『ドリトル先生と奈良の三山』




              第三幕  大仏さんのお姿

 ホテルで、です。先生達は日本の奈良時代の食卓を前にしていました、山海の珍味が揃っていますが。
 そのお料理を観てです、動物の皆は少し驚いたお顔で言いました。
「違うね」
「うん、今の和食とね」
「何かね」
「違ってるよね」
「お醤油少なくない?」
「生ものもなくてね」
「天婦羅とかもなくて」
 和食のそうしたものがなくてというのです。
「違和感あるね」
「こうしたお料理だったんだ」
「日本の奈良時代のお料理って」
「お酢とかお塩で味付けしてる?」
「お醤油かなり少なくて」
「お味噌もね」
「そう、お味噌やお醤油はね」
 先生はそうした奈良時代の食卓を見つつ皆にお話しました。
「当時は殆ど使っていなかったんだ」
「そうだったんだ」
「この頃の日本のお料理は」
「和食ってお醤油とお味噌のイメージあるけれど」
「それでもなんだ」
「この時は違っていたのね」
「そうだよ、どちらもかなり高価だったんだ」
 当時の日本ではというのです。
「お味噌もお醤油もね」
「和食の代名詞なのに」
「それでもなんだ」
「当時は凄く高くて」
「あまり使われていなかったの」
「そうだよ、後ね」 
 それにというのです。
「お刺身や天婦羅がないのはね」
「和食の定番だけれど」
「どっちもね」
「お寿司と並んで」
「そうだけれど」
「そういうものが定着したのは江戸時代からだよ」
 この時代からというのです、奈良時代から観て千年位後です。
「お刺身がおおっぴらに出回って天婦羅もそうなって今みたいなお寿司が出て来たのも全部ね」
「江戸時代なの」
「そうだったんだ」
「お味噌やお醤油もだよ」
 こうしたものもというのです。
「今みたいに普通になったのは戦国時代から生産力が上がって」
「日本自体の」
「作物のそれが」
「そう、大きくね」
 まさにというのです。
「変わって。お味噌やお醤油の原料の大豆が増えて」
「ああ、大豆ね」
「この時は大豆が少なかったんだ」
「奈良時代は」
「それでなんだ」
「そうだよ、あと天婦羅はね」
 こちらのお話もするのでした。
「食べものを油で揚げるのは欧州から伝わった食べ方で」
「あっ、じゃあそれも戦国時代から」
「戦国時代に欧州からの人達がはじめて日本に来たから」
「それでだね」
「天婦羅もその時になんだ」
「出て来てなんだ」
「そう、江戸時代でね」
 まさにこの時代でというのです。
「定着したんだ」
「そうだったんだ」
「江戸時代からだったんだ」
「天婦羅にしても」
「その頃からなんだ」
「そう、お刺身はその前からあったけれど」
 今度はお刺身のお話でした。
「やっぱり江戸時代からだよ」
「普通に食べられる様になったの」
「そうだったんだ」
「そちらも江戸時代からで」
「それまではだったの」
「特にここは海から離れているね」
 奈良はというのです。
「だったら新鮮な海の幸は食べられないね」
「川なら別だけれど」
「海だとね」
「今は冷凍技術があるけれど」
「海だとね」
「お酢で保存したり干すのならともかく」
「それ以外だと」
「そう、お刺身もないから」
 それでというのです。
「こうしてね」
「全然違うんだ」
「奈良時代の日本の食事は」
「今とは違うんだ」
「江戸時代の和食とも」
「そうだよ、江戸時代の和食は今の時代の和食と殆ど同じだけれど」
 それでもというのです。
「これがね」
「ないんだ」
「そうなんだ」
「それじゃあ」
「それでなんだ」
「こうしてなんだ」
「今とは全然違うんだ」
 先生はまた言いました。
「この様にね」
「ううん、成程ね」
「何か別の国のお料理かもって思ったけれど」
