『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第二話  張三姉妹、太平要術を授かるのこと

 今青州で三人の姉妹がいた。
 三人共質素な旅の服を着ている。一人はおっとりとした顔でピンク色のロングヘアで胸がかなり大きい。そしてその服は淡い赤である。
 一人は青い髪を束ねた元気そうな女の子である。顔立ちが明るい。横で束ねた髪は微妙に癖がある。青い服の下の胸はお世辞にも大きいものではない。
 三人目は紫の髪を首のところで切り揃えたクールな感じの眼鏡の女の子だ。服は紫である。何処か落ち着き以上のものを見せている。
 その三人がだ。街の人達の前である大きな箱を見せていた。
「はい、この箱ですが」
「見て見て」
 まずはピンクの髪の少女と青い髪の少女が明るく言う。
「私の名前は張角」
「私は張宝」
「張梁」
 それぞれ名乗りもした。
「張三姉妹」
「宜しくね」
「それで見せるのは」
「はいっ」
 その張角が箱を開けて集まっている街の人々に見せる。
「中に誰もいませんよ」
「おい、その声で言うな」
「それは洒落にならないぞ」
 すぐに街の人達が突っ込みを入れる。
「あんたの声だとな」
「まずいだろ」
「まずいっていうか何なんだ?」
 また言う彼等だった。
「とにかくだ。何するんだ?」
「それで一体何をするんだ?」
「はい、じゃあ地和ちゃん」
「うん、姉さん」 
 張宝が姉の言葉に応える。
「中にどうぞ」
「わかったわ。じゃあ」
 こうして箱の中に入る。それからだった。
「一、二の・・・・・・って」
「またなのね」
 張角は驚き張梁は冷静であった。
「ちょっと、地和ちゃん」
 張角はすぐに箱に顔を寄せて囁く。
「まだなの?」
「ちょっと失敗して」
 箱の中から小声で返す張宝だった。
「もう少し待って」
「もう、しっかりしてよ」
「姉さんに言われたくないわよ」
 こんなやり取りをしてそのうえで何とか箱の外に出て来た。皆それを見てまずは驚いた。
「おお、これは中々」
「いいんじゃないか?」
「そうだよな」
「それにこのお姉ちゃん達奇麗だよね」
「そうだよね」
 子供達も言う。
「青い髪のお姉ちゃん胸ないけれどね」
「ぺったんこだよね」
「それは余計よ」
 張宝はむっとした声で子供達に返した。
「胸がなくなってやっていけるのよ」
「そうよ、姉さん」
 張梁が次姉に対して言ってきた。
「気にすることはないわ」
「全く。何だってのよ」
「それでですけれど」
 ここで張梁はざるを出してきた。後の二人もそれに続く。
「御願いします」
「食べ物を御願いします」
「よかったらお金も」
 三人で言うのだった。
「私達旅芸人でして」
「ささやかな心尽くしをね」
「御願い」
「ふうん、そうなの」
「ちょっとねえ。今は」
「袁紹様はここの領主様にもなられたけれど」
 領主の話も出て来た。
「どうされるかわからないからね」
「お金は」
 ないという彼等だった。
「ちょっとねえ」
「悪いね」
「あっ、それなら」
「これ聴いて」
「音楽もあるから」
 三姉妹は今度はそれぞれ楽器を出してきた。そのうえで演奏をはじめる。そして歌も歌う。しかし街の人々はそれを聴いてもであった。
「まあ上手いよね」
「けれどねえ。袁紹様がどう治められるかわからなくて」
「冀州はかなりよく治められてるけれどね」
「并州もそうなんだろ?」
「だけれどね」
 それでもだというのである。
「気まぐれな方だしねえ」
「政治はともかく結構あれな人だしねえ」
「全くね」
 こんな話をするのであった。
「だからどうなるかだよね」
「全くだね。だから今は」
「ちょっとね」
「こういうものしかね」
 痩せた薩摩芋が数本ザルに入れられただけであった。その他には何もなかった。そんな有様であった。
「ええと、どうして食べる?」
「どうしてって。煮るのが一番でしょ」
「焼く?」
 その薩摩芋が入ったザルを手に呆然とする張角に張宝と張梁が言う。
「とにかく。今日はこれだけね」
「寒いね」
「・・・・・・うん」
 木枯らしさえ吹く。その中で呆然とする彼女達だった。しかしここに一人の長い黒髪に眼鏡をかけた服も漆黒の男が拍手しながら来たのであった。
「いやいや、御見事」
「貴方は?」
「先程から貴女達の歌を聴かせて頂いていまして」
 温和な笑みを作って言ってきたのであった。
「感服しました。それでなのですが」
「それで?」
「これをどうぞ」
 言いながら一冊の書を出してきた。それには太平要術の書とある。
