『ドリトル先生のオーケストラ』




                第二幕  日笠さんと一緒に

 演奏会の日先生は動物の皆を一旦お家に送りました、そうしてからタキシードを着たまま大学の演奏会に向かいますが。
「先生、行って来てね」
「頑張ってね」
「そうしてきてね」
「頑張ると言っても」
 先生は首を傾げさせました。
「演奏会に行くだけなのに」
「だから違うから」
「全く先生ときたら」
「本当にどうしたものか」
「困ったことだよ」
「何が困るのか」 
 先生は首を傾げさせました。
「わからないけれどね」
「それでも行って来てね」
「日笠さんと一緒にね」
「あと晩ご飯はうちで食べるっていうけれど」
「日笠さんと一緒でもいいから」
「夜遅くまで一緒にいてもいいよ」
「お家まで送って」
 日笠さんをというのです。
「そうしてから帰って来るよ」
「いや、そこでだよ」
 チーチーは少しむっとした感じで言いました。
「ディナーとかね」
「料亭でもお寿司屋さんでもいいのよ」
 ダブダブも厳しいお顔になっています。
「贅沢をしてもね」
「お二人で行ってきたら?」
 ポリネシアは急かす感じでした。
「大学の近くのお店とかね」
「大学の近くに美味しいお店一杯あるじゃない」
 それでと言うガブガブです。
「何処かに行けばいいよ」
「先生、行く店はムードを考えてね」
「お寿司屋さんとかでもよ」
 チープサイドの家族も言います。
「日笠さんがうっとりする様な」
「レストランでもね」
「そうしたお店も大学の周り結構あるじゃない」
 それでと言うトートーでした。
「大学の近くに八条グループの企業の本社一杯あるからね」
「高級レストランなんかどうかな」
 ジップも真面目に言います。
「フランス料理の」
「中華料理でも高級店あるから」
「そこもいいよ」 
 オシツオサレツも二つの頭で言います。
「兎に角ムードだよ」
「今回大事なのはね」
「本当に遅くなってもいいから」
 老馬は先生を無理にでもそうさせたいのでした。
「日笠さんとゆっくりね」
「むしろ送って終わりなんて」
 ホワイティは老馬の頭の上から言いました。
「アウトだからね」
「いやいや、日笠さんにも予定があるね」
 先生は強く言う皆に穏やかに答えます。
「だからね」
「演奏会が終わって日笠さんをお家まで送ったら」
「帰って来るんだ」
「お家まで」
「そうするよ、そういえば今夜の晩ご飯は」
 先生はこちらのお話もしました。
「汁かけご飯だったね」
「はい、そうです」
 トミーがその通りだと答えました。
「ご飯に鯖やミョウガ、胡瓜を細かく切って刻んで入れたお汁をかけた」
「あのお料理だね」
「そうです」
「そちらも楽しみだしね」
 だからだというのです。
「是非ね」
「日笠さんをお家に送ったらですか」
「その足で帰って来るよ」
 そうするというのです。
「日笠さんのお家も大学から近いしね」
「歩いて行けますね」
「そう、そしてお家までもね」
「歩いて帰られますね」
「だからね」
「帰って来られますか」
「そうさせてもらうよ」
「わかりました」
 トミーは残念そうに答えました。
「待っていますね」
「さて、音楽が楽しみだよ」
 先生はこちらのお話もしました。
「クラシックも好きだしね、私は」
「うん、そうだね」
「先生色々な音楽が好きでね」
「クラシックもだしね」
「それで楽しみなんだね」
「そうさせてもらうよ」
 こう皆に言ってでした。
 先生は正装で日笠さんとの待ち合わせ場所に行きました、そこに行くと前から赤い丈の長い髪をセットしてメイクも整えた日笠さんが来ました。
 そしてです、こう先生に言うのでした。
「待ちました?」
「いえ、今来たところです」
 先生は正直に答えました。
「五分前行動で来ました」
「五分前ですか」
「はい、今しがた」
 そうだというのです。
「そうしたらです」
「私が来ましたか」
「それではですね」
「ホールに行きましょう」
「そうしましょう」
 こうお話してです。
