『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第百一話  帝、劉備を信じるのこと

 都での不穏な噂は。さらに広まっていた。
 劉備が皇位を狙っている、そのことがだ。今や都中で囁かれていたのだ。
「そうだな。漢中王ならな」
「あの方ならそれもできるだろう」
「何しろ今やこの国で第一の実力者だ」
「しかも多くの家臣や仲間もいる」
 権勢や人材を見てだ。誰もが言うのであった。
「大将軍であり相国でもあられる」
「そのお立場ならな」
「何でもできるだろう」
「皇位を狙うことも」
「しかも」
 ここでだ。もう一つ、噂の根拠になる条件が語られるのだった。
「皇族でもあられるしな」
「皇族ならば皇帝になってもおかしくはない」
「そうだ、皇帝になれる」
「例え傍流の傍流であっても」
 それでもだ。皇族ならばだというのだ。
「劉氏の方ならな」
「皇帝になることができるのだ」
「では今の帝を」
「まさか」
 噂が核心に入り不穏さを増していく。
「廃するのか」
「いや、表立ってしなくてもいいぞ」
「というとまさか」
「そうだ。それは」
 暗くなる。その話が。
「暗殺という手もある」
「暗殺!?帝をか」
「そうされるというのか、漢中王は」
「まさか。そこまで御考えなのか」
「恐ろしいことだぞ」
 都の者達はこう話していく。
「今の帝を暗殺し自身が皇帝になるなぞ」
「大罪と言っても飽き足らない」
「しかしこれまで幾つもあったことだ」
「では漢中王もか」
「そうされるのか」
 こうしてだった。多くの者が劉備に対して疑惑の目を向けるようになっていた。そしてこのことはだ。
 宮廷にも届いていた。それでだ。
 呂蒙がだ。困惑した顔で太史慈に言うのだった。
「今はかなり危ういです」
「劉備殿のことね」
「はい、そうです」
 彼女のことに他ならないとだ。呂蒙は話す。
「このままではです」
「誰も劉備殿を信用しなくなるわね」
「そしてさらにです」
「さらになの」
「はい、帝が劉備殿を危うく思われ」
 帝の耳に入ればだ。そうなるというのだ。
「そしてそのうえで」
「劉備殿を」
「宮廷から排除されるか。最悪」
「死をだな」
「死罪を命じられるかも知れません」
 簒奪を考えているとなればだ。それは当然のことだった。
 それがわかっているからだ。呂蒙は今危惧を感じているのだ。
 それでだ。こうも言うのだった。
「ですから。この噂を何とかです」
「打ち消さないといけないわね」
「はい、そうです」
 その通りだとだ。太史慈に対して言う。
「さもなければ本当に危ういです」
「そうね。こうした根も葉もない噂はね」
「消さなくてはなりませんから」
「けれど。噂は」
「消そうとしても消せるものではありません」
 呂蒙はまた話す。
「根拠のないものであってもです」
「正直。劉備殿は」
 どうなのか。太史慈にもわかっていた。
「算奪やそうしたことは」
「絶対に考えたりはしません」
「ええ、間違いなくね」
「しかしです」
 だが、だ。それでもだというのだ。
「市井ではそれは別です」
「そうしたことができる立場にいるからね」
「それだけで。噂は根拠ができます」
 そしてだ。話され広まるというのだ。
「噂はどんな護りも抜けてしまうものですし」
「止めようがないわね」
「考えたものです」
 呂蒙はその片眼鏡の奥のその目も曇らせた。
 そのうえでだ。こうも言うのだった。
「噂で攻めてくるとは」
「仕掛けてきたのは誰かしら」
「司馬尉殿でしょう」
 呂蒙の目が変わった。鋭くなった。
「おそらくは」
「そうね。こうした噂を流すのはね」
「そしてその噂により劉備殿が失脚して得をするのは」
