『ドリトル先生のオーケストラ』
第八幕 練習を聴いて
今日は大学のオーケストラの練習を聴きに行く日です、先生はお邪魔する時間を研究室で論文を書いて本を読みつつ待っていましたが。
ここで、です。動物の皆が言ってきました。
「先生、今日だよね」
「時間になったらホールに行くね」
「そして練習を聴かせてもらうね」
「どんな曲を演奏するか」
「そうだよ、今日の四時からね」
その時間からというのです。
「お邪魔するよ」
「楽しみだね」
「どんな音楽かね」
「実際にね」
「そうさせてもらうね」
「そうだよ、そしてね」
そうであってというのです。
「教授さんの指揮も見せてもらうけれど」
「ユーチューブの動画で見せてもらってね」
「凄くいいと思ったけれど」
「実際に見て聴くのは違うから」
「行かせてもらうね」
「そうだよ、それとね」
さらに言う先生でした。
「曲もどんな曲を練習するかね」
「わかっていないね」
「そうだね」
「今日は」
「そうだよ、けれど行かせてもらって」
コンサートホールにというのです。
「見させてもらって聴かせてもらうよ」
「そうするね」
「じゃあ今はそれを楽しみにして」
「論文を書いてね」
「本を読んでいくね」
「そうしていくよ、それで今読んでいる本はね」
見ればドイツ語の本です。
「フルトヴェングラーとトスカニーニの本だよ」
「二人共二十世紀の指揮者だね」
「物凄く有名な人達だよね」
「クラシックの歴史に名前が残る」
「そんな人だね」
「そう、それでね」
そうであってというのです。
「同じ時代に生きてライバル関係でもあったんだ」
「確か会ったこともあったね」
「それでお話したこともあるんだよね」
「そのお二人は」
「そうだったんだ、けれどね」
先生は皆に少し難しいお顔になってお話しました。
「仲は悪かったよ」
「どちらも凄い人達で」
「同じ時代に生きて」
「それで顔見知り同士であっても」
「その頃ナチスやファシスト党がそれぞれの国を支配していて」
そうであってというのです。
「フルトヴェングラーさんはドイツ人でね」
「そうそう、ドイツ生まれでね」
「今もドイツを代表する指揮者って言われているね」
「二十一世紀になっても」
「そう言われているね」
「そうなんだ、けれどね」
それでもというのです。
「ドイツにナチスが出て」
「政権を握ってね」
「とんでもないことになったね」
「そうだったね」
「そしてトスカニーニさんがイタリア人で」
この人はというのです。
「最初はファシスト党を支持していたけれど」
「距離を置いたね」
「そうだったね」
「この人は」
「そう、そしてね」
それでというのです。
「フルトヴェングラーさんを批判したんだ」
「ナチスが支配するドイツにいたから」
「それでだったんだ」
「仲が悪かったんだ」
「ナチスに反対して多くの音楽家がドイツを去ったけれど」
それでもというのです。
「フルトヴェングラーさんは残ってね」
「それでだね」
「ナチスを支持していると思ったんだね」
「トスカニーニさんとしては」
「実際はフルトヴェングラーさんはナチスに否定的だったんだ」
そうだったというのです。
「ドイツに残ってもね」
「それでもだね」
「ナチスを支持していた」
「そう思っていたんだね」
「トスカニーニさんとしては」
「そうだったんだ、やがてフルトヴェングラーさんはゲシュタポに警戒されてね」
ドイツの秘密警察、とんでもなく恐ろしい組織にというのです。
「ドイツを脱出したよ、それこそね」
「それこそ?」
「それこそっていうと?」
「映画のサウンド=オブ=ミュージックみたいな」
そうしたというのです。
「脱出劇だったんだよ」
「凄いね」
「あの映画みたいなことが本当にあったんだ」
「そうしてフルトヴェングラーさんはドイツを脱出したんだね」
「最期には」
「まさに間一髪でね」
あと少しでゲシュタポに捕まるところだったというのです。
「そうだったんだ」
「本当にナチスには否定的だったんだね」
「フルトヴェングラーさんは」
「けれどトスカニーニさんはドイツに残ったからナチス支持って思って」
「批判したんだね」
「大喧嘩もしたらしいよ」
お二人はというのです。
「そのナチスのことでね」
「音楽にもナチスは関わっていたんだね」
「ナチスは色々とんでもないことをしたけれど」
「音楽にも関わっていたんだね」
「そうだったのね」
「ヒトラーはクラシックが大好きで」
この音楽がというのです。
「特にワーグナーが好きだったね」
「そうそう、ヒトラーってね」
