『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第十九話  劉備、張三姉妹を見るのこと

 劉備が加わった一行はだ。今は青州に入った。すると見間違えるばかりに豊かな田園と繁栄している街が次々に現われてきたのであった。
 一行は今青州のある街に来ていた。そこは人も多く店は何処も賑わっている。そして子供達の顔も明るい。その中の飯店の一店に入り朝食を食べながら話すのだった。
「徐州とは全然違うね」
「確かに」
 黄忠は馬岱のその言葉に頷く。
「何か。別の国に来たみたいに」
「それだけ政治が上手くいってるってことですね」
 孔明は理由をそこに見出していた。
「やっぱりしっかりとした領主がおられるとそれだけで違います」
「そういうことね。それでだけれど」
「はい、それで」
「私達が行くその幽州だけれど」
 キングはこのことを孔明に問う。
「領主はいなかったわね」
「そうなんですよね」
 本当に公孫賛のことは忘れてしまっていた。
「牧がおられなくて」
「だから牧はいるぞ」
 関羽がラーメンを食べながら話す。
「ちゃんとな」
「いましたっけ、牧は」
「だから公孫賛殿だ」
 彼女だというのである。
「何度も言っているが忘れるのか?」
「すいません、他のことは中々忘れないんですけれど」
 それでもだと。申し訳ない顔で話すのだった。
「どうしてもこのことは」
「そんなに忘れることか」
「覚えにくいです」
 孔明は困った顔で話す。
「何か聞いても次には忘れてしまって」
「そうだよね、この話って」
「何でかしらね」
 馬岱と舞もであった。
「どうしても。何度も聞いてもね」
「忘れるわよね」
「つまり忘れてもいいことでしょうか」
 香澄もこんなことを言う。
「だから忘れてしまうと」
「そうですね。皆何度聞いてもすぐに忘れてしまうことですから」
 ナコルルもそうだというのだった。
「それはやっぱり」
「人はどうでもいいことはすぐに忘れる」
 趙雲も言う。
「そういうことだな」
「いや、御主はそうは言えないだろう」
 関羽はメンマを食べているその趙雲に話す。
「客将として世話になっていたのだからな」
「しかしだ。影が薄いのも事実」
 言ってはならない事実だった。
「それならばだ」
「忘れられるのも道理か」
「公孫賛も気の毒な方なのだ。派手に有能でも派手に無能でもない」
 実際に公孫賛は無能でもない。しかし極めて有能でもないのだ。ここが問題であった。
「バランスも普通だ。性格も悪くはない」
「けれど派手さがないから」
「それで目立たない」
「そういうことなのね」
「そうだ。気の毒なことにだ」
「公孫賛っていうと」
 しかしであった。ここで劉備が言うのだった。炒飯を食べながら。
「ひょっとして白々ちゃんですか?」
「白々!?」
「劉備殿御存知なんですか?」
「はい、白々ちゃんならですね」
 関羽と孔明の驚いた顔に答えての言葉だ。
「私一緒の塾で勉強していました」
「そうだったのか」
「お知り合いだったんですね」
「いい娘ですよ」
 こう笑顔で話す。
「とても」
「そうか。しかし劉備殿」
「はい?」
「その白々というのは真名だな」
 趙雲が指摘するのはこのことだった。
「そうだな」
「はい、そうですけれど」
「それはいいのだが」
「はい」
「公孫賛殿の真名は白蓮だ」
 指摘はこれであった。
「白々ではないぞ」
「あれっ、そうだったんですか」 
 今ようやくわかったという顔の劉備だった。
「ずっと白々ちゃんって思ってました」
「そうだったのか」
「そうですか。違ったんですね」
「そもそも真名を知っている者も非常に少ないのだがな」
 趙雲はこのことも話す。
「しかしよく覚えておいてくれ」
「わかりました」
「白々だ」
「それはわざとだな」
 最後は関羽が趙雲に突っ込みを入れる。そんなやり取りだった。
 そうしてだ。そんなやり取りをしたうえで店を出る。すると一行の横の壁に一枚の貼り紙があった。そこには三人の少女達の絵があった。
