『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第百二十九話  ほたる、父を見るのこと

 夜にだ。チャンとチョイは泣きながらドンファンとジェイフンに漏らしていた。夜は夜で食べている。今度は鍋だ。それを食べながら話をするのだった。
「ったくよ。今回ばかりは死ぬと思ったで」
「実際に何度も死に掛けたでやんすよ」
「今日のあれはもう修業じゃねえだろ」
「まさに地獄でやんした」
「ああ、本当によく生きてたな」
 ドンファンもだ。心から彼等に同情しつつ述べる。
「直角の三十段の滝でな」
「上からどんどんものが落ちてきてな」
「えげつなかったでやんすよ」
「親父もジョンさんも何であんなの考え付いたんだ?」
 息子から見てもだ。キム達のそれはわからなかった。
 それでだ。こう言ったのである。
「前の馬鹿高い塔を登りながら上からあれこれ落としてそれをかわさせる修業とかな」
「ああ、そういうゲーム昔ありましたね」
 ジェイフンもだ。話に乗る。
「かなり難しかったですね」
「ああ、まさにそのゲームだよ」
「あれを実際にやったのは僕もです」
「御前もやり過ぎだと思うだろ」
「想像の範囲を超えています」
 それは絶対にだと言うのだ。ジェイフンもだ。
「今回の修業もですが」
「おう、何か俺達どんどん修業がエスカレートしてんだがな」
「冗談抜きで死ぬかも知れないでやんすよ」
 またここで泣く二人だった。
「いやよ、確かに悪いこともやったさ」
「それでもあれはないでやんすよ」
「まああれは一番きつい修業だろ」
 ドンファンは根拠なく楽観的に考えてだった。
 そのうえでだ。こう二人に言ったのである。
 言いながら鍋の中の魚を食べてだ。そのうえでの言葉だった。
「少しはましになるだろ、明日からはな」
「だといいんだけれどな」
「本当にそう思うでやんすよ」
「まあ修業の話はこれ位にしてな」
 笑いながらだ。ドンファンはだ。
 チャンとチョイに鍋の中から魚や野菜を取ってだ。そのうえで勧める。
 そうしてだ。あらためて二人に言うのだった。
「食おうぜ。たっぷりとな」
「ああ、それじゃあな」
「頂くでやんすよ」
「川魚もまたいいものですね」
 ジェイフンもだ。鍋の中の魚を箸に取り食べつつ話す。
「元の世界では海魚が多かったですが」
「そうだよな。韓国ってな」
「海魚が多いですよね」
「肉もよく食うけれどな」
 こうだ。母国の料理のことを兄弟で話すのだった。
「やはり三方が海ですから」
「どうしてもそうなるよな」
「ああ、確かにな」
「韓国ではそうでやんすよ」
 チャンとチョイもそうだと言う。その通りだとだ。
「魚は海のものばかりになってるな」
「けれど川魚もいいでやんすよ」
「ただしです。川魚はです」
 ここで真面目に言うジェイフンだった。
「よく熱を通さないと危険ですから」
「ああ、虫な」
「それでやんすね」
「そうです。生で食べるのは厳禁です」
 それは絶対にだというのだ。
「ですからこうしてお鍋にしてもよく火を通して食べてです」
「だよな。そうしないとな」
「本当に危ないでやんすよ」
「そしてよく火を通されたお魚はです」
 ジェイフンは真面目な話からだ。にこりとなって述べた。
「とても美味しいものですね」
「ああ、幾らでも食えるぜ」
 実際にどんどん食べるドンファンだった。そうしてだ。
 チャンもチョイも食べてだ。鍋を楽しむのだった。修業の後は平和だった。
 そしてその夜にだ。袁紹はだ。
 自分の家臣達にだ。こう言われていた。
「鰻はいませんでした」
「残念ですが」
 ここでも鰻だった。
「ですからあの余興は無理です」
「それは無理ですから」
「わかりましたわ」
 とても不機嫌な顔で彼女達の言葉に頷く袁紹だった。
 そしてだ。彼女はこう言うのだった。
「では今宵はわたくしは静かにですね」
「はい、お願いします」
「大人しくして下さい」
 家臣達も何気にきついことを言う。とりわけだ。
 田豊と沮授はだ。くれぐれといった口調で彼女に話すのであった。
 こうだ。袁紹に対して言う。
「もう一国の宰相でしかも高位の将軍ですから」
「御自重下さい」
「上に立つ者は率先ですわ」
 しかし袁紹も袁紹でだ。こう二人に返す。
「そうでなくては何ができますの?」
「ですから。率先して鰻と絡まれるのはです」
「幾ら何でも」