「読書家で芸術を愛していたね」
「元々画家になりたかったし」
「絵が大好きでね」
「そしてね」
そうであってというのです。
「クラシックが好きで無類のワーグナー好きで」
「音楽にも関わっていたんだね」
「ナチス自体が」
「それでフルトヴェングラーさんも」
「ヒトラーはフルトヴェングラーさんの指揮に感動したんだ」
実際に聴いてというのです。
「素晴らしいってね」
「芸術のセンスがあって」
「音楽も理解していて」
「それでなんだ」
「そうなんだ、これも歴史なんだ」
先生は難しいお顔で言いました。
「いいか悪いか別にしてね」
「そうだね、しかし意外って言えば意外だね」
「ヒトラーが音楽好きだったなんてね」
チープサイドの家族がお話します。
「芸術が好きで」
「読書家でもあったなんてね」
「意外と文化的だったんだ」
チーチーも意外そうです。
「あの時も意外だって思ったけれどね」
「そうそう、ヒトラーを見ていてね」
ジップはあの頃を思い出して言いました。
「意外だったよ」
「独裁者で野蛮なイメージがあったわ」
ダブダブはきっぱりと言いました。
「ヒトラーには最初ね」
「それが違っていて」
「元々画家になりたかったし」
オシツオサレツも二つの頭で言います。
「物凄く沢山の本を読んでいて」
「教養もあったね」
「やたらと物騒で野蛮なことを言ったのに」
それでもと言うトートーでした。
「文化的だったんだね」
「それでフルトヴェングラーさんの音楽も好きで」
ホワイティは考えつつ言いました。
「感激もしたんだね」
「それで特にワーグナーが好きで」
ポリネシアも意外といった風で言います。
「よく聴いていたんだ」
「それでフルトヴェングラーさんとも関わっていたんだね」
老馬はしみじみとした口調で言いました。
「成程ね」
「歴史の思わぬ一面だね」
ガブガブは確かにと言いました。
「先生の言う通りだね」
「ヒトラーは確かに物凄く偏見が強くてね」
それでと言う先生です。
「沢山の悪いことをしたけれど」
「それでもだね」
「文化的でもあって」
「音楽を愛した」
「そうでもあったんだ」
「そしてね」
そうであってというのです。
「私生活は真面目だったんだ」
「そうなんだよね」
「菜食主義でね」
「お酒も煙草も口にしないで」
「服や身の回りのものは質素で」
「趣味も読書や音楽鑑賞でね」
「女性にも清潔でね」
ヒトラーはとです、先生は言いました。
「本当にね」
「真面目だったね」
「ヒトラーの生活は」
「権力を使ってどうかしないで」
「質素だったのよね」
「税金を支払わない様にして蓄財はしていても」
それでもというのです。
「私腹を肥やさないで遺産にもしなかったよ」
「何か政治資金にって考えていたんだね」
「いざっていう時の」
「それで蓄財していたんだね」
「そうだよ、あと身内を贔屓しなかったんだ」
先生はヒトラーのこのこともお話しました。
「家族もいなかったしね」
「最後の最後に結婚するまで」
「それまでずっとだったね」
「独身でね」
「家族はいなかったね」
「それで身内を傍に置かなくて」
そうであってというのです。
「重く用いなかったよ」
「色々意外だよね」
「独裁者っていっても」
「ヒトラーってそうした人だったのね」
「実は」
「そうだったんだ」
こうしたお話もしながらです、先生はドイツ語のその本を読みました。そして論文も書いて四時前にです。
皆と一緒に研究室を出てそのうえで大学のコンサートホールに向かいました、そうして中に入ると教授がいたので挨拶をしました。
「お邪魔します」
「はい、では練習を御覧になって下さい」
教授は微笑んで答えました。
「お聴きになって下さい」
「そうさせてもらいます」
「はい、そして」
それでというのです。
「ご感想をお聞かせ下さい」
「そうさせてもらいます」
「それでは今から」
「練習をはじめます」
教授は指揮台に立ちました、そのうえで今はそれぞれのラフな服装の学生さんのオーケストラの指揮をはじめました。オーケストラも演奏をはじめまして。
先生はその音楽を聴きました、今日はモーツァルトやブラームスそれにチャイコフスキーやラヴェルの曲でした。
全て聴いてです、先生は教授に言いました。
「どれも素晴らしかったです」
「点数、百点満点ではどれ位でしょうか」
「八十五点ですね」
「そうですか、百点ではないですね」
「そうでした」
先生は正直に答えました。
「それがよくないのですね」
「やはりです」
教授は真面目なお顔で答えました。
「百点であってこそです」
「いいのですね」
