『ドリトル先生と京都の狐』




               第四幕  狐の長老
 すぐにです、真っ白な日本の着物と袴、それに足袋という格好のお年寄りが先生達の前に現れました。髪の毛は真っ白で後ろにロングヘアの様に伸ばしています。お髭のないお顔は皺が幾つもあってやっぱり吊り上がった目で細長いお顔です。腰は少し曲がっています。
 その人が出て来るとです、狐とお母さん狐は畏まって言いました。
「これは安倍様」
「ようこそ」
「堅苦しいことは抜きじゃよ」
 長老はその二人に穏やかな笑顔で応えました。
「同じ狐同士、畏まることもない」
「ですが私達の棟梁ですし」
「恐れ多いです」
「全く、年寄り共はわしを無闇に崇め奉るが」
 そのことについてです、狐の長老は困った顔で言うのでした。
「そういうことはな」
「止めて欲しいですか」
「それは」
「そうじゃ、わしはそうしたことは好まぬ」
 そう言ってです、先生達にも顔を向けて言うのでした。
「先生達もな」
「僕達もですか」
「左様、堅苦しいことは抜きじゃ」
 こう自分から言います。
「穏やかにな」
「それで、ですか」
「うむ、そうして話をしていこう」
「わかりました、それでは」
「もっとも先生はイギリスから来られたからな」
 このことについても言及されます、長老はイギリスについてもお話するのでした。
「わしもイギリスには何度か行ったが」
「それでもですか」
「うむ、景色はいいのじゃがな」
 どうにもというお顔での言葉です。
「料理がのう」
「何かどの人もそう言いますね」
「日本人はじゃな」
「はい、口に合わないと」
「うむ、わしもな」
「長老もですか」
「お茶が好きなのじゃがな」 
 この辺りとても日本人らしいです、しかも千年以上住んでいます。だからお茶にはかなりこだわりがあるみたいです。
「水が違う」
「日本のお水は軟水ですから」
「硬水は好きになれぬ」
 つまりイギリスのお水はというのです。
「どうにもな」
「そのこともよく言われます」
「わしとしては食べるものと飲むものは日本のものがよい」
 こちらの方がだというのです。
「本当にな」
「そこは仕方ないですね」
「先生には悪いがのう」
「いえ、そこはお気遣いなく」
 こう言うのでした、そしてです。
 長老は先生にです、お母さん狐の結核についてお話するのでした。
「まず治療法じゃがな」
「はい、それは」
「ある、安心して下され」 
 穏やかな笑顔での言葉です。
「そのことはな」
「では母は」
「うむ、助かる」
 そうなるというのです。
「安心してくれ」
「そうなのですか」
「ただ、調合していく薬がな」
 これがどうかとお話する長老でした。
「これがのう」
「何かあるのですか?」
「うむ、まず言っておくが人間のペニシリンとは違う」
 このことも断る長老でした。
「人間と狐では身体の仕組みが違うからのう」
「そうですね、そのことは」
 先生もわかっているから応えるのでした。
「わかります、だからこそ獣医さんがいますし」
「先生は獣医さんでもあるな」
「はい」
 このことはその通りです、先生は人間のお医者さんであると共に動物のお医者さんでもあります。だから狐の母娘も先生にお願いしているのです。
 その先生にです、長老は言うのでした。
「狐の結核のペニシリンもあればな」
「いいですね」
「それの調合は出来るかのう」
「今すぐには」
 ペニシリンというものはすぐに出来るものではありません、ですから先生もこう長老にお答えするのでした。
「出来ないです」
「そうじゃな。まあそこは色々なつてを頼んでじゃ」
「これからのことですね」
「今思ったわ、とにかくな」
「はい、この方の結核ですが」
「京都のあちこちに薬の素が散らばっておるのじゃよ」
 そうだというのです。
「漢方薬の店がな」
「あっ、そうなのですか」
「高麗人参等がのう」
 こうお話する長老でした、まずはこの漢方薬でした。
