『ドリトル先生のオーケストラ』
第四幕 高等部のコンサート
先生は大学の掲示板に紹介されている学園のイベントの中で高等部の管弦部のコンサートのことを見て思いました。
「ああ、お話をすればね」
「開催されるね」
「言った傍から」
「高等部の管弦部のコンサートだね」
「それが行われるんだね」
「今度は」
「うん、今回は歌劇部と一緒でね」
こちらの部活と、いうのです。
「歌劇の曲を演奏して」
「歌劇部の人が歌う」
「そうしたものになるんだ」
「面白いコンサートだね」
「こちらもね」
「歌劇もいいからね」
こちらもというのです。
「それでね」
「いいコンサートになりそうだね」
「じゃあ聴きに行く?」
「そうする?」
「是非ね。この学園は文化事業にかなり力を入れていて」
先生は皆に掲示板の前でお話しました。
「オーケストラ、雅楽、歌劇にね」
「京劇も歌舞伎もやるし」
「ミュージカルだってね」
「人形劇や浄瑠璃もやるし」
「落語だってね」
「絵画展や科学の研究も発表するし」
そうしたことも行ってというのです。
「博物館や美術館でも展示会や展覧会をよく開催するね」
「そうだよね」
「何かとやるよね」
「いつも何かのイベントがあるね」
「文化的なことで」
「それがいいんだよ、学校は学ぶ場所でね」
そうであってというのです。
「それでだよ」
「そうした文化事業を行うとね」
「色々学べるからね」
「とてもいいね」
「映画だって上演されているね」
学園の中にある映画館で、です。
「今はインド映画を上映しているし」
「そうだよね」
「何かと上映していてね」
「あそこも面白いわ」
「映画館も」
「動物園や植物園もだね」
こうした場所もというのです。
「イベントをよく行うね」
「水族館でもね」
「普通に色々な生きものがいて」
「そうもなっていてね」
「面白いね」
「そうした場所もあるしね、私もよくイベントを観に行くけれど」
先生にとってはどれも素晴らしい学問です、だから時間を設けてそのうえで色々なイベントを観に行っているのです。
「今回はね」
「高等部のコンサートだね」
「それを観に行くね」
「歌劇部と一緒に行う」
「それを行うね」
「そうするよ」
実際にというのです。
「これからはね」
「そうだよね」
「それじゃあね」
「その日になったら行こう」
「そうしよう」
こうお話しました、そしてです。
先生はそのコンサートのことを高等部に行って調べようとしました、先生には気になることがあったのです。
「さて、どんな曲が演奏されるか」
「そして歌われるか」
「それが問題だよね」
「観に行くにしても」
「それでもね」
「そう、だからね」
それでというのです。
「今からね」
「そのことを調べるね」
「高等部に行って」
「そうするんだね」
「そうしよう」
こう言ってでした。
先生は実際に皆と一緒に高等部に行ってそちらの事務所でコンサートのパンフレットを貰いました、そして自分の研究室でパンフレットを開きますと。
「へえ、いい曲ばかりだね」
「どんな曲があるの?」
「歌われる曲は」
「一体」
「うん、ラ=ボエームの冷たい手にね」
皆にまずはこの曲だとお話しました。
「カルメンのハバネラ、椿姫のああそはかの人かと花から花へで」
「いい曲ばかりだね」
「確かにね」
「凄くいい曲ばかりだね」
「蝶々夫人のある晴れた日に」
この曲にというのです。
「魔笛のおいらは鳥刺しにドン=ジョバンニのカタログの歌に」
「モーツァルトさんもあるんだ」
「丁度先生が学んでいる」
「その曲もなんだ」
「あとタンホイザーの夕星の歌、アイーダの勝ちて帰れとね」
それにというのです。
「重唱や合唱もあるよ」
「アリアだけじゃないんだ」
「一人で歌うだけの曲でなくて」
「他にもあるんだ」
「清教徒のラッパを吹き鳴らせにフィガロの結婚の最後の合唱もあってね」
合唱はというのです。
「椿姫の乾杯の歌もあるしね、合唱もね」
「あるんだね」
「そっちも」
「そう言っていたけれど、今」
「タンホイザーの大行進曲に」
まずはこの曲を挙げました。
「ナブッコの行け金色の翼にとアイーダの凱旋行進曲もあるし」
「色々あるね」
「凄いね」
「これは凄いコンサートになりそうだね」