「この書を役立てて下さい」
「この本は?」
「私からのささやかなプレゼントです」
 こう言うのである。
「それに貴女達は妖術も使えますね」
「えっ、それもわかったの?」
 張宝は彼の言葉に驚いた顔になった。
「誰にも言わなかったのに」
「はい、わかります」
 男は温和な顔で答えてきた。
「それはよく」
「何でわかったのかしら」
 張角はそのことを不思議に思った。
「内緒にしてたのに」
「けれどその本くれるのね」
「はい」
 今度は張梁の言葉に頷いてみせてきた。
「どうぞ」
「有り難う」
 その本を受け取った張梁だった。
「じゃあ読ませてもらうわ」
「貴女達のこれからのさらなる御発展をお祈りします」
 男はこう言うとすぐに姿を消した。三姉妹はまずは宿に戻った。そうしてそのうえで三人で話をするのであった。
「天和姉さん」
「何、人和ちゃん」
 張角が張梁の言葉に応える。
「どうかしたの?」
「この本だけれど」
「ああ、その本ね」 
 張角はその言葉に応える。彼女は部屋の真ん中に立っており張宝と張梁はベッドに間隔を置いて座っている。そのうえで話をしているのだ。
「その本どうなの?」
「ちょっと読んでみたけれどね」
 張宝がここで言ってきた。
「凄いわよ」
「凄いの?」
「うん、凄い妖術が書かれているわ」
 こう言うのである。
「何かこれ使えばね」
「どうなるの?」
「凄くなるかも」
 こう姉と妹に話すのである。
「それこそね。成功できるかも」
「えっ、成功って」
 それを聞いて驚きの声をあげる張角だった。
「私達売れっ子になれるの?」
「なれるかもよ」
 張宝は明るい笑顔で話す。
「本当にね」
「成功って私達が」
 張角はそれを聞いて目を大きく見開いた。
「嘘よね、そんな」
「嘘じゃないわよ。とにかく凄い術なんだから」
「そんなに凄いの」
「人和も読んでよ」
 張梁にも言うのだった。
「読めばわかるわよ」
「そうなの」
「そうよ。これからはじまるのよ」
 まずは彼女が乗り気になっていた。
「私達の時代がね」
 こうしてであった。次の日。張宝はいきなり何かを買ってきた。それは赤、青、緑のそれぞれの色をした小さな宝貝であった。それを買ってきたのだ。
「よし」
「何、これ」
 ホテルのベッドの上に置かれたそれを見て言う張角だった。
「宝貝よね」
「そうよ、宝珠のね」 
 それだというのである。
「ありったけのお金はたいて買ったのよ」
「ちょっと姉さん」
 張梁は次姉のその言葉を聞いてむっとした顔になった。
「買ったの」
「そうよ、買ったのよ」
「お金は」
「お金って?」
「だからお金」
 張梁が問うのはこのことだった。
「お金はどうしたの?」
「ああ、それね」
 ここでやっとわかった感じの張宝だった。
「それだけれど」
「どうしたの、それは」
「ヘソクリはたいたのよ」
 そうしたというのである。
「ちょっとね。それ使ったわ」
「えっ、それって」
 張梁はそれを聞いて眉を顰めさせてきた。
「私達の今の財産の殆どだけれど」
「いいじゃない、今が一か八かなのよ」
 そうだと言って開き直る。
「けれどこれを使ってね」
「これはどういう力があるの?」
 張角はその宝貝自体について尋ねた。
「お姉ちゃん妖術の勉強は苦手だったからよくわからないけれど」
「姉さんが一番妖術の勉強をした時間長かったんじゃなかったかしら」
「けれど歌や踊りや楽器の方が得意なのよ」
 そうした長姉であった。
「あと鉈や鋸を使うことが」
「それがどうしてかわからないけれど」
 張梁がそんな長姉に対しても突っ込みを入れる。
「とにかく姉さんは妖術は苦手なのね」
「うん、残念だけれど」
「まあ妖術は任せて」
 張宝はそれだというのだった。
「そっちはね」
「うん、地和ちゃん御願いね」
「それでこの宝貝だけれど」
 張宝はその話もするのだった。
「声を大きくするから」
「じゃあこれを使って歌えば」
「そうよ、かなり派手に声が聴こえるわよ」
 張宝はまた張梁に話す。
「それと。後は」
「一ついいことを思いついたわ」
 今度は張梁から言ってきた。
「一つね」
「それ何なの?」
 張角はそのことも訪ねる。
「人和ちゃん、何を考えついたの?」
「服を変えよう」
 こう言うのである。
「変えるっていうか。改造しよう」
「改造?」
「そう。服の色もチェンジして」
 それもだというのだ。
「派手にしよう」
「派手にって。今の私達の服は」
 張角はここで自分の服を見る。するとであった。
「ううん、確かに何か」
「地味よね」
