『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                             第二十話  公孫賛、気付かれないのこと

 劉備達は幽州に入った。するとだ。
 幽州には次第に物資が集まりだしてきていた。そして人も賑やかに動き回っている。一行が入った街中はそんな状況であった。
「戦が近いですね」
「そうだな」
 関羽は孔明の言葉に頷いた。
「間違いなくな」
「はい、大きな戦いになりますね」
「それで烏丸の軍勢は今何処にいるのだろうな」
 趙雲も慌しく動き回る人々を見ながら言った。
「それが問題だが」
「あいつ等全員馬に乗るから動きが速いからな」
 馬超はこのことを言う。街中は食糧を運び込む者や槍や弓を持っていく者でごったがえしていた。そうしたものを見ながら話すのだった。
「だから。何処にいるのか調べるのは難しいぜ」
「そうなのだ。あの連中はとにかく動きが速いのだ」
 張飛もそれを困った顔になって言う。
「それで何とかしないといけないのだ」
「そうなんだよね。匈奴といい烏丸といいね」
 馬岱と溜息と共に話す。
「鬱陶しいったらありゃしないわよ」
「しかし今北で残っているのは烏丸だけだ」
 関羽はこのことを話す。
「それならここで頑張るべきだな」
「そうね。さもないと困るのは民だから」
 黄忠はまず彼等のことを考えて強い目になる。
「だから余計に」
「さて、それじゃあまずは宿なのだ」
 ここで張飛が言った。
「それを決めるのだ」
「そうですね。何処がいいですかね」
 孔明も周囲を見回しながら述べる。
「幽州は寒いですしあったかい場所がいいですけれど」
「おい、桃香じゃないのか?」
 ふと一部には懐かしい声がやって来た。
「そこにいるのは桃香じゃないのか?」
「あの、真名を呼ぶのは」
 流石にそれは劉備も少しむっとなった。
「失礼ですよ、それは」
「私ならいいだろう?」
 しかし声の主はこう言うのだった。
「それは。私と御前の仲じゃないか」
「あっ、この声は」
 最初に気付いたのはナコルルだった。
「確か」
「知ってるの?」
「お知り合いですか?」
「はい、そうです」
 ナコルルは舞と香澄の言葉にも答えた。
「以前この幽州で聞きました」
「ってことは」
「関羽さん達ともお知り合いですね」
「そう思います。ただ」
「ただ?」
 今度はキングがナコルルに問うた。
「どうしたんだい?」
「お名前がどうしても思い出せなくて」
 ナコルルが思い出せるのはここまでだった。そうして困った顔になっていると。
 あの彼女が来た。そして劉備のところまで笑顔で駆けてきたのだ。
「久し振りじゃないか、こっちに来ていたのか」
「あっ、白々ちゃん」
「白蓮だ」
 それはすぐに突っ込み返す。見れば公孫賛だった。
「真名もいい加減覚えてくれ」
「えへへ、御免なさい」
「全く。本当に変わらないな」
 公孫賛は舌をぺろりと出して謝罪する劉備に対して腕を組んで少しむっとした顔になって述べた。
「御前は」
「そうかなあ」
「ああ、全く変わってない」
 また劉備に対して言う。
「何もかもな」
「何もかもって?」
「顔も髪型も」
 まずはその二つだった。
「そして胸も」
 次にその巨大な胸だった。
「何一つ変わってないわ」
「そうかなあ。私も変わったけれど」
「変わっていない。だがそれでいい」
 しかし公孫賛はここでこうも言ってみせた。
「御前は御前でな」
「そういえば白々ちゃんも変わってないね」
「白蓮だ」
 このやり取りを繰り返す。
「だから子供の頃から何度間違えているんだ」
「ええと、確か」
「ああ、それは数えなくていいからな」
 劉備が実際に目を上にやって考えそうになったところで注意した。