「そして霊薬もな」
「霊薬もですか」
「それは鞍馬山にある」
「牛若丸の場所じゃないの、そこって」
 鞍馬山と聞いてです、王子がそのお顔をぱっと明るくさせて長老に問い返しました。
「そうだよね」
「おお、知っておるか」
「あそこにも霊薬があるんだ」
「そうじゃ、天狗のな」
 まさにそれがあるというのです。
「一応何がどれだけ必要かは書いておるぞ」
「どれにですか?」
「これにじゃ」
 一枚の和紙が出てきました、そこに墨でどういったものが何処にあるのか、そしてどれだけ必要かが書かれています。
 その紙を受け取ってです、先生は長老に尋ねました。
「これの通りですね」
「薬を作ればな」
「お母さん狐は助かるんですね」
「そうじゃ、確実にな」
「では今すぐに」
 先生は長老の言葉に応えました、そしてすぐに京都中にあるそのお薬の素を集めようとしますとです。ここでトミーが言ってきました。
「先生、今日はもう」
「あっ、もうすぐ夜だね」
「はい、ですから」
 それでだというのです。
「夜に山とか見回ることは」
「危ないよね」
「ああ、よくないぞ」
 長老もそれはとです、先生にお話します。
「それはのう」
「それでは明日ですね」
「何、鞍馬山はな」
 そこはです、どうかといいますと。
「わしが行って来て天狗の長と話をして素を貰って来るが」
「いや、蔵馬山だよね」
 王子がまた鞍馬山について言うのでした、ここで。
「だったらね」
「行きたいのじゃな」
「だって源義経ゆかりの場所じゃない」
 だからだというのです。
「行きたいんだけれど」
「鞍馬山にも何かあるのかな」
「うん、霊山なんだ」
「天狗がいるからだね」
 先生も天狗のことは勉強しています、日本の妖怪のことも勉強していって天狗のことも勉強したのです。
「そうなるんだね」
「それと牛若丸だけれど」
「源義経の幼名だったね」
「僕あの人のファンなんだ」
 王子は目を輝かせて牛若丸についてお話するのでした・
「凄く格好いいからね」
「だから鞍馬山に行きたいんだね」
「そうなんだ」
 まさにそうだというのです。
「だからね」
「それではだね」
「鞍馬山に行けるのなら」
「天狗に会いたいのかのう」
「うん、そうしていいかな」
 王子は長老にもお願いします、本当に心からそうしています。
「あそこにも行って」
「うむ、では共に行こうか」
 こうお話するのでした、そしてでした。長老もこう言うのでした。
「明日一日使ってのう」
「あっ、金閣寺にも行くんだ」
「そうだね」
 動物達も和紙に書かれているものを見ました、するとです。
 素は金閣寺にもあります、そこも回れるのでした。
「僕達まだ金閣寺には行ってないしね」
「丁度いいね」
「それじゃあ行こうか、金閣寺にも」
「観光も兼ねてね」
「京都も楽しんでくれたら幸いじゃ」
 長老もこう言うのでした。
「金閣寺はよいところじゃしな」
「確かあの将軍様が建てたんだったね」
 王子がまた言ってきます。
「そうだったね」
「足利義満さんですね」
 ここでこう言ったのは狐でした。
「あの方のことは私はまだ産まれていないのでよく知りませんが」
「中々のう。みらびやかでもあった御仁じゃった」
 長老は千年以上生きているのでこの人のことも知っています、それでこうしたkとを言うのでした。
「戦もよくしたがのう」
「あれ、何かアニメだと普通に子供と遊んでるけれど」
 ここで、です。王子は日本で観たアニメのお話もしました。
「それもムキになって」
「ほっほっほ、あのアニメは面白いがのう」
「事実じゃないんだね」
「うむ、あの御仁はああして子供とは遊んでおらぬ」
 実際はそうだったというのです。
「そのことは断っておくぞ」
「そうだったんだね」
「とにかくじゃ、金閣寺も回ってじゃ」
 そしてだとです、長老はまたお話します。
「薬の素を探しながらな」
「そうして観光もですね」
「してくれればよい。京都人として冥利に尽きる」