「それでいて日本の趣あるし」
「しっかりとね」
「不思議なお料理って思ったけれど」
「そうした理由があったんだ」
「そうだよ、それでね」
 さらにお話した先生でした。
「献立も面白いね」
「赤いお米や黒いお米があって」
「お魚の干物にね」
「山菜も使ってて」
「お酢で味付けしたものに」
「あと濁ったお酒だね」
 他には赤いお米で造ったお酒もあります。
「この白いお酒ね」
「これ濁酒だよね」
「それだよね」
「そうだよ、この時代は清酒もなかったからね」
 お酒も違っていたというのです。
「こうしてね
「濁酒だったんだ」
「当時のお酒は全部」
「そうだよ、全部ね」
 それこそというのです。
「こうしたお酒だったんだ」
「甘いよね、濁酒って」
「そうだよね」
「清酒に比べてね」
「そうだよね」
「そうだよ、これは白酒といってね」
 そのお酒の名前もお話するのでした。
「やっぱり江戸時代まではね」
「こうしたお酒だったんだ」
「当時は」
「江戸時代までは」
「そうだったのね」
「そう、お酒もね」
 こちらもというのです。
「江戸時代から変わったんだ」
「何でも江戸時代だね」
「日本は江戸時代で大きく変わったんだ」
「そうだったんだ」
「その頃に」
「そうなんだ、食生活も服も他の文化もね」
 その全てがというのです。
「変わったんだ」
「じゃあ江戸時代の前の日本って」
「私達がしてる日本とはまた違う」
「それもかなり」
「そうなんだ」
「そうだよ、お米は前にお話したけれど」
 先生は赤いお米や黒いお米のお話もしました。
「こうして違う色のお米もあるね」
「実際に観てびっくりだよ」
「そうよね」
 チープサイドの家族もお話します。
「何ていうかね」
「別の食べものみたいだよ」
「けれどだね」
 トートーもそのお米を見ています。
「お米なんだね、これも」
「お米は一色だけじゃないってことね」 
 ダブダブも言います。
「それが目でもわかったわ」
「本当に見るとよくわかるわね」
 ポリネシアはそのダブダブに応えました。
「そうしたお米もあるって」
「お米もびっくりだけれど」 
 ガブガブは黒いお素麺も観ています。
「黒いお素麺もあるんだね」
「これも凄いね」
 チーチーもそのお素麺を観て言うのでした。
「白いお素麺だけじゃないんだ」
「奈良時代にはこうしたお素麺もあったんだね」
 老馬の口調はしみじみとしたものでした。
「いや、これも不思議だよ」
「クッキーみたいなお菓子もあるしね」
「これ美味しそうだね」
 オシツオサレツは二つの頭でそちらを見ています。
「お菓子もこんなのだったんだ」
「奈良時代は」
「食器も陶器じゃないね」
 ホワイティはこのことを指摘しました。
「木のものばかりだね」
「うん、チーズもあるし」 
 最後にジップが言うことはといいますと。
「これが蘇だね」
「そう、これが蘇だよ」
 その通りだとです、先生はジップに答えました。
「そのチーズだよ」
「昔の日本の」
「それなんだ」
「色は茶色でね」
「味もそうだろうね」
「匂いもチーズだしね」
「おそらくね、僕もはじめて食べるんだ」
 その蘇をというのです。
「だから楽しみだよ」
「それは他の食べものも同じで」
「確かに楽しみだね」
「他のお米も食べものも」
「それにお酒もね」
「全部ね、ではね」
 皆に笑顔で言った先生でした。
「これから食べようね」
「それじゃあね」
「今から食べようね」
「この奈良時代のお料理を」
「そうしましょう」
 こうしてです、皆で奈良時代のお料理を食べますがここででした。動物の皆はそれぞれ一口食べてから言いました。
「あっ、これもね」
「いいね」
「そうだよね」
「あっさりとした味で」
「すっきりとしてて」
