『ドリトル先生のダイヤモンド婚式』




                第一幕  素敵な曲

 ドリトル先生は今は大学のご自身の研究室で動物の皆と一緒にある曲を聴いていました。そうしてこう言いました。
「何度聴いてもいい曲だよね」
「そうだよね」
「奇麗で落ち着いた曲だよね」
「こうして昼下がりに聴くと格別だね」
「それもお茶を飲みながらだと尚更よ」
「本当にね」
「素晴らしいものだよ」
「そうだね、金婚式はね」
 この曲はというのです。
「素敵な曲だよ」
「先生も好きだよね」
「それでよく聴いてね」
「僕達にも聴かせてくれるね」
「一緒に」
「うん、だからね」
 それでというのです。
「今も一緒に聴いたんだ、ただ」
「ただ?」
「ただっていうと」
「どうしたの?」
「うん、金婚式はね」 
 今かけている曲のタイトルのお話もしました。
「素晴らしいものだね」
「結婚して五十年」
「それだけ一緒にいられるなんてね」
「滅多にないことだからね」
「素晴らしいことだよね」
「それだけでね」
「そうだよ、半世紀の間一緒なんて」
 それだけ一緒にいられるとはというのです。
「滅多にないことで」
「是非祝福すべきだね」
「五十年離れず一緒にいられた」
「その素晴らしいことは祝福しないと」
「結婚してからそれだけいられたことに」
「そう、だからね」 
 それでというのです。
「こうして曲にもなったんだよ」
「いや、そうだよね」
「そう思って聴くと尚更よ」
「とても素晴らしい曲で」
「聴いていると幸せになれるね」
「そんな気持ちになれるよ」
「それでね」
 先生は紅茶を飲みながらさらにお話しました、飲んでいる紅茶は大好きなホットミルクティーです。
「もう一つあるからね」
「もう一つ?」
「もう一つっていうと」
「金婚式は五十年だね」
 結婚してそれだけの歳月が経られているというのです。
「そして六十年があるね」
「あっ、ダイヤモンド婚」
「それだけあったね」
「そうだったね」
「そう、五十年でも凄いけれど」
 それでも充分に尊いのにというのです。
「六十年も経たね」
「もっと凄いものがあったね」
「ダイアモンド婚式が」
「そうだったね」
「それでけ経たら」
 それならというのです。
「どれだけ素晴らしいか」
「二十歳で結婚しても八十歳」
「そこまで一人の人が生きられることは今は結構あるね」
「昔は少なかったけれどね」
「七十で古稀っていったし」
「それが夫婦揃ってってね」
「滅多にないことだから」
「それが出来たら」
 夫婦一緒に結婚して六十年の歳月を共に過ごせたらというのです。
「本当に素晴らしいことだね」
「全くだね」
「六十年一緒に暮らせたら」
「それがどれだけ素晴らしいことか」
「考えるだけで凄いことよ」
「今も昔も滅多にないことだから」
 それ故にというのです。
「お祝いしないとね」
「全くだね」
「そんなご夫婦がおられたら」
「本当にね」
「まあ僕はね」
 ここで先生はこうも言いました。
「縁がないことだけれどね」
「またそう言うし」
「先生って本当に恋愛とか結婚についての自己評価低いわね」
「もう低過ぎて困るよ」
「僕達にしてもね」
「どうも長生きするらしいけれどね」
 このことにも言う先生でした。
「僕はね」
「だって先生今は健康だから」
「ストレスもなくて快適だし」
「毎日よく歩いてるしね」
「煙草もしないし」
「栄養バランスのいいお食事だし」
「お酒はよく飲んでるけれど」
 それでもというのです。
「よく寝てるし」
「健康そのものだよね」
「それじゃあ長生き出来るよ」
「どう考えてもね」
「健康診断でも問題ないしね」
「だから長生きは出来るよ」
 ダイアモンド婚式に至るまでに必要な要素の一つは達成出来るというのです、仲のいいことと長生きの二つで。
「それはね、けれどね」
「結婚はっていうんだね」
「出来ないっていうのね」
「どうしても」
「それは無理だっていうんだ」
「僕には絶対に縁がないからね」
 本当にというのです、先生だけは。
「それはないよ」
「果たしてそうかしら」
 ガブガブが言ってきました。
「先生だけが思ってることじゃないかしら」
「先生いつも僕達に言ってるじゃない」 
 ホワイティも先生に言います。
「主観と客観は違うって」
「自分が思っていても事実は違ったりする」
