『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第百二十二話  闇、近付くのこと

 昼に寝て夜に起きてその日は終わりだ。そして朝に寝るのだった。
 朝に天幕に入ってだ。曹操は左右に控える夏侯姉妹にこんなことを言った。
「どうも朝にいるとね」
「朝だと?」
「何かありますか?」
「貴女達が伽にいてもね」
 それで控えている二人だった。
「何かこうやる気が出ないわね」
「睦ごとは夜にするものだからですか」
「それでなんですか」
「ええ。どうしてもね」
 苦笑いと共にだ。曹操は言うのだった。
「朝は起きて御飯を食べるものだから」
「はい、どうしてもですね」
「それは」
「そしてお昼には麗羽をからかうものだから」
 というよりかは一緒に遊ぶか彼女の暴走を止めているのだが自分ではこう言うのだった。しかしそれでもだった。あえてこう言うのだった。
 その曹操はだ。二人にさらに言うのだった。
「仕方ないわね。今はね」
「寝ますか」
「今夜に備えて」
「そうしましょう。それで今夜ね」
 まさにだ。その夜にだった。
「昨日は来なかったからね。絶対にそうなるわね」
「いよいよですか」
「その時にこそですね」
「そうよ。決戦よ」
 褥の中でだ。曹操の目が鋭いものになる。
「あの連中ともこれで終わらせるわ。それとね」
「それと?」
「それと、といいますと」
「いい加減麗羽の暴走も何とかしないとね」
「麗羽様はあれでいいのでは?」
 夏侯惇はこう考えられる立場だった。実際にこう言ったのである。
「ああした方だからこそ我々も楽しいのです」
「いや姉者、それは違うぞ」
 すぐにだ。妹が姉に突っ込みを入れてきた。
「姉者はそれでいいが私はどうなるのだ」
「秋蘭、何か不満なのか?」
「麗羽様や姉者を止めるのは私だぞ」
 困った顔でだ。妹は姉に話す。
「幼い頃から。本当に」
「そんなに嫌か」
「嫌ではない」
 夏侯淵はそれは否定するのだった。
 そしてだ。こうも言う彼女だった。
「それが姉者のよいところだし麗羽様もな」
「でしゃばらず前に出ない麗羽なんて想像できないけれどね」
 曹操もそれは言う。
「けれどね。あの娘はもう国家の柱の一つでもあるから」
「はい、華琳様と並んで」
「この国の宰相ですから」
「それでああして。いつも前に出たがるのはね」
 いい加減どうにかして欲しいというのだ。袁紹のそうした性格はだ。
「董卓と揉めた時も何かっていうと前線に出たがったし」
「全く。盟主だったというのに」
 夏侯淵も困った顔で述べる。
「ああして何かというと前線に出られて戦われるのは」
「困ったものだったわ」
「だからそれがいいのではないか」
 夏侯惇は今だに全くわかっていなかった。それでこう言うのだった。
「人の上に立つ者は常に率先垂範してだな。矢面に立ってだ」
「じゃあ私が死んだらそれでいいの?」
「いい筈がありません」
 曹操が言うと間髪入れずにだった。夏侯惇は言った。
「その様なこと私が許しません」
「そうでしょ。つまりはね」
「姉者、つまり麗羽様もお一人ではないということだ」
「一人ではないか」
「そうだ。あの方も慕う多くの者がいるのだ」
 こう話すのである。二人も天幕の褥の中にいる。そうして曹操の横にはべっているのだ。
 そのうえでだ。妹は姉に話すのだった。
「迂闊なことはしてはならないのだ」
「ううむ、私は前線に出るのが常だが」
「姉者はそれでいいのだ」
 夏侯惇はだというのだ。
「そうした将だからな」
「つまり。将と将の将の違いよ」
 曹操は史記の韓信の話をした。
「貴女は貴女でいいけれど」
「麗羽様はですか」
「そうよ。あの娘は何とかして欲しいところよ」
 曹操はまた苦笑いで言う。
「まあ。何はともあれね」