「蘇もお素麺も美味しくて」
「お米もね」
 その黒いお米や赤いお米もというのです。
「お魚のお料理も」
「お野菜や山菜のお料理も」
「あっさりとした味付けで」
「素材も活きていてね」
「味付けは今に合わせているけれど」
 それでもと言った先生でした、勿論先生も食べています。
「それでもね」
「かなり忠実に再現しているんだ」
「奈良時代のお料理を」
「そうなのね」
「うん、当時の文献を読んで食材を集めて」
 そうしてというのです。
「調理の仕方もだよ」
「当時の作り方で」
「作っていて」
「今の人の舌に合わせていても」
「それでもなの」
「そう、当時のお料理をね」
 まさにそれをというのです。
「こうして再現しているんだ」
「成程ね」
「凄いことだね」
「千三百年前のお料理の再現なんて」
「それもかなり忠実に」
「出来たのはね」
 それはというのです。
「凄いことだよ、ではね」
「うん、どんどん食べてね」
「どんどん飲んで」
「それで明日はね」
「先生は学会だね」
「行って来るよ、そしてね」 
 先生は杯の中の白酒を楽しんでいます、その中には氷も入っています。
「午後は東大寺に行こうね」
「大仏殿だね」
「そこに行くんだね」
「論文の一つを書く為に」
「そうするのね」
「そうだよ、あとこれはね」
 氷を入れたそのお酒のお話もするのでした。
「今の僕達の飲み方だけれど」
「あっ、オンザロック」
「それだね」
「お酒に氷入れて飲んでるけれど」
「先生言ってたわね」
「当時氷は極めて貴重だったって」
「そう、それがね」
 今はというのです。
「こうしてね」
「飲めるんだね」
「今は」
「普通に氷で冷やしたお酒を飲める」
「昔とは違って」
「こうした飲み方が出来る人は限られていたんだ」
 奈良時代はというのです。
「長屋王という皇室の方がしておられたそうだよ」
「長屋王?」
「その方がなの」
「うん、皇室の中でも凄い力を持った方でね」
 それでというのです。
「おそらくこうしたご馳走を楽しんでいてね」
「お酒もなんだ」
「今の先生みたいに氷をお酒に入れてだね」
「飲んでいたんだ」
「そうしていたの」
「そうだよ、そして今僕はね」
 その氷を入れた白酒を飲みつつ言うのでした。
「長屋王と同じ飲み方をしているんだ」
「ううん、歴史ある飲み方だね」
「そうだね」
「今の先生のお酒の飲み方は」
「本当に」
「凄く美味しいよ、あと長屋王のお屋敷は」
 それはといいますと。
「跡地が見付かっているよ」
「あっ、そうなんだ」
「その長屋王のお屋敷の跡もなんだ」
「わかっているんだ」
「そうだったの」
「そうだよ、近年発見されたんだ」
 先生が今飲んでいるお酒の飲み方をしていた方のお屋敷がというのです。
「そこに住んでおられたんだよ」
「それも歴史だね」
「やっぱり凄い発見よね」
「皇室の方だし凄いお屋敷だったのかな」
「絶対にそうだよ」
「うん、敷地面積も凄くて」
 広くてというのです。
「かなり立派だったみたいだよ」
「実際になんだ」
「凄いお屋敷で」
「そこに住んでおられて」
「こうしたものを飲んで食べておられたんだね」
「そうだよ、じゃあ僕達もね」
 どんどん飲んでいく先生でした。
「こうしてね」
「うん、お腹一杯ね」
「食べて飲みましょう」
「長屋王みたいに」
「奈良時代のお食事を」
 動物の皆は笑顔で応えました、そしてです。
 実際に皆で奈良時代のお食事を心ゆくまで楽しみました。それが終わってからでした。
 先生はまたお風呂に入りました、この時も動物の皆は一緒でしたがここでまた先生に言いました。
「奈良時代にもお風呂あったよね」
「そうだよね」
「それでこうして入っていたのよね」
「当時のお風呂に」