「そうね、本当にね」
 張角は次妹の言葉に自分の今の服を見たうえで頷く。
「普通の服だから」
「これじゃあ人気は出ないから」
「そうだよね。じゃあやっぱり」
「改造ね、ここは」
「よし、だったら」
 張宝もそれに乗ってである。こうして今度は服の改造であった。
 すぐに服を鋏で切っていく。それもかなり鋭くだ。
 張宝と張梁がベッドにいて切っていく。張角はそれを見ているだけだ。
「ちょっと地和ちゃん、人和ちゃん」
「姉さんは見ていていいから」
「鋏使うの苦手よね」
「うん、苦手だけれど」
「じゃあ見ていていいから」
「私達でやるから」
「何かお姉ちゃんだけ除け者じゃない」
 それはそれで嫌なのだった。張角も我儘である。
「何かできることない?・・・・・・あっ」
 しかしここで黄色い布の切れ端を見つけた。それを髪につけてみてだった。
「どうかな、お姉ちゃんもしてみたよ」
「あっ、いいじゃない」
「そう思うわ」
 二人も彼女がそれを髪でリボンにしてみたのを見て笑顔になる。
「髪も飾らないと駄目だしね」
「姉さんはそれでいって」
「うん、じゃあ」
 こうしてだった。三人で改造した服を着てみた。しかも色も変えた。
 張角はピンクで張宝は緑だった。そして最後の張梁は水色だ。それぞれ色をそうチェンジしてみたのである。
 そのうえでお互いを見てだ。笑顔で言い合う。
「似合うね」
「そうよね、前よりずっと」
「いいと思うわ」
「出来上がり」
 最後に張角が言ってであった。三人並んでベッドに背中から倒れ込んでだ。そのうえで互いに笑い合って話をするのだった。
「あははははははは」
「これでまずはできたよ」
「後は町に出るだけね」
 こう話してであった。その三人は河原に出る。しかしであった。
「ねえ、ちょっと」
「どうしたのよ姉さん」
「ここまで来て」
「この服って」
 橋の下に隠れながら妹達に言うのだった。その短いスカートや丸出しの肩を見ながらである。
「短か過ぎない?」
「そうでもないと駄目よ」
「それに今は皆そうよ」
 妹二人は長姉にこう言うのである。
「これ位は普通よ」
「そう。もうね」
「そうかしら。お姉ちゃん自信ない」
「もうこうなったら背水の陣よ」 
 また言う張宝だった。
「そうでしょ?やるしかないのよ」
「行きましょう」
 妹二人が引っ張ってである。河原にあった白く大きな一枚岩の上に来た。中央に張角がいて彼女から見て右手に張梁、そして左手に張宝がいる。そのうえで準備に入っていた。
 そしてだ。また長姉に言う張梁だった。
「行くわよ、姉さん」
「しっかりしてね」
「しっかりって言っても」
 張宝にも言われたがここで、であった。
「無理だよ、そんなの」
「無理だよって」
「何が?」
「だってお姉ちゃん」
 ここで泣きそうな顔になって両手を胸の前で拳に組んで言うのだった。
「生まれてこのかたしっかりしたことないのよ。無理だよ」
「無理ってそんな」
「大丈夫」
 しかし妹二人はそんな姉に対してまた言う。
「いつも通りしていればいいから」
「それでいいから」
「そうなの。いつも通りなの?」
「そうよ。だからね」
「いくわよ」
 こう言ってであった。三人は遂に歌いはじめた。その曲をあの宝貝を使って歌うとであった。
「おっ!?」
「この曲って」
「そうだよな」
「いいよな」
 近くを通りかかった町の人々が次々に立ち止まっていく。
「可愛いししかも」
「歌も上手い」
「よくね?」
「っていうか凄いよ」
「しかも三人いるし」
 こうして三人の前に集まってきた。そうしてである。
 三人が歌い終わると拍手をする。これがはじまりだった。
「えっ、まさか」
「凄いことなったじゃない」
「成功ね」
 三人で言い合う。そしてその日のザルの中は。
「凄いわ、姉さん達」
「うわ、今までの稼ぎより上じゃない」
「皆喜んでくれてたし」
 張両の言葉に張宝と張角が驚く。その金の額にもだ。
「多いって思ってたけれどこんなにって」
「やったじゃない」
 三人共素直に喜んでいる。特に張角はだ。
 そしてだ。その中で彼女はこうも言った。
「うう、遂に私達の時代が来たのね」
「ってお姉ちゃんまだよ」
「そうよ、まだよ」
 ベッドの自分達の横で涙を流しながら喜ぶ長姉に対して突っ込みを入れる。
「これからはじまりなんだから」
「そうよ、はじまりよ」
「えっ、はじまりなの!?」
 それを言われて驚く長姉だった。
「私達って今からはじまるの」
「そうよ。もう派手にいくからね」
「頑張るわよ」
「何か凄いことになったの!?」
