『ドリトル先生のダイヤモンド婚式』




                第三幕  老夫婦からのお願い

 この日は日曜日でしたが先生のお家に猫又のお静さんが来ていました、そのうえで先生にお話してました。
「今度三丁目の田中さんがダイアモンド婚式を迎えるのよ」
「六十年だね」
「そうなの、めでたいわね」
「うん、最近金婚式とダイアモンド婚式のお話をしたけれど」 
 先生はお静さんと一緒にお茶を飲んで三色団子を食べつつ言いました。
「実際にだね」
「その人達がね」
「ダイアモンド婚式を迎えるんだね」
「そうなのよ」
「六十年ずっと一緒なんてね」
 先生はお静さんに微笑んで言いました。
「こんないいことはないよ」
「そうよね」
「お二人共健在でね」
「しかも別れることなくだから」
「こんないいことはないよ」
「私もそう思うわ。長生きしているけれど」
 猫又としてです、猫が五十年生きると猫又になりますがお静さんはそこからさらに長生きしているのです。
「そうそうはね」
「見られるものじゃないね」
「ほら、昔は人間五十年って言ってたでしょ」
「敦盛だね」
「織田信長さんが好きだった」
「昔は実際に今より長生きする人が少なかったから」
 だからだというのです。
「尚更ね」
「夫婦がずっと一緒にいられるなんてね」
「なかったわ」
「そうだったね」
「それでなのよ」
 お静さんはお話を続けました。
「私にしてもね」
「滅多にだね」
「銀婚式はそこそこあって」
 そうしてというのです。
「見て来たけれど」
「金婚式になるとだね」
「殆どなくて」
「ダイアモンド婚式になると」
「もっと少ないわ」
「今でもそうだね」
「ええ、だからね」
 それでというのです。
「是非共お祝いしないとね」
「お静さんはそう思ってるんだね」
「そうよ、よかったら先生にも紹介するけれど」
 お静さんは先生に笑顔で提案しました。
「どうかしら」
「そうしてくれるんだ」
「先生がよかったらね」
「そうだね、ではお願い出来るかな」
 先生も笑顔になりました、そうしてお静さんにお願いしました。
「そうね」
「ええ、それじゃあね」
「そうしてね」
「そうさせてもらうわ」
「それではね」
「そういうことでね、しかしね」
 お静さんは先生に頷いてからこうも言いました。
「六十年、その間にね」
「色々なことがあったね」
「そう、六十年前っていったら」
 今から見ればというのです。
「まだ新幹線も走ってなかったわ」
「大阪と東京の間にだね」
「それで前のオリンピックもね」
「まだだったね」
「中止中止って変な人達が騒いでいたけれど」
 この前のオリンピックのお話もしました。
「開催出来てよかったし」
「その前のオリンピックもだね」
「無事に開催出来てね」
 それでというのです。
「本当によかったわ」
「お静さんも観たのかな」
「あの時は大変だったわよ」
 お静さんは先生に笑ってお話しました。
「まず日本シリーズを観てね」
「ああ、阪神と南海の」
「御堂筋決戦ね」
「お静さんはそれを観たんだ」
「第七戦まで観て」
 そうしてというのです。
「そのうえでね」
「東京まで行ったんだ」
「新幹線に乗って」
「その年開通していて」
「それに乗ってよ、新幹線の速さといったら」
 ここでも笑顔になって言います。
「もうね」
「凄かったんだね」
「まさに風みたいに思ったわ」
「それであっという間に東京まで行って」
「観たわ、開会式もね」
「まさに梯子だね」
「そうしたわ、今回のオリンピックも観たし」
 そうもしたというのです。
「前回はね」
「そうしたんだね」
「ええ、大変だったけれど楽しかったわ」
 お静さんは笑顔で言いました。
「あの時はね」
「先生、昭和三十年代ってどんな感じだったのかな」
 ホワイティは先生に尋ねました。
「一体」
「高度成長期だよね」
「その頃ってね」 
 チープサイドの家族も言います。
