『利口な女狐の話』




                             第二幕  結婚式

 森に戻って来たビストロウシカはまず緑の木々を見上げた。それは実に懐かしくそして心地よいものだった。その柔らかい日差しもである。
「これがいいのよね」
「あれ、ビストロウシカじゃないか」
「最近見なかったけれどどうしたんだい?」
「生きていたんだ」
 彼女を見つけた森の動物達が彼女に声をかけてきた。
「元気そうだけれど」
「どうしていたんだい?」
「ちょっとね。人間に捕まってね」
「もう出て来たんだ」
 あの蛙がここで言った。彼は木の上にいる。
「早いね」
「逃げ出すのなんて訳ないわよ」
 その蛙に対して胸を張って言うビストロウシカだった。
「それはね」
「訳ないっていうの」
「そうよ。それにしてもあんたも相変わらずね」
「そうかな」
「そうよ。暢気に生きてるみたいね」
「僕はね。それが一番いいからね」
 そう言われても平気な顔の彼である。
「それはそうとね」
「それはそうと?」
「お家が欲しいわね」
 こんなことを言うのだった。
「これからね」
「おや、最近見ないと思ったら」
 ここで穴熊が家から出て来た。そうしてそのうえで言うのだった。
「戻って来たんだ」
「戻って来たわよ。ところであんた」
「何だい?」
「そこ別荘よね」
 ビストロウシカは顔を出してきたその穴熊に対して言った。
「穴熊さんの」
「それがどうしたんだい?」
「別荘だったらいいわね」
 それを聞いてまずは納得した顔で頷く彼だった。
「ねえ、それでだけれど」
「それでだけれど?」
「その別荘譲ってくれない?」
 こう言うのだった。
「よかったら」
「また随分と図々しいことを言うな」
 穴熊は今のビストロウシカの言葉を聞いてまずは呆れたのだった。
「ここはわしの別荘だぞ」
「別荘だからよ」
「それを譲ってくれというのかい」
「駄目かしら」
「駄目とかそういう以前とは思わないのか?」
 穴熊はまた怪訝な顔で返した。
「幾ら何でも」
「御礼はするわよ」
 御礼というのだ。
「それもね」
「御礼かい」
「はい、これ」
 言いながら何処からか出して来たものがあった。それは。
 見れば一房の葡萄であった。それを出してきたのである。
「どうぞ」
「葡萄かい」
「あんた好きでしょ」
 あらためて彼に問うビストロウシカだった。
「これは」
「まあ好きだけれどね」
 穴熊もそれは否定しない。
「そうでしょ。好きよね」
「そうだがこれだけで済むものか」
 穴熊は憮然とした顔で彼女に言い返した。
「葡萄だけで」
「いいじゃない、乙女からの心尽くしよ」
「それだけでこの別荘をか」
「駄目だっていうのね」
「駄目に決まってるだろ」
 ここではっきりと言い切った彼だった。
「これ位じゃ」
「じゃあどれがいいのよ」
「だからこれ位じゃ駄目だ」
 穴熊はまだ言う。
「葡萄だけじゃな」
「それならどうするかよね」
「ああ。どうするんだい?」
「あんた森の西の方にも別荘持ってたわよね」
 このことを言ってきたのであった。
「そうよね。持ってたわよね」
「それが一体どうしたっていうんだ」
「そこに可愛い穴熊の娘がいるわよ」
 これは本当のことである。それを彼に告げたのだ。
「穴熊のね」
「ほう、それは本当かい」
「私はこういう時に嘘はつかないわよ」
 堂々と言ってみせたのである。
「しかもよ」
「しかも?」
「その娘も葡萄が好きなのよ」
 こう話すのだった。
「葡萄がね。これでわかったわね」
「ああ、よくわかったよ」
 それを聞いて満足した顔で頷く彼だった。
「それじゃあな」
「さあ、これでいいわね」
「あんたは随分と知恵が回るんだな」
 穴熊はそのビストロウシカの顔を見てにやりと笑ってみせた。
「これで別荘を手に入れるなんてな」
「わかったら早く行きなさい」
 その葡萄をあえて出してみせてまで言うのだった。
「いいわね、これで」
「わかったよ。それじゃあな」
 穴から出て葡萄を口に咥えてそのまま森の西の方に向かうのだった。それを聞いてすぐに家を後にする。ビストロウシカはそれを見届けてから穴の中に入った。