「劉備殿が失脚すれば共にいる雪蓮様達も失脚します」
 要するにだ。劉備達は一蓮托生なのだ。それは董卓の乱を抑えた時にもう定まっていることだ。
 そしてだ。その彼女達が失脚すればだ。得をするといえば。
「あの方しかいませんから」
「状況証拠は揃い過ぎてるわね」
「あまりにも」
 また言う呂蒙だった。
「ですから。司馬尉殿でしょう」
「何かやることが陰湿ね」
 太史慈から見ればだ。そう見えるのだった。
「人を噂で陥れようとするなんて」
「確かに。しかし有効なやり方です」
「そうね。実際に今こんなことになってるし」
「司馬尉殿はかなり残忍な方ですし」 
 このこともだ。彼女達は最早よく認識していた。
「こうした陰湿なやり方もです」
「平気で使うのね」
「そうです。おそらく目的の為には手段を選ばない方です」
「増々嫌な奴ね」
「しかし。私達は今その司馬尉殿を向こうに回しています」
「厄介なことにね。とにかく今はね」
 太史慈はたまりかねた調子で話した。
「この状況を何とかしないとね」
「いけません」
 そうした話をしてだ。呂蒙も太史慈もだ。これからのことに憂慮を覚えていた。
 そしてだ。その劉備の方でもだった。
 孔明がだ。難しい顔をしてだ。いつも手にしている羽毛の扇を擦っていた。
 そうしながらだ。彼女は鳳統に話した。
「正直今の状況だけれど」
「物凄くまずいわね」
「ええ。街や宮廷だけじゃなくて」
 話はだ。他にも広まっているというのだ。
「兵隊さん達の間でも後宮でも」
「特に後宮でも広まっているのがまずいわね」
「帝が休まれる場所だから」
 そのだ。帝の耳に入ることが危険だとだ。二人は認識していた。
 それでだ。孔明は憂いに満ちた顔で鳳統に話した。
「宦官や女官達も噂をしているから」
「それが帝のお耳に入れば」
「ええ。それに」
「何時かはね」
「帝のお耳にも入るわ」
 それでだ。どうなるかだった。
「帝が桃香様に疑念を抱かれれば」
「大変なことになるわ。間違いなく」
「よくて失脚」
 そしてだ。悪ければ。
「死を賜ることも」
「有り得るわね」
「流石に皇族だから惨たらしい処刑はされないけれど」
 これも皇族の特権だ。皇族が罪で死なねばならない時は処刑はされないのだ。毒やそういったものを贈られ自害を勧められるのだ。
 だが死ぬことには代わりない。それでなのだった。
 孔明も鳳統もだ。言うのだった。
「ここでどうにかしないと」
「今のうちに」
「けれど」
 それでもだと。孔明の口調がここで変わった。
 それでだ。こう鳳統に言った。
「今回は」
「ううん、私も」
 鳳統もだった。孔明と同じく弱った顔を見せる。
 そうしてだ。同じ口調になってだった。
「噂に対しては」
「どうしていいかわからないわ」
「どうしたものかしら」
 軍師二人もだ。今回は困っていた。
 しかしだ。その中でだ。
 鳳統はこう孔明に提案した。
「私達二人だけでは駄目なら」
「黄里ちゃんね」
「うん、三人で考えてみよう」
 これが鳳統の提案だった。
「三人いればだし」
「三人いれば張子房の知恵ね」
 漢の高祖の軍師だ。稀代の知恵者として知られている。
 その人物の様にだ。名案が出ると言う鳳統だった。
 そして孔明もだ。彼女の言葉に頷いてだ。
 静かにだ。こう応えたのだった。
「そうね。ここはね」
「それでいきましょう」
 こうしてだった。二人は徐庶も交えてだ。
 三人でこの問題について話していく。そしてだ。
 その中でだ。徐庶が言ったのだった。
「噂に対してはね」
「噂に対しては?」
「何かあるの?」
「やっぱり。真実かしら」
 こう二人に話すのだった。
「それが一番じゃないかしら」