「丁度ね」
「そうだったね」
「その頃の日本ってまだ古いものが残っていたらしいわね」
 ガブガブは自分が聞いたことを言いました。
「そうだったのよね」
「まだテレビは白黒で」
 ポリネシアはそのテレビ、現代のカラーテレビを観ています。
「画面は小さくて重かったのよね」
「洗濯機とか冷蔵庫も高価でね」
「まだまだなかったんだよね」 
 オシツオサレツも言います。
「それが皆に広まっていった」
「その頃だね」
「車もまだまだ少なかったんだよね」
 ダブダブはこちらのお話をしました。
「そうだよね」
「オート三輪なんてあったらしいね」
 トートーはこの車のことを言いました。
「何でも」
「それで週刊漫画雑誌も出て来た頃だね」
 当馬はこちらを思い出しました。
「そうだったね」
「コンピューターなんて夢みたいなもので」
 ジップはドラマとか映画から思いました。
「物凄く大きかったんだよね」
「いや、今と全然違うね」
 チーチーの言葉はしみじみとしたものでした。
「昭和三十年代だと」
「そう、何かとね」  
 先生も皆に応えて言います。
「今と違ったよ」
「そうだったね」
「その頃の日本ってね」
「今と全然違って」
「別の国みたいだったね」
「テレビなんてね」
 そのテレビを観つつ言うのでした。
「白黒で真空管で」
「今のと違うね」
「本当に全く」
「そうだったわね」
「だからね」 
 それでというのです。
「僕も学んでいて今の日本との違いに驚いたよ」
「そうだよね」
「電柱も木製だったそうだし」
「あと灯りは自動に点かずにね」
「人が点けたのよね」
「そうだったね」
「そうだよ、車だって」
 こちらのお話もしました。
「あまりなかったし牛肉だって」
「高級品でね」
「ステーキなんて贅沢の代名詞で」
「皆滅多に食べなかったね」
「すき焼きだってだよ」
 こちらもというのです。
「滅多にだったよ」
「今は輸入肉あるからね」
「食べようと思えば食べられるね」
「ちょっと高い位で」
「それでね」
「ケーキもあまりなくて」
 このスイーツもというのです。
「何かとね」
「違ったね」
「今の日本と」
「あと鯨をよく食べたんだったね」
「その頃は」
「そうだよ、鯨はいいよね」
 先生は鯨肉のお話もしました、それも笑顔で。
「美味しいよね」
「そうだよね」
「鯨いいよね」
「独特の味がするからね」
「さらし鯨もベーコンも美味しいよ」
「お刺身もステーキもね」
「日本が捕鯨を解禁したのはいいことだよ」
 こうも言う先生でした。
「本当にね」
「先生は捕鯨反対言わないからね」
「むしろ賛成だよね」
「日本の捕鯨はちゃんと環境のことも考えて行っているし」
「それで捕鯨も文化だって言ってるね」
「だから僕は一切反対しないよ」
 先生ははっきりと答えました。
「むしろね」
「捕鯨賛成だよね」
「先生はそちらの考えだよね」
「そうだよね」
「そうだよ」
 その通りだというのです。
「僕はね」
「それで鯨も食べるね」
「先生自身も」
「そうしているね」
「そうだよ、鯨のコロだって」
 この部分もというのです。
「美味しいね、おでんに入れたりハリハリ鍋にしたり」
「あら先生通ね」
 お静さんは先生のコロのお話に目を輝かせて応えました。
「コロを知ってるなんて」
「通かな」
「かなりね、外国の人なのにね」
「いや、色々食べていてね」
「コロも食べてなの」
「これはいいなって思ってね」
 それでというのです。
「手に入ったら食べているんだ」
「そうなのね」
「おでんに入れてもいいし」
「ハリハリ鍋もよね」
「いいね」
「外国の人で鯨食べる人もね」
「珍しいんだね」
 お静さんに笑顔で聞き返しました。
「そうなんだね」
「ええ、もうすっかり日本人ね」
「国籍はもうそうなっているよ」
「そうだったわね」
「そうだよ」
「じゃあこう言うわ」
 お静さんは先生にあらためて言いました。
