『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第百二十四話  黄龍、娘を救うのこと

 戦いは続く。その中でだ。
 袁術はだ。後方で傍らにいる張勲に尋ねていた。
「七乃、皐や春菊達はどうなっておる」
「はい、前線で戦っています」
 そうしているというのだ。
「皆さん無事ですよ」
「そうか。それは何よりじゃ」
 それを聞いてだ。まずはほっとした顔になる袁術だった。
 そのうえでだ。再度張勲に尋ねた。
「しかし。戦局自体はどうなのじゃ」
「正直五分と五分ですね」
 張勲は表情はいつも通りだがその言葉は真剣なものだった。
「どうなるかわかりません」
「左様か。ではわらわもじゃ」
「いえ、美羽様は前線には立てません」
「わらわが武芸ができぬというからか」
「はい、だからです」
 このことはその通りだった。袁術は武芸が駄目なのだ。
 張勲はそのことを話してだ。そうして主に対してこうも言った。
「美羽様はここに残って下さい」
「しかしそれでもじゃ」
「いえ。美羽様もやることがあります」
「わらわにか!?」
「はい、あります」
 こう言うのである。
「歌いましょう、ここは」
「歌、それか」
「こうした状況でこそ歌うべきなのです」
 これが袁術にだ。張勲が言うことだった。
「そうあるべきです」
「しかしこの状況では」
「歌えませんか?」
「こんな切迫した状況で能天気に歌ってもよいのか?」
 さしもの袁術もだ。難しい顔で言うのだった。
「こんな中で」
「いえ、それは違います」
「違うのか?」
「大変な状況こそ明るい歌です」
「歌ってそれでか」
「そうです。戦っている人達を励ましましょう」
「歌は励ますものじゃが」
 このことは袁術もよくわかっていた。伊達にこれまで歌ってきている訳ではない。
 しかしそれでもだった。袁術らしくない難しい顔でだ。張勲に話すのだった。
「この状況でもなのか」
「そうです。ここはあえて」
「ううむ、七乃がそう言うのならじゃ」
「凛ちゃんもいますし」
 二人だけではなかった。
「三人で歌いましょう」
「わらわ達が今できることはそのことか」
「そうです。ではいいですね」
「わかった。それではじゃ」
 袁術は張勲の言葉に頷いてだ。そのうえでだ。
 郭嘉も呼び三人で歌う。そして張角もだった。
 妹達にだ。こう言われていた。
「姉さん、いいわね」
「ここは歌いましょう」
「今歌うことが私達にできることなのね」
 張角はこう妹達に返した。
 だが彼女もだった。今は少し晴れない顔でだ。こう言うのだった。
「この状況でもなの」
「そうよ。こうした状況だからね」
「是非歌いましょう」
 また姉に言う張梁と張宝だった。
「そうして皆を励ますのよ」
「私達の歌で」
「そうすることが一番いいのなら」
 どうするかとだ。言ってだった。
「私歌うわ」
「うん、それじゃあね」
「今からね」
 妹達もだった。姉を中央に導いてだ。そのうえでだ。
 三人で歌いはじめる。そしてそれに続いて。
 大喬に小喬もだ。二人は自分からだった。
「じゃあ皆の為にね」
「うん、歌おう」
 二人もだった。歌いだ。戦う者達を鼓舞していく。その歌を聴いてだ。
 ジョンがだ。楽しく笑って言うのだった。
「いい感じだな。辛い戦いだけれどな」
「それでもだよな」
 ミッキーがそのジョンに応える。彼等はその拳からそれぞれ気を出して敵を倒している。そうしながら話をしていくのだった。
「あれだけの歌が後ろにあればな」
「かなりいいよな」
 こう言う二人だった。そしてだ。
 袁術の歌にだ。ミッキーがこう言った。
「袁術ちゃんの歌ってな。何かこうな」
「ああ、明るくなれるっていうんだな」
「郭嘉ちゃんと張勲ちゃんもかなり上手だな」
「あの二人の歌も本物だな」
 ジョンが聴いてもだ。その歌唱力は確かだった。
「聴いているとそれだけでな」
「ああ。やれる気になれるぜ」  
 ミッキーは笑っていた。ファイティングポーズを取り額に汗を流しながらもだ。そのうえで笑みを浮かべだ。目の前の敵に対していたのだ。
 ジョンも同じでだ。サングラスの奥で目を微笑まさせて話す。
「俺はあの三姉妹も好きだぜ」
「ああ、そうなのか」
「そうだよ。それはあんたもだよな」
「正直甲乙つけがたいな」
 袁術達偶像支配と比べてもだというのだ。
「どっちがいいって言われてもな」
「それにな。あの二人もいるしな」
 ジョンは大喬と小喬もいいというのだった。
「これだけの歌があれば」
「戦える。幾らでもな」
 ミッキーも話してだった。そのうえでだ。
 あらためてジョンにだ。こんなことを言った。
「ところでいいか?」
「ああ、何だ?」
「俺は昔あんたの武器の横流しの手伝いやってたよな」
 過去のだ。スラムチャンプと呼ばれていた頃の話だった。
 その時のことをだ。彼は言うのだった。
「あの頃の俺はどうだった?」
「あの頃のあんたか」
「あの時の俺は正直金には困ってなかったさ」
 武器の横流しでだ。彼も濡れ手に粟の利益を得ていたのだ。
 それでだ。彼も言ったのである。
「けれどな。それでもな」
「何か物足りなかったんだな」
「目も濁ってただろ」
 自分から言うミッキーだった。
「あの時の俺は」
「ああ、正直に言うとな」
 その通りだとだ。話すジョンだった。
「あの頃のあんたはな」
「そうか。やっぱりな」
「まさにスラムチャンプだったな」
 荒んだ世界の中に生きている、それだったというのだ。
「けれど今は違うな」
「そうか。チャンプになったからじゃないよな」
「ただチャンプになっただけじゃないな」
 彼はボクシングのタイトルを手に入れた。世界チャンプになったのだ。そうした意味で彼は立ち直った。しかし立ち直ったのは何かというのだ。
「心もな」
「チャンプになったか」
「いい顔をしているからな」
