『ドリトル先生と森の狼達』




                  第一幕  日本の狼

 先生は今は王子、トミーと一緒に八条学園の中にある動物園の中を観て回っています。王子が動物園に行こうとお二人を誘ったうえでのことです。
 勿論動物達も一緒です、その中で。
 ふとです、王子は先生にこんなことを言いました。
「生成最近日本の生態系も調べているよね」
「うん、日本の生態系は面白くてね」
 それでというのです。
「最近調べているよ」
「そんなに面白いんだ」
「日本は森が多いね」
 山がそのまま森になっています、日本では。
「それでその森にいる生物達がね」
「面白いんだね」
「イギリスの森とは全く違うんだ」
 日本の森はというのです。
「それがとても面白いんだ」
「そうなんだね」
「日本の狐もイギリスの狐と違うんだ」
「あれっ、狐だから一緒なんじゃ」
「これがまた違うんだ」
 そうだというのです。
「日本の狐は小さいんだよ」
「へえ、そうなんだ」
「森にいるせいかね、日本の」
「そういえば日本の狐は揚げが好きだとされていますね」
 ここでトミーも言います。
「どういう訳か」
「油揚げだね」
「きつねうどんとかもあって」
「そこにも独特さが出ていると思うよ」
「日本の狐の」
「他にも狸がいて色々な動物達が山の中にいてね」
 その日本の生態系がというのです。
「凄く面白いんだ、日本の生態系は」
「そんなにですか」
「特徴として欧州よりも怖い動物は少ないね」
「そういえば熊も」
 ここで王子は自分の前の堀で囲まれているツキノワグマのコーナーを見ました、そのうえでこう言ったのでした。
「小さいかな」
「ツlキノワグマだね」
「熊にしては小さいよね」
「確かに刺激すると怖いけれどね」
 それでもとです、先生は王子に答えてお話しました。
「他の種類の熊に比べて大人しいんだ、ツキノワグマもね」
「そうなんだ」
「むしろね」
「むしろ?」
「北海道のヒグマの方が怖いね」
「ああ、日本の北の島の」
「あそこは日本本土と同じ様でいてまた違う生態系なんだ」
 北海道のそれはというのです。
「鹿とかも違うんだ」
「どう違うのかな」
「本土の鹿はニホンシカ、北海道の鹿はエゾシカでエゾシカの方が大きいんだよ」
「へえ、そうなんだ」
「狐はキタキツネ、狸はエゾタヌキなんだ」
「同じ様で違うんだ」
「そうだよ、本土の生きものと北海道の生きものはね」
 こう王子とトミーにお話するのでした。
「また違っているんだ」
「面白いね、そのことも」
「そうだね、一度北海道にも行ってみたいね」
 こうもです、先生は言うのでした。
「あそこの生態系も現地に行って調べたいしアイヌの風俗習慣も詳しく知りたいし」
「アイヌの人達のこともですか」
「先生は興味があるんだ」
「あるよ、沖縄の方もだけれど」
 学者としてです、先生はお話するのでした。
「あちらの方もね」
「そうですか、じゃあ」
「北海道に行けたらいいね」
「機会があればね」 
 先生はその時を楽しみにしている目でした、その目でお話してです。 
 そのうえで、です。動物園の中を歩いていきました。日本にはいない虎や豹、ライオンのコーナーの見てです。
 そうして狼を見たところで、でした。
 ジップは首を傾げさせてです、先生に尋ねました。
「あの、この狼は」
「中国から来た狼だね」
 先生はその狼の説明を読んでからジップに答えました。
「あの国にもいるからね」
「そうなんだ」
「うん、そうだよ」
「そういえば狼も色々な国にいるね」
「ユーラシアと北米の殆どの地域にいるよ」
「本当に色々な国にいるんだね」
 ジップは先生のお話を聞いて応えました。
「僕達犬のご先祖様でもあってね」
「そうだよ、犬は狼から生まれた生きものだからね」
「それで僕達も全世界にいて」
「狼も広い場所にいるんだ」
「犬は日本にも沢山いるね」
 ガブガブも言いました。
「じゃあ狼も」
「あっ、日本の狼は」
 ガブガブの今の質問にはです、先生は。 
 そのお顔を暗くさせてです、こう答えました。
「いないんだ」
「そうなんだ」
「昔はいたよ」
 こう答えるのでした。
「沢山ね」
「今は、なんだ」