「本当に」
「うん、だからね」
それでというのです。
「楽しみだね」
「そうだね」
「これは楽しみだね」
「是非観に行こう」
「そうしよう」
「他にもいい曲ばかりあるよ」
こう言ってでした。
先生は皆に言います、そうしてパンフレットを閉じました。そして先生は皆にこうも言ったのでした。
「ただ高校生だから」
「ああ、そうだね」
「まだ他の国の言葉が上手じゃないから」
「それじゃあね」
「歌は日本語だね」
「そうなるね」
「そうだよ」
皆にそうだと答えました。
「これまでの高等部のコンサートもだけれど」
「歌は日本語だね」
「それで行って」
「原語ではやらないね」
「そのことはわかっていないとね」
「ただ歌える人はね」
原語でというのです。
「歌うよ」
「そうするね」
「イタリアやドイツ生まれの人だと歌えるからね」
「祖国の言語だし」
「可能だね」
「うん、それでね」
そうであってというのです。
「基本日本語で歌われる」
「そのことはわかっていないとね」
「そのうえで聴く」
「そうしないとね」
「日本の歌劇も上演されたね」
先生は皆にお話しました。
「山田耕作さんの黒船が」
「ああ、あの歌劇だね」
言われてまず反応したのはガブガブでした。
「日本の歌劇だったね、まさに」
「日本語で上演されて」
「日本の歌だったね」
オシツオサレツも言います。
「面白かったよ」
「あの作品もね」
「他には夕鶴もあったね」
トートーはふと思い出しました。
「日本の歌劇だと」
「そっちは童話だったね」
「あの鶴のお話ね」
チープサイドの家族はトートーに応えました。
「悲しい作品だわ」
「何ともいえない結末だよ」
「けれど黒船はハッピーエンドだったね」
チーチーはこの作品の結末のお話をしました。
「主人公二人が幸せになる」
「観ていてよかったわ」
ポリネシアは心から言いました。
「素敵な作品だったわ」
「日本の歌劇もいいってね」
その様にとです、ホワイティは思うのでした。
「観て心から思ったよ」
「ハリスさんとお吉さんが一緒になれて」
ジップも尻尾を振って言います。
「どれだけよかったか」
「山田耕作さんの音楽が素敵で」
それでと言うダブダブでした。
「そちらもよかったわ」
「そうだね、ただね」
それでもと言う老馬でした。
「実際は違うんだよね」
「そうなんだ、ハリスさんは日本に対して真剣に向かい合って嫌な思いもしたけれどしっかり認めてくれた人だったけれど」
先生は皆に歴史のお話をしました。
「けれどね」
「お吉さんはね」
「ちょっとハリスさんと一緒にいただけで」
「実際は少しお話をしただけなのに」
「それでもね」
「当時外国の人への偏見が凄くて」
「外国の人と一緒にいただけでだよ」
それでというのです。
「とんでもない差別を受けたんだ」
「そうだったね」
「それでその偏見に苦しめられたね」
「お吉さんは」
「そうした一生だったね」
「すっかり身を持ち崩してね」
偏見に心が打ちのめされてというのです。
「そしてお酒に溺れて」
「どうしようもなくなって」
「自殺したんだよね」
「海に入水して」
「そうだったんだ、実際はね」
現実ではというのです。
「お吉さんはね」
「とても悲しい結末だったね」
「これ以上はないまでの」
「そうだったね」
「そうだったよ、そのことはね」
どうしてもというのです。
「忘れたらいけないよ」
「そうだね」
「とても悲しい歴史だね」
「黒船の背景にあるのは」
「あの作品にはそうしたものがあるね」
「だからね」
先生はしんみりとしてお話しました。
「あの作品でお吉さんが幸せになったことは」
「いいことだよね」
「本当にね」
「歴史では不幸だったお吉さんが幸せになる」
「ハリスさんと一緒になれて」
「実際はハリスさんは結構なお歳でね」
日本に来た時はというのです。
「誠実なクリスチャンで女性にもね」
「清潔だったね」
「あの人は」
「そうした人だったね」
「しかもあの時慣れない国で健康状態もあまりよくなくて」
このこともあってというのです。
「女性にはね」
「あまり、だったね」
「興味がなくて」
「お吉さんとも何もなかったね」
「けれど歌劇の中では若々しい感じで」
