『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第百七話  曹操、司馬尉に詰め寄るのこと

 夏侯淵を救った劉備達は定軍山を徹底的に洗った。既にオロチ達は何処かに姿を消している。
 森の緑の木々の中を進みながら。馬岱が眉を顰めさせながら隣にいる張飛に言った。
「いつもながら逃げ足速いよね、あいつ等」
「全くなのだ」
 その通りだとだ。張飛も頷いて返す。
「今度こそはと思ったのに残念なのだ」
「そうよね。今度見つけたら」
「成敗してやるのだ」
「そうだよな。今度こそはな」
 二人のところに二階堂が来て言う。
「あの連中に止めさすぜ」
「ああ、そういえば二階堂さんってあっちの世界でもよね」
「あの連中と戦っていたのだ」
「最初はほら、いただろ」
 自分に顔を向けてきた馬岱と張飛に二階堂はこんなことを話した。
「あのルガールって奴な」
「片目で金髪のでかいおっさんよね」
「あの馬鹿みたいに強い奴のことなのだ?」
「あいつと戦ったんだよ」
 話は最初のキングオブファイターズの頃のことだった。
「いや、洒落にならない強さだったぜ」
「そうよね。烈風拳にカイザーウェイブ出してきて」
「近寄るとジェノサイドカッターなのだ」
「あいつと戦って倒したんだよ」
「それがはじまりで?」
「それからオロチだったのだ」
「ああ、ネスツとも戦ったしな」
 二階堂にとってはどの戦いも忘れられないものだ。
 その戦いのことをだ。二人の少女に話していく。
「思えば連中とも長い腐れ縁だぜ」
「正直有り難くない縁よね」
「遠慮したいものがあるのだ」
「ああ、俺もな」
 実際にだ。彼もそう思っているのだった。
 それでだ。こうも言う彼だった。
「それでこっちの世界でもだしな」
「二階堂さん達も大変ね」
 このことは馬岱にもよくわかりだ。それで頷いてだ。彼に言う。
「戦ってばかりで」
「それはお互い様だしな。それにしてもな」
「それにしても?」
「事実がわかってきたな」
 二階堂の顔がここで真剣なものになる。その顔でだ。 
 彼はだ。二人にこうも話した。
「夏侯淵さんがこの山に来たのはあれだろ」
「そうなのだ。最初は桃香お姉ちゃん達だけが知ってることだったのだ」
「知ってたのはその劉備さんと」
 二階堂の目が鋭くなる。その目でだ。
 彼は話す。そのことは。
「袁紹さんに曹操さん、袁術さんに孫策さんに」
「あの女なのだ」
 張飛の顔に嫌悪が入った。その顔での言葉だった。
「司馬尉なのだ」
「ってことはだ」
「あの女が仕組んだことなのだ」
「その話を聞いてオロチとかをこの山に先回りさせてたってことだな」
 このことがだ。明らかになったというのだ。
「それにこの山自体がな」
「あちこちに結界あったしね」
 今度は馬岱が言う。
「気を溜めている結界がね」
「あの結界もおかしいのだ」
「おかしいなんてものじゃないわよ」
 馬岱は眉を顰めさせて張飛に話す。
「明らかに。よからぬ目的の為に集めてたから」
「あの気もな」
 ここで二階堂はまた二人に話した。
「青紫の炎が傍に幾つも燃えてただろ」
「あの炎って確か」
「八神やオロチの奴の炎なのだ」
「そうさ、八神家は実際にオロチの血が入ってるんだよ」
 八神家の呪われた宿命の一つだ。このことが彼の運命を操っていると言っても過言ではない。
「奴自身はオロチが来たら容赦しないけれどな」
「そのオロチの炎が燃えている」
「ということはなのだ」
「ああ、司馬尉とオロチの奴等は間違いなくグルだ」
 このこともはっきりしてきたというのだ。
「他の刹那なりアンブロジアなりもな」
「二階堂さん達の世界のあらゆる連中が司馬尉と一緒になって」
「この国をおかしくしようとしているのだ」
「やばい奴等がてんてこ盛りだな」
 二階堂はこんなことも言った。
「こりゃ激しい戦いになるぜ」
「それはもうどんと来いなのだ」
 張飛は自分の左手でその胸をどんと叩いて言い切った。右手には蛇矛があり立てられている。