「絶滅したんだ」 
 先生は日本に狼がいなくなった理由を悲しいお顔でお話しました。
「だからもうね」
「日本にはいないんだ」
「ほんの百数十年前まではいたよ」
 日本にもというのです。
「日本の山のあちこちにね」
「どうして絶滅したのかな」
 ホワイティが先生のその訳を尋ねました。
「家畜を襲うからとか?」
「それもあるしジステンバーでね」
「あっ、蚊の病気の」
「それが一番大きかったんだ」
 この病気のせいでというのです。
「日本の狼、ニホンオオカミはいなくなったんだ」
「そうだったんだ」
「このニホンオオカミも面白い生きものだったらしいね」
「どんな狼だったのかな」
 トートーもそのことが気になりました。
「それで」
「うん、狼の多くは平原に住んでいて。森に住む狼も平らな場所にいるよね」
「そうだね、他の国だと」
「けれど日本は山がかなり多いね」
「じゃあ山にいる狼なんだ」
「そうなんだ、それがね」
「ニホンオオオカミ、北海道にいたエゾオオカミなんだ」
「成程ね」
 トートーは先生の説明を受けて納得しました。
「それがニホンオオカミなんだね」
「そうだよ、だから他の狼より小さかったんだ」
 先生は皆にこのこともお話しました。
「日本にいる他の生きものと同じでね」
「やっぱりそうなるのね」 
 ダブダブは先生のお話を聞いて言いました。
「山にいると」
「隠れるには小さい方がいいからね」
「それに日本の山は色々なものが沢山あるから」
「大きいと邪魔になるから」
「だから皆小さいのね」
「そうなんだよ、生態系の適性を求めた進化」
 それは何かといいますと。
「ダーウィンだね」
「また凄い学者さんの名前が出て来たわね」
 ポリネシアはダーウィンと聞いてしみじみとした声で述べました。
「ダーウィンなんて」
「そうかな、生物学ではいつも出て来る名前だから」
「別に凄いとか思わないの」
「偉大な学者だけれどね」
 名前を出すだけではばかれる様なことはないというのです。
「そうなんだ」
「ううん、そうなの」
「僕はね、あまり権威にもこだわらないし」 
 先生の特徴の一つです、だからどんな人にも公平にかつ穏やかに接することが出来るのです。先生のいいところの一つです。
「ダーウィン先生についてもそうだよ」
「そういうことね」
「そう、だから日本の生きものはね」
 あらためてお話するのでした。
「山で暮らすのに適して小さいんだよ」
「そうなのね」
「だからニホンオオカミも小さくて」
 さらにお話する先生でした。
「人も襲うことは本当にごく稀だったんだ」
「ニホンオオカミも大人しかったんだ」
 今度はチーチーが先生に尋ねました。
「そうだったんだね」
「そうだよ、狼といっても日本人は恐れていなかったしね」
「えっ、狼をなんだ」
「実は狼は人を殆ど襲わないんだ」 
 欧州で広く思われている様ではないというのです、欧州ではそれこそ狼は恐怖と憎悪の象徴なのですが。
「だから犬にもなれたんだよ」
「人と一緒に暮らせるから」
「そうだよ」
 こうジップを見ているチーチーにお話するのでした。
「賢い生きものだしね」
「ううん、それで日本人も怖がっていなかったんだ」
「そう、それにね」
「それに?」
「『おおかみ』と呼ぶけれど」
 今度は呼び方についてでした。
「日本ではね」
「それにも何かあるの?」
「日本の狼の呼び方にも」
「『おおかみ』というそれにも」
「何かあるの?」
「そう、あるんだ」 
 チープサイドの家族に答えるのでした。
「『おおかみ』、即ち『大神』なんだよ」
「あれっ、神様?」
「狼は神様なの?」
「それもかなり大きな」
「そうなの」
「そう、日本では狼は素晴らしい神様だったんだ」 
 そう思われていたというのです。
「畑を荒らす鹿や猪を食べてくれるね」
「ああ、畑を荒らす生きものを退治してくれる」
「有難い存在だったんだ」
「日本では狼は」
「そうだったんだよ」
「欧州とは違うんだね」
「欧州では放牧をしていたね」
 先生は欧州のこのこともお話しました。
「畑作と一緒に」
「うん、そして羊や山羊、牛を放牧したりね」
「牧場もあるね」
 オシツオサレツも言います。