「はい、今夜ですね」
「決戦ですね」
 そうした話をしてだった。三人はだ。
 とりあえず大人しく寝る。そしてだ。
 公孫賛は危うくだ。今日もそうなるところだった。
 そしてそのことをだ、こう自分で言うのだった。
「危ういところだった。一人寝はな」
「そういえば白々ちゃんって天幕の中で一人なの?」
「白蓮だ」
 まずは真名からだった。言うのは。
「何はともあれだ。今日は桃香が一緒か」
「愛紗ちゃん達は二人で寝るっていうから」
 関羽と張飛はそうするというのだ。それで劉備は幼馴染みの公孫賛とだというのだ。
 それで同じ褥に入りだ。劉備は言うのだった。
「それで私となんだけれど」
「そうだな。こうして二人で寝るのもな」
「久し振りよね」
「これもいいものだな」
 下着姿、濃いピンクのそれになりだ。公孫賛は褥の中に入った。そこにはもう劉備もいる。
「二人で久し振りにこうしてな」
「一緒に寝るのもね」
「御前とはいつもそうしていたな」
 仲良くだ。そうしていたというのだ。幼い日はだ。
「だがそれでもな」
「そうよね。何かね」
「懐かしいな」
 公孫賛はこうも述べた。
「幼い頃のことを思い出す」
「ねえ、白々ちゃん」
「白蓮だ」
 このやり取りは健在だった。
 だがそのやり取りの後でだ。二人で話をするのだった。
「それで何だ?」
「うん、この戦いが終わったらどうするの?」
「今は一応宮廷での役職もあるしな」
「あれっ、そうだったの?」
「将軍じゃないか。ええと、確か官名は」
 それが何かというと。
「あれだ。空気将軍だった」
「空気将軍?そういえばそんな将軍もあったかしら」
「そうだ。そうなった」
 こう話す公孫賛だった。
「というか御前に任じられたのじゃなかったのか?」
「私が?」
「御前が帝とお話してだったのではないか」
「ううん、そういえばそうだったかしら」
 実はあまり覚えていない柳眉だった。そうしたことは。
「何か将軍の人色々決めたし」
「その時に任じられたのだがな」
「そうだったの」
「そうだ。だが何はともあれだ」
 彼女も将軍になった。そのことは間違いなかった。
 それでだ。褥の中から天井を見ながらこう言う。天幕の天井を。
「幽州の牧でなくなった時はどうなるかと思った」
「そういえばあの時って」
「全く。危うく路頭に迷うところだった」
 公孫賛にとっては危機だったのだ。あの時は。
「何故私が幽州の牧だったことを殆ど誰も知らなかったのだ」
「それで袁紹さんが任じられたのよね」
「あいつも私がいるのを知らずに幽州の牧になった」
 最初は覚えていて幽州に兵を進めようとしていた。しかしそれをすぐに忘れてしまいだ。匈奴や烏丸のことに気を向けていたのだ。
 それで彼女のことを忘れ気付けばだったのだ。
「朝廷も忘れていたしな」
「前の帝も?」
「そうだ。あの方もだ」
 幽帝である。その宦官を信任していた。
「私のことは忘れていたからな」
「けれど私は覚えてたけれど」
「持つべきことは友達だな」
 公孫賛にとっては嬉しいことだった。そうしてだ。
 彼女はだ。微笑み自分の傍らに寝ている劉備にこう言った。
「これからも宜しくな」
「うん、じゃあね」
「共にいてそうしてな」
「仲良くしていこうね」
 そのやり取りの後でだ。公孫賛は。
 劉備を抱き寄せだ。微笑んだままこんなことを言った。
「では今から寝るか」
「二人でね」
「しかし桃香はまた胸が大きくなったな」
「そうかしら。別に」
「そんなに背は高くないのにな」
 実は劉備は背は普通だった。しかし夢はなのだ。
「それでも胸はか」
「大きいかなあ、そんなに」
 劉備は自分のその桃色のブラを見た。それは確かにだった。
「私は特に」
「いや、大きいからな」
「そうかなあ」
「そうだ、それもかなりな」