「世の中はそういうものだってね」 
 チープサイドの家族も考えています。
「本当にね」
「学問もそうだって」
「恋愛も学問だよね」 
 チーチーはまさにと指摘しました。
「文学でも普通に出るし」
「日本の文学なんて恋愛の宝庫じゃない」
 ポリネシアはこうまで言いました。
「万葉集の頃から」
「あの四季と恋愛の美しさを詠った和歌なんてね」
 老馬が見てもです。
「どれだけ素晴らしいか」
「先生万葉集も和歌も学んでるじゃない」
 ダブダブの口調ははっきりとしたものでした。
「そこでは誰もが恋愛を詠ってるじゃない」
「それじゃあ先生もね」
「恋愛を詠えてね」
 オシツオサレツは二つの頭で言いました。
「そして経験も出来る筈だよ」
「誰もがなら」
「どうして先生は自分に恋愛に無縁って言うか」
 トートーはその理由がわかっていました。
「ただ単に外見がどうかで運動神経がないからだよね」
「そんなの何でもないよ」
 ジップもはっきりと言います。
「内面が大事じゃない」
「そうなんだけれどね」
 先生はそれでもと笑って応えました。
「僕はどう見ても縁がないよ」
「だからそれが主観だよ」
「先生を嫌いな人はそうそういないよ」
「温厚な紳士だし」
「公平だし偏見もないし」
「絶対に感情的にならないしね」
「そこまでの人なら」 
 皆その先生の性格を指摘します。
「それならだよ」
「誰が先生を嫌いになるのか」
「嫌いになる人の方が珍しいわ」
「だったら恋愛だって」
「結婚だってね」
「そう、例えばね」 
 皆で先生に言いました、金婚式はここで一旦終わってもう一度かけました。そうしてそのうえで言いました。
「傍にもうね」
「誰かいないかな」
「先生の傍に」
「先生を想う人がもういる」
「そうかもね」
「物語みたいに」
「だったらいいね」 
 全く信じていない感じでした。
「本当に」
「だからそう言うことがね」
「先生のよくないところよ」
「すぐそうやって自己評価するから」
「それも低く」
「そうしたところがね」
「先生は問題なんだよ」
 皆で先生に言います、しかし。
 先生は笑って違うよと言うばかりでした、そのお話を先生のお家に来ていた王子が聞くと王子もやれやれといったお顔で言いました。
「だから先生は駄目なんだよ」
「駄目かな」
「駄目も駄目でね」
 それでというのです。
「全く進歩しないんだよ」
「恋愛のことでだね」
「人間五十歳でも結婚出来るし」 
 その年齢になってもというのです。
「そこから長生きしたら」
「百歳までかな」
「金婚式じゃない」
 こう言うのでした。
「もっとも先生まだ四十になってすぐだけれどね」
「五十にもいっていないね」
「まだ四十代になったばかりだから」
「まだまだこれからだよ」
「昔は四十って相当だったけれど」
「今じゃそんなにね」
「本気で金婚式夢じゃないし」
 先生の健康ならというのです、生きものの皆も言います。
「ダイアモンド婚式だってね」
「相手の人も長生きしたらだけれど」
「目指せるじゃないかな」
「はははい、そうだといいけれどね」
 ここでも笑って応える先生でした。
「僕もそうした人が出てくれれば」
「だからずっと言ってるでしょ、周り見てって」
「それもすぐ傍をってね」
「そうしたらわかるかもね」
「先生にも縁があるかもって」
「そうだってね」
「僕も皆と同じ考えだよ」 
 王子はまた言いました、そう言いつつ晩ご飯を待っています。
「先生歯もっと周りを見たらいいよ」
「王子もそう言うね」
「わかっているからね」
「わかっているんだ」
「だから言うんだ」
 今もそうしているというのです。
「僕だってね、全く以て残念だよ」
「僕達だって残念だよ」
「先生がわかってくれなくて」
「先生みたいな人を放っておく人いないって」
「そうね」
「そうだよ、お見合いもしないしね」
 王子はこのことお話しました。
「先生は」
「お会いして断われるからだよ」
 先生はこう思っているのです。
「それでだよ」
「やっぱりそう言うんだ」
「僕と会ってね」
 お見合いの相手の人がというのです。
「どう思うかな、この外見で」
「人を外見だけで判断する人なんてね」
「駄目だって言うんだね」
「そうだよ、そんな人はね」
 それこそというのです。
「最初から論外だから」
