『ドリトル先生のオーケストラ』
第七幕 オーケストラは一つじゃない
先生の祖国イギリスについてです、オーケストラの指揮者である教授さんが先生の研究室でお話しました。
「イギリス民謡です」
「演奏してくれますね」
「先生のお話を受けまして」
そうしてというのです。
「演奏することを決定しましたが」
「それでもですね」
「はい、イギリスについてですが」
国自体にというのです。
「民謡でもそれぞれ分かれていますね」
「四国にですね」
「そうですね」
「その通りです」
先生は確かな声で答えました。
「やはりイギリスは四つの国からなります」
「そのことが大きいですね」
「音楽でもです」
「イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドですね」
「連合王国であります」
「四つの国から成る」
「イギリス国王は四つの国の国王になりまして」
そしてというのです。
「それぞれの国で議会もあります」
「それがイギリスですね」
「国旗もです」
こちらもというのです。
「ユニオンジャックもです」
「イギリスを形成している国々の旗を合わせましたね」
「そうして形成されたです」
「まさに連合王国の旗ですね」
「ですから正式名称もです」
イギリスのというのです。
「ユナイテッドキングダムです」
「グーレートブリテン及び北部アイスランドのですね」
「連合王国でして」
それでというのです。
「民謡もです」
「それぞれの国に分かれていて」
「そしてです」
そうであってというのです。
「どの国の民謡もです」
「素晴らしいですね」
「はい」
先生は笑顔で答えました。
「まさに」
「左様ですね」
「はい、ですから」
「演奏してもですね」
「素晴らしいので」
だからだというのです。
「演奏を決定して頂きまして」
「先生は嬉しいですか」
「はい、きっとです」
先生はさらにお話しました。
「コンサートに来られる人達もです」
「満足してくれますね」
「そうしてくれます」
「そうですね、日本人にもです」
教授は先生に答えました。
「イギリス民謡は人気があり」
「それで、ですね」
「よく聴かれます」
「そうですね、それで歌手の人もですね」
「参加してくれます」
コンサートにというのです。
「声楽部から」
「それはいいですね、民謡ですので」
だからと言う先生でした。
「やはりです」
「歌があるとですね」
「尚いいです」
そうだというのです。
「実に」
「そうですね、ではです」
「コンサートでは歌も加わりますね」
「そうなります」
「わかりました、期待しています」
「そしてその言語は」
歌うそれはといいますと。
「英語もっと言いますと」
「スコットランド語、アイルランド語ですか」
「ウェ―ルズ語もです」
この言語もというのです。
「用いられます」
「それぞれの国の民謡に合わせてですね」
「はい」
教授はまさにと答えました。
「そうなります」
「それは素晴らしいです、各国の言語で歌うこともいいことですが」
「原語もですね」
「そちらで歌うことはです」
そうすることはというのです。
「原点ですので」
「その歌の」
「ですから」
そうであるからだというのです。
「まことにです」
「いいことですね」
「はい」
まさにというのです。
「それもまた」
「原点も大事ですね」
「まことに。ではです」
「はい、言語指導ですね」
「そちらはご安心下さい」
教授は先生にすぐに答えました。
「歌う人達もです」
「それぞれの言語を身に着けておられますか」
「そうですので」
だからだというのです。
「ご安心下さい」
「それでは」
「多くは元々英語圏の人達なので」
歌手の人達はというのです。
「安心して下さい」
「私と同じですか」
「はい、英語を話す国は多いので」
「だからですね」
「こちらは苦労しませんでした、日本人の人もいますが」
歌手にはというのです。
「その人達もです」
「英語をマスターしていますか」
「それで皆言います」
教授は先生にこうもお話しました。
「英語を覚えるとスコットランド語等もです」
「覚えやすいですね」
「そう言っていました」
「そのことですが」
先生はすぐに答えました。
「各国の言語は方言位の違いなので」
「一つの言語を覚えると他の言語も覚えやすいですね」
「それでドイツ語もです」
こちらの言語もというのです。