「今の先生は日本人の中の日本人よ」
「そうなっているんだね」
「国籍は日本だから」
 それでというのです。
「日本人でね」
「その中でなんだ」
「そう、物凄く日本のことを知っていて」
 そうしてというのです。
「日本を好きだから」
「大好きだよ、今では祖国イギリスと同じだけね」
「だからね」
「僕は日本人の中の日本だね」
「そうなっているわ」
 まさにというのです。
「作務衣も似合ってるしね」
「あれはいい服だね」
「凄くね」
「あとちゃんちゃんこもね」
 この服もというのです。
「いいね」
「それで冬はどてらね」
「今は着てないけれどね」
「そしてこたつもよね」
「大好きだよ」
「夏は風鈴よね」
「あの音がいいね」
 笑顔での返事でした。
「風情があって」
「わかってるじゃない、やっぱり先生はね」
「日本人の中の日本人だね」
「そう思うわ」
 まさにというのです。
「本当にね」
「嬉しいよ、そう言ってくれたら」
「私ここまで日本人な人は知らないわ」
「そうなんだね」
「それじゃあね」
「うん、三丁目の田中さんだね」
「お二人に先生のことお話するわね」
 そうするというのです。
「それでお会いすることも」
「手配してくれるんだ」
「そうさせてもらうわ」
「宜しくお願いするよ」
「そういうことでね。しかし寒くなったから」
 お静さんは今度は季節のお話をしました。
「流石冬ね、お汁粉や善哉が美味しいわ」
「うん、甘くてあったまってね」
「いいわよね」
「僕はどちらも好きだよ」
「そこも日本人ね」
「お団子も羊羹もきんつばも好きでね」
 それでというのです。
「お汁粉も善哉もね」
「好きなのね」
「うん、ただね」
「ただ?」
「外国ではね」
 日本以外の国ではというのです。
「あんこ自体がね」
「嫌いな人がいるの」
「抵抗がある人多いよ」
「そうなのね」
「これがね」
「あの甘さがいいのに」
 お静さんは意外といったお顔で述べました。
「そうなのに」
「それがなんだ」
「あの甘さがなのね」
「抵抗があるって人も多いんだ」
「日本以外の国では」
「そうなんだ」
「そうなのね、あの味は誰にも好かれるものじゃないのね」
 先生のお言葉に頷いています。
「そうなのね」
「これがね」
「成程ね、そのこと覚えておくわ」
 お静さんは先生に答えました。
「そうしておくわ」
「そういうことでね」
「ええ、海軍だとね」
「善哉とか羊羹だよね」
「そうしたものをよく食べていたのよ」
「大和で羊羹を造れたしね」
 先生はこの戦艦のお話を出しました。
「そうだったしね」
「流石先生、よく知っているわね」
「他にもラムネを造れたしね」
「そうそう、大和はね」
「それで冷暖房も利いていたのよ」
「当時の軍艦では珍しいことだったよ」
 冷暖房があることはというのです。
「内装も凄かったよ」
「いい戦艦だったわ」
「お静さんは大和に乗ったことあるのかな」
「一度化けてね、水兵さんに」
「そうしてなんだ」
「呉に行って試しに乗ってみたのよ」
 その大和にというのです。
「どんなものか興味を持ってね」
「そうしたんだね」
「そうしたらね」
「凄かったんだね」
「かなりね、それでなのよ」
 先生にさらにお話します。
「私も知っているのよ」
「そうだったんだね」
「それでその大和があった戦争からね」
 第二次世界大戦からというのです。
「結構経ってね」
「田中さんご夫婦は結婚したんだね」
「お二人共戦争中に生まれて」
 そうしてというのです。
「高校を卒業してすぐになのよ」
「就職してだね」
「結婚されたのよ」
「そうだったんだね」
「そしてそれからよ」
 結婚してからというのです。
「六十年よ」
「それだけ経って」
「ずっと一緒だったのよ」
「昭和から平成、令和と」
「一緒だったのよ、そう思うと凄いでしょ」
「本当にね、三つの元号の間ずっと一緒なんてね」 