 長老は穏やかな笑顔で先生に述べます。
「それではな」
「はい、では明日から」
「そうしてくれ、それで宿は」
「嵐山の方にあるよ」
 王子がまた長老に答えます。
「あそこにね」
「ほう、よい場所に泊まっておるな」
「あそこはとても綺麗だからね」
「そうじゃ、御主は確かアフリカから来ておるな」
「そうだよ、留学でね」
 日本に来ていることもお話する王子でした。
「先生を日本にも案内したし」
「何もかもが縁じゃな」
「そうだね、じゃあ嵐山に戻ってね」
「それでじゃな」
「今日はこれで休んで」
「夕食はどうなっていますか?」
 狐が先生達に尋ねてきました。
「それで」
「あっ、旅館に用意してもらってるから」
「左様ですか」
「うん、そちらの気遣いはいいからね」
「揚げならあるのですが」
 狐の大好物のこれがだというのです。
「それはいいのですね」
「うん、君達で食べてよ」
「わかりました、それでは」
 このお話はこれで終わりました、そうしてです。
 先生達はこの日は一旦嵐山の旅館に戻りました、王子はその途中車の中で先生にこんなお話をしました。
「思わぬことになってきてるけれど」
「うん、お母さん狐の結核の治療だね」
「京都だからね」
 この街だからだと言う王子でした、ここで。
「こんなこともあるんだね」
「京都だから?」
「それってどういうこと?」
「うん、京都は歴史ある街だから」
 だからだというのです。
「こうしたこともあるんだよね」
「妖怪もなんだ」
「いたりするんだ」
「話したじゃない、妖怪や幽霊のお話も多いって」
 王子は動物達に明るいお顔でお話します。
「それもかなりなんだ」
「それでなんだ」
「あの狐さんみたいな人達もいるんだ」
「そうだよ、そうした街なんだよ」
 そうだというのです。
「それで橋とかにもね」
「橋?」
「橋にもそうしたお話があるんだ」
「ああ、ここも有名な橋だよ」
 車は今丁度五条大橋を通っています、そこに小さな像が二つあります。
「この五条大橋は牛若丸と弁慶だよ」
「あっ、王子の好きな人だね」
「その人のお話があるんだね」
「そうなんだ、ここで牛若丸が弁慶を負かしたんだ」
 このお話もするのでした。
「それで弁慶を家臣にするんだよ」
「へえ、そうなんだ」
「ここでも牛若丸なんだ」
「鞍馬山だけじゃないんだ」
「ここもなんだ」
「そうだよ、それで妖怪のお話だけれど」
 ここでまたお話を戻す王子でした。
「一条戻橋にもあるんだよね」
「その橋にも妖怪のお話があるの」
「そうなんだ」
「鬼が出るって言われていたんだ」
 その妖怪がだというのです、日本で一番有名な妖怪の一つがです。
「それがね」
「そうなんだ、鬼が出たんだ」
「その橋に」
「そう、それでね」
 王子のお話は続きます、さらにお話することはといいますと。
「百鬼夜行っていう妖怪変化が集まって京都の夜の街をパレードしたっていうお話もあるし」
「えっ、妖怪が!?」
「京都の街を歩き回ってたんだ」
「それは怖いね」
「イギリスみたいだね」
 イギリスにも幽霊や妖精のお話は多いです、動物達もそうしたお話は色々と聞いています。それで言うのでした。
「日本もそうなんだ」
「妖怪のお話が多いんだ」
「そうだよ、怨霊のパレードもあったし」
 妖怪の百鬼夜行がだというのです。
「あるしね」
「とにかく何でもあるんだね」
「そうしたお話も」
「羅生門っていう場所もあったし」
 王子は今度は門のことをお話します。
「何ならその跡地に行くよ、今から」
「そこにも妖怪のお話があるんだ」
「そうなんだ」
「あれっ、羅生門っていったら」
 その門の名前を聞いてです、先生がふと気付いた様に王子に言ってきました。
「あれだね、日本の文学作品の」
「芥川龍之介だね」
「うん、それだよね」
「そうだよ、その作品の舞台にあった場所だよ」
「そうだったね、あそこはね」
「そこによかったら今から行くけれど」