「あっ、この三姉妹は」
「どうしたのだ?劉備殿」
「今人気急上昇中の張三姉妹ですよ」
 その貼り紙を笑顔で見ながら関羽に話す。
「この街に来てるんですね」
「そういえばだ」
 ここ趙雲は顎に左手を当てて考える顔で述べる。
「今この街に有名な旅芸人の一座が来ていると聞いたが」
「この人達みたいですね」
 孔明も言う。
「そういえば私も聞いたことがあります」
「行きましょう」
 劉備はすぐにこう皆に提案した。
「今からすぐに」
「何っ、催しにか」
 関羽はそれを聞いて思わず驚きの声をあげた。
「そうなのか」
「はい、今すぐにです」
 劉備は笑顔のままだ。
「行きましょう」
「しかしだ」
 だが関羽はそう言われてだ。難しい顔になるのであった。
「それは。どうも」
「駄目、ですか?」
「ううむ、北に早いうちに行かねばな」
 だからだというのであった。
「北で大掛かりな戦があるしな」
「ですが催しは今日中で終わりますよ」
「ううむ」
「少し急げば間に合いませんか?」
 劉備は必死に話す。
「ですから今はですね」
「そうだよな、いいよな」
「その通りなのだ」
 ここで馬超と張飛が劉備の側についた。
「たまにはな。催しを見るのもな」
「お金もこの前のナコルル達の歌でかなり手に入っているのだ」
 最近彼女達もお金ということに困らなくなってきていた。賑やかになってそれぞれに芸が備わっているからだ。だからである。
「だからいいんじゃないか?」
「鈴々もそう思うのだ」
「しかし」
「どうしてもですか?」
 劉備は今度は涙目になってきた。
「それは」
「それはその」
「駄目なんですか?」
 劉備の目はさらに泣きそうなものになる。
「折角来てるんですけれど」
「それは」
「いいんじゃないかしら」
 今度は黄忠が言う。
「娘にも。たまにはこういうことも」
「紫苑殿も言うのか」
「はい、いいと思いますよ」
「愛紗、そんなに堅苦しくなることはない」 
 趙雲も笑って話す。
「何進大将軍殿はまだ都を発っておらぬそうだしな」
「まだ北に到着するまで時間があるか」
「そうだ。袁紹殿と曹操殿もまだ軍を南皮に向かわせている最中だ」
 そこから北に向かうというのである。
「だからだ。時間はある」
「そうか。それなら」
「そうですね。この国の催しも興味がありますし」
「そうだね」
 キングは笑顔でナコルルの言葉に頷く。
「それなら是非」
「行かないとね」
「そうね。私も賛成するわ」
 舞もであった。
「それでね」
「今気付いたんですけれどナコルルさん達って声似てますね」
 孔明はこのことを話した。
「それもかなり」
「そうなのよ。それで聞き間違えることがあるから注意してね」
 香澄は孔明にこう話してから自分の意見を述べた。
「私も賛成だから。劉備さんに」
「わかりました。じゃあ賛成多数ですね」
 孔明はここで話をまとめた。
「それなら」
「そうだな。たまにはいいか」
 生真面目な関羽もここで遂に折れた。
「それならな」
「はい、じゃあ行きましょう」
 劉備は笑顔であらためて話す。
「その催しに」
「それじゃあ今から行くとしよう」
 趙雲が音頭を取る。
「その催しにだ」
 こう話してだ。皆でその催しに向かう。するとそこに行くとであった。
「うわ、これはまた」
「かなり派手ですね」
「派手というものじゃない」
 関羽は唖然とした顔で劉備に答える。そこは黄色い法被を着た男達で一杯だった。そして様々なものが売られているのであった。
 その中にはだ。服もあった。そして張三姉妹の絵もあった。
「あれっ、この張角って娘」
「そうだな」
 キングは舞のその言葉に頷いていた。
「劉備そっくりね」
「そうよね、髪の色は違うけれど顔もスタイルもね」
 そうしたところまでそっくりだというのである。
「何もかもそっくりよね」
「この抱き枕も」
 香澄はその張角の抱き枕も見る。見ればそれは彼女のピンクのビキニ姿が描かれている。その胸の大きさも確かに劉備そっくりだった。
「髪の色は違うけれど」
「それ以外は」