「もうな」
「うん、じゃあ」
「それでどうしてここに来たんだ?」
 公孫賛はあらためてこのことを問うた。
「烏丸の討伐に参加するのか?」
「そのつもりだけれど」
「そうか、それは何よりだ」
 公孫賛は劉備のこの言葉を聞いて笑顔になった。
「それならだ。丁度人手がなくて困っていた」
「困ってたの」
「桃家荘に基地を置きたかったがそこに人がいなくてな」
「そこに入って欲しいのね」
「前線基地にもなるし補給基地にもなる」
 公孫賛は話す。
「そこに入ってもらえるか」
「うん、いいよ」
 劉備はにこりと笑って答えた。
「丁度宿もこれから探すところだったし」
「宿どころかそこにずっといて欲しい位だ」
「ずっとなのね」
「とにかく今幽州は人がいない」 
 公孫賛はこのことを困った顔で話す。
「だからな。御前さえよかったらずっといてもらいたい位だ」
「幽州ってそんなに困ってるの?」
「牧がいませんからね」
 孔明が馬岱の囁きに答える。孔明もまさか目の前にいる劉備と親しげに話す少女がその幽州の牧だとは夢にも思っていない。
「困ったことに」
「じゃああの人は何なのかな」
 馬岱はこっそりとその公孫賛を指差しながらまた囁く。
「劉備さんとお知り合いみたいだけれど」
「多分幽州の豪族だと思います」
 孔明はそう見たのだった。
「おそらくは」
「じゃあ今回は徴用されてなのかな」
「多分そうだと思います」
 また答える孔明だった。
「あまり目立たないですし」
「その通りなのだ」
 張飛も公孫賛をいぶかしむ目で見ながら話す。
「何処かで見た気がするのだ。けれど」
「そうだな。わからないな」
 趙雲もここで言う。
「誰だったかな」
「おい、御主はわざとだろう」
 関羽がその趙雲に対して言う。
「かつて仕えていたではないか」
「じゃああれが・・・・・・ええと」
 馬超も名前を出せないでいた。
「誰だったかな」
「確か顔良さん?」
 黄忠も思いきり間違える。
「袁紹さんの部下の」
「顔良はまた違う奴なのだ」
 張飛は彼女のことは覚えていた。
「けれどあいつは間違いなく何処かで見たのだ」
「おお、関羽達もいたか」
 その公孫賛は今度は笑顔で関羽達を見て言ってきた。
「久し振りだな。公孫賛だぞ」
「ああ、そうでした」
 ナコルルがここではっとした顔になった。
「公孫賛さんでした」
「ああ、あれがその」
「影の薄い人ね」
 キングと舞はかなり失礼なことを言う。
「噂には聞いていたが」
「本当に誰だかわからなかったわ」
「何か目立たない人ですね」
 香澄もこっそりと一同に囁く。
「側にいてもわからない様な」
「皆、白々ちゃんだよ」
 その証拠に劉備はまた真名を間違えていた。
「私の古い友達なんだ」
「白蓮だ。同じ師匠の下で学んでいたのだ」
 恒例のやり取りからだった。全てははじまった。
 こうして劉備達はその公孫賛の行為で桃家荘に入ることになった。すると孔明はこの村にすぐに城壁を築き壕を掘らせたのだった。
「はい、ここはこうですね」
「こうですね」
「これでいいんですね」
「はい、御願いします」
 設計図を見ながら兵士達や協力を申し出た村人達に言う。兵達は公孫賛の兵達である。
「ここにかなりの物資や兵隊さん達が来ますし」
「それでこうして城壁や壕をか」
「それだけではありません」
 孔明は関羽の問いに答える。
「まだあります」
「理由は他にもあるのか」
「この村の将来の守りです」
 孔明はそこまで考えているのだ。
「ですからこうして壁と壕をです」
「築いておくのか」
「備えあれば憂いなしです」
 孔明はまた言った。
「ですから」
「そうか、そこまで考えているのか」
 関羽は孔明のその深謀に感心した。
「流石だな」