 ジョンは笑顔でミッキーに言った。
「それを見ればわかるさ」
「そうか。心のチャンプか」
「今のあんたはそうだ」
 スラムチャンプでなくだ。それだというのだ。
「だから今の拳もな」
「俺自身も何か違う感じだな」
 戦っていてそうだというのだ。
「軽い。それにな」
「早く動けるか」
「拳も確かだ」
 晴れやかだった。まさにだ。
 そして実際にローリングアッパーを放ってだ。曇りのない笑顔で言うのだった。
「あの頃はとてもな。同じ技を出してもな」
「濁っていたな」
「俺も変わったんだよ」
 ミッキーは晴れやかな顔で話す。
「色々あったからな」
「俺もそうだな」
「そうだな。あんた今軍を辞めてだよな」
「空の仕事やってるぜ」
 それが彼の今の仕事だった。
「空から宣伝のチラシ撒いたり畑に農薬撒いたりしてな」
「それで暮らしてるんだな」
「いい仕事だぜ。充実してる」
 ジョンも満足している顔だった。
「まあ武器の横流しはあれはな」
「あんたも断るつもりはなかっただろ」
「ジェームスの頼みだからな」
 ミスタービッグのだ。それでだというのだ。
「それにあいつも何か申し訳なさそうに頼んできたしな」
「あのミスタービッグがかよ」
「確かに裏の世界にいるさ」
 それが今のミスタービッグだ。彼は軍人からそうなったのだ。
 その彼についてだ。ジョンはミッキーにこう話した。
「けれどな。根はいい奴なんだよ」
「そうなんだな。あれでか」
「ああ、あんたもそれはわかるか?」
「いや、どうもな」
 少し難しい顔になってだ。ミッキーはジョンにも答えた。
「あまり深く付き合ってないからな」
「だからよくわからないか」
「悪いな、その辺りは」
 ミッキーはにこりとせずにジョンに話した。
「ただ。それでもなんだな」
「いい奴なんだよ、あれで」
「そうか。そういえば孤児院に寄付もしてたな」
 ミッキーもそのことは聞いて知っていた。噂で聞いたにしてもだ。
「それで撃墜されたあんたを命令を無視してか」
「自分の命も顧みずにな」
 そうしたというのだ。彼は。
「パイロット候補生の頃は教官だったしな」
「そういう人なんだな」
「そうさ。俺が今あるのはジェームスのお陰だよ」
 こうまで言うジョンだった。
「どれだけ礼を言っても足りないさ」
「そうか。本当に命の恩人なんだな」
「ああ、そうさ」
「あんたもそうした人がいるんだな」
「あんたはいるかい?そうした相手が」
「弟がいるさ」
 ミッキーにもだ。そうした相手がいるというのだ。
 それでだ。こう言うのだった。
「そいつにチャンプの話を言われてな。それでなんだよ」
「成程な。じゃあ弟さんの為にもか」
「俺は戦うぜ」
 こんな話をしていた二人だった。二人は今は充実していた。目も晴れやかだ。
 戦局は次第にだ。連合軍に傾いていっていた。それを見てだ。
 司馬尉がだ。後方で難しい顔をしていた。そうして言うのだった。
「この状況はね」
「予想外でしたか」
「思いの他しぶといわね」
 司馬尉はこう于吉に述べた。
「私の落雷の術も使えないし」
「妖術の類は全て封印されていますからね」
「貴方の術もよね」
「はい、残念ながら」
 その通りだとだ。于吉は司馬尉に答える。
「ですからこうして後方にいるのです」
「小さな術なら使えるのではなくて?」
「いえ、それすらもです」
 無理だというのだ。今はだ。
「敵も考えたものです。陣全体に結界を敷いています」
「やるものね。そこまでしているの」
「そうです。残念ながら」
「わかったわ。じゃあ今はね」
「私達は指揮を執るだけです」
「兵法には自身があるわ」
 それは司馬尉の得意とするものの一つだった。伊達に何進の軍師だった訳ではない。
 それで白装束の者達を的確に動かしてはいた。しかしだった。
 顔を顰めさせてだ。彼女はこうも言った。
「けれどね」
「それでもですね」
「ええ。敵の将帥が揃い過ぎているわ」
 そのせいでだというのだ。
「てこずってるわね」
「そうですね。歌も鼓舞していますし」
「劣勢ね」
 司馬尉もそのことを認めた。
「このままだと。ここでの戦いは」
「敗れますか」
「あらかじめ北にも備えを置いておいたからいいようなものだけれど」
 だがそれでもだとだ。司馬尉は言うのだった。
「それでもね。ここで決着をつけたいわね」
「そうですね。しかしこのままでは」
「本当にどうしたものかしら」
 司馬尉も難しい顔で述べる。
「打つ手が。今は」
「いえ」
 しかしだった。ここでだ。
 刹那が二人のところに来てだ。こう言ってきたのだった。
「では俺がだ」
「常世を?」
「それを出されるというのですね」
「そうだ。今はできる」
 常世とこの世を結びつけ亡者を送ること、それがだというのだ。
「亡者共を送り込めばだ」
「それで戦局は一変するわね」
 司馬尉の表情が変わった。鋭い顔になる。
 そしてその顔でだ。こう言うのだった。
「それだけで」
「そうだ。ではいいな」
「ええ、じゃあお願いするわ」
「オロチやアンブロジアだけではない」
 闇の力はだ。彼等だけではないというのだ。
「俺もいるのだ」
「では。見させてもらいます」
 微笑みだ。于吉は言ってだ。
 司馬尉と二人で刹那を送り出す。そしてそのうえで司馬尉にこう話した。
「私達は同志に恵まれていますね」
「そうね。他にもネスツやアッシュがいるし」
「同志にはこと欠きません」
「あちらの世界に闇の勢力が多くて何よりよ」
 司馬尉にとっても喜ぶべきことだった。
「お陰で私の望みも最終的にはね」
「必ず適います」
 それは于吉も確信していることだった。
「ですからここはあの方にお任せしましょう」
「それではね」
 こう話してだった。彼等は刹那を送り出した。そうしてだ。
 刹那は前線に出て来た。その彼を見てだ。
 まずは楓がだ。表情を変えて言った。