「わたくし、歌は知りませんわ」
 少し聴くと何のことかわからないことだった。しかしだ。
 袁紹はここでだ。従妹の名前を出したのだった。
「ですが美羽さんは歌えますし。華琳にしても」
「ですから美羽様は特別です」
「歌い手としての資質があり過ぎます」
 田豊と沮授は袁紹は袁紹。袁術は袁術だと話す。
「そうしたことで対抗心を燃やされてもどうかと思いますが」
「しかもそこで鰻はないかと」
「鰻は袁家の誇りですわ」
 こう言ったのである。鰻についてだ。
「だからこそと思いましたけれど」
「あっても止めてますから」
 今言ったのは高覧だった。
「そんな妖しいことは」
「妖しい。あの鰻が」
「そうです。とりあえず御自重下さい」
 高覧も言うことだった。
「全く。宰相になられてもそうしたところは」
「まあとにかくです」
 ?義はこう主に話した。
「今はお酒でも飲まれて」
「お酒ですの?」
「はい、葡萄酒はどうでしょうか」
 ?義が勧めるのはこの酒だった。
「曹操殿からの差し入れです」
「華琳からの」
「そうです。ではそれを飲まれますね」
「わかりましたわ。それでは」
 袁紹は?義のその言葉を入れてだ。ワインを飲み幾分か落ち着いた。そしてそのうえでだ。彼女は家臣達に彼の話をするのだった。
「ところで牙刀さんですけれど」
「はい、あの人ですね」
「あの人が何か」
「あの方は以前目が見えなかったそうですわね」
 袁紹が言うのはこのことだった。
「そうでしたわね。確か」
「その様ですね」
 審配が答える。袁紹の家臣達は主の周りに集いそのうえで彼女と共に飲んでいる。袁紹は仕草で彼女達にも曹操からの差し入れの葡萄酒を飲む様に勧めたのだ。
 それを受けてだ。彼女達も葡萄酒を飲む。そのうえでの話だった。
「ですがそれもです」
「華陀さんにですわね」
「はい、治してもらったそうです」
「それはいいことですわ。ですが」
「その目を傷つけた人がです」
「問題なんですよね」
 顔良と文醜はこのことについて曇った顔で述べる。
「牙刀さんのお父さんだとか」
「自分の父親にやられたらしいですね」
「因果なことですわね」
 曇った顔で言う袁紹だった。そのことを確めて。
「乱世にはよくある話にしても」
「その目を潰したお父さんもまさか」
「この世界に来てるんですかね」
「その可能性はあるわね」
「あちらの世界の人がここまで来ているとなると」
 田豊と沮授は二人に応えて話す。
「そしてその場合は」
「牙刀さんとその人が会えば」
「危険ですわね」
 袁紹は眉を鋭くさせて述べた。
 そしてだ。杯の中にあるその紅の美酒を見つつだ。彼女は言った。
「牙刀さんは目を潰された怨みを忘れていませんし」
「血の雨が降りますね」
 今言ったのは審配だった。
「その時は」
「親子が殺し合うってのは絶対に避けたいですね」
 文醜が言った。
「それだけは」
「そうよね。何とかしたいけれど」
 顔良も文醜に応えて述べる。
「その時は」
「だよな。まあ本当にいるかどうかわからないけれど」
「いる可能性高いしな、実際」
 文醜はその両手を自分の頭の後ろで組んで言った。
「こうまで色々来てたらな」
「そうですわね。その時は」
 袁紹は今はその眉を曇らせていた。
 そのうえでだ。自分の家臣達に話した。
「少し牙刀さんの周りにですけれど」
「はい、人をですね」
「人を置いてですね」
「最悪の事態を避けるようにしますわ」
 父子の殺し合い、それだけはだというのだ。
「それについてですけれど」
「では私が」
 張?が名乗り出る。
「牙刀殿の傍にいます」
「頼みましたわ」
「お任せ下さい。私も牙刀殿に親殺しの罪はさせたくありません」
 張?自身もだ。そうだというのだ。
「ですから」
「ではその様に」
「はい、それでは」
 こう話してだった。袁紹は牙刀について手を打った。そうしてだった。
 次の日だ。早速だ。彼の傍には張?がいるようになった。そして彼女だけでなくだ。
 徐晃もいた。彼女もいてだ。牙刀と行動を共にする様になった。
 その二人にだ。牙刀は言うのだった。
「いいだろうか」
「はい、何でしょうか」
「何かありますか?」
「親父のことか」
 察していた。彼は既に。
「それで今傍にいるのか」
「それは」
「何と言いますか」
「隠さないでいい」
 既にわかっている。だからだというのだ。
「袁紹殿と曹操殿の気遣いだな」
