『ドリトル先生のダイヤモンド婚式』




                第六幕  外国人街

 先生は動物の皆それに王子とお静さんの協力を受けてご夫婦にプレゼントする時計を探すことになりましたが。
 トミーもです、先生に言いました。
「僕にもそうさせて下さい」
「一緒に時計を探してくれるんだ」
「勿論ですよ」
 先生に微笑んで答えました。
「先生の家族ですから」
「だからなんだ」
「一緒にです」
 是非にというのです。
「そうさせて下さい」
「悪いね」
「悪くないです」
 トミーは先生のお言葉をすぐに否定しました。
「家族ですから」
「それでだね」
「また言わせて頂きましたが」
「家族だからなんだね」
「先生を助けるのは当然のことです」
「それじゃあお願い出来るかな」
「一緒に探していきましょう」 
 こうしてトミーも一緒に探すことになりました、こうして先生はまた一人頼りになる仲間を得ました。
 そのうえで探しているとです。
 先生はこれはという時計を街でもインターネットでも幾つか見付けました、そのうえでお静さんとその時計達についてお話しました。
「どれがいいかな」
「そうね、どれも悪くないけれど」
 お静さんは先生が紹介したお店やインターネット上の時計の画像を観つつ考えるお顔になって言いました。
「もっとね」
「もっと?」
「探しましょう」
「決めるにはまだ早いんだ」
「これしかないなら別だけれど」
「幾つかあるからなんだ」
「それにまだ時間はあるし」 
 プレゼントをするダイアモンド婚式までというのです。
「だからね」
「まだ探すんだね」
「急がないから」
 それでというのです。
「特にね」
「急がないでだね」
「そうしてね」 
 そのうえでというのです。
「じっくり選んで」
「決めればいいんだね」
「そうしましょう」
「そうだね、それがいいね」
 先生はお静さんの言葉に頷きました。
「じゃあもっと探してね」
「選びましょう」
「それがいいね」
「先生は熟考してね」
 お静さんは先生の性格のお話もしました。
「しかも焦らないわね」
「焦ったことはないね」
 先生は穏やかな声で答えました。
「これまで」
「それも先生のいいところよ」
「焦らないことも」
「決してね、焦ってもね」
「いいことはないからね」
「何度言われても焦って」
 そうしてというのです。
「暴走する人はね」
「失敗するね」
「ええ、それで反省もしないでね」
 お静さんはそうした人のお話もしました。
「他人のせいにして」
「また同じ失敗をするね」
「こんな人はどうしようもないけれど」
「自分の感情は抑えないとね」
「焦って周りが見えなくなって」
 そうなってというのです。
「我も失って取り返しのつかないことをして」
「反省もしないとね」
「それで他の人のせいにするなら」
「もうそうした人はね」
「破滅するわ」
 そうなるというのです。
「間違いなくね」
「そうした人も世の中にはいるね」
「流石にごく稀だけれどね」
「そうした人はどうにもならないね」
「ええ、言っても焦ってそれだから」 
 それ故にというのです。
「もうね」
「破滅してね」
「終わりよ、けれど先生はね」
 あらためて先生のことを言いました。
「絶対に焦らないから」
「いいんだね」
「何でもそれでじっくり考えて選んでだから」
 そうした人だからというのです。
「ここはね」
「じっくり選ぶべきでね」
「先生もそれでいいって頷いてくれたから」
 それでというのです。
「選んでいきましょう」
「そうしようね」
 こうしてさらに選ぶことにしました、そしてです。
 そのうえで、です。先生は神戸の街やインターネットでさらに探すことにしました。それは王子も同じで。
 京都にご公務で行った帰りに先生に言いました。
「いい時計が結構あったよ」
「京都にもなんだ」
「あそこもそうしたハイカラ趣味があるからね」
「そうなんだよね」 
 先生もその通りだと答えました。
「文化の街でね」
「それでだよね」
「そう、それでね」
 その為にというのです。