「そうなんだ」
「そう、だからね」 
 それでというのです。
「そうした人じゃなくて本当にわかっている人は」
「違うんだね」
「ちゃんと先生自身を見てね」
 そうしてというのです。
「わかってくれてね」
「僕を好きになってくれるんだ」
「お友達としてなく恋人としてね」
「僕は女性のお友達にも恵まれているね」
 先生もこのことは感じています。
「有り難いことに」
「そうだよね、それでね」
「恋人としてもなんだ」
「好意を持ってくれるよ」
「そうした人が出てくれるんだ」
「確かに先生は恰好よくないよ」
 王子はこのことも言いました。
「きりっとしてなくて決まってもいないよ」
「正反対だね」
「そう、けれどね」 
 それでもというのです。
「それだけじゃないじゃない」
「人は」
「そうだよ、人間はね」
「魅力は他にもあるね」
「優しさ、包容力、公平さ。穏やかさ」 
 王子はこういったものを具体的に挙げていきました。
「先生歯全部もってるじゃない」
「だからなんだ」
「先生は素晴らしいものを一杯持っているから」
 それでというのです。
「格好よさはなくても」
「そうしたものを持っていて」
「お友達だけじゃなくてね」
「恋人になる人もなんだ」
「先生を好きになって」 
 そうしてというのです。
「離れられなくなるよ」
「僕が太っていてもかな」
「だから外見だけで人を判断する人は駄目だよね」 
 またこう言う王子でした。
「先生もそんなことしないじゃない」
「幾らお顔がよくても心が悪いと出るよ」 
 先生ははっきりと答えました。
「人相にね」
「それで同じだよね」
「そうなるよ、だから尚更ね」
「人は外見じゃないね」
「そうだよ」
 その通りだというのです。
「まさにね」
「それでだよ」
「僕もなんだね」
「先生が太っていても」
 それが事実でもというのです。
「そうしたことじゃないんだ、生きものだって外面の可愛さだけを見て」
「内面を見ないとね」
「それだけで可愛がっていらなくなったらポイとか」
「ふわりの前の飼い主の人達だね」
「あの人達遂に禁治産者になったそうじゃない」
 その行動が問題になってです。
「お子さん達の親権も放棄させられて」
「それで今はずっとお酒に溺れているよ」
「それじゃあ廃人じゃない」
 そう言っていい人達だというのです。
「それこそ」
「そうだね」
 先生も否定しません。
「禁治産者だから働くこともね」
「出来ないね」
「二人目の赤ちゃんが生まれて」
 そうなってというのです。
「両方共女の子だったけれど下の娘ばかりかまって」
「上の娘はなんだ」
「ほったらかしにする様になって、上の娘もまだ赤ちゃんなのに」
「赤ちゃんを育児放棄したら」
 王子はお顔を曇らせて言いました。
「流石にね」
「駄目だね」
「すぐに死んじゃうよ」
「だからすぐにね」
「上の娘は保護されてなんだ」
「夫婦は育児放棄が問題になってね」
 そうしてというのです。
「警察にも捕まって」
「禁治産者にもなってなんだ」
「親権を放棄させられて」
 そうなっていうのです。
「そして仕事もなくなって誰からも見捨てられて」
「今はただお酒に溺れているんだね」
「夫婦で廃人になったよ」
 王子の言う通りにというのです。
「夫婦仲だけはいいみたいだけれどね」
「それはあれだよね」
 王子は冷たい目で言いました。
「同じレベル同士だから」
「とんでもなく低いレベルでね」
「ゼロどころかマイナスだね」
「そのマイナス同士でね」
 まさにというのです。
「そうなったよ」
「マイナスとマイナスってプラスになるよね」
「数学ではね、けれど人間同士では」
「マイナスのままだね」
「むしろ悪影響を与え合って」
 そうなってというのです。
「余計にね」
「悪くなるんだね」
「だからね」
 その為にというのです。
「あの夫婦もね」
「悪くなる一方なんだね」
「元々自分勝手でね」
「自分達だけで」
「だから犬を可愛がっている様に見えて」
「遊んでいたんだね」
「おもちゃでね」
 彼等にとってふわりは家族ではなくおもちゃでしかなかったというのです、愛情を注ぐのではなく自分達が遊ぶ。
「それだけでね」
「だから赤ちゃんが生まれると」
「ケージの中にずっと入れてね」
 そうしてというのです。
「無視したんだ」