「オロチでも何でもやっつけてやるのだ」
「そうね。都に戻ったら」
 馬岱も張飛と同じ考えである。
「司馬一族をぎゃふんと言わせてやるわ」
「あの一族と決戦だな」
 二階堂もこのことについて言う。
「さて、都に帰ったら大勝負だな」
「ええ、そこでも頑張りましょう」
「やってやるのだ」
 山は隅から隅まで調べられそのうえでだ。
 結界は全て壊された。それが終わってから軍は都に引き返した。
 その途中でだ。孫策は袁術に囁いた。孫策は馬に乗り袁術は張勲が操る馬車に乗っている。その馬車のところに来てであった。
「ねえ、いいかしら」
「どうしたのじゃ?」
「正直夏侯淵達は無事だったけれどね」
「それでもじゃな」
 袁術もだ。眉をひそませてだ。孫策に応える。声は自然と小声になっている。
「あちらの世界の者達は」
「あの集めていた気のことをね。穏に聞いたのよ」
「それで陸遜は何と言っておるのじゃ?」
「あの気は。人の怨念や悲しみや憎しみを集めたものらしいわよ」
 孫策は剣呑な顔で袁術にこう囁く。
「そうしたものを集めていけば巨大な負の力になるそうよ」
「それでは太平要術の書と同じではないか」
「そうよね、同じよね」
「あの山は元々霊力が強いと聞くが」
「穏はそのことも言ってたわ」
 この辺りは流石だった。陸遜の学識は尋常なものではない。
「山は元々霊力が集る場所だけれど」
「あの山は特にじゃな」
「そうよ。負の力でも集めやすいから」
「成程、だからですね」
 馬車の手綱を握る張勲も話に加わってきた。
「あの山に結界を置いて」
「それでよからぬ気を集めて」
「その気で碌でもないことをしようと考えていたのね」
「司馬尉は何のつもりなのじゃ?」
 孫策の話を聞いてだ。袁術は。 
 腕を組み難しい顔になって言った。
「わらわ達を失脚させるにしては大掛かりに過ぎるぞ」
「ううん、そうよね。過ぎてるわよね」
「これではあれではないか」
 ここでだ。袁術の勘が働いた。
「この国を破滅させるとかそういう類ではないか」
「あっ、確かに」
 袁術の話を聞いてだ。張勲もだ。
 はたと気付いた顔になってだ。こう言った。
「美羽様達を追い落とすだけなら謀だけでいいですから」
「そこまでして何をするかというとじゃ」
 袁術は腕を組んだままさらに言う。
「そんな碌でもないことしか思いつかんぞ」
「司馬尉はそもそもかなり冷酷な奴だしね」
 孫策はその司馬尉に嫌悪を見せていた。
「それもかなりね」
「あの京観はあまりじゃろう」
「実際にあんなことをした人間ははじめて見たわ」
 孫策はさらに話す。
「史書には時々あるけれどね」
「何か。楽しんでいる感じですね」
 張勲も今は笑顔でなくだ。
 こうだ。その事実を言うのだった。
「殺戮を」
「その女がよからぬことを考えている」
「明らかに危険ですね」
「都に戻れば勝負よ」
 孫策は今は剣を抜いていない。しかしだ。
 剣を構えだ。そして言うのだった。
「いいわね、都に戻ってからが本番よ」
「ええ、わかっています姉様」
「あの女許さないんだから」
 孫策の後ろでそれぞれ馬、白虎に乗る孫権と孫尚香が応える。
「妖しげな策謀もこれで、です」
「終わりになるのね」
「帝の御前での詰問かのう」
 袁術も言う。
「そうして申し開きができぬ様にしてからじゃな」
「そういう手筈になっているわ」
「もう決まっておるのか?」
「袁紹と曹操がね」
 この二人の名を出してだ。孫策は話す。
「もう決めてるわよ」
「姉様達がか。相変わらず早いのう」
「けれどそれでいいでしょ」
「というよりそれしかないであろうな」
 袁術は首を捻りながら述べる。
「司馬尉を追い詰めるには」
「そもそも司馬尉の家自体もね」
 孫策はここでこんなことも言った。
「どうした家なのかよくわかっていないし」
「ですね。そういえば」
 言われてだ。張勲も頷く。そのうえで述べる彼女だった。
「名門であることは確かですけれど」
「そのはじまりを知る者はいないわよね」
「そうした家もあまりありませんね」