実際と違っていてというのです。
「お吉さんともだよ」
「結ばれるね」
「そうなるね」
「相思相愛になって」
「そのうえで」
「そうだよ、蝶々夫人とも違ってね」
この作品ともというのです。
「幸せになったよ」
「蝶々夫人も悲しい結末だからね」
「蝶々さんは捨てられた形だったから」
「ピンカートン中尉はただ現地の一時の奥さんとしか見ていなくて」
「アメリカで本当の奥さんを貰ったし」
「そしてそのことを知った蝶々さんは自殺するからね」
そうなるからだというのです。
「こちらもね」
「悲しい結末だね」
「蝶々さんも差別されたし」
「アメリカ人と結婚してキリスト教に改宗したから」
「親戚全員から縁を切られて」
「そうなったよ、偏見は人を不幸にするよ」
先生はとても悲しいお顔で言いました。
「お吉さんも蝶々さんもね」
「そうだね」
「あってはならないね」
「本当にね」
「そう、そしてね」
そうであってというのです。
「歌劇の黒船はそんなお吉さんが救われるよ」
「歌劇でそうなるのは嬉しいね」
「史実がどれだけ悲しい結末でも」
「お吉さんが救われるなら」
「歌劇の中だけでもね」
「創作だって否定する人もいるけれど」
現実とは違うとです。
「けれどね」
「それでもだよね」
「創作の世界では救われて欲しいよね」
「どうせならね」
「それでも」
「世界は一つじゃないから」
先生はこの考えをお話しました。
「創作の世界もあるんだよ」
「そうだよね」
「今のこの現実の世界だけじゃないよ」
「この世界にあるのは」
「色々な世界があるんだ」
「天国も地獄もあってね」
そうであってというのです。
「パラレルワールドもあって」
「他にもだよね」
「多くの世界があるよね」
「創作の世界が」
「それぞれの世界が」
「だから別の世界でお吉さんが救われても」
そうなろうともというのです。
「いいよね」
「そうだね」
「歴史だけが世界じゃないよ」
「他の世界でお吉さんが救われてもいいよ」
「歌劇の世界でもね」
「そしてそちらではお吉さんが救われているから」
それ故にというのです。
「私は黒船という歌劇が好きなんだ」
「僕もだよ」
「僕だってそうだよ」
「私だって」
「悲しい結末だったお吉さんが救われるから」
「そうなるからね」
皆も言います。
「どれだけ素晴らしいか」
「言うまでもないよ」
「また観たいわ」
「上演される時があれば」
「そうだね。この学園の歌劇場ではよく上演されるから」
そうであるからだというのです。
「その時が来ればね」
「観よう」
「絶対にね」
「皆でね」
是非にとお話します、そしてでした。
先生は高等部のコンサートは皆と一緒に行こうと思いましたがお家に帰ろうとした時に研究室に日笠さんが来まして。
そうしてです、先生に真剣なお顔で尋ねてきました。
「先生、高等部の管弦部のコンサートですが」
「歌劇部と一緒に行う」
「ご存知ですね」
「実は行こうと思っています」
「あの、よかったら」
日笠さんは先生のお話を聞いて言いました。
「私もご一緒して宜しいでしょうか」
「はい、日笠さんさえよければ」
先生は何でもないといった調子で答えました。
「宜しくお願いします」
「わかりました」
「それではその日にです」
先生は何でもないといった調子のまま言います。
「ご一緒に」
「行きましょう」
「いや、楽しみです」
先生はさらに言いました。
「今回のコンサートも名曲が多いので」
「だからですね」
「はい」
そうだというのです。
「本当に」
「そうですね」
日笠さんはいささか気落ちした様に応えました。
「パンフレットを見ますと」
「ですから」
「楽しみですか」
「私も」
「そうなのですね」
「はい、今回もです」
先生は日笠さんが気落ちしていることに気付かないまま言います。
「楽しいコンサートになりそうですね」
「それは」
日笠さんも否定しません。
「そうなりますね」
「ええ、本当に」
「ですが」
こうも言った日笠さんでした。
「今度はですが」
「何でしょうか」
「ディナーもどうでしょうか」
「ディナーですか」
「宜しければ」
「すいません、実はです」
先生はすぐに答えました。
「今度のコンサートは土曜日に行われますね」