「そうです、より練習をしていき」
そうしてというのです。
「コンサートの時にはです」
「百点にしますね」
「そうします」
まさにとうのです。
「これからは」
「そうですか、百点ですか」
「目指すのは。コンサートまであと少しなので」
だからだというのです。
「ここはです」
「練習をしていき」
「そしてです」
そのうえでというのです。
「百点になります」
「完璧主義なのですね」
「百点を目指してこそ最高の音楽になるので」
だからだというのです。
「私達はです」
「オーケストラの皆さんもですね」
「百点を目指します、ただ」
「ただ?」
「私は決して感情的にならない様にしています」
「練習の時もですね」
「常に穏やかで冷静でなければ」
さもないと、というのです。
「ならないと考えていますの」
「音楽を離れても」
「はい」
まさにというのです。
「そうでありましても」
「だからですか」
「指導もです」
「穏やかに冷静にですね」
「感情的にならずまた悪意もです」
それもというのです。
「出してはならないとです」
「お考えなのですね」
「左様です」
そうだというのです。
「公平に」
「素晴らしいですね」
「我が国は教師に問題がある人が多いので」
それでというのです。
「尚更です」
「気を付けておられますか」
「間違っても暴力なぞです」
「振るわれないですね」
「人を殴ってその人がよくなるのか」
「いえ」
先生は即座に否定しました。
「そんなことはありません」
「そうですね」
「むしろ殴られた人が傷付きます」
「トラウマも持ちますね」
「そうなることも多いです」
実際にというのです。
「そうなってはです」
「駄目ですね」
「はい」
絶対にというのです。
「暴力は教育ではありません」
「愛の鞭といっても」
「確かに昔は寄宿学校でも体罰はありました」
先生はイギリスのそうした学校のお話もしました。
「悪いことをすれば報いを受ける」
「そのことを教える為にでしたね」
「体罰を行っていました」
「そうでしたね」
「しかし今は違います」
「体罰を行っても人は良くならないですね」
「そして体罰も暴力です」
そうなるというのです。
「暴力はあってはなりません」
「そうしたものですね」
それ故にというのです。
「今は寄宿学校でも行われていません」
「左様ですね、ですが日本ではです」
「今も暴力を振るう先生がいますね」
「それも数多く」
そうだというのです。
「非常に酷いことに」
「そしてその先生達とはですね」
「私は違います、留学した時もです」
「体罰はなかったですね」
「オーストリアでもドイツでも」
「他の国々でも」
「そうでした、それがあるべき姿です」
教授は強い声で言いました。
「教育の」
「おかしいのは日本の教育ですね」
「そうです、私は常に考えています」
「暴力はあってはならないと」
「ですから私自身はです」
絶対にというのです。
「暴力を振るわず」
「世にも訴えておられますか」
「暴力はあってはならないと」
その様にというのです。
「主張しています」
「素晴らしいことです、事実日本の先生にはおかしな人が多いです」
先生は真面目なお顔で言葉を返しました。
「あまりにも暴力的な人が」
「他にも性犯罪もです」
「行う先生が多いですね」
「はい」
そうだというのです。
「まことに」
「日本に来て驚きました」
「酷い先生が多くて」
「また教師としてのレベルもです」
「低い先生が多いですね」
「要するに授業が下手で」
そうであってというのです。
「生徒が理解出来ない」
「理解出来る授業を行っていない」
「そんな先生も多いです」
「その質もです」
それもというのです。
「実際にです」
「問題になっていますね」
「長い間。しかし」
「中々改善されないですね」
「残念ですが」
教授は暗いお顔で答えました。
「そうなのです」
「日本ではですね」
「教えるのが下手で生徒から言われましても」
「直接ですね」
「全くです」
それこそというのです。
「何年経ってもそうした授業のままの教師がいます」
「改善する気がないのですね」
「若しくは能力がないか」
「授業を受ける生徒にはいい迷惑ですね」
「何しろ実家に転職しては生徒に言われて」
そうであってというのです。
「笑って他の人に話す」
「冗談で言われてると思っているのですね」
「自分の無能にも気付かず」
「変わりませんね」
「一般社会なら本気で注意される様な」
そうしたというのです。
「無能な人物がです」
「日本では学校の先生ですね」