「いえ、そんな」
 褒められるとだった。孔明はその顔を赤くさせた。
「私はただ」
「いや、これでこの村は守りを手に入れた」
 関羽はこのことをまた話す。
「それはいいことではないか」
「はあ」
「貴殿によりこの村は救われる」
 関羽は微笑んでさらに言う。
「これを善行と言わずして何と言うか」
「そうね。それはそうと」
「どうした?」
 関羽は黄忠の言葉に顔を向けた。
「何かあったのだ?」
「斥候に出た鈴々ちゃんに翠ちゃんだけれど」 
 黄忠は二人のことを話すのだった。
「三日戻ってないけれど大丈夫かしら」
「そうだな。気になるな」
 趙雲もそれを話す。
「少し見に行くか」
「そうだな、行こう」
 関羽も趙雲の言葉に頷く。
「探索にな」
「そうするか」
 こう話してだった。二人で馬を出して探索に出た。するとであった。
 まず張飛はだ。一人の大柄な男と対峙していた。
 その張飛に関羽が声をかけた。
「おい、鈴々」
「愛紗なのだ?」
 関羽の言葉を背に受けながら問い返してきた。
「来てくれたのだ」
「何だ、この大男は」
「わからないのだ。もう三日こうして戦っているのだ」
「決着がつかないのか」
「何か物凄く強いのだ」
 こう言うのであった。
「三日間時々御飯を食べながらこうして戦っているのだ」
「その通りだ」
 男の方からも言ってきた。見れば日の丸の鉢巻をしていて下は白いズボンの様な服に下駄である。上半身は裸で細い目と四角い顔、角刈りである。
「こうして戦っている」
「ふむ。貴殿名前は?」
「大門五郎という」
 男はこう名乗った。
「不意にこの娘と会い喧嘩を売られたのだ」
「あからさまに怪しい奴なのだ」
「そうか?」
 だが趙雲は張飛の今の言葉には懐疑的だった。
「あまりそうは見えないが」
「どうしてなのだ?」
「この御仁もあちらの世界から来たのではないのか?」
 こう冷静に言うのだった。
「違うか?」
「んっ、そういえばなのだ」
 こう言われて張飛もやっと気付いた。
「そういう外見なのだ」
「確かにわしはそうだが」
 その彼も言ってきた。
「日本から来ているのだが」8
「日本というとだ」
 趙雲はその名前にも反応を見せてその大門に問う。
「あれか。舞や香澄達と同じ国か」
「ナコルルもいるのだ」
「舞?香澄?」
 大門はいぶかしむ声で趙雲のその言葉に応えた。
「というとまさか不知火舞と藤堂香澄か」
「知っているか」
「うむ、何度か拳も交えている」
 こうも話す。
「それで知っているのだが」
「そうか。なら話は早いな」
「それならそうと早く言うのだ」
「熊と間違えて襲い掛かって来たのは御主ではないか」
 大門はこう張飛に抗議する。
「それで今まで闘っていたではないか」
「強くてそれで闘っているうちに楽しくなったのだ」
「それでか」
 趙雲はここまで話を聞いたうえで納得した。
「今まで連絡がなかったのは」
「翠が連絡に行っている筈なのだ」
「翠も知らないぞ」
 だが趙雲は馬超についても話した。
「何処に行ったのだ?」
「何っ、翠は何処に行ったのだ?」
「私が知りたい」
「そうなのだ」
「何処にいるのか。それが問題だが」
「ううん、それでは早速探すのだ」
「ふむ、困っているのだな」
 大門は二人の話からこのことを察した。そのうえでだった。
「それならだ」
「大門殿だったな」
「うむ」
「どうしたのだ?それで」
「人を探すのならわしも協力しよう」
 こう名乗り出て来たのだ。
「それでいいか」
「貴殿も協力してくれるというのか」
「ここで知り合ったのも何かの縁」
 彼は言った。
「だからだ。そちらさえよければだ」
「けれど鈴々は大門を熊と間違えてしまったのだ」
 張飛はこのことを申し訳ない顔で話す。
「それでもいいのだ?」