 今更ながら驚く張角だった。
「私達って」
「よし、それならよ」
「明日も頑張りましょう」
「うん!」
 妹達の言葉に頷く。そうしてその日から三人の活躍が本格的にはじまった。
 彼等は青州だけでなく中原の至る場所で歌った。そうしてファンを次々と作っていき人気も爆発的なものになっていった。
 金もできそれで衣装をさらによくして馬車も買った。そんな彼女達のところにある日二人の女がやって来たのであった。その二人とは。
「マイスと申します」
「バチュアです」
 茶色のショートヘア、ブロンドの長い髪の女達であった。ショートヘアの女は赤と黒の長い服に半ズボンとストッキング、そしてブロンドの女は白と黒でその他はショートヘアの女と同じ格好である。その二人が来たのである。
 二人はまず三人に恭しく一礼してからだ。そのうえで言ってきたのである。
「宜しければ私達をです」
「雇って頂けるでしょうか」
「えっ、雇うって!?」
「あんた達を!?」
「はい、そうです」
「御願いします」
 バイスとマチュアがこう言うのである。
「マネージャー兼ボディーガードに」
「それでどうでしょうか」
「ボディーガードって」
 それを聞いてもであった。張角にとってはよくわからない話だった。
「私達別にそんな」
「そうよ。いらないわよ」
 張宝も首を傾げながら言う。
「それにマネージャーは人和がいるし」
「いえ、待って」
 しかしであった。ここでその張梁が言うのである。
「それも必要かも」
「そうなの!?」
「今のままでも問題ないのに」
「私達もかなり忙しくなってきたから」
 こう言うのであるう。
「だからね」
「そうなの?マネージャーさん必要なの」
「そこまで忙しいの、私達って」
「ええ、それに」
 張梁の言葉はさらに続く。
「ボディーガードの人も必要よ」
「ううん、何か大袈裟になってきたみただけれど」
「どうかな」
「それって」
「そこまでって」
 二人にしてみればまさにそこまでは、であった。
「確かに私達は戦えないけれど」
「妖術は使えるけれど」
「妖術だけでも心もとないわ」
 しかし張梁はまた言った。
「だからよ」
「ううん、じゃあ」
「どうしてもなのね」
「そうよ。お金もできたし」
 その心配もないのだという。そして張梁が二人に対して言ってきた。
「とりあえずは」
「はい、とりあえずは」
「何でしょうか」
「マネージャーとしては暫く見させてもらって」 
 それはまず置くというのであった。
「それよりもボディーガードだけれど」
「それですね」
「私達の腕を」
「そう。それはどうなのかしら」
 まずはそれだというのである。
「腕の方は」
「はい、それでは」
「明日お見せしましょう」
 明日だというのである。
「山に入り目の前に虎や熊を呼んで下されば」
「すぐにわかります」
「わかったわ」
 張梁は二人のその言葉に頷いた。
「それじゃあ私の術で呼ぶから」
「それでは」
「その様に」
「ええ、明日ね」
 こうして次の日に二人をボディーガードとしてのテストをすることになった。実際に緑の山の中で虎や熊を呼んだ。するとであった。
「ふん!」
「むん!」
 まさに一撃であった。それでそれぞれ虎に熊を倒した。それで決まりだった。
「わかったわ」
「宜しいですね」
「これで」
「ええ、宜しく」
 張梁は二人に対して微笑んで述べた。
「これからね」
「ではマネージャーとしても」
「その腕をお見せしましょう」
 こうして二人は三人のボディーガード兼任マネージャーとして傍にいることになった。それは都に向かう途中の袁紹の耳にも入っていた。
 派手なブロンドの長い縦ロールの髪に赤い上着と黄色の鎧に白いミニスカート。ブーツはかなり長くそれも白である。気の強そうな顔をしているが整ってはいる。目は奇麗な緑である。
 その彼女がだ。都の中を二人の少女、片方は黒、もう片方は茶色のそれぞれツインテールの髪をした白と黒の服を着た彼女達に対して言ってきた。
「ねえ田豊、沮授」
「はい、袁紹様」
「何でしょうか」
 名前を呼ばれた二人の少女はそれぞれ応えた。
「この三姉妹だけれど」
「ああ、彼女達ですね」
「今話題の張三姉妹」
 丁度壁絵にその三姉妹が描かれている。田豊と沮授はここでまた言ってきた。
「今かなり話題なんですよ」
「大人気ですよ」
「そうですの」
 袁紹は二人の言葉を受けてまた述べた。
「それでしたら一度領地に呼ぶのもいいですわね」
「そうですね、領民も喜びます」
「丁度青州を中心にしていますし」