「イギリスでもやってるし」
「それも広くね」
「そうした場合は狼が家畜を襲う」
 狼は肉食です、だから家畜も襲うのです。
「だから欧州では狼は恐れられていたんだ」
「けれど日本では放牧とかしていないから」
「そうした怖がられ方はしていなかったんだね」
「そうだったんだ、むしろ田畑を荒らす害獣を食べてくれる有難い存在だったんだ」
「成程」
「そうだったんだね」
 オシツオサレツは前後の頭で頷きました、そしてです。
 先生は皆とのお話が一段落したところで寂しいお顔にもなって言いました。
「前のカワウソの時も思ったけれど」
「動物が絶滅するってことはですね」
「寂しいことだよね」
「本当にね」
 トミーと王子にも応えます。
「そう思うよ」
「動物が絶滅したら」
「こんな残念なことはないよ」
 またトミーに言いました。
「僕はそう思うよ」
「僕もです」
「僕もね、その動物が地球からいなくなると思うと」
 いつも明るい王子も絶滅のことを思うとです。
 普段のその明るい表情を暗くさせて。そして言いました。
「こんな寂しいことはないね」
「そう思うね。ニホンオオカミはずっといたんだ」
 日本にというのです、この国に。
「それがいなくなったからね」
「本当に寂しいね」
 皆でニホンオオカミのことを思うのでした、そうしたことも思いながら学園の中の動物園を回ってでした。
 そして、です。先生はお家に帰ってからです。 
 トミーが作った鶏肉を茸と一緒にホイルで包んで焼いたものとお野菜をたっぷり入れたベーコンのシチュー、それと和布と胡瓜の酢のものをトミーと一緒に食べて。
 そしてです、、こう言うのでした。
「トミーは奈良に行ったことはあるかな」
「奈良ですか」
「うん、あるかな」
「そういえば本格的にはないです」
 トミーは先生に答えました。
「あそこは」
「そうだね、僕もね」
「先生もですよね」
「うん、ないよ」
「行く機会があればいいですね」
「そうだね、奈良はこの国のはじまりの場所なんだ」
 先生はお箸で鶏肉を食べつつ歴史のお話をしました。
「神武天皇が九州からあそこに移ってね」
「そこから日本の歴史がはじまったんですね」
「まあ神武天皇が実在したかどうかというお話にもなるけれど」
「とにかく奈良からですね」
「日本ははじまったんだ」
 こうお話するのでした。
「そう思っていいんだ」
「それが奈良ですね」
「古墳時代からはじまって」
 そして、というのです。
「飛鳥時代、奈良時代とずっとこの国の中心だったんだ」
「長い間日本の首都だったんですね」
「そうだよ、平城京もあったから」
「あっ、平城京のことは聞いたことがあります」
 トミーは平城京と聞いてです、酢のものの胡瓜を食べつつ応えました。
「日本の本格的な中国風の都ですね」
「そうだった場所だよ」
「面白そうな場所ですね」
「そうだね、一度じっくりと回りたいね」
「はい、本当に」
「奈良は色々と巡るべき場所もあるし」
 こうも言いました。
「行きたいね、じっくりと」
「そうですね、僕もそう思えてきました」
「あとね」
 先生はさらに言いました。
「あそこはお寺も多いから」
「神社もですね」
「じっくり観る機会があれば観たいね」
「そうした場所も」
 こうしたこともお話してでした、先生はです。 
 この日の晩御飯も楽しんで、でした。それから。
 お風呂に入って歯も磨いてでした、そうしてから寝ました。
 その次の日先生は老馬と一緒に登校しました、その登校中です。老馬から先生にこうしたことを言ってきました。
「先生、一つ聞くよ」
「何かな」
「うん、先生最近旅行に行ってないね」
「そういえばそうだね」
 先生も言われて気付きました。
「最近行ってないね」
「そうだよね」
「言われるとね」
 ここで、というのです。先生も。
「行きたくなったね」
「じゃあ何処に行くのかな」
「それはわからないね、何かお話があればね」
「その縁でだね」
「そこに行くことになるかな」
 これが先生のお返事でした。
「僕の旅行は結構成り行きではじまるからね」
「そういえばきっかけがあってだよね」
「そうだよね、いつも起こるじゃない」 
 その旅行がというのです。