「うん、当時のお風呂はサウナだったかな」
 先生は湯舟の中から皆にお話しました、とてもくつろいでいる感じです。
「蒸し風呂ね」
「お湯じゃなくて」
「そっちだったんだ」
「蒸し風呂だったんだ」
「そっちのお風呂だったんだ」
「やっぱり江戸時代まではね」
 ここでもこの時代がお話に出ました。
「蒸し風呂が主流だったんだ」
「日本では」
「そうだったんだね、お風呂も違ったの」
「日本はお湯のお風呂が主流って思っていたら」
「フィンランドやロシアみたいに」
「サウナが主流だったんだ」
「長い間」
 動物の皆は日本のお風呂のことも知ったのでした。
「温泉が多いけれどね」
「そうそう、日本ってね」
「何かと何処にでも温泉があって」
「皆楽しんでるけれど」
「そう、お湯のお風呂よりもね」
 江戸時代までの日本はというのです。
「サウナでね」
「奈良時代の日本も」
「ひょっとしたらサウナだったかも知れない」
「そちらが主流だったの」
「そうかもね、日本でお風呂によく入る様になったのは」
 先生はさらにお話しました。
「飛鳥時代からだしね」
「あっ、その明日香」
「先生がこの奈良市の次に行く」
「そこからなんだ」
「はじまったの」
「中国の入浴の習慣が伝わって」
 日本からというのです。
「それでだったみたいだよ」
「日本人もお風呂に入る様になった」
「そうなの」
「そうみたいだね、日本人のお風呂好きはそこからはじまって」
 そしてというのです。
「お湯が主流になったのはね」
「江戸時代なんだ」
「じゃあお風呂屋さんもだね」
「江戸時代からだね」
「そうした湯のお風呂屋さんが主流になったんだ」
 そうだったとです、皆にお話しました。
「そこはね」
「そうなのね」
「昔の日本のお風呂はサウナだったの」
「お湯じゃなくて」
「そっちだったのね」
「だからね」
 それでというのです。
「僕が奈良時代にいたらね」
「今みたいにだね」
「お湯に入ってなくて」
「サウナに入ってて」
「そこですっきりしていたんだね」
「そうだったと思うよ。それでね」
 さらにお話した先生でした。
「明日はね」
「まずは学会に出て」
「僕達は学会の会場の入り口で待っていて」
「それで午後はね」
「東大寺だね」
「皆で行こうね」
 こうお話してです、先生はお風呂の後はノートパソコンで論文を書いてそうして寝てでした。
 その後で、です。起きると朝御飯を食べてでした。
 学会に出てです、お昼御飯を食べてからでした。
 その東大寺に入りました、皆はまずはその東大寺の大きさに驚きました。
「うわ、凄いね」
「物凄い大きさだよ」
「こんな大きなお寺なんてね」
「そうそうないわよね」
「お寺としても大きいんだ」 
 その巨大な和風のお寺の入り口で、です。先生は驚いて目を瞠っている動物の皆にお話しました。
「東大寺はね」
「大仏さんがなくて」
「それでもなのね」
「大きなお寺なの」
「そうなの」
「そうだよ、そしてね」
 それにというのです。
「何といってもね」
「うん、大仏さんだよね」
「その有名な」
「何か日本の特撮だと実際に動きそうな」
「そんな感じの大仏さんだね」
「またそのお話なんだね、だから動かないからね」
 先生はまたしても大仏さんが動くとお話した皆に笑って返しました。
「心が篭っていてもね」
「それでもなんだね」
「実は動かないのね」
「そうしたことはなくて」
「座ったままで」
「動かないのね」
「そうだよ、そうしたことはないから」
 それでというのです。
「安心して観てね」
「ううん、何か本当にね」
「写真観てると動きそうだけれど」
「それでもね」
「実際は動かない」
「そうなのね」
「そうだよ、じゃあ安心してね」