「青州の統治も本格的に進めなければなりませんわ」
 ここで袁紹は真面目な顔になった。
「三つの州にまずは磐石な統治を」
「わかっています」
「それは」
「相変わらずね、麗羽」
 そんなことを話す三人の前から声がした。
「どうやら相変わらず政治と戦争は上手みたいね」
「あら、引っ掛かる言い方ですわね」
 袁紹はその声の主に対して少し目を怒らせて返してみせた。
「貴女らしいといえばらしいですけれど」
「貴女は相変わらず自分に必要な才だけしか磨こうとしないのね」
「あら、他に何が必要でして」
 袁紹は不敵にその声にまた返した。
「必要なものさえあればいいのでしてね」
「政治と戦争ね」
「そうですわ。美羽と違って」
 その目に嫌悪が宿った。緑の目にだ。
「私は自分に必要な才以外はいりませんわ」
「私としてはアンバランスだと思うけれどね」
「所詮私は妾腹」
 袁紹は不意にこんなことも言った。
「その私が何かになろうとするには余計なことを身に着ける暇はありませんことよ」
「あら、それを言ったら」
 ここでまたその声は言うのであった。
「私だって宦官の家の娘。大した違いはないわ」
「そうですわね。思えば私は名門袁家といえど妾腹の除け者」
「そして私はあの曹家であっても宦官の孫。除け者ね」
「その除け者が何の用でして?」
「貴女が久々にこの許昌に来たと聞いて」
 その声の主は小柄で胸が小さい。金髪を左右で巻いたテールにしている。青い目の光は澄んでいて尚且つ強くそのうえで聡明さを窺わせるはっきりとした美貌を見せている。紫の蝙蝠を思わせる上着に同じく紫のミニスカート、それと白いハイソックスである。その彼女であった。
「来たのよ」
「そうでしたの、曹操」
「あら、他人行儀ね」
 曹操と呼ばれたその少女は楽しげに笑って袁紹に応えた。
「私達の中なのに」
「では何と呼べばいいのでして?」
「それは貴女もよくわかっている筈よ」
「そう。では華琳」
 微笑んでこう呼んでみせたのだった。
「これでいいですわね」
「ええ、それでだけれど」
「私を迎えに来てくれたのでして?」
「そうよ。何なら一緒に飲まないかしら」
 曹操はこう言って袁紹を誘った。
「部下達もいることだし」
「それは嬉しい誘いですけれど」
 だが袁紹はここでうっすらと笑って曹操に返すのだった。
「私は今から都に行かなければなりませんのよ」
「都に?」
「そうでしてよ。何進大将軍に呼ばれまして」
「大将軍になのね」
「そうでしてよ。ですから急がなければなりませんの」
 笑ってこう言うのである。
「それに今は領地の統治にも忙しいですし」
「三州の統治にね」
「華琳、貴女は今二州でしたわね」
「ええ。この予州と州」
 この二つの州なのだという。
「その統治を任されているわ」
「そちらも順調なようですわね」
「さて、それはどうかしら」
 だが曹操は袁紹のその問いにはこう返したのであった。
「果たして」
「違うといいますの?」
「まだね。少なくとも貴女のところのようにはいっていないわ」
「見たところ」
 しかし袁紹はここで町を見回した。町は人も多くまた賑やかである。繁栄していることは明らかである。
「栄えていますわ」
「まだまだよ。貴女の様にはいっていないわ」
「そうですかしら」
「それでよ。都に入ってもすぐに戻るのね」
「人材も来ておりますし」
 そのことも言うのである。
「何かと」
「そう、そちらにも相変わらず余念がないのね」
「貴女もですわね、華琳」
 また彼女の名を呼んでみせた。
「貴女の方も」
「ええ。この前も異国から来た人材が加わったわ」
「誰ですの?それは」
「確か名前はジョン=クローリー」
 この名前が出て来た。
「緑の服の黒い眼鏡の男よ」
「ジョン=クローリー」
「参謀にも使えるし腕も立つ」
 そうした人間なのだという。
「かなりの逸材よ」
「私の国ではリー=パイロンやジャック=ターナーが加わりましたわよ」
「聞かない名ね」
「けれど薬を使えたり腕もよくて」
 その二人の話であった。
「申し分のない逸材ですわよ」
「貴女も頑張っているのね」
「ええ。ただ」
「ただ?」
「一つ気になることがありますわ」
 不意にこんなことを言う袁紹だった。
「一つですけれど」
「あら、それは何かしら」
「近頃領内を怪しい男が歩き回っていますの」
 怪訝な顔での言葉だった。
「赤い服に白いズボンの白髪の」
「白い髪の男!?」
「そうですの。何かと歩き回っていますの」
「その男だけれど」
 ここで曹操もいぶかしむ顔で返してきた。
「まさかと思うけれど背の高くて筋肉質で」