「明治から外国の文化もね」
「入ってきて」
「根付いていてね」
「それでだね」
「ハイカラなものもね」
「根付いているんだね」
「平安からの文化とね」
 古都のそれにというのです。
「外国の文化もね」
「ある街なんだ」
「そう、だからね」
 それでというのです。
「そうしたね」
「昔の欧風の置き時計もだね」
「いいものがね」
 まさにというのです。
「あるんだよ」
「そうなんだね」
「そう、だからね」
「京都にも結構あるんだ」
「そうなんだ」
「というかね」
 ここでガブガブが言いました。
「日本人ってそうしたセンスもあるのよね」
「そうそう、時計もね」
 ポリネシアも言いました。
「いいセンスのデザインのものが多いのよ」
「それでそうした時計もあるんだよね」
 ホワイティも言います。
「結構な数と種類が」
「普通の時計もあれば古風な時計もある」
 トートーは笑って言いました。
「いいよね、それが」
「どんなデザインの時計もあるなんて素敵だよ」
「今のも昔のもね」
 チープサイドの家族も言います。
「日本の文化の多彩さがわかるよ」
「時計を見てもね」
「鳩時計だってあるしね」
 ダブダブは楽しそうにこちらの時計のお話をしました。
「あれもいいよね」
「うん、かなりね」
「面白くてセンスあるよね」 
 オシツオサレツはダブダブの言葉に二つの頭で応えました。
「いいものだよ」
「あの時計にしてもね」
「日本って鳩時計もいいんだよね」
 ジップも思うことでした。
「精巧で長持ちしてね」
「品質の面でも最高にいいからね」
 チーチーも笑っています。
「日本は凄いねってなるよ」
「さて、その日本の欧風の置き時計をね」
 まさにとです、老馬は言いました。
「じっくり選んでいこうね」
「そうしようね、それとね」
 先生はさらに言いました。
「もう一つあるよ」
「もう一つ?」
「もう一つっていうと」
「お静さんのセーターだよ」
 こちらおプレゼントのこともあるとうのです。
「どんなものにするのかってね」
「ああ、そうだったね」
「お静さんもプレゼントするし」
「セーターにするって言うから」
「そのこともだね」
「どんなものを買うのかな」
「編むことにして編んでるの」
 お静さんが答えました。
「実はね」
「編んでいるんだ」
「そうなの」
 先生に笑顔で答えます。
「実はね」
「そうしているんだね」
「そう、そしてね」
 お静さんはさらに言いました。
「それは順調なのよ」
「出来てきているんだ」
「実は編みものが趣味で」 
 それでというのです。
「得意だからね」
「編んでいるんだ」
「そうよ、手作りをね」
 そのセーターをというのです。
「プレゼントするのよ」
「それもいいね」
「ええ、お二人のお若い時は日本もね」
「色々あったね」
「戦争があってね」
「そこから復興してね」
「それで高度成長を経て」
 その中で結婚をしてというのです。
「そしてね」
「そのうえでだね」
「日本が豊かになった中で長い間暮らせたわ」
「昭和四十年代からだね」
「それでも三十年代まではね」
「高度成長の頃までは」
「日本も貧しくて」
 そうした中にあってというのです。
「電化製品もないか高価でハイカラなものも」
「なかったんだね」
「だからね」
 それでというのです。
「とてもね」
「そうしたものがなくて」
「ハイカラなものがお好きでね」
「王風の置き時計もなんだ」
「お好きなの」
「お二人の子供の頃、お若い頃はまだ憧れの品だったんだね」
「そうだったからね」
 それでというのです。
「お好きなのよ」
「成程ね、そうした事情があったんだね」
「今はジョニ黒だって飲めるわね」
「日本でもね」
「ジョニ赤もね」
「イギリスからのウイスキーもね」
 そのジョニ黒やジョニ赤だけでなくというのです。
「普通にスーパーで売っていてね」
「飲めるわね」
「酒屋さんに行ったら」
 それこそというのです。
「色々な種類のイギリスからのお酒があるよ」
「そうよね」
「けれどお二人の若い時は」
 その頃の日本はというのです。
「そんなものもね」