 そしてとです、先生は皆に笑ってお話しました。
「観に行こうね」
「動くかどうか気にしないで」
「そのうえでだね」
「そうしようね」
 こうお話してでした、皆で。
 大仏殿に入りました、すると中にあのとても大きな大仏さんが座っていました。
 大仏さんを観てです、皆これまで以上に驚いて言いました。
「うわ、実際にその目で見たら」
「物凄いね」
「迫力あるわ」
「こんな大きさの像なんて欧州にないよ」
「今はとてもね」
「そうだね、これだけの仏像がね」
 先生は皆と違って普通の笑顔です。その笑顔で言うのでした。
「一三〇〇年前の日本で造られたんだ」
「物凄いわね」
「これだけのものを造ったなんて」
「一三〇〇年前に」
「物凄いことね」
「前もお話したけれど国を挙げての事業だったんだ」
 一三〇〇年前の日本ではというのです。
「人手もお金もかかったね」
「それはかかるだろうね」
「これだけ大きいとね」
「今だって結構お金かかるよね」
「これだけのものを造ろうと思ったら」
「そうだよ、けれどこれだけのものを造っても」 
 それでもというのです。
「時の政権は傾かなかったんだ」
「それだけの力を使っても」
「それでもなんだ」
「国は傾かなかった」
「そうだったんだ」
「そうだよ、他のことは無駄に力を使わなかったみたいだし」
 それによって国力を消耗しなくて、というのです。
「ちゃんと政治をしていてね」
「国も乱れなくて」
「民の人達も疲弊しなかった」
「極端にはだね」
「それに大仏さんが国を護ってくれたのかな」
「そうなるのかな」
「そうかも知れないね、そう思うと」
 先生は大仏さんを見上げながら皆にお話しました。
「この大仏さんは日本を護ってくれてね」
「今もだね」
「日本を護っているんだね」
「そうなんだね」
「そうだと思うよ、ただ大きいだけじゃないんだ」
 日本を実際に護ってもいるというのです。
「凄い仏像さんだよ」
「そうだね」
「ただこの仏像って一三〇〇年前のものじゃないんだよね」
「三代目だよね」
「確かそうよね」
「うん、三代目だよ」
 実際にとです、先生は皆の質問に答えました。
「この大仏さんはね」
「やっぱりそうなのね」
「三代目なのね」
「初代も二代目も燃えて」
「それでなのね」
「そうだよ、初代は源平の争いの時に燃えたんだ」
 その聖武帝のご命令で造られた一三〇〇年前の大仏さんはというのです。
「その時東大寺には僧兵さん達がいてね」
「ああ、武器を持ったお坊さん達ね」
「日本にもいたんだね」
「聖堂騎士団みたいな感じで」
「それでいたんだよね」
「お寺やお寺が持っている荘園とそこにいる人達を守る為にね」
 先生は僧兵さん達のこともお話しました。
「それでいてね」
「その僧兵さん達がなんだ」
「平家の人達と対立したんだっけ」
「そうだった?」
「確かね」
「そうなんだ、それでね」
 対立してというのです。
「清盛さんも軍勢を送ってね」
「平家の主の人だよね」
「私も知ってるわよ」
「物凄い権勢を誇ってて」
「強かったんだよね」
「その清盛さんが兵を送って東大寺で戦になって」 
 平家の軍勢と東大寺の宗平さん達がです。
「それでなんだ」
「その中でなんだ」
「東大寺が焼かれて」
「大仏さんも焼けたのね」
「そうなったのね」
「この時は大騒ぎになってね」
 まさに日本中がひっくり返る位のです。
「清盛さんは物凄く批判されたんだ」
「日本を護ってくれる大仏さんなのに」
「燃やしてしまったから」
「それでなんだ」
「日本中が清盛さんに怒った」
「そうなったんだ」
「そう、それで戦乱の後でまた造られたんだ」
 源平の戦が完全に終わってからというのです。
「鎌倉時代のはじまりにね」
「それが二代目で」
