『ドリトル先生と森の狼達』




                        第七幕  ニホンオオカミ

 先生達は森の中で狼さんから直接お話を聞きました、そして。
 そのお話の中で、です。トミーが先生に言いました。
「先生がお話してくれて時間にもあった通り大きさは」
「普通の狼君達に比べてだね」
「小さいですね」
「そうなんだ、森林地帯に住んでいるからね」
「しかも山の」
「だからね」
 それでというのです。
「他の日本の生きものと一緒でね」
「ニホンオオカミは小型なんですね」
「そうだよ」
「そうなんですね」
「うん、あとね」
「あと?」
「ニホンオオカミは普通の狼とは違うんだ」
「っていいいますと」
 トミーは先生に尋ねました。
「ニホンオオカミと他の狼との違いは」
「ユーラシアや北米のハイイロオオカミとはかなり前に分かれているかそもそも別系統の狼じゃないかとも言われているんだ」
「狼は狼でもですか」
「うん、かなり違うんだ」
「そうなんですね」
「日本は大陸から離れた島国だね」
「はい」
「だから生態系も島国になった時にね」
 まさにその時にというのです。
「分かれて独特なものになって」
「ニホンオオカミもですか」
「かなり独特なものになったんだ、その証拠として」
 ここで先生は狼さんの頭を見て言いました。
「頭骨、頭の骨が他の狼とは六つ程違うところがあるんだ」
「へえ、そうなんだね」
 王子は先生のお話を聞いて目を丸くさせました。皆車座に座ってお話しています。
「それはまた」
「こうしたことがあるんだ」
「ううん、じゃあかなり特別な狼なんだね」
「まさに日本の狼なんだ」
「日本の自然の中で育った」
「そうした狼なんだ」
「そういえば日本の自然は」 
 王子は今回の調査で観てきたものを思い出しました。
「かなり独特で」
「そうだね」
「他の生きものもそうで」
「もっと言えば植物もね」
「それで狼もなんだ」
「そうだったんだ、だからニホンオオカミはそうした意味でも非常に貴重な種類なんだ」
 かなり特別な種類の狼であり日本独特の生態系を表している生きものの一つでもあるからだというのです。
「だからいなくなったことが残念だったけれど」
「まさかですね」
「こうして僕達が会うなんてね」
「凄いことになりましたね」
「想像もしていなかったよ、僕も」
 トミーと王子も言うのでした。
「まさに世紀の発見ですね」
「そう言っていいよね」
「うん、僕も嬉しいよ。ただね」
 ここで、です。先生は皆にこうしたことを言うのでした。
「もっと狼君達のことを知りたいけれど」
「じゃあ群れに来るかな」
「そうしていいんだね」
「是非ね、先生ならね」
 是非にとです、狼さんも答えます。
「お話させてもらうよ」
「有り難う、ただね」
「さっきから妙に考えてない?先生」
「君達のことでね」
「僕達のことで」
「うん、君達がいることはわかったよ」
 まだ絶滅していなくて、です。日本に生息していることがです。
「ただ、そのことを公にするかどうかだよ」
「あれっ、これって凄い発見だよ」
「僕が発見されたのと同じでね」 
 オシツオサレツが先生に二つの頭で言ってきました。
「それこそね」
「絶滅していたと思っていたらいたんだから」
「これは発表すべきじゃない?」
「是非ね」
「いや、それでニホンオオカミ君達を観たい人達が沢山出て来て」
 先生はオシツオサレツに複雑な表情で答えました。
「それでここに人が大勢来たら」
「ああ、自然がね」
「汚されるかも知れないっていうんだね」
「そうだよ、ここはとてもいい自然が残っているけれど」
 ポリネシアとトートーにもです、先生は答えました。
「それが人が沢山来たらね」
「汚れるかも知れない」
「先生はそのことを心配しているんだね」
「自然がどうなるか」
「そのことを」
「そう、マナーの悪い人もいるからね」
 どうしてもというのです。
「意識していなくても荒らしてしまうこともあるし」
「じゃあこうして僕達が森の中に入ることも」
「そのこともなんだね」
 ジップとチーチーが言うことはといいますと。
「自然を汚してしまう」
「そうなんだね」