「しかも暴力や性犯罪が放置されるのです」
「尚悪いですね」
「はい、ですから」
そうであってというのです。
「日本の教育はです」
「悪いままですね」
「教師の質があまりにも酷いので」
その為にというのです。
「日本で最も無能か狂暴な者が集まる」
「そんな世界ですね」
「先生も多くの酷い人とお会いしてきましたね」
「はい、聴いてもきました」
先生は眉を曇らせて答えました。
「主に生きもの達のことで」
「日本の教師はそうした人達が多く」
「教育が酷いのですね」
「教師にならないとヤクザ屋さんか半グレになる様な」
そうしたというのです。
「酷い人が多く」
「しかも責任を問われない」
「教育委員会がありましても」
それでもというのです。
「実質的にはです」
「機能していないですね」
「例えばいじめが問題になりましても」
「放置されてですね」
「表に出て世論から激しいバッシングを受けまして」
そうなってというのです。
「慌てて釈明する」
「そうしたことばかりですね」
「日本の教育界ではです」
「教育委員会も動かないのですね」
「そうした先生で構成されるので」
教育委員会もというのです。
「そうなっています」
「イギリスの先生でも問題のある人はいます」
先生は祖国のお話もしました。
「ですが日本はあまりにもです」
「酷いですね」
「あまりにも質の悪い人が多過ぎます」
「私もそう思いまして」
教授もというのです。
「それで、です」
「反面教師にされていますね」
「そして学生諸君にいつも言っています」
「そうした人にならない様にと」
「自分はよくても周りが迷惑します」
そうなるというのです。
「ですから」
「そう教えていますね」
「常に。オーケストラは教育にも貢献します」
こうもです、教授は言いました。
「楽器の演奏が上達する為に努力して」
「周りと調和し素晴らしい音楽を生み出す」
「指揮者、人を見て」
「そうしたものだからですね」
「非常にです」
「教育にも貢献しますね」
「そうです、ですから私も向かい合っています」
教授は確かな声で言いました。
「音楽そして学生諸君と」
「指揮者としてだけでなく教育者としてもですね」
「そうしています、生徒は向かい合うものであり」
そうであってというのです。
「見下し踏みつけ虐げる」
「感情をぶつける相手でもないですね」
「絶対に、また教えたことが理解されないなら」
「理解される様に努力する」
「そうすることがです」
まさにというのです。
「教育者のあるべき姿です」
「その通りです」
先生はまさにと頷きました。
「私もです」
「向かい合われますね」
「誰とでも」
「多くの生きもの達とも」
「当然です、そのことは変わりません」
絶対にというのです。
「私はこれからもです」
「そうしていかれますね」
「必ず」
先生の声は確かなものでした、そしてお野菜の楽器のお話もしました。そちらは学園の初等部の子達が行うことになりました。
それが終わってから先生は研究室の戸締りをしてからお家に帰りました、帰るとすぐに生きもの達が言ってきました。
「お野菜のことも決まったね」
「お野菜から作った楽器のことも」
「小学校の子達が演奏するんだ」
「じゃあそのことをだね」
「これからお話するね」
「子供さん達に」
「そう、そしてね」
そのうえでというのです。
「皆で演奏するよ」
「そうするね」
「じゃあ小学校に行ってね」
「皆にお話しよう」
「そうしようね」
「是非ね、それとね」
さらにお話します。
「一つ問題があるよ」
「問題?」
「問題っていうと?」
「何かな」
「私はお子さん達で希望するならね」
それならというのです。
「皆に演奏して欲しいと思っているけれど」
「ああ、何人来てくれるか」
「それがわからないね」
「そうだね」
「オーケストラは時として百人以上になるけれど」
それでもというのです。
「果たしてどれだけのお子さんが演奏したいって言うか」
「そのことだね」
「先生は何人でもいいよね」
「そう考えてるね」
「うん、楽器は幾らでも作られるよ」
この心配はないというのです。
「それこそね」
「そうだよね」
「お野菜から作るからね」
「人参やカボチャやカブから」
「色々なお野菜から作るから」
「問題ないね」
「そして音楽はね」
演奏する曲はといいますと。
「お子さん達が楽しく演奏出来る」
「そうした曲だね」
「そうした曲を選ぶね」
「そうするね」
「そしてね」
そうであってというのです。
「候補はあるよ」
「もうあるんだ」
「先生は見付けてるんだ」
「そうした曲を」