「拳を交えればその相手がわかる」
 大門もまたこのことを言う。
「それではだ」
「いいのだ?それで」
「喜んで協力させてもらおう」
 大門はまた話した。
「今からな」
「よし、それでは早速探すとしよう」
「そうするのだ」
 こう話したその時だった。そこにだ。
 三人のところに二人の男が来た。それは。
 一人は黒髪を中央で分けバンダナをしている。黒い詰襟の丈の短い服とズボンだ。もう一人は金髪を立たせた男ですらりとした長身に黒いシャツ、それに白いズボンという格好である。その二人が来たのである。
「ああ、やっと終わったか」
「引き分けになったんだな」
「うむ、和解もした」
 大門はこうその二人に話した。
「無事な」
「それは何よりだな」
「何かわからない闘いだったけれどな」
「すまなかったのだ」
 張飛はあらためて三人に対して深々と頭を下げた。
「誤解してしまったのだ」
「まあわかってくれればいいけれどな」
「それでな」
 二人もそれでいいとしたのだった。どうやら二人共あまりそうしたことにはこだわったりはしない性格であるらしい。張飛にとっては幸いなことに。
「それでな」
「面白いものを見つけたんだがな」
「面白いもの?」
 趙雲がその言葉に顔を向けた。
「何だそれは」
「ああ、茸だ」
「変わった茸を見つけたんだよ」
 二人はこうその趙雲に話す。
「んっ、そういえばあんた」
「誰なんだ?」
「私は趙雲という」
 趙雲はこのことも話す。
「字は子龍だ」
「張飛なのだ」
 張飛もなのった。
「字は翼徳なのだ」
「趙雲と張飛か」
「それがあんた達の名前か」
 二人は彼女達の名前を聞いて納得した顔になった。そのうえだった。
「俺達も名乗るぜ」
「それでいいな」
「うむ、頼む」
 趙雲も二人の言葉を受けて頷く。
「それで貴殿等の名は何というのだ?」
「草薙京」
「二階堂紅丸」
 二人はそれぞれ名乗ってきた。
「宜しくな」
「三人共日本から来たんだがな」
「そうか、わかった」
 趙雲はここまで聞いてそのうえで頷いた。そうしてだった。
 二人に対してさらに問うた。
「それで茸というのは」
「ああ、こっちだ」
「ここにある」
 こう言ってだ。そのうえで二人が案内するその茸がある場所に向かう。その途中に五人でお互いの世界のことを話すのであった。
「そうか、そういう世界なのか」
「そちらの世界はそうなんだな」
 趙雲と草薙がそれぞれ話す。
「実に多くの者がこちらの世界に来ているが」
「俺達も同じさ。気付いたらここにいたんだよ」
 また話す彼だった。
「訳がわからないがな」
「三人で修行していたんだがな」
「気付けばこの国にいた」
 二階堂と大門も話す。
「全くな」
「どういうことかわからぬがな」
「鈴々もそれが不思議なのだ」
 張飛は蛇矛を担いで持ちながら話した。
「ナコルルもキングも気付いたらこの世界にいたっていうのだ。訳がわからないのだ」
「そうだな。何だってんだろうな」
 草薙も首を傾げながら応える。
「この世界に何かあるのか?」
「あるって考える方が不思議だな」
 二階堂はこう言う。頭を動かすとその立たせている髪も動く。
「やっぱりな」
「何もなければこの世界に来ることはない」
 大門も言う。
「その通りだな」
「何処の組織が動き回ってるんだ?」
 また言う草薙だった、
「それで俺達をこの世界に飛ばしたってのかよ」
「タイムマシンでか?」
「そんなことができるとなるとかなりのものだぞ」
 二階堂と大門は草薙のその言葉に突っ込みを入れた。
「それはな」
「有り得ないぞ」
「そうれもそうか」
 草薙はここでは腕を組んだ。
「考えてみればそうだな」
「まあそれでもこの世界にいるのは確かだ」
「それはな」