 二人でホールに入りました、そのうえで並んで座りましたが。
 日笠さんは早速です、先生に尋ねました。
「先生はこうした演奏会は」
「実は最近は行っていなかったです」
 先生は正直に答えました。
「音楽は聴きましても」
「演奏会はですか」
「観劇もコンサートに行くことも」
「なかったですか」
「はい」 
 そうだったというのです。
「最近は」
「そうですか」
「はい、ですから楽しみです」
「久し振りなので」
「そうです、曲もです」
 入場した時に手渡された演奏会のパンフレットを見て言います。
「楽しみです」
「有名な名曲が多いですね」
「モーツァルトもありますし」
「後宮からの逃走の序曲ですね」
「名曲です、この曲も」
 そうだというのです。
「そしてフィンランディアもありますね」
「シベリウスですね」
「この曲は本当に名曲です」
「フィンランドの曲ですね」
「フィンランド第二の国歌と言われる」
 そこまでのというのです。
「有名な曲で」
「フィンランドが独立した時の曲で」
「そうです、フィンランド人の勇気もです」
 それもというのです。
「音楽にした」
「素晴らしい曲ですね」
「その曲もあるので」
 だからだというのです。
「本当にです」
「楽しみですか」
「そうです」
 笑顔で言ってでした。
 先生は日笠さんと一緒にオーケストラの音楽を聴きました、それが終わると先生は日笠さんをお家まで送りますが。
 そこで、です。先生は夜道日笠さんに言いました。
「素晴らしい曲に素晴らしい演奏で」
「満足されましたか」
「心から」
 日笠さんに微笑んで答えます。
「そうさせてもらいました、日本のクラシックは素晴らしいですが」
「今日の演奏会もですね」
「素敵なオーケストラで」
 そうであってというのです。
「指揮者の人も」
「素晴らしかったですか」
「まことに」
「先生はイギリス出身で」 
 日笠さんはそれでと言いました。
「クラシックも」
「イギリスはいいというのです」
「そうですよね」
「はい、イギリスは民謡それにロックですね」
「有名な音楽は」
「ロンドンに行きますと」
 首都であるこの街にというのです。
「ストリートミュージシャンの人達が多くいて」
「素敵な演奏を聴かせてくれますね」
「はい」
 そうだというのです。
「そしてクラシックも」
「レベルが高いですね」
「有名な歌劇場も多く」
「オーケストラもですね」
「レベルが高いです」
「そして欧州全体を見ますと」
「やはりウィーンですね」
 この街だというのです。
「あの街に行きますと」
「素敵な音楽がですか」
「何処でも聴けます」
「オーケストラもですね」
「歌劇も合唱団も」
「ウィーン少年合唱団ですね」
「本当に素晴らしくて」
 先生は日笠さんに笑顔でお話します。
「何度か行かせてもらっていますが」
「その都度ですか」
「はい、いつも」
 まさにというのです。
「最高の音楽を聴かせてもらいました」
「やはりウィーンは凄いですね、そうしたところと比べますと」
 日笠さんは言いました。
「日本のクラシックは」
「いえ、負けていません」
 先生はこう返しました。
「全く」
「そうですか」
「かなりのレベルです」
「今回の演奏会も」
「素晴らしかったです」
「そうなのですね」
「日本人の凝り性は凄いですね」
 このことからお話するのでした。
「何でも興味がありますと」
「徹底的に凝りますね」
 日笠さんも言います。
「確かに」
「そうですね」
「はい、その通りです」
「ですから」
 それでというのです。
「世界の素晴らしい音楽を常に聴いて」
「そうしてですか」
「耳が肥えていて」
「CDでも実際の演奏もですね」
「いつも聴いていて」
 そうしてというのです。
「本当にです」
「耳が肥えていますか」
「はい、そして」
 そうであってというのです。
「音楽家の人達も」
「聴いていて」
「いつも練習、勉強をして」
「いい音楽をですね」
「演奏しようと努力しているので」
「レベルが高いですか」