「おもちゃのチャチャチャにね」
まずはこの曲を挙げました。
「赤とんぼだね」
「どっちも名曲だね」
「日本だと皆が知ってる」
「そうした曲だね」
「そして演奏することに意義があって」
そのこと自体にというのです。
「上手下手はね」
「関係ないね」
「演奏することが重要で」
「お子さん達の場合はだね」
「そうだよ、音楽を好きになってもらう」
先生は言いました。
「お子さん達にはそれが大事だよ」
「そうだね」
「ここで厳しく教えてね」
「怒ったりしたらね」
「それで嫌いになるしね」
「そう、そしてね」
そうであってというのです。
「好きになってもらう為に楽しくね」
「演奏してもらうね」
「お野菜の楽器を使って」
「そうしてもらうんだね」
「それが大事だよ、教授さんとお話したけれど」
ここで先生は困ったお顔になって言いました。
「日本の先生はお子さんでも怒鳴る人いるしね」
「暴力振るったりね」
「それも教える中で」
「悪いことしたから叱るんじゃなくて」
「教える中でするからね」
「それが怖いよね」
「若し音楽をはじめてね」
そうしてというのです。
「下手だとか言われて怒鳴られるとね」
「嫌になるよね」
「音楽だって嫌いになるね」
「折角はじめたのに」
「そうなるね」
「若し才能があっても」
それでもというのです。
「その才能をね」
「潰すね」
「そうしてしまうね」
「折角才能があっても」
「そうなるわね」
「だからね」
そうなるからだというのです。
「まずは好きになってもらわないとね」
「好きこそものの上手なれ」
ホワイティは言いました。
「そうだよね」
「そうそう、好きならどんどんやるし」
それでと言う老馬です。
「自然と上達するね」
「絵でも最初は下手でも描いていけば」
「上手になるわ」
チープサイドの家族は絵のお話をしました。
「音楽も同じね」
「演奏すると上手になるよ」
「好きだから進んでやるのよ」
ダブダブはきっぱりと言いました。
「まさにね」
「そうそう、そうなるから」
それでと言うジップです。
「まず好きになることだよ」
「嫌いならやっても嫌々になって」
「上達しないよ」
オシツオサレツも二つの頭で言います。
「どうしてもね」
「そうなるよ」
「だから大事なのは好きになることだね」
トートーはまさにと言いました。
「何でも」
「それを最初から駄目出しされたらどうなのよ」
ポリネシアは眉を顰めさせて言いました。
「嫌になるわよ」
「何で日本の学校の先生ってそれがわからないのかな」
ガブガブはどうかというお顔になって首を傾げさせました。
「不思議だよ」
「自分はどうなのかな」
チーチーは腕を組んで言いました。
「はじめて駄目出しされたら」
「そうしたことがわからない位レベルが低いんだ」
先生は皆にお話しました。
「日本の学校の先生はね」
「そういうことだね」
「そしてそこから努力しない」
「そんな人達ばかりだね」
「レベルが低いままで」
「思いやりもないんだ」
日本の学校の先生の多くはというのです。
「これがね」
「いいところないね」
「全く以て」
「それじゃあね」
「どうしようもないね」
「そうなんだ、最悪お子さんを殴ったり蹴ったりするから」
先生は皆に言いました。
「暴力受けてもしない人なんてどれだけいるか」
「わからないよね」
「それ教育じゃないから」
「虐待だから」
「絶対にしたら駄目だよ」
「何があってもね」
「そう、だからね」
それでと言う先生です。
「今回はね」
「まず好きになってもらう」
「音楽を」
「そこからだね」
「お野菜の楽器を使って」
「そうしていくよ、そして何でもやってみる」
先生は皆にこの言葉も出しました。
「そのことも大事だね」
「そう、チャレンジ精神」
「このことも大事だね」
「何と言っても」
「そうだよね」
「そう、やってみないとね」
そうでないと、というのです。
「面白いとか自分に合っているとか」
「わからないね」
「やってみないと」
「さもないとね」
先生はさらに言いました。
「何もわからないしね、私だって最初はそうだよ」
「やってみたね」
「学問をね」
「本を読んでみて」
「語学を学んでみて」
「そう、文字を教わって」
そうしてというのです。
「絵本を読んで」
「それからだね」
「先生は学問をはじめて」
「本も学問も大好きになって」
「今に至るね」
「学校の勉強も好きになって」
そうなってというのです。
「大学も出たよ」
「そしてお医者さんになって」
「他にも色々な学問に励んで」
「今に至るね」