「そうです。麗羽様はです」
「華琳様はです」 
 二人はそれぞれの主の名を出して牙刀に話す。
「牙刀殿にどうしてもです」
「親殺しの罪だけはとお考えなのです」
「それはわかる」
 二人の気遣い。それはだというのだ。
「二人の俺への配慮はだ。しかしだ」
「それでもですか」
「御父上を」
「そうだ。俺がやる」 
 強い目でだ。牙刀は言い切った。
「これは俺がやらなければならないことだからだ」
「その理由ですが」
「若しや」
「確かに目のこともある」
 一度潰されたその目への仇だ。それもあるというのだ。
 しかしそれ以上のものがあるとだ。牙刀は静かに話した。
「だが。親父は間違いなくだ」
「この世界に来ているならですね」
「そうならば」
「やはり。于吉やオロチ達のところにいる」
「そうだというのですね」
「そうだ。間違いない」
 彼等と共にいるというのだ。彼の父は。
「それに親父は元の。俺達の世界でもだ」
「多くの罪を犯してきたのですね」
「そうしてきたのですか」
「父の罪を清めるのは子の役目だ」
 こう言ったのである。
「だからこそだ。そしてだ」
「ほたる殿ですね」
「妹君ですか」
「ほたるには罪を背負わせない」
 父殺しの罪、それをだというのだ。
「それは何があってもだ」
「だからですか」
「牙刀殿はその為にも」
 彼の言葉からその心を知りだ。そうしてだった。
 二人も頷きだ。そして言うのだった。
「御父上と戦われそのうえで」
「倒されますか」
「そうする」
 全てを決めてだ。達観さえある目で述べる牙刀だった。
「それが俺の決めたことだ」
「ですか。それでは」
「私達はもう」
「いてもいい」
 それは構わないというのである。
「いたければな」
「それはどうしてでしょうか」
 張?は彼の今の言葉に怪訝な顔になった。
 そしてだ。こう問い返したのである。
「何故ですか。私達が共にいてもいいというのは」
「仲間だからだ」
 牙狼は彼女達をだ。そうだというのだ。
「だからだ。そうしたければしていい」
「仲間、ですか」
「私達は」
「これまで仲間がいるとは思わなかった」
 そうだったというのだ。牙刀のこれまでの人生ではだ。
「しかしそれでもだ」
「今はですか」
「違うのですね」
「そうだ」
 その通りだと。答える彼だった。
「俺はあの男を倒す」
「牙刀殿御自身の手で」
「そうされますか」
「止めても無駄だ」
 このことも言うのであった。
「わかったな」
「ではこのことお伝えさせてもらいます」
「我等の主に」
「好きにしろ」
 気にすることではなかった。今の牙刀にとって。
 それでだ。こう彼等に述べてだった。
「俺は俺の果たすべきことを果たすのだからな」
「牙刀殿・・・・・・」
「そこまでされますか」
 二人も牙刀の心を知った。それでだ。
 彼のその決意の中にあるものを見てだ。今は沈黙した。
 しかしその後でだ。牙刀が休んだのを見届けてだ。
 そのうえでだ。自分達の主に話したのだった。
 袁紹と曹操は同じ天幕に集り二人の話を聞いだ。そのうえでだ。
 深刻な顔でだ。こう言ったのである。
「仕方ありませんわね」
「そうね」
 こうだ。二人で言ったのである。
「考えてみればすぐに。そうした方とはわかりますけれど」
「どうしてもと思ったから」
「お二人もなのですね」
 ここでだ。張?が袁紹と曹操に言った。
「牙刀殿に親殺しの罪は」
「無論ですわ」
 袁紹はすぐにだ。眉を顰めさせて張?の問いに答えた。
「その様なこと。命じることは人の道ではありませんわ」
「私も同じよ」
 曹操も言う。
「牙刀にしてもほたるにしても。そんなことを背負うことはないのよ」
「だからこそ。貴女を向けさせたのですけれど」
「止められなかったわね」
「申し訳ありません」
 徐晃もだ。項垂れて謝罪の言葉を述べる。
「我等では」
「言ったわね。止められることではなかったのよ」
 曹操は謝罪する徐晃に告げた。
「牙刀はね。最早ね」
「では我々は」
「これからは」
「牙刀さんのところにいなさい」
 それでもだとだ。袁紹は二人に命じた。
「いいですわね。あの人のところに」
「そしてあの方の戦いをですか」
「助けよと」
「牙刀は確かにかなりの使い手よ」
 曹操も認める程のだ。そこまでだという。
 しかしだ。曹操はこの事実をだ。苦い顔で言うのだった。
「けれどね。その牙刀の目を奪ったとなると」