 孫権もだ。そのことには不審なものを感じて述べる。
「大抵は何かしらのルーツがはっきりしていますから」
「はじまりがわからない家というのも怪しいわね」
 孫尚香から見てもだ。そのことはだった。
「一体どういう家なのかしらね」
「その辺りもわかればいいですね」
 孫権は妹の話を聞いたうえで姉に話した。
「司馬氏自体のことも」
「ええ、そう思うわ」
 そうした話をしながらだった。一同は都に戻る。その中でだ。
 ナコルルは都の方を見てだ。怪訝な顔になっていた。その彼女を見てだ。
 ミナがだ。こう言った。
「感じるのね」
「はい、邪な気が高まっています」
「でjはやっぱり司馬尉は」
「間違いないと思います」 
 ナコルルはその怪訝な顔で話す。
「妖人です」
「あの羅将神ミヅキをも超える」
「この国、いえこの世界を全て覆う様な」
 まさにだ。そこまでだというのだ。
「そうした方です」
「危ういわね」
 ミヅキはこうも言った。
「その彼女と対峙するとなると」
「劉備さんがですね」
「私達も行くべきね」
 そしてだ。ミナはここでこう言った。
「尋常ではない力の持ち主なら」
「そうですね。ただ」
「ええ、彼等はいないわね」
 こんなことも話す二人だった。都にそうしたものも感じてのやり取りだった。
「アンブロジアやオロチは」
「他の地に去ってしまった様ですね」
「他の地。それは何処か」
「おそらくこの世ではないでしょう」
 ナコルルはそう見ておりだ。実際に言った。
「何処かはわかりませんが」
「彼等の潜む場所といえば」
 ミナは探った。そうしての言葉だった。
「闇の中かしら」
「そこでしょうか」
「闇の中ならどうしようもないわね」
「そうですね。私達の決して行けない世界ですから」
「それなら。封じる場所は」
 何処か。二人で考えていく。
 そしてだ。辿り着いた答えは。
「この世界しかないわね」
「また。戦いになりますね」
「それなら。戦場において」
「あの人達を封じましょう」
 こう話してだった。彼女達は都に戻るのだった。そしてだ。
 都に戻った。帰還の行軍をすぐに終えるとだ。
 曹操はだ。己の屋敷に戻りすぐに周りに告げた。
「いい、今からすぐにね」
「帝の御前にですね」
「赴かれるのですね」
「ええ、もう麗羽達も用意しているわね」
「袁紹殿でしたら」
 郭嘉が曹操のその問いに答える。
「御自身のお屋敷に戻られて」
「それで大急ぎで、なのね」
「はい、用意に取り掛かられているようです」
「あの娘はせっかちだからね」
 曹操はこう言って微笑みもした。
「もう急いで宮廷に向かってよね」
「そして他の方々も」
「劉備は?」
 曹操は彼女の動静も尋ねた。
「あの娘は摂政のうえ太子だから一番大事なのだけれど」
「劉備殿もです」
 韓浩が答えてきた。
「既に御自身のお屋敷に戻られてです」
「ならいいわ。まずは私達が先に朝廷に入ってね」
「そのうえで、ですね」
「司馬尉を」
「ええ、問い詰めるわ」
 鋭い顔でだ。こう言うのだった。
「定軍山のことをね」
「間違いなくですね」
 ここでだ。郭嘉の目の光が強くなる。
 その目でだ。彼女は曹操に話す。
「司馬尉はあの山のことに関わっています」
「あの山に秋蘭達の軍を向けることを知っていたのは私達だけだったから」
 これはだ。曹操の仕掛けた策だったのだ。
「そう、摂政と左右の宰相に」
「それに三公の」
「私達が秋蘭の命を狙うことは有り得ないわ」
 それは決してだった。そうしたことも全てわかっていてなのだ。
 曹操は仕掛けた。そうしてなのだ。
「決してね」
「だからこそですね」
「だとすれば仕掛けたのは一人しかいないわ」
「司馬尉仲達」
「前からいけ好かない女だったわ」
 曹操は大鏡の前で身だしなみを整えながら話す。
「名門であることを鼻にかけていて」
「あの、華琳様そのお話は」
「あまり」
 郭嘉と韓浩は気遣う顔になってだ。曹操に言った。
「されるべきではないかと」
「ですから」
「そうね。それはわかっているわ」