「そうだよね」
「若し本を読まなかったら」
幼い頃にというのです。
「私はどうなっていたか」
「わからないよね」
「それこそ」
「学問をしない先生は想像出来ないけれど」
「まずはやってみた」
「絵本を読んではじまったね」
「そこからだったよ」
先生は皆にお話します。
「本当にね」
「やってみることって本当に大事だね」
「はじめる」
「音楽もそうだね」
「そこからだね」
「そうだよ、何もしないでいたら」
そうであったらというのです。
「何も出来ないままだよ」
「出来るかどうかもね」
「やってみないとね」
「まずはそこからだよ」
「わからないわ」
「そうだよ、だからチャレンジ精神は必要だよ」
そうだというのです。
「まずはやってみる」
「お子さん達もだね」
「音楽にしてもそうで」
「やってみることだね」
「本当に」
「そういうことだよ」
皆に笑顔でお話しました。
「だから上手下手はね」
「問題じゃない」
「練習をしても」
「楽しむことが重要で」
「好きになってもらうことだね」
「その通りだよ」
こう言うのでした、そしてです。
先生は皆と一緒に晩ご飯を食べました、今日はレバニラ炒めとお野菜が沢山入ったお味噌汁それにお漬けものにです。
おつまみに沢山の枝豆が用意されています、先生は枝豆を見て言いました。
「これはいいね」
「はい、枝豆お好きですよね」
「大好きだよ」
晩ご飯を作ってくれたトミーににこりと笑って答えました。
「食べてみてね」
「凄く美味しいので」
「食べることもだよ」
これもというのです。
「やっぱりね」
「やってみることだね」
「さもないとわからないよね」
「その食べものが美味しくても」
「食べないとわからないね」
「そう、何でも食べてみることも」
皆にお話します。
「チャレンジ精神だよ」
「そうだよね」
「本当に食べないとわからないよ」
「その食べものが美味しいかどうかも」
「まずはね」
「レバニラ炒めだってね」
そちらをおかずにしてご飯を食べて言います。
「イギリスにはないからね」
「こうしたお料理はね」
「レバーを食べてもね」
「韮と一緒に炒めることはね」
「ないよね」
「これは中華料理になるけれど」
レバニラ炒めはというのです。
「他の国にはね」
「ちょっとないね」
「中華料理だけれど中国にもないみたいだね」
「日本の中華料理でね」
「イギリスにもないよ」
「けれど食べたら」
これがというのです。
「美味しいね」
「そうそう、身体にもいいしね」
「レバーも韮もそうだから」
「美味しいし栄養もある」
「そうしたお料理だよね」
「そのことも食べてわかるよ」
実際にというのです。
「そうしたらね」
「色々作ってみています」
トミーは微笑んで言ってきました。
「僕も」
「そうだよね」
「はい、日本に来てです」
それからというのです。
「本当にです」
「色々なお料理をだね」
「作ってみています」
「そうしているね」
「和食や中華や洋食に」
「他のものもだね」
「そうしていまして」
それでというのです。
「枝豆もです」
「チャレンジしたね」
「お店で買って茹でています」
「それが美味しいね」
「お豆ですから凄く身体にいいですし」
「お酒にも合うしね」
「ですから」
それでというのです。
「是非です」
「作ってだね」
「お酒も飲んで下さい」
「そうさせてもらうね」
「それでお酒は何を飲まれますか?」
「ワインがあったね」
先生はこのお酒について言及しました。
「そうだね」
「はい、白ワインが」
トミーはすぐに答えました。
「二本あります」
「ボトルでだね」
「そうです」
「じゃあそれを頂くよ」
「他にはビールもあります」
「そうなんだね、けれどまずはね」
今夜はというのです。
「ワインをいただくよ」
「そうされますか」
「うん、枝豆を食べて」
そうしてというのです。
「そしてね」
「ワインを飲まれますね」
「これが合うんだ」
先生はにこりと笑って言いました。
「本当にね」
「確かにそうですね」
トミーも微笑んで頷きました。
「枝豆に白ワインは合います」
「そうだね」
「日本酒やビールにも合いますが」
「白ワインにもだよ」
「合いますね」
「だから今はワインを飲んで」
そうしてというのです。
「それからね」
「余裕があればですね」
「ビールを飲んで」
「楽しまれますね」
「そうするよ」
笑顔でお話してでした。
先生は枝豆をおつまみに白ワインを楽しみました、そして最後にビールを少し飲んで歯を磨いて寝たのでした。夕食前にお風呂に入っていたのでお身体は奇麗でした。