「危うい」
「だからですか」
「今度は目では済まないわ」
 曹操は言った。
「それを防ぐ為にもね」
「わかりました。それでは」
「我々はこのまま」
「牙刀さんの傍にいなさい」
「わかったわね」
 こう二人に命じる袁紹と曹操だった。そしてだ。
 その彼等のところにだ。何とだ。
 ほたるも来た。そのうえでだ。
 強張りながらも決意している顔でだ。彼女達に言ったのである。
「兄さんのことですが」
「ほたる殿、まさか」
「聞かれていたのですか」
「すいません」
 驚いた顔で自分の方を振り返る張?と徐晃にだ。ほたるは申し訳ない顔で答える。
「聞くつもりはなかったのです。ですが」
「丁度この天幕に来るところだったのね」 
 曹操が事情を察してほたるに話した。
「そうだったのね」
「はい、果物を持って来たので」
「それね。野苺ね」
「ですが」
 自分の持っている野苺をだ。ほたるは今は見ていなかった。
 俯いてだ。何も見えずに言ったのである。
「兄さんは。やっぱり」
「ほたるさんもわかっておられたのですね」
 顔と言葉からだ。袁紹は察した。
「やはり」
「兄さんはいつもそうなんです」
 ほたるは悲しい顔になり兄のことを四人に話す。
「自分で何でも背負い込んで」
「そういう人間ね。彼は」
「はい、ですから」
「言っておくわ。牙刀はね」
 曹操は厳しい顔でほたるに話す。
「貴方達の父親を絶対にね」
「倒しますね」
「そうするわ」
 こう告げるのだった。
「間違いなくね」
「はい、わかります」
「では貴女はどうするのかしら」
 兄のことを話してから。妹に問うた。
「牙刀は貴女をどうしても闘わせたくはないけれど」
「いえ、私も」
 ここでだ。ようやくだった。
 ほたるは顔をあげてだ。こう答えたのである。
「父と闘います」
「そうするのね」
「私達は兄妹です。兄さんにだけ罪を背負わせる訳にはいきません」
 それでだというのだ。
「ですから。私も」
「それでいいのね」
 ほたるの目を見てだ。曹操は問うた。
「父殺しの罪を背負っても」
「私も娘ですから」
 その男のだというのだ。
「ですから」
「気持ちは変わらないわね」
 念を押してだ。曹操はほたるに問うた。
「貴女も」
「はい、もう」
「わかったわ。それならね」
 曹操は厳しい顔のままでほたるの言葉に頷いた。
 そしてだ。こうそのほたるに告げたのである。
「闘いなさい、そして勝ちなさい」
「そうします」
「そして。貴女達の因果を消し去りなさい」
「その二人は貴女達への助力ですわ」
 袁紹はほたるに張?と徐晃のことを話した。
「いいですわね。ですから」
「有り難うございます。それでは」
「行きなさい、因果を消しに」
 袁紹は優しい顔になった。これまでの厳しい顔から。
「わかりましたわね」
「そうします」
「ではほたる殿行きましょう」
「因果を消す戦いに」
 張?と徐晃は立ち上がりだ。ほたるに顔を向けて話した。
「ただ。土壇場まで兄上には気付かれぬ様に」」
「そのことは御気をつけ下さい」
「はい」
 ようやく少しだけ明るい顔になりだ。ほたるは応えられた。彼女も決意したのだ。
 同じ頃だ。鱗はだ。こう真吾達に話していた。
「遂に来るな」
「ええと。オロチですか?」
「連中もそうだがまた別の奴もだ」
 鋭い顔でだ。彼は真吾に述べた。
「知っている筈だ。あいつは」
「ああ、あいつか」
「そういえばいたな」
 ケイダッシュとラモンがだ。鱗の言葉に応えた。
「生きていたか。やはり」
「あいつもまた」
「そうだ。気配を感じる」
 鱗は深刻な顔で彼等に話していく。
「龍が来る」
「何かここに来て出て来たわね」
 彼等のところには馬岱がいる。そうしてだ。
 腕を組みだ。こう言ったのである。
「もう敵は全部わかったと思ったのに」
「いるとは思っていた」
 鱗はその馬岱にも話す。
「そして決着をつけなければならないこともだ」
「わかっていたのね」
「その時が来た」
 鱗の言葉は今は淡々とさえしていた。
「それだけだがな」
「けれどあれよね。その龍ってのも」
「洒落にならない位強いんだよ」
 真吾がやや狼狽した声で馬岱に話す。彼等は今車座になり飲み食いしている。そうしながらだ。真剣な顔で話すのである。
「もうそれこそ怪物みたいなな」
「何か向こうはそんなのばかりいるよね」
「そうだな。それは確かだな」
 ラモンもその通りだと馬岱の言葉に応える。