「そう、だから出来るだけゴミの処理とかをしてそもそもゴミを出さない様に注意しているんだよ」
 先生は動物の皆のお友達だからです、こうした自然を大切にすることも誰よりも真剣に考えているのです。
 それで、なのです。今もニホンオオカミさん達のことを心配しているのです。
「若しここが荒らされたら」
「困るね」
「確かにね」
「そのことが心配だよね」
 ダブダブとガブガブ、ホワイティは先生のお言葉に頷きました、
「それじゃあね」
「先生は今迷ってるんだね」
「そうなんだね」
「そうなんだ、絶滅していたと思っていた動物が生き残っていた」
 このことについても言及するのでした。
「こんな嬉しいことがないことは事実だよ」
「ううん、じゃあね」
「どうすべきか」
「そのことだね」
「どうしたらいいのかな」
 先生は真剣に考えるのでした。
「ここは」
「難しいね」
「うん、このことはね」
「どうしたらいいのか」
「絶滅種が生存していた、そのことはね」
 本当にと言うのでした、先生は。今度は老馬とチープサイドの家族に対してあらためてお話するのでした。
「公にすることは義務、けれど」
「それをしたらね」
「この自然が荒らされるかも知れない」
「そのことが問題なんだね」
「うん、それに狼君達にとっても」
 彼等にもお話するのでした。
「悪いことになりかねないし」
「ここでも悪い人がいて、だね」
「何をするかですね」
 王子とトミーも言います。
「狼君達に」
「このことも問題ですよね」
「そうだよね、本当に」
「捕まえたりする人いますね」
「うん、そのことも問題なんだよね」
 先生は狼さん達のこのことも真剣に考えているのでした。
「一体どうしたらいいのかな」
「その辺りが本当にね」
「難しいですね」
「果たしてどうすべきか」
「そこが」
 王子とトミーは二人でお話するのでした。
「ちょっとね」
「世の中いい人ばかりじゃない」
「先生みたいないい人は滅多にいないから」
「そこをどう考えていくか」
「それが問題なんだよね」
「僕は自分をいい人とは思っていないよ」
 先生は二人のお話を聞いて言うのでした。
「けれど。狼君達のことを考えるとね」
「どうしてもだね」
「そこが気になるんですね」
「この森の自然のこと」
「狼さん達のことを」
「うん、まあここはあまり人が行き来出来る場所ではないよ」 
 このこともです、先生はわかっていました。
「実際にここに来るまでが大変だったね」
「うん、電車なかったしね」
「八条鉄道すら」
 全国を通っているこの鉄道でもです。
「何か奈良県は北の方だけだね」
「南の方は路線も電車の数も少なかったでsね」
「王寺位までで」
「十津川まではなかったですね」
「うん、とにかく奈良県は北部にね」 
 南ではなく、なのです。
「人も産業も集中していて」
「南はそうじゃない」
「だからなんですね」
「人はあまり来ない」
「そうなんですか」
「吉野は観光地でもあるけれど」
 奈良県南部のこの村の名前も出しますが。
「南でも入口でね、あそこも北よりもずっと人が少なくて観光客も来ないから」
「じゃあ僕達が入った村までは」
「とてもなんですね」
「人も来ない」
「そうなんですか」
「何しろ同じ奈良県の人でも滅多に来ない場所だよ」
 奈良県の人でも南部はというのです
「実際に行ったことのない人もいるから」
「じゃあここに狼さん達を見に来る人も」
「あまりいないですか」
「そうも思うけれどね、ここは交通の便が悪過ぎるよ」
 どれだけ悪いかといいますと。
「秘境って言ってもいい位だからね」
「日本にもそんな場所あるんだね」
 王子はしみじみとして言いました。
「まだまだ」
「だから。ここは山窩の人がいても不思議な場所じゃないんだよ」
 先生は王子にまたこの人達のことをお話しました。
「山が深くて。普通の人が滅多に来ないからね」
「車路も離れていますし」
 トミーはこのことに気付きました。
「じゃあ滅多にですか」
「狼君達のことが知れ渡っても来る人は少ないかな」
「そうも思われますか」
「うん、ここはね」
 どうしてもというのです。
「日本有数の秘境でもあるからね」
「そういえばここまで来るとね」