 それはだと答える曹操だった。
「けれど。私は宦官の家の娘、麗羽は妾腹」
 このことはだ。彼女達にとってはどうしても拭えないものなのだ。
 しかしそれでに対してだ。司馬尉はどうかというのだ。
「名門の嫡流とは違うわ」
「だからですか」
「司馬尉は元々」
「好きではなかったわ。けれど」
 それでもだとだ。曹操の言葉に剣が宿る。
 そしてその剣を宿したままだ。曹操は話していく。
「今は余計にね。秋蘭のことは許せないわ」
「だからこそですか」
「朝廷に急いで入り」
「問い詰めて。返答次第ではね」
 大鎌も持つ。その鎌が剣呑な光を放つ。
 そしてその鎌の光を己自身に帯びさせてだ。曹操は宮廷に向かうのだった。
 既に宮廷はだ。多くの兵達に護られている。その彼等の間を通ってだ。曹操は馬で宮廷に入った。
 すぐ後ろには夏侯姉妹に曹仁、曹洪の姉妹が控えている。その四人にだ。
 曹操はだ。こう言うのだった。
「正念場よ」
「はい、司馬尉とのですね」
「決着の時ですね」
「絶対に許さないわ」
 曹操の目がさらに鋭いものになる。
 その目で夏侯姉妹を見てだ。彼女は言うのである。
「秋蘭を殺そうとしたことは」
「華琳様・・・・・・」
 夏侯淵は主のその言葉にだ。思わず頭を垂れた。
 そしてだ。そのうえで言うのだった。
「勿体ない御言葉」
「勿体なくはないわ」
 しかしだ。曹操はこう夏侯淵に返した。
「貴女は私にとってかけがえのない娘の一人だから」
「だからですか」
「ええ。だからよ」
 こう曹操は言うのだった。
「いいのよ」
「華琳様・・・・・・」
「いい?絶対に死んでは駄目よ」
 曹操の言葉は続く。
「死んだら私が許さないから」
「はい」
 夏侯淵は微笑みだ。曹操に応えた。
「私は何があっても死にません」
「安心しろ、私もいる」
 夏侯惇もここで言ってきた。
「秋蘭を死なせはしない」
「姉者も言ってくれるか」
「当然だ。私達はいつも六人だった」
 今ここにいる五人と袁紹だ。彼女達は幼い頃から共にいる。
 だからだ。六人だというのだ。
 それでだ。夏侯惇は話した。
「その六人が欠けることはない」
「そうだな。ではこれからも」
「私達は死なない」
 強い声でだ。夏侯惇は言い切った。
「わかったな」
「わかった。それではな」
 こうした話をしてだった。彼女達は朝廷に入った。そのうえでだ。
 朝廷のあらゆる場所を固めた。それからだ。
 司馬尉を待つ。帝の前には劉備達五人と側近達が集っている。そしてだ。
 そこからだ。彼女達の前に来る女を待っていた。その中でだ。
 関羽、劉備と共にいる彼女がだ。こう言うのだった。
「思えばだ」
「司馬尉だな」
「ああ、あの女はやはりだ」
 こうだ。趙雲に話すのだった。
「よからぬ者だったか」
「よからぬどころではないな」
 それに留まらないというのだ。趙雲は司馬尉についてこう話す。
「あの女は」
「よからぬどころではない?」
「そうだ。あの女はどうやらだ」
 ここでだ。司馬尉についてだ。趙雲は言った。
「ただの人間ではない」
「ただの?」
「そうだ、ただのだ」
 人間ではないと話すのだ。
「異形の者の血が入っているのだろうな」
「何っ!?ではあの女は」
「そもそもがオロチやアンブロジアに近いのだ」
 それが司馬尉だというのだ。
「つまりだ。ここに来てもだ」
「妖術とか使ってきてもおかしくはないってんだな」
 馬超がだ。眉を顰めさせて行った。
「それがあいつかよ」
「そう思っていい。だが妖術ならだ」
「はい、その時のことも既に考えています」
 鳳統がここで彼女達に言う。
「ですからこの場にです」
「うち等がおるんや」
 あかりが関羽達に不敵な笑みを浮かべて応える。
「あの女が何をしてもや」
「封じます」
 月もいる。その顔は。
 既に戦う顔だ。その顔で言うのだった。
「私達全員の力を使って」
「おそらくはだけれど」
 神楽もだ。その顔には緊張がある。
「司馬尉は尋常な相手じゃないわ」
「妖気っていうんやな」