「刹那!?しかもこの気は」
「あかん、こりゃまずいで!」
 あかりもその刹那を見て驚きの声をあげる。
「今のこいつはこれまでとちゃう!」
「この気、まさか」
「そうだ。今の俺はだ」
 どうかというのだ。刹那自身から言ってきた。
「あらゆることができる。即ちだ」
「常世を」
「こっちの世界につなげるっちゅうんかい!」
「貴様等はここで終わりだ」
 表情のない、闇そのものの目で見据えながらの言葉だった。
「亡者達に貪り喰われ死ぬがいい」
「刹那、遂に」
 そしてだった。悪いことにだ。ここで月が刹那を見た。
 彼の前に出てだ。そこからだった。
「時間がない、こうなれば」
「駄目だ姉さん、それは!」
 楓は咄嗟にだ。姉に対して叫んだ。
「姉さんはこの世界では」
「いいえ、それしかないわ」
 弟の言葉を振り切ってだ。月はだ。
 その力を出そうとする。それを見てだ。
 示現と嘉神がだ。表情を強張らせ翁に言った。
「これは。何とか」
「防げないのか」
「わしもそうしたい」
 しかしだとだ。翁は白髪と髭に隠れている左目で光に包まれていく月を見て言った。
「だがこの状況では」
「常世を封じるしかない」
「だからだというのか」
「若し常世がこの世に出ればじゃ」
 翁も苦さがその声に出ていた。
「全てが終わる」
「しかし。このままでは」
「あの娘が」
「させん!」
 守矢は妹のところに駆ける。何とかして止めようというのだ。
「早まるな!何とかなる!」
「いえ、兄さん無理よ」
 しかしだ。月は兄の言葉も振り切ってしまった。
 そうしてだ。こう言うのだった。
「さもなければ常世が今すぐに」
「くっ、どうにもならないのか・・・・・・」
「兄さん、僕達はまた」
 楓もだ。苦渋に満ちた声で兄に問うた。
「姉さんを犠牲にして」
「それは駄目だ」 
 守矢も必死だ。何とかしたかった。
 しかしそれでもだった。今の月は。
 兄に対してもだ。こう言うばかりだった。
「こうするしかないのですから」
「私達がいる!」
 守矢は刹那も見据えていた。
「私達に任せろ。いや」
「いや?」
「せめて力を借りろ!」
 こうも言うのだった。
「御前一人で何もかも背負い込むな!」
「私一人で」
「何故いつも一人で背負い込む!」
 月のその性格をだ。守矢は責める。今は責めていたのだ。
「子供の頃から。いつも」
「それは」
「私がいる、そして楓がいる」
 自分だけでなく弟のことも話に出す。
「それで何故だ。何故いつも御前は」
「私が巫女です」
 だからだと言う彼女だった。
「ですから。それで」
「巫女でも何でもだ」
 守矢も引き下がらない。だから言うのだった。
「御前は全てにおいてそうだった。何故いつも一人で全てをしようとする」
「人に。他の人に迷惑をかけることが」
 嫌いだったのだ。そしてできなかったのだ。
 それが月だった。だからこそだというのである。
「お兄様にも楓にも」
「迷惑に思う筈がない!」
 守矢はまた叫んだ。
「私は御前の何だ!」
「お兄様は」
「そうだ、何だ!」
 叫ぶのはこのことだった。
「言ってみろ。何だ!」
「お兄様です」
 返答はもう決まっていた。既にだ。
「私の」
「そうだな。だから私は御前と共にいる」
 そうすると言ってだった。彼はだ。
 月の前に立った。そうして刹那と対峙する。既に剣は両手に持って構えている。
 そのうえでだ。己の後ろの妹に言うのだった。
「刹那は私が倒す」
「そうしてなのですか」
「御前を犠牲にはしない」
 断じてだ。そうするというのだ。
「いいな。それではだ」
「私は」
「死ぬことはない」
 強い声だった。これ以上はないまでの。
「わかったな。ここはだ」
「兄さんだけじゃないよ」
 今度は楓だった。彼も来てだ。
 月の前に立つ。そうして言うことは。
「僕もいるんだ。だからここは任せて」
「楓・・・・・・」
「姉さんだけがしょい込むものじゃないんだ」
 楓もだ。こう言うのだった。無論彼も己の剣を構えている。 
 それでこう言ってなのだった。
「僕達は姉弟なんだから」
「だからなのね」
「そう、兄さんに僕もいるんだ」
 楓は刹那を見据えつつ背後にいる姉に話す。
「だから一人で背負い込まなくていいんだ」
「姉弟だから」
「そう、だから」
 こう言ってだった。彼も姉を護ろうとする。丁度三人が一方に来てだ。三方には。
 示現と虎徹、翁、嘉神がそれぞれついた。そうして言うのだった。
「巫女が犠牲になることはない」
「左様、これだけの力が集ればじゃ」
「常世を封じることができる」
 刹那を見据えながらだ。三人も言うのだった。
「常世はこの世でも現れない」
「それは我等が防ぐ」
「貴様をここで倒してだ」
「言うものだな」
 その刹那がだ。彼等に言葉を返した。
 そうしてだ。その闇の目で静かに話すのだった。
「四霊は常に俺の邪魔をするのか」
「それが我等の務めじゃ」
 こう返す翁だった。白髪と髭の奥の目が鋭い。
「貴様の闇を封じることがな」
「生憎だが俺を封じることは巫女の犠牲なくしてはできない」
 刹那はあえてだ。月の責任感を煽り立てる言葉を言ってみせた。
「それを言っておく」
「それはどうやろな」
 ここで来たのはあかりだった。楽しげに笑ってこの場に来た。
 そうしてだ。また言うのだった。
「うちもおるで」
「貴様は」
「陰陽師や。一条あかりや」
「そうだったな。貴様は」
「そや。思い出したみたいやな」
 顔は笑っていたが目は笑っていない。そのうえでの言葉だった。
「あんたみたいな奴等の天敵や」
「その貴様も来たか」
「俺もな」
 今度は十三だった。彼はあかりの横にいた。
「まあこれだけいれば何とでもなるな」
「数は力や」
 あかりはそれを根拠にしていた。
 そしてそのうえでだ。刹那に言うのだった。
「あんたを滅ぼせばそれで常世はつながらんからな」