 昭和から平成、令和のというのです。
「凄いことだよ」
「昭和は色々あったわ」
 お静さんは遠い目になりました、そのうえで先生に言うのでした。
「戦争だけじゃなくてね」
「高度成長にだね」
「何かとね、災害もあったしね」
「地震や台風に」
「何かとあったわ、けれどね」
 それでもというのです。
「今思うと懐かしいわ」
「悪い思い出はあるかな」
「今思うと殆どがいい思い出よ」
 そうなっているというのです。
「戦争や災害とか以外はね」
「そうなんだね」
「平成の頃の震災も大変だったけれど」
「昭和の戦争や災害もだね」
「大変だったわ、けれどそうしたこと以外はね」
「今ではだね」
「いい思い出よ」
 そうなっているというのです。
「もうね」96
「そうなっているんだね」
「ええ、そしてそれはね」
「田中さんご夫婦もだね」
「同じ筈よ」
「そうなんだね」
「もうお二人共八十かそれに近いけれど」
 そうしたお歳でもというのです。
「けれどね」
「昭和それに平成と」
「その殆どがね」
「いい思い出だね」
「そうなっている筈よ」
「それはいいことだね」
「そうよね、じゃあ先生のことお話しておくから」
「そのことを頼むよ」
「任せてね」  
 笑顔で約束してでした。
 お静さんは帰りました、その後で。
 先生は動物の皆にお茶を飲みつつお話しました。
「いいことだね」
「そうだよね、ダイアモンド婚式迎えるなんて」
「ご近所にもそうしたご夫婦がいるなんて」
「六十年の間ずっと一緒にいられてるなんて」
「いいことよね」
「そう思うよ、ではそのお二人をね」
 先生は穏やかなお顔で語りました。
「僕達もお祝いしてあげよう」
「そうしましょう」
「金婚式も嬉しいことだけれど」
「ダイアモンド婚式なんて尚更だから」
「是非共ね」
「お祝いしてあげましょう」
「そうしようね、プレゼントなんかもね」
 こちらもというのです。
「考えよう」
「何がいいかな」
「お二人の為には」
「プレゼントも考えるわね」
「具体的に何がいいのか」
「そうなるね、まあそのことはね」
 笑顔のままです、先生は言いました。
「お会いしてから考えようか」
「そのご夫婦にね」
「どんなものが相応しいか」
「そのことを考えようね」
「お会いしてから」
「そうしようね」
 こう言うのでした。
「皆で、ただどういう人達か」
「そのご夫婦がだね」
「八十かそれ位っていうけれど」
「一体どんな人達か」
「そのことも興味があるね」
「まあ六十年ずっと一緒にいられる位だから」
 それでというのです。
「お二人共いい人達だね」
「問題のある人達だと離婚しているよね」
「それか破滅しているし」
「若しくは心の悪いものが身体に影響して病気になってね」
「それでお亡くなりになってるね」
「そうだよね」
「憎まれっ子世にはばかるというけれど」
 それでもというのです。
「性格にかなり問題のある人は長生きしにくいみたいだね」
「不平不満とか悪意っていつも持ってると身体にも影響するし」
「病は気からっていうけれど」
「心って身体に影響するしね」
「性格に問題がある人って心が毒で」
「その毒が身体に影響してね」
「身体壊して長生き出来ないね」
「それで結婚していてもいつも相手に不満とか悪意持っていて尚更だよ」 
 普通にしていてもそうであってというのです。
「だからね」
「そうした人はよね」
「余計に長生き出来なくて」
「六十年も一緒にいられないね」
「そうだね」
「そうだよ、病は気からで」
 それでというのです。
「性格がいいとね」
「身体にもいい影響与えるね」
「いつも幸せな気分だったり悪意がないから」
「むしろ善意があるから」
「その幸せな気分や善意が健康にさせてくれるね」
「そうだよね」
「そうなるんだ」 
 まさにというのです。
「だからね」
「それでだね」
「そうした人達は長生きして」
「それで六十年も一緒にいられる」