「行ってくれるかな」
 先生は微笑んで王子にお願いしました。
「時間がかからないなら」
「車だとすぐだから」
 そのことは気にしなくていいというのです、王子も明るい笑顔で応えます。
「それではね」
「じゃあ羅生門の方に行って」
 王子は車を運転している運転手さんにこうお願いしました。
「そうしてくれるかな」
「jはい、わかりました」
 運転手さんも笑顔で答えてくれました、こうしてです。
 車はその羅生門の跡地に来ました、sこは住宅街の奥の小さな公園です。門があったなんてとても思えない場所です。
 そこの石碑を見ながらです、王子は皆にお話するのでした。
「ここがなんだよね」
「羅生門があった場所なんだ」
「そうなんだ」
「そうだよ、とても信じられないけれどね」
 王子もその石碑を見つつ皆にお話します。
「ここがそうだったんだ」
「時代が変わればなんだね」
 トミーがしみじみとした口調で述べました。
「変わるんだね」
「万物は流転するからね」
 先生も感慨を込めてこう言うのでした。
「門もね」
「こうしてなんだね」
「なくなるんだね」
「そうだよ、イギリスだって日々変わっていってるし」
 先生は動物達に祖国のことも引き合いに出してお話します。
「日本もね」
「変わっていってるんだね」
「こうして」
「そうだよ、それで羅生門はね」
 先生からもです、羅生門のことをお話するのでした。
「本当は羅城門っていうんだ」
「それが本当の名前なんだ」
「羅城門っていうのが」
「そうだったんだ」
「そうだよ、それでね」
 そしてだというのです。
「ここは荒れ果てていてね、夜になると誰も近付かなかったんだ」
「それは芥川の作品にもあったね」
 王子もこう応えます。
「そうだったね」
「そうだよ、死体も捨てていてね」
「酷く荒れ果てた場所だったんだね」
「今では住宅地だけれどね」
 その公園の中です、今の羅生門の場所は。
「昔はそうだったんだ」
「死体を捨てる様な場所がなんだ」
「今は家になってるんだね」
「それで公園で子供達が遊んでるんだ」
「そうなったんだ」
「そうだよ、本当に変わるからね」
 時代と共にです、何でもだというのです。
「そうなるからね」
「それで妖怪は?」」
 ここで尋ねてきたのはチープサイドの子供のうちの一羽でした、その小さなお口での言葉です。
「出たのかな、羅生門には」
「そうしたお話もあるよ」
 また王子が答えます。
「羅生門の上が部屋になっていたらしいけれど」
「そこになんだ」
「そう、その部屋は人がいられる様な場所になっていたらしいけれど」
 だが、だ。その部屋はというのだ。
「梯子も階段もなくて入ることが出来なくてね」
「それでその部屋は妖怪変化の場所になっていたんだね」
「そんな話もあるんだ」
「羅生門ではそこに死体が捨てられていたけれどね」
 先生はまたこの作品の名前を出しました。
「そうしたお話もあるんだね」
「そうなんだ、羅生門にも色々な話があるんだ」
「鬼も出たのかな、ここは」
 トミーもここで言ってきました。
「ひょっとして」
「あっ、そのこと知ってるんだ」
「うん、日本に来る前に日本についての本を読んでいたらね」
「そうしたお話も読んだんだ」
「その本には具体的にどんな門か書いていなかったけれど」
 何となくです、トミーは羅生門のことを聞いていて察したのです。
「ここなんだね」
「そうなんだ、実はね」
「成程、鬼も出たんだね」
「茨木童子っていう鬼がね」
 それが出て来た鬼だというのです、羅生門に。
「それで腕を切られて取り返すんだ」
「そうしたお話なんだ」
「そうなんだ、あと鬼の指は三本とも言われているよ」
 人間の指は五本です、けれど鬼の指は三本だというのです。
 そのことを聞いてです、先生もトミーも動物達もそれはどうしてかと首を傾げさせてそれで先生に尋ねるのでした。
「それはまたどうしてなの?」
「鬼の指が三本しかないのは」