「しかしそれでもだ。二つの世界を救う為にはな」
「その龍にも勝たないといけないわよね」
「そういうことだ。わかってるな」
「最初からね。ここまで来たら勝つわよ」
 馬岱もその決意を話す。
「絶対にね」
「その意気だ。それじゃあな」
「龍も倒す」
 こうだ。決意を話す鱗達だった。その話をしてからだ。
 真吾はだ。ふとだ。こんな話をしたのである。
「そういえばよく言われるんですけれど」
「どうしたの、真吾」
「俺の声ってあの左慈に似てるのかな」
 首を捻ってだ。真吾は馬岱に話す。
「よく言われるんだよな、本当に」
「言われてみればそうね」
 馬岱もそのことを否定しない。
「真吾の声ってそんな感じよね」
「やっぱりそうなのかな」
「丈の声が華陀に聞こえるのよ」
 馬岱は彼の話もする。
「他にも色々と同じ声かな、っていう人多いけれどね」
「ギースさんと幻十郎さんとかですね」
「そうそう、あの二人もよ」
 まさにその二人だとだ。馬岱は言う。
「そっくりじゃない、声も」
「二人共戦う時は上半身裸だし」
「それで筋骨隆々だしね」
「言われてみれば似てるな、あの二人」
 真吾もその通りだと納得するまでに。
「何か本当に世界って似てる人が多いんだな」
「真吾は意外だけれどね」
「何で敵なんだよ」
 真吾にとってはこのことが不服だった。しかしだ。
 それでもだ。今はだった。
 牛乳を飲み干し肉を食い。馬岱に言った。
「明日も楽しくやるか」
「真吾も泳ぐのね」
「これでも泳ぐのは結構得意なんだよ」
 それでだというのだ。
「ウィンタースポーツ、冬にやるのが一番好きだけれどさ」
「冬になの」
「ああ、冬にやるやつな。スキーとかああいうのな」
「雪使うのって雪合戦しか知らなかったけれど」
 こちらの世界ではだ。そうだったのだ。
「けれど。そうした体操もあるってわかって」
「面白いだろ、冬も」
「ええ。そのこともわかったわ」
「冬は冬で風情がある」
 鱗もこう言う。
「案外いいものだ」
「そうそう。結構ね」
 そんな話もする彼等だった。
「それがわかったわ、蒲公英もね」
「その真名はあれだな」
「春だな」
 ケイダッシュとラモンは自分から真名を言うことは避けて言った。
「春の花の名前だな」
「それをつけているか」
「そうなの。いい真名でしょ」
 馬岱自身もだ。自分の真名は気に入っていた。
 それでだ。今にこりと笑って言ったのである。
「気に入ってるのよ。自分でね」
「そうか。それはいいことだな」
「自分の名前を気に入れられるのはな」
「何なら真名で呼んでもいいのよ、皆も」
 こう四人に言う馬岱だった。
「けれど皆それはしないのね」
「文化が違うからだ」
 鱗はこちらの世界の真名を呼ばない理由としてこのことを挙げた。
「俺達に真名はないからな」
「そうよね。そっちの世界じゃそうよね」
「だからそれはしない」
 こう話すのだった。
「そういうことだ」
「成程ね。わかったわ」
「だから俺達は誰もあんた達の真名は呼ばない」
「一方がないともう一方はしないってことなのね」
「そこは御互いに違うな」
「そうね。けれど世界が違っても」
 それでもだと話す馬岱だった。
「蒲公英達t仲良くやっていけてるのは」
「それはいいことだ」
 ラモンはこの事実は受け入れられた。それも素直に。
「敵同士になるよりずっといい」
「そうそう。妙に気が合ったわよね、皆最初から」
「俺なんか最初この世界何だって思ったんだけれどな」
 真吾はこう言う。
「けれどそれでも。馬岱達と一緒にいたら」
「こっちの世界も楽しいでしょ」
「結構以上にな」
「そう言ってくれて何よりよ。じゃあ真吾も飲む?」
 何気にだ。真吾に酒を勧めるのだった。
「そうする?」
「あっ、俺は酒は」
「飲まないの」
「未成年っていうより酒よりもこっちの方飲めって言われてるから」
 牛乳をだ。泣きそうな顔で見ている。
「だからこれを」
「牛乳ねえ。そういえば真吾って牛乳は」
「嫌いなんだよ。実は」
 本当に泣きそうな顔でだ。その牛乳を飲んでいた。
「何か飲むと力が抜ける気がして」
「何処の超人だ?」
 真吾のその話を聞いてだ。鱗が突っ込みを入れる。
「大蒜を力の源にしている訳でもないだろうに」
「まあ何ていうかその辺りは」
「変わった奴だ」
 鱗は表情を変えずに述べる。
「普通牛乳は飲むと力が出るのだが」
「蒲公英だってそうだよ」