「だからそれを待つことになるかな」
「旅行は向こうから来るもの」
「そうしたものでもあるからね」
 人間の様にというのです、旅行というものもまた。
「だから待つよ」
「先生は基本待つ人だしね」
「そう、だからね」
「旅行も待つんだね」
「自分から行く時もあるけれど」
 多くの場合です、先生のところに旅行の方から来るのです。
「そうした風だからね、僕は」
「じゃあそろそろかな」
「そうかもね、旅行が来てくれるかな」
 こうしたことをです、老馬とお話しながらです。先生は登校して自分の研究室に入りました。すると暫くしてからです。
 研究室の扉をノックする音がしました、先生がどうぞと応えますと。
 お部屋に日笠さんが入って来てです、こう先生に言ってきました。
「おはようございます」
「はい、おはようございます」
 まずは挨拶からでした。その挨拶が終わってからです、先生は日笠さんに紅茶を差し出してから尋ねました。
「それで今日は何のご用件でしょうか」
「はい、実は先生にお願いがあって参りました」
「お願いとは」
「先生に奈良に行って欲しいのですが」
「奈良にですか」
「そうです、実は奈良の南部の生態系を調べて欲しいと」
「動物園の方にですか」
 先生も紅茶を飲みつつです、日笠さんのお話を聞いています。
「お願いがあったのですか」
「それで先生にとです」
「その生態系の調査をですね」
「お願いしたくこちらに参りました」
「そうですか、ただ」
「何故先生か、ですね」
「はい、どうして僕にでしょうか」
 先生はここで日笠さんに尋ねました。
「そのお話を持って来てくれたのでしょうか」
「先生は生物学の権威でもあるので」
「それで、ですか」
「はい、実は今動物園は新しい動物が沢山来る準備で忙しく」
「人手が足りないのですね」
「そうです、しかし先生はもう春休みですね」 
 大学は丁渡そのお休みに入った時でした。
「それで時間がありますね」
「はい、確かに」
「学会もありませんね」
「論文も書き終えまして」
「時間がおありと思いまして」
「だから僕にですか」
「是非にとです。お願いしたくて参りました」
 こう先生にお話するのでした。
「動物園があまりにも多忙なので」
「そういえば最近入園者の多いですね」
「春休みなので」
 だから余計にというのです。
「人手が足りないです」
「そういうことですか」
「お嫌でしょうか」
「いえ、実はそろそろ旅行に行きたいと思っていました」
 先生は老馬とのお話を思い出しつつ日笠さんに答えました。
「もうすぐ動物の皆が来るので彼等ともそうしたことをお話しようと思っていました」
「旅行に行きたいと」
「そう思っていました、ですが」
「このお話が来たので」
「是非にです」 
 先生はまるでピクニックに行く前の子供の様にその目を輝かせてでした、日笠さんに言うのでした、この言葉を。
「行かせて下さい」
「そう仰ってくれますか」
「はい、奈良ですね」
「奈良県南部、和歌山県との境です」
「山がとても多い場所ですね」
「というか山しかない場所です」
 日笠さんは奈良県南部についてこうお話しました。
「あそこは」
「相当山が深いのですね」
「そして木もとても多いです」
「自然が豊かな場所」
「そうした場所です」
「そうでしたね」
「そちらに行かれたことはないですね」
「奈良県の南部はないです」
 先生は日笠さんに正直に答えました。
「あちらには、しかしいい機会ですね」
「行かれてそして」
「はい、調査してきます」
「有り難うございます、ではお願いします」
「そうしてきます、ただ」
「ただ、とは」
「奈良県は北部と南部で全く違う様ですね」
 先生は日笠さんにこのことを尋ねました、奈良県の地域性について。
「昔から同じ一つの地域ですが」
「大和といった時ですね」
「その時から一緒ですよね」
「そうですね、同じ地域なのは確かですが」
 それでもとです、日笠さんは先生の質問に答えました。
「北部と南部で。奈良県は全く違います」
「やはりそうですね」
「北部は盆地で人口も多いです」
「しかし南部は山がちですね」
「むしろ山しかありません」
 それが奈良県南部だというのです。