「人が入った形跡ないね」
「ちょっとね」
「ここまではなのかな」
 動物達もこのことについてそれぞれ言いました。
「やっぱりね」
「ここは特別なのかな」
「狼さん達のことを言っても問題なし?」
「殆ど誰も来ない?」
「そうなのかな」
「そうも思うけれどね、僕も」
 先生は動物の皆にも答えました。
「人は交通の便で行き来するしね、例えばね」
「例えば?」
「例えばっていうと?」
「遠い場所には人はあまり行きたがらないね」
 このことをです、先生は皆にお話しました。
「そうだね」
「確かに、遠いとね」
「いい場所でもね」
「あまり行こうとは思わないね」
「それだけで」
「そう、交通の便も大事なんだよ」 
 このこともというのです。
「何かとね、ここはそれはよくないからね」
「そういえば日本から。イギリスもだけれど」
 ここで、です。王子が言うことはといいますと。
「日本から北朝鮮に行く人滅多にいないね」
「ああ、あの国だね」
「よくわからない国だよね」
動物の皆も言うのでした。
「日本やイギリスからあの国に行こうって思ったら」
「ちょっとやそっとじゃいけないよね」
「滅多に出ない船に乗るかね」
「一旦他の国に入ってから行くとか」
「そんな方法しかないみたいだね」
「滅多に行けないよね」
「まああの国に行って見る価値のあるものがあるのか僕は知らないよ」
 王子はいささかジョーク混じりにお話していきます。
「けれどね」
「それでもだよね」
「あの国には滅多に行けないから」
「そのこともあって日本やイギリスからは行く人が少ない」
「その面もあるよね」
「まああそこは入国審査も厳しいしね」
 王子はこのことも言いました。
「どっちにしても行きにくいことは大きいね」
「うん、あとあの国のよくない噂は多いしね」 
 トミーも北朝鮮について言います。
「というか悪い噂しかない?」
「何か日本の昔の特撮の悪役みたいだよね」
「そのままだよね」
 こうまで言うトミーでした。
「特撮のね」
「ううん、交通の便が悪くて」
 それにと言う先生でした。
「あと入る為のチェックが厳しい、それと悪い噂」
「うん、北朝鮮はそうだよね」
「この三つが問題ですよね」
「僕もあの国には入ったことがないけれど」
 世界中を冒険している先生でもです。
「それでもね」
「先生も聞いてるよね、あの国のことは」
「何かと」
「聞いてるよ、お世辞にもいい国じゃないよ」
 先生から見てもです。
「どうしたものかと思うよ。ただね」
「ただ?」
「ただっていうと?」
「何かあるの、先生」
「一体」
「いやね、若しかしたら」
 先生は王子とトミーがお話した北朝鮮のことから思うのでした。
「あの国のことが狼君達に使えるかな」
「僕達のことで?」
 暫く沈黙していた狼さんが応えました。
「その変な国のことが関係するのかな」
「関係はしないけれど応用は出来るよ」
「それは出来るんだ」
「うん、ひょっとしたらね」
 こう言うのでした。
「あの国のことがね」
「何かよくわからないけれど」
「いやいや、君達がいてね」
 そしてとです、先生は狼さんにお話しました。
「君達は怖いと言われているね」
「うん、他の動物からも人からもね」
「人は怖い相手にも近寄らないし」
「それになんだ」
「君達の他にここには熊君もいるからね」
「うん、よく会うよ」 
 狼さんはまた先生に答えました。
「僕もね」
「熊は人に怖がられているしね」
「じゃあ熊さん達のこともあって」
「人は来ないよ」
 そうそうはというのです。
「それだけでね」
「僕も熊さん達も怖がられてるから」
「襲われるって思ってね。あとはここに入ることを厳しくすることは」
 北朝鮮のその入国チェックから思うことです。
「学者の人でマナーの悪い人かな、あと密猟者」
「いるね、密猟者」
「どうしてもね」
「日本にもいるよね」
「珍しい動物を撃ったり食べたりしたい人」
「この国にもね」
「そんな人も何処にでもいるよ」
 先生は動物達に苦い顔で答えました。
「勿論日本にもね」
「幾らいい国でもだよね」
「悪い人はいるね」
「人はそれぞれだね」
「どの国、どの民族でもだよね」