 そんな話をしながら二人で眠るのだった。そしてその夜だ。
 誰もが緊張してだ。それぞれの配置に着いていた。その中でだ。
 黄蓋が長江の方を見てだ。鋭い目でこう述べた。
「匂いが変わったのう」
「匂いがということは」
「やはりですか」
「うむ、来る」
 そうだとだ。彼女は二張、孫堅以来の同志達に答えた。
「間違いなくな」
「そう。なら本当に」
「今夜に」
「決まるのう」
 また言う黄蓋だった。
「いや、決めるべきじゃな」
「勝つ、そういうことね」
「つまりは」
「そうじゃ。勝つぞ」
 そしてだった。黄蓋は二人にこうも述べた。
「大殿の仇もな」
「ええ、あの者達が孫堅様のお命を奪ったのだから」
「絶対に」
「勝つ」
 黄蓋の声がさらに強くなる。
「何があろうともな」
「その意気で行くしかない」
「ここまできたらそうなるわね」
「正直打つべき手は全て打った」
 黄蓋はまだ長江を見ていた。今は闇の中にその水も消えている。
 そしてその水を見てだ。彼女は言う。
「後は敵が来るだけじゃな」
「間違いなく自ら来る」
「それは間違いないにしても」
「何時どうして来るかじゃ」
「そうね。それを待っているだけでも」
「緊張してくるわね」
「全くじゃ」
 そんな話をしながらだった。彼女達も待っている。それは黄蓋達だけでなく。
 タクマもだ。敵を待ちながらだった。柴舟とハイデルンに述べていた。
「さて、今宵が運命の分かれ目となる」
「そうだな、いよいよだな」
「赤壁での戦いか」
「我等の世界でもこの戦いは大きな戦いだったな」
 タクマは彼等の世界のことをここで話す。
「あの戦いでは孫権殿と劉備殿が曹操殿に勝ったが」
「この世界では全ての英傑が一つになりオロチ達と戦う」
「そうした状況になっているが」
「闇とそれ以外の戦いだ」
 タクマはそう看破した。この世界での戦いを。
「さて、どうなるかだな」
「この戦いで決着をつけられないとすればだ」
 ハイデルンはその場合についても考えていた。
「おそらくこの国の中での戦いではなくなる」
「では何処での戦いになるか、か」
 柴舟はハイデルンの話にその目を向けた。
「この国の外か」
「北だろうか」
 ここで察したのはタクマだった。
「この国の北での戦いになるだろうか」
「この国での北となると」
 ハイデルンは己の頭の中で中国の地図を描いた。地理自体はこの世界でも同じだ。地理的に置かれた状況はこの世界でも同じなのだ。
 そのことについてだ。ハイデルンは述べた。
「長城の北か」
「そうだ、そこだ」
 まさにだ。その場所だった。タクマは答えた。
「草原での戦いになるだろうか」
「それだとそのまま総力戦になるな」
 ハイデルンは草原での戦いと聞いてこう述べた。
「全軍でだ。お互いに正面からだ」
「戦い、そうして」
「勝つ戦いなのだな」
「勝たねばならん戦いだな」
 こう柴舟とハイデルンに述べるタクマだった。
 そうしてだ。また話す彼だった。
「どこで決着をつけるにしてもだ」
「勝たねばならん」
「そうした戦いなのは間違いないことだな」
「左様、ハイデルン殿は軍人だから余計にわかると思うが」
「よくわかる。確かに戦いはやるからには勝たなければならない」
 それは絶対のことだ。軍人としては。
 しかしそれだけではないものがこの戦いにはあることをだ。彼はわかっていた。
 そうしてだ。こう言ったのである。
「さもなければこの世界は闇に覆われるのだから」
「そうだな。この世界が滅ぼされる」
「そうなってしまうな」
 そんなことを話してからだった。そうしてだ。
 ハイデルンがだ。二人にこんなことを話した。
「私はこの戦いでどうしてもしたいことがある」
「貴殿の因縁か」
「そのことか」
「そうだ。まさにそれだ」
 ハイデルンの残された片目が鋭くなる。