「日本の鬼の指って」
「どうしてなのかな」
「うん、何でも人間には三つの悪い心と二つのいい心が一緒にあってね」
 王子はその学んできたことを先生達にお話します。
「三つの悪い心を二つのいい心で抑えているけれど」
「鬼には二つのいい心がないからなんだ」
「だから指が三本しかないんだ」
「そう言われているんだ」
 そうだというのです。
「俗にね」
「それで鬼の指は三本」
「そうなんだね」
「まあね、実際のところはね」
 どうかとです、王子は鬼の指についてこう言うのでした。
「悪い鬼でも指が五本あったりするし鬼自体もいい鬼がいたりするんだよ」
「へえ、鬼だから悪いんじゃないんだ」
「悪魔みたいな存在なのに」
「悪魔ともまた違ってね」
 王子は鬼のお話自体もします、鬼といえば日本では悪い存在の代名詞みたいなものですがそれがどうかというのです。
「邪悪かっていうと決してそうでもないんだ」
「ふうん、そうなんだ」
「全面的に悪い奴じゃないんだ」
「うん、そうなんだ」
 こう皆にお話するのでした。
「童話とかでもやられ役だしね」
「何か悪魔よりもユーモラス?」
「そんなのかな」
「そうだね、何処か愛嬌があるね」
 王子も日本の鬼のそうした一面は否定しません。
「悪くて怖い相手だけれど」
「鬼はそうなんだ」
「悪いだけじゃないんだ」
「イギリスの怖い妖精よりはずっと怖くないと思うよ」
 妖精といっても様々です、その中にはとても怖い妖精もいます。それこそ悪いことをする子供に悪いことをしていると来るぞ、と言う様なものが。
「まだね」
「ナックルビーみたいじゃないんだ」
「レッドキャップとか」
「いるからね、ケルピーとかね」
「そういうのが」
「ああ、そんなのよりずっと大人しいよ」
 そうした妖精達よりもです、鬼はそうだというのです。
「日本の鬼はね」
「じゃあそんなに怖がることもないかな」
「食べられるかも知れないけれど」
 皆も王子の言葉を聞いてとりあえずは安心しました、鬼に実際に出くわすかどうかはわかりませんがそれでもイギリスの悪い妖精達よりはユーモラスと聞いて安心したのです。
「童話だといつもやられるそうだし」
「極端に怖くはないかな」
「そうだね、長靴を履いた猫のあの鬼みたいなのかな」
 それが近いのではないかというのです。
「オグルね」
「ああ、オグルなんだ」
「だったらちょっと頭を使えばいいね」
「オグルはあまり頭がよくないしね」
「機転さえ利かせたら」
 オグルも悪い妖精です、ですがあまり頭がいい妖精でないのでちょっと頭を使えば長靴を履いた猫みたいにやっつけられるのです。
 だからです、皆も言うのでした。
「日本の妖怪ってそんなに怖くない?」
「イギリスのよりもね」
「じゃあ安心していいね」
「そうだよね」
 こうお話するのでした、そしてです。
 そうしたお話もして嵐山に戻りました、夜の嵐山はもう真っ暗ですが灯りで道は明るいです。その灯りを頼りにして旅館に戻って。
 そこでまた京都のお料理を食べます、今日のお料理もです。
「いや、いいね」
「今日の晩御飯も美味しいですね」
 トミーは今は鳥を食べながら先生に応えます。
「これは鴨ですね」
「ああ、この団子だね」
「はい、これかなり美味しいですね」
 煮付けです、人参や蓮根と一緒にお醤油で煮ています。味は薄いですがそれでも美味しいです。
 そしてです、王子がここでも二人にお話してきました。
「これつくねっていうんだよ」
「この鴨のお団子の名前だね」
「つくねっていうんだね」
「そうだよ、そういうんだよ」
 そのお団子の名前をお話したのです、勿論王子もそのつくねを食べています。
「これも日本のお料理だよ」
「ミートボールとはまた違うね」
 先生はイギリスにあるそれと比べて答えました。
「日本の味だよ」
「まあ日本のミートボールだね」
「そうなるんだね」
「それでも日本のものだから」
 だからだというのです、この辺りは。