「そうです、楽器の質もです」
 そちらもというのです。
「いいので」
「日本は」
「バイオリンも他のものも」
「どれもですか」
「オーケストラに使いませんがピアノもです」
 この楽器もというのです。
「非常にです」
「質がいいですか」
「しかもよく手入れしますね」
「楽器を」
「そうした様々な要因があり」
 それでというのです。
「日本のクラシックはです」
「レベルが高いですか」
「はい」
 そうだというのです。
「決して馬鹿に出来ません」
「欧州と比べると、と思いますが」
「負けていないです」
「そうですか」
「それで今回もです」
「いい演奏だったのですね」
「極めて、楽しませてもらいました」
 心から言う先生でした、そうしたお話をしながら日笠さんをお家まで送りました。そうして自分のお家に帰りましたが。
 汁かけご飯を食べつつです、皆は呆れたお顔で言いました。
「だから遅くなってよかったのに」
「普通にね」
「何でそのまま帰るかな」
「日笠さんをお家に送って」
「何処にも寄らないんだ」
「ディナーに誘うこともしなかったのね」
「明日は平日だからね」
 先生も汁かけご飯を食べています、ちゃぶ台の前に座って作務衣姿です。
「早く休まないとね、日笠さんも」
「だから違うのに」
「そこでお寿司屋さんにでも誘ったら」
「フランス料理のレストランとか」
「お店はあるのに」
「何で行かなかったのかな」
「いや、だから明日は平日だよ」
 またこう言う先生でした。
「日笠さんも遅いと疲れるよ」
「全く、先生ときたら」
「またそう言うんだから」
「日笠さんはいい筈だよ」
「絶対にね」
「お寿司屋さんでもレストランでもね」
「先生が誘ってくれたらオッケーしてくれたよ」
 皆で先生に言います。
「そこがわからないからね」
「先生は困るんだよ」
「気付かないから」
「全くね」
「こうなると思っていたけれど」
「やっぱりこうなったね」
「がっかりするって思っていたら」
 皆もわかっていました、実は。それで言うのです。
「こうなったから」
「やれやれだよ」
「本当に先生らしいっていうか」
「困ったことよ」
「先生、本当に遅くてよかったんですよ」
 トミーも汁かけご飯を食べつつ言ってきます。
「今夜は」
「そう言うけれどね」
「日笠さんはですか」
「明日もお仕事だから」
 トミーにも言う先生でした。
「早いうちに帰って」
「お休みして」
「また明日ね」
「お仕事を頑張る」
「そうしないといけなかったからね」
「演奏会が終わるとですか」
「お家まで送らせてもらって」
 そうしてというのです。
「休んでもらったよ」
「そうなんですね」
「気遣いはね」
 それはというのです。
「忘れたら駄目だね」
「はい、それは」
 トミーもその通りだと答えます。
「その通りです」
「そうだよね」
「紳士として」
 先生が紳士であることからお話します。
「当然の行いです、ですが」
「それでもなんだ」
「こうした時はお食事に誘ってもです」
「いいんだ」
「そうですよ」
「そうかな、やっぱり相手のことを考えて」
 そうしてと言う先生でした。
「遅くならない」
「そうすることですか」
「大事なのはね」
「それはそうですが、ですが今日はこれで終わりなので」
 それでと言うトミーでした。
「また今度ですね」
「今度?」
「はい、今度頑張って下さい」
「日笠さんとなんだ」
「そうして下さい、それで今夜は汁かけご飯に」
 今食べているそれにというのです。
「デザートは西瓜です」
「西瓜だね」
「西瓜もお好きですよね」
「うん、好きだよ」
 トミーに笑顔で答えました。
「そちらもね」
「そうですね、冷蔵庫に入ってますので」
「三角に切ったものかな」
「はい、そちらでして」
 それでというのです。
「今冷やしているので」
「食べる時はだね」
「よく冷えていて美味しいです」
「じゃあ頂くね」
 西瓜もというのです。
「デザートも」
「そうされて下さい」
「汁かけご飯に西瓜は」
 この組み合わせはといいますと。