「根も葉もない噂に対しては」
「真実だというのね」
「ええ。今回は噂に過ぎないから」
 だからだ。それに対してというのだ。
「真実を明らかにすればね」
「そうね。真実ね」
「真実が公になれば」
 それでいいとだ。孔明と鳳統も頷いた。
 そうしてだ。また言ったのだった。
「じゃあここは」
「帝にお話したらどうかしら」
 こうだ。二人は言った。
「その。帝に」
「桃香様御自身が」
「それしかないと思うわ」
 徐庶もだ。二人の提案に応えてきた。
「桃香様が帝の位を簒奪しようという噂があるのなら」
「当の帝にお話すれば」
「それで疑いを晴らすべきだから」
「それでいいと思うわ」
 徐庶も頷く。そうしてだった。
 三人の軍師はこの噂に対する策を決めた。そのうえでだ。
 三人で劉備のところに行きだ。このことを話したのだった。
 話を聞いた劉備はまずはだ。目をしばたかせてこう言った。
「えっ、私が帝を?」
「まさか。桃香様は」
「御存知なかったのですか?」
「都での噂を」
「そんな噂が出てたの」
 こうだ。きょとんとして三人に問うのだった。
「はじめて聞いたわ」
「そうだったのですか」
「桃香様は御存知なかったのですか」
「では」
「そんな。私が帝なんてないよ」
 今度はこんなことを三人に言う。
「考えたこともないし」
「ですよね。本当に」
「桃香様には野心はありませんから」
「ですから」
 三人はかえって力が抜けた。劉備のいつもの調子にだ。
 それでほっとした顔になってだ。今度はこう言うのだった。
「実は前から噂になっていまして」
「それでどうにかしようと考えていました」
 孔明と鳳統が話す。
「それでもこれといった解決案が考えつかず」
「今までこうしていました」
「ううん、噂って困るわよね」
 まだおっとりした感じの劉備だった。
「根も葉もない噂ってね」
「はい、だからです」
「今回は三人で話して」
「それで決めました」
 二人に加えて徐庶もだった。
 三人になってだ。それで話すのだった。
「帝にこの噂のことをお話されてです」
「御自身の潔白を証明されればです」
「それで解決するかと」
「そうね。それが一番いいわね」
 おっとりした調子のまま劉備は話す。
「それじゃあ」
「はい、それではです」
「帝の御前に行きましょう」
「そして身の潔白を」
 明らかにすべきだとだ。三人も勧める。そうしてだ。
 そのうえでだ。劉備は宮廷に向かいだ。帝の前に参上しようとした。その時だ。
 ふとだ。孔明が鳳統に言った。まだ劉備の摂政府にいる。
 そこを出ようとする時にだ。彼女は気付いたのだ。
「ねえ。若しもね」
「今回のことが司馬尉さんの企みなら」
「私達をあっさりと宮廷に行かせないかも知れないわね」
「そうよね」
 このことにだ。鳳統も気付いた。
 それでだ。すぐにだった。 
 馬岱を呼んでだ。こう言うのだった。
「あの、今からね」
「宮廷に行ってくれるかしら」
「宮廷に?何かあったの?」
「ひょっとしたらそこに誰かいるかも知れないから」
「兵を率いてそれでね」
「宮廷を警護してくれるかしら
「御願いできる?」
 今のうちにだ。こう手を打ったのである。
「今のうちにね」
「すぐに向かって欲しいの」
「あれよね。司馬尉よね」
 事情を察してだ。馬岱は目を鋭くさせて二人に返した。
「あいつが動くかも知れないっていうのね」
「うん。ひょっとしたらだけれど」
「桃香様を宮廷に行かせない為に前に兵を率いて宮廷を押さえかねないから」
「あいつならやるわね」
 馬岱もだ。そのことを察した。
 そうしてだ。二人にあらためて応えた。
「うん、じゃあ今からね」
「有り難う。それじゃあ」