 そうしてだった。彼は言うのだった。
「ルガール、あの男だけはこの手でだ」
「倒す」
「そうするのか」
「そうしていいか」
「それは貴殿にだけ許されたことだからな」
「あの男を倒すことは」
「済まない」
 ハイデルンは二人の同志達に礼を述べた。そうしてだった。
 その片目で闇の中にある水面を見てだった。また言うのだった。
「我儘を言う」
「何度も言うがそれは貴殿がすることだからな」
「だから気にすることはない」
 これがタクマと柴舟のだ。ハイデルンへの言葉だった。
「しかし戦うなら勝つことだ」
「この戦い全体と同じくな」
「そう言ってくれるか。ではだ」
「うむ、まずは腹ごしらえだな」
「では何か食べるとしよう」
 食事の話になった。彼等とて生きる為、戦う為には食べることが必要だった。
 それでだ。三人はすぐにだった。
 鍋を囲んだ。そこにカレールーを入れてうどんを入れソーセージや野菜も入れてだった。鍋で煮ながらだ。そうして話をするのだった。
「カレーうどんだな」
「これはいいぞ」
 笑顔でだ。柴舟はこう二人に話す。
「身体が温まる。それにだ」
「栄養がある」
「そういうことだな」
「そうだ。戦いの前に食うには最適だ」
 実際に満面の笑みでそのカレーうどんを食べつつだ。柴舟は話す。
「さあ、食おう」
「ソーセージもあるのがいいな」
 ハイデルンはソーセージを食べていた。うどんの鍋の中のそれをだ。
「私は昔からこれが好きでな」
「わしはこれだな」
 タクマはうどんをおかずに白米を食べていた。
 そうしてだ。満足している面持ちで言うのだった。
「やはり白米だ」
「そういえば御主は常に白米だのう」
「これ以上美味いものはないぞ」
 その顔で柴舟に言うタクマだった。
「やはりこれが第一よ」
「確かにな。白米はいい」
 柴舟もそのことは認める。とはいっても彼は今はうどんを食べることに専念している。 
 そうしてだった。こうタクマに言うのだった。
「美味い。ただな」
「栄養だな」
「それだけでは脚気になるからな」
 白米の問題点だ。実はそれだけだと栄養が偏るのだ。
 それでだ。柴舟もそのことを今言うのだ。
「うちのがよく言っていたわ」
「貴殿の奥方は医者だったな」
「それで言っていたのだ」
 白米のことをだというのだ。
「白米はおかずを考えないとだ」
「よくないのだな」
「そうじゃ。白米だけでは脚気になるぞ」
 柴舟はまた言った。
「それはかつて問題になったしな」
「日露戦争だったな」
 ハイデルンがその戦争の話をした。日本にとって国家の存亡をかけた戦いだった。
「あの戦争において日本軍は脚気で多くの死者を出しているな」
「ああ、そんな話もしていたな」
 柴舟の妻がだというのだ。
「その前の戦争でもじゃったな」
「日清戦争だったな」
「どちらにしても脚気はじゃ」
「死に至る病だ」
 ハイデルンは言うのだった。
「栄養については考慮しなければならない」
「その通りじゃ。白米は確かに美味い」
 だがそれでもだというのだ。
「だが大事なのは栄養じゃ」
「うむ、それでおかずもだな」
「考えて食うことじゃ」
 こうだ。あらためてタクマに話すのだった。
「それはよいな」
「わかった。そういうことだな」
「そうじゃ。それではじゃ」
 あらためてそのカレーうどんを食べながら言う柴舟だった。
「どんどん食うぞ。よいな」
「わかった、それではな」
 こんな話をしてだった。彼等はだ。
 カレーうどんを食べていく。そうしてだった。
 腹ごしらえもしてだ。敵を待つのだった。
 それは月も同じでだ。星空の下にいてだ。守矢に言われていた。
「刹那も来るな」
「はい、間違いなく」
「それならだ」
 どうかというのだ。兄は妹に切実な顔で話す。
「御前はやはりその命を」
「なりませんか、それは」
「駄目だ」