「日本の夏だね」
「どちらも夏の食べものなので」
「そう思うね」
「はい、確かに」
 トミーもその通りだと答えました。
「僕も」
「素敵な組み合わせだよ、あと昨日は瓜を食べたけれど」
「瓜も美味しいですね」
「うん、よく冷えた瓜も」 
 こちらもというのです。
「夏はね」
「美味しいですね」
「日本の夏はね」
「瓜もよしですね、安くて」
 瓜はというのです。
「それで、です」
「甘くて美味しいね、栄養もあるし」
「いいこと尽くしですね」
「そう思うよ」 
 先生もです。
「凄くね」
「それで明日はです」
「瓜だね」
「そちらを切らせてもらうので」
「いただくよ」
「そうして下さい」
「いや、本当にね」
 笑顔で言う先生でした。
「素敵な演奏会でご飯もね」
「美味しくて」
「凄くいいよ」
 こう言うのでした。
「本当にね」
「そうなんですね」
「とても満足しているよ」 
 心からの言葉でした。
「私はね」
「まだまだだね」
「先生が今以上に幸せになるには」
「本当に先のことだね」
「僕達も頑張らないと」
 皆は汁かけご飯を食べつつ心から思いました、兎角先生は日笠さんの気持ちには全く気付いていないのでした。
 そして次の日でした。
 先生は研究室で論文を書いていました、今度の論文はといいますと。
「イタリア語でなんだ」
「音楽の論文書いているんだ」
「モーツァルトさんのことで」
「そうなんだ、やっぱりこの人は素晴らしいよ」
 先生は皆にモーツァルトのことを調べつつ答えました。
「天才と言う他ないよ」
「まさにだね」
「モーツァルトさんは天才だね」
「音楽の天才だね」
「そう言うべき人だね」
「そうだよ、ここまで凄い人はね」
 音楽においてというのです。
「そうはいないよ」
「そうだね」
「その通りだね」
「三歳位から作曲をして」
「どの曲も名曲でね」
「作品の数も多いし」
「桁外れの天才だよ」
 先生にまさにと言います。
「日本でも人気があるけれど」
「そのことも当然だね」
「だって名曲しかないんだから」
「数多くの作品を残したのに」
「私もそう思うよ、ただこの人は確かに天才だったけれど」
 才能があったというのです。
「何もしなくてね」
「天才にならなかったね」
「やっぱり努力していたね」
「そうだったね」
「楽譜が目の前に見えているって言ってたけれど」 
 モーツァルトさんはです。
「もういつも作曲をしている」
「そんな人だったね」
「その楽譜を書いて」
「ピアノに向かっていた」
「そんな人だったね」
「才能も磨かないと光らなくて」
 そうであってというのです。
「モーツァルトさんもね」
「その才能をだね」
「いつも磨いていたね」
「作曲をして」
「そうしていって」
「そうだよ、その努力たるやね」
 それこそというのです。
「本当にいつも作曲していたから」
「磨かれたんだね」
「凄い才能があって」
「それで余計にだね」
「そうだよ、大体楽譜を知らない書けないで作曲が出来るか」
 先生は言いました。
「無理だね」
「そうだよね」
「楽譜を読めて書ける位でないとね」
「作曲出来ないね」
「それ位の努力をしないとね」
「勉強をしないと」
「そうだよ、全く何の努力もしないと」
 そうでないと、というのです。
「何もなれないよ」
「誰だってだね」
「どんな才能があっても」
「天才でも」
「モーツァルトさんは楽譜を読めて書けて」
 まずそうなる様に努力したというのです。
「そしてだよ」
「いつも作曲していたね」
「楽譜が見えていてもそれを書いて」
「努力していた」
「そんな人だったんだね」
「作曲をしていないと苦しいという人で」
 そうであってというのです。
「兎に角ね」
「作曲ばかりしていて」
「それでだね」
「天才だった」
「努力を努力と思わない」
「そんな人だったのね」
「そうだよ、努力しないで天才になるなんて」
 それはといいますと。
「絶対にね」
「ないね」
「有り得ないことね」
「それこそ」
「そうだよ」 