「そうなのね」
「九十位生きる人は皆穏やかなお顔をしているけれど」 
 そこまで長寿の人のお話もします。
「穏やかな人だからこそね」
「健康も維持出来てよね」
「長生き出来るんだね」
「そうだね」
「いつも怒ったり不平不満言ったり悪意持っていたり」
 そうしたというのです。
「そんな人は長生き出来ないよ、そのストレスが生活にも影響するしね」
「ただ身体に影響与えるだけでなく」
「生活にもだね」
「それでストレス解消に不摂生に走って」
「余計に身体壊すのね」
「それで長生き出来ないんだね」
「そうなるよ、だからね」
 それ故にというのです。
「長生き出来る人はね」
「心が穏やかな人だね」
「そして性格のいい人だね」
「そうだね」
「そうだよ、ふわりの元の飼い主の人なんてね」 
 最早酒浸りになっているこの人達はといいますと。
「わかるね」
「絶対に長くないね」
「まだ二人共二十代だっていうけれど」
「長生き出来ないね」
「どう見ても」
「近いうちに亡くなるよ」
 先生歯断言しました。
「お酒で既に身体をかなり壊していることは間違いないから」
「もう朝から晩まで飲んで」
「それで身体も動かさなくて」
「まともに食べてもいなくて」
「それじゃあね」
「うん、絶対に長くないよ」
 そうだというのです。
「あの人達は」
「いや、本物の餓鬼の末路なんてね」
 チーチーはどうかというお顔で言いました。
「碌なものじゃないね」
「それで亡くなっても身体まで餓鬼になって生まれ変わるんだから」
 ホワイティは目を顰めさせています。
「いいことは何もないね」
「やっぱり性格がよくなる様にしないとね」
 トートーも言いました。
「駄目だね」
「周りも迷惑だし自分にもよくない」
「だからね」
 オシツオサレツも二つの頭で思いました。
「性格をよくする努力も必要だよ」
「ちゃんとね」
「勉強とかスポーツとか仕事への努力も必要だけれど」
 ポリネシアも思いました。
「性格もよね」
「性格悪い人って嫌われるしね」
「そのことも凄く嫌だし」
 チープサイドの家族も思いました。
「嫌われるより好かれた方がいいわ」
「何といってもね」
「意地悪や悪口で嫌われてもね」
 ジップの言葉はしみじみとしたものでした。
「いいことは何もないからね」
「それじゃあ性格もよくなる様にしないといけないわ」
 ガブガブは右の翼を挙げて言いました。
「そうなる様にね」
「さもないとああなる」
 ダブダブはふわりの元飼い主の夫婦を思い出しました。
「そういうことだね」
「いや、性格がいいことは誰もを幸せにする」
 老馬の口調はしみじみとしたものでした。
「自分自身までね」
「そういうことだよ、性格がいいと自分もだよ」
 先生は笑顔でお話しました。
「幸せになるよ」
「長生きも出来るね」
「ダイダモンド婚式を迎えられて」
「そして九十位まで生きられる」
「そうなるね」
「そうだよ、ただ皆がそうかというと」 
 それはといいますと。
「そうとも限らないからね」
「やっぱりいい人が早く亡くなることもあるし」
「悪い人でも長生きしたりするね」
「悪い人同士で結婚して長続きしたり」
「そんなこともあるわね」
「喧嘩ばかりで物凄く奥さんの性格が悪い夫婦が金婚式まで至ったこともあるよ」 
 そのケースもあるというのです。
「中にはね、稀でもね」
「稀でもそうしたことがある」
「それが世の中ね」
「そうだよね」
「どうしても」
「世の中は一概には言えないからね」
 だからだというのです。
「そうしたこともあるよ、ただね」
「ただ?」
「ただっていうと?」
「何かあるの?まだ」
「こうした事例はあくまで稀だよ」
 そうだというのです。
「やっぱり性格にあまりにも問題のある人はね」
「嫌われるし」
「それでその性格の毒が身体にも影響する」
「それで長く生きられない」
「そうしたものだね」