 二階堂と大門はこの現実は受け入れていた。
「まあそれでな」
「茸か」
 趙雲は草薙の言葉にまた顔を向けた。
「それだな」
「ああ、もうすぐだ」
「あれだよ」
 早速二階堂が目の前を指差す。そこにだった。
 茶色を基本として赤や青のカラフルな茸が一つあった。それを指差して言うのだった。
「あれだ」
「あの茸か」
「そうさ、あれだ」
「食えるとは思えないがな」
 草薙もその茸について話す。
「とてもな」
「そうだな、あれはな」
 趙雲もこう話す。
「見ただけで食べられるものではないな」
「食べられないのだ」
「ああした外見の茸は毒があるに決まっている」
 張飛にも話す。
「絶対に止めた方がいい」
「鈴々だったら見ただけですぐに食べてしまうのだ」
「よくそれで今まで生きていられたな」
 二階堂もこのことには呆れてしまった。
「大丈夫なのか?それで」
「今のところ生きているからいいのだ」
 張飛の言葉はあっけらかんとしたものだった。
「だからそれでいいのだ」
「その考えは止めた方がいいぞ」
 大門も張飛に対して言う。
「何時か死ぬぞ」
「全くだ。さて」
 趙雲は茸の前で屈んだ。茸だけが彼女のピンクのものを見ている。
「この茸だが」
「それでどうするんだ?」
「少し見てみよう」
 草薙に応えながら引っ張る。そうしてだった。
 その茸を地面から引き抜くとだ。中から。
 馬超が出て来た。何と茸の根から死人の様な顔で出て来たのだ。
「何っ」
「翠なのだ!?」
 そのまま地面から出てだ。倒れ込んでしまった。
「死んでいるのかよ」
「まさか」
「いや、この程度で死ぬ様な奴ではない」
 趙雲は落ち着いた声で草薙と二階堂に話した。
「しかし。何故茸の根になっていたか」
「それが問題なのだ」
 かくして馬超は地面から出てそのうえで復帰した。彼女は趙雲達と共に桃家荘に入ってから一同に詳しいことを説明するのだった。
「それでな。鈴々と別れて皆に話を伝えに行く時にな」
「その時にですか」
「いや、腹が減ってさあ」
 左手を頭の後ろにやりながら孔明に話す。細長い赤い机に一同が座っている。
「それでたまたま目に入った茸を食べたんだよ」
「呆れたな」
 キングはここまで聞いて腕を組んで呟いた。
「そんなことをすればだ」
「下手しなくても死ぬわよ」
 舞も話す。
「毒茸だったら」
「実際にそうみたいだってさ」
「それでどうなったの?」
 黄忠がそれを問う。
「茸を食べて」
「いや、何か急に周りでお祭りがはじまってさ」
 馬超は食べてからの話もする。
「それでさ。鼠や家鴨が出て来て一緒に踊っていたら。気付いたらなんだよ」
「そのネタは危ないですから止めて下さいね」
 香澄がすぐに注意した。
「洒落になりませんから」
「ああ、そうなのか」
「私達の世界では禁句です」
 言いながら饅頭を食べている。
「そう、絶対に」
「そうか。まあそれでな」
「はい、それで」
 今度は劉備が応える。
「どうなったんですか?」
「星に引っこ抜かれて助かったんだよ」
「そうだったんですか」
「いやあ、よかったよ」
 馬超は笑顔で話す。
「許緒の真似したんだがやっぱり危なかったみたいだな」
「全く。お姉様って」
 馬岱も呆れる顔になっている。
「相変わらず脳筋なんだから」
「何かジョーさん思い出すな」
「そうだな」
 草薙と二階堂は馬超の話を聞いて述べた。
「あの人もそうしたことするからな」
「普通にな」
「そうだな。それでだが」
 ここで話したのは大門だった。
「その茸は何なのだ?」
「その茸は明らかに毒茸ですね」
 孔明が話す。
「食べると幻覚症状が出てそのまま仮死状態に置かれて栄養を取られてしまいます」
「げっ、そんなにやばい茸なのかよ」
「はい、そうなんですよ」