「飽きたおもちゃをおもちゃ箱に入れたんだ」
「そうだったんだ」
 それに過ぎなかったというのです。
「彼等にとってはね」
「ふわりはおもちゃで」
「だからね」
「最後は捨てたんだね」
「鳴き声が五月蠅いってね」
 そう言ってというのです。
「どんな生きものもずっとケージに入れていたら」
「出して欲しいしね」
「ふわりは居場所を言っていたんだよ」
「自分はここにいるって」
「あと赤ちゃんが泣いたこともね」 
 このこともというのです。
「知らせていたけれど」
「そんなことは考えもしないで」
「五月蠅いからね」
「保健所に捨てたんだね」
「いらなくなったおもちゃだから」
 それでというのです。
「そうしたんだ、けれど心ある家族がふわりを引き取って」
「あの夫婦の親戚の」
「それでユーチューブの動画で人気が出たら」
「自分達に返せだね」
「いらなくなったおもちゃがまだ遊べると思って」
「返せだね」
「そうだよ、そしてそれはね」
 このことはというのです。
「ふわりだけじゃなくて」
「自分達の赤ちゃんも同じで」
「それでね」
「下の赤ちゃん、新しいおもちゃが手に入ったら」
「ほったらかしになったんだね」
「飼育放棄も許されないよ」
 先生は彼等がふわりにしたことを咎めました。
「けれど犯罪じゃないね」
「残念ながらね」
「けれど育児放棄はね」
「虐待でね」
「立派な犯罪だから」 
 それでというのです。
「今度こそね」
「罪に問われて」 
 そうなってというのです。
「仕事も子供もなくて」
「それでよね」
「そう、そしてね」
「そのうえで」
「何もなくなって誰からも相手にされなくなって」
「お酒だけ飲む様になって」
「そしてね」 
 そのうえでというのです。
「もう廃人だよ、長くないよ」
「お酒で死ぬのかな」
「絶対にね、起きてから寝るまでずっと飲んでいるそうだから」
「ああ、それ駄目だね」 
 王子もお話を聞いてわかりました。
「確実にね」
「長くないね」
「僕も思うよ」
 その様にというのです。
「本当にね」
「そうだね、どう見ても」
「何かね」 
 お話を聞いた老馬が言いました。
「全然同情出来ないね」
「助けようとも思わないね」
 ホワイティも言います。
「あの人達は」
「あんまりにも酷いから」
 ジップも言いました。
「だからね」
「自分達しかなくて他の誰も何とも思ってないからね」
「そのことがわかるから」
 チープサイドの家族も言いました。
「命をおもちゃとしか思っていない」
「そんな人達だとね」
「助けても絶対に恩義に感じないね」
「確実にね」
 オシツオサレツは二つの頭で断言しました。
「自分達の都合で他の人切り捨てるよ」
「恩を受けた人達でもね」
「しかも恥知らずだったし」
 このことはチーチーが指摘しました。
「自分達が捨てたのに返せとかね」
「動画で人気が出たからとかね」
 トートーの声は曇っています。
「それで元々自分達のものだったって」
「最初から家族と思ってなかったのよ」 
 ガブガブはずばり指摘しました。
「おもちゃとしかね」
「犬どころか生きもの飼う資格なしね」
 ポリネシアの言葉も厳しいものです。
「そして親になる資格もないわ」
「まさに人間失格」
 ダブダブも何時になく厳しい口調です。
「あの人達こそ餓鬼だよ」
「そう、あの人達は餓鬼だよ」
 先生も言います。
「仏教で言うね」
「そうだよね」
「あの人達こそ餓鬼だね」
「あまりにも浅ましく卑しい」
「それで人でなくなっている」
「そんな人達だったね」
「ああなったらね」
 まさにというのです。
「どうにもならないよ」
「もう後は死んで」
「それで本物の餓鬼に生まれ変わって」
「ずっと苦しむのね」
「一万五千年の間」
「そうなるよ、僕もね」
 先生にしてもというのです。
「あの人達に同情はしないし助けようともね」
「思わないよね」
「あまりにも酷いから」
「浅ましくて卑しくて」
「どうにもならないから」
「世の中ああした人達もいるけれど」
 このことも事実だけれどというのです。
「出来るだけ見ることも会うこともお話することもね」
「したくないよね」
「どうしても」
「不愉快になるだけだし」
「それだったらね」
「そうだよ、ああした人達は何をしても救われなくて」 
 そうしてというのです。
「本物の餓鬼になってね」