「午前中に」
「午後は予定がありまして」
コンサートの日にというのです。
「ディナー、この場合はランチですね」
「そちらもですか」
「ゆっくりとは出来ずその場所で、です」
「召し上がられますか」
「はい」
そうなるというのです。
「そのつもりです」
「その場所は何処でしょうか」
「甲子園です」
そちらだというのです。
「甲子園球場です」
「野球ですか」
「実は皆と観戦の予定がありまして」
それでというのです。
「そちらにです」
「行かれるので」
「ですから」
だからだというのです。
「申し訳ないですが」
「そうですか」
「ディナーはです」
それはといいますと。
「またです」
「機会があればですね」
「その時にです」
「わかりました」
それならとです、日笠さんは応えました。
「それでは」
「宜しくお願いします」
こうしてお話が決まりましたが。
日笠さんが帰ってから皆は先生に今回もやれやれとなって呆れつつ先生に対してどうかというお顔で言うのでした。
「先生、野球もいいけれどね」
「ランチ行ったらよかったんだよ」
「それか日笠さんも野球にお誘いするか」
「そうしたらよかったんだよ」
「そうだね」
先生ははっとなって気付きました。
「じゃあ日笠さんも甲子園にお誘いするよ」
「うん、わかっていないね」
「絶対にだと思っていたけれど」
「全く先生ときたら」
「そこでそうなんだから」
「困るよ」
「何が困るのかな、しかしね」
それでもと言う先生でした。
「日笠さんも阪神ファンだしね」
「甲子園にお誘いするのはいい」
「そうなんだね」
「そうだっていうんだね」
「そうだね、阪神はね」
このチームはといいますと。
「今年も絶好調でね」
「優勝に向かっているね」
「二位の横浜に十ゲーム差つけて」
「圧倒的だね」
「そうなっているね」
「最下位巨人とは五十ゲーム以上開いているね」
現時点でというのです。
「これは巨人が弱過ぎるせいだけれど」
「巨人は今年も弱いね」
「勝率一割台だからね」
「滅多に勝ってないよね」
「今年は一シーズン十七勝レベルらしいね」
「記録的だね」
「その巨人が相手だからね」
観戦する試合ではというのです。
「阪神は圧勝出来るよ」
「巨人相手だと心地よいよね」
「いつも徹底的にやっつけてくれるから」
「普通にこっちが三十点以上取ってね」
「完封が普通だからね」
「巨人は防御率が毎シーズン二桁でね」
そうした有様でというのです。
「打率も一割台でね」
「エラーは一シーズン二百以上」
「失点は常に全球団ワースト」
「得点、ホームラン、盗塁は最低」
「そんな弱いチームだから」
「もうね」
それこそというのです。
「その巨人が相手なら」
「勝つかどうかじゃなくて」
「どう勝つかだよね」
「これまで散々悪いことばかりしてきた巨人をどう成敗するか」
「そうした試合になっているね」
「その成敗の仕方を観るのがね」
それがというのです。
「巨人との試合だけれど」
「日笠さんもお誘いするね」
「そのことはいいことだよ」
「合格ではあるよ」
「そのこと自体はね」
「けれどね」
皆はそれでもと言いました。
「先生根本的に違うから」
「間違ってるから」
「日笠さんとのことでね」
「ここは言われなくてもしないと」
「駄目だよ」
「そうなんだ、ランチは球場でね」
やっぱり何もわかっていないまま言う先生です。
「それでいいよね」
「いいけれどね」
「球場にはお弁当もあるしね」
「ビールも売ってるしね」
「甲子園名物カチワリもあるしね」
「暑いけれど」
甲子園は兎に角暑いです、そのことが問題です。
「そのカチワリもあるし」
「ビールもあって」
「食べるものも食べてね」
「観戦もしようね」
「コンサートの後はね」
笑顔でお話する先生でした、こうしてです。
再び日笠さんと一緒にオーケストラを聴きに行くことになりました、ですが皆は先生に言うのでいした。
「甲子園では僕達も一緒だけれど」
「日笠さんはお家まで送ってね」
「今回もね」
「僕達は先にお家に帰るけれど」
「そうしてね」
「そこでどうして皆行くのかな」
先生は皆に尋ねました。
「前もそうだったけれど」
「そこは考えてね」