「鬱蒼とさえしている位に木が多く」
「人も少ないですね」
「人口は全く違います」
 北部と南部で、というのです。
「開けているのは北部です」
「そうですね」
「政庁のある奈良市、そして郡山市や橿原市、天理市や桜井市それに宇陀市は全て北にあります」
「本当に北に集中していますね」
「しかし南は昔からそうした場所です」 
 山ばかりだというのです。
「あの地域は」
「そこに行くのですね、僕は」
「それでも宜しいでしょうか。観光はあまり出来ないかと」
「いえ、喜んで」
 心からです、先生は日笠さんににこりと笑って答えました。
「行かせてもらいます、動物の調査も大好きです」
「だからですね」
「はい、楽しませてもらってきます」
「それでは」
 こうしてです、お話が決まりました。先生は奈良県に行くことになりました。しかし。
 ここで、です。先生は。
 ふとです、こうしたことも言いました。
「あと奈良県といえば」
「はい、何でしょうか」
「義経千本桜という作品の舞台でしたね」
「歌舞伎や浄瑠璃の」
「あの作品で寿司屋の場面がありましたね」
 先生は最近歌舞伎のことも調べているので日笠さんにこのことも尋ねたのです。
「そうでしたね」
「先生はお寿司もお好きですね」
「はい、大好きです」
 日本に来て知った味です、これもまた。
「とても美味しいですよね」
「そうですね、私も好きです」
「ただ。奈良県は山なので」
 それで、とです。先生は言うのでした。
「海から離れていて昔は」
「そうです、今私達が食べている握り寿司はです」
「ありませんでしたね」
「握り寿司が何時でも何処でも普通に食べられる様になったのは最近です」
 日笠さんもこう答えます。
「ですからかつて奈良では握り寿司はありませんでした」
「そうですよね」
「義経千本桜では握り寿司のイメージかも知れないですが」
「実際は馴れ寿司ですね」
「そうでした、あと奈良には他にもお寿司がありました」
「どういったお寿司ですか?」
「柿の葉寿司といいます」
 それが奈良県のお寿司だというのです。
「鮭の切り身と御飯、やはりお酢を効かせたものを柿の葉で包んでいます」
「それが柿の葉寿司ですか」
「奈良県名物です」
 にこりとしてです、日笠さんは先生にその柿の葉寿司のこともお話しました。
「そうしたお寿司も奈良にはあります」
「そうなのですね」
「あと奈良はお素麺も有名ですよ」
「あの夏に食べる細い麺類ですね」
「桜井名物でして」
「そのお素麺もですね」
「とても美味しいです」
 笑顔での紹介でした。
「まだ夏ではないですが機会があれば」
「はい、頂きます」
「そうされると何よりです。それとやはり季節ではないですが奈良は柿自体も有名です」
 柿の葉寿司に葉を使うだけではなく、というのです。
「そちらも秋には楽しまれて下さい」
「そうさせてもらいます」
 先生は日笠さんににこりとして答えました。
「実は日本に来て柿が大好きになりました」
「柿、美味しいですよね」
「あんな美味しい果物があるのですね」
「随分とお気に召されたのですね」
「はい」
 まさにとです、先生は答えました。
「秋にはまた沢山食べたいですね」
「その柿が名産です」
「奈良は、ですね」
「ですから秋も楽しみにして下さい」
「そうさせてもらいます」
「ただ、今回は」
 日笠さんは笑顔から寂しいお顔になって先生にこうしたことも言いました。
「残念ながら私は行けません」
「奈良にですか」
「はい」 
 とれも寂しそうなお顔で言うのでした。
「動物園が忙しく。ご一緒は」
「いえいえ、ご心配には及びません」
 先生は日笠さんがどうして寂しそうなのか気付いていません、そのうえでの返事です。
「いつもの動物の皆がいてトミーと王子も一緒ですから」
「そ、そうですか」
「はい、僕のことはご心配なく」
 日笠さんの寂しさをこう解釈して言うのでした。
「今回も皆に迷惑をかけてとなりますのね」
「そうですか、それはいいですね」
 日笠さんは残念そうに応えるしかありませんでした。
「皆さんがいてくれるのなら」
「僕は果報者ですね、友達に恵まれていて」
「他のことにも恵まれているのでは」