「御願いするわ」
 こう話してだった。馬岱は兵を率いてすぐに宮廷に向かった。
 こうして手を打ってからだった。軍師たちは劉備に対して言った。
「では今から」
「帝の御前に参りましょう」
「そうね。それじゃあ」
 劉備も応える。こうしてだった。
 劉備は軍師達と共に宮廷に向かう。彼等は馬に乗り宮廷に向かうのだった。
 それをだ。すぐに聞いてだ。司馬尉は。
 妹達にだ。こう告げた。
「そう。それではね」
「このまま劉備を宮廷には行かせませんね」
「そうされますね」
「ええ。行かせないわ」
 妖しいエミを浮かべてだ。彼女は妹達に言う。
「当然ね」
「そうですね。ここで行かせてはですね」
「帝に釈明をされてしまいます」
「そうなればこの話は水泡に帰するかも知れません」
「それならば」
「宮廷に兵を。理由は」
 その口実は何かというと。
「そうね。劉備が帝のお命を狙っている」
「その嫌疑で、ですね」
「あえて通さず帰させる」
「そして返す刀で」
「帝にお話して」
「劉備を一気に追い落とすわ」
 司馬尉はまた妖しい笑みになって話す。
「ここでね」
「一気にですね」
「我等が宮廷を抑える」
「そうしますか」
「ここで」
「宮廷を抑え。そして帝を追いやって」
 そしてだ。さらにだった。
「この国を破壊と混沌で塗り替えるわよ」
「そして定軍山で夏侯淵達を消し」
「それを狼煙としてですね」
「ええ。オロチ達と一緒にね」
 国を一気に自分の色に塗り替えようというのだ。司馬尉は策を一気に進めようとしていた。
 それでだ。今はだった。
 兵を宮廷に進ませることを決めたのだった。しかしだった。
 実際に兵を率いる司馬師と司馬昭が見たものは。
 何と宮廷にだ。既にだった。
 兵達がいてだ。こう彼女達に言ってきたのだ。
「何故こちらに来られたのですか?」
「何の用件でしょうか」
「そ、それは」
「宮廷の警護に」
「それは私達がやることになったから」
 兵達を前にして戸惑いを隠せない二人の前にだ。馬岱が出て来て言うのだった。
「心配無用よ」
「そういう訳にはいかないわ」
「帝を御守りしなければならないじゃない」
 司馬師と司馬昭は必死になって馬岱に食い下がる。
「だからよ。今は」
「貴女は兵を退きなさい」
「蒲公英達帝から許しを得たんだけれど」
 しかしだった。馬岱は既に先に進んでいた。食い下がってくる二人に悠然と笑ってだ。そのうえでこう言ってきてそれからだった。
 懐からあるものを出してきた。それは。
「くっ、それは」
「帝の」
「これでわかったわよね」
 それは帝の勅書だった。皇帝の印まである。
 それも見せてだ。二人に話すのである。
「ちゃんと帝がお許しになられたのよ」
「ではここはというの」
「貴女が守るというの」
「そうだよ。だからね」
 それでだとだ。二人にさらに告げる。
「あんた達はお家でゆっくりしていて」
「仕方ないわね」
「それじゃあね」
 これ以上ごねては疑念を抱かれる。二人もこう考えてだった。
 渋々ながら兵を退かせた。そのうえで帝に劉備の叛意を言う為に屋敷を出ていた司馬尉に対してだ。合流したうえで話した。
 それを聞いてだ。司馬尉は。
 忽ちのうちに苦々しい顔になってだ。場所の中から言うのだった。馬車はあの西洋のものを思わせる馬車でだ。そこから顔を出して言うのだ。
「今回は退くしかないわね」
「それではですか」
「今回の噂の件はですか」
「失敗に終わりましたか」
「最早」
「ええ、失敗よ」
 その通りだとだ。司馬尉はその苦々しい顔で答えた。
「まさか。先に兵を置かれるとはね」
「まさかと思いますが」
「読まれていたのでしょうか」
「そうでしょうね。読まれていたわ」