「そうだよ、ヤクザ屋さんって長生きしないね」
 この人達のお話もしました。
「多くは」
「あっ、確かに」
「抗争の中で死ぬ人もいるけれど」
「それでもね」
「長生きする人少ないね」
「どうにも」
「あの人達は生活も問題だけれどね」
 生活が不摂生になりやすいというのです。
「お酒に麻薬にってね」
「やる人いて」
「それで身体も壊しやすい」
「そのこともあるね」
「ヤクザ屋さんが長生き出来ないことには」
「そう、そしてね」  
 それでというのです。
「いつも悪いことを考えているからね」
「それでよね」
「身体を壊しやすい」
「だから長生きするヤクザ屋さんは少ない」
「そういうことだね」
「そうだと思うよ、実際そうした人達を診たら」
 お医者さんとしてです。
「若いのに身体壊してる人が多かったよ」
「内臓とかよね」
「それで寿命にも影響している」
「そうなんだね」
「そう、だからね」 
 それでというのです。
「僕は実際に思ったよ」
「ヤクザ屋さんは長生きする人が少ない」
「早死にする人が少ない」
「そうした人達だって」
「思ったよ、やっぱり性格がいいに越したことはないね」
 しみじみとして思うのでした。
「誰にとっても」
「勿論自分にとっても」
「そういうことだね」
「それじゃあよね」
「性格がよくなる様にする」
「そうした努力も必要だね」
「そう思うよ」
 先生はこう言いました、そしてこの後はです。
 先生は動物の皆とトミーそれに晩ご飯を持って来た王子と一緒にその晩ご飯を食べました、その晩ご飯はあんこう鍋で。
 あんこうや茸に葱、白菜にお豆腐や糸蒟蒻を食べながらです、王子は先生から田中さんのご夫婦のお話を聞いて言いました。
「いいことだね」
「そうだよね」
「六十年も一緒にいられるなんてね、それでね」
 あんこうをぽん酢で食べつつ言います。
「先生はだね」
「お静さんにお二人を紹介してもらってね」
「それでだね」
「お祝いをするんだね」
「そうさせてもらうんだ」
 王子に笑顔で答えました、お豆腐をはふはふと食べながら。
「その時にね」
「それは何よりだね」
「うん、後はお静さんの返事待ちだよ」
「そうなんだね」
「だからね」 
 それでというのです。
「今はね」
「お静さんの連絡を待っているんだね」
「そうなんだ、皆とお話をして学問をしてね」
「こうして食べてだね」
「楽しみながらね」
 そうしてというのです。
「待っているよ」
「そうなんだね」
「そう、それとね」
「それと?」
「いや、美味しいあんこうだね」
 食べているそちらのお話もするのでした。
「これはまた」
「そうだよね、これはね」
 王子も笑顔で応えます。
「執事さんがいいあんこうが手に入ったからって」
「それでだね」
「僕に提案してくれたんだ」
「皆で食べようとだね」
「左様です」 
 その執事さんも一緒に食べています、そのうえで微笑んで答えてくれました。
「これまた素晴らしいあんこうだと思いまして」
「それで、ですね」
「是非先生や皆様にもです」
「食べて欲しいと」
「思いまして」
「美味しいものは皆で食べないとね」
 先生はこうも言いました。
「本当にね」
「美味しくないよね」
「そう、皆で美味しいものを食べて笑顔になるなら」
「その笑顔が最高の調味料になってね」
「尚更美味しくなるんだよね」
「そう、だからね」
 それでというのです。
「僕もなんだ」
「あんこうを持って来てくれたんだね」
「他の食材もね」
 こちらもというのです。
「持って来たよ、それとね」
「それと?」
「お葱と白菜は全部福島のものなんだ」
「そちらのものなんだ」
「そう、こちらもね」
「極めてよかったので」
 また執事さんがお話してくれました。
「それで、です」
「持って来てくれましたか」
「左様です」
 そうだったというのです。
「お豆腐も茸もよかったので」
「それは何よりですね」
「いや、あんこうなんてね」