「またこの東大寺に造られて」
「それでなんだ」
「二代目の大仏さんもだね」
「やっぱり」
「今度は戦国時代にね」
 その時にというのです。
「焼けてしまったんだ」
「またなんだ」
「焼けてしまったの」
「源平の戦乱の時と同じで」
「戦国時代に」
「この奈良県、大和に松永久秀という武将さんがいてね」
 そしてというのです。
「三好家という近畿や四国に勢力を持っていた家に仕えていたけれど」「
「三好家の武将として戦った?」
「東大寺の僧兵さん達と」
「そうしたの」
「いや、三好家の中で勢力争いをしていてね」
 その三好家の中でというのです。
「それでなんだ」
「ああ、そこでなの」
「三好家の中の政敵の人達と争って」
「そのうえで」
「そうだよ、三好三人衆という人達と争って」 
 そのうえでというのです。
「その中で東大寺でも戦になって」
「それでなんだ」
「また東大寺が焼けてしまって」
「大仏さんも焼けた」
「そうなったんだ」
「そうだよ、それでね」 
 まさにというのです。
「二代目も焼けてしまったんだ」
「何ていうかね」
「酷いお話だね」
「そうだよね」
「戦の常でも」
「日本を護ってくれる大仏さんが焼けてしまうなんて」
「それからはね」
 三代目が出来てからというのです。
「流石にそうしたことはないけれど」
「戦国時代が終わって」
「江戸時代になって明治、大正、昭和ってなって」
「それでよね」
「今の平成になっても」
「このままだよ、願わくばもうね」
 先生は心から思うのでした。
「今の大仏さんにはずっとね」
「うん、いて欲しいね」
「このままね」
「日本を護って欲しいわね」
「ずっとね」
「そう思うよ、この大仏さんが燃える度に造られているのも」
 それは何故かといいますと。
「やっぱりね」
「日本を護ってくれるから」
「皆それがわかっているから」
「だからなのね」
「そうだと思うよ」
「それじゃあ先生の今回の論文は」
 ここでポリネシアが先生に言ってきました。
「大仏さんが何故何度も再建されてるか」
「そのことを書くのかな」
「やっぱりそうじゃないの?」
 オシツオサレツは二つの頭でポリネシアに続きました。
「今のお話だとね」
「そうかもね」
「日本人の信仰心かな」
 ジップも言いました。
「それになるのかな」
「そうだね、大仏さんに対する」 
 今度はトートーが言いました。
「日本人のね」
「信仰心がこんな凄いのを造るって」
 ホワイティはもうお空を見上げる感じになっています、そうして大仏さんを見上げながら思うのでした。
「何ていうかね」
「人間の凄さっていうのかな」 
 チーチーは首を少し傾げさせて述べました。
「これは」
「そして日本人の信仰かな」
「それがどれだけ強いか」
 チープサイドの家族も勿論大仏さんを観ています、そのうえでのやり取りです。
「二度も焼けてるのにその都度再建して」
「今もあるんだからね」
「信仰心はあまりないっていうけれど、日本人って」
 首を傾げさせて言ったのは老馬でした。
「かなりないと二度も再建しないよ」
「普通の仏像じゃないからね」
 ガブガブも勿論その大きさに驚いていました。
「この大仏さんは」
「そう思うと日本人の信仰心はかなりのものよ」
 ダブダブも言い切りました。
「お金と人手をかけてだからね」
「僕もそう思うよ、日本人の信仰心は決して低くないよ」
 先生も言うのでした。
「日本の人達が自分で言う様にはね」
「こんなにお寺も神社もあって」
「物凄い数だし」
「それで信仰心が低いとか」
「全然ないよ」
「そうだよ、というか神事も仏事も日常生活に入っているね」 
 日本ではというのです。
「そうだね」
「キリスト教のものだってそうだし」