「英語を覚えるとです」
「覚えやすいですね」
「そうです、そしてフランス語を覚えてもです」
先生はこの言語のお話もしました。
「イタリア語、スペイン語、ポルトガル語もです」
「覚えやすいですね」
「特に勉強しなくても通じる位です」
そこまで違わないというのです。
「これが」
「言語の体系が同じなので」
「そうです、ですから英語を覚えますと」
そうすると、というのです。
「スコットランド語等もです」
「覚えやすいですね」
「はい、そして原語で歌ってくれるなら」
それならというのです。
「それもです」
「有り難いですね」
「まことに」
教授に笑顔でお話しました、そして音楽のお話が終わりますと教授はご自身の研究室に戻りました。そうしてです。
先生は論文を書きますがここで動物の皆が言ってきました。
「英語って確かにそうだね」
「覚えると他の言語覚えやすいね」
「英語だけでも世界のあちこちで通じるけれど」
「スコットランド語とかも勉強しやすいよ」
「そうなんだよね」
「そうだね、言語の体系が同じだと」
それならというのです。
「凄くね」
「覚えやすいね」
「そうだよね」
「だから歌いやすいね」
「その分ね」
「実はね」
先生はさらに言いました。
「英語、スペイン語、中国語を覚えるとね」
「かなり助かるね」
「あとアラビア語だね」
「この四つの言語の体系は世界的に定着しているから」
「覚えると楽だね」
「世界の公用語的な立場に認定されているのは」
その言語達はといいますと。
「今言った言語にフランス語とロシア語が入るね」
「アラビア語は入らない時もあるね」
「そうだよね」
「これって常任理事国の言語だね」
「国連のね」
「スペイン語以外はね、やっぱりね」
先生は皆にお話します。
「公用語を定めることもね」
「政治的な理由があるね」
「そうだね」
「どうしてもね」
「それが関わってくるね」
「そう、そして」
そうであってとうのです。
「そうなっているよ」
「お話する人の数だけじゃないね」
「そういうのって」
「どうしても政治が関わるね」
「人間の社会ってね」
「そうだよ、そしてね」
そうであってというのです。
「そこはね」
「仕方ないね」
「もうね」
「そのことも踏まえてね」
「言語のことも考えていくことだね」
「そうなんだよ、そして日本語は」
今皆がいる国のこの言語はといいますと。
「やっぱりね」
「公用語じゃないしね」
こう言ったのはジップでした。
「世界だと」
「日本の人口は一億二千万位だけれど」
それでもと言うダブダブです。
「他の国でお話する人少ないわ」
「言語体系で言うとかなり特殊だよ」
トートーはきっぱりと言いました。
「これ以上はないまでにね」
「ここまで特殊な言語ってね」
「そうはないわね」
チープサイドの家族はトートーに続きました。
「文字も文法も」
「そして発音も」
「若し日本語が世界の公用語になったら」
ガブガブは青くなって言いました。
「皆勉強に滅茶苦茶苦労するよ」
「英語の方がずっと勉強しやすいわよ」
ポリネシアも断言しました。
「はっきり言ってね」
「先生だって学ぶにあたって苦労したよね」
チーチーは先生に言いました。
「他の言語に比べて」
「生きものの言葉が分かる先生でもそうなんだよ」
ホワイティも先生を見て言います。
「言語学が一番得意じゃないのかっていう位なのに」
「その先生が困るってね」
「相当だよ」
オシツオサレツも二つの頭を先生に向けています。
「もうね」
「何と言ってもね」
「僕達には英語の方がいいよ」
老馬は心から言いました。
「やっぱりね」
「歌だってだね、歌劇の歌を日本語訳にして歌っても」
先生も言います。
「これがね」
「難しいんだよね」
「訳するにしても」
「そこから難しくて」
「歌うにしても」
「そうなんだよ、だから原語で歌う方が」
その方がというのです。
「イギリス民謡だってね」
「歌いやすくてね」
「いいよね」
「その方がね」
「そうだね」
「そうだよ、だからね」
それでというのです。
「私もいいと思うよ」
「そうだね」
「そうした意味でもだよね」
「英語圏の人が日本語でイギリス民謡歌うとなると」
「物凄く難しいよ」
「原点を見るということもあるし」
このこともというのです。
「教授さんの判断はいいと思うよ」
「そうだね」
「日本の人が日本語で歌うよりも歌いやすいし」