 王子はその福島のお野菜とあんこうをさらに食べつつ言います。
「物凄い外見だよね」
「そうだよね」
 先生も笑って応えます。
「食べられるなんてね」
「とても思えないよね」
「捌き方も難しいしね」
「逆さ吊りにしてだよね」
「そう、あのぬめった身体に気をつけて」
「体液も出さない様にしてだね」
「捌くんだ」  
 そうするというのです。
「あんこうはね」
「結構特殊な技術だよね」
「そうだよ、河豚程じゃないけれど」
「河豚は毒があるからね」
「あれはかなりだけれど」 
 それでもというのです。
「あんこうもなんだ」
「捌き方に工夫が必要だね」
「そうなんだ」
 実際にというのです。
「だからね」
「それでだね」
「中々ね」
「食べられるとは思えないね」
「それが食べたら」
 これがというのです。
「この通りだよ」
「美味しいよね」
「そうなんだ」
「不思議だね、本当に」
「物凄い外見で捌き方も難しいのに」
 それでもというのです。
「こんなに美味しいなんて」
「不思議なことだよ」
「河豚だってそうだしね」
「いや、河豚なんてね」
 このお魚のお話もするのでした。
「今みたいに普通に食べるまでにね」
「かなりの犠牲者が出たんだね」
「そうだったよ」
「毒があるから」
「けれど食べられていてね」
 そうしてというのです。
「それでなんだ」
「楽しまれてるね」
「僕は河豚も好きなんだよね」
 このお魚もというのです。
「本当に」
「そうだよね」
「今度は僕がご馳走したいけれど」
「河豚だね」
「そうしようかな」
 食べてです、先生は。
 焼酎をストレートで飲んでそのうえで言いました。
「折角お話に出たから」
「だからだね」
「うん、実は河豚は中国でも食べていてね」
「漢詩でも詠われているね」
「そうだよ、唐代の詩でもあって」
 この頃のとうのです。
「宋代でも蘇東坡がね」
「詠っているんだ」
「そうなんだ、ちなみにこの蘇東坡のところにお世話になっていたのが水滸伝の悪役だった高?だったんだ」
 こうした縁があったというのです。
「それで高?は偉くなってからも蘇東坡の家族の面倒を見ていたんだ」
「あれっ、悪人なのに」
「水滸伝ではそうであって実際に政府の高官として悪いこともしていたけれど」
 それでもというのです。
「恩義は忘れない人だったらしくて」
「そうしたこともしていたんだ」
「侠客と言うべき人でね」
「ヤクザ屋さんみたいな人?」
「実際にそうした人達も関りがあったらしいけれど」
 それでもというのです。
「よくも悪くもそうした人でね」
「侠客でなんだ」
「汚職とか兵隊さんを自分の家とかの普請に使っていたけれど」
「恩義も忘れない人だったんだ」
「そうだったんだ、学問があって武芸とかにも通じていたそうだから」
「水滸伝の姿とはまた違うんだ」
「全くね」
 これがというのです。
「あそこまで悪くはなかったよ」
「それは意外だね」
「そしてその蘇東坡もね」
 この人もというのです。
「河豚を食べてね」
「詩に詠っているんだ」
「そうなんだ」
 これがというのです。
「実はね」
「そうなんだね」
「それで韓国でもね」
 この国でもというのです。
「最近は食べているんだ」
「そうなんだね」
「東アジアでは食べると言っていいね」
「最近だと日本料理のお店にあるね」
「そうなっているね」
「毒があるのは知っているけれど」
 それでもとです、王子は言いました。
「美味しいことはね」
「否定出来ないね」
「そうだよね」
 先生に笑顔で応えました。
「それじゃあだね」
「うん、その時はね」
「楽しませてもらうね」
「そうしてくれると嬉しいよ、僕も好きだしね」
 河豚はというのです。
「そしてあんこうもね」
「好きだよね」
「イギリスにいると食べられない」
「そんなものだね」
「お鍋にすることだってね」
 こちらもというのです。
「ないしね」