 その馬岱もだった。それは。
「牛乳飲むと力出るよ」
「だから俺の場合それは違って」
「けれどそれでも飲むんだ」
「皆から言われて。牛乳は飲むと身体にいいからって」
「そうよ。栄養の塊よ」
「わかってるんだけれど本当に」
 また泣きそうな顔で言う真吾だった。
「俺にとっては牛乳は」
「ううん。じゃあ馬乳は?」
 馬岱はここでこれを出した。
「馬乳ならどうなの?」
「馬乳っていうとあの」
「そう、文字通り馬のお乳よ」
 まさにそれだというのだ。尚馬岱は子供の頃からその乳を飲んでいる。
「知ってるわよね」
「ああ、知ってるけれどな」
「じゃあどう?飲んでみる?」
「牛乳みたいな味だよな」
「ちょっと違うわよ」
 味についても答える馬岱だった。
「同じお乳でもね」
「そうか。じゃあちょっと飲んでみるかな」
「はい、どうぞ」
 言ったすぐ傍からだった。馬岱は小さな壺を出してきた。そこに白いものが並々と入っている。
 それを見てだ。真吾は早速馬岱に尋ねた。
「それが馬乳か」
「そう。これがその馬乳よ」
「じゃあ早速」
 馬岱から受け取りだ。そのうえでだ。
 真吾は馬乳を飲んでみた。そしてこう言うのだった。
「あっ、結構合うかも」
「それは大丈夫なのね」
「っていうか美味いよこれ」
 馬乳についてはだ。明るい顔で話す真吾だった。
「これなら幾らでも飲めるから」
「よかったね。それと馬乳でもお酒できるから」
「あれか」
 ケイダッシュがその酒のことを聞いてすぐに言う。
「馬乳酒だな」
「それもあるけれどどう?」
「貰えるか?」
 ケイダッシュは馬岱の目を見つつ彼女に頼む。
「それも」
「いいわよ。それじゃあな」
「ああ、それではな」
 こうしてだ。ケイダッシュは馬乳酒を受け取った。そうしてだ。
 早速飲んでみる。それから言うのだった。
「美味いな、これも」
「そうでしょ。この国じゃこういうのって殆ど飲まれないんだけれど」
「馬岱のところでは飲むか」
「蒲公英や翠従姉様のいた涼州って異民族も一杯いたからね」
「その影響か」
「そう、それで飲むのよ」
 こうしただ。乳をだというのだ。
「他にもそっちの世界で言うヨーグルトやチーズ、バターもあるしね」
「あとあれだな」
 鱗がここで言った。
「蘇や酪、醍醐だな」
「そうそう、そういうのもあるから」
「あの、酪とか醍醐って」
 真吾は馬乳を飲みながらそうした食べものについて尋ねる。
「何かよくわからないけれどチーズみたいだよな」
「近いかも。そういえば」
「あれ美味いのかな」
「真吾の場合は牛乳のそれは駄目かもね」
「あっ、乳製品は大丈夫だから」
 それはいけるというのだ。
「そういうのはいけるんだよ」
「ふうん、駄目なのは牛乳だけなんだ」
「あれ飲むと本当に力が抜けてな」
「つくづく変わった体質ね」
 馬岱が聞いてもだった。真吾のその体質は。
「本当に大蒜を生命源にしてるの?」
「俺の場合は鰯と冷凍うどんなんだけれどなあ」
「どっちも牛乳関係ないよね」
「それでもそうなんだよ。牛乳飲むと本当に」
「訳がわからないっていうか」 
 馬岱は話を聞いてまた首を捻る。
「どうなってるのかしら」
「まあとにかくだ」
 ケイダッシュは話す二人の横から馬岱に対して言ってきた。
「馬乳酒まだあるか」
「はい、どうぞ」
 言ってだ。馬岱はまた壺を出してきた。ケイダッシュはそれを受け取りまた飲む。
 そうしながらだ。彼は言うのだった。
「これはいい。幾らでも飲める」
「お酒としてはあまり強くないからね」
「そうだな。これはな」
「そう。だからかなり飲んでも大丈夫だから」
 悪酔いはしないというのだ。
「いけるよ」
「わかった。じゃあな」
「俺達も飲むか」
 ラモンも応えてだ。そのうえでだ。
 彼等もだ。宿敵が迫っていることを感じていた。遊びの中にもそれが迫っていた。
 その夜にだ。ほたるはだ。
 黄蓋、そして孫尚香と共に夜の森の中を歩いていた。
 その中でだ。黄蓋がほたるにこんな話をした。
「夜の森は確かに危ない場所じゃ」
「獣が多く潜むからですね」
「獣は大体夜に動くものじゃ」
 その習性をだ。よくわかっての言葉だった。
「それに賊もおるしのう」
「賊も獣と同じですか」
「そうじゃ。同じじゃ」
 まさにだ。そうだというのだ。
「人に害為す者達じゃからな」
「確かに。言われてみれば」
「うむ。その者達が蠢くのが夜の森じゃ」