「むっ!?」
「そして不敵な笑いを浮かべてはいなくて?」
「華琳、まさか貴女の領土にも」
「ええ、来ているわ」
 そうだと袁紹に返してきたのだ。
「怪しい奴だから監視はしているけれど」
「そうでしたの。貴女のところにも」
「そうよ。まさか貴女の国にも出て来るなんて」
「それに」
 曹操の話はさらに続く。
「その他にも青い服の金と黒の髪の男もいるわね」
「ああ、あの男もでして?」
 二人の話はここでも一致した。
「顎鬚を生やしていますわね」
「そうよ。何なのかしら」
「わかりませんわね。ただ今は何かと物騒な時」
 話す袁紹の顔はもう笑ってはいなかった。曹操も同じである。
「気をつけるに越したことはありませんわね」
「そうね。じゃあ私はこれでね」
「帰るのでして?」
「領主がこんな場所に一人でいては何かと騒動の種になりかねないし」
 自分でそれはわかっていたのだ。
「だからね」
「そうでしてね。貴女も今では大変な立場ですわね」
「それは貴女もね」
 ここでようやく笑顔に戻った二人だった。
「じゃあまたね」
「ええ、会いましょう」
「ただ。一つ言っておくわ」
 曹操は別れ際にまた袁紹に声をかけてきた。
「私は今よりも上を目指すわよ」
「上を、ですのね」
「そうよ。それは貴女もね」
 不敵な、それと共に楽しむ笑みで袁紹に言ってきたのである。
「麗羽、貴女も」
「勿論よ。確かに私は妾腹」
 このことを言うと無意識のうちに顔を顰めさせる袁紹だった。
「けれどそれでも自負はありましてよ」
「だからなのね」
「そうですわ。私もまたさらに上を目指しますわ」
 不敵な笑みが戻っていた。彼女もまた。
「貴女とはその時何があるのかしら」
「その時も楽しみね。じゃあまたね」
「ええ、それじゃあ」
 こうしてであった。彼女達は今は別れた。そのうえで何進との面会を終えた袁紹は領土に戻った。そしてその本拠地で今は黒いボブの何処か大人しい感じの少女、それと緑の肩までの癖のある髪の威勢のよさそうな少女の応対を受けていた。
「お帰りなさいませ、麗羽様」
「お元気そうで何よりです」
 ボブの少女は青紫の上着に白のミニスカート、黄金の鎧に緑の長いスカーフである。緑の髪の少女は緑の上着に白いミニスカート、青いスカーフである。二人がそれぞれその壮麗な宮殿に入った袁紹を出迎えてきたのである。
「何かありました?それで」
「大将軍は何か」
「特に何もありませんでしたわ」
 まずはこう返す袁紹だった。赤い色の廊下を歩きながら話す。
「貴女達は先に戻っていて」
「はい、わかりました」
「それでは」
「顔良さん、文醜さん、それでは」
「お任せします」
 田豊達は主の言葉に一礼してそのうえで場を去った。後はこの三人で話すのであった。
「それで斗詩、猪々子」
「はい」
「今度は何ですか?」
「私のいない間領土で何かありまして?」
 彼女が尋ねるのはこのことだった。
「とりあえず平穏みたいですけれど」
「また人材が来たから入れておきました」
「別にいいですよね」
「人材?誰ですの?」
「はい、三人です」
「また異国の者達です」
 こう主の問いに返す二人だった。
「御会いになられますか?」
「今丁度宮殿に来ていますけれど」
「ええ、それなら」
 いいと返す袁紹だった。
「会いますわ。あと審配にですけれど」
「審配にもですか」
「何を」
「青州の治安を安定させるように言っておきなさい」
 そうしろというのだった。
「宜しいですわね」
「わかりました。では彼女にも」
「そう言っておきますね」
「ではその三人と会いますわ」
 あらためて言う袁紹だった。
「その様に」
「では謁見の間に」
「審配にはあたしが言っておきます」
 こうしたやり取りの後で謁見の間に行く袁紹だった。するとそこには黒いジャケットにジーンズ、赤いバンダナに棒を持った鋭い顔の男と黒い肌のスキンヘッドで大柄な男、そして黒髪をオールバックにして髭をはやし右手に赤いマントを持ち派手に刺繍されたみらびやかな服を着た男、三人がいた。
三人はまずは階段の上の玉座に座り左右に顔良と文醜を置いた袁紹に一礼してきた。そのうえで話がはじまるのだった。
「貴方達がですのね」
「ああ、この世界は何かよくわからないがな」
「昔のチャイナらしいが」
「どうも我々の世界とは違うらしいな」
「また面白いことを言う者が来ましたわね」
 彼等の言葉を聞いてもそれで驚くことはない袁紹だった。それはまるでもう先に出て来る言葉がわかっているかの様な様子であった。
「まずは貴方達の名前を聞きますわ」