「イギリスであんこうなんてね」
「想像も出来ないよ」
「というか鱈や鮭とかは食べても」
「他の海の幸食べないよね」
「後は牡蠣位かしら」
 動物の皆も言います。
「烏賊や蛸なんて食べられるって知らなかったし」
「もう海の幸に疎いから」
「周り海なのにね」
「それでもね」
「欲食文化を言われる国だけれど」
 それでもというのです。
「海の幸についてもだからね」
「そうそう」
「鰻のゼリーとか鰊のパイとかね」
「オマール海老の調理もなってないとか言われて」
「挙句に映画の食べものまで言われるから」
「ハリー=ポッターの食堂の場面でも」
「確かにあれはね」
 先生はこの映画のお話もしました。
「日本にずっといてその視点で観るとね」
「質素っていうかね」
「これは酷いってなるよね」
「あの場面の食事はね」
「かなりね」
「日本の小説家さんでイギリスの博物館とかが無料でね」
 先生はこちらのお話もしました。
「そして大学の食事は無料で凄い、それで日本はそうしていないから駄目だってね」
「言ってるんだ」
「大学の食事も日本人から見ればかなりだけれどね」
「そのお金の工面大変なんだけれど」
「博物館とかもそれで経営苦しくて」
「寄付金で何とかしているところ多いけれど」
「そういうのを全くわかっていなくてね」
 それでというのです。
「その小説家さんは偉そうに言っているだけだね」
「日本を批判しているんだ」
「批判っていうかけなしてる?」
「それだけだよね」
「所詮はね」
「それだけだね」
「その小説家さんは今徹底的に批判され続けているよ」 
 逆にそうなっているというのです。
「インターネットが普及してからね」
「ああ、自分の文章を読んだ人に」
「そうなっているんだ」
「日本を貶めて逆に自分が批判されている」
「因果応報って言うのかな」
「その日本への攻撃があまりにも多くてそして劣悪なものだからね」 
 それでというのです。
「そうなっているよ」
「イギリスのこと何も知らないで凄いとかね」
「お金のことで大変なのに」
「そういうのわからないで言うのってね」
「無知もここに極まれりよ」
「僕もそう思うよ、イギリスをよく知って」 
 そしてというのです。
「そのうえで評価して欲しいね」
「日本についてもだよね」
「そんなのじゃ自分自身が批判されるよね」
「そうなるよね」
「そうだよ、僕はそんな人にもなりたくないよ」
 絶対にと言う先生でした。
「ふわりの元の飼い主の人達にもなりたくないしね」
「まさに他山の石とせよ」
「反面教師として」
「そうあるべきだね」
「その意味でその小説家さんには感謝しているよ」
 心からというのです。
「こうなってはいけないと思わせてくれるからね」
「酷い人でも役に立つ」
「反面教師としてね」
「それが世の中だね」
「悪い人でも人の役に立つのね」
「そうだね、僕もそんな人は反面教師にするよ」
 王子もあんこうを食べつつ言います、皮のところは独特の食感があって普通のお肉の部分とはまた違った味わいがあります。
「そうしていくよ」
「そうだよね」
「それがいいね」
「そんな人についてはね」
「心からそう思うよ、じゃあ皆今から肝を食べよう」
 王子はここでこれを食べようと言いました。
「そうしよう」
「あん肝だね」
「うん、それも食べようね」
 先生に笑顔で応えます。
「これから」
「そちらも買ってくれたんだ」
「そうだよ、あんこうの中でも一番美味しいから」
 そのあん肝がというのです。
「これからどうかな」
「いただくよ、では皆で食べよう」 
「それじゃあね」
 王子は自分からあん肝をお鍋の中に入れました、そうしてです。
 皆であん肝も食べました、そちらもとても美味しくて皆楽しく食べました。その後の雑炊も同じでした。








▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る