「先生知識としてはある筈だよ」
「自分にその知識を当てはめてないだけで」
「そうして考えたらいいよ」
「何かな」
先生は首を傾げさせました、今はパソコンで論文を書いています。論文はとても順調に進んでいます。
「その知識は」
「だからよく考えてね」
「先生の主観は抜いて」
「そのうえでね」
「よく考えてね」
「私の主観?主観はよくないよ」
先生は眉を曇らせて言いました。
「学問にはね」
「客観的に見てね」
「そのうえ調べていかないとね」
「検証していかないと駄目だね」
「学問については」
「そう、けれどね」
それでもというのです。
「他のことでもだよ」
「先生自身のことでもね」
「客観的に考えたら?」
「人付き合いでも」
「このことでも」
「人付き合いだね、幸いお友達が多いから」
先生はこのことを有り難く思っています。
「私が友達としてどうか」
「いつも考えてるよね」
「客観的にどうか」
「そうね」
「そうだけれど」
それでもというのです。
「他にあるかな」
「あるんだよ」
「人と人の関係ってお友達ばかりじゃないね」
「そうだよね、先生」
「そこから考えてね」
「ずっと言い続けるよ、先生が気付くまで」
「何のことかな」
本当にわかっていない先生です、ですが。
そうしたお話をしている間にも時間は進み先生はお家に帰って晩ご飯を食べます、その晩ご飯は今夜はサラダと冷しゃぶしゃぶでしたが。
オリーブオイルとりんご酢をかけた一旦茹でてから冷やしたスライスした牛肉を食べつつです、先生はトミーに高等部の演奏会に日笠さんと一緒に行くことをお話しますと。
トミーは先生にです、こう言いました。
「合格ではありますが」
「合格?」
「日笠さんを甲子園にお誘いしたことは」
このこと自体はというのです。
「それでもです」
「駄目かな」
「不合格ですね」
合格でもというのです。
「どうも」
「トミーもそんな感じなんだ」
「あの、先生」
トミーはさらに言いました。
「僕達は演奏会には行かないですからね」
「甲子園だけなんだ」
「はい、先に甲子園に行っています」
そうするというのです。
「それでお待ちしています」
「じゃあ僕は日笠さんと二人で」
「演奏会に行かれて」
そうしてというのです。
「甲子園までもです」
「二人でだね」
「行って下さいね」
「そうすることだね」
「是非」
こう言うのでした。
「いいですね」
「そうするんだね」
「そして」
そのうえでというのです。
「甲子園でも気を付けて下さいね」
「気を付ける?」
「そうです、席とか」
「一塁側のだね」
「隣同士ですよ」
先生に念を押す様に言いました。
「いいですね」
「わかったよ」
先生はそれならと応えました。
「そうしていくよ」
「それじゃあ」
「先生、今以上にだよ」
ジップはむっとしたお顔で先生に言いました。
「野心的になっていいんだよ」
「先生は今の状況で満足しているけれど」
それでもと言ったのはポリネシアです。
「もっと求めていいんだよ」
「幸せをね」
老馬はまさにと言いました。
「欲しがっていいんだよ」
「先生は兎に角無欲だけれど」
「幸せは今以上に求めていいよ」
オシツオサレツは二つの頭で言いました。
「もっとね」
「そうしたらいいんだよ」
「沢山の家族とお友達にいつも囲まれていて」
そしてと言うホワイティです。
「困らないだけのお金といいお家がある」
「学問を好きなだけ出来て美味しいものも食べられる」
「お酒だって楽しめる」
チープサイドの家族はざっと挙げていきます。
「旅行もあちこち出来ているし」
「幸せだよね」
「けれどその幸せはまだ上があるのよ」
ダブダブはきっぱりと言い切りました。
「これで上限じゃないのよ」
「先生にまだない幸せは何か」
トートーは先生に言いました。
「考えてみてね」
「そうしたら気付くよ」
ガブガブは先生をじっと見て言います。
「絶対にね」
「歌劇にあるよ」
チーチーは演奏会でこちらの歌が歌われることから言いました。
「きっとね」
「さて、何か」
先生は冷しゃぶと同じお皿にあるサラダ、レタスに切られたトマトにセロリを食べつつ言いました。オリーブオイルとりんご酢がいいドレッシングになっています。そこに胡椒もかけて味付けしています。