 実際にそうだとだ。司馬尉は妹達にまた答えた。
「おそらくは」
「おそらくは?」
「といいますと」
「孔明と鳳統ね」
 その二人にだ。読まれていたというのだ。
「それと徐庶にね」
「あの三人の軍師にですか」
「劉備の下にいる」
「ええ、あの三人はそれぞれでも厄介だけれど」
 三人揃えればだ。どうかというのだ。
「三人一度になれば」
「お姉様の策も退けられる」
「そうなのですか」
「そうよ。私を出し抜くとはね」
 どうかというのだ。それ自体が。
「許せないわ。この借りは必ず返すわ」
「はい、それでは」
「何時の日か」
 こう話してだった。三人は今は退くのだった。
 そうして劉備は軍師達と共に宮廷に入ろうとする。そこでだった。
 すぐにだ。まずは魏延が劉備のところに来て言うのだった。
「桃香様、遅れて申し訳ありません」
「焔耶ちゃん?」
「任で都の不穏な者達を取り締まっていました」
 そうしていたというのだ。
「それで遅れました」
「そうだったの」
「はい。愛紗達もです」
 関羽達もだ。その任にあたっていたというのだ。
「今彼女達もここに来ます」
「そういえば今日焔耶ちゃん私の傍にいなかったわね」
 劉備は今になってこのことに気付いたのだった。このこともだ。
「いつも私の傍にいてくれるのね」
「私にしてもです」
 魏延はここでだ。実に無念そうな顔になって話した。
「桃香様のお傍を離れるのは実に辛かったです」
「そうよね。私も何か焔耶ちゃんが傍にいてくれないと」
 劉備は気付かないまま彼女に言う。
「寂しいわ」
「有り難きお言葉。それだけで焔耶は満足です」
「そ、そうなの」
「それでなのですが」
 劉備の何でもない言葉にだ。魏延は感涙しながら話す。
「軍師殿達に言われて都を取り締まったのですが」
「それで誰かいましたか?」
「怪しい者は」
「少なくとも私の見たところではいませんでした」
 そうだとだ。魏延は孔明と鳳統に話す。
「一人もです」
「そうですか。やはり」
「一人もいませんでした」
「わしが見回ったところでもじゃ」
 ここで厳顔も来た。そのうえで言ってきたのである。
「一人もおらんかった」
「そうですか。桔梗のところもですか」
「そうなんですね」
「うむ、おらんかった」
 また言う厳顔だった。
「思えば面妖なことじゃな」
「いえ、そうだったと思っていました」
「今回は」
 しかしだ。軍師二人はだ。
 それはもう読んでいたという顔でだ。話していくのだった。
「噂話は得てしてそういうものです」
「それが意図され流されたものなら余計にです」
 どうかというのだ。
「噂を流す人が誰なのかはわかりません」
「外見は普通の人が話して広まるものですから」
「その様じゃな。おそらくはな」
 ここでだ。また言う厳顔だった。
「愛紗達もそう言うぞ」
「そうですね。そうなると思います」
 徐庶は厳顔の言葉に頷きだった。そして言うのだった。
「噂はこれで消えるでしょうが」
「黒幕がいてもそれが誰かはか」
「推測はできますが断定はできません」
「そうじゃな。忌々しいがな」
「蜥蜴の尻尾切りどころではありませんね」
 魏延も厳しい顔になって厳顔の言葉に応える。
「まるで最初からそんなことはなかった様に」
「噂を流した者達は見つからん」
「はい、何一つとして」
「厄介な話じゃ」
「それではです」
 話が一段落したところでだ。孔明がだった。
 一同にだ。こう言った。
「愛紗さん達も来られましたら」
「宮廷に入るのね」
「そうです。そうして桃香様はです」
 劉備に対してだ。どうするべきかを話すのだった。
「帝とお話して下さい」
「二人でなのね」
「そうです。お二人でお話されるのが一番です」