「それだったら」
 今度は馬岱が何かを持って来た。それは。
「劉備さん、これ来てみて」
「それは?」
「服、ここで売ってる服よ」
 それだというのだ。
「これ張角さんのデザインした服なんだって」
「それがなんですか」
 見ればだ。えんじ色のスカートに白いシャツに緑の上着である。デザインは何処か関羽のそれに似ているものだった。それを出してきたのだ。
「張角さんデザインの」
「どうですか?これ」
「あっ、安いですね」
「そうですね」
 ナコルルと香澄はもうこの国の貨幣の価値をおおよそわかっていた。
「ここで買ってもいいですね」
「これ位の値段なら」
「そうですね。絶対に似合いますよ」
 孔明も服と劉備自身を見ながら笑顔で話す。
「劉備さんなら」
「そうですか。それじゃあ」
「その旅の服も随分とくたびれてきているしな」
 趙雲は劉備今着ているその服を見ていた。
「丁度着替えていいのではないのか」
「わかりました」
 こう話してであった。劉備はその服を着てみた。するとそのデザインも関羽が着ているその服に実によく似ているものであった。
 それを見てだ。関羽がまず言う。
「確かに似ているな」
「鈴々もそう思うのだ」
「私の服にな」
「あと張角に似ているのだ」
「ううん、そっくりですか」
「確かにそうだな」
 趙雲は周りにある張角の内輪や絵も見て述べた。
「髪の色が違うだけでだな」
「そうよね。おっぱいだって」 
 馬岱は少し羨ましそうに劉備の胸を見ている。
「大きいし」
「そっくりだよな、そこも」
 馬超もその胸を見ている。しかし彼女の胸も結構立派なので羨ましそうではない。
「何でなんだろうな」
「まあ話していても仕方ないから」
 ここで言ったのはであった。黄忠だった。
「とりあえず会場に行きましょう」
「そうですね、それじゃあ」
「今から」
 こうして全員で会場に向かおうとする。その時だった。
 オレンジの棒型のキャンデーを見つけたのだった。
「むっ、これは」
「キャンデーなのだ」
 すぐに関羽と張飛が答えた。
「ふむ、蜂蜜のキャンデーの様だな」
「これを買うのだ」
「全く。鈴々は食べることばかりだな」
「人間食べないと死ぬからいいのだ」
「全く。しかしまあいい」
 関羽は苦笑いを浮かべながらもそれでいいとした。そうしてだ。
「人数分買おうか」
「そうですね。それじゃあ」
 孔明が笑顔で言ってであった。そのうえでキャンデーを人数分買う。そうしてそのうえで楽しく舐めながら会場に向かうのだった。
 その舐め方はだ。先を舐めたり咥えたり頬張ったり横からしゃぶったりだった。そうして舐めながらそれぞれ歩いていくのだった。
 その時にだ。ふと劉備が言う。
「そういえばですけれど」
「どうしたのですか?」
「皆さん黄色いグッズに身を包んでますね」
 こうナコルルに話す。
「黄色がトレードマークなんですね」
「そうですね。この三姉妹のイメージカラーみたいですね」
 それを香澄も言う。
「どうやら」
「黄色い法被に黄色いメガホンに黄色い団扇」
 どれも黄色だった。
「嫌でも目立つね」
「確かにね」
 キングと舞も話す。そうしてだった。
 会場に入るとだ。劉備がうきうきしながらまた話す。
「そうそう、三姉妹の舞台も凄いんですよ」
「ステージはそんなに変わらないが」
「私達の時代の舞台とね」
 キングと舞はまた言う。
「演出か」
「それなのね」
「はい、演出が凄いんですよ」
 そうだというのだった。
「妖術を使った演出で」
「妖術か」
「それなんだ」
「はい、妖術です」
 劉備のうきうきとした言葉は続く。
「それが凄いんですよ」
「それなら楽しみにしておくか」
 関羽も言う。
「是非な」
「そうなのだ。さあ、はじまりなのだ」
 張飛も言った。そうしてである。
 歓声があがる。それは。
「ほおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「ほおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「むっ、この歓声は」