 強い声でだ。彼は妹に告げた。
「何としてもだ。ここは私達に任せろ」
「私達にですか」
「そうだ、私もいれば楓もいる」
 守矢は弟の名前も出した。そうしてだった。
「だからこそだ」
「しかし刹那は」
「案ずることはない。必ず封じる方法はある」
 守矢の声も切実なものだった。
「だからだ。はやまるな」
「しかし刹那は」
「生贄なぞ必要ないのだ」
「では私は」
「何度も言うが私も楓もいる」
 何としてもだった。守矢は妹の命を失いたくなかったのだ。 
 それでだ。こう彼女に言うのだった。
「御前が命を捨てる必要はないのだ」
「ではどうすれば」
「戦いはいい」
 それはいいと述べる守矢だった。
「しかし命は捨てるな」
「刹那に対しても」
「あの者は確かに危険だ」
 刹那の恐ろしさは守矢もよくわかっていた。しかしだった。
 その彼のことを思い詰めてまでいる月にはだ。あくまで言うのだった。
「だが御前が死なずに封じることは可能なのだ」
「そうであればいいのですが」
「では行くぞ」
 彼もまた闇を見た。その長江がある闇をだ。
「敵を迎え撃つ」
「はい、わかりました」
 そのこと自体には頷けた月だった。そうしてだ。
 敵を待つ。そしてその敵達は。
 司馬尉は今船の上にいた。その甲板からだ。敵陣を見ていた。
 彼等から見て敵陣、連合軍の陣地には無数のかがり火がある。その火達を見てだ。
 彼女はだ。酷薄な笑みを浮かべてこう言うのだった。
「あの火達こそはね」
「はい、命の火ですね」
「あの場にいる者達の」
「そうよ。その通りよ」
 まさにそうだとだ。司馬尉は妹達、自身の後ろにいる司馬師と司馬昭に述べたのである。
「皆殺しにするわ」
「そうですね。百万の大軍をですね」
「一人残らず」
「焼き尽くし。その中で」
 さらにだというのだ。
「苦しみ抜かせてあげるわ
「どうせ殺すのならですね」
「残忍に」
「その通りよ。焼かれる苦しみを教えてやるわ」
 まさにそうだというのだ。それが司馬尉の望みだった。
 そして彼女は己の望みをだ。闇の水の中でさらに話していった。
「そしてその苦しみと絶望を糧として」
「はい、それでは」
「さらに」
「この国にあらゆる渾沌を呼んで私達の理想の国にするわ」
 彼女の究極の願いを述べるのだった。その願いを聞いてだ。
 妹達だけでなくだ。左慈も出て来て言うのだった。
「いい考えだな。それではだ」
「そうよ。貴方達の理想でもあるね」
「混沌の世界を生み出そう」
 冷酷な笑みを浮かべてだ。左慈は司馬尉に話すのだった。
「まずは百万の糧、そこからだな」
「そうして厄介な奴等も一緒に消して」
 そうした意味もあった。この戦いはだ。
 そのことも述べながらだ。司馬尉は左慈に話していく。
「そうしてね」
「俺と于吉の行動は正解だったな」
「そう思うわ。九尾の狐達の力を受け継ぐ私達と手を組み」
「この世界にオロチ達を結びつけてな」
「いいことよ。私のこの血もね」
「破壊と渾沌を欲する血だからな」
「九尾の狐の血は魔性の血よ」
 司馬尉の笑みは闇の笑みだった。深い闇の中で見せるそれはだった。
 闇よりも暗くそして陰惨でだ。そうしたものを見せながらだった。
 司馬尉はだ。こう左慈に述べた。
「この世のものではないわ」
「俺達もだ。ではこれからな」
「ええ。私達の望む世界にする為に」
「勝つとしよう」
「私は幸せね」
 こんなこともだ。司馬尉はその闇の笑みで言った。
「妹達だけでなく多くの同志達がいるから」
「それで幸せだというのか」
「ええ、そうよ」
 まさにそうだというのだ。
「お蔭で私の夢が実現するわ。間も無くね」
「仲間意識はあるんだな」
「ない筈がないわ」
 それはだというのだ。
「私とて心はあるのだから」
「心か」
「ええ、あるわ」
 こう話すのである。
