?」
「それしかないね。幸い撤退は許可されてるし」
 レニングラードまでは許されているのだ。
「そうしようか」
「そうですね。けれどドクツ軍がこんなに強いなんて」
「想像以上だよ」
「このままだと」
 ラトビアは為す術もなく倒されていく自軍、次々と一方的にビームを受けて沈んでいく赤い艦隊を見ながら言った。
「そのレニングラードも」
「ちょっと、それは言ったら駄目だよ」
 リトアニアはラトビアの失言は止めた。
「そんなのカテーリンさんかロシアさんに聞かれたら」
「あっ、そうですね」 
 ラトビアも慌てて己の口を自分の両手で塞ぐ。
「またお仕置きですね」
「御飯抜かれるよ」
 具体的にはそうなる。
「若しくは立たされるとか」
「ですね。じゃあ」
「エストニアまで撤退しよう」
 既に軍は壊滅状態だ、そうするしかなかった。
 ラトビアのソビエト軍は壊走状態でエストニアまで撤退した。北方戦線もこんな有様だった。
 カテーリングラードもだ。この星域を真っ先に占領したのは彼等だった。
「隊長やりましたね」
「ああ、皆よくやってくれたよ」
 ヒムラーは軽い笑みで親衛隊の面々に話していた。
「カテーリングラードも染料できたね」
「はい、これで」
「さて、今度はカフカスだよ」
「カフカスの次はどうなるのですか?」
 傍にいる隊員の一人がヒムラーに問う。親衛隊もドクツの黒い艦艇に乗り込みそのうえで戦っているのだ。
 その戦艦の艦橋においてヒムラーはやはり軽い笑みで述べた。
「カザフさ」
「あの星域に侵攻ですか」
「北方はレニングラード、中央はモスクワ」
 各方面軍のそれぞれの第一の攻略目標である。
「そこを占領してね」
「そのうえで、ですか」
「そこでソビエトが降伏すればよし」
 モスクワを攻略されてだというのだ。
「そうでなければさらにね」
「攻めるのですね」
「ウラルから東方に向かうよ」
 まさにそこにだというのだ。
「そうなるよ」
「ですか。では」
「順調だよ。本当に」  
 ヒムラーも戦局には満足している。カテーリングラード攻略は確かに大きい。
 そしてそれだけでなくだった。
「親衛隊の武勲も総統に認めてもらえるよ」
「あの方にですね」
「そうさ。そして」 
 ヒムラーは彼の考える未来も見た。だがそれは今は彼だけが見ているものでありこう言うだけであった。
「まあそれからだね」
「それからとは」
「ああ、何でもないさ」
 隊員にも何も言わない、隠したままだった。
「それじゃあベートーベン提督の指示に従ってね」
「次はカフカスですね」
「うん、そこに行こう」 
 こうしてだった。南方では親衛隊が武勲を挙げカテーリングラードを攻略していた。そして中央でも同じだった。
 ベラルーシは難しい顔でスモレンスクにまで撤退しながら呟いていた。
「ここで防げなかったことは」
「はい、残念ですね」
「全く以て」
 ソビエト軍の将兵達も難しい顔で彼女に応える。
「スモレンスクまで撤退ですね」
「ここまでやられては仕方ないですね」
「ドイツ、覚えておくことね」
 ベラルーシの顔が怖くなる。
「この恨み、忘れないから」
「ではその恨みをスモレンスクでこそ」
「晴らしましょう」
 ベラルーシでも撤退することになってしまっていた、ソビエト軍はここでも無残なまでに破れてしまっていた。
 マンシュタインはベラルーシを占領しそのうえで己の乗艦アドルフからこうモニターの向こうのドイツに言った。
「まずはです」
「いい流れだな」
「はい、順調です」
 そうだというのだ。
「この流れは。ただ」
「ただしか」
「ソビエト軍の状況もわかっていましたが順調過ぎると怖いですな」
「確かに。あまりにも順調だとな」
「好事魔多しといいます」
 マンシュタインはこの言葉も出した。
「ですから」
「そうだな、油断は出来ないな」
「はい、人は勝ち過ぎるとどうしても奢ってしまいます」
 マンシュタインはこのことを恐れているのだ。
 そしてドクツの過去のこともこでドイツに話した。