「クリスマスとか」
「バレンタインは何か違うけれど」
「バレンタインさんの日とはね」
「商業も入っているけれど」
 このことも言う先生でした、経済学も学んでいるのでこうしたことも理解出来ているのです。
「それでもね」
「仏事も神事もだね」
「日本には浸透していて」
「完全に根付いている」
「そうなのね」
「そうだよ、この大仏さんだってね」
 先生はまた言いました。
「信仰心があるからだよ」
「二度も造ってるんだね」
「物凄い国力を使うのに」
「それでも」
「そう、日本はあまりにも宗教が身近になり過ぎていて」
 他の国々よりもというのです。
「それでね」
「信仰心がないってだね」
「日本の人達は思い込んでいるんだ」
「自分達では」
「そうなの」
「僕は信仰心は低くないと思っているよ」
 先生が観た日本人の信仰はです。
「それは今もだよ」
「こうして観光客の人も多いし」
「大事にされているしね」
「そう思うとね」
「本当に低くないね」
「そうだよ、まあ完全な無神論の人もいるけれど」
 日本にはです、尚先生は神様を信じていて神学の博士業を持つ位の教養も備えています。勿論論文も書き続けています。
「それでもね」
「信仰心があって」
「それは低くない」
「そうしたことも論文に書くの」
「そうするのね」
「そのつもりだよ、奈良にいたら」
 この街にというのです。
「そうしたこともわかるからね」
「東大寺の論文はそこね」
「大仏さんから見られる日本人の信仰」
「それね」
「それを書くからね」
 だからだというのです。
「頑張るよ」
「そうそう、頑張ってね」
「学者さんは論文を書いてこそだしね」
「先生も頑張ってね」
「論文の方もね」
「そうするよ、しかし動かないと言っても」
 先生は笑ってこうも言ったのでした。
「やっぱり見ているとね、僕もね」
「動きそう?」
「そう思う?」
「先生にしても」
「大仏さんが」
「精巧でもあるからね」
 人間の姿もよく再現しているというのです、写実的に。
「だからね」
「そうだよね、やっぱり」
「動きそうだよね」
「何かね」
「それで立ち上がってね」
「日本のピンチの時は」
「それで日本を救う」
 皆もこぞって言います。
「そんな感じがするよね」
「見ていると」
「もう今にもって感じで」
「そんな風よね」
「そうだね、色々な災害とかからね」
 地震や雷や火事や台風からです。
「防いでくれそうだね」
「そんな感じ本当にするよね」
「この大仏さんって」
「ただ大きいだけじゃなくて」
「そんな風だね」
「そうだね、僕もそう思うなんて」
 ここでまた笑った先生でした。
「何か不思議だね」
「違うって言っていてもね」
「そう思えるなんてね」
「確かに不思議よね」
「この大仏さんって」
「そうだね、それとね」
 さらにお話した先生でした。
「柱の一つを見てくれるかな」
「柱?」
「この大仏殿の?」
「ここの柱の一つをなの」
「見るの」
「うん、そこにね」
 その柱の一つにというのです。
「穴があるけれどね」
「あっ、あそこね」
「あそこの柱ね」
「そういえば穴があるわね」
「結構大きな穴が」
「何でもあの穴を潜るとね」
 そうすればというのです、他にも大仏殿の四隅にはそれぞれ四天王という仏様達の像もあります。
「病気をしないっていうんだ」
「へえ、そうなんだ」
「あの穴を潜るとなんだ」
「病気をしない」
「そう言われているんだ」
「そうだよ、まあ僕はね」
 ここでまた笑ってお話した先生でした。
「無理だろうけれどね」
「あっ、先生の体型だと」
「やっぱり太いから」
「だからだね」
「潜られない」
「そうだっていうんだ」
「そうだよ、やっぱりね」
 それはというのです。
「無理だろうね」