「そうですね、最近お金も必要なだけあっていいお家もあって美味しいものもたっぷり食べられて」
 本当に気付かない先生です。
「幸せ過ぎますね」
「もっと幸せになれると思いますが」
「いやいや、これ以上の幸せはないですよ」
「幸せに際限はないかと」
「あるんじゃ。あまりにも幸せですと」
 どうかとも言う先生でした。
「何か悪い気がします」
「先生は無欲なのですね」
「よく言われますね、そのことは」
「もっと欲を出されては」
「それが元々あまりそうした気持ちがありません」
 無欲さも先生の美徳のうちの一つです、先生はあまり何かが物凄く欲しいと思うことがない人なのです。
「欲を出そうという気持ちは」
「そうですか」
「権力やそうしたものについても」
「地位もですね」
「はい、全く」
 地位も権力もです、先生が最も興味がないものです。
「むしろ今の様に教授に迎えられて」
「先生に相応しいお立場だと思いますが」
「いえいえ、尊敬される程偉くはありません」
 ご自身では強くこう思っているのです。
「ですから」
「尊敬されることもですか」
「望んでいませんし」
「欲もですか」
「感じません」
「そうなのですか」
 本当にです、残念そうに言う日笠さんでした。
「また今度お願いしますね」
「奈良にですね」
「ご一緒に行きたいですね」
「そうですか、では」
「では?」
「お寿司のお話が出ましたので」
 それで、とです。先生はこう日笠さんに言いました。
「お昼にお寿司をどうでしょうか」
「お昼に一緒にですか」
「はい、どうでしょうか」
「いいのですか、私と」
 日笠さんは寂しいお顔から一転して明るいお顔になって先生に確認しました。
「その、お寿司を」
「はい、食べに行きませんか?」
「それでしたらいいお店があります」
 復活でした、まさに。
 日笠さんはさっきまでとは全く違って生き生きとして先生に言うのでした。
「八条百貨店の義経というお店です」
「あっ、千本桜の」
「はい、そこから名前を取っています」
「そうですか、やっぱり」
「そこのお寿司をです」
 完全に日笠さんのペースで言うのでした。
「食べに行きましょう」
「ではお昼に」
「そうしましょう、やっぱりお寿司はいいですね」
「素晴らしいお料理です」
 先生はお寿司も大好きなので言うのでした。
「日本人はお寿司も食べられて幸せですね」
「そうですね、私も幸せです」
「日笠さんもですか」
「確かに奈良県にご一緒出来ないことは残念ですが」
 それでもというのです。
「お昼ご一緒出来るので」
「それで、ですね」
「幸せです、では機会があれば」
 その時にというのです。
「ご一緒しましょう、旅行も」
「はい、その時は」
 ここではこうしたことをお話するのでした、そして実際にお昼にお寿司を一緒に食べる約束もしました。奈良に行くことと一緒に。
 日笠さんが帰ってから後で動物の皆が研究室に来ました、そして先生から日笠さんとのやり取りの一部始終を聞いてです。
 皆は先生にです、こう言いました。
「うん、相変わらずなところもあるけれど」
「お昼のことは合格ね」
「いい一歩よ」
「先生にしては頑張ったね」
「?僕は頑張ったのかな」
 先生は皆の言葉にきょとんとなって応えました。
「そうなのかな」
「先生は気付いていなくてもね」
「よくやったよ」
「気付かないのは困ってるけれど」
「それでもね」
「お昼のお寿司楽しんできてね」
「日笠さんと二人でね」
 動物の皆も笑顔で、です。先生の背中を押しました。先生がこのことも気付いていないことを承知のうえで。
 それで、です。奈良のこともお話するのでした。
「それで奈良だね」
「奈良県に行くんだね、今度は」
「やっぱり私達も一緒よね」
「皆で行くんだね」
「うん、そうだよ」
 先生は皆に明るく答えました。
「皆が行きたいのならね」
「行くよ、絶対に」
「私達もこの時を待っていたのよ」
「皆で旅行に行く時をね」
「久し振りのね」
 まさにという返事でした。
「それじゃあね」
「行こう、先生」
「その奈良県に」
「皆でね」
「丁渡奈良のお話もしていたしね」
「そうだね、ただ奈良県はね」  