「わかりやすいし」
「今回はそれでいく」
「そうなったね」
「うん、確かに日本でのコンサートだけれど」
それでもと言う先生です。
「クラシックでは原語での歌唱が多いし」
「日本語で歌わなくてもいいし」
「英語圏出身の人だと英語とかで歌う方が歌いやすいし」
「色々考えたんだね、教授さん」
「そうだと思うよ、そうだったら私から言うことはないよ」
先生としてはです。
「だからね」
「その先生に協力して」
「それでだね」
「やっていくね」
「コンサートについては」
「そうしていくよ」
こう言うのでした、そしてです。
先生は論文を書いていきます、資料を調べて読んでいって書いていきます、そうしていってでした。
お家に帰るとです、王子がお家に来て先生のお話を聞いて言いました。
「そうなんだよね、英語圏の人からするとね」
「イギリス民謡は英語で歌うといいね」
「凄く歌いやすいよ」
「そうだね」
「お話するよりもね」
それよりもというのです。
「歌う方が難しいしね」
「言語はね」
「だったらね」
「日本語で歌う方がいいね」
「日本語で歌っても」
例えそうしてもです。
「決定的に違うからね」
「訳していてもね」
「日本語があまりにも独特だから」
そのせいでというのです。
「全く違うし」
「聴いていてもわかりにくいね」
「日本語で歌っているってね」
「そうだから」
それでというのです。
「かえってね」
「原語の方がいいね」
「うん、英語圏の人が歌うなら」
それならというのです。
「その方がいいよ」
「全くだね、ただね」
王子はこうも言いました。
「日本の人が英語で歌うと」
「あまり違和感ないね」
「日本語の訛りが出てもね」
それでもというのです。
「違和感はないよ」
「英語圏の人が日本語で歌うよりもね」
「そうだよね」
「例えば日本の人が原語でホーム=スウィート=ホームを歌っても」
そうしてもというのです。
「あまりね」
「違和感ないね」
「何しろ日本語は発音も複雑だから」
「そうそう、かなりね」
「そのことも影響しているよ」
「全く日本語は難しいよ」
王子はどうにもというお顔で言いました。
「歌う意味でもね」
「私も実感しているよ」
「今あらためてだね」
「思うよ、ただ今回は日本語の歌も歌うそうだよ」
「日本語のなんだ」
「許可を得て」
そうしてというのです。
「アニメや特撮の主題歌も歌うから」
「そうするからなんだ」
「そうした歌はね」
「日本の作品だからだね」
「日本語で歌うよ」
そうするというのです。
「そちらはね」
「そうするんだね」
「うん、あとね」
先生はちゃぶ台を囲んでいる王子に言います、居間で作務衣姿になっていてそのうえで座布団の上に座っています。
「歌うにあたっては頭の中で考える言語も大事だね」
「英語の歌を歌う時は英語で考えて」
「そう、英語で歌詞を読んでいって」
そうしてというのです。
「歌うとね」
「歌いやすいね」
「これを日本語で考えて」
「英語で歌詞を読んでだね」
「歌うとね」
「上手くいかないね」
「そうだよ、もうね」
それこそというのです。
「ダイレクトにね」
「英語で考えて」
「英語で歌詞を読んでね」
そうしてというのです。
「歌うとね」
「いいんだね」
「そうだよ、これはコツだね」
「他の国の言語で歌う」
「それでね」
そうであってというのです。
「こうして歌うとね」
「上手くいくから」
「やるといいよ」
「頭の中で使う言語はね」
まさにと言う王子でした。
「歌う時も大事だね」
「そうだよ、私も日本に来てからね」
「日本語で考えてるね」
「最初は英語を使っていたのが」
それがというのです。
「そうなっているよ」
「それで今もそう言うんだね」
「そうなんだ」
王子に微笑んで答えました。
「実体験としてね」
「成程ね、そう言われると僕もだよ」
王子もというのです。
「日本に来てからだよ」
「日本語で考えてるね」
「大きく分けて三つの言語をね」
「思考に使えるね」
「祖国の言語と」
まずそれと、というのです。
「英語とね」
「日本語だね」
「イギリスに来てだよ」
「英語を覚えてね」
「そうして考えることに使える様になって」
そしてというのです。
「日本語はね」
「日本に来てだね」
「そのうえでね」
そうであってというのです。
「覚えてね」
「思考にも用いる様になったね」
「そうなったよ、まさか日本に来るとは思わなかったけれどね」