「また随分と独特だな」
 趙雲と馬超がその歓声を聞いて述べた。
「しかもかなりの人数だな」
「これは」
「しかもですね」 
 今度は黄忠が話す。舞台に七色の光が乱舞し黄色い煙が沸き起こる。
 それを見てだ。皆まずは大いに驚いた。
「おい、この舞台は」
「そうですね。想像以上です」
 香澄が関羽に述べる。
「私達の時代のそれに匹敵します」
「こんな舞台は見たことがないのだ」
「ああ、そうだな」
 張飛と馬超も話す。
「只の旅芸人のそれじゃないのだ」
「これが妖術を使った演出か」
「ふむ、凄いものだな」
 趙雲も思わず唸る。
「これがこの舞台か」
「凄いですよね」
 劉備はもう完全に舞台と一体になっている。
「楽しんで観られますね」
「何か劉備さんって」
「そうよね」
 孔明と馬岱はその劉備を見て話す。
「思った以上に乗りやすい人ですね」
「けれどそれがいいよね」
 そんな話をしてであった。三姉妹が出て来るのを待った。
 三姉妹は派手な衣装を着てだ。賑やかに出て来た。
「皆お待たせーーーーーーーーーーーっ!!」
「待ったーーーーーーー!?」
「はじめるわよ」
「あれがか」
 関羽はその三姉妹を見ながらまた話した。
「あれが三姉妹か」
「はい、まずは張角ちゃん」
 真ん中のその劉備によく似た少女を見て話す。
「癒し系ですよ。一番上のお姉さんです」
「本当に似てるね」
「そうですね」
 舞とナコルルが言う。
「劉備にね」
「そっくりですよね」
「それで左にいるのがですね」
 青い髪の明るい顔の少女を見ている。
「あれが張宝ちゃんです。ムードメーカーです」
「三人の中で一番明るい?」
「そうですね」
 今度はキングと香澄が話す。
「胸はないけれどね」
「それでも」
「そして右手が張梁ちゃんです」
 劉備は紫の髪の眼鏡の少女を見て話す。
「末っ子でまとめ役です」
「三姉妹勢揃い」
「これで」
「姉妹だけあって息も凄く合ってて」
 劉備はうきうきした声で話す。
「それに歌も踊りも凄いんですよ」
「そうですね。あの人達は凄いですよ」
 孔明もここで言う。
「かなり期待できます」
「さて、はじまるぞ」
「いよいよなのだ」
 そうしてはじまるとだった。姉妹の歌も踊りもかなりよかった。
「んっ!?これって」
「凄いよね、これって」
 関羽と馬岱が話す。
「ここまでとは」
「舞台もきらきらしてるし」
「かなり凄いね」
 舞も思わず唸る。光が交差し黄色い煙がまた沸き起こる。そのうえでだ。
 観客達がまた歓声を起こす。
「ほおおおおおおおおーーーーーーーーーーっ!!」
「ほおおおおおおおおーーーーーーーーーーっ!!」
「天和ちゃーーーーーーーーん!!」
 まずはこの名前が出された。
「地和ちゃーーーーーーーーん!!」
「人和ちゃーーーーーーーーん!!」
「三人の真名ですよ」
 今言ったのはまた劉備だった。
「それで呼び合うことになってます」
「そうなのか」
 また頷く関羽だった。
「通称みたいになってるな」
「そうなんです、それが通称なんですよ」
「そうか。それにしても凄いな」
「アイドルだな」
 キングは三姉妹をこう評した。
「これは完全にな」
「ううん、本当にこれ程なんて」
 また言う舞だった。
「この舞台、想像以上よ」
「三人の息が合っているしね」
 馬岱は三姉妹の動きを冷静に見ていた。
「それも大きいわよ」
「確かにですね」
 孔明も頷く。そうして舞台を見ていく。一段落してからだった。
 まずは張角が言ってきた。
「それじゃあ皆」
「いつもの行くわよ」
「いいかしら」
 張宝と張梁も続く。そうして。
「皆大好きーーーーーーーーーーっ!!」
「皆の妹ーーーーーーーーーーーっ!!」
「とても可愛い」
 こう言うとだった。観客達がまたしても叫ぶ。
「ほおおおおおおおーーーーーーーーーーーっ!!」
「ほおおおおおおおーーーーーーーーーーーっ!!」
「この叫びは変わらないな」
 趙雲はその叫びを聞いて言った。
「これが三姉妹の応援の特徴か」