 先生は皆にあらためて奈良県のことをお話しました。
「北と南で違うからね」
「ああ、北は街が多い盆地で」
「南は山ばかりで人も少ないんだよね」
「とにかく森が深くて」
「もう凄いところなんだよね」
「そうだよ、だから生態系を調べにも行くけれど」
 それでもだというのです。
「蝮や熊もいるから注意してね」
「日本の熊は小さくてもなんだね」
 ジップが言いました。
「熊は熊だね」
「あと猿もいるけれど」
「ああ、ニホンザルだね」 
 今度はチーチーが言いました。
「ニホンザルは気性が荒い子が多いから」
「それも注意して。猪もね」
「結構いるんだね」
 猪の親戚である豚のガブガブが反応しました。
「怖い生きものが。日本にも」
「だから注意してね」
「あと鹿もいるよね」
「野生のね」
 ダブダブが自分の背中に乗っているホワイティに応えました。
「いるわよ」
「そうだよね」
「あと鼬に狐と狸」
「そうした生きものもいて」
 チープサイドの一家はこうした生きもの達のことをお話しました。
「結構色々いるんだね」
「そこにも」
「僕の仲間もいるね」
「絶対にいるわね」
 トートーにです、ポリネシアが答えました。
「日本の梟がね」
「そうだね」
「まあ僕はいないね」
「絶対にね」
 オシツオサレツは身体の前後の頭で自分自身でお話をするのでした。
「アフリカでも僅かしかいないし」
「日本でもね」
「じゃあ皆行こう」
 先生はその皆にです、また言いました。
「トミーと王子にも声をかけてね」
「いざ奈良へ」
「その森の中に」
 皆その先生に笑顔で応えました、かくして先生一行はそろそろ行きたいと思っていた旅行、それも念願の奈良に行くのでした。
 そのお誘いを受けてです、トミーは自宅で笑顔で言いました。
「それはいいですね」
「行くね」
「はい、是非」
 これがトミーの返事でした。
「行きましょう」
「それじゃあね」
「それとですけれど」
 ここでトミーは先生に言いました。
「お宿はどうなりますか?」
「ああ、そのことだね」
「奈良に泊まりますよね」
「やっぱりそうなるね」
「だとすると何処に」
「ううん、奈良のホテルと言っても」
 先生はトミーの質問にです、ちゃぶ台を前にして腕を組んで難しいお顔になりました。
 そのうえで、です。トミーにいうのでした。
「北に集中しているからね」
「観光地は北にありますからね」
「その殆どがね」
「人も産業も北に集中していますから」
「奈良県はね」
「けれど今回は行くのは南ですよね」
「そうだよ」
「だとしますと」
「さて、どうしたものかな」
 先生は腕を組んだまま再び言いました。
「南のお宿に泊まるにしても」
「お宿自体が少ないです」
「あと広いよ、調べる範囲が」
 このことか先生から言いました。
「奈良県の南部、和歌山県との境とはいっても」
「そうですよね」
「さて、何処になるか」
「十津川辺りですか?」
 トミーは奈良県のその場所の名前を出しました。
「泊まるとすれば」
「うん、吉野でも北過ぎるからね」
 今回の調査の宿泊先にするのならです。
「だからよくないよ」
「吉野でもですね」
「吉野でも相当に南だけれどね」 
 その奈良県ではです。
「奈良県南部の中心地と言っていいけれど」
「その吉野でもまだ南部の入口ですよね」
「奈良県全体から見ればね」
「じゃあやっぱり十津川の辺りですね」
「そうだね、そこにお宿を取ろう」
「八条グループの宿泊施設があればいいですね」
「うん、そこから調べようか」
「そうしましょう」
 こうしてです、先生達はまずはお宿から探すのでした。ですが何はともあれ先生達の今回の旅がはじまるのでした。



今回、先生たちは奈良へ。
美姫 「旅行の話をしていた後に、まさに良いタイミングね」
だな。まあ、観光ではなく調査で仕事だけれど。
美姫 「好きな事だから問題ないでしょうしね」
だな。タイトルからすると今度は狼が出てくるのかな。
美姫 「一体どうなるのか楽しみね」
ああ。次回も待っています。
美姫 「待っていますね〜」



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