「では逆に言えばですね」
 そのことを聞いてからだ。ほたるは述べた。
「夜の森に入れば。彼等を」
「多く成敗できるのじゃ」
「そうなりますね。確かに」
「昼には見えぬものも夜には見えることもある」
 黄蓋はこれまでの人生経験からも話す。
「そして見えたものをどうするかが大事なのじゃ」
「ううん、夜の森はね」
 孫尚香はここでだ。その夜の森を見回す。
 最初は何も見えなかった。しかし今はだった。
 目が慣れ月明かりの中で色々なものが見える様になっていた。そうして見えるものは。
 梟、金色の目のそれにリス等の小動物達、それに蝙蝠達だ。そうしたものを見てだ。
 彼女もだ。頷きながら黄蓋に応えて言うのだった。
「確かに見えるわ。よくね」
「ふむ。小蓮殿はもう見える様になったか」
「見えるだけじゃなくてね」
 微笑みながらだ。孫尚香は黄蓋に話していく。
「聞こえるし。感じるわ」
「ほう、感じもするか」
「うん、色々な気配をね」
 それをだというのだ。
「感じるわ。ただね」
「ただとは?」
「まだ完全にはわかってない感じね」
 それは自分でもわかりながら話すのだった。
「この森にある気配」
「しかしはじめてでそこまでわかることは凄いことじゃ」
「そうですね。私も何とか」
 ほたるもだ。わかってきたというのだ。
 そうして夜の森を見回しながらだ。彼女は黄蓋と孫尚香に話した。
「感じてきました」
「ほたるもなのね」
「森の中の生きものの気配、昼よりも見えるものが少ないだけ余計に」
「そうじゃ。目だけ見るものではないのじゃ」
 黄蓋は微笑みだ。夜の森の見方をほたるに詳しく話す。
「耳で聞き、そして気配を感じ取りじゃ」
「そうして見るのですね」
「目で見るだけとは限らぬ」
 また話す黄蓋だった。
「そのことへの鍛錬になるのが夜の森なのじゃ」
「だからシャオ達をここに連れて来たのね」
「雪蓮殿や蓮華殿が幼い頃もこうして連れて来たものじゃ」
「目で見るだけじゃないから」
「うむ。シャオ殿は今そうしておる」
「つまりこれも教育なの?」
「そうなるのう。わしは教師ではないがな」
 孫家でのそれは二張だ。三姉妹にとってはかなり厳しい教師である。孫尚香にとっては姉達なぞ問題にならない位怖い存在だ。実は姉達は彼女には怒らないのだ。
 そのことは黄蓋も知っている。そうして孫尚香に話すのである。
「まあこういうことは教えられるからな」
「有り難う。じゃあ勉強させてもらうね」
 にこりと笑ってだ。孫尚香は黄蓋に言った。
「今ここでね」
「うむ。ではほたる殿もな」
「はい、お願いします」
 こうした話をしつつだ。三人は夜の森の中を歩いていく。そしてだ。
 三人同時にだ。眉を鋭くさせた。そのうえでだ。
 彼女達は同時にだ。顔を見合わせて話した。
「来たのう、何かが」
「ええ、何この気配」
 まずはだ。黄蓋と孫尚香が話す。
「この様な物騒な気配は滅多にない」
「オロチとも刹那とも違うわね」
「あの左慈とやらともまた違う」
「これは一体誰なの!?」
「まさか、この気配は」
 ここでだ。ほたるがだ。
 驚愕の顔になりだ。そのうえで言ったのだった。
「父さん!?あの人が」
「何っ、ほたる殿の父君じゃと」
「あの牙刀の目を潰したっていう」
「ひあ、あの人の気配です」
 まさにその男だとだ。ほたるは言うのである。
「間違いありません」
「ううむ、これまで姿を見せなんだが」 
 それはなかった。今までだ。
 しかしここでその気配を感じてだ。黄蓋もだ。
 その手にだ。弓を手にした。孫尚香もだ。
 小弓を出してだ。そのうえで言うのだった。
「出て来なさいよ!いるのはわかってるのよ!」
「そうじゃ。ここにおるな」
 黄蓋もだ。周囲の気配を探りながら言う。
「ほたる殿に何か用か」
「お父さん、一体どうして」
「ほたる、久しいな」
 声だけがだ。娘に言ってきた。
 しかし姿は見せない。その無気味な声だけが彼女に言ってくるのだ。
「見たところ元気な様だな」
「何故あの時お兄ちゃんの目を」
「さてな。しかしだ」
「しかし?」
「その目はなおったな」
 このことは知っていたのだった。彼もだ。
 そのうえでだ。こう娘に言ってくるのだった。
「ならば我とも充分に戦えるな」
「やっぱりお兄ちゃんと」
「牙刀だけではない」
 ほたるにだ。今度はこう告げる声だった。
「ほたる、御前ともだ」