「なかったんだね」
「とても高価で」
 それでというのです。
「吉田茂さんが最高級のスコッチウイスキーを飲んでいるのは」
「物凄い贅沢だったね」
「あの人は服は和服だったけれど」
 こちらが好みだったというのです。
「薔薇を愛してステッキを持って葉巻を吸って」
「イギリスにいたからね、あの人は」
「嗜好もそれでね」
「お好きなお酒はそれだったけれど」
 最高級のスコッチウイスキーでというのです。
「そのスコッチでもよ」
「当時の日本ではね」
「本当に物凄い贅沢なものだったのよ」
「そうした時代で」
「それでね」
 その為にというのです。
「お二人は若い頃は」
「そうした時計もだね」
「高価なものだったのよ」
「当時の日本はそうだったんだね」
「先生は確かに日本文化を隅から隅までご存知で」
 それでというのです。
「日本人になったわ」
「国籍の問題でなくてだね」
「けれど今の日本人でね」
「当時の日本のことは知っていても」
「そう、それでもね」
 日本人でもというのです。
「当時のことは肌で走らないわね」
「それを言うとね」
 実際にとです、先生も答えました。
「確かにね」
「その通りだね」
「そう、だからね」
 それでというのです。
「当時の日本のことを肌身で知っていると」
「そのことがよくわかるんだね」
「ええ、あの頃の日本はね」
「そうした日本だったんだね」
「今とは全然違うわ」
 何もかもがそうだというのです。
「本当にね」
「そういうことだね」
「だから欧風の置き時計をプレゼントしてくれたら」
「僕がだね」
「本当に喜んでくれるわ」
「それだととびきりのものを選ばせてもらうよ」
「今は何でもないものでも」
 それでもというのです。
「昔は違ったなんてね」
「よくあることだよ」
「それは当時の日本とね」
「今の日本も同じだね」
「そういうことよ、いやあの頃の日本は」
 お静さんは遠い目になって言いました。
「色々今と違うわ、けれどいい国だったわ」
「その頃の日本もだね」
「あるものは少なくて今と倫理観は違っても」
 そうした国でもというのです。
「どんどんよくなっていってね」
「テレビとかも普及してきて」
「新幹線のお話を聞いた時は夢みたいだったけれど」
「それが実際に敷かれて走って」
「オリンピック開催が決まって」
 そうもなってというのです。
「実際に開催されて」
「いい時代だったんだね」
「今振り返るとね」
「そうだったんだね」
「ええ、ただ阪神はあの頃からね」
 この野球チームはといいますと。
「面白いチームだったわ」
「昔から華があって」
「人は全く変わっても」
 そうなっていてもというのです。
「昔から華があって何でも絵になる」
「そうしたチームだったんだね」
「あのチームの華は永遠でファンもね」
「永遠だね」
「もう人類の歴史がある限りね」
 それこそというのです。
「華があって愛すべきね」
「そうしたチームだね」
「そうよ、甲子園球場もね」
 阪神の本拠地のこの球場もというのです。
「これからもね」
「あそこにあるんだね」
「そうよ、勝っても負けても」
 どうあってもというのです。
「阪神はね」
「阪神のままだね」
「永遠に愛すべきチームよ」
「当時は阪神、大鵬、卵焼きだったね」
「巨人!?知らないわよ」
 お静さんはこのチームは笑ってないことにしました、実はここにいる皆も先生の知り合いの人も巨人が好きな人はいません。
「あんなチームはね」
「どうでもいいね」
「そう、そしてね」
「阪神をだね」
「これからもね」
「応援していくね」
「そのことはあの頃いえ」
 お静さんは自分の言葉を訂正しました。
「阪神が創設された頃からよ」
「昭和十一年だね」
「あの頃からね」
 まさにその頃からというのです。
「私はよ」
「阪神ファンだね」
「関西の妖怪の殆どが阪神ファンなのよ」
「やっぱり関西だから」
「神戸どころかね」
 この街に収まらないでというのです。
「関西の妖怪の殆どがね」
「阪神ファンだね」
「あと他から来た人が広島とか中日とかね」