「れっきとしてね。ただその心はね」
「人間のものではないな」
「貴方達と同じものよ」
 それが司馬尉の心だというのだ。
「闇の者の心よ」
「そういうことだな。俺も于吉も人間の心はない」
 そのことは左慈も言う。
「闇の者の心だからな」
「オロチ一族も常世の者達もなのね」
「その通りだ。俺達と同じだ」
「闇。いいものね」
 司馬尉は己がいるその世界についても言及した。
「この世界が全てを覆うことはいいことよ」
「その通りだ。光は忌まわしいものだ」
「そして秩序も」
「そんなものはいらないわ」
 司馬尉にとってはそうだった。そして左慈にとっても。
「ではあのかがり火を全て命の消える火にしましょう」
「そうするべきだな。しかしだ」
「油断はできないわね」
「ああ、奴等も手強い」
 左慈も司馬尉もだった。油断してはいなかった。
 それでだ。左慈も話す。
「それに俺達の敵もいるしな」
「あの無気味な男達ね」
「奴等はあらゆる次元の管理者だ」
 そうした存在だというのだ。あの怪物達はだ。
「何かというとこれまで俺達の邪魔をしてくれた」
「しかしその彼等もね」
「ああ、倒す」
 そうするとだ。左慈は言い切った。
「ここで決着をつけてやる」
「この世界はそうするとしてなのね」
「他の世界もか」
「そちらはどうするのかしら」
「さてな。まずはこの世界だ」
 あらゆる世界があるがだ。まずはこの世界からだというのだ。
「この世界を渾沌に塗り替えてだ」
「そうしてよね」
「この世界の地盤を固めてからだな」
 一気にとは考えていなかった。足場を築いてからだった。
「何かとするのはな」
「慎重ね。一歩一歩なんて」
「それはそちらもだな」
 左慈は司馬尉の言葉をそのまま返してみせた。
「あんたの戦略っていうか。それも見事だぜ」
「私を誰だと思っているのかしら」
 左慈に顔を向けてだ。司馬尉は自信に満ちた笑みを浮かべてみせた。
 そうしてだった。こう言うのだった。
「私は名門司馬家の主であり九尾の狐の血を引く者よ」
「だからこそだな」
「闇の一族なのよ」
 まさにその血故にだというのだ。
「この頭に自信はあるわ」
「だからこそ宮廷に入りだな」
「ええ、あの肉屋の女の信頼を得てね」
 何進のことだった。彼女は今は宮廷からは退き肉屋に戻っている。
 その彼女についてだ。司馬尉は侮蔑と共に話すのだった。
「軍師となり。そして乱を起こさせ」
「今に至るな」
「そういうことよ。私にはあらゆるものが見えているのよ」
「闇の中からはあらゆるものが見えるからな」
 左慈はあくまで闇から見ていた。闇の者達として。
「光から闇は見えないがな」
「闇から光は見えるわ」
「それもよくな」
「そういうことね。さて」
「ああ、それじゃあな」
「オロチの二人はいけるかしら」
 微笑みだ。司馬尉は于吉に尋ねた。
「あの二人は」
「ああ、すぐにでもな」
 いけるとだ。左慈は微笑み同志に述べた。
「間合いに入ればな」
「それですぐにね」
「できる」
 まさにその通りだと話してだった。彼等は敵陣に近付いていく。その闇に紛れてだ。
 その中でだ。ゲーニッツが社にこんなことを話していた。彼等も彼等の船に乗っている。
「さて、では間合いに入ればです」
「ああ、風を起こしてくれるな」
「そうしてですね」
「あいつだな、次は」
 社は唇の端を歪めさせて笑って言った。
「クリスが火を使えばな」
「火と風はそれぞれだけでも力を発揮しますが」
「合わさればさらにだからな」
「はい、力は二乗されます」
 まさにそうなるというのだ。
「都合のいいことにです」
「そうだな。そしてだな」
「あの連中も度肝を抜かれるな」
 楽しげに笑って言う社だった。
「そしてだな。奴等を全員焼き肉にしてな」
「この世界が私達のものになります」