「私に足りない幸せは」
「ですから歌劇の定番ですよ」
トミーが言いました。
「もうそこにです」
「あるんだ」
「はい」
そうだというのです。
「今回のコンサートにも」
「そうなんだね」
「そこを考えるんだ」
「はい、先生は」
「何かな」
先生は赤ワインを飲みつつ言いました。
「一体」
「そこをです」
「よく考えていくんだ」
「はい、じっくりと」
「それじゃあね、考えながら食べることになるね」
しゃぶしゃぶも食べて言います。
「今夜も美味しいし」
「はい、あとです」
トミーは赤ワインを飲む先生にこうも言いました。
「今夜のデザートはアイスクリームです」
「そちらだね」
「アイスもお好きですね」
「好きだよ」
先生は笑顔で答えました。
「やっぱりね」
「そうですよね」
「だから楽しみだよ」
「日本の企業のアイスです」
「日本の企業のアイスは美味しいね」
先生はにこりと笑って言いました。
「本当に」
「そうですよね」
「イギリスにいた頃もよく食べていたけれど」
それでもというのです。
「それはね」
「冷凍技術が発達してからでしたね」
「そうだったね」
「冷凍技術がないと」
さもないと、というのです。
「やっぱりです」
「アイスクリームは食べられないよ」
「そうですよね」
「特に今の季節はね」
「夏はね」
この季節はというのです。
「本当にね」
「そうですね」
「そう、アイスクリームも文明の賜物だよ」
「文明が発達して生み出されて」
「そしてね」
そうであってというのです。
「皆が食べられる様になったよ」
「そうなりましたね」
「アイスが普通に食べられることは」
先生はお箸で牛肉とサラダを一緒に食べて言いました、お肉もサラダもかなりの量があって沢山食べられます。
「それだけでね」
「幸せですね」
「そうだよ」
まさにというのです。
「本当にね、日本でもね」
「そうなっているから幸せですね」
「だから北朝鮮は」
この国はといいますと。
「はっきり言うと食べもの自体がね」
「ないですね」
「そうだけれど」
それでもというのです。
「技術もね」
「ないですね」
「六十年前の技術レベルでね」
「日本だとですね」
「一九六〇年代いやもっと古いかな」
「それだとですね」
「もうね」
それこそというのです。
「アイスクリームもね」
「ないですね」
「冷蔵庫もないから」
「生活の中に」
「そうだからね、そして変な政治を行うと」
そうすると、というのです。
「その時はね」
「北朝鮮みたいになりますね」
「そうなってね」
それでというのです。
「皆アイスを食べるどころじゃなくなるよ」
「そうなりますね」
「極端なそれも偏見を煽って」
そうしてというのです。
「憎しみを助長して注目されてね」
「人気を集めるね」
「そんな人はだよね」
「おかしな政治をするね」
「いざ政権に就いたら」
「人を煽って注目されると」
先生は眉を曇らせて皆にお話します、そうしながらワインを飲みます。
「やっぱり票は集まるよ」
「注目されてね」
「そうなるよね」
「選挙って注目されることが第一だし」
「中には本物だって思う人がいるね」
「力強く言えばね」
「何か出来るって思うから」
皆も言います。
「力強い言葉に実行力があると見て」
「実は違うのに」
「勘違いして」
「それでだね」
「投票するね」
「詐欺師と全く同じだよ」
先生は断言しました。
「デマコーヴァと言ったけれど」
「その実はね」
「詐欺師だね」
「詐欺師と同じだね」
「そんな人は」
「何もわからない人を騙して」
そうしてというのです。
「そして立場を得てね」
「ああ、もうわかるね」
「そこから先はその立場を悪用する」
「そして自分だけいい思いをする」
「そうするんだね」
「そうだよ、そんな人は口ではどんなことを言っても」
それでもというのです。
「自分のことしか考えていなくてね」
「自分だけがいい目を見て」
「権力やお金を得たいだけだね」
「そしてやりたい放題する」
「それだけだね」
「その姿を見て騙されたと思っても遅いけれど」
それでもというのです。
「中にはその姿を見てもね」
「わからない人もいるね」
「実際に見ても」