 あかりもだ。既に戦いの前の顔になっている。
「それが洒落にならんまでに高いやろな」
「妖気がかよ」
「そや、魔物とかいうのやないで」
 あかりがまた話す。
「邪神っていう感じやな」
「それではオロチやアンブロジアと同じではないか」
 関羽はその話を聞いて言った。
「完全にだ」
「そう思います、私も」
 ナコルルもだ。そのことについて言った。
「あの人はおそらくは尋常な方ではありません」
「そうした相手とこれから対峙するか」
「尋常な話じゃなくなるな」
 趙雲と馬超もだ。ナコルル達の話を聞いてあらためてだ。
 身構えた。まだ司馬慰は来ていないがそれでもだ。
 そうしてだ。司馬尉を待つ。やがて。
 一行のところにだ。周泰が来て報告した。
「来ました」
「わかりました」
 劉備がだ。真剣そのものの顔で彼女の言葉に頷く。
「それではです」
「いい?ここからが正念場よ」
 曹操もだ。いよいよだった。
 司馬尉を待つ。そしてその司馬尉がだ。
 帝の前に来た。供は二人の妹達だ。彼女達を後ろに従えさせてだ。
 堂々と宮廷に来た。そのうえで帝の前に妹達と共に参上してそのうえでだ。膝を折って拝謁してそれからだ。平然とした顔でこう言った。
「物々しいですね」
「聞きたいことがあるわ」
 曹操だが。司馬尉に対して最初に言った。
「定軍山への出兵だけれど」
「そのことが何か」
「夏侯淵が襲われたのよ」
「そうなの」
「ええ、そのことだけれど」
 こうだ。司馬尉に対してさらに問い詰める。帝の前であるがだ。
 それでも誰もが緊張しきった空気の中にあった。帝の前なので摂政であり太子でもある劉備以外は剣を持っていない。それでもだ。
 誰もが何かあれば戦おうとだ。身構えていた。その中でもだ。
 司馬慰は平然としてだ。こう言ったのだった。
「あの娘達は兵達に襲われたのよ」
「兵に?」
「白装束の者達にね」
 そのことをだ。話に出した。
「それにオロチや刹那といった連中にね」
「あの都での戦いで出たという彼等ね」
「そう、そして」
 曹操の言葉がさらに鋭いものになる。
「夏侯淵達があの山に行くということを知っていたのは」
 帝の前なので真名では呼ばずそうしている。そうしながらだ。 
 曹操はさらにだった。司馬尉を見据えて問う。
「摂政であり太子にもなった劉備殿と」
「わたくしと」
 袁紹もここで出て来て司馬尉に言う。これで二対一だ。
「袁術さん、孫策さんと」
「貴女だけだったわ」
 この事実をだ。二人で司馬尉に突きつけてみせた。
「夏侯淵は当然知っていたけれど他の将は知らなかったわよ」
「それで私をというのね」
「思えば不思議ですわね」
 袁紹はいささか嫌味を込めて司馬尉に言った。
「貴女は董卓さんの乱の時何処にもおられませんでしたわね」
「身の危険を感じて身を隠していたのよ」
「何処に?」
「私の隠れ家に」
 そこにだと。やはり平然として答える司馬尉だった。そこには悪びれたものも卑屈なものも一切ない。そうした中で言うのだった。
「そこが何処かも言うべきかしら」
「是非聞きたいわね」
 また曹操が問う。間合いは離れてはいるがまさに一触即発だった。
 花火を散らしながらだ。お互いに言うのだった。
「一体何処にいたのかしら」
「お話して頂けるかしら」
「そうね。では」
 悠然とさえした笑みを浮かべてだった。司馬尉は。
 ゆっくりと口を開いて。こう言ったのであった。
「闇の中に」
「闇!?」
「やはり」
 ミナとナコルルがだ。それを聞いてだ。
 すぐに血相を変えてだ。身構えてだ。
 周囲にだ。こう告げた。
「彼女はやはり」
「異形の存在です」
「只者ではないわ」
「間違いなく」
「そうよ。司馬家は狐の血を飲んだのよ」
 司馬尉はこのことをだ。ここで言ってみせたのだった。
「九尾の狐の血をね」
「九尾の狐!?」
「あの商と周を滅ぼした」
 それを聞いてだ。誰もがだ。
 驚きを隠せずだ。蒼白になり身構えた。
 その彼等の中にいてもだ。司馬尉は態度を変えない。それでだ。