 考えがはっきりとした顔でだ。劉備に話す。
「私達は宮廷で待っていますので」
「劉備殿の言葉でお話して下さい」
 鳳統はこう勧める。
「そうされればいいです」
「わかったわ。それじゃあ」
 劉備も頷きだ。そのうえでだ。
 関羽達五虎将達も来てからだ。宮廷に入ったのだった。
 それから孔明達と別れてだ。そのうえで帝の前に出た。 
 帝は赤い幾つもの柱に支えられた広い部屋の中にいた。そこで階段の上にある豪奢な、赤と金の皇帝の座にいるまだ幼さが見られる少女の前に出た。
 少女は九匹の龍に飾られた黄金色の衣を全身にまとっている。髪は黒く腰まである。黒い切れ長の奇麗な目をしている。その光は星の瞬きの如きだ。
 顔はやや丸く楚々としている。歳は孔明と同じ位で背や顔立ちも同じだ。
 その彼女がだ。劉備に対して言ってきた。高い少女の声でだ。
「よくぞ来られました」
「はい」
「今日朕の前に来たのは何故でしょうか」
「あの、噂話のことで」
 まずはこう切り出した劉備だった。階段の下に立ちだ。そのうえで帝に話すのである。
「何か私が謀反を企んでいるとか」
「その様ですね」
「その様でといいますと」
「既に後宮で宦官や女官達が噂しています」
 そうだというのだ。
「劉備が朕にとって代わろうと」
「そうした話になってるみたいね」
「朕はその噂を耳にする度にです」
 どうしていたか。帝はこのことを話した。
「そうしたことを話す者達を嗜めてきました」
「そうされていたのですか」
「確かに劉備は皇族であり摂政です」
 まさにだ。今のこの国の最大の実力者だ。
「皇帝になろうと思えばできます」
「そうみたいですね」
「若し劉備が実際に謀反を企ているなら」
 どうするかというのだ。
「既に兵権を全て握っています」
「それからですか?」
「一声挙げればその兵達が一斉に動き」
 それでだ。どうなるかというのだ。
「十三の州の兵で都を取り囲めばです」
「それで終わりですか」
「はい、わざわざこの都に止まらなくてもいいのです」
 このことがわかってだった。帝は劉備に話すのだった。
「しかし劉備は都に止まり続けてますね」
「楽しいことも多いですし」
 こうだ。如何にも劉備らしいいささか能天気な調子で帝に話す。
「それに政もありますし」
「そうですね。そうした劉備が叛意を持っているか」
 それはどうかというのだ。
「有り得ないことです」
「だからですか」
「はい、朕にはわかっていました」
 微笑みだ。劉備に話す。
「劉備は謀反を行う様な者ではありません」
「ですか」
「はい、それに若し劉備が実際に叛意を抱いていれば」
 さらに話す帝だった。
「今こうして私の前に出ません」
「ええと、ここに来たのはですね」
「その噂を否定する為ですね」
「朱里ちゃん達に言われまして」
 このことも素直に話す劉備だった。
「それでお手間をかけますが」
「そうですね。それに劉備の話を実際に聞いてますと」
 そこからもわかるというのだ。
「劉備は絶対に嘘は吐けません。劉備は叛意を抱いていません」
「おわかりになられるんですね」
「その目もです」
 目も見ていた。帝は一つのことだけで判断してはいなかった。既にわかっていることでもだ。そうして確めることも忘れていなかった。
 それでだ。全てを見たうえでだ。劉備に話すのだった。
「劉備の目は奇麗ですから」
「有り難うございます」
「澄んだ目の持ち主は嘘を吐きません」
 そうだというのだ。
「目は全てを出してしまいますから」
「じゃあ私を」
「信じています」
 微笑みだ。劉備に話した。
 そしてだ。そのうえでだった。
 再度だ。劉備に言うのだった。
「それでなのですが」
「それで?」