「ましてや我がドクツは二年前までは絶望のどん底にいました」
「あの時は国民全てが沈みきっていた」
 無論ドイツ達国家もである。
「何も希望はなかった」
「ですが今は総統がおられます」
 彼等に希望をもたらしたレーティア=アドルフがだ。
「あの方が世に出られたので」
「ドクツの今がある」
「あの方がここまで導いて下さいました」
 マンシュタインのレーティアを語る言葉は熱い、伊達に自身の戦艦に彼女を描いているわけではないのだ。
 だからこそその口調は、だった。
「そして勝ち続けています」
「そして勝っているからこそか」
「油断が生じます。それが怖いのです」
「確かにな。モスクワまでいけそうだが」
「妙な情報が入っています」
 ここでマンシュタインはこうも言った。
「ソビエトには宙図になり星域があるそうです」
「秘密のか」
「秘密都市とのことですが」
「軍事基地か」
「おそらくは。そしてそこから動きがあったとか」
「新兵器かそれとも援軍か」
 ドイツは己の左手を顎にあてて思索の顔になった。
「何だ」
「そこまではわかりませんが。ただ」
「若しそれが本当ならこの戦争に投入してくるな」
「そうなるでしょう。おそらく総統も手を打たれる筈です」
 聡明なレーティアならばだというのだ。
「すぐに連絡が入るでしょう」
「そのうえでモスクワに進むか」
「既にベラルーシは陥落させました」
「このままスモレンスクまで進み」
「それからモスクワです」
 中央方面軍の最大目標である。
「そこに至りましょう」
「そうするか。ではな」
「はい、それでは」
 奢りについても危惧を感じながら進む彼等だった。だが彼等はそれもレーティアガいれば大丈夫だと考えていた。
 グレシアは総統官邸に入った。その彼女に官邸にいる官僚達が尋ねた。
「今日はどのご用件で」
「アイドルとしてのことでしょうか」
「そうよ。衣装のことで話をしたいのよ」
 それでだというのだ。
「何着かデザインができたのよ」
「そうですか。それでは」
「是非お話下さい」
 彼等もまたレーティアの熱狂的なファンだ。だから彼女の衣装について止めることはなかった。
 それでグレシアはボディーチェックを受けることなく、いつも通りのことだがレーティアのところに向かうことが出来た。だが。
 部屋に入るとそこに異変があった。レーティアは机にうっぷしていた。
「レーティア、どうしたの!?」
「・・・・・・・・・」
 返事はない。しかもだった。
 うっぷしているその場にはどす黒いものがあった。それは。
「血。喀血ね」
 グレシアはレーティアの血が汚れていることも認めた。
「過労ね。これまで無理をし過ぎたから」
 このことまで察した。そしてだった。
 レーティアを自分だけでベッドに運んで寝かせた。そして平静を取り繕って官僚達のところに戻りこう言ったのである。
「衣装の話は終わったわ。それとね」
「それと?」
「それと、といいますと」
「ええ、これから私もレーティアの仕事を手伝うから」
 そうするというのだ。
「レーティアと話をして決めたわ」
「では総統への書類もですね」
「宣伝相がサインをされるのですね」
「そうするわ。ある程度だけれどね」
 まさか全てとは言えずこう言い繕う。
「そうするわ」
「では早速です」
 言えば早速だった。
 一人が書類のファイルを差し出してきた。そのうえでこうグレシアに言ってきたのだ。
「この書類にサインをお願いします」
「バルバロッサのことかしら」
「いえ、オーストリア星域のインフラのことです」
 そのことだというのだ。
「新設する港のことで」
「わかったわ。じゃあ早速サインをするわ」
「お願いします」
「これもお願いします」
 別の官僚が新たなファイルを出してきた。
「ベルリン大学法学部の教授任命です」
「それもなのね」
「はい、サインを」
「これもです」 
 また一人出て来た。今度は福祉のことだった。
 グレシアは忽ちのうちに書類に山に囲まれた。そしてレーティアがまさにドクツの全てを支えていることを知ったのである。