「そのことは知っていたのか」
「気付いたんや」
 知っていたのではなかった。それだったのだ。
 そのことを言ってだった。あかりと十三もだ。
 刹那を囲む。そうして彼を封じようとかかっていた。
 そのうえで戦いがはじまろうとしていた。だがそこにだった。
 もう一人来た。それは。
 白い衣、修験者を思わせるそれに赤と白の髪の男だった。顔には黒い髭がある。その彼を見てだ。
 月、既に光を消していた彼女はだ。その目を大きく見開いて言った。
「まさか。貴方は」
「月、それに守矢と楓もいるな」
 仮面の男は彼等を見て言うのだった。
「三人共いるな」
「お父様もこの世界に」
「御前達と同じだ。来ていたのだ」
 声は微笑んでいた。優しい声だった。
 その声で彼等に告げるその男を見てだった。
 翁がだ。こう言うのだった。
「御主、ここに来た理由は」
「翁、久しいですな」
「そうじゃな。それで概世よ」
 翁は彼の名を呼んだ。
「いや。黄龍か」
「どちらでもいいです。私がここに来たのは」
「子供達を助けたいのじゃな」
「そして常世を封じる」
 その為にもだというのだ。彼はここに来たというのだ。
「月が命を失う理由はありません」
「左様か。ではじゃな」
「月、御前は生きるのだ」
 娘に。己の後ろにいる彼女に顔を向けての言葉だった。
「いいな。今はな」
「では私は」
「命を粗末にするな」
 娘にだ。こうも言うのだった。
「全ては私に任せるのだ」
「では常世は」
「何度も言うが私が封じる」
 こう言ってだ。黄龍は娘を止める。そのうえでだ。
 刹那の頭上にもう出ていた暗黒の穴を見上げてだ。弓を取り出しだ。
 それで撃ちだ。闇を一瞬で消してしまった。それを見てだ。
 刹那は表情を変えないままだ。こうその黄龍に言うのだった。
「まさか貴様が出て来るとはな」
「貴様の思い通りにはさせぬ」
 黄龍も刹那に言葉を返す。今対峙しているのはこの二人だった。
「例え何があろうともな」
「ここで常世を出せば全てが終わっていた」
 刹那は黄龍に言った。
「この戦いもこの世界もだ」
「しかし今はそれは防がれた」
 確かにだった。それはだ。
 黄龍が告げるのはそのことだった。そうしてだ。
 彼は今度は剣を出してだ。そのうえで刹那に言うのだった。
「常世の門はとりあえずは封じた。次は貴様自身をだ」
「倒すというのだな」
「そうする。私の全てを賭けてな」
 構えを取った。そのうえでだ。
 己の子供達やかつての仲間達にだ。こう告げるのだった。
「御前達は下がれ」
「えっ、けれど父さんは」
「まさか刹那とお一人で」
「私のことは気にするな」
 黄龍はこう楓と守矢に継げた。
「構うことはない」
「じゃあ僕達は今は」
「他の敵をなのですか」
「そうだ。刹那は私に任せろ」
 これが黄龍の言葉だった。
「わかったな」
「うん、父さんがそう言うのなら」
「私達は」
 こう言ってだった。まずは二人が頷いた。そうしてだった。
 月もだ。静かに頷いて父に応えた。
「では。私も」
「そうだ。そうして生きろ」
 黄龍はまた娘に告げた。
「わかったな」
「わかりました。それでは」
「では我等もだ」
「わかりましたです」
 虎徹が父の言葉に頷いた。
「では白装束の者達を」
「倒すとしよう」
 他の者達もだ。白装束の者達との戦いに向かう。そうして黄龍と刹那の戦いがはじまった。
 光と闇の刃が交わる。それにより銀の火花が飛び散る。
 黄龍が上から振り下ろせば刹那がそれを受け止める。そして刹那はすぐに反撃に転じ今度は黄龍が受け止める。そうした攻防が繰り返される。
 その中でだ。刹那が言った。
「一度は俺の傀儡となったが」
「それはもう昔のことだ」
「今は違うか」
「私は己を取り戻した」
 だからだというのだ。
「貴様を倒し、消し去る為にだ」
「ならそうしてみるのだな」 
 刹那の言葉には感情はなかった。しかしだ。
 意志はあった。その意志を見せてだ。黄龍に返すのだった。そして返したのは言葉だけではなかった。闇の刃もだった。
 その刃での突きをだ。黄龍は絡め取る様にして受けてだ。その闇の目を見て言うのだった。
「何故この世界に来ることができた」
「聞くのはそのことか」
「そうだ。それは何故だ」
「他の者達と同じだ。呼ばれたのだ」
「呼ばれた。あの者達にか」
「そうだ。この世界への干渉を欲している者達」
 それが于吉であり左慈だった。そして白装束の者達だ。
 その彼等に呼ばれてだ。この世界に来たというのだ。
 刹那はそのことを話してだった。さらにだ。
 他の者達についてもだ。彼は言った。
「オロチ、アンブロジアもだ」
「同じだというのだな」
「そうだ。全ては同じだ」
 こう言うのだった。
「この世界を我等の望む世界にする為にだ」
「破壊と混沌に満ち人のいない世にか」
「人なぞ不要だ」
 刹那にとっても他の者達にとっても同じだった。闇の者達にとっては。
「我等の世界にはな」
「ならば人として対しよう」
 刹那にだ。黄龍は返した。
「そして貴様を倒す」
「できればな」
 また攻撃を仕掛ける刹那だった。闇を繰り出す。
 だが黄龍はその闇を防ぐ。二人の攻防はまさに光と闇の攻防だった。
 その攻防が繰り広げられる戦場においてだ。李はだ。
 傍らにいる漂と響にだ。こう尋ねていた。
「先程十三さんが仰っていましたが」
「ああ、月ちゃん達だな」
「あの方々のことですね」
「はい、お父上が来られたとか」
 鉄扇だけではない。勢いよく飛び上がりそのうえで回し蹴りを繰り出す。
 それで白装束の者達の顔を蹴り飛ばしてからだ。彼は二人に言うのだった。
「そのうえで月さんを助けられたとか」
「あの人のことは知っていたけれどな」
「この世界に来られていたとは」
 漂と響はそれぞれ二人に返す。
「けれどここで出て来てあの娘を助けるってのはな」
「考えていませんでした」