「今の皇帝は私ですが」
 こう前置きしてからだ。劉備に話すのである。
「次の帝をもう決めていなくてはなりません」
「そうですね。太子ですね」
「はい、それを今決めます」
「えっ、今ですか」
「またああした噂が出てもおかしくありません」
 こうも言うのだった。
「それでなのです」
「ええと、といいますと」
「劉備、貴女をです」
 微笑んだままだ。劉備に話す。
「太子に定めます」
「私をですか」
「はい。次の皇帝は貴女です」
 また劉備に告げる。
「貴女はこれから太子でもあります」
「そんな、私が次の皇帝って」
「劉氏ならばです」
 問題ないというのだ。
「私には兄弟姉妹もいませんし子もいませんし」
「御子ならまた出来るのでは?」
「しかし貴女以上に相応しい人物はいません」
 皇帝にだというのだ。
「ですから」
「私をですか」
「次の皇帝、太子に定めます」
 あらためて劉備に告げた。
「では宜しく御願いしますね」
「は、はい」
 劉備の言葉に応えてだ。そうしてだった。
 劉備は噂を否定されただけでなくだ。太子にも定められた。このことにだ。
 舞は笑ってだ。雑煮を食べながら仲間達に言うのだった。
「まさに雨降って地固まるね」
「そうだよな」
「確かにそうなったね」
 テリーとアンディが彼女のその言葉に笑顔で頷く。
「あの噂が流れた時はまずいって思ったけれどな」
「それが消えただけじゃなくて」
「太子にも定められるなんてな」
「凄いことじゃない」
「それだけ劉備さんに徳があるってことよね」
 舞は雑煮の餅を箸に取りながら話す。
「ああ、そうだな」
「そうなるね」
 テリーはハンバーガー、アンディは納豆スパを食べながら舞の言葉に応える。
「今回は本当にな」
「最高の結末になったよ」
「そうそう。これでもうあんな噂は出ないし」
 劉備が次の皇帝ならだ。それも当然のことだ。
 舞もだ。そのことがわかったうえで二人に話していく。
「万々歳よ。ただね」
「ああ、あの噂を流した奴な」
「それが誰かは」
「気になるところね」
 表情を鋭くさせてだ。ボガード兄弟に話す。
「そこのところはね」
「あれ誰なんだ?」
 丈は鰐の唐揚げを頬張りながら問うた。
「ちょっとわからないんだけれどな」
「いや、それはわかるだろ」
「少し考えたら」
 テリーとアンディはその丈にすぐに突っ込みを入れた。四人は今同じ卓で食べながら話をしているのだ。その中でのやり取りだった。
「もうな。あいつしかいないだろ」
「彼女だよ」
「彼女っていうと女か」 
 丈にもこのことはわかった。
「女が広めたのか」
「そうだよ。司馬尉だよ」
「あの娘だよ」
 まさにだ。その司馬尉だというのだ。
「あいつが劉備さんを追い落とす為にだよ」
「噂を流したに決まってるじゃないか」
「ああ、そうなのか」
 ここまで言われてだ。やっとわかった感じになる丈だった。
 それでだ。彼はこう言ったのだった。
「それで自分が後釜になろうって考えてたんだな」
「そうだよ」
「やっとわかってくれたね」
「ああ。それでな」
 丈はさらに言った。
「あいつこれで諦めるか?」
「それはないわね」
 舞がすぐに否定してきた。
「絶対にね」
「ああ、やっぱりそうか」
「また何か仕掛けてくるわ」
「じゃあ何とかしないと駄目だろ」
「そうなのよ。司馬尉をどうするかよ」
 舞がこう言うとだった。テリーとアンディもだった。
「あんな厄介なのずっと置いておいたらな」
「何時か大変なことになるからね」
「証拠はないにしても明らかにだからな」
「私達に敵意を持っているよ」
「何かそれってよ」
 能天気な感じでだ。丈は言った。
「あれだよな。オロチと同じだよな」