 余裕を保ったままだ。彼女はまた言ってみせた。
「そうして絶大な力を手に入れたのよ」
「闇の力やな」
 あかりはその力をこう表現した。
「あの狐は最悪の魔神の一つやからな」
「そちらの世界でもあの狐はいるのね」
「そうや、あの狐は只者やないで」
 まさにそうだとだ。あかりはまた話す。
「国を幾つも滅ぼしたまさに魔神や」
「その魔神の血を飲みそれでなのよ」
「力を手に入れたんか」
「司馬家のことがこれでわかったかしら」
「そういうことね。話はわかったわ」
 曹操はここまで聞いてだ。それでだ。
 あらためてだ。こう司馬尉に述べた。
「貴女達はその力を使って代々この国の高官でいてそうしてなのね」
「機会を窺っていたわ」
「この国を滅ぼすのをなのね」
「察しがいいわね。そうよ」
 司馬尉はこのことも隠さなかった。
「魔神の血だけじゃないわ。私自身もね」
「それを望んでいますのね」
 袁紹はこの時帝の前であることを残念に思った。何故かというとだ。
 今すぐに司馬尉を斬り捨てたいと思ったからだ。だがそれが出来ずにだ。
 あえてだ。劉備に対して言うのだった。
「貴女自身も」
「言っておくわ。私はオロチや白装束の者達とも手を結んでいるわ」
「言ったわね」
「もう隠すことはしないわ」
 またそうだというのである。
「隠す必要はないから」
「では。いいわね」
「その言葉、全て謀反を見なしますわ」
 曹操と袁紹が共に言いだ。
 それでだ。二人は周囲に顔を向ける。そこには当然ながら劉備もいる。そして孫策に袁術もだ。彼女の家臣達にあちらの世界の者達もだ。
 その彼等にだ。二人は言うのだった。
「司馬家の者達は謀反を起こしているわ」
「そのことが今はっきりとしましたわ」
 それならだというのだ。そしてだ。
 劉備もだ。孔明と鳳統に話す。
「桃香様、それではです」
「摂政ですから」
 国の第一の者としてだというのだ。
「ここはです」
「ご決断を」
「ええ」
 そしてだ。劉備もだ。
 力強く頷きだ。そのうえでだ。
 周囲にだ。こう告げたのであった。
「謀反人を捕まえて下さい」
「わかりました。それでは」
「今すぐになのだ!」
「帝、こちらに」
 劉備はすぐにだ。あの剣を抜いてだ。
 そのうえで皇帝の玉座の前に立つ。彼女の周りを五虎達が護る。
 それで護りを万全にしたうえでだ。今度は孔明がだ。
 あの羽毛の扇を手にしてだ。言うのだった。
「司馬家の人達を全員捕まえて下さい」
「必要とあらば殺しても構わないわ」
「責任はわたくし達が取りますわ」
 曹操と袁紹はこう言い切る。
「できれば捕まえて色々聞きたいけれど」
「仕方ないのならそうしなさい」
「わかりました!」
「それなら!」
 顔良と文醜もだ。応えてだ。
 他の者達も司馬三姉妹に殺到する。しかしだ。
 彼女の前にだ。あの二人の男達がだ。不意に出て来た。それは。
「于吉!?」
「左慈!」
「はい、司馬尉さんをお助けに参りました」
「それで来た」
 こうだ。二人は言うのだった。
「危ういところだった様ですね」
「だが俺達が来たから安心だな」
「いえ、大丈夫よ」
 しかしだ。司馬尉はだ。
 二人の仲間達にもだ。悠然と笑って言うのだった。
「私はこの程度の状況では何ともないわ」
「ではあの術をですね」
「使うつもりか」
「私のあの術は場所を選ばないのよ」
 そうだとだ。司馬尉は言っていく。
「例え部屋の中であろうともね」
「そうでしたか。では私達の出る幕はなかった様ですね」
「勇み足だったか」
「いえ、そうではないわ」
 それもまた違うとだ。司馬尉は言う。
 それでだ。彼女はだ。
 あらためてだ。劉備達に言うのだった。彼女達を完全に取り囲む。
「貴女達は運がいいわ」
「運がいい!?」
「どういうことだよ、そりゃ」
「ここで運がいいって」
「どういう意味なの?」
「私の術を見られるのだから」
 それでだ。運がいいというのだ。
「本当に運がいいわ」
「こりゃ相当やばい術やな」
 あかりはここでも言った。
「ほんまとことんやばい女やねんな」