「そうしても」
「人は愚かになるととてつもなく愚かになって」
先生は悲しいお顔になって言いました。
「そしてね」
「騙されるね」
「騙され続けるね」
「そして国だけでなくだね」
「自分も食いものにされるね」
「そうだよ、そして極端な主張は」
そう言われるものはといいますと。
「誰かを敵だ国を蝕んでいるってね」
「根拠なく言うね」
「癌だってね」
「ナチスやソ連だってそうしたね」
「根拠なくね」
「根拠を出してもそれは嘘だよ」
先生は言いました。
「実はね」
「もう絶対にね」
「そして敵を作ってね」
「自分は煽る方の上に立つ」
「そうなるね」
「そうなるんだ、そしてね」
そうなってというのです。
「差別や偏見を徹底的に煽って」
「外国人、障害者の人達にね」
「お金がない人達、困っている人達」
「そんな人達を排除しようとする」
「そうするね」
「そうだよ、本当に日本のアニメの悪役の様な」
そうしたというのです。
「とんでもなく醜悪な政策だよ」
「強い者だけ生きろ」
「それも人種や民族に基づいていて」
「とんでもない政策だね」
「恐ろしい国になるね」
「その恐ろしい政策を実行に移したら」
そうしたというのです。
「一体どうなるか」
「本当にアニメみたいになるね」
「アニメに出て来るみたいな悪の国」
「そうした国になるね」
「まさに」
「そうなるよ、やがて弱い人ばかりでなくて」
そうした人達への排除に留まらずというのです。
「自分達の主張や政策に反対するか怪しいと思った」
「そうした人達を排除するね」
「思っただけでね」
「それでどんどんね」
「粛清していくね」
「そうなるよ」
先生は真剣なお顔でお話しました。
「だからそうした主張はね」
「警戒してね」
「信用しない」
「そうでないと駄目だね」
「絶対に」
「そうだよ、若し信じたら」
その時はといいますと。
「大変なことになるからね」
「投票しない」
「まずはね」
「そうすることだね」
「そうだよ」
実際にというのです。
「最初からね」
「そう思うと学ばないとね」
「常識にしても」
「教養も知識もね」
「分別も」
「最低限のことでもいいんだよ」
先生は言いました。
「そうした人達を見破るには」
「そうなんだね」
「最低限でいいんだね」
「それこそ」
「そうだよ、それだけ知って」
そしてというのです。
「見るんだ、まともに生きて本を読んでいくと」
「そうしたらだね」
「わかるね」
「それだけで」
「そう、大体憎しみを煽るなんて」
そうした行為はというのです。
「もうね」
「それはだね」
「そのことだけで怪しいね」
「そうだね」
「そしてあからさまにおかしいのに」
そうであってもというのです。
「その人を支持どころか崇拝するなら」
「それならだね」
「もうだね」
「その人はだね」
「とんでもない末路を迎えるよ、兎に角ね」
何といってもというのです。
「憎しみを煽る人はよく見るんだ」
「どうおかしいか」
「そしておかしいことを見抜いて」
「それを暴く」
「そして否定することだね」
「そうだよ、世の中に絶対の悪はないっていうけれど」
それでもというのです。
「自分の、私利私欲の為に人を騙して利用するなら」
「悪だね」
「そうしたことをする人は」
「憎しみを煽ってそうするなら」
「紛れもなくだね」
「悪だよ、悪人だよ」
先生は言いました。
「世の中人や生きものを虐げる悪人がいてね」
「沢山ね」
「先生も見てきたね」
「そうだったね」
「そう、けれどね」
それでもというのです。
「そうしたタイプもだね」
「悪人だね」
「紛れもなく」
「そうだね」
「そんな悪人を許してはいけないから」
だからだというのです。
「見抜こうね、そして見抜けないなら」
「そうなるとね」
「大変なことだね」
「利用され尽くす」
「そして騙されて」
「崖に落ちるよ、悪人は自分が利用している人を助けないよ」
先生は断言しました。
「利用価値がなくなったらね」
「捨てるね」
「切り捨てるね」
「そうするね」
「それだけだよ」
こう言うのでした、そしてです。
先生は皆にさらにお話します、悪人について。それは人の世界において何があってもわかっておかなくてはいけないことでした。