「こうした味なんだ」
「成程ね」
 先生は王子からそう聞いて頷きました、そしてです。
 そのつくねの煮付けの傍にあった鶏の肉を焼いたものも食べてです、今度はこうしたことを言いました。
「鴨と鶏が一緒にあるけれど」
「それぞれ味が違いますね」
「素材の味が出ているから」
 余計にわかるというのでした。
「余計にわかりやすいね」
「そうですね、こうしたことを味あうこともですね」
「日本料理の楽しみかな」
「そういうものですかね」
「ううん、だとすると日本料理は」
 どうかとです、先生は今度はこう言うのでした。
「奥が深いね」
「味を比べることも楽しみの一つだとしますと」
「うん、イギリスではそうしたことはないからね」
「紅茶の味あてはしたりしますけれどね」
「料理ではないからね」
「そうですよね」
「京都の料理は特に」
 どうかとです、先生はこうも言いました。
「素材を活していているからね」
「味付けが薄いですから」
「味の違いを確かめるのもね」
「その素材のですね」
「そこが違うみたいだね」
「そうですね、ですから」
 鴨と鶏の味の違いを確かめる、それを楽しむこともまた日本料理の楽しみ方ではないかと思うのでした。そして。
 お酒も飲みます、先生は一杯飲んで満足して言いました。
「いやあ、僕もすっかりね」
「日本酒に馴染んできたよね」
「そうなってきたね」
「なってきたよ、凄く美味しいよ」
 お酒ですっかり赤くなった満面の笑顔でのお顔で動物達に応えるのでした。
「お米のお酒もいいね」
「最近ウイスキーよりもこっちだよね、先生」
「日本酒飲むことが多くなったよね」
「ワインとかよりもね」
「そっちだね」
「そうなんだ、和食を食べているとね」
 それならというのです、お酒は。
「日本酒を飲みたくなるから」
「だからなんだね」
「それでなんだ」
「日本酒飲んでるんだ」
「最近は」
「そうなってきたよ、ただ日本酒は美味しいけれど」
 それでもだとです、先生は飲みながら皆にお話します。見れば王子もトミーも日本酒を飲んでいます。お水と同じ透き通った日本のお酒を。
「飲み過ぎるとよくないんだよね」
「お酒はどれでもそうですけれど」
 トミーがこう先生に言います。
「ウイスキーにしても」
「いや、日本酒はアルコールに加えてね」
「糖分ですね」
「そう、それが多いからね」
 だからなのです、糖分が多いからこそ。
「飲み過ぎると糖尿病になるから」
「それですね」
「うん、だからね」
 それでだというのです。
「日本酒もあまり飲み過ぎると駄目なんだよ」
「そういうことですね」
「そう、アルコール度はウイスキーより低いけれどね」
「ビールよりは高いですね」
「そうだよ、ビールはパンだからね」
 イギリスやドイツでは飲むパンと呼ばれています、ドイツでは朝食欲がない時にビールに卵を入れて飲んで朝御飯にすることもあります。
 だからです、先生もビールについてはこう言うのです。
「そんなに気にならないけれど」
「いえいえ、ビールも痛風が」
 これはエールも同じです、
「それが怖いですよ」
「ああ、そうだったね」
 ビールにはこの病気が付きものです、足の親指の付け根がとても痛くなってからはじまる病気でとても怖いものです。
「それがあったね」
「ですからお酒自体が」
「よくないんだね」
「一番いいのはワインですね」
 トミーは医学部の学生らしく言いました。
「その辺りは先生も」
「うん、僕にしてもね」
 先生もお医者さんです、ですから言うまでもなくお酒のことはよく知っています。ですからこのことについては本当によくわかっています。
 それで、です。お酒はです。
 今ある分で止めてです、こう言いました。
「それでは後はね」
「はい、お風呂ですね」
「それに入って身体を温めてね」
「寝るんですね」
「そうしよう、それで明日は」
「はい、狐さんのお母さんの結核を治す為に」
 トミーは笑顔で先生の言葉に応えました。