「それとアンブロジアとかだな」
「骸達にしても」
「そうだよ。一緒じゃねえか」
 こうボガード兄弟に話すのである。
「それだとな」
「そうよね。言われてみればね」
 舞も丈のその言葉に頷く。
「あとあの于吉とかいたけれど」
「あの連中ともな」
「似てるね」
「若しもよ」
 舞はさらに言う。
「あの連中が全部グルだったら?」
「最悪だよな」
 丈は自分の言葉で簡単に言った。
「そうなったらな」
「そうよ。それで可能性もあるから」
「気をつけるべきだな」
「ああ。だからな」
 それでだ。また言う丈だった。
「今のうちにあの連中どうにかするか?」
「どうにかって?」
「何か考えあるの?」
「今すぐにあいつの屋敷に殴り込んでな」
 右手を拳にしてだ。テリーとアンディに話すのだった。
「それで叩きのめしたらいいだろ」
「いや、それは駄目でしょ」
 舞がだ。丈のその考えに呆れて言った。
「証拠もないのにいきなりは」
「駄目か」
「絶対に駄目よ」
 また答える舞だった。
「全く。丈さんはいつもそうなんだから」
「うだうだ考えるのは苦手なんだよ」
 丈は全く反省しないまま言う。
「だからいつも突撃なんだよ」
「突撃はスラッシュキックだけにしておけよ」
「少なくとも司馬尉の屋敷に行っても何にもならないからね」
「あっ、そうなのか?」  
 テリーとアンディ、とりわけアンディの言葉にだ。丈は応えたのだった。
「じゃあどうすればいいんだよ」
「いや、どうするかってな」
 テリーは呆れた声で丈に返す。
「今は待つしかないだろ」
「松しかないのかよ」
「そうだよ。あいつはおかしなことをしてるって証拠もないからな」
「だから証拠はあいつの屋敷にあるだろ」
「で、殴り込んでそれを抑えるんだな」
「ああ。警察みたいにな」
 あちらの世界の話でだ。丈は言うのだった。
「あれだけ怪しい奴だからな」
「怪しいのは確かに口実にはなるけれど」
 舞もそれは認めた。しかしだった。
 首を捻ってだ。こう丈に言った。
「そもそもあの司馬尉が屋敷の中でも証拠を残す?」
「残さないか?」
「残さないわよ」
 舞は司馬尉のことを頭の中で考えながら話す。
「そこまで迂闊じゃないわよ」
「じゃあ屋敷に殴り込んでもかよ」
「無駄よ。それに卑怯なやり方だけれど」
 それでもだ。脳裏に浮かんだそのやり方も話す。
「証拠をでっちあげてもね」
「それも無理だろうな」
「それもね」
 テリーとアンディが舞のその言葉に頷く。
「そうしても捏造を見破られてな」
「声高に言われるよ」
「そうよ。だから今はね」
 どうすればいいのか。舞は言った。
「様子を見るしかできないわ」
「まだるっこしいな、おい」
「待つのも戦いのうちでしょ」
 舞はこう言って焦りを見せる丈に言う。
「だから今は待ちましょう」
「ちぇっ、じゃあ今は食ってトレーニングしておくか」
 こうしてだった。彼はその鰐の唐揚げを食べるのだった。今はそうしてだ。暴れられるその時を待つしか出来なかったのだった。


第百一話   完


                        2011・8・9



噂によって追い詰められるかと思ったけれど。
美姫 「流石は名軍師よね」
だよな。逆に相手の手を読み先んじて動く事で事を収めたな。
美姫 「それ所か、太子にまでなったわね」
流石にここまで考えてはいなかったかもしれないがな。
美姫 「でも、これで大人しくなるとはいかないんでしょうね」
だろうな。さてさて、次はどんな手を使ってくるのやら。
美姫 「続きはこの後すぐ!」



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