「そうみたいね」
 黄忠もそれに頷く。そして見ていると。
「あら」
「お母さん、どうしたの?」
「あそこで」
 娘に観客席のある場所を指差す。するとそこで。
「おい、押すなよ」
「そっちこそ押すなよ」
 悶着が起こっていた。
「押したのはそっちだろ」
「御前だろうが」
「何っ!?この野郎」
「やるのか!?」
「おう、やるか!」
「えっ、ちょっと」
 舞台でそれを見てだ。張角は困惑した顔になった。
 そのうえでだ。その場所に声をかける。
「皆、喧嘩したら駄目だよお」
「そうよ、そんなことしないでよ」
「明るく楽しく」
 張宝と張梁も言う。しかし喧騒はさらに大きくなる。
「御前が悪いんだろ」
「いや、御前だろうが」
「御前だ」
 こう話してだ。そのうえでだ。 
 つかみ合いになろうとする。それに周りも巻き込まれる。
「何だこいつ!」
「静かにしろ!」
「うるせえ!」
「やるのか!」
「おう、やってやらあ!」
「まずいね」
 キングがそれを聞いて呟く。
「これは」
「止めましょう」
 孔明が言う。
「ここは」
「いい加減にするのだ!」
 すぐに張飛が怒った。
「ここは皆で楽しくやる場所なのだ!喧嘩は止めるのだ!」
「そうだ、止めろ!」
 馬超が続く。
「騒ぐのなら外でやれ!」
「外で?」
「そうだよな」
「騒ぐ場所じゃないだろ」
「なあ」
 皆もそれを言うのだった。
「そんなことをしてもな」
「どうしようもないだろ」
「おい、止めろよ」
「それならな」
 周りも落ち着きを取り戻した。そうしてだった。
 彼等はだその騒ぐ面々に対してだ。静かに言った。
「騒ぐなら外でしろよ」
「いいな」
「だから落ち着け」
「わかったな」
「ああ、わかった」
 こう話してだった。騒ぎを鎮めたのだった。
 これで舞台は元に戻った。そうしてだ。
 張角がだ。また話す。
「それじゃあ気を取り直してね」
「そうね、それだったら」
「賑やかな曲ね」
 張宝と張梁も言ってだった。あらためて舞台で歌うのだった。
 騒ぎを終わらせて舞台はまた賑やかになった。水を差されたことも忘れてそのうえで無事に終わったのだった。結果としていい舞台だった。
 劉備達は舞台を見てからあらためて北に向かった。
「さて、これからだな」
「北の異民族の討伐なのだ」
 関羽と張飛が言う。
「烏丸、敵としては手強いが」
「それでもやっつけてやるのだ」
「はい、さもないと幽州の人達が困ります」
 孔明もこのことを言う。
「ですから絶対に」
「行くか。だが」
「どうしたんだ?」
「我々も馬が必要だな」
 趙雲は馬超に告げる。
「相手は馬と共に生きているような連中だからな」
「そうだよな。匈奴とかと一緒だからな」
「匈奴は今は袁紹さんに組み込まれたけれどね」
 馬岱もそれは話す。
「それで烏丸だけはなのね」
「何度考えてもおかしいんですよね」
 孔明は歩きながら腕を組んで考える顔になっていた。
「烏丸は袁紹さんの懐柔策もあってむしろ匈奴よりも穏健だったんですが」
「それが暴れるというのは」
 黄忠も難しい顔になって話す。
「おかしなことね」
「煽っている奴がいるのかしら」
「有り得るな」
 キングは舞のその言葉に頷いた。
「それも」
「そうよね。それか袁紹がミスしたとか」
「袁紹さんは政治ではおかしなところはない人でしから」
 孔明はそれは否定した。
「確かにムラッ気の多い方ですけれど」
「それじゃあ一体」
「どうしてでしょうか」
 ナコルルも香澄も考える顔になる。
「こうなったのは」
「何があったのか」
「それも今はわからないですけれど」
 孔明は腕を組んで一同に話す。
「何はともあれ北に行きましょう」
「そうだね。それじゃあね」
「今から」
 皆そんな話をしながら北に向かうのだった。
 彼女達が幽州に向かったその時にだ。三姉妹は難しい顔で宿にいた。そうして黄色い服を脱いで普段着になって話をしていた。
「あの時は無事に収まったけれど」
「そうよね」
「一歩間違えてたら」
 こう話すのだった。