「私もだよ、かつては東の果てにあるね」
「そんな国だったね」
「中南米よりも中国よりもアメリカよりも遠い」
先生はさらに言いました。
「アフリカよりも遠い」
「月よりもかな」
「そうだね、もうね」
王子に応えて言います。
「私は月にも行ったから言うけれど」
「その月よりもだね」
「遠い国だよ」
「そうだね」
「そしてね」
それでというのです。
「日本に行くことはないかなって思っていたよ」
「ただです」
トミーが言ってきました。
「イギリスが繁栄していて世界帝国と言われて」
「大英帝国とだね」
「その時に伊藤博文さん達が来ていますね」
「そうだよ、私達が気付かない間にね」
「密かに日本から来ていて」
「色々なものを見て学んでいたよ」
「後で使節団の人達も来て」
そうしてというのです。
「東郷平八郎さんもですね」
「ビクトリア女王崩御の頃には夏目漱石さんも来ていたよ」
「僕達が気付かない間に」
まさにその時にというのです。
「日本の重要な人達が来ていて」
「多くのことを学んでね」
「その学んだことを日本にもたらして」
「日本の発展の土台の一つになったんだ」
「そうでしたね」
「あの頃はそうしたことも知らなかったよ」
先生はパドルビーで暮らしてアフリカに行ったり大航海をしたりサーカスやキャラバン、郵便局と色々動きま遭っていた頃を思い出しつつお話しました。
「日本は果てにある国で」
「どんな国か知らなかったですね」
「ちょん髷をして刀を持っている」
「そんなイメージでしたね」
「うん、それで日本に来てね」
そうしてというのです。
「暮らすなんてね」
「想像もしていなかったですね」
「日本の音楽を聴くこともね」
このこともというのです。
「オーケストラでもね」
「想像していなくて」
「それでね」
「今こうしてクラシックのコンサートにも関わって」
「不思議なものだよ」
「人生はわからないですね」
「この世で最もわからないものは何か」
先生はトミーに言いました。
「人生だね」
「生きものも同じですね」
「勿論だよ、一生はね」
「どうなるかわからないですね」
「まさに神のみぞ知るで」
そうであってというのです。
「どうなるかはね」
「わからないですね」
「神でないとね」
それこそというのです。
「わからないよ」
「そうしたものですね」
「それでね」
そうであってというのです。
「日本のオーケストラを見ると」
「レベルが高いですね」
「確かに欧州からはじまったよ」
「クラシック音楽は」
「それで今もレベルが高いよ」
欧州のクラシックはというのです。
「特にウィーンはね」
「やっぱりあの街ですね」
「そう、けれどね」
それでもというのです。
「日本もかなりだよ」
「レベルが高いですね」
「何故そうかは話させてもらったね」
既にというのです。
「質のいい音楽を演奏する人達もファンの人達もいつも聴いて」
「CDでも映像でも」
「そして質のいい楽器を用いていて」
「よく練習しているので」
「物凄く勉強もしているからね」
「レベルが高いですね」
「そうだよ」
だからだというのです。
「日本のクラシックはね」
「レベルが高いですね」
「オーケストラもね」
「侮れないですね」
「日本人の凝り性が出ているからね」
この国民性がというのです。
「侮っては駄目だよ」
「絶対に」
「そうだよ」
まさにというのです。
「聴いてもね」
「そうですね」
「そして今度実際に大学のオーケストラの演奏、練習をね」
「聴かれますか」
「そうするよ、一度演奏をユーチューブで聴いたけれど」
こちらでというのです。
「大学のチャンネルであったからね」
「それで、ですか」
「そうしたらね」
「レベル高かったんだね」
王子が言ってきました。
「そうだったんだね」
「うん、確かに学生さんでね」
「まだまだだね」
「そうしたところはあるけれど」
それでもというのです。
「よく練習していて音楽も勉強している」
「それがわかるだね」
「いいものだったよ」
「じゃあ練習を聴きに行くにしても」
「楽しみだよ」
そうだというのです。
「本当にね」
「それは何よりだね」
「全くだよ」
こうお話をします、そうして先生達はお素麺とお豆腐がたっぷり入ったサラダをいただきました。お酒はよく冷えた日本酒を楽しみました。