「そうだったのか。やっぱりやばいよな」
「はい、本当に運がよかったです」
 当然馬超に対する話である。
「翠さん、よかったですね」
「ああ、本当にな」
「そうですね。それでなのですが」
 話が一段落したところでナコルルが言ってきた。124
「敵はいましたか?」
「敵なのだ?」
「はい、それは」
「それは今のところいなかったのだ」
「それはな」
 張飛と馬超はこのことはしっかりと話した。
「北は今のところ静かなのだ」
「何の問題もないぜ」
「そうですか。それは何よりです」
 ナコルルはここまで聞いて微笑んであらためて一同に話した。
「それで朝廷の軍ですが」
「そろそろですか?」
「ママハハを飛ばして確かめたのですが今こちらに順調に向かっているとのことです」
 こう一同に話す。
「この桃家荘にです」
「そうか、それならいいがな」
 関羽はそれを聞いて微笑んだ。
「では我等は今のうちに」
「はい、ここの整備を完成させましょう」 
 最後に孔明が言う。そうしてだった。
 曹操と袁紹達が来たその時にはだ。完全にその整備を終えていた。二人は桃家荘に入ってまず関羽達を見つけて馬上から声をかけるのだった。
「久し振りね」
「元気そうで何よりですわ」
「うむ、貴殿達こそな」
 関羽は右手の拳を顔の前で左手の平に当てて挨拶をした。
「達者な様だな」
「ええ。それでこれから薊に向かうけれど」
「ここも基地になりますのね」
「はい、そうです」
 今度は劉備が出て来て話す。
「ここも前線基地と補給基地になります」
「そう。見たところ」 
 曹操はその城壁と壕、そして中を門のところからざっと見回したうえで述べた。
「狭いけれどかなり立派にできているわね」
「大軍の基地としては狭いですけれど」
 袁紹もこのことは指摘する。しかしだった。
「それでも基地の一つとしては充分ですわね」
「これはかなり優れた者が築城したのでは?」
「確かに」
 荀ケと田豊がここで言った。
「これだけの城を短期間で築城するなんて」
「相当の人物では」
「誰なのだ?それで」
「この城を築城したのは」
「ああ、それはですね」
 劉備は夏侯惇と夏侯淵の言葉に応えて孔明をその手で指し示して話した。
「孔明ちゃんです」
「はわわ、ここで言っちゃうんですか?」
「だって本当のことじゃない」
 慌てる孔明にこう返す。
「孔明ちゃんが全部やってくれたじゃない」
「孔明!?」
 それを聞いてだ。審配がその眉をぴくりと動かして述べた。
「というと水鏡先生の弟子の伏龍」
「伏龍!?」
「というとまさか」
「あの伝説の名軍師!?」
「それがここに」
「幽州に来ているのか」
 曹操陣営の者達も袁紹陣営の者達も一斉に騒ぎだした。
「揚州でも抜群の冴を見せたという」
「江南の美周郎も唸らせたというあの軍師がか」
「あれっ、そんなに有名人なのかよ」
 しかし文醜だけがこう言った。
「この娘ってよ」
「何言ってるのよ、今や鳳雛と並ぶ名軍師よ」
 顔良が咎める顔で彼女に突っ込みを入れる。
「それで何で知らないのよ」
「だってあたい最近ずっと匈奴とか涼州の方に出張ってたからな」
 それで知らないというのである。
「中央の話とか知らないんだよ」
「麗羽は知っていたでしょうね」
「名前だけは聞いたことがありましてよ」
 一応曹操にはこう言えた。
「この河北にも名前は轟いていましたし」
「それならいいけれど」
「知らないことあるしね、この人」
「困ったことにね」
 曹仁と曹洪はその袁紹を見ながらひそひそと話す。
「子供の頃からそうだし」
「ムラの多い人だから」
「しかし。その様な軍師が関羽殿の配下になるとは」
「凄いことね」
 高覧と張?は関羽を見ながら述べる。
「それに西涼の馬超と馬岱に天下で一、二を争う弓の使い手黄忠もいる」