「一万五千年苦しんで」
「そしてその浅ましさ卑しさを償って」
「それから生まれ変わるんだね」
「そうなるのね」
「そうだよ、ただ知っている人が餓鬼になったらと思うと」
 それならというのです。
「その人が嫌いならね」
「その餓鬼も助けようとしないね」
「そう思うよね」
「その場合は」
「そうよね」
「そう、本当にね」
 まさにというのです。
「布施餓鬼というものもあるけれど」
「布施餓鬼なんかするか」
「嫌いな人を助けようとするか」
「そう思ってね」
「それでだね」
「そうだよ、嫌いな人が餓鬼に生まれ変わっていたら」
 それならというのです。
「そう考える人もいるよ」
「そうした人達って嫌われてるしね」
「それも凄くね」
「しかも誰からもだから」
「それじゃあね」
「救おうって人も少ないかもね」
「そうなりたくなかったら」
 餓鬼に堕ちたくなければというのです。
「最初からだよ」
「ちゃんとすることだね」
「餓鬼に堕ちない」
「浅ましく卑しくならない」
「そうなることだね」
「仏教では人に食べものを与えなかったり自分だけいい目を見た人がなると言われているよ」
 その餓鬼にというのです。
「けれどね」
「それを広く解釈するとね」
 王子が先生の言葉に応えました。
「どういうことかというと」
「そう、浅ましく卑しい」
「そうした行いのことだね」
「誰でもそうしたものを持っているけれど」
「そればかりになると」
「そうなるんだ」
 餓鬼にというのです。
「そして死んでも」
「本物の餓鬼になって」
「苦しむんだ」 
 そうなるというのです。
「ずっとね」
「そうだよね、そんな風にはね」
「なりたくないね」
「僕だってね」
 それこそというのです。
「なりたくないよ」
「そう思うならね」
「ああした人達を反面教師にもして」
「人としてちゃんと生きるべきだよ」
「そうだね」
「そうしたら」
 それならというのです。
「きっとね」
「人としてだね」
「正しくあるよ」
「そういうことだね」
「そしてそうした人達こそ」
 先生はさらに言いました。
「長生き出来るよ」
「いい人だと」
「悪い人は心にいつも不平や不満を持っていて」
 そうしていてというのです。
「悪巧みばかりしていてね」
「心が汚れていて」
「それがストレスにもなってね」
 それでというのです。
「身体にも悪い影響を与えて」
「それでだね」
「身体を壊すから」
「あまり長生きしないね」
「餓鬼にまでなる人は」
 浅ましく卑しい人はというのです。
「どんな状況でも満足しないでね」
「不平不満ばかりだね」
「だから彼等もふわりを捨てたんだ」
 ふわりがいつも鳴くからと言ってというのです。
「あんないい娘でもね」
「性格も頭もよくてね」
「可愛いね」
「どれも抜群でね」
「けれどね」
 そんなふわりでもです。
「不平不満を抱いて」
「鳴き声が五月蠅いって」
「性格が変わったと言ってね」
「自分達が悪いと全く思わなくて」
「そうしたんだ、そしてそんな振る舞いを見れば」
 他の人達がというのです。
「いい印象は抱かないね」
「誰もが嫌いになるね」
「それが自分達でもわかって」
「嫌われていることがかな」
「自分達に原因があるとは考えないでね」
 そのうえでというのです。
「嫌われていることだけはわかって」
「そのことにも不平や不満を抱いて」
「悪いことばかり考えて」
 そうしてというのです。
「企んだり言ったりして動いてね」
「尚更嫌われるね」
「それの繰り返しで」
 そうなってというのです。
「それがストレスになって」
「身体を壊すんだ」
「そうなるよ」
「そうなるんだね」
「だからね」
「そうした人は長生き出来ないんだね」
「そうだよ、そして人は自分と同じ様な人と一緒にいるね」
 先生はこうも言いました。
「類は友を呼ぶというけれど」
「花には蝶が集まるでね」
「そう、それは夫婦もで」
 それでというのです。
「いい人はね」
「いい人同士が夫婦になって」
「悪い人達もね」
「悪い人で集まるから」
「それでさっきも言ったけれどマイナス同士でね」
「余計に悪くなって」
「どんどん悪い考えをいつも抱く様になって」
 そうなってというのです。
「悪い人達の夫婦は」
「長生き出来ないんだね」
「多くはね、金婚式ダイアモンド婚式を迎える位の夫婦は」 