 先生はイタリア語の資料を読みつつお話します、モーツァルトさんのことがかなり詳しく書かれています。
「モーツァルトさんも努力していたんだ、ただね」
「ただ?」
「ただっていうと?」
「エジソンさんが言ったね」 
 発明王と言われたこの人がというのです。
「九十九パーセントの努力があってね」
「一パーセントの閃き」
「それだね」
「その二つがあってことことが成る」
「そうだね」
「その二つが合わさった時に」
 まさにその時にというのです。
「エジソンさんは発明出来たんだ」
「天才だね」
「天才はどういったものか」
「九十九パーセントの努力と一パーセントの閃き」
「その二つだね」
「そしてモーツァルトさんは」 
 今お話しているこの人はといいますと。
「その閃き、才能がね」
「一パーセントどころじゃなくて」
「もっとあったね」
「他の人よりも」
「他の天才と言われる人達よりも」
「そうであってね」
 それでというのだ。
「いつもその閃きがだよ」
「ある人だったんだね」
「常に九十九パーセントの努力をしていて」
「それでだね」
「そうだったんだ、それで作品の特徴は」 
 それはといいますと。
「明るく軽やかだね」
「そうだね、聴いていてリラックスする」
「気持ちが明るくなるね」
「そんな音楽だよね」
「モーツァルトさんって」
「そう、そしてね」 
 そうであってというのです。
「歌劇もハッピーエンドだよ」
「歌劇の作品も多いけれど」
「どの作品もなんだ」
「モーツァルトさんはハッピーエンド」
「そうなのね」
「脚本は書いていないけれどね」 
 それでもというのです。
「音楽はやっぱり明るくて」
「そしてハッピーエンド」
「そうなっているのね」
「モーツァルトさんの歌劇は」
「そして全ての役に素晴らしい音楽が用意されているんだ」
 モーツァルトさんの歌劇にはというのです。
「モーツァルトに端役なしって言われる位にね」
「どのキャラもいい曲があって」
「そして歌われるから」
「だからなのね」
「重唱も多くてね」
 そうであってというのです。
「そうも言われてるんだ」
「聞けば聞く程凄いね」 
 ホワイティも聞いて唸りました。
「モーツァルトさんは」
「色々言われてる人だけれどね」
「性格破綻者だったとか」
 オシツオサレツはモーツァルトさんのそのお話をしました。
「けれど天才で」
「どのキャラにもいい音楽を用意していたんだ」
「そういえば人間好きだったね」 
 ガブガブはモーツァルトさんのこのことを言いました。
「偏見もなくて」
「下品なジョークが好きでも」 
 それでもと言うトートーです。
「純粋で悪意がなくて」
「それで意地悪とか謀略とかと無縁で」
 チーチーも言います。
「音楽と人を愛した人だね」
「確かに問題のある人だったわ」
 ダブダブが見てもです。
「下手なビリヤードでお金を散財していたし」
「生活力はなかったわね」 
 ポリネシアは断言しました。
「このことは私達も聞いてるわ」
「子供のままだったんだよ」
 ジップはきっぱりと言いました。
「人としてはね」
「けれど悪い人だったか」
「それは違うわね」
 チープサイドの家族が見てもです。
「いい人ではあったわね」
「間違いなくね」
「だから人が好きで公平で」
 そしてと言う老馬です。
「偏見もなかったね」
「今の世の中見ればわかるよね」 
 先生は雲ったお顔になって言いました。
「息をする様に悪いことを言って偏見の塊の」
「何処でもいるね」
「嫌なことだよ」
「全く以てね」
「平気で嘘も吐くしね」
「どんな悪いこともするし」
「あんな人達と比べたら」
 それこそというのです。
「モーツァルトさんは遥かに立派だったよ」
「全くだね」
「嘘吐いて人を騙して」
「そして権力のある座に就いてね」
「そこからも好き放題やる」
「騙される方も悪いけれど」
「騙す人の方が悪いよ」
「世の中根っからの悪人もいるんだ」
 先生もよくわかっていることです。
「何処だってね」
「イギリスにもいたしね」