翌日先生は朝研究室に行くと論文を書きつつパソコンでユーチューブの八条大学のオーケストラのコンサートの演奏を聴きますが。
その曲、チャイコフスキーのくるみ割り人形を聴いて言いました。
「見事だね」
「うん、よく練習しているね」
「そのことがわかるよ」
「しっかり勉強もしてね」
「皆で合わせて演奏しているね」
「いい演奏だよ」
一緒に聴いている皆に言いました。
「素直にそう言えるよ」
「学生さんの演奏だからね」
「言うならアマチュアだけれど」
「それでもいい演奏よ」
「欧州にはアマチュアのオーケストラも多くて」
「中にはレベルの高いオーケストラもあるけれど」
「負けていないね」
「全くだよ」
全く以てというのです。
「この演奏はね」
「そうだね」
「聴いて損はしないわ」
「聴いてよかったって思えるよ」
「いや、日本のクラシックもレベル高いよ」
「侮ってはいけないよ」
「チャイコフスキーさんの音楽もよく勉強しているよ」
このことも言うのでした。
「本当にね」
「先生ってチャイコフスキーさんも好きよね」
「この人の音楽も」
「そうだよね」
「先生クラシックにも造詣が深くて」
「色々な人の曲も聴くけれど」
「この人の音楽もだよ」
チャイコフスキーさんのというのです。
「好きでね、その私が聴いてもね」
「いいよね」
「そう思えるね」
「本当に」
「心からね、ただこの人結構趣味が悪かったかな」
先生は少し苦笑いになってこうも言いました。
「女性を悲しませる趣味があったそうだから」
「うん、悪趣味だね」
トートーはそのお話を聞いてすぐに言いました。
「それはまた」
「よくないね、それは」
ホワイティも言います。
「人を悲しませるのはよくないよ」
「何でそんな趣味あるのよ」
ポリネシアは少しむっとして言いました。
「変な人ね」
「そりゃ人それぞれ趣味や好みがあるけれど」
チーチーは首を傾げさせて言います。
「そうした趣味はよくないよ」
「折角音楽は奇麗なのに」
「残念だよ」
オシツオサレツも二つの頭で言います。
「本当にね」
「そこはね」
「しかし意外だね」
「そうよね」
チープサイドの家族はこうお話しました。
「チャイコフスキーさんにそんな趣味あったなんて」
「音楽は奇麗で女性的なところがあるのに」
「それでそうなんてね」
老馬は少し驚いています。
「本当に意外だよ」
「女性には紳士でないとね」
ガブガブは少しきっとなって言いました。
「やっぱりね」
「そして男性にはレディーであれよ」
ダブダブはガブガブとは逆に言いました。
「女性はね」
「つまりお互いにだね」
ジップは二匹の言葉を合わせました。
「要するに」
「うん、あの人はそうした趣味があって」
先生は皆にお話しました。
「作品にも出ているんだ」
「へえ、そうなんだ」
「音楽はこんなに奇麗なのに」
「ロシアの音楽って無骨な感じが多いけれど」
「ムソルングスキーさんとかポロディンさんとか」
「チャイコフスキーさんはそうなのに」
「あの人は歌劇も作曲しているね」
チャイコフスキーさんはというのです。
「スペードの女王やエフゲニー=オネーギンとね」
「そちらでも有名だね」
「チャイコフスキーさんはそうだね」
「くりみ割り人形とかでも有名で」
「バレエだと白鳥の湖があるね」
「こうした曲で有名で」
そうであってというのです。
「歌劇も有名で過激の脚本を書いていたけれど」
「文才もあって」
「ワーグナーさんみたいにしていたね」
「ただ作曲をするだけでなく」
「脚本も書いていたわね」
「その脚本がね」
これがというのです。
「原作とは違ってヒロインが不幸になったりするんだ」
「ああ、そうなんだ」
「それで女性を悲しませていたんだ」
「歌劇の脚本とかで」
「そうだったんだ」
「同性愛者だったという説もあった位にね」
そうしたお話もあったというのです。
「そうしたこともしていたんだ」
「成程ね」
「そうした一面もあったんだ」
「ロシアを代表する作曲家で」
「物凄く素敵な音楽だけれど」
「そうなんだ、音楽家も人間で」
そうであってというのです。
「困った一面があるものだよ」
「モーツァルトさんなんか有名だしね」
「ベートーベンさんも」
「お二人共善人だったにしても」
「困った人ではあったしね」
「そうしたことも学んでいるとわかるよ」
先生は皆に微笑んでお話しました。
「音楽を学んでいるとね」
「そうだよね」
「音楽だけじゃなくて作曲家の人のこともわかるね」