 レーティアが過労で倒れたことはグレシア以外は知らずひた隠しにされていた。それでカテーリンも苦い顔でこうミーシャとロシア達に言っていた。
「悪い奴だけれど凄いよね」
「だよね。万能の天才っていうのは伊達じゃないよね」
 ミーシャもこうカテーリンに応える。
「あの人がいる限りドクツは絶対っていうけれどね」
「いい娘だったらよかったのに」
 カテーリンは子供っぽい口調でこうも言った。
「共有主義を信じてくれていたら」
「あっ、そのことだけれどね」
「共有主義のこと?」
「ドクツ軍の人達を捕まえたら共有主義を教えるのよね」
「うん、そのつもりだけれど」
「じゃあレーティア=アドルフも捕まえたらそうするの?」
 共有主義への洗脳を施すかどうかというのだ。
「そうする?やっぱり」
「勿論よ。悪い娘は教え込まないと」
 カテーリンの表情が変わった。きっぱりとしたものになった。
「悪い娘のままだから」
「そうね。それでカテーリンちゃんのお友達になるのね」
「皆お友達にならないと駄目なの」
 カテーリンはミーシャに語りながら目の前に貼られている人類統合組織ソビエトのポスターを見た。皆笑顔で手をつないでいる写真である。
 そのポスターを見てこう言うのである。
「皆喧嘩したら駄目なの」
「そして平等でないとね」
「だから貴族も貧富の差も駄目だし」
 両方共カテーリンが心から嫌っているものだ。
「仲良くしないと」
「だからレーティア=アドルフとも」
「そう。私ずっとお友達ってミーシャちゃんと祖国君しかいなかったわよね」
「うん、そうだったね」
「寂しかったから」
 過去を思い出す。するとそれだけで悲しい顔になる。
「お友達もっともっと欲しいからね」
「今カテーリンちゃんのお友達っていったら」
「僕もだよ」
 この場では沈黙していたロシアも口を開いてきた。
「僕カテーリンさんの友達だからね」
「うん。祖国君はずっと私の友達だよね」
「僕は国民の皆と友達だよ」
 優しい微笑を浮かべてこうカテーリンに話す。
「だからカテーリンさんともね」
「皆友達にならないと駄目なの」
 とにかくカテーリンにとってこの考えは絶対のことだった。
「喧嘩したらよくないから」
「そうだね。じゃあカテーリンちゃん」
 ミーシャはそのカテーリンに穏やかな感じで告げた。
「今日の遊び時間は何するの?」
「おはじきしよう」
 ソビエトでは遊び時間も決められている。当然カテーリン達もその中で遊んでいる。
「それしよう」
「わかったわ。じゃあおはじき用意しておくね」
「僕も入っていいかな」
 ロシアは顔を少し前に出してカテーリンに尋ねる。
「カテーリンさん達と一緒に楽しみたいけれど」
「うん、三人で遊ぶの」
 カテーリンもそのロシアに返す。
「今日の遊び時間はそうしよう」
「わかったよ。けれど共有主義になったら皆とお友達になれて」
 ロシアはこうも言う。
「それで仲良くやれるなんていいよね」
「だから共有主義は素晴らしいの」
 カテーリンはそのロシアに力説する。
「皆お友達で同じだから」
「階級も貧富の差もない社会で」
「皆お友達だからね」
 カテーリンはこうロシアに言ってまたポスターを見る。そして。
 そのポスターで笑顔で手を握り合う人々を見てそして言ったのである。
「レーティア=アドルフともよ」
「あっ、カテーリンちゃん」
 真面目な顔のカテーリンにミーシャはまた言ってきた。
「ロリコフ博士だけれど」
「私あいつ嫌いなの」
 カテーリンはロリコフの名前を聞いてこう返した。
「だってあいつ気持ち悪いから」
「何か変態みたいだよね」
「変態なんてソビエトにいらないから」
「けれどあの人も天才だよ」
 ここでまたこの単語が出た。
「科学者としてね」
「それはわかってるけれど」
「それにカテーリンちゃん好きだし」
「私変態嫌いなの」
 有無を言わせない口調だった。
「ロリコンなんていなくなればいいのに」
「トリコフさんはお友達じゃないの?」
「どれはそうだけれど」
 一応友達とは言う。だが、だった。