「そうですね。ですがこれで月さんは助けられました」
 李はまずはそれをよしとした。そのうえでだ。
 鉄扇で舞いだ。周りの白装束の者達を倒しながらまた言うのだった。
「有り難いことです」
「何ていうか父親だよな」
 漂もその剣を振るう。そうしながらの言葉だった。
「あの人もな」
「そうですね。本当に心優しい」
「凄い人だよ」
 漂は微笑み響に述べた。
「あの人がいたら月ちゃんは大丈夫だ」
「御自身を犠牲にされることはないですね」
「そんなのしなくていいんだよ」
 漂は尊して犠牲になること自体を否定していた。
「奇麗な娘が命を捧げるなんてな。そんなことはな」
「お嫌いなんですね」
「ああ、嫌いだよ」
「そうですね。漂さんはそうですよね」
「それは響ちゃんだってそうだぜ」
 飄々とした感じでだ。響にも言うのだった。
「それはな」
「私もですか」
「誰も死んだら駄目なんだよ」
 右目を瞑ってみせて。漂は言う。
「いいな。当然李さんもな」
「えっ、私もですか?」
「俺は女好きだけれど友達っていうのも大事にしたいからな」
 こう李に話すのだった。
「だからだよ。あんたも死なないでくれよ」
「わかりました」
 微笑みだ。李も応えてだった。
 そのうえでだ。その漂と響に話すのだった。
「ではこの戦い、終わるまで」
「ああ、生きようぜ」
「最後の最後まで」
 こう話してだった。彼等は戦い続ける。その戦局は。
 孔明は鳳統、徐庶と共に櫓の上から戦局を見ていた。物見櫓である。
 そこから見下ろしてだ。こう劉備に話していた。彼女も軍師達と共にいるのだ。
「戦局が変わってきました」
「こちらに有利になってきてるのね」
「はい、そうです」
 こうだ。その羽の扇を手に話すのだった。
「少しずつですが」
「じゃあこのまま攻めていけばいいのね」
「敵の左翼に隙ができています」
 鳳統は戦場を見て言った。
「そこには天幕が林立していますが」
「ええと。じゃあその天幕に隠れて?」
「はい、攻めましょう」
 こう劉備に献策する鳳統だった。
「今は」
「わかったわ。じゃあすぐに兵を」
「予備の兵があります」
 今度は徐庶が話す。
「彼等を向かわせましょう」
「えっ、そんなの用意してたの」
「こういうこともあると思っていまして」
 それでだ。そうした戦力を用意していたというのだ。
「ですからここはです」
「わかったわ。それじゃあ」
「はい、それで」
 こうしてだった。すぐに敵の左翼に予備戦力が向けられる。その指揮官は。
「よし、皆行くわよ」
「はい、わかりました徐晃将軍」
「それではいよいよですね」
「そうよ。出番よ」
 徐晃だった。彼女は兵達と共に天幕に隠れつつ敵の左翼に近付きだ。笑みを浮かべてこう言っていた。
「待ちに待ったね」
「まさか出番はないんじゃって思いましたよ」
「ずっと後ろにいましたから」
「けれどこれからよ」
 出番はだというのだ。それでだ。
 徐晃はさらに進みだ。共にいる真吾にも言った。
「あんたもやっと出番ね」
「はい、かなり嬉しいです」
「何かあんたって結構こういう位置にいるわよね」
「予備ですか?」
「ええ。何でかしらね」
「それね。俺も困ってるんですよ」
 本当に困っている顔で言う真吾だった。
「草薙さんにもよく危ないから下がってろとか」
「言われるのね」
「困った話ですよね」
「まあ何となくわかるけれどね」
 徐晃は斧を手にして彼に返した。
「あんたってそんな感じだから」
「やっぱりあれですか?火が出ないからですか」
「それと根っからのぱしり体質ね」
 見事なまでにだ。徐晃は彼の体質を見抜いていた。
「あんたいつも草薙さんに包とかお魚とか持って来いって言われるでしょ」
「ええ。元の世界の頃から」
「だからよ。余計にね」 
 こうしただ。予備扱いになるというのだ。
「二線級って感じでね」
「二線級って」
「私もまあ。先陣はね」
 徐晃本人もだ。困った顔で話すのだった。
「春蘭さんや秋蘭さんがされるし」
「所謂曹操軍四天王ですね」
「そう。近衛には琉流達がいるし」
 それで彼女はどうかというのだ。
「気付いたらこうしたらね。予備とか遊撃隊とかになってるのよ」
「何かそう言うと俺達似てますよね」
「あはは、そういえばそうね」
「俺なんてあれですよ。挑発なんかですね」
 何故かここでメモ帳を出す真吾だった。
 そうしてだ。こう言うのだった。
「これ出してええと、次はなんて」
「もう如何にもって感じね」
「そうなんですよ。ネタって感じで」
「けれどあんたの声はネタの人じゃないじゃない」
「バリバリ格好いい美形ばかりですからね」
 今度はこうした話になっていた。
「狼のシャクティの人にはじまって仮面のライトニング何とかとか炎の紋章の紅の剣士とかやっぱり仮面のアカツキに乗ってる人とか」
「いいキャラばかりじゃない」
「それで俺だけこうなんですよ。酷いですよね」
「完全に差別ね」
「そうですよ。俺だって彼女いるのに」
「嘘でしょ」
 徐晃は真吾の今の言葉は即座に否定した。
「あんたに彼女って」
「俺がもてないっていうんですか?」
「っていうかもろに舎弟キャラだった」
 これ以上はないまでに真吾を表した言葉だった。
「それで何で彼女なのよ」
「信じてくれないんですね」
「けれどあんた嘘は言わないわよね」
「怪談は好きですけれど嘘は嫌いです」
 このことははっきりと言うのだった。
「子供の頃からそれだけは言うなって」
「言われてるのね」
「ええ、ですから嘘は言いません」
 それは確かにだと言う真吾だった。
「絶対に」
「まあ見たところね」
 その真吾の顔まで見て話す徐晃だった。
「あんた実際に嘘吐くの下手みたいね」
「よくそう言われます」
「何となくわかるわ」
 真吾のそうしたことは実にわかりやすかった。それでだ。
 徐晃も言う。そしてだった。