「学んでいくと」
「そうなるね」
「そう、そしてね」
そうであってというのです。
「この演奏にお話を戻すとね」
「いいよね」
「本当にレベル高いよ」
「普通に聴いていいわ」
「この演奏は」
「八条学園は高等部でも弦楽部があるね」
先生が働いている学園はというのです。
「そこでもオーケストラで演奏しているね」
「そうそう」
「高校ではそうはないよね」
「奈良県の天理高校はあるけれど」
「滅多にないよね」
「吹奏楽部はあっても」
「うん、この学園は世界屈指の企業グループが経営していて資金も設備もあって」
八条学園はというのです。
「世界中から人が集まるからね」
「人も多いしね」
「色々な文化も入っているし」
「そうした学園だからね」
「高等部からオーケストラで演奏していて」
そうしていてというのです。
「大学でも芸術学部があってね」
「管弦楽科もあって」
「そこでオーケストラを演奏出来るね」
「そういうことね」
「そうだよ、高等部もあって」
オーケストラを編成し演奏出来てというのです。
「そこから来る人も多いしね」
「大学に入学して」
「それでだね」
「この演奏だね」
「そうなんだ、本当にいい演奏だよ」
今も聴きつつ言う先生でした。
「何度も聴けるよ」
「全くだね」
「チャイコフスキーさんだけじゃないしね」
「ブラームスさんの曲もあるわ」
「スメタナさんも」
「ああ、スメタナさんなら」
先生は目を輝かせて言いました。
「我が祖国は最高だね」
「ああ、あの曲だね」
「凄くいいよね」
「特にモルダウ」
「あの曲がいいね」
「私も大好きだよ」
皆に言います。
「モルダウはね」
「まさに川って感じでね」
「流れる川」
「静かに奇麗に流れている大河」
「見事に曲で再現しているよ」
「その曲も聴こうね」
くるみ割り人形の後はとです、先生は論文を書きながら八条大学のオーケストラの演奏を聴いて楽しみました。
そしてコーヒーを飲んでこんなことも言いました。
「ベートーベンさんはコーヒーが好きでね」
「お豆の数を数えてね」
「それで自分で轢いて淹れていたね」
「それも毎日」
「そうしていたね」
「そうだよ、私は基本紅茶でね」
実際に毎日紅茶をよく飲む先生です。
「コーヒーはあまり飲まないけれど」
「ベートーベンさんはあっちの人だから」
「ボン生まれでね」
「今のドイツの」
「ウィーンにいたころが長かったし」
「あの辺りはコーヒーをよく飲むからね」
だからだというのです。
「あの人もコーヒー派でね」
「毎日そうして飲んで」
「そのうえで作曲していたわね」
「そうだったね」
「そうだよ、ただね」
こうもお話する先生です。
「私が今飲んでいるのはインスタントだからね」
「お豆のコーヒーと違ってね」
「そっちのコーヒーだから」
「また違うよ」
「コーヒーはコーヒーでもね」
「そうだよ、あとあの頃は国によっては貴族しか飲めなかったよ」
コーヒーはというのです。
「それで平民の人達が飲む代用コーヒーが生まれたんだ」
「蒲公英の葉っぱから作る」
「あのコーヒーだね」
「戦争でものがなくなってコーヒーが飲めなくなっても飲んだね」
「あとコーヒーが貴重だった東ドイツでも」
「その頃に出てね、その味はね」
代用コーヒーのそれはといいますと。
「麦茶と同じなんだ」
「日本の麦茶と」
「だったら冷やしたら美味しいね」
「麦茶と同じ味なら」
「それなら」
「実は私も飲んだことがないけれど」
それでもというのです。
「そうらしいよ」
「意外だね」
「美味しくないって聞いてたけれど」
「麦茶と同じ味ならね」
「冷やしたら美味しいわ」
「しかも蒲公英にはビタミンがあるから」
このこともあってというのです。
「栄養もあるよ」
「尚いいわね」
「じゃあ代用コーヒーは冷やして飲む」
「そうすればいいわね」
「凄い発見だよ」
「日本人は好きになるんじゃないかな」
「そう、日本には麦茶があって」
先生はさらに言いました。
「夏はよく飲まれるね」
「そして美味しいよ」
「とてもね」
「僕達も大好きだよ」
「冷えた麦茶最高だよ」
「冷えた麦茶と冷えた西瓜や瓜を一緒に食べる」
先生はにこりと笑って言いました。
「どうかな」
「もう最高」
「聞いただけで舌なめずりしそうだよ」
「いや、いいよね」
「日本の夏の美味しいものだよ」
「そうだね、まずいと言われている代用コーヒーもね」