「ああ、それか」
 バンダナの男が袁紹のその言葉に応えた。
「それなんだな」
「そうでしてよ。それで貴方達の名前は?」
「ビリー=カーン」
 まずはそのバンダナの男が不敵に笑って応えてきた。
「この棒が武器だ」
「三節棍でしてね」  
 袁紹は彼のその棒を一瞥して述べた。
「そうでしてね」
「へえ、わかるのか」
「わかりますわ。見ただけで」
 袁紹はここではうっすらと笑って返した。
「もうそれだけで」
「そうかよ。とりあえずあんたのところの世話になっていいな」
「無論ですわ。この袁紹誰も拒むことはありませんわ」
 その笑みはそのままでの返答だった。
「無論俸禄の分は働いてもらいますけれど」
「リリィの奴はいないようだが」
 ビリーはここでふといぶかしむ声になった。
「まあいいさ。それでも食わないといけないからな」
「それは私もだ」
 髭の男も言ってきた。見れば背は隣の黒人と同じ程である。かなりの長身だ。
「生きる為にはな」
「貴方の名前は?」
「ローレンス=ブラッド」
 この男も名乗った。
「闘牛士だ。その為の戦いを心得ている」
「闘牛士!?」
「そうだ、スペインのだ」
 そこだというのである。
「スペインという国はこの時代にはないがな」
「スペイン。羅馬なら知っていますわ」
 こう返す袁紹だった。
「遥か西の国でしてよ」
「そうだ。その国が元になっている」
 事情を察しきれない袁紹に対してこう返すローレンスだった。
「そう考えるといい」
「そうですの」
「そしてだ」
 最後に黒人が名乗ってきた。
「俺はアクセル=ホークだ」
「アクセル=ホークですのね」
「格闘ジャンルはボクシングだ。かつてはチャンピオンだった」
「ボクシング!?それにチャンピオンっていったら」
「そうよね」
 ここで顔良と文醜がそれぞれ袁紹の左右から言う。
「ミッキー=ロジャースと同じよね」
「マイケル=マックスって奴もこの前来たしね」
「ミッキーにマイケル!?」
 その男アクセルはこの二人の名前に顔を向けた。
「あの連中もこっちの世界に来ているのか」
「ええ、そうなの」
「若しかして知り合いなのか?」
「ああ、そうさ」
 アクセルは上からの顔良と文醜の言葉ににやりと笑って返した。
「そうか、あいつ等もここにいるのか」
「何でしたら会いますの?」 
 袁紹は彼の今の言葉に興味を抱いた。
「それでしたら呼びますわよ」
「ああ、頼む」
 こう返すアクセルだった。
「そうか、あいつ等もここにいるのか」
「へっ、何か別世界にいる気がしねえな」
「全くだな」
 ビリーとローレンスもこう言い合う。
「俺達三闘士もここでまた揃ったしな」
「まさに縁だな」
「全くだ」
「ではあの者達をここへ」
 袁紹はすぐに周りに声をかけた。
「何かよくわかりませんけれど感動の再会の様ですわ」
「そうですね。それじゃあ」
「すぐに」
 こうしてその彼等が呼ばれた。いかつい顔で髪を短く刈った黒人に長身で細身のスポーツ刈りの黒人、そして仮面を着けた髷と長い中国の緑色の服を着た三人が来たのであった。
 そのうちの二人の黒人がだ。アクセルの姿を見て驚きの声をあげた。
「おいおい、アクセルじゃないか」
「あんたもこっちの世界に来たんだな」
「ああ、その通りさ」
 アクセルはその彼等に対して笑顔で応える。
「あらためて言うぜ」
 ここでスポーツ刈りの黒人が袁紹達に顔を向けて言ってきた。
「俺はミッキー=ロジャース」
「俺はマイケル=マックス」
 もう一人の黒人も名乗ってきた。
「俺もチャンピオンだったんだよ、世界のな」
「俺はアクセルのセコンドだった。俺もチャンピオンになったけれどな」
「つまりチャンピオンっていうのが三人揃った?」
「そうなるわね」
 顔良は文醜の言葉に頷いていた。
「そうよね。三人か」
「うちの陣営もかなり凄くなったのかしら」
「俺はそのチャンピオンになるまでに色々あったけれどな」
 笑って言うミッキーだった。
「金を持ち逃げされたり喧嘩で資格剥奪されたりしてな」
「!?そういうことがありましたの」
 袁紹はそれを聞いていぶかしむ顔で返した。
「貴方も苦労しましたのね」
「まあな。しかしそれでこっちに来るなんてな」
 今度は首を傾げさせるミッキーだった。
「こりゃ一体どういうことなんだ?」
「全くじゃ。しかし」
「よお、爺さん」
 ビリーはその老人を見て楽しげに笑っている。
「あんたも元気そうだな、こっちの世界でも」
「まあのう。しかしビリーよ」
 その老人リー=パイロンはビリーの言葉に応えながら話す。