 あらためてだ。目を鋭くさせて彼に告げた。
「じゃあ。そろそろね」
「はい、いきますね」
「一気に攻めるわ」
 こう言ってだった。二人を先頭にしてだ。
 敵の左翼に切り込む。その隙ができた場所にだ。
 この切り込みが効いた。戦局はさらにだった。
 連合軍に傾いた。それを見てだ。
 司馬尉は歯噛みしてだ。こう妹達に言った。
「すぐに左翼に行きなさい!」
「はっ、はい!そうしてですね」
「左翼に来た敵軍を」
「この場所からは見えなかったわ」
 彼等は港にいる。櫓にいる孔明達とは違う。だから陣全体が見えなかったのだ。
 それで左翼のことに気付くことが遅れた。それでだった。
 そこを衝かれてだ。戦局が彼女達にさらに不利になったのだ。
 それを見てだ。彼女はさらにだった。
「左翼の、いえ周りの天幕なり何なりを焼き払いなさい!」
「そうしてですね」
「見晴らしをよくされるのですね」
「そうよ、これ以上こんなことはさせないわ」
 物陰に隠れて近寄られ攻められることはだというのだ。
「絶対にね」
「わかりました。では火矢を使い」
「すぐに焼き払いましょう」
「急ぎなさい、左翼もね」
 また妹達に告げる司馬尉だった。
「さもないとここでの戦いは」
「敗れますね」
 歯噛みする司馬尉とは対象的にだった。于吉はだ。
 冷静にだ。こう述べたのだった。
「危ういです」
「そうよ。今何とかしなければ」
「はい、では左翼には妹さん達に行ってもらい」
「周りを焼き払うわ」
「クリスさんを使えればよかったのですが」
「あの子は今は向こうの連中と戦っているわ」
 そうした意味でだ。足止めを受けているのだった。それに加えてだ。
 司馬尉は上を見上げてだ。忌々しげに言うのだった。
「しかも。妖術すらもね」
「まあそれは言わないと言うことで」
「わかっているわ。それにしてもここまで私達を苦しめてくれているのは」
「それだけあちらには人物が揃っているのですね」
「特に今は」
 敵の後方の櫓を忌々しげに見た。そこにいるのは。
「あの小娘ね」
「軍師諸葛孔明ですか」
「鳳統、それに徐庶とね」
「只でさえ天下無双のだというのに、一人でも」
「それが三人になるとね」
 三人寄らばだった。最早だ。
「私の策や術すら破るというのね」
「ですね。それでなのですが」
「それで。何よ」
「我が同志左慈さんは前線に出ておられます」
 まずはこのことを話す于吉だった。
「ですから私もです」
「前に出るというのね」
「はい、そうして宜しいでしょうか」
「私も出るわ」
 眉を顰めさせてだ。司馬尉はこうも言った。
「前線自体が危ういしね」
「自ら指揮を執られてですね」
「そうよ。決めるのならここで決めるから」
 決戦にするというのだ。この赤壁での戦いを。
「その為にもね」
「わかりました。それではその様に」
 こうしてだった。二人は前線に出た。妹達を左翼に回し戦線の崩壊を防ぐと共にだ。しかし火矢はそれはだった。前線に赴く中で于吉が彼女に話す。
「人がいませんでした」
「火を放つ兵がいないというの?」
「今我々は予備兵力なしで全軍で戦っていますね」
「だからなのね」
「はい、兵を回せません」
 そうなっているというのだ。
「一兵たりともです」
「あれだけ兵がいたというのにね」
「兵を倒され過ぎました。あれだけ一騎当千の者達がいては」
「例え百万いても」
「やはり数には限りがありますので」
「後の兵は北に置いているから」
 ここにはいない。そういうことだった。
「それと貴方達の本来の世界にだったわね」
「はい。少なくとも今はです」
 予備兵力もない。そういうことだった。
「残念ですが」
「わかったわ。ないのなら仕方がないわ」
 また忌々しげに言う司馬尉だった。
「火を放つことは諦めるわ」 
「わかりました。それでは」
「前線を突破し。そうして」
 また櫓を見た。そのうえでだ。
 司馬尉は血走った目で劉備達を見てだ。こう言うのだった。
「あの忌々しい者達をこの手で引き裂いてあげるわ」
「では参りましょう」
「少し位の妖術なら使えるわね」
「はい。手で放つ位なら」
 いけるとだ。于吉はにこりと笑って話す。
「それは貴女もですね」
「落雷の術は使えなくてもね」
 彼女の切り札は駄目でもだというのだ。
「少し位ならいけるわ」
「ではその術で」
「劉備玄徳、それに諸葛亮孔明」
 とりわけこの二人をだ。憎悪の目で見てだった。
「見ていなさい。私のこの手で」
「私もあの彼女にはしてやられていますしね」
 目を鋭く、細くさせてだ。于吉も劉備を見た。櫓の上から戦局全体を孔明達と共に見る彼女をだ。
「是非共ですね」
「この世界を望み通りにするにはあの娘ね」
「はい、彼女を消さなければなりません」
「なら劉備は貴方に任せるわ」
「では貴女は」
「あの小娘よ」
 これ以上はない憎悪の目になってだった。
 そのうえで孔明を見てだ。司馬尉は言うのだった。
「私を出し抜いてくれたわね。見ていなさい」
「そうですか。それにしても貴女は」
「私が?どうかしたの?」
「私が思っていた以上に感情の起伏がある方なのですね」
「そうかしら」
「はい、とりわけ憎悪の感情が強いですね」
 司馬尉の今を見てだ。彼女のそうしたところに気付いたのだ。
「そうだったのですね」
「憎悪は妖術を強くするわ」
 そう言われてもだ。司馬尉は動ぜずにだ。
 こう返してだ。于吉に返すのだった。
「それは貴方も同じではないの?」
「私はまた違います」
「違うというの?」
「はい、私はあくまで目的の為に術を使います」
 それが于吉だというのだ。
「憎悪はあありますがそれ以上にです」
「冷静さを保つというのですね」
「そうです。そうするように務めています」
「わかったわ。ならそうしなさい」
 冷静でいろというのだった。于吉に対して。
「私はこの憎悪で。全てを破壊するわ」
「それもまた道ですね」