「俺達の血は戦いとその流血の中で起こるもの」
「その戦いが今から行われます」
 ゲーニッツも笑っていた。そうしてだった。
 彼は恭しくだ。社にこんなことを言った。
「ただ、貴方は」
「俺は?俺がどうしたんだ?」
「オロチ一族ですが何処か人間的でありますね」
「ははは、そうか?」
 ゲーニッツのその言葉にだ。社は笑って返した。
 そうしてだ。こんなことを言うのだった。
「俺は生粋オロチなんだがな。れっきとした」
「何かを楽しむ様な。遊びを」
「遊びをか」
「はい、それは違うでしょうか」
「そうかもな」 
 少し考える顔になってだ。社もゲーニッツのその言葉に応えた。
「俺自身音楽は嫌いじゃない」
「そうですね、それは」
「それに同胞達を探して旅をしていたがな」
 旅をする目的はそれだった。しかしそれと共になのだったのだ。
「中々楽しんでたな、旅自体もな」
「そこが人間的だと思いますが」
「確かにな。言われてみればな」
「はい、そうですね」
「それはそうだな」
 自分でも言う社だった。
「ただ。それでもな」
「それでもですね」
「俺は人間には好意とかは持っちゃいない」 
 そのことは間違いなかった。社自身だけでなくゲーニッツも見ていた。
「何一つとしてな」
「むしろ滅ぼす相手としか見ていませんね」
「そうだ。文化も文明も必要ないんだよ」
 彼が楽しんでいるそれもだというのだ。
「自然、いや混沌だな」
「それこそが必要ですね」
「そうだよ。それはあんたもだよな」
「牧師というのはあくまでこの世をくらますものでしかありません」
 ゲーニッツにとってはだ。人の世なぞそうしたものに過ぎなかった。
 そしてだ。その仕事もなのだった。
「人は何故仕事というものに必死になるのでしょうか」
「生きる為だったな。それでだな」
「はい、その通りですね」
「下らないよな。生きることなんて金とかなくてもできるんだよ」
「人はそれを忘れてしまっています」
「何もかも。あの文化とか文明のせいだな」
「誰だったでしょうか」
 ゲーニッツの笑みが思わせぶりなものになった。
「あの自然に帰れという言葉は」
「あれか?確か」
「フランスの哲学者だったでしょうか」
「何とかいったな」
 首を捻りながらだった。社は話す。
「名前は忘れたがな」
「貴方も高校は出ておられましたね」
「ああ、出てるさ」
 それはだというのだ。
「ちゃんとな。ただな」
「それでもですか」
「正直人間の世界の勉強なんてのには興味がないんだよ」
 それもだ。全くなのだ。
「だからどうでもいい高校に通って出てな」
「そしてそのうえで、ですね」
「ああ、オロチとして動いてきた」
 それが社のしてきたことだ。オロチとしてだ。
「ずっとな。ただな」
「はい、それでもですね」
「その言葉自体はいいな」
 フランスの哲学者であり思想家であるその人物が言った言葉をだ。彼等はよしとしていた。そうしてそのうえでこんなことも話すのだった。
「人は文化とか文明を知ってからおかしくなった」
「全くです」
「自然を忘れちまった」
「そしてその自然を害する様になりました」
「それはおかしいんだよ」
 社はオロチの立場から話していく。
「それがわかってない奴等だからな」
「はい、ですから」
「滅ぼすべきなんだよ」
「そうして全てを自然に帰すべきです」
「法とか秩序なんてのはいらないんだよ」
 自然においてはだ。そうしたものもだというのだ。
「必要なものは何か」
「はい、自然だけです」
「そうだな。自然だけだな」
「別に常世が来てもいいのです」
 刹那のその目指すものもいいとしていた。彼等はだ。
「それもまた自然なのですから」
「混沌。それだな」
「はい、そうです」
「その通りだな。ただな」
「はい、ただですね」
「刹那にも邪魔をする奴がいるしな」