「他のチームをだね」
「応援しているわ、そして先生も」
「阪神だよ」
 野球はとです、先生も笑顔で答えました。
「勿論ね」
「そうよね」
「日本に来て観て知って」
 そうしてというのです。
「あっという間にね」
「好きになったわね」
「そうなんだ」 
 先生にしてもというのです。
「あのチームもね」
「イギリスでは野球は盛んじゃないわね」
「サッカーやラグビーが盛んだよ」
「そうよね」
「けれどね」 
 それでもというのです。
「WBCにも参加する様になって」
「徐々にでもやる人は出ているのね」
「そうだよ、欧州でもね」
 こちらでもというのです。
「少しずつでもね」
「広まっていっているのね」
「そうなんだ、そして僕はね」
「日本に来てからなのね」
「野球を知ってね」
 そうしてというのです。
「阪神を好きになったんだ」
「そうなのね」
「毎年伝説になる様な出来事があるけれど」
「それは昔からよ」
「それでも華があるね」
「それが阪神よ、勝っても負けてもね」 
 どうあってもとです、お静さんは先生にお話しました。
「華があるのよ」
「そうしたチームだね」
「何があっても絵になるのよ」
「それは他のどんなスポーツチームにもないよ」
「世界の何処にも?」
「阪神だけだね」
 どんなことがあっても絵になるチームはというのです、先生はお静さんと暖かい笑顔になってお話をします。
「僕の知ってる限り」
「そうしたチームなのね」
「勝ってもね」
 それでもというのです。
「絵になってね」
「負けてもだね」
「それもまた絵になって」
 そうしてというのです。
「スキャンダルでさえね」
「絵になるね」
「それでトレードで入った人や助っ人の人も」 
 所謂生え抜きでない人達もというのです。
「阪神のユニフォームを着れば」
「それでだね」
「そう、絵になるのよ」
 そうなるというのです。
「そして阪神の人になるのよ」
「そうしたチームだね」
「だからバースさんもよ」
「阪神の人になったね」
「もう骨の髄までね」
「あの人は今でも阪神とファンの人達を愛しているね」
「そうよ、嬉しいことにね」
 あの阪神を日本一に導いた最高の助っ人の人もというのです、お静さんもこの人のことを心から愛しているのです。
「そうしてくれているの」
「阪神の人になったから」
「今もよ、金本さんだってね」
「元は広島の人だね」
「けれどフリーエージェントで入団して」
「それからだね」
「阪神の人になったのよ」
 生粋のその人にというのです。
「あの人もね」
「そうだね」
「そこが巨人と違うのよ」
 今や毎年勝率一割台でオープン戦も交流戦も二軍もいつも最下位のこのチームとは、というのです。
「あそこは生え抜きの人でないとね」
「巨人の人じゃないね」
「フリーエージェントで入ってもね」 
「巨人の人扱いはされないね」
「そう、あのチームはね」
「おかしな意識があってね」
「チーム自体にね」 
 その為にというのです。
「それでなのよ」
「幾ら活躍してもだね」
「助っ人は助っ人でね」 
 それに過ぎなくてというのです。
「トレートとかフリーエージェントで入ってもね」
「巨人の人じゃないね」
「だから監督にもよ」
「なれないね」
「あのチームではそうよ」 
 まさにというのです。
「絶対によ」
「途中から来た人は監督になれないね」
「コーチにはなれても」
 それでもというのです。
「監督にはよ」
「絶対になれないからね」
「あれはあのチームの伝統でね」
 お静さんは嫌そうに語りました。
「不文律なのよ」
「絶対のだね」
「巨人の人は生え抜きでね」
「生え抜きのスター選手しか監督になれない」
「同じだけ歴史の古い阪神とはそこが違うのよ」
 全くというのです。
「阪神はあのユニフォームを着たらね」
「阪神の人になって」
「監督にもなれるけれど」 
 それでもというのです。
「巨人は違うのよ」
「そこが大きな違いで」
「そしてね」 
 そのうえでというのです。
「今に至るのよ」
「阪神は今や常勝チーム、毎年優勝していてね」
「巨人は常敗、毎年最下位よ」