「そうだよ、善人悪人はどの国にもいるんだよ」
 例え日本でもというのです。
「結局人は一緒なんだよ、変わりないんだ」
「その国、その民族に関わらず」
「結局一緒なんだね」
「善人と悪人がいて」
「変わらないんだね」
「だから日本にもいるんだよ、そんな人が」
 密猟者みたいな人がというのです。
「残念だけれどね」
「そうなんだね」
「いや、酷いことだね」
「それでその密猟者もどうするか」
「あと学者の中でも悪質な人だね」
「僕は日本に来て不思議なことがあってね」
 それはどういったことかといいますと。
「日本の学者の人は。教育や法学、経済学や歴史学は酷い人が多いね」
「その研究も発言も人間性もね」
「とんでもない人いますね」 
 王子とトミーもです、このことに気付いています。
「これで学者なのかって」
「本気で疑う人いますね」
「ほら、テレビでも出てるよね」
「茸みたいな髪型で眼鏡かけた女の人」
「あんな人よく学者として通用するね」
「あんな人が日本じゃ学者でいられるんですね」
「信じられないことだけれどね」
 先生にしてもです。
「日本はマスコミも酷いしね」
「そうした人達がだね」
「何をするかわからないんですね」
「うん、ああした人達はとんでもないことを平気でするから」
 それこそというのです。
「問題だね」
「学者にマスコミ」
「そうした人達が」
「どうしたものかな、そうした人達は」
「何をするかわからない人達」
「確かに問題ですね」
 王子もトミーも日本のそうした人達のことには頭を抱えます。
「あの人達本当にね」
「学問とか報道とか言って何でもしますから」
「ここでもだね」
「気ままに入って何をするかわからないですね」
「狼君達に何かあったら」
「あってからじゃ遅いですし」
「このことはじっくり考えようかな、とにかくね」
 あらためて言う先生でした。
「狼君達のお話をもっと聞こう」
「僕達自身のことをだね」
「うん、是非ね」 
 狼さんにも答えます。
「お話してくれるかな」
「どんどんね、まだお話したいこともあるし」
 それこそというのです。
「それじゃあね」
「うん、君からも聞いて」
 そしてというのです。
「後はね」
「後は?」
「狼君の群れも見てね」
「皆からもお話を聞きたいんだ」
「そうしていいかな」
「勿論だよ」
 一も二もなくです、狼さんは先生に答えました。
「皆にも先生のことをお話させてもらうよ」
「それじゃあね」
「まずは僕からね。それとだけれど」
「それと?」
「先生そのお茶好きみたいだね」
 先生が飲んでいる紅茶を見てです、狼さんは言いました。それだけではなくそのお茶をとても美味そうに飲んでいる先生ご自身もです。
「その赤いお茶を」
「紅茶だよ」
「紅茶が好きなんだ、先生は」
「大好きだよ」 
 実際にとです、先生は笑顔で答えました。
「毎日いつも飲んでいるよ」
「そこまで好きなんだね」
「そうだよ、ただね」
「ただ?」
「レモンは入れないね」
 先生はこのことは笑って答えました。
「僕はこうしたストレートかミルクを入れて飲むよ」
「ああ、そうなんだ」
「僕の好みではそうなんだ」
「成程ね」
「そうだよ、けれど君お茶を知っているんだ」
「噂で聞いたんだ、色のあるお水をそう言うってね」
 動物の皆の噂で、です。
「それがそのお茶で」
「紅茶というんだ」
「成程ね」
「それじゃあね」
 こうしたことをお話してでした、先生は狼さんからじっくりとお話を聞きました。そうして狼さんのお話を一通り聞いてからです。
 狼さんは先生にです、こう切り出しました。
「じゃあ今からね」
「うん、狼君の群れにだね」
「案内させてもらうよ」
「宜しく頼むよ」
「それじゃあね、ただその前に」
「どうしたのかな」
「先生僕のこと全然怖いと思わないね」
 ふとです、狼は先生にこのことを自分から尋ねたのでした。
「そうなんだね」
「まあそのことはね」
「先生狼を怖がらないんだ」
「だって君達は人を襲わないね」
「うん、狼はね」
「相当餓えていないとね、君達は犬と同じだよ」
 それこそというのです。
「ジップとね」
「そうそう、先生は動物学の専門でもあるからね」