 これで家を手に入れた彼女は家の中でゆっくりと寝た。その頃人の世界では。
 酒場であった。酒場は木造であり褐色の内装である。その店の奥で二人の三人の中年の男達が卓を囲んでいた。ビールを飲み煙草をふかしながらトランプを楽しんでいる。
「それでだけれど」
 蚊の様に痩せた男がいた。端整な服を着てカードを手にしている。
「どうかな」
「どうかといいますと」
 見れば管理人もいる。彼は木の杯の中のビールを美味そうに飲んでいる。それを飲みながらそのうえで楽しく過ごしているのであった。
「校長先生、何か?」
「いやいや、管理人さんはですね」
 その管理人には笑って返した。
「もう関係のないお話です」
「もうですか」
「結婚されてるじゃないですか」
 だからだというのである。薄暗い部屋の中で煙草の煙がくゆらいでいる。周りの他の客達もそれぞれ酒に煙草を楽しんでいた。カードもである。
「ですから」
「ああ、それで関係ないんですね」
「そういうことです。それで牧師さん」
「はい」
 見ればその牧師は穴熊そっくりの顔をしている。見れば見る程だ。穴熊がそのまま牧師の黒い服を着ているようにしか見えない。
「御結婚は」
「それはまだですよ」
 苦笑いで応える牧師だった。その手にカードを弄びながらだ。
「全然ですよ」
「おや、御相手は」
「いやいや、全然」
 校長の言葉にまた苦笑いで返した。
「ないですよ」
「本当ですかね」
「本当ですよ。嘘なんか言いませんよ」
 そうは言っても顔には余裕がある。
「もうそんな話はですね」
「ですが」
 しかし校長も負けてはいない。ここで楽しげな笑みを浮かべて言うのだった。
「何か最近気になる娘がいるとか」
「うっ、それは」
 それを言われると急に、であった。動きを止める牧師だった。
「まあそれは」
「ないとは言えないですね」
「それでもです」
 だがここで牧師は遠い目になって述べた。
「どうもです」
「どうも?」
「昔のことを思い出してしまいます」
 その遠い目での言葉であった。
「どうしても」
「あのテリンカさんですか」
「そうです。いい娘でした」
 こう校長と管理人に対して話すのだった。
「あんないい娘はいなかったですね」
「まあまあ」
「そういうことは言わないで」
 場がしんみりとなったので牧師を慰める校長と管理人だった。その彼に干し肉を勧める。言うまでもなくビールのつまみである。
「これでも食べて」
「ビールも飲んで」
「ええ、そうですね」
「今日は楽しくですよ」
「ですね。それは」
 二人の言葉を受けて顔をあげた牧師だった。
「それでは」
「そうそう。楽しくですよ」
「飲みましょう」
「ええ。それじゃあ」
 こうして三人はカードに酒、それとつまみに煙草を楽しんだ。そのうえで店を出てそうして夜の道を歩く。片隅には森がある。まず校長が見たのだった。
「あれ、あれは」
「あれは」
 そして次には牧師が気付いたのだった。
「テリンカじゃないか」
「そうですか。あれがですか」
「ええ。よく似てますよ」
「何を言ってるのかしら」
 実はそれはビストロウシカである。二人はあまりにも酔っていてそれで彼女を人間の女だと見間違えていたのである。相当な酔いであった。
「私が人間の筈がないじゃない」
「いや、本当に似ているな」
「何かこの人あの穴熊さんに似てるし」
 ビストロウシカもビストロウシカで気付いた。
「っていうかそっくりじゃない」
「ふうむ。それはまた奇麗な」
 校長も言う。ビストロウシカは彼にも気付いた。
「蚊にそっくりね、こっちの人は。それに」
「おや、あれは」
 お互い気付いたのであった。同時に。
「あの人間は」
「あの狐か」
「あの人間なのね」
 こうそれぞれ呟いた。
「逃げて今は森にいたのか」
「元気みたいね」
 ここで互いに因縁を感じたのであった。
「こんなところで会うとは思わなかったが」
「まあ今は捕まらないけれど」
「しかしあの娘は」
 ここでその穴熊そっくりの牧師がまた呟いた。
「いい娘だった」
「まあそれはいい思い出にしてですな」
 校長がその彼を慰めて声をかける。
「どうですか?今度は」
「今度は?」
「私の家に来ませんか?」