「私の道は魔道よ」
 己でもわかっていた。そしてそれに加えてだった。
「それでこの世を覆ってあげるわ」
「その意気です。だからこそ我々も貴女と共にいるのです」
「私がそうした者だからこそなのね」
「はい、その妖術と憎悪、思う存分発揮されて下さい」
「そうさせてもらうわ」
 こんな話をしてだった。彼等もだ。 
 前線に出た。そのうえで指揮を執るのだった。
 司馬尉は自らその手に闇をまとわせ放ちながらだ。血走った目で言うのだった。
「九尾の狐の力、見せてあげるわ!」
「何っ、司馬尉仲達自らだと!」
「自ら出て来たというのか!」
「雑魚は消えなさい!」
 闇の波動を繰り出しだ。連合軍の兵達を吹き飛ばしだった。
 司馬尉は櫓に向かう。そしてそのうえで。
「諸葛孔明、この手で!」
「いかん、行かせるな!」
「司馬尉を倒せ!」
「敵の総大将だぞ!」
「その首を取れば恩賞は思うままだ!」
「早く何とかしろ!」
 連合軍の兵達の間で命令が乱舞する。しかしだった。
 司馬尉は強かった。そのあまりもの強さでだ。
 己に群がる兵達を薙ぎ倒していきだ。こう叫ぶのだった。
「うぬ等雑魚では相手にならん!どきなさい!」
「くっ、この女やはり」
「只の人ではないか」
「魔性の者」
「まさにそれか」
 血走った目が吊り上がり口は耳まで裂け髪は逆立っている。その鬼気迫る顔はまさに異形の者のそれだった。その者が進みだ。
 櫓に迫る。兵達には為す術もない。
 しかしその彼女の前にだ。ある者が出て来たのだった。
「待て、司馬尉仲達!」
「御主は」
「関羽雲長、知っているな」
 その得物を構えてだ。関羽は司馬尉の前に来たのだ。
 そしてそのうえでだ。こう彼女に告げたのである。
「その首貰い受ける」
「関羽雲長、うぬが私を止めるというの」
「私だけではない」
「恋もいる」
 呂布だった。彼女は于吉の前にいた。
 そうしてだ。こう于吉に言ったのである。
「張譲を使って月に酷いことをしたのは御前」
「命は無事だったではないですか」
 于吉はその呂布に対して平然と嘯いてみせる。
「ではいいではありませんか」
「わかった。やっぱり御前は倒す」
 その方天戟を構えてだ。呂布は言った。
「ここで倒す」
「では。劉備さんを倒す前に貴女を倒しましょう」
「行く」
「御主はここで倒す!」
 関羽もだ。司馬尉に突き進みだ。戦いをはじめる。そしてだ。
 正面からぶつかる。司馬尉は関羽にも闇の波動を放つ。その波動にだ。
 関羽は得物を大きく振ってだ。衝撃波を出した。その衝撃波でだ。
 闇の波動を相殺してだ。こう言うのだった。
「御主の波動、見切った」
「くっ、私の術を防ぐとは」
「では行くぞ。ここでこの戦乱終わらせる!」
「やれるものならね。私の闇はこれで終わりではないわ!」
「見せてもらおう。その術もな!」
 二人の死闘がはじまる。そしてだ。
 呂布もだ。于吉に対して戟を繰り出す。まずはだった。
 無数の突きを繰り出す。しかしだ。
 于吉はその突きをかわしていってだ。こう言うのだった。
「御見事です。やはり貴女は」
「恋は。何?」
「この世界で随一の武芸者ですね」
「恋、強くない」
 呂布はそれは否定した。
「むしろ弱い」
「そう仰る理由は何故でしょうか」
「恋は一人だと弱い」
 一人ならばだというのだ。
「ねねがいてくれて月や詠達もいてくれて」
「それでだと仰るのですか」
「はじめて戦える。だから恋一人では弱い」
「面白い考えですね」
「自分の為にだけ戦うなら限界がある」  
 そうだというのだ。それならばだとだ。
「けれど友達と。皆の為に戦うのなら」
「違うと仰るのですね」
「そう。それを見せる」
 こう話してだった。呂布はだ。
 突きから戟で足払いをかける。だが于吉は跳びだ。
 それをかわし闇を放つ。呂布は上から来るそれを素早くかわす。両者の攻防もはじまっていた。
 しかしその中でだ。孔明はだ。
 やはり櫓の上から戦局を見てだ。こう劉備に話した。
「ここで完全に決めます」
「決めるって?」
「はい、敵の総大将である司馬尉仲達が前線に出ていますね」
「うん、それで愛紗ちゃんと戦ってるわ」
「恋さんもあの于吉と戦っています」
「私達のいる櫓に迫ってきているけれど」
「はい、それで後方が空いています」
 見ればそうだった。敵の後方の船にはだ。
 兵は殆どいなかった。殆どの船に残っていない。
 それを見てだ。孔明は言うのだった。
「あの船達を焼きましょう」
「私達が逆になのね」
「そうです。帰り道を焼けば敵はここから消え去るしかありません」
 陣に帰られなくとも彼等は闇の中に逃げることができる。しかしだ。
 戦意は消える。孔明はそれを狙っていたのだ。
「若しくは。戦意喪失した時にです」
「攻めれば」
「ここで決着をつけることもできます」
 孔明はそうなることも狙っていたのだ。
「ですからここで」
「敵の後方に船団を回して」
「はい、攻めましょう」
「わかったわ。それじゃあ」
「はい、すぐに」
 こうしてだった。すぐにだ。
 敵の船団、兵が殆ど残っていないそこにだ。甘寧率いる船団が一気に進みだ。そのうえでだった。
「放て!」
「はい!」
「わかりました!」
 連合軍の方が火矢を放ちだ。それによってだ。
 敵の船団が焼かれる。それを見てだ。
 さしもの白装束の者達も動揺を見せた。そしてそれを見てだ。
 司馬尉もだ。関羽との戦いの中燃え上がる後方を見て言った。
「くっ、船団が!」
「燃えていますね」
「まずいわ。このままだと」
「帰るしかありませんね」
 于吉から言ってきた。
「ここは」
「くっ、何てことなの」
「どうされますか、それで」
「ゲーニッツは?」
 司馬尉がここで名を挙げたのは彼だった。
「彼の風で火を消せないかしら」
「いえ、あの方も今戦闘中ですし」
 神楽との戦いはまだ続いていたのだ。