 その犬のジップも笑顔で応えます。
「狼のことにも詳しいんだよ」
「そうなんだね」
「だから狼を怖がらないんだ」
「動物をよく知ると」
 先生は温厚な笑顔ではっきりと言いました。
「その動物は怖くなくなるよ」
「僕達を知っているからこそ」
「君達を怖がらないんだ」
「成程ね」
「むしろ君達の習性を面白いとも思うよ」
「僕達も?」
「君達は人の後ろをついて行くよね」
 人から見ればついて来るになります。
「そうするよね」
「うん、縄張りに入ったりするとね」
「人が縄張りから出るまではなんだね」
「ついて行くんだ」
「そうなんだね」
「あと人が夜道を歩いていたら何か自然とついていったりもするね」
 そうしたこともあるというのです。
「お祖父さんのお祖父さんのお祖父さんはそうしていたらしいよ」
「送り狼だね」
「僕達は確かにそうするね」
 人の後ろについて行く修正が確かに存在しているというのです。
「言われてみれば」
「そうだよね」
「それも一匹でね」
「それが印象的だね」
「成程ね、ただ」
「ただ?」
「その習性が僕から見ればね」
 先生からしてみればというのです。
「いや、生物学的に面白いんだ」
「そうなんだ」
「送り犬ともいうね」
「ああ、妖怪の」
「あの妖怪の話も君達からきてるね」
「よく知ってるね、先生」
 狼さんから見ても感嘆するものでした。
「そんなことまで。流石だね」
「流石かな」
「先生日本の人じゃないよね」
「うん、イギリスから来たんだ」
「僕人は殆ど見たことがないけれど」 
 それだけ山奥に住んでいるということです、人が来ないまでの。
「それでもね、先生はこの国の人じゃないことはわかるよ」
「外見でだね」
「そう、髪の毛の色も目の色もね」 
 そのどれもがというのです、勿論お肌の色もです。
「違うからわかるよ、けれど日本のことを知ってるんだね」
「そうだよ、先生は民俗学も詳しくてね」
「そっちの論文も書いてるのよ」
 動物達が狼さんに先生のことをお話します。
「民俗学は妖怪のことも勉強するけれど」
「先生はそっちにも詳しいんだよ」
「それで日本の妖怪のことも詳しくて」
「送り犬も知ってるんだ」
「そうなんだね、先生は凄い人なんだね」
 狼さんもしみじみとして言いました。
「動物のことだけに詳しくないんだ」
「本職はお医者さんだけれど」
「それでもなのよ」
「あらゆる学問に造詣が深くて」
「学問なら何でもなのよ」
 尚恋愛学は全く駄目です、そしてスポーツも苦手です。ですが動物の皆はここではそうしたことは狼さんにお話しませんでした。
「狼さんのことも妖怪のことも知っていて」
「だから送り犬とかも普通にお話に出るからね」
「そこは日本人よりも凄いかも」
「そうした人なのよ」
「そうみたいだね、いや噂には聞いていてもね」 
 それでもというのです、狼さんも。
「立派な先生だね」
「褒められるのは困るな」
「じゃあそれは止めるね」
「そうしてくれると有り難いよ」
「それでね、まあとにかく僕達のその習性が面白いんだ」
 あらためて言う狼さんでした、このことについて。
「人の後ろについていくことが」
「そうなんだ」
「成程ね。けれどね」
「けれど」
「僕達基本ただついていくだけだよ」
 人の後ろをというのです。
「それが夜道だと怖いかも知れないけれど」
「それだけだね、確かに」
「何もしないけれどね」
 こう言うのでした、少し不思議な感じで。
「それが面白いんだね」
「生物学的にね」
「そういうものなんだ」
「ニホンオオカミはかなり特殊な狼だからね」
「そんなに特別視されるものかな」
「君達がそう思っていなくてもね」
「ただ絶滅したと思っていたらいただけじゃないんだね」
 王子がここでまた言いました。
「本当に」
「そう、かなり独特の狼だから」
 先生は王子にもまた答えました。
「貴重なんだ」
「成程ね」
「まあとにかく、後で君達の群れに案内してもらうということで」
「わかったよ」
 狼さんは先生にこのことについてまた答えました。
「そういうことでね」
「宜しくね」
「狼の群れに囲まれる」
「本能的に怖いね」
 オシツオサレツはここでこんなことを言いました。