「やばいというのかしら」
「あんた、今不気味な妖気ぷんぷんさせてるで」
 あかりにはわかることだった。それも充分にだ。
「正体を出したんやな」
「正体というのかしら。自分を出しているだけよ」
「それを正体っていうんやけれどな」
「見解の違いね」
「さて、何の術や?」
 あかりもだ。前に出てだ。そのうえで司馬尉に問う。
「あんたの術は」
「見て驚くことはないわ」
 司馬尉はそのあかりに言い返す。
「何故ならね」
「その術を見たら死ぬんやな」
「さあ、見るのね」
 こう言ってだ。そしてだった。
 司馬尉はだ。その右手を挙げようとした。その彼女にだ。
 骸羅がだ。飛び掛かろうとする。
「させるか!」
「よせ、骸羅!」
 だがその彼をだ。祖父の和狆が言う。
「前に出るでない」
「何っ、何かあるのかよ」
「左に跳ぶのじゃ!」
 咄嗟にだ。そうしろというのだ。
「よいな、そっちじゃ!」
「!?それなら」
 骸羅も祖父の言葉に応えだ。そうしてだった。
 左に跳んだ。するとそれまで彼がいた場所にだ。
 落雷が来た。宮廷の中だというのにだ。
 それを見てだ。誰もが唖然となった。
「何っ!?雷!?」
「雷が落ちただと!?」
「宮廷の中で!」
「これが我が術」
 それだとだ。司馬尉は凄惨な笑みで言った。
「落雷の術よ」
「全員散開しろ」
 ここでだ。ハイデルンが全員に言った。
「集っていては危険だ」
「そうですね。ここは散開してですね」
「雷を避けましょう」 
 ラルフとクラークが応える。そうしてだ。
 まずは彼等が散開した。続いてだ。
 他の者達もそうする。そのうえで司馬尉達を囲む。
 だが彼等はそのまま悠然と立っている。そうしてだ。
 司馬尉は彼等にだ。こう言うのだった。
「私の雷を防げると思っているのかしら」
「予想以上に難儀な術やな」
 それは言うあかりだった。
「一発受けたらお陀仏やな」
「俺もか?」
 十三があかりに突っ込みを入れる。
「直撃受けたらやっぱりか」
「そや、天麩羅や」
 こう言うところがあかりの時代だった。
「そうなりたいか?」
「そんな訳あるか、天麩羅は食うものだろ」
「そういうこっちゃ。そやったらや」
「この女早いうちに」
「そうしたいんやけれどな」
 あかりは司馬尉を見据えながら十三にさらに話す。
「隙ないわ、見事なまでや」
「隙を作るつもりもないわ」
 司馬尉の方もだ。こう言うのだった。
「言っておくけれど今ここで全員に雷を落とすこともできるのよ」
「それだけ自由自在に操れるということね」
「その通りよ」
 曹操にも答えるのだった。
「さあ、死にたいかしら」
「生憎だけれど死ぬのは貴女よ」
 曹操はだ。素手でも司馬尉を見据えて言った。
「私達じゃないわ」
「そう言うのね」
「言うわ。事実だから」
 あくまでだ。曹操は引かない。
「雷をどれだけ出してもね」
「おやおや、相変わらずですね」
 于吉がここで返した。
「私達の術を見ても平気ですか」
「そんなものを今更見ても何ともありませんわ」
 袁紹も言う。
「例え貴女がどんな術を使ったとしても」
「臆することはないのね」
「その通りしでしてよ」
 袁紹も曹操と同じだった。それでだ。
 彼女も司馬尉に対して前に出る。そしてだ。
 玉座の前の劉備にだ。こう言うのだった。
「帝は御願いしましたわ」
「は、はい」
 劉備も応える。しかしだ。
 その劉備を見てだ。司馬尉はまた言った。
「そうね。皇帝をここで殺せばいいわね」
「帝を!?」
「まさかここで」
「それもいいわね」
 司馬尉の笑みがだ。より凄惨なものになった。
 その笑みだ。帝を見てだ。
 右手を挙げようとする。それを見てだ。
 劉備がだ。すぐに玉座の帝を見上げて叫んだ。
「お逃げ下さい!」
「いえ、私はここにいます」
「ですがそれは」
「太子達がここにいるのです」
 そのだ。戦いの場にだ。
「それでどうして私だけ逃げられましょう」
「ではここで」
「私もいます」
 逃げないとだ。毅然として言うのである。