「そうなったね」
「伝統とやらに胡座をかいてもよ」
「何にもならないね」
「だからああなったのよ」 
 巨人はというのです。
「防御率とエラー、三振、併殺打は十二球団最悪、打率と得点、ホームラン数、盗塁数は十二球団最低」
「どれも毎年だしね」
「そこまで弱くなったのは」
「伝統に胡座をかいて」
「奢り昂ってね」 
 そうなっていてというのです。
「補強ばかりで育成を怠って」
「その補強のお金がなくなって」
「誰も来なくなってね」
「フリーエージェントどころかね」 
 それで毎年補強してきたのにです。
「助っ人もね」
「来なくなってね」
「そのうえで」
「気付けば育成なんて全く出来なくなっていて」
「ドラフトで入ってもいい選手にならなくて」
「いい選手に断られてばかりになって」
「設備の充実も忘れていて」
 そうしたこともとです、お静さんはさらに言うのでした。
「まともなトレーニングも出来なくなって」
「余計に育たたなくなってね、選手が」
「トレーナーの人も減って」
「故障する人がどんどん出て」
「寮まで酷くなってね」 
「もうどうしようもなくなってね」
「コーチもなり手がいなくなって」
 そちらも悪くなってというのです。
「それでよ」
「今に至るね」
「もう何もなくなって」 
 そうしてというのです。
「あの通りよ」
「最弱球団になったね」
「毎年百敗以上なんてね」 
 そこまで弱くなると、というのです。
「どうしようもないわ」
「そうだね」
「ちなみにお二人がお若い時はね」
「強かったね」
「結婚する前の二十年代後半は圧倒的でね」
「毎年日本一だったね」
「その後西鉄には負けたけれどね」
 このチームにはです、今の西武ライオンズでその頃の本拠地は九州の平和台球場にあって物凄く強かったのです。
「それでもね」
「強かったね」
「それで結婚されてからは」
「王さんと長嶋さんがいて」
「そしてね」 
 二人でというのです。
「滅茶苦茶強かったのよ」
「九連覇だね」
「そうだったのがね」
「今やああだね」
「奢る平家は久しからずよ」
 お静さんはきっぱりと言いました。
「まさにね」
「ああなるね」
「平家は滅んでね」
「そうだね」
「私平家は嫌いじゃないけれどね」
 それでもというのです。
「福原にいたし」
「そうなんだね、僕もね」
「平家は嫌いじゃないのね」
「平家物語では悪役だけれどね」
「特に清盛さんね」
「物凄い悪人とされているけれど」
 それでもというのです。
「実は家族も家臣も大切にするね」
「いい人だったの」
「身分の低い人達が寒い時外に震えていたら」
 その時はというのです。
「部屋の中に入る様に言ったりね」
「優しい人だったのね」
「しかも戦上手で頭が切れて政治力もある」
「凄い人だったの」
「そうなんだ」
「実際の清盛さんは違うのね」
「それはお静さんも聞いてないかな、九尾の狐さん達に」
 先生はお静さんに尋ねました。
「どうかな」
「そういえばその頃からの人達は悪く言わないわ」
 その清盛さんをというのです。
「全くね」
「そうだね」
「逆に頼朝さんをね」
 清盛さんの敵で平家を滅ぼしたこの人をというのです。
「悪く言うわ」
「あの人はだね」
「全くいいことを言わないわ」 
 そうだというのです。
「本当にね」
「というか頼朝さんって絶対に悪い人だよ」
 ダブダブは少し怒った感じで言いました。
「あの人はね」
「間違いないわね」
 ガブガブはダブダブの言葉に頷きました。
「あの人についてはね」
「弟の義経さんをああしたし」
 チーチーも顔を顰めさせています。
「もう敵はね」
「誰彼なしに根絶やしにしたよ」 
 ホワイティも知っていることです。
「平家も義経さんも」
「同じ源氏の木曽義仲さんもだしね」
 ポリネシアはこの人のことを言いました。
「義経さんのことといい身内にも容赦なし」
「家臣の人だって何かあったらだったんだよね」
「そうらしいわね」 
 チープサイドの家族もお話します。
「まさに冷酷非情」
「自分の邪魔だと思ったら容赦しない」