「大騒ぎになってたし」
「今度あんなことになったらどうしよう」
「まずいけれど」
 三姉妹が不安に思っているとだ。そこにバイスとマチュアが来て言う。
「その心配には及ばないわよ」
「安心して」
 こう三人に言うのである。
「対策はあるから」
「だからね」
「対策?」
 それを聞いた張梁が眼鏡の奥の目を向けた。
「何、それは」
「舞台を護る人を雇えばいいのよ」
「それでいいわよ」
 こう話すのだった。
「それでね」
「充分だと思うわ」
「雇うの?お金大丈夫なの?」
 張宝は自分のことは一旦棚にあげてその心配をした。
「雇うってなると」
「今なら大丈夫よ」
「それはね」 
 バイスとマチュアはまた話す。
「お金は今はたっぷりあるし」
「それ位何とでもなるわよ」
「そうなの」
 それを聞いて最初に声をあげたのは張角だった。
「お金の心配はいらないの」
「所謂親衛隊ね」
「それを作ればいいのよ」
 バイスとマチュアは彼女達の時代の言葉も出した。
「それでどうかしら」
「すぐにでも集めるけれど」
「そうね。それだったら」
「いいんじゃない?」
 張梁と張宝がまず頷いた。
「今度あんな騒ぎが起こったら大変だから」
「それだったらね」
「そうよね、皆仲良くしないといけないし」 
 張角はこのことを心から願っていた。
「それならね」
「それじゃあ話は決まりね」
「そういうことね」
 バイスとマチュアはここまで話を聞いて満足した微笑みになった。
「それじゃあ早速」
「人を集めるわよ」
「何かどんどん凄いことになってるね」
 張角はこのことを実感していた。それを言葉にも出した。
「私達も」
「ついこの前までしがない旅芸人だったのにね」
「そうね。それが今や」
 張宝と張梁もそのことを実感していた。
「親衛隊とかなんて」
「想像以上よ」
「それが貴女達の実力よ」
「そういうことよ」
 バイスとマチュアは今度は二人を持ち上げてみせた。
「実力だからね」
「それに見合ったものなのよ」
「そう、だったらいいわ」
「そうよね、実力ならね」
「それでいいけれど」
 三人はまずはそれは素直に喜んだ。
「太平要術の書があるけれど」
「あれ、凄い力があるしね」
「そうね」
「ただ」
「どうにもね」
 バイスとマチュアはここでは二人だけでひそひそと話をした。三人に聞こえないようにしてそのうえでだ。
「この三人は売れたいという気持ちは強いけれど」
「野心はないし」
「穏やかな性格だしね」
「邪気もないわ」
 少なくとも人間としては悪人ではないことを見抜いていたのだ。
 そうしてだ。二人は話を止めてそのうえでまた三人に話す。
「そういうことでね」
「いいわね、それで」
「三人共」
「うん、いいよ」
 張角がにこりと笑って答えた。
「それでね」
「ええ、じゃあ」
「それでね」
「あとだけれど」
 張角は頷いた二人にさらに言ってきた。
「二人共晩御飯は食べたの?」
「晩御飯?」
「それ?」
「ええ、それ食べたの?」
 こう問うたのである。
「それはどうしたの?」
「ええ、それはね」
「もう食べたわ」
 すぐに答えたのであった。
「だから気にしないで」
「貴女達も食べなさい」
「うん、わかったわ」
 張角は二人の言葉に納得してにこりと笑って頷いた。
「それじゃあ」
「じゃあ何食べる?」
「何処に行こうかしら」
 張宝と張梁もここで話にまた加わる。
「ラーメンがいいわよね」
「そうね。点心も」
「お姉ちゃん天津飯がいいなあ」
 張角が言うのはそれだった。
「それがいいかなあ」
「まあとにかくお店に言ってね」
「それで決めましょう」
「そうね、そうしよう」
 張角は妹二人の言葉ににこりと笑って応えた。そうしてだった。
「それじゃあ何処かのお店にね」
「行ってそれで」
「三人で楽しくね」
 三人はいつも一緒だった。それが変わることはない。しかしその裏では。
 また闇の中でだ。話をしている者達がいた。まずは一人が言った。
「北だが」
「はい、いよいよですね」
「烏丸だけでいいのだな」
 こう相手に問うていた。