「僕達草食動物にとっては」
「これまで何度もあったから慣れたけれどね」
「うん、どうしてもね」
「狼さんの群れは身構えるね」
 ガブガブと老馬もでした。
「逃げようとね」
「思ったりするね」
「君達みたいな生きものは食べないよ」
 狼さんはオシツオサレツ達にこのことを保証しました。
「だって僕達森にいる生きものしか食べないから」
「あら、そうなの」
「僕達には興味がないんだ」
 今度はダブダブとチーチーが言いました。
「食べる相手と思っていない」
「そうなんだ」
「そうだよ、知っているものなら食べるけれど」
 それでもというのです。
「知らない生きものは食べないよ、ましてやお空を飛ぶ鳥は」
「僕達だね」
「そうね」 
 トートーとポリネシアは自分達のことだとすぐにわかりました。
「狼さんもお空は飛べないから」
「だからなのね」
「そうだよ、とにかく僕達は君達は絶対に食べないから」
「だといいね」
「そうだね」 
 ホワイティはジップとお話しました、狼さんのお話を受けて。
「食べられることがないのなら」
「一安心だよ」
「というか食べられないとね」
「安心出来るわね」
 チープサイドの家族にとってもこのことは気になることです、雀達もこうしたことはどうしても気になることだからです。
「狼さんでもね」
「それならいいわ」
「狼は嘘を言わないよ」
 狼さんはこのことはこれ以上ないまでに強く言いました。
「プライドがあるからね」
「誇り高いっていうんだね」
「そうだよ」
 その通りとです、狼さんはトミーに答えました。
「だって『おおかみ』っていうんだよ」
「大きい神だね」
「僕達の語源はそれだからね」
「神様と言われるだけの誇りがある」
「そう、それでね」
 それでだというのです。
「僕達は自分達のプライドを汚す様なことはしないよ」
「そうだね」
「そう、嘘を吐くことは狼にも劣る行為」
 プライドを汚す行為に他ならないというのです。
「そんなことは絶対にしないよ」
「誇り高い狼」
「それはどの狼でもそうだね」 
 王子もトミーもお話するのでした。
「プライドが高くてそれを大事にする」
「言うならば騎士か武士だよね」
「武士、いいものだよね」
 武士と聞くとです、狼さんはさらに言いました。
「ああなりたいよ」
「本当に君達は誇り高いんだね」
「それもいい意味で」
「それで嘘も言わないのなら」
「いいことだね」
「そう、嘘を言わないことは絶対だから」
 狼さんのこの言葉は変わりません。
「君達を襲うことは絶対にないから」
「それはわかるよ、君のその目を見てもね」
 先生も言うのでした。
「わかるよ」
「信じてくれるんだね」
「うん、目がきらきらしているからね」
「嘘を吐く動物じゃないっていうんだね」
「そのことがわかるよ、だから君の言葉を信じさせてもらうよ」
「有り難う、あと先生もね」
 狼さんはここで先生にも言うのでした。
「そうだよね」
「僕も?」
「そう、先生も嘘を吐かないよね」
 狼さんは先生も嘘を言わないと指摘するのでした。
「そうしたことは」
「そう、先生は正直だよ」
「とても正直で誠実な人だよ」
「約束は絶対に守ってくれるし」
「いい人だよ、とてもね」
 動物達がまた狼さんにお話します。
「絶対に嘘を言わないから」
「人を騙すことをしない」
「そうした意味でも紳士だよ」
「本当のね」
「スポーツはしないけれどね」
 紳士の嗜みであるそれは先生には縁がありません。お散歩や登下校に馬に乗ること位しかスポーツ的なことはしません。
「こうしたフィールドワークはするけれど」
「それでもね」
「スポーツはしないんだよ」
「そうしたこととは無縁でね」
「動きも鈍いけれどね」
「ははは、そのことはもう言われるまでもないよ」
 一目でわかるとです、狼さんも笑って答えます。
「先生は身体を動かすことは苦手だね」
「子供の頃からね」
 先生は少し苦笑いになって答えました。
「何をやってもね、ビリだったよ」
「走っても跳んでもだね」
「投げたりしてもね、だから子供の頃から本ばかり読んでいたよ」
 それが先生の少年時代であり学生時代でした、とかく本ばかり読んでいて身体を動かすこととは縁がありませんでした。