「私とも戦う・・・・・・」
「間も無く姿を現す」
 そうしてだというのだ。
「その時に御前達をこの手で消してやる」
「見上げた外道じゃな」
 黄蓋はその声の言葉にだ。これ以上はないまでの侮蔑を見せて話す、
「実の子を手にかけるというのか」
「それが修羅の道」
「ふん、御主に言っておく」
 修羅と言っただ。その彼にだというのだ。
「修羅は人より弱いのじゃ」
「ほう、それは何故だ」
「修羅は戦しか知らぬ。しかし人はその他のものも知っておる」
 だからだというのだ。
「人は修羅より強いのじゃ」
「初耳だな。戦いのみを知っていればそれだけ強くなる筈だがな」
「御主は牙刀殿とほたる殿に敗れる」
 黄蓋は断言すらする。
「そうなることを言っておく」
「果たしてそうなるか我が証明してやろう」
「するがいい。わしの言葉が正しいことをな」
「黄蓋といったな」
 声はその黄蓋にも言ってきた。
 抑揚は見られない。だが敵意と闘争心には満ちている。
 その声がだ。こう彼女に言ってきたのである。
「二人の後は貴様だ」
「ほう、わしと闘うというのじゃな」
「そしてこの手で殺してやる。我を侮辱したことは許せぬ」
「安心せよ。御主は二人に敗れる」
「まだ言うのか」
「わしは嘘もはったりも言わん」
 平然とだ。笑みさえ浮かべて返す黄蓋だった。
「御主は二人に敗れるわ」
「言うものだな。こちらの世界の女は」
「こちらの世界の女全てを知らぬがわしは嘘は言わん」
 またこうだ。黄蓋は声に返した。
「御主は敗れるわ」
「その言葉覚えておくことだな」
「うむ、御主もな」
「また来る」
 忌々しげにだ。声は言ってきた。
「ではだ」
「お父さん、どうして」
 ほたるの声も聞かずにだ。声の主は気配を消した。そうしてだった。
 残ったほたるはだ。怪訝な顔になりだ。黄蓋に顔を向けて尋ねた。
「あの、さっきの御言葉ですけれど」
「ああ、あのことじゃな」
「はい、私達がその」
「御主にも言うがわしは嘘もはったりも言わぬ」
 黄蓋は微笑みだ。ほたるにもこう言うのだった。
「御主達はあの者に勝てる」
「そうなのでしょうか」
「戦しか知らぬ者の強さは限られておるのじゃ」
「ああ、そういえば仏教だったわね」 
 この頃に入って来た宗教についてだ。孫尚香はふと気付いて話してきた。
「六界があって」
「あっ、それでしたら私も知ってます」
「そっちの世界にもあるのね」
「はい、仏教でしたら」
 ほたるは孫尚香に話していく。
「その六界で」
「修羅界があるわね」
「修羅界は人界より下にあります」
「修羅って人より低い位置にあるのは」
 ほたると孫尚香が話しているとだ。ここでだ。
 黄蓋が微笑みだ。その二人に話した。このことについてもだ。
「そういうことじゃ。奴等は戦しか知らぬからじゃ」
「だから人より低い世界にあるのね」
「そうなるのですか」
「そして戦しか知らぬのでは強さも限られてくる」
 これもあるのだというのだ。
「そういうことじゃ。ほたる殿も然りじゃ」
「私もですか」
「人であることを捨て修羅にあえて落ちた者よりもずっと強い」
「多くのものを知っているからですか」
「左様じゃ。安心して戦うのじゃ」
 微笑みだ。そうしてなのだった。
 黄蓋はあらためてだ。二人に話した。
「では。もう少し歩くか」
「森の中をね」
「いい匂いがしてきた。果物が近くにあるな」
「あっ、そういえば」
「アケビの香りがしますね」
 孫尚香とほたるもだ。その香りに気付いた。そして言うのだった。
「じゃあそれ食べましょう」
「そこまで行って」
「うむ。行こうぞ」
 こう話してだった。三人はだ。
 そのアケビを食べに行った。だがほたるはだ。父との戦いのことについてだ。不安を感じずにはいられなかった。黄蓋のその言葉を聞いてもそれでもだ。


第百二十九話   完


                           2011・12・12



牙刀とほたるの父が登場か。
美姫 「声だけだけれどね」
父と闘う事を決意したみたいだけれど。
美姫 「やっぱり不安は感じるわよね」
修羅と化した父に挑む兄妹。その結末はいかに。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。



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