「かなりの陣営になっているわね」
「いや、私は主ではない」
 関羽は二人のその話は否定した。
「私はむしろ仕えている側だが」
「仕えている!?」
「一体誰に?」
 麹義と許緒が関羽のその言葉に問うた。
「見たところ貴殿が首座だが」
「違うの!?」
「首座はこの方だ」
 関羽は自身の右手にいる劉備を手で指し示して一同に紹介した。
「中山靖王の末裔である劉備玄徳殿だ」
「あらためてはじめまして」
 こうして劉備が一同に紹介された。話を受けた曹操と袁紹は主だった家臣達と共に劉備達との話に入った。だが荀ケと荀ェはというと。
「だからあんたはどっか行きなさいよ!」
「あんたこそ!」
 二人で取っ組み合いの喧嘩を演じていた。
「何であんたが参戦してるのよ」
「そっちこそよ。許昌で留守番していればよかったのよ」
「それはこっちの台詞よ!」
「何よ、言うの!?」
「言うわよ!」
「じゃあ言い返してやるわよ!」
 猫の喧嘩の様だった。そんな二人だった。
 兵達もだ。そんな二人に呆れてしまっていた。
「全く、親戚同士だったな」
「ああ、そうだ」
 曹操軍の兵士の一人が袁紹軍の兵士に聞いていた。
「それで何でこんなに仲が悪いんだ?」
「さてな、子供の頃かららしいがな」
「そうなのか」
「いやな、荀ケ殿は最初こっちの殿様の配下になろうとしたらしいんだがな」
「それでどうなったんだ?」
「こっちには荀ェ殿がいるだろ」
 ここで彼女の名前が出た。
「それを聞いて引き返して曹操殿に仕えたそうだ」
「そこまで仲が悪いんだな」
「そうみたいだな」
 こんな話も為されていた。そうしてだった。
 曹操と袁紹は劉備を交えてそのうえで宴を開いていた。その料理は。
「華琳、貴女の料理は相変わらずですわね」
「相変わらずなのね」
「ええ、見事ではありますわ」
 袁紹は満足した顔で料理を食べながら話した。
「また腕をあげましたわね」
「そういう麗羽、貴女もまた舌がよくなったわね」
「そうなのですね」
「ええ、またね」
 お互いに笑みを浮かべながらのやり取りだった。
「さらにね」
「貴女の料理がいいからでしてよ」
「お世辞はいいのだけれど」
「本当でしてよ、これは」
「あの」
 そんな二人を見ながらだ。劉備が言う。
「曹操さんと袁紹さんってお知り合い同士だったのですね」
「そうよ、子供の頃からね」
「一緒にいることが多かったですわね」
 二人は劉備のその言葉に応えて話す。
「私も麗羽もね」
「何かというと」
「うむ、実はそうなのだ」
「私達もだった」
 夏侯惇と夏侯淵もいた。そのうえで曹操の料理を食べているのだ。
「華琳様や麗羽殿とはな」
「いつも一緒だった」
「よく六人で遊んだんですよ」
「あの頃は色々ありましたね」
 曹仁と曹洪も話す。
「宝物を探したり熊の巣に忍び込んだり」
「蜂蜜を採ろうとしたこともありましたね」
「ああ、あの時ね」
 蜂蜜と聞いてだ。曹操の顔が微妙に歪んだ。
「あの時は冗談抜きで死ぬかと思ったわ」
「蜂蜜?何かあったのでして」
「貴女が蜂蜜が食べたいとか言って蜂の巣を取ろうとしたでしょ
 こう曹操に話したのである。
「それで蜂が怒って私達追っかけてきたじゃない」
「そういうこともありましたかしら」
「あの時は六人全員で逃げて大変だったではありませんか」
「全くです」
 夏侯惇と夏侯淵もむっとした顔で袁紹に言う。
「麗羽殿がよりによって蜂の巣をつつかれたから」
「幾ら何でもあれはありません」
「ああ、麗羽様って子供の頃からそうだったんだな」
「そうよね」
 文醜と顔良もいた。
「何かって言うとトラブル起こしたんだな」
「本当に変わらないわね」
「そこ、五月蝿いですわよ」
 袁紹はその二人にむっとした顔で返す。