「今もだけれどね」
「じゃあ先生は今も青春なんだね」
「読書ばかりしているからかな」
「うん、そう思うけれどどうかな」
「そうなるかな」
 先生は狼さんの言葉を受けて首を少し傾げさせて応えました。
「もうそんな歳じゃないけれど」
「いやいや、青春は年齢じゃないじゃない」
「そういう問題じゃなくてだね」
「自分が青春だと思うからこそね」
 それ故にというのです。
「青春なんだよ」
「じゃあ僕の青春時代は何時までかな」
「そうだね、まああれじゃないかな」
 狼さんは少し考えてから先生に答えました。
「結婚するまでかな」
「ああ、それまでなんだ」
「先生結婚してないよね」
「よくわかったね、そのことまで」
「だって雰囲気がそうだから」 
 結婚している人のものではないというのです。
「ここにいる皆と一緒にいることはわかるけれどね」
「結婚している感じはしないんだね」
「全然ね」
「そうなんだね」
「結婚をしたら流石に青春とは言えないからね」
 そこから新たな人生がはじまるからです、結婚生活というそれが。
「だから違うと思うけれどね、僕は」
「成程ね」
「とにかく先生お相手はいるかな」
「それがいないんだ」
「あっ、一応ね」
「おられることはおられるのよ」
 先生が否定するとすぐにです、狼さんに動物の皆が言葉を入れました。
「先生にはね」
「おられるのよ」
「まあ何ていうかね」
「狼さんもその辺りの事情はわかるわよね」
「先生はちょっとね」
「こうしたこともてんでだから」
 スポーツだけではなくて、というのです。
「だからね」
「一応おられることはわかってね」
「先生でもね」
「そうだから」
「うん、わかったよ」 
 狼さんも動物の皆の説明を受けて頷きました。
「先生はそうした人だね」
「困ったことにね」
「本当にこうしたことには疎い人だから」
「もう全然」
「どうしてそうなのかって思う位に」
 動物の皆が周りで必死にフォローしてもそれが追いつかない位なのです、先生はこっちの方にかけては。
「スポーツと家事、それと特にこちらがね」
「先生の苦手分野よ」
「学問は何でもでお人柄も凄くいいけれど」
「その人もそのお人柄に惹かれてなのに」
「全く、こちらのことはね」
「困った人なのよ」
「皆何を言っているのかな」
 何も気付いていない顔で、です。先生は紅茶を手にしたまま目を瞬かせています。
「一体」
「ほらね、わかってないでしょ」
「何も気付いてないでしょ」 
 先生の今のお言葉にです、動物の皆はまた狼さんに言いました。
「何もね」
「こうした人なのよ」
「こんないい人いないのに」
「どうしたものかしらね」
「ううん、これはかなり深刻だね」
 狼さんも真剣なお顔で言いました。
「確かにいい人だけれど」
「苦手分野は本当に駄目なのよ」
「先生苦手分野は才能ゼロだから」
「もう素質のその地もないのよ」
「特にこのことは」
「そうだね、けれど先生の周りには君達がいるからね」
 まずは動物の皆を見てでした、そのうえで。
 王子とトミーも見てです、こう言いました。
「この人達もいて。お友達には凄く恵まれているから絶対に幸せになれるよ」
「僕は今も凄く幸せだよ」
「いや、もっと幸せになれるから」
 狼さんは先生にも言い切ってみせました。
「ずっとね」
「皆がいてお仕事があって安定した収入があっていいお家に住んでいて着るものも満足していて美味しいものを何時でも食べられる」
 先生はこの幸せを挙げていきました。
「これ以上の幸せがあるのかな」
「幸せは天井知らずだよ」
「そんなものかな」
「善行には善行に見合う幸せがあるっていうじゃない」
 だからです、先生みたいなとてもいい人はというのです。
「それならだよ」
「ううん、幸せになれるんだ。今以上に」
「絶対にね」
「だとするとどんな幸せかな」
「先生も知っているけれど経験したことのない幸せだよ」
「さて、どんな幸せかな」
「やがてわかるよ、とにかくね」
 何はともあれというのです、ここでの狼さんのお言葉は。
「お茶の後で皆のところに案内させてもらうからね」
「宜しくね」