「本当に根っからの悪人が」
「先生も何人も会ってきたね」
「そして退けてもきたね」
「そうしてきたね、モーツァルトさんは確かに問題があったよ」
 先生が見てもです。
「下品なジョークが好きでね」
「お手紙にも書いてね」
「そうもしていたね」
「そうしたお手紙も残ってるし」
「そんな癖があったね」
「それで幾ら収入があっても」
 それでもだったのです。
「ビリヤードに夢中で」
「そこで賭けていて」
「いつも散財していて」
「家計は火の車で」
「生活力もなかったね」
「そうだよ、けれど嘘は言わないで」
 そうであってというのです。
「人を騙したりね」
「罵ったりね」
「そんなことはしなくてね」
「権力の座に就いて悪いことをしたり」
「そんなことはしないね」
「今迷惑系ってあるね」
 この言葉も出しました。
「そしてネットで誰かを罵って」
「嘘でね」
「何の根拠もなくね」
「それで世を正す為に戦っている」
「そう自称するね」
「自称だよ」
 それに過ぎないというのです。
「その実はね」
「何が世を正すか」
「自分がいい目を見る為に言っているだけだね」
「調べると嘘ばかりで」
「差別や偏見を助長して」
「憎しみを煽っているね」
「本物の悪人と言っても色々だよ」
 一つではないというのです。
「そしてその中でね」
「そうした悪人は特に酷いね」
「平気で嘘を吐いて騙して」
「人を利用してね」
「権力の座に就いて好き放題する」
「根拠もなく憎しみを煽る」
「自分を正義と言って」
「ここまで卑劣で邪悪な悪人になると」
 それこそというのです。
「どんな恥知らずで汚いことだってね」
「平気でするね」
「まさに本物の悪人で」
「信じたらいけなくて」
「モーツァルトさんは違ったね」
「そんな人達とは」
「全くね、むしろそんな偏見を嫌っていたことが」
 そのことがというのです。
「音楽に出ているよ、当時イスラム教は敵で」
「そうそう、キリスト教の世界とね」
「モーツァルトさんはオーストリアの人で」
「オーストリアはそのイスラム教と向かい合っていたね」
「イスラム教のオスマン=トルコと」
「そのトルコの領主さんを寛大な人格者に描いていたよ」
 そうだったというのです。
「後宮からの逃走という作品でね」
「歌劇だったね」
「モーツァルトさんの歌劇の一つだね」
「確か演奏会でも曲があったね」
「先生言ってたね」
「序曲ではね。このキャラは歌っていないけれど」
 作品の中でというのです。
「けれどとても重要な役でね」
「寛大な人格者だね」
「イスラム教徒でも」
「敵でも」
「そしてこの作品でその領主さんに仕える黒人の人は」
 そのキャラはといいますと。
「悪役でもコミカルで憎めなくて」
「魅力的だね」
「そんなキャラだね」
「そうなんだね」
「魔笛の黒人のキャラでもだよ」 
 このキャラもというのです。
「悪役でもね」
「やっぱり魅力的なんだ」
「そうなんだ」
「いい音楽があって」
「モーツァルトさんが用意してくれて」
「そうだよ、モーツァルトさんは博愛主義だったんだ」
 そうだったというのです。
「音楽を聴けばわかるよ、そもそもアフリカ系でもアラブ系でね」
「それぞれだね」
「全く以て」
「いい人も悪い人もいる」
「そうだね」
「果たして迷惑系とか言う人がいい人かな」
 先生は言いました。
「そう簡単に改心するか、平気で悪いことをして自慢していた人が」
「それをネットに上げて注目されてね」
「罪に問われても平気な人が」
「果たして簡単に心を入れ替えるか」
「そんな筈がないね」
「そうだよ、まして平気で人前で人種的偏見を言う人なんて」
 それこそというのです。
「善人か、日本のことを真面目に考えているか」
「絶対に違うよ」
「自分のことしか考えていないよ」
「悪いことしか頭になくて」
「人を騙して利用するだけだね」
「それが人相にも出るから」
 そちらにもというのです。
「生き方、考えはね」
「お顔に出るね」
「人相に」
「そしてそんな人の人相なんて」
「物凄く悪いね」