 それこそというのです。
「いい人達だよ」
「そうだね」
「そう、そしてね」
 それでというのです。
「幸せでもあるよ」
「そうだよね、不平不満がないと」
「それだけで幸せだね」
「彼等は幸せか」
 こうも言う先生でした。
「ふわりを捨てた夫婦は」
「絶対に違うね」
「そうだね」
「今を見ればわかるよ」
「不幸の極みにあるね」
「そうなったのはどうしてか」
 それはどうしてかといいますと。
「彼等の行いからだよ」
「本当にね」
「そう思うと」
「行いを正しくしてね」 
 そうしてというのです。
「そのうえでね」
「浅ましく卑しくはだね」
「そうしたものは誰にあっても」
 それでもというのです。
「抑えていく」
「そうしていくべきだね」
「そういうことだよ」
「先生の言う通りだよ」
 まさにとだ、王子は先生に笑顔で答えました。
「僕もそう思うよ」
「そう言ってくれるんだ」
「本当にね、その先生ならね」
「僕なら?」
「そう、きっとね」
 笑顔のまま言うのでした。
「結婚してもいい人生を送れて」
「そうそう、きっとだよね」
「金婚式も迎えられるよ」
「よかったらダイアモン婚式も」
「不幸なことでもないとね」
「その人と一緒にね」
「だからどうかな」
 王子は微笑んで言いました。
「先生はこれからね」
「結婚のことをなんだ」
「今まで全く考えてこなかったけれど」 
 それでもというのです。
「これからはね」
「真剣になんだ」
「考えていって」
 そうしてというのです。
「結婚したらどうかな」
「だから僕はね」
「その性格だよ」 
 それならというのです。
「それなら定職あってお家もある」
「そのことを差し引いてもなんだ」
「そうしてもね」
 それでもというのです。
「性格からね」
「僕は結婚出来るんだ」
「あの夫婦を餓鬼としたら」
 最低な人達をというのです。
「先生は仏様だよ」
「仏教で言う」
「そうなるから」
 だからだというのです。
「もうね」
「僕はなんだ」
「そう、きっとね」
 絶対にというのです。
「幸せになれるよ」
「僕達も太鼓判押すから」
「先生は結婚出来るし」
「それで幸せにもなれるから」
「だからね」
「いい加減考えたら?」
「結婚のことをね」
 皆も言います。
「恋愛にもマイナスに考えないでね」
「そうしていってね」
「僕達のお願いだよ」
「確かに私達は先生といつも一緒だけれど」
「充分幸せだっていうけれど」
「もっと幸せになる為にも」
「結婚だってね」
「僕もそう思います」 
 トミーがおかずを持って来ました、今日は肉じゃがです。それと白菜のお漬けものに若芽と揚げのお吸いものもあります。
「先生もそろそろ」
「トミーもそう言うんだ」
「はい、心配ですよ」
 おかずをちゃぶ台の上に置きつつ言います。98
「本当に」
「それでなんだ」
「いい人は傍にいます」
 トミーは断言しました。
「必ず」
「今現在かな」
「ですからちょっと見回しますと」
 そうすればというのです。
「きっとです」
「その人となんだ」
「結婚出来て」 
 そしてというのです。
「幸せにです」
「今以上に」
「なれますよ」
「そうなんだね」
「あんないい人はいないですし」
 トミーはかなりはっきりと言いました。
「ですから」
「?トミーも知ってる人かな」
「ここにいる誰もが」
「というと僕もかな」
「はい、先生もです」
 先生ご自身にもお話しました。
「よくです」
「知ってる人なんだ」
「そうです、悪い人でしたら」
 若しそうであればというのです。
「僕達も言いません」
「結婚しろとはだね」
「悪いご主人で人生を駄目にする人もいれば」
「悪い奥さんでもかな」
「そうなる人もいますから」
「結婚相手は大事だね」
「はい、あの人なら」
 まさにとです、トミーはその人のことを頭の中に置きながら先生にお話します。そのお顔と声はとても温かいものです。
「先生はきっとです」
「幸せになれるんだね」
「結婚すれば、ですから」
 それ故にというのです。
「前向きに考えて下さい」
「結婚のことを」
「そうされて下さい」
 先生に笑顔でお話しました、そうして皆で晩ご飯を食べるのでした。








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