 しかもだった。于吉も話すのだった。
「それにです。あれだけ燃えては」
「消せないというのね」
「消したところでもう船は使えません」
 全ての船が紅蓮の中にあった。中には焼け落ち水の中に消えていっている船もある。それを見れば最早だったのだ。
 司馬尉もそれを見て言う。忌々しげに。
「わかったわ。それじゃあね」
「はい、兵も動揺していますし」
「このままここで戦っても」
「兵をより失うだけです」
「撤退するしかないわね」
「まだ次があります」
 それもありだ。ここはなのだった。
 于吉は呂布の攻撃をかわしながらだ。司馬尉に話す。
「退きましょう」
「わかったわ。それじゃあ」
 司馬尉はこれまでで最も大きな闇の波動を関羽に放つ。于吉もそうした。
 それで関羽と呂布を防がせだ。そのうえでだ。
 二人が防いだその隙に間合いを一気に離してだ。こう言うのだった。
「忌々しいけれどね」
「今日のところはこれで」
「何っ、逃げるのか」
「勝負を捨てて」
「ええ、そうよ」
 赤くなっている目でだ。司馬尉は関羽と呂布に返した。
「そうさせてもらうわ」
「おのれ、させるか!」
「逃がさない」
 二人はその得物を振るい衝撃波を放った。それで撃とうというのだ。
 しかしそれはだった。
 二人は姿を消し衝撃波は虚しく空を切った。そうなってしまった。
 そしてだ。二人が姿を消すと共に。
 オロチの面々もだった。
 ゲーニッツは二人の気配が消えたのを察するとだ。神楽に恭しく一礼して述べた。
「では今宵はこれで」
「撤退するというのね」
「はい、そうです」
 こうだ。慇懃に述べるのだった。
「そうさせてもらいます」
「後日再戦ね」
「そうなります」
「私としてはここで決着をつけたいけれど」
「この度はこちらの事情を優先させてもらいます」
「わかったわ」
 無論本意ではないがこう答える神楽だった。
「それではね」
「はい、それでは」
「けれど。次こそは」
 去るゲーニッツにだ。神楽は告げた。
「わかっているわね」
「無論です。我々にしてもです」
「次にというのね」
「決戦とさせて頂きますので」
 こう答えるのだった。
「それで宜しいですね」
「そういうことね。次こそは」
「ではまた御会いしましょう」
 ここでも慇懃なゲーニッツだった。その態度は変わらない。
 そうしてだった。彼は天にその右手を掲げてだった。
 風の中に消えた。そうしてだ。
 刹那もだ。黄龍に対して述べた。
「では俺もだ」
「消えるのいうのだな」
「今はそうさせてもらう」
 黄龍にまた述べる。
「返答は聞かない」
「そうか。ではだ」
「貴様を倒し、今度こそだ」
「その常世をか」
「この世に出す。覚悟しておくことだ」
 言うことは変わらない。
「ではな」
「貴様はわしが封じる」
 そしてそれは黄龍もだった。
 その刹那を見据えてだ。言うのだった。
「この世界の、そして子供達の為に」
「その為にか」
「一度は死んだ身、惜しくもない」
 最早彼にとって命はそうしたものだった。
 そのことも言ってなのだった。
「では次だ」
「その時にこそ」
「貴様を完全に封じる」
 この考えをまた口に出してみせたのだ。
「何があろうともだ」
「では今度会った時にだ」
 刹那は姿を消す直前にまた述べた。
「常世を導き出すとしよう」 
 こう告げてだった。彼は姿を消すのだった。そうしてだ。
 他の者達も消えてだ。後に残ったのは。
 連合軍の者達だけだった。まずは曹操が言った。
「勝った、のかしら」
「はい、おそらくは」
「そう考えていいかと」
 夏侯姉妹がその彼女に答える。
「敵は消えました」
「残っているのは我々です」
「そうね。そうした意味では飼ったわ」
 曹操も言う。そのことはだ。
 しかしそれでもだ。釈然としない顔になってこうも言うのだった。
「けれど。完全な勝利ではないわね」
「敵は逃げました」
「何処かに」
「また。戦わなければならないわね」
 曹操は苦い顔で述べた。
「奴等とは」
「限定的勝利ですわね」 
 曹操のところにだ。袁紹が来て述べた。彼女の周りには袁紹軍の五大明王、それに審配がいて警護、袁紹の突出を防いでいる。
「どうやら」
「そうね。完勝では絶対にないわ」
 それは曹操も言う。
「今度こそはね」
「ですね。残念ですけれど」
「リターンマッチですよね」
 顔良と文醜が述べた。
「けれどとりあえずはですね」
「勝ちましたし。それじゃあ」
「ええ、劉備に伝えて」
 曹操は顔良と文醜の言葉にすぐに応えてだった。
 傍にいた兵士にだ。こう告げたのだった。
「勝ち鬨よ」
「はい、ではすぐにお伝えします」
「戦いは勝ったわ」
 そのことは紛れもない事実からであった。
「それならね。今はね」
「畏まりました。それでは」
 こうしてだった。劉備に勝ち鬨のことが伝えられてだった。
 実際に陣に勝ち鬨があがる。赤壁での戦いは連合軍の勝利に終わった。しかし戦いそのものは終わってはいない、誰もがそのことを噛み締めていた。


第百二十四話   完


                        2011・11・13



刹那の策で一気に逆転かと思ったけれど。
美姫 「連合の方にも強力な助っ人登場ね」
娘の為でもあったしな。そのお蔭で司馬尉自身が前線に出てきたんだが。
美姫 「流石に一筋縄ではいかないわね」
ここでは討ち取れなかったか。
美姫 「ともあれ、ここでの戦いは勝利という形を収められたしね」
ひとまずはって所だな。
美姫 「最終決戦に向けて、両軍ともに準備がいるだろうしね」
次回はどんな話になるのか。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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