「司馬尉なぞに背は向けません。それに」
「それに?」
「私はここにいることで戦います」
 そうするとだ。己を殺そうとする司馬尉を見据えて言った。
「この女と」
「!?まさか」
 ここでだ。司馬尉は皇帝を見てだ。
 そのうえでだ。気付いた様に言った。
「この状況では」
「!?姉様一体」
「何があったのですか?」
「よくないわね」
 周囲を見てだ。それで言ったのだった。
 今だ。司馬尉達の周りにはだ。北に翁とズィーガー、東に楓と十兵衛がいた。
 そして南には嘉神に覇王丸、西に示現と狂死郎が位置していた。そのうえだ。
「三種の神器、巫女達も揃っているわね」
「これだけの力に囲まれて本気になられれば」
「危ういですか」
「特にあの娘ね」
 月を見てだ。司馬尉は言った。
「あの娘の力は常世さえ封じるものだから」
「だからですね」
「今は」
「そうよ。今は下手に動いたら封じられるわね」
 こう言うのだった。妹達に。
「だから。ここは退きましょう」
 于吉も言う。
「それが賢明です」
「わかったわ。それじゃあね」
 こうだ。彼等の中で話してからだ。
 そのうえでだ。司馬尉は劉備達に言った。
「気が変わったわ。帰るわ」
「随分と勝手なことを言ってくれるな」
 関羽がその司馬尉を見据えて言う。
「これだけのことをしてくれてか」
「言っておくわ。やがてこんなものでは済まなくなるわ」
 悠然とした笑みを戻してだ。司馬尉は言うのだった。
「けれど今はね」
「逃げるというのだな」
「そうよ。逃げるわ」
 平然と笑ってだ。司馬尉は言い返してだ。
 そのうえでだ。己の前に黒い渦を出してだ。その中に向かう。その中でだ。
 彼女はだ。劉備達に言った。
「また会いましょう。その時こそはね」
「終わりよ、全てね」
「その時こそが」
 司馬師と司馬昭も言う。しかし。 
 その二人にだ。陳宮と華雄が飛び掛かる。
「行かせないのです!」
「貴様等だけでも!」
「待つ」
 しかしだ。その二人にだ。
 呂布がぽつりと言った。その瞬間にだ。
 二人は動きを止めた。すると今向かおうとしたその場所にだ。
 巨大な火柱があがり無数の氷の刃が起こった。それを見てだ。
 陳宮も華雄もだ。蒼白になって言った。
「な、何なのですこの炎は」
「まさかあの二人も」
「当然よ。私達も狐の血が入っているのよ」
「術は使えるわ」
 二人もだ。姉と同じくだった。
 その悠然とした笑みを浮かべだ。言ってきたのである。
「私は炎」
「私は氷よ」
 司馬師と司馬昭がそれぞれ言う。
「それが使えるのよ」
「こうしてね」
「あのむかつく姉だけちゃうんやな」
 張遼はそのことに歯噛みしながら述べた。
「ほんま難儀な奴等やな」
「そやな。何処まで嫌な奴等やねん」
 ロバートも言う。話し方は張遼と似た感じになっている。表情も。
「おまけにそこの眼鏡にチビもおる」
「ははは、于吉といいますので」
「左慈だ」
「そんなもんわかっとるわ」
 二人の名前自体は覚えているというのだ。
「御前等のその胡散臭さを言うとるんや」
「そうよね、一体何なのよあんた達」
「今だに正体不明なんだがな」
 ユリにリョウも続く。
「こっちの世界の人間でもないし私達の世界の人間でもないし」
「では何なのだ」
「それはあの方々がお話してくれます」
「俺達から言うことはない」
 こう言ってだった。二人はだ。
 やはり何も言わずだ。それでだ。
 その場から消えたのだった。司馬尉の妹達もだ。
 それぞれ自分達の前に黒い渦を出して姉と同じ様にして消えた。それからだ。
 彼等は姿を消した。そうして都から姿を消したのだった。かくして司馬尉は宮廷から消えだ。謀反人と正式に定められたのだった。
 だがそれは終わりではなかった。今度も戦いのはじまりでしかなかった。


第百七話   完


                        2011・9・7







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