「気持ち悪いから」
「ううん、難しいね」
「けれど会うから」
 それはするというのだ。
「今からよね」
「うん、来てるよ」
「じゃあ連れて来て。話するから」
 痩せた飄々とした感じの薄い赤紫の長い波がかった髪に変態的な目の白衣の中年に見える男がカテーリンの前に来た。そしてだった。
 彼はにこにことしてカテーリンに言うのだった。
「こんにちは、書記長」
「今日は一体何の用なの?」
 カテーリンは嫌悪感を隠さず彼、ロリコフに尋ねた。
「私貴方と会いたくないけれど」
「いえ、実はですね」
「実は?」
「クローンのことですよ」
「ちゃんと研究は進んでる?」
「万全ですよ。このままいけば実用化できます」
「提督も士官も下士官も兵隊さん達もよね」
 軍のあらゆる立場の者達だった。
「皆増やせるのね」
「はい、それも多く」
「軍人って専門職だからおいそれと増えないから嫌いよ」
 徴兵をしても専門職だから役に立つ将兵にはならない。銀河の時代の軍人とはそうしたものになっているのだ。
「農民や労働者と違うから」
「ですね。軍人適正は貴重なものです」
「けれどクローンなら」
「適正のある人の細胞から作りますから」
 それでだというのだ。
「すぐに多くの軍人が誕生します」
「なら増やすから」
 カテーリンの決断は早い。彼女は少なくとも優柔不断ではない。
 だからこそ今すぐにこう言ったのである。
「ドクツにもどんどんぶつけていくから」
「間に合わせますね」
「間に合うの?」
「暫く時間がかかりますよ」
 クローン技術の完成と実用化にはだというのだ。
「ただ。その前にです」
「ニガヨモギ?」
「あれはもう使えますので」
「じゃあモスクワで」
 今カテーリン達がいるこの星域にだというのだ。
「使うから」
「ではでは」
「幾らドクツが強くてもあれには勝てないわよね」
「大怪獣はまさに無敵ですよ」
「なら絶対に使うわ」
 やはりカテーリンは迷わない。もっと言えば彼女は一旦決めたことを絶対に変えない。頑固な性格でもあるからだ。
「ここはね」
「はい、ではでは」
「ドクツには負けないから」
 このこともカテーリンにとっては絶対だった。
「絶対に勝つから」
「ニガヨモギには僕ずっと困ってたけれど」
 ロシアがここで言う。
「けれど使いようによってはなんだね」
「ですよ。あの力は我々にとって武器にもなりますよ」
「そうだね。何時何処で生まれたか知らないけれど」 
 国家、それもはじまりの八国のうちの一国である彼ですらだ。
「力があるならね」
「はい、どんどん使いましょう」
 ロリコフはロシアにも笑顔で話す。
「私はカテーリン様と祖国さんの為に全力を尽くしますよ」
「期待してるよ」
 ロシアもそのカテーリンににこりとして応える。
「頑張ってね」
「お任せ下さい」
「じゃあ今からお昼を食べて」
 それからだった。
「皆で遊ぼうね」
「うん、おはじきするから」 
 カテーリンはロシアにもそれをすると言う。
「遊ぶこともちゃんとしないとね」
「駄目だよね」
「決まった時間にちゃんとした遊びをするの」
 カテーリンは遊びについても色々と決めている。
「悪い遊びなんて絶対に駄目だから」
「昔は大人の人って遊ぶ時にお金かけてたけれどね」
「お金なんていらないから」
 カテーリンは今度はミーシャにこう言った。
「あんなのがあるから貧富とかができて皆目の色を変えて悪いことをするのよ」
「だからお金もなくしたのよ」
「そうよ」 
 ソビエトには貨幣制度もない。あらゆるものが国家に充分に配給されているということになっているのだ。
「あれいらないよね」
「お金は諸悪の根源よ」
 カテーリンはこう考えている。
「だからなくしたし」
「そしてそれを集める資産主義もね」
「お金をなくしたらいいのに」
 今度は切実な顔で言うカテーリンだった。
「皆そうしたらいいのに」
「だよね。本当にね」
 ミーシャは強い顔で言うカテーリンに優しく言った。彼女は今もカテーリンにとって掛け替えのない
友達である。