「私達と同じく」
 四神に三種の神器の者達、それがまさに彼等の敵だった。
 その彼等の話についてはだ。社はゲーニッツに尋ねることがあった。
「おい」
「何だ?」
「ああ、あんたあの女の姉貴を殺したな」
「彼女のことですか」
「ああ、そのことだけれどな」
「それが何か」
「そのことで妙な因縁ができてるな」
 社が今ゲーニッツに言うことはこのことだった。
「あの女あんたを何としても封じようとしているぜ」
「そうでしょうね。それはわかります」
「けれどそれもなんだな」
「はい、構いません」
 狙われていようがだった。ゲーニッツは構わなかった。
 それでだ。社にこう言うのだった。
「あの方の相手は私がしましょう」
「元の世界と同じだな」
「その通りです。それもまた楽しみです」
 ゲーニッツの言葉は続く。
「この世界でも戦うとは思っていました」
「あの連中が呼び寄せるからだよな」
「あの方々はずっと于吉さん達と因縁があると聞きましたので」
 彼等も怪物達のことを意識していた。そのことをだ。
「そうとなれば必ずです」
「あの連中を呼んで俺達と戦ってもらうか」
「そういうことですね」
「因果ってのは世界を超えるんだな」
 社はこのことを今実感した。そしてなのだった。
 彼もだ。こんなことを言った。
「俺もあれだからな」
「神器の方々と共におられる」
「ああ、あの柔道家いるだろ」
「はい、貴方と同じく大地の力を使われる」
「あいつと戦いたいって思ってるんだよ」
 彼は彼でそう思っているのだった。
「それでシェルミーはあの髪が立ってるな」
「あの方とですね」
「戦いたいと思ってるからな」
 彼女はそちらだった。
「クリスはあの炎の奴な」
「草薙京、彼ですね」
「面白いよな。因果って世界も超えて俺達を闘わせるからな」
「はい、そしてあのオロチの血を忘れた」
「あいつだな」
「八神庵もまた来ていますし」
「あいつは俺達とつるむ様な奴じゃないな」
 社もそのことを実感する。
「絶対にな」
「そうですね。しかし」
「仕掛けるか?あいつにまた」
「いえ、それはもうしません」
 それはだというのだ。
「それにレオナですね」
「あいつにも失敗したしな」
「はい、それもありますが」
「あいつは血が暴走したら無差別だからな」
「それでは計算できません」
 戦いに関してだ。それならというのだ。
「ですからとてもです」
「そうか。わかったぜ」
「彼については何もしないことです」
 また言うゲーニッツだった。
「野獣を飼い慣らすことは難しいものです。しかもそれが狂気のものなら」
「無理だと思った方がいいな」
「そうした野獣は殺すしかありません」 
 実に淡々とだ。ゲーニッツは言うのだった。
「そういうことです」
「よし、じゃあここはあいつも他の奴等もまとめてな」
「全て。消し去りましょう」
 こんなことを話していた彼等だった。そのうえで連合軍の陣地に近付く。
 だがそれはだ。陣地から離れた場所の仮面の男に見られていた。
 紅い鬼を思わせる仮面を着け白い服を着ている。その彼が彼等を見てだ。
「間に合ったか。それではだ」
 こう呟いてだ。彼は連合軍の陣に向かう。空では一つの黄色い星がその瞬きを強めていた。


第百二十二話   完


                          2011・11・8



いよいよ決戦が近付く。
美姫 「妙な緊迫感があるわね」
だな。最後に現れた人物は一体。
美姫 「彼によって、また何か事態が起こるのかしらね」
さてさて、どうなるのか。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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