 その慰めの為にまた声をかけた。
「私の家に」
「校長先生のですか」
「それで飲みなおしましょう」
 その為だというのだ。
「まだ夜は長いですし」
「そうですね。それでは」
「ではそれでいいですね」
「すいません、どうも」
「いえいえ、礼には及びません」
 それはいいというのである。
「ですからそれで」
「わかりました」
 こんなやり取りをしたうえで校長の家に向かうことになった。そして校長は残った一人である管理人に対しても声をかけるのであった。
「そうだ、貴方も」
「わしもですか」
「はい。どうですか?」
 穏やかな声をかけるのだった。
「それで」
「そうですな。わしはですね」
「ええ、一杯」
「そうですな。それでは御一緒させてもらって」
「はい。それでは」
 こうして三人でまた飲むことになった。ビストロウシカはそれを見てからまた一人呟くのだった。
「何か楽しそうね、人間も」
 ここで人間のことを思うのだった。
「あれはあれで」
 こう呟いてからそのうえで森に入る。するとだった。
 ここで見事な赤い毛並みをした容姿のいい雄狐が出て来た。顔立ちも見事だ。
「あれっ、あんないい狐いたのかしら」
「おや、これは」
 ここでその雄狐も言うのだった。
「こんな美人がこの森にいたなんて」
「今まで気付かなかったわ」
「貴女の名前は?」
 彼の方から尋ねてきたのだった。
「何と仰るのですか?」
「私の名前が?」
「ええ、一体何と」
「この森にいて私の名前を知らないのね」
 少し不敵に笑っての言葉だ。
「またそれは」
「この森の南の方にいたからね」
 だからだというのである。
「貴方は何処にいたのかな、この森の」
「私は大体東の方よ」
 そこだと答えるビストロウシカだった。
「だから南には殆ど行かなかったから」
「だったら知らないのも無理はないね。僕は南からここに来たのははじめてだったし」
「ここに来るのはなのね」
「そうよ。それでなんだよ」
 穏やかに笑って答える彼だった。
「ここに出て来たのは」
「そうだったの」
「それで君の名前は?」
 ここでまたビストロウシカの名前を尋ねたのだった。
「何ていうのかな」
「私はビストロウシカっていうのよ」
 名前をそのまま名乗った彼女だった。
「そう呼んでくれていいわ」
「そうか。ビストロウシカっていうのか」
「そのあんたは?」
 今度は彼女から尋ねたのだった。
「あんたの名前は何ていうの?」
「ズトラシュビーテクっていうんだ」
 彼は明るく名乗った。
「これが僕の名前さ」
「そう、ズトラシュビーテクね」
 その名前を覚えた彼だった。
「覚えたわ、その名前」
「うん、覚えておいて」
「そうするわ」
「そして」
 さらに言う彼だった。ビストロウシカもそれを聞く。
「もう一つ言いたいことがあるけれど」
「何かしら、それは」
「結婚してくれないか」
 こう彼女に言うのだった。
「僕と」
「あらっ、いきなりなのね」
 それを聞いて軽い言葉で返したビストロウシカだった。
「またそれって」
「駄目かな」
「そうね。あんたは見たところ」
「僕は?」
「顔もいいし」
 まずはそのことについて言ってみせたのだった。
「スタイルもいいし」
「褒めてくれて有り難う」
「それに毛並みだって」
 そのことも褒めるのだった。
「それに紳士だし。いいと思うわ」
「それならいいのかな」
「そうね。ただね」
「ただ?」
「結婚の時はよ」
 くすりと笑って彼に告げるのだった。
「わかってるわよね、それは」
「それなら少し待ってて」 
 彼女が言いたいことをすぐに察して返したズトラシュビーテクだった。
「それはね」
「そう。じゃあ少し待ってるわね」
「君は何が好きかな」
 行く前にこのことを尋ねるのも忘れなかった。
「それで」
「果物が好きよ」
 それだと答えるビストロウシカだった。
「果物がね」
「そう、果物なんだ」
「果物なら何でもいいわ」
 明るく笑って話す彼だった。
「何でもね」
「わかったよ、それじゃあ」
 こうして一旦森の奥に消えた彼だった。そうして持って来たのは。
 野苺だった。それをまとめて彼女の前に持って来たのである。口に咥えてそのうえで持って来たのであった。