「試しに潜手ってみたら」
「そうしてみたら」
「中につっかえて」
「抜けなくなるかもね」
「そうなりそうだから」
 それでというのです。
「僕は止めておこうかな」
「やってもいいんじゃ」
「そうだよね」
「ものは試しで」
「結構大きな穴だしね」
「いや、それはね」
 どうしてもというのでした。86
「止めておくよ」
「そうなんだ」
「止めるんだ」
「それじゃあだね」
「このまま大仏さんを観て」
「あと四天王さん達も観るんだ」
「そうするよ、やっぱりね」
 また言った先生でした。
「仏像はいいね」
「キリスト教徒の先生から見ても」
「そうなんだね」
「神聖さがあって」
「芸術性も高くて」
「そう、だからね」
 それ故にというのです。
「観ていて素晴らしいと思うよ」
「そういうことだね」
「観ていて飽きない」
「そして素晴らしさを感じる」
「そうなんだね」
「うん、東大寺の仏像もそうだし」
 それにというのです。
「描いた像もね」
「そちらもなんだ」
「素晴らしいの」
「そうなの」
「そうだよ」
 先生は皆に笑顔でお話しました。
「そちらもね」
「絵もなんだね」
「芸術的な価値が高いんだ」
「そうなんだね」
「宗教的な価値観だけじゃなくて」
「そうだよ、それとね」
 さらに話した先生でした。
「色々な姿があるからね」
「色々?」
「色々っていうと」
「うん、例えば不動明王を描いてもね」
 この仏様をお話の例えに出すのでした。
「腕が四本あったりもするから」
「あっ、不動明王って腕が二本だよね」
「基本そうだよね」
「けれどそれがなんだ」
「四本描かれている場合もあるんだ」
「あと肌の色が違う場合もあるし」
 腕の数だけでなく、です。
「描いた人、描く様に言った人の解釈で違うんだ」
「そういえば千手観音っていう仏様もいるけれど」
「絶対に千本なの?」
「手が千本あるの?」
「どの像でも」
「いや、四十で一本ずつに目があってそれで二十五をかけて千本っていう解釈の場合もあるんだ」
 先生は皆に千手観音のお話もしました。
「大抵はそれが普通だよ」
「そうなんだ」
「千手っていっても四十が普通なのね」
「それで目が二十五本分で千本」
「そうなるんだ」
「そして実際に千本ある像もあるよ」
 まさに文字通りにです。
「何十本か生えていて後は後光の形で千本あるんだ」
「うわ、凄いね」
「そんな仏像もあるんだ」
「本当に解釈によって姿が違うけれど」
「本当に千本あるのもあるんだ」
「そうだよ、まさに文字通りに千手観音の場合もあるんだ」
 実際にというのです。
「これがね」
「成程ね」
「仏様は造る人、描く人、創作を頼んで人によって姿が違う」
「そういうものなのね」
「そうだよ、面白いよね」
 先生は動物の皆に笑顔でお話しました。
「僕は今はそうしたことも学んでいるんだよ」
「仏教のそうしたことも」
「そして論文にも書いているだね」
「今はこの大仏さんのことを書いて」
「そうしているのね」
「そうだよ、じゃあまだ時間があるし」
 ここでまた言った先生でした。
「次の場所に行こうか」
「うん、何処かな次は」
「一体何処に行くのかしら」
 動物の皆は先生に次の場所に案内してもらうのでした、その次の場所もまた歴史に関係が深い場所なのでした。



奈良と言えば大仏が浮かぶぐらいに有名だしな。
美姫 「今回は大仏を見学ね」
それにしても、先生は本当に色々と詳しいな。
美姫 「本当よね」
今回はこんな感じであちこちを見て回る形になるのかな。
美姫 「どうなるのか、次回も待っていますね」
待っています。



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