「奥州の藤原氏もだったね」
 トートーはこの人達もと指摘しました。
「無慈悲な人だよ」
「こうした人って世界史では結構いるかも知れないけれど」
 老馬も否定そのものです、否定的どころでなく。
「好きになれないね」
「というかあの人といい源氏ってね」
「まず身内で争ってるよね」
 オシツオサレツはこのことを指摘しました。
「平家とか奥州藤原氏以前に」
「まず身内でだよね」
「その中心にいるのが頼朝さんでね」 
 ジップも実に嫌そうです。
「物凄く嫌な感じがするよ」
「僕もだよ、あの人にはいい印象がないよ」
 先生もでした。
「苛烈で敵に容赦しないって言う織田信長さんも実は敵でも結構助けて逆らった身内も許しているよ」
「そうなんだよね、実は」
「あの人本当は無駄な血を流さなくて」
「二度逆らった弟さんは殺してもその息子さんは助けてるし」
「必要なだけの血を流さない」
「そんな人だったね」
「日本の歴史で特筆すべき人だよ」
 頼朝さんという人はというのです。
「自分と家族以外の誰にも一切容赦しない」
「敵や邪魔という人は根絶やしにする」
「そんな人だね」
「弟さんでも」
「だから結局ね」
 先生はさらに言いました。
「源氏は誰もいなくなったんだ」
「そうそう、血が絶えたのよ」 
 お静さんも言います。
「源氏はね」
「そうだね」
「頼朝さんを含めた嫡流はね」
「誰もいなくなったね」
「もう身内で争って」 
 そればかりでというのです。
「遂にね」
「誰もいなくなったね」
「そうなのよね」
「それが因果だよ、ああしたことをしているとね」
 先生は達観したお顔でお話しました。
「結果としてね」
「誰もいなくなったりするのね」
「そうだよ、自分がしたことは返ってきて」
 そうなってというのです。
「それから逃れることは出来ないよ」
「だから源氏は誰もいなくなったのね」
「そうだよ、残念なことにね」
「本当に残念なことね」
 お静さんから見てもです。
「頼朝さんは好きじゃないけれど」
「不人気なのも当然だね」
「それで平家の人達はよね」
「保元の乱では違ったけれどね」
 その時はというのです。
「けれどその後はね」
「最後まで身内で争わないで」
「家臣の人達にも寛容だったよ」
「裏切らない限りはよね」
「そうだったよ、頼朝さんみたいなことはなかったよ」 
 絶対にというのです。
「平家はね」
「清盛さんもしなかったのね」
「絶対にね」
「そう聞くと清盛さんは悪い人じゃないのね」
「敵にも頼朝さんよりずっと穏やかだったよ」
 そうだったというのです。
「あんな根絶やしにはね」
「しなかったのね」
「だから平家は落ち延びてもね」
 それでもというのです。
「隠れ里とかでだよ」
「生き延びられたの」
「まだね」
「じゃあ奢る平家と言っても」
「平家物語とかに書かれるまではね」
「悪くなかったのね」
「そうだよ、現に頼朝さんや義経さんを助けているよ」
 この人達をというのです。
「子供だからっていう理由でね」
「頼朝さんは子供でも容赦しなかったのに」
「あの人はね」 
 清盛さんはというのです。
「義理のお母さんに言われたとは言え」
「それで頷くって言うとね」
「結局殺すにはってだよ」
「清盛さんも思っていたから」
「そうしたんだよ」
 助けたというのです。
「他の人達もね」
「そのことも大事よね」
「うん、清盛さんはね」
 先生はさらに言いました。
「言われてる様な人じゃなかったんだ」
「決して」
「そうだよ」
「そのこと覚えておくわね」
「宜しくね」
「そういえばね」 
 ここでお静さんはふと気付いて言いました。
「ご夫婦も平家物語のドラマ観てね」
「どうだったのかな」
「義経さんが好きでね」
 それでというのです。
「頼朝さんはね」
「お好きじゃないんだね」
「あの人のことは私にいいとは言わなかったわ」
「特に義経さんのことで不人気だからね」
「判官贔屓ね」
「そのことでね」
「そういうことね、ちなみにお二人共野球は阪神よ」
 お静さんはこちらのお話にも戻しました。
「実はね」
「そうなんだ」