そちらもというのです。
「そうして飲んだらいいと思うよ」
「じゃあ若し飲む機会があったら」
「そうして飲みましょう」
「是非ね」
皆も笑顔で頷きます、そうしてです。
先生は論文を書いた後で講義を行ってお昼は食堂でハンバーグ定食を食べました、するとたまたま教授さんと相席になりましたが。
教授さんとベートーベンさんのお話をすると教授さんは笑顔で言いました。
「私実はウィーンに留学したことがありまして」
「それでは」
「あの人に縁のある場所も行きました」
「そうでしたか」
「留学中はウィーン中を巡り色々な音楽も聴いて」
そうしてというのです。
「あの人に縁のある場所も行きドイツの音楽に縁のある場所もです」
「行かれたのですね」
「イタリアそれにパリにも」
「そうでしたか」
「当時はEUになって日が浅かったですが」
それでもというのです。
「EU内の往来は自由なので」
「それを利用してですね」
「運賃はうんとケチって」
そうしてというのです。
「巡りました、ベルリンにも行きました」
「ドイツの首都のですね」
「そしてベルリンフィルハーモニーの演奏も聴きました」
そうしたというのです。
「生のそれを」
「現地で、ですね」
「ウィーン=フィルハーモニーもですが」
「そうして学ばれましたね」
「はい、ですが代用コーヒーはです」
こちらはというのです。
「実はです」
「飲まれたことはないですか」
「ベルリンも壁がなくなり」
「東西ドイツが統一されて」
そうなりというのです。
「東ドイツはなくなっていました」
「そしてECがEUとなりましたね」
「東ドイツだった地域にも資本主義が押し寄せて」
共産主義だったこの国にもというのだ。
「変わっていっていました」
「そうした頃ですね」
「確かに西ドイツだった地域とは全く違いました」
「遅れていましたね」
「ですがそうした地域は行っていなかったので」
それでというのです。
「聞いているだけで」
「それよりも音楽ですね」
「音楽を学ぶ為に留学していたので」
「ベルリンでもですね」
「西の方に行きました」
「旧西ベルリンですね」
「そちらにおいてです」
まさにその地域でというのです。
「聴きました、壁の跡地と門は見ました」
「ブランデンブルグ門ですね」
「そちらに行きまして」
そしてというのです。
「見ました、ですがその先東の方はです」
「行っていないですか」
「はい、そして」
そうであってというのです。
「代用コーヒーもです」
「飲まれていないですか」
「そうでした、あとです」
教授さんはさらにお話しました。
「東の人達ともお会いしましたが」
「何かありましたか」
「はい、やはり服が違いました」
「東側、共産圏の服は」
「かなりです」
それこそというのです。
「質が落ちました」
「やはりそうでしたか」
「西と東ではです」
「ベルリンでもですね」
「全く違いました」
「同じドイツであっても」
「正直驚きました」
そうだったというのです。
「私は東ベルリンには行っていませんが」
「人とお会いして」
「色々見ました」
「東ドイツは実はです」
先生は難しいお顔で言いました。
「共産圏ではかなりいい国でした」
「そうでしたね」
「経済的にも」
「優等生と言っていい国でしたね」
「はい、ですが」
その東ドイツがというのです。
「統一されますと」
「西ドイツと比べてですね」
「全く違いました、留学では音楽以外にもです」
「そうしたことがわかりましたね」
「はい」
実際にというのです。
「そうでした」
「そうだったのですね」
「留学は音楽だけでなく」
「色々なことを学ばれましたね」
「そうでした、そして音楽を学んだことを」
それをというのです。
「今もです」
「活かされていますね」
「そうしています、それでハンバーグですが」
先生が食べているそれを見て言います。
「元々はドイツ料理ですが」
「美味しいですね」
「ドイツでもよく食べました」
「そうでしたか」
「はい、他にもソーセージもアイスバインもです」
そうしたものもというのです。
「よく食べました」
「ではジャガイモも」
「勿論です、オーストリアとドイツはまた違いますが」
それでもというのです。
「どちらでもです」
「お食事を楽しまれていましたか」
「そうでした」
笑顔で言うのでした。そうして先生は教授さんと音楽のお話をご飯を食べながらしていくのでした。