「日本中を回って」
「そうしてですね」
「お薬の素を集めて回ろう」
「わかりました」
 こうお話してでした、そのうえで。
 旅館のお風呂に入りました、そしてお風呂の中でなのでした。
 先生は檜のお風呂の湯船に身体をゆっくりと浸してふう、と大きな息を吐きました。それでお風呂の椅子に座って身体を洗っているトミーに言うのでした。王子はそのトミーの横で頭を洗っています。
「いや、湯船にもね」
「大分馴染んできたんですね」
「そうなんだ、随分とね」
「イギリスじゃ湯船に入るなんてまずないですからね」
「シャワーだからね」
「はい、それで済ませますから」
「お風呂はあってもね」
 本当にです、シャワーだけで済ませるからです。
「そうしたものだからね」
「そうですね、けれど先生はもう」
「うん、日本に来てまだ少ししか経っていないけれど」
 それでもだというのです。
「随分馴染んできたよ」
「先生日本に合ってるね」
 王子は頭を洗いながら先生に顔を向けて言ってきました。
「僕よりもずっとね」
「そうかな」
「うん、だって僕まだ湯船には抵抗があるから」
「そういえば王子のお国では」
「そうだよ、シャワーか水浴びだよ」
 それで済ませるからです、王子のお国は暑いので水浴びでも充分なのです。
「だから湯船はね」
「抵抗があるんだね」
「そうなんだ、けれど先生はもう」
「ううん、そう考えると合っているのかな」
「そう思うよ」
 こう先生にお話する王子でした。
「傍から見てだけれどね」
「そうかもね、日本酒も飲めているしね」
「それと和食にも馴染んでるしお箸の使い方もね」
「慣れてるんだね」
「そう、後ね」
「後は?」
「浴衣の着方も」
 それもだというのです。
「馴染んでるよ」
「そっちもなんだ」
「うん、僕の着こなしは自分でもどうか思うけれど」
 王子はこの辺りあまり自信がありません、日本の服を着ても何かが違うといつも思ってしまうのです。ですが先生は。
「先生は違うから」
「ちゃんと着られているかな」
「ばっちりだよ」
 太鼓判さえ押しての言葉です。
「もうね」
「そうなんだね」
「僕もそう思います」
 トミーはシャワーで身体の泡を洗い落としながら先生に答えました。
「先生浴衣の着方もいいですよ、あとお家でも」
「日本の服の着方がだね」
「はい、あの甚平っていいますか」
 その服をです、先生は最近お家でよく着ているのです。外出の時は絶対にスーツにネクタイという真面目な格好ですが。
「あれも似合ってますよ」
「そうかな」
「とても。本当に日本人みたいに」
「ううん、生まれも育ちもイギリスなんだけれどね」
 先生は湯船の中で微妙な顔になってトミーの言葉に応えます、その頭の上には丁寧に折り畳んでいるタオルがあります。
「それでもなんだ」
「うん、本当にね」
「日本人みたいだね」
「そこまで馴染むなんてね」
 王子もでした、このことは。
「僕も予想しなかったよ」
「そうなんだね」
「うん、けれどいいことだよ」
「今いる場所に馴染めるってことはだね」
「そう、合っていると楽だからね」
 だからだというのです。
「いいことだよ。だったらね」
「今度は何かな」
「日本に長くいてね」
「そうしたいけれどね、今はそう考えてるよ」
「それで奥さんも見付けたらどうかな」
「それよくサラにも言われるよ」
 日本にいてもイギリスにいる時と同じ頻度で合っている妹さんにです、先生は会う度に言われています。もう何年も何年も。
「そうね」
「それじゃあ本当にね」
「結婚だね」
「日本の女の人とね」
「いるかな、僕に」
「いるよ」
 一言での返答でした、このことについては。
「絶対にね」
「本当に?」
「だって先生凄くいい人だからね」
「外見はこんなのでもなんだ」
 お顔は野暮ったくて身体は丸々と太っています、背は高いのですがそれでもお世辞にもハンサムではありません。
 けれどです、王子はその辺りは気にしなくていいというのです。