「そこである程度わかるよ」
 そうしたものだというのです。
「幾ら口では日本がどうだって言っても」
「その実はどうか」
「嘘に決まってるよ」
「実際は自分がいい思いをしたい」
「それだけだね」
「そこが違うよ、モーツァルトさんを調べてもわかるよ」
 今の様にというのです。
「モーツァルトさんは問題があってもいい人で」
「そうした人は本物の悪人で」
「調べればわかる」
「そして悪人は相手にしない」
「騙されたらいけないね」
「共産主義が素晴らしい考えだとして」
 そう思い込んでというのです。
「共産主義を言う人が皆いい人か」
「そんな筈ないしね」
「というか日本でそう言う人にどれだけ酷い人が多かったか」
「先生そのこともお話してくれるし」
「よくね」
「共産主義自体が閉鎖的排他的な面が強くて」
 そうであってというのです。
「自分達以外は認めなかったね」
「そうだったね」
「それで沢山酷いことがあったよ」
「一体どれだけとんでもないことが起こったか」
「共産主義の名の下に」
「今あちこちで人を騙そうとしている悪い人達の言うことを聞くと」
 どうかといいますと。
「その共産主義とそっくりなんだ」
「そうなんだ」
「何かやけに排他的と思ったら」
「ナチスみたいって思っていたら」
「共産主義そっくりだったの」
「そもそもナチスは社会主義だね」
 このとんでもない人達はというのです。
「国家社会主義を言ってたね」
「うん、そうだったよ」
「先生は実際ナチスは社会主義の政治って言ってたね」
「労働者の人達を大事にして」
「労働時間や福祉を充実させて」
「自由経済でもなかったしね」 
 そうであってというのです。
「そう考えるとね」
「ソ連とそっくりだね」
「言われてみると」
「自分達以外を認めなくて」
「粛清もやったし」
「そう、社会主義と共産主義の違いは社会主義が極端になると殆どなくなって」
 そうなってというのです。
「ナチスは極端な社会主義だったから」
「共産主義とあまり変わらない」
「ソ連と」
「それで今ナチスみたいな人達は実は社会主義で」
「ソ連とも変わらないね」
「そうだよ、そのこともあってね」
 先生は曇ったお顔で言いました。
「私はああした人達を否定しているよ」
「間違っている」
「おかしいとだね」
「先生言ってるね」
「いつも」
「うん、絶対にその実態を把握して」
 そうしてというのです。
「言っていかないといけないよ」
「間違っているって」
「おかしいって」
「ナチスと同じだって」
「ソ連ともって」
「そうしていかないとけないし」
 そうであってというのだ。
「これからもね」
「言っていくね」
「そうするね」
「先生は」
「そうするよ、彼等を信じていいことはないよ」
 決してというのです。
「ナチスやソ連がどうなったか」
「歴史にあるね」
「もう既に」
「そのことは」
「どちらも崩壊して」
 そうなりというのです。
「残ったのはね」
「悪名だけだよ」
「残っているのはね」
「ナチスもソ連も」
「とんでもないことばかりしていたから」
「粛清や戦争を起こして」
「沢山の血を流して弾圧もして」
「歴史にその悪事が残って」
「悪名だけがあるよ」
「そうなるからね、そうした人を見極めるには」
 先生は真面目なお顔で言いました。
「ちゃんと学問を学んでね」
「知識を備える」
「何が正しくて間違っているか」
「そうしてね」
「ナチスやソ連が間違っていることを理解する」
「似た様なことを言う人達も」
「それで信じない、否定することだよ」
 そうした人達をというのです。
「くれぐれもね」
「その通りだね」
「そこで間違えると自分も悪名を残すよ」
「間違えていたってね」
「そうね」
「そうしないと駄目だよ」
 先生は強い声で言いました、音楽の他にこうしたお話もするのでした。先生は本当に色々なことを考えて学んでいます。








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