「どうやら他の者も大勢この世界に来ておるようじゃな」
「へえ、そうなのか」
「そうじゃわし等だけではない」
 そうだというのだ。
「どうやら何か賑やかなことになっておる」
「じゃあテリーもいるんだな」
 ここでビリーの顔が少し鋭いものになった。
「あいつも」
「そうじゃろうな。しかし今のわし等はじゃ」
「そうだな。同じ窯で焼いたパンを食う仲になったな」
「うむ。ここでは米が多いようじゃが」
 それでもそういう仲になったというのである。
「宜しくのう」
「ああ、それじゃあな」
「ふむ」
 アクセルはここでもう一人来たのも見た。それは金髪で丸々と太った人相の悪い男である。一見するとまるで熊である。その男も来たのだ。
「確かジャック=ターナーだったな」
「そういうあんたはローレンス=ブラッドだったな」
 ジャックは首を左に傾げさせながらローレンスに返した。
「あんたの話は聞いてるぜ。天才闘牛士だったな」
「向こうの世界ではな。そして貴殿は」
「今はここで飯を食わせてもらってるさ。とはいっても誰にも仕えているつもりはないけれどな」
 それはないというのである。
「それでもここにはいるさ」
「そうか。では同僚ということでいいな」
「そう思うならそれでいいさ。しかしサウスタウンとはまた違ってな」
 ジャックはここで周囲を見回す。そのうえでの言葉であった。
「ここもここで面白いみたいだな」
「その様だな。それではだ」
「ああ、これからもな」
「宜しく頼む」
 こう話してであった。今はその会合を楽しむ彼等だった。だが大きな謎はそのままだった。袁紹は自室に戻ってから。一人の少女に対して言うのであった。
「どう思いますの?」
「彼等ですか」
「ええ、そうですわ」
 その彼女に顔を向けての言葉だった。赤いロングヘアで青地で白いフリルの多い膝までのスカートの服と水色のストッキングの少女だ。青い目は澄んでいて純朴な印象を見る者に与える。そうした少女だった。
 その少女に顔を向けたまま。また言ってきた。
「審配、どう思いまして?」
「真名で御呼び下さい」
 審配と呼ばれた少女は静かにこう返してきた。
「いつもの様に」
「わかりましたわ。それでは神代」
「はい」
「貴方はどう思いまして?あの者達は」
「人間としてはです」
 その少女審配はここでまた言ってきた。
「武勇が特にですが」
「凄いものですわね」
「はい、それにです」
 さらに言う審配だった。
「どの者も頭の回転も悪くはありません」
「いい人材なのは間違いありませんわね」
「謀反の心配もないかと」
 次にこのことについて話すのだった。
「そうした野心は見受けられません」
「しかしそれでもですわね」
「はい、問題はです」
 審配の顔が曇った。
「それではありません」
「何故この世界に来ているかですわね」
「その通りです。それがわからないのです」
 問題はそれなのだった。
「彼等の話によりますとこの世界とは別の世界から来た」
「そんな世界がありますのね」
「そのこと自体が信じられません」
 審配の言葉はまた怪訝なものになっている。
「世界が複数あるのでしょうか」
「わかりませんわ。華琳、いえ」
 ここで言葉を訂正させた。
「曹操のところにも何人か来ていますし」
「そうですよね。なぜここで急に何人も出て来たのでしょうか」
「これまでなかったというのに」
 彼等はとにかく今の状況が理解できなかった。
「どうしてでしょうか」
「全くわかりませんわね。ただ」
 ここでさらに話す袁紹だった。
「彼等自身もわかっていませんし。これからのことは」
「はい、これからは」
「まずは彼等はそのまま迎えますわ」
 そうするというのである。
「このまま」
「はい、それではその様に」
 こう返す審配だった。話はとりあえずはそれで終わった。
 だが謎は解き明かされはしない。そのまま残っていた。そしてそれを解くことは今は誰にもできなかった。だが大きなうねりが生じ続けていた。それだけは間違いなかった。


第二話   完


                        2010・3・22



聞き覚えのある名がちらほらと。
美姫 「色んな人がこの世界に居るみたいね」
これがどんな事に繋がっていくのか。
美姫 「ちょっと楽しみね」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね」



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