「これでどうかな」
「あっ、いいもの持って来てくれたのね」
 ビストロウシカはその野苺を見て笑顔になった。
「それじゃあそれでいいわ」
「うん、じゃあね」
「ええ、これで」
「ちょっとちょっとビストロウシカさん」
「それははや過ぎないかしら」
 今の彼女を見て周りから声がした。
「会ってすぐなんて」
「どうなのかしら」
「何よ、一体」
 周りにいる梟やリス達に言われて顔をあげる彼女だった。
「何が言いたいのよ」
「何かじゃなくてよ」
「会ってはじめてじゃない」
「だからそういうのじゃなくて」
 その彼等に抗議するのだった。
「わからないの?運命の出会いよ」
「ううん、そう来たか」
「運命ってやつね」
「そうよ。感じたのよ」
 そうだというのである。
「言っておくけれどね、私は」
「あんたは?」
「どうだっていうの?」
「今まで誰とも付き合ったことなかったわよ」
「あれっ、そうだったんだ」
「初耳だけれど」
「いや、確かそうだったよ」 
 トカゲがそれを保障してきた。
「ビストロウシカはあれで結構ね」
「身持ちが固かったの」
「嘘みたい」
「相手は選ぶのよ」
 そうだというのである。
「だからよ。けれど彼はね」
「確かに男前よね」
「惚れ惚れする位にね」
「実際にさ」
 今度は鼠が出て来て言う。
「この人南の方じゃ凄い男前で通ってるんだよ」
「へえ、そうだったの」
「確かにいい顔と毛並みだけれど」
「スタイルもね」
 容姿は折り紙付きである。これは誰もが認めるところだった。
「いい感じだしね」
「それじゃあ」
「けれどね。幾ら何でも会ってすぐは」
「どうかしら」
 このことをまた言い合う森の住人達だった。
「ねえ。それでも」
「すぐっていうのは」
「だから運命よ」
 あくまでそうだと主張するビストロウシカだった。
「これは運命なのよ」
「運命ね」
「じゃああんたやっぱり」
「結婚するわ」
 ここで彼女も宣言したのだった。
「もう決めたわ」
「本当だね」
 ズトラシュビーテクはそれを聞いて笑顔になった。
「それでいいんだね」
「ええ、決めたわ」
 また言う彼女だった。
「本当にね」
「よし、それじゃあ」
「ええ、二人で」
「式を挙げよう」
 笑って話す彼等だった。
「それで一緒に」
「なりましょう」
「おやおや、本当に結婚するんだ」
「これはまた」
「まあいいか」
 驚き呆れるところもあったがそれでも受け入れることにした彼等だった。
「じゃあ早速」
「結婚式だな」
「それでいいかな」
「起きていてよかったよ」
「全く」
 わざわざ起きてきてこんなことを言う彼等もいた。
「じゃあ早速」
「いいかな、二人共」
「それで」
 こうして皆出て来て彼等を囲む。そうしてだった。
「さあ、それじゃあ」
「式をね」
「歌って踊って」
「楽しく過ごして」
「御馳走も食べて」
 それぞれ言ってだった。それぞれ食べ物も持って来た。
 きつつき達も出て来てだ。森の皆に話す。
「さあ皆さん、祝い事ですよ」
「何とあのビストロウシカが結婚ですよ」
「あのは余計よ」
 こうは言っても顔は笑っている。そのうえで自分の上の木にいる彼等を見るのだった。
「あの、はね」
「けれど祝うから」
「それはいいよね」
「有り難う」
 そのことには素直に礼を述べるのだった。
「それはね」
「じゃあそれで」
「皆で」
 今度は熊も出て来たのだった。
「さあ踊ろうよ」
「皆でね」
「楽しく」
「おめでとう、ビストロウシカ」
 兎達が二人を囲んで踊りはじめる。
「おめでとうストラシュビーテク」
「これからも仲良くね」
「末永くね」
 こう告げて二人を祝うのだった。ビストロウシカ達は今幸せの中に包まれていた。



逃げ出してビストロウシカは家を手に入れ、今度は結婚までしたか。
美姫 「これといった問題もなさそうね、今の所は」
だな。ここからどうなっていくんだろうか。
美姫 「次回が気になるわね」
ああ。どうなるのかな。次回を待っています。
美姫 「待ってますね」



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