 四国総督は一旦オーストラリアと共に四国に戻っていた。そしてそこで長老にこんなことを言われていた。
「北欧にもいるんだ」
「うむ、眠っておるらしい」
 長老はこう総督に話す」
「大怪獣がのう」
「大怪獣はここにもいるけれど」
 トルカが常に語りかけているあの大怪獣だ」
「それに富嶽にエアザウナに」
「それだけではなくじゃ」
「北欧にもいたんだ」
「サラマンダーというのじゃ」
 長老はここでこの名前を出した。
「その大怪獣はのう」
「サラマンダー?随分と強そうな名前でごわすな」
 オーストラリアはその名前を聞いてこう言った。
「それが大怪獣でごわすか」
「全てを焼き尽くす巨獣じゃ」
 それがサマンダーだというのだ。
「サラマンダー、炎の化身じゃ」
「そんなのが出て来なくてよかったでごわすな」
 オーストラリアはそのことに心から安堵を覚えた。
「いや、全く」
「うん。けれど興味はあるね」
 総督は学者としてこの感情を隠さない。
「是非一度見てみたいけれど」
「じゃがサラマンダーは北欧じゃ」
 長老はこうその総督に話す。
「北欧の氷の奥底に眠っておる」
「じゃあ出ることは」
「ない」
 そうだというのだ。
「決してのう」
「そうなんだね」
「サラマンダーは炎」 
 長老はまた言った。
「そして吹雪の大怪獣もおる」
「正反対でごわすな」
「これをニガヨモギという」
 それがその大怪獣の名前だというのだ。
「あらふるものを凍らせそして滅ぼす存在じゃ」
「ニガヨモギ」
「名前はそれじゃ」
 こう総督にまた話した。
「この大怪獣も恐ろしい力を持っておるそうじゃ」
「何でも凍らせるでごわすな」
「そうじゃ」
 まさにそうだとだ。長老はオーストラリアに答える。
「大怪獣とはいっても性格は色々でじゃ」
「ニガヨモギはどうした性格ですか?」
 長老にニガヨモギにその性格を尋ねた。
「富嶽やエアザウナみたいに激しいんでしょうか」
「うむ、目の前にある全てのものを凍らせるからのう」
 それでだというのだ。
「気性は激しいのう」
「やっぱりそうですか」
「総督、お気をつけられよ」
 不意に長老はこうも言ってきた。
「宇宙怪獣はそもそもが恐ろしいものじゃ」
「そして大怪獣も」
「うむ、トルカは操っておるがのう」
 長老はトルカのことも話した。
「他の獣はそうとはいかん」
「そうですか」
「学ばれるのもよいが程々にされよ」
 つまり節度を保てというんじょだ。
「そうされよ」
「わかってますけれど」
「無茶はされるな」
 長老はまた総督に告げた。
「そういうことじゃ」
「命を落とさない様に」
 こう二人で話す。そして。
 話が一段落したところでオーストラリアは明るい笑顔で総督だけでなく長老にもこう言ったのである。
「じゃあでごわす」
「うん、お昼だね」
「飯じゃな」
「おいどんがジンギスカン鍋を作るでごわす」
 ここでも羊だった。
「日本に教えてもらった料理でごわすよ」
「ふむ。ジンギスカン鍋のう」
 長老にとってはじめて聞く料理だった。それで興味を感じてこう言うのだった。
「ではじゃ」
「食べるでごわすな」
「好意に甘えてよいか」
「遠慮は嫌いでごわす」
 オーストラリアらしく笑顔で答える。
「腹一杯食うでごわすよ」
「ではじゃ」
 長老は自分の祖国の言葉に頷いた。これで決まった。
 だがここで総督はオーストラリアにこんなことを言った。
「お肉はいいけれど」
「羊は?」
「うん、お野菜も食べないとね」
「キーウイのサラダがあるでごわすよ」
 野菜はサラダだった。
「ジンギスカンでも玉葱があるでごわす」
「あっ、玉葱いいね」
「それにキーウイは栄養の塊でごわす」
 彼の相棒ニュージーランドのものだがオーストラリアでもよく食べるのだ。
「だからこれでいいでごわす」
「じゃあそれでいいね」
「後今日は御飯でごわす」
「パンじゃないんだ」
「日本の炊いた御飯が美味かったので」
 同じ太平洋国家として日本にご馳走になったことがあるのだ。
「それでおいどんも炊いてみたでごわす」