「ええ、昔からのね」
「やっぱり関西だからだね」
「好きな野球チームはね」
 何といってもというのです。
「あのチームよ」
「阪神だね」
「優勝しなかった時期も暗黒時代も」
「本当に色々あったチームだからね」
「どんな時もね」
「阪神を応援していたんだね」
「そして今もよ」
 まさにというのです。
「阪神を応援しているのよ」
「そのことはずっとだね」
「お二人共結婚する前からよ」 
 そのダイアモンド婚式前からというのです。
「阪神を応援しているのよ」
「それは凄いね」
「流石に創設以来とはいかないけれどね」
「阪神は昭和十年創設だったね」
「その頃からでね」
「ご主人が八十歳だったね」
「奥さんは七十九歳でね」 
 そのお歳でというのです。
「お二人共ね」
「阪神よりもお若いね」
「もう阪神も長生きよ」
「人間で言うとそうだね」
 先生は笑顔で応えました。
「そうなるね」
「もう八十年以上だからね」
「長いね」
「その長い歴史の中でね」
 それこそというのです。
「甘いも辛いもね」
「何かとあったね」
「それも毎年みたいにね」
「伝説になる様なことがあったね」
「そうした歴史だったわ、けれどその歴史は」
 阪神のそれはというのです。
「物凄く面白いのよね」
「調べているとね」
「他のチームではない様なことが次から次に起こって」
 そうしてというのです。
「本当にね」
「面白いね」
「あんな面白いチームはないわ」
「僕もそう思うよ」
「だから私達もファンで」
「ご夫婦もだね」
「そうよ、地元であるだけでなく」
 このことを省いてもというのです。
「それでもよ」
「阪神は魅力的だね」
「そうしたチームよ」
「完全に同感だよ、阪神はこれからもね」
「魅力的なチームであり続けるわね」
「愛されるね」
「そうね、阪神に栄光あれ」
 お静さんは心から笑って言いました。
「永遠に」
「人類の歴史が続く限りね」
「そうなって欲しいわ」
 こう言うのでした。
「本当にね」
「まさにだね」
「阪神よ永遠によ」
「その歴史はね」
「面白い野球を続けて欲しいわ」
「そうだね、しかしお二人が阪神ファンなら」
 ここで先生は思いました。
「阪神の何かをね」
「その必要はないわ」  
 お静さんはすぐに答えました。
「グッズとかはね」
「若しかしてもう」
「そう、お二人共年季のあるファンでね」
 その為にというのです。
「阪神のグッズもね」
「持っているんだ」
「それも昔からのね」
「だからなんだ」
「色々な選手のサインボールも持ってるのよ」 
 こうしたものもというのです。
「歴代のね」
「じゃあ有名な人のものも」
「そうよ、藤村さんのもあるわよ」
「それは凄いね」
 先生はそのお話に仰天する様に言いました。
「初代ミスタータイガースもなんて」
「旗だって持ってるし」
「それは欠かせないよね」
「当然帽子もメガホンも法被もよ」
 こうしたものもというのです。
「持っているのよ」
「そうしたものもだね」
「だからね」
 そうした人達だからだというのです。
「阪神のものはね」
「もう持っておられるものが多くて」
「今のものはいいけれど」
「これまでのものはよくないね」
「そうなるわ、お好きなものでもね」
 それでもというのです。
「プレゼントは考えないとね」
「もうその人が持っているものをあげても意味はないしね」
「ええ、喜んでくれないから」
「喜んでもらうにはね」
「まだ持っていないものがいいわ」
「複数になるとね」 
 幾ら好きなものでも同じものを幾つも持っていると、というのです。お静さんは先生にお話しました。
「よくないわ」
「全くだね」
「だからそこは気をつけてね」
「阪神のものもね」
「だから私はこちらは外したの」
「セーターにしたんだね」
「そうなのよ、じゃあ時計探していきましょう」
 お静さんは先生にまた時計のお話をしました、そうして皆で探していくのでした。








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