「そんなの平気だよ」
「本当に?」
「先生に足りないのは世間への知識だよ」
「世間のことに疎いのは自覚してるよ」
 だからイギリスではいつもお金に困っていたのです、それで色々と動物達の助けを借りて暮らしていたのです。
「何かとね」
「そうだね、けれどね」
「僕はそれだけなんだね」
「先生みたいないい人は滅多にいないよ」
 このこともその通りです、先生は公平で偏見がありません。しかも誰に対しても謙虚で紳士的に振る舞います。尚且つ無欲で人に怒ることも不平を言うこともありません。こうした人は実はかなり少ないのです。
 だからです、王子はこう言うのです。
「しかもお仕事もあるじゃない」
「大学教授だね」
「そう、だったら絶対に誰かいい人が来てくれるよ」
 相手の方からというのです。
「間違いなくね」
「だといいけれどね」
「そうなるから。安心していいよ」
「結婚ねえ」
「本当に考えた方がいいよ」
 王子はとても親身に先生に言います、それはお友達としての切実な言葉です。
「さもないと一生独身だよ」
「そのつもりもあまりないけれど」
「だったらね」
「結婚だね」
「そう、相手を見付けるべきだよ」
 若しくは来てくれた相手に声をかけてだというのです。
「頑張ってね、そっちも」
「そうなればいいね」
「何ならいい人紹介するよ」
 こうまで言う王子でした。
「知り合いの人でね」
「そこまで気を遣ってもらわなくていいよ」
「そうなんだ」
「うん、悪いからね」
「けれどそれでもね」
「結婚のこともだね」
「考えておいてね」
 このことは真剣にだというのです。
「一生のことだから」
「わかったよ、そのこともね」
 考えていくとです、こう答えた先生でした。
 それで湯船の中でつい歌を口ずさみます、その歌もでした。
「それ日本語の歌ですね」
「うん、そうだよ」
「昔の歌ですか?」
「ええと、紅葉だったかな」
 その歌だというのです。
「確かね」
「紅葉の歌ですか」
「日本にはいい歌も多いんだ」
「それで今ですね」
「うん、口に出たんだ」
 そうだったというのです。
「ついね」
「何かそういうところも」
「そうだよね、先生日本に馴染んでるね」
 トミーだけでなく王子も言うのでした。
「すっかりね」
「僕から見てもそう思うよ」
「本当にここまで馴染むとは思わなかったよ」
 先生にとっても予想外でした、本当に全く。
「けれどよかったよ、馴染んでくれてね」
「そうだね、日本人になったみたいで」
「今じゃフォークとナイフの方に違和感があるかな」
 使う食器もです、もうそうなっているというのです。先生は自分から言いました。
「お箸ばかり使っているとね」
「そうなったんだね」
「うん、どうもね」
 こう言うのでした。
「なってきたよ」
「それ馴染み過ぎでは?」
「幾ら何でも」
 二人もそのことには驚いてこう言いました。
「フォークとナイフよりもお箸って」
「本当に日本人みたいだよ」
「そうなるかな」
「なります。いや何か」
「先生生まれついての日本人みたいに見えてきたよ」
「何か僕は日本に合い過ぎているのかな」
 ここでこうも言った先生でした。二人の言葉を聞いて。
「そうなのかな」
「そうかも知れないです」
「そう思えてきたよ」
 こう言うのでした、そして。
 そうしたお話をしてでした、お風呂から上がってお風呂上がりのお茶も飲んでそれからお布団に入ってなのでした。
 この日は寝ました、そうして次の日に備えるのでした。




妖怪の話とかも少し出てきたけれど。
美姫 「何よりも先生の馴染み方が凄いわね」
流石にちょっと驚きかな。
美姫 「でも世間には疎いみたいだしね」
だよな。ともあれ、これで狐の母親を助ける手立てはできたし。
美姫 「どうなるかしらね」
次回も待っています。



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