「そうしたんだね。じゃあ」
「三人で食べるでごわす」
 オーストラリアは満面の笑顔で総督と長老にまた言った。
「それも腹一杯でごわす」
「そうさせてもらおうかのう」
 長老も応える。彼等は今は平和だった。
 だがドクツは違った。ベートーベンはカフカスに向かう途中で微妙な顔になりこうブルガリアに漏らしていた。
「順調に進んでいるが」
「それでもですか」
「物資の到着が遅れている」
 言うのは補給のことだった。
「昨日届く予定が今日だったな」
「一日のタイムラグですね」
「おかしい。これまでなら予定通りに届いていた」
 レーティアは補給についても万全であるからだ。
「しかしそれがだ」
「一日の遅れですね」
「予定より二十四時間だ」
 丁度一日の遅れである。
「書類に不備があったのかそれとも後方で何かあったのか」
「総統が間違えられる筈がありませんしね」
「それはない」
 ベートーベンは断言した。
「あの方に限ってな」
「はい、そうですね」
「あの方に間違いはない」
 レーティア=アドルフにはだというのだ。
「断じてな」
「ですね。ではどうして」
「我々の申請の書類の不備か」
 ベートーベンはそこに原因を求めた。
「一日遅れで書いてしまったか」
「ですか、やはり」
「今の状況では一日遅れてもどうということはないが」
「そこまで情勢は緊迫ではないです」
「だから大した話ではないがな」
「これまでは完璧でしたから」
 補給についてもだ。
「それが気になりますね」
「実にな。だが今はだ」
「はい、カフカスですね」
「カフカス、そしてカザフを陥落させる」
 南方方面軍、五個艦隊で編成される軍集団の戦略はそうなっている。
「もうすればソビエトの資源のかなりを手に入れる」
「それだけ我々も強大になるが故に」
「是非カザフまで入ろう」
「ドクツの為に」
 ブルガリアも今はレーティアに心酔していた。彼女のカリスマはドイツ達だけに及ぶものではなかった。彼も他の国家も彼女に心酔する様になっていた。
 それでドクツの敬礼でこう言うのだった。
「ジークハイル」
「うむ、ジークハイル」
 こう言い合う。ドクツは今はまだ順調に進めていた、だがレーティアが密かに過労で倒れたことはドクツに確実に影響していた。
 だがそれに気付いている者は今はいなかった。グレシアは総統官邸に常駐する様になりこうスタッフ達に言っていた。
「これからは書類はね」
「どうされるのですか、書類は」
「それは」
「私が見てサインをするから」
 レーティアが決裁すべきそれもだというのだ。
「暫くの間はね」
「総統の代理ですか」
「ご多忙の」
「今レーティアは一人でこれからのことを考えてるわ」
 こういうことにした。
「だから書類は今はね」
「宣伝相が御覧になられる」
「そうされますか」
「暫くはね」
 あくまで時期はくぐる。
「そうするから」
「では早速お願いします」
「これにサインを」
「これにもです」
 グレシアは忽ちのうちに書類に囲まれた。そのうえで仕事をしていった。
 そこで山の様な書類の決裁を瞬く間にしていたレーティアの偉大さを再認識した。だがその彼女をドクツはこの局面で欠くことになってしまったが為に再認識することになったのです。


TURN66   完


                          2012・11・10



やっぱりオーバーワークか。
美姫 「とうとう過労で倒れてしまったわね」
それを隠してグレシアが代理をしているけれど、それで何時まで持つかだな。
美姫 「一人の天才に頼りすぎた代償よね」
今まで上手くいっていたが、戦局が広がれば、それだけ激務になっていくしな。
美姫 「レーティアの復帰が何時かって所ね」
さてさて、どうなるドクツ。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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