「そういうことでね、しかし先生のことがよくわかったよ。全部じゃないにしても」
「それは何よりだよ」
「皆を大事にしてるのなら」
 動物の皆、王子やトミー達をです。
「先生はずっと幸せにいられるよ」
「そして今以上に幸せになれる」
「そうなれるよ」
「日笠さんもね」
「何時かはね」
 動物の皆は狼さんの言葉を受けてこの人のことを思い出しました。
「あの人もね」
「幸せになれるね」
「いい人だから」
「とてもね」
「そうだね、日笠さんいい人だね」
 先生は動物の皆が日笠さんのお名前を出したところで皆にもお話を向けました、とても暖かいですがやっぱり気付いていないお顔で。
「あの人は絶対に幸せになれるよ」
「はい、先生失格」
「本当にそうしたところは駄目だから」
「もう、頼むよ」
「素質のその字もなくてもね」
「欠片位はかすってよ」
「僕達でもフォローしきれないこともあるから」
 動物の皆はここでまた先生に呆れてしまいました。
「本当にね」
「日笠さんも可哀想になるから」
「そこはほんの少しだけでも気付いてくれたら」
「そこから僕達も動けるのに」
「先生に幸せを届けられるのに」
「ううん、何か全然わからないよ」
 確かに先生は正直です、嘘を言いません。
 ですがその正直さにです、狼さんも苦笑いでした。
「これは駄目かな、当分は」
「当分であって欲しいよ」
「ずっとこんなのだから」
「イギリスじゃそんな話全然なかったし」
「日本でやっとなんだよ」
 先生のその野暮ったい外見でなくお心に気付いた人がです。
「それでもなんだよ」
「肝心の先生はこんな調子なんだよ」
「だからね」
「もう気が気でなくて」
「困ってるんだよ、僕達も」
「わかるよ、これは凄いよ」
 狼さんから見てもでした。
「もう一切気付かないんだから」
「全くねえ」
「どうしたものやら」
「先生の困ったところの一つよ」
「どうしてもね」
 こうお話する皆でした、とにかくです。
 狼さんも先生のこうしたことには気掛かりになるのでした。ですがここで何を言ってもはじまらないこともわかっていたので。
 それで、です。先生に話題を変えました。
「あと熊さんも近くにいるから」
「そうなんだ」
「熊さんもからだね」
「うん、お話を聞きたいね」
 先生はこのことには笑顔で答えました。
「熊君達からもね」
「それは何よりだよ」
「いや、ツキノワグマの生態も調べているけれど」
「面白いっていうんだね」
「そうなんだ、熊の中でもね」
 学者としてお話する先生でした。
「とてもね」
「あまり大きくないところがまた」
 トミーもツキノワグマについて言いました。
「興味深いですね」
「そうだね、それとね」
「それと?」
「いや、ツキノワグマは」
 それはというのです。
「羆と全然違うね」
「あの熊はまた別だから」
 先生がトミーに答えます。
「クマ科でもね」
「また違いますね」
「そうなんだよ、だからね」
「そのことを踏まえてですね」
「お話していくよ」
 そのつもりだというのです。
「僕もね」
「わかりました、やっぱりそうなりますね」
「しかし、日本って面白い生態系なんだね」
 王子はしみじみとなっていました。
「いや、本当に」
「この国に温帯、温暖湿潤気候の生態系がそのまま収まっているんだよ」
「そんな感じだね」
「動物も植物もね」
「イギリスより広くて実は結構広い国だけれど」
「生態系としては小さいね」
「その小さい中にまとまっているんだね」
 王子はこのことについても考えるのでした。
「いや、面白い国だね。そうした意味でも」
「うん、生物学的にもね」
 そして植物学的にもです。
「面白いね」
「そうなんだよ、だから学びがいがあるんだ」
 それ故にとです、先生はお話してでした。
 狼さんの群れに向かうのでした、そして群れ全体のお話を聞くことになりました。



狼から話を聞いた先生と。
美姫 「今度は群れに行くみたいね」
だな。絶滅したはずの日本狼の群れか。
美姫 「どんな話が聞けるかしらね」
次回も待っています。
美姫 「待っていますね〜」



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