「それだけで」
「はい、今はそれでいいです」
「そうなのか」
「烏丸だけで」
「今は少しずつでもいいのです」
 声は楽しげに笑っていた。
「少しずつ集めるだけで」
「戦を起こさせてそれで集める」
「怨嗟もまた」
「戦というものは我々の目的に非常に重要なもの」
 こう言って笑いもしていた。
「ですから」
「それだけではありませんね」
 女の声もしてきた。
「私が宮中に入った理由は」
「そうです、何進には気付かれていませんか」
「全く」
 女の声は楽しげに笑っていた。そのうえで言っていた。
「気付かれていないわ」
「そうですか。それは何よりです」
「ただ曹操や袁紹には嫌われているわね」
「まだ面識がないというのに」
「それでもか」
「あの二人は所詮宦官の孫に妾腹」
 二人が気にしていることを楽しげに言ってみせた。
「私の様な完璧な血筋は持っていないわ」
「そして血筋だけでなく」
「力もまた」
「ええ、持っていないわ」
 今漢に大きな勢力を築いている二人をもこう評していた。
「私程にはね」
「この世界の袁紹は思ったより有能だがな」
「袁術もそうみたいだな」
「そうね、確かに」
「ゲーニッツが言っていたね」
 一人の名前も出て来た。
「この世界に無能な者は少ない」
「確かにそう」
「むしろその方が好都合かも知れませんね」
 ここでまた声が言った。
「有能である方が」
「無能ならば何なく消える」
「しかし有能ならばあがく」
「だからこそ」
「はい、それだけ我等の糧を与えてくれます」
 だからだというのであった。
「ですから」
「そういう考えもあるか」
 考える声も出て来た。
「それも」
「そうね、それもね」
「あるよね」
 他の声もそれに頷いたのだった。
「それじゃあここは朧に任せて」
「北は」
「それで左慈は」
 この名前も出て来た。
「今は一体」
「御安心下さい。万事順調に進めていますよ」 
 一人の声がこう返したのだった。
「ミヅキさんでしたね」
「ああ、あいつだ」
「彼女も今は左慈と一緒だったわね」
「北で上手くやっておられます」
「そうか、ならいい」
「そういうことならね」
「そうです。左慈なら問題ありません」
 また言われるのだった。
「ですから」
「烏丸は小手調べ」
「今はあの三姉妹に仕込ませている」
「そして次は」
「洛陽」
 都の話もここで出て来た。
「洛陽はどうか」
「任せてもらうわ」
 あの女の声がここでまたした。
「何進は今では私を腹心だと思っているわ」
「絶対の信頼を得たのですね」
「そうよ。そしてあの宦官連中は」
「ああ、何の問題もありません」
 一人の男の声がそれはいいとした。
「あれはどうとでもなります」
「そうなのね」
「所詮は宮中に巣食う鼠に過ぎません」
 宦官達についてはこう言うだけであった。
「ですから」
「わかったわ。じゃあそれでね」
「それで御願いします。そして」
「そして?」
「今度は何だ?」
「まだあるのかしら」
「この世界の英傑達も来ている戦士達も」
 不意に話の対象を変えたのだった。
「最後には全員消えてもらいましょう」
「ええ、そうね」
「それはな」
「然るべき時に」
 これは他の声達も頷いたのだった。
「しておくか」
「そういうことね」
「さて」
 話をここでまとめてだった。
「ではまた会い」
「そして駒を置いておくか」
「今はね」
 闇の中での話だった。それが行われているのであった。それは何かしら得体の知れない邪悪さも含んでそこに強く存在していた。


第十九話   完


                                      2010・6・15



張三姉妹のコンサートに偶然にも出くわしたみたいだな。
美姫 「でも、今回は顔を合わせたりとかはなかったみたいね」
だな。関羽たちはそのまま北へと向かうみたいだし。
美姫 「さて、どうなるかしらね」
次回も待っています。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る