「大体あの時は助かったではありませんか」
「はい、危ういところでお池に飛び込んで」
「それで助かりましたね」
 曹仁と曹洪もむっとした顔で返す。
「そしてお池の中には主がいて」
「それにも襲われて」
「そうそう、麗羽様がされることは続くから」
「全く」
 田豊と沮授もいた。袁紹側は彼女の腹心達とも言っていい四人だった。
「次から次に有り得ないトラブルが起こって」
「大変なんですよね、フォローが」
「貴女達が言うことでして?」
 二人の言葉にさらにむっとした顔になる袁紹だった。
「全く。あの主からも逃げられたしよかったではないでして?」
「そうね、丘にあがったら全身濡れ鼠でね」
「震えながら都に帰って」
「それで笑いものにされましたね」
 また夏侯惇と夏侯淵が話す。
「母上達には怒られましたし」
「その他にもそんなことばかりでしたし」
「麗羽様ですから」
「そんなことでいちいちめげてたらどうしようもないからな」
 顔良と文醜も話す。
「オチが極めつけになりますよ」
「絶対最後に来るからな」
「それで麗羽様は無傷だし」
「運はかなりいいから」
 田豊と沮授も容赦がない。
「その運だけは凄いのよね」
「自分の興味のないことには全く駄目なのに」
「そのまま大きくなるなんて思いも寄らなかったわよ」
 曹操がまた言った。
「その貴女と付き合う私も私だと思うけれど」
「ううむ、不思議な関係だな」
「全くなのだ」
 関羽と張飛はそんな彼女達を見ながら言う。
「曹操殿達は」
「とりあえず喧嘩はないみたいなのだ」
「喧嘩ねえ」
 曹操は張飛の今の言葉に腕を組ながら応えた。
「喧嘩も何度もしたわね」
「ええ、本当に」
 袁紹もそれに応える。
「その度に何か色々あったし」
「何か雷が落ちたり火事があったりして」
「御二人が喧嘩をされるとな」
「常に異常事態となったな」
 夏侯惇と夏侯淵の言葉はしみじみとしたものだった。
「不思議なことにな」
「あれは何故だったかな」
「けれど仲は悪くないんですよね」
 劉備はこのことはしっかりと確かめた。
「それは」
「まあ腐れ縁ね」
「そうですわね」
 口ではこう言う二人だった。
「何だかんだで今も一緒に戦うしね」
「頼りにはさせてもらいますわ」
「はい、是非仲良く」
 劉備はにこにこととしている。
「美味しい御馳走を食べてそれから」
「そうだな。烏丸を討伐しましょう」
「是非になのだ」
 関羽と張飛も言った。そんな楽しい宴だった。
 そしてその宴の後でだ。新たな者達がやって来ていた。
「火月に蒼月」
「はい、それに後三人の方が」
「来てますよ」
 顔良と文醜が天幕の中で袁紹に話していた。
「天童凱、パヤック=シビタック、イワン=ソコロフ」
「その三人が」
「またあちらの世界から来ましたのね」 
 袁紹は二人の話からすぐに察した。
「それなら」
「はい、こちらに案内しますので」
「御会いになってですね」
「また迎え入れますわ」
 既に彼等を迎え入れることは決めていたのだ。
「それでは」
「はい、こっちですよ」
「入ってくれよ」
 顔良と文醜が天幕の扉を開けてそのうえで招き入れるとだった。燃え上がる様な赤い髪の毛に紅蓮を思わせる忍者の服、それといきり立つ顔の男がまず来た。
 そしてその次は青く長い髪の涼しげな顔の男だった。こちらは知的な印象だ。
「風間火月だ」
「風間蒼月といいます」
 二人はそれぞれ名乗ってきた。
「こっちで召抱えてくれるそうだな」
「食事と家があるとか」
「ええ、そうですわよ」
 袁紹は二人に応えながら後から来た三人も見ていた。
 最初に来たのは赤い髪と青いパンツの精悍な青年、次は黒い肌に黒い髪の青年、それと大柄な中年の男、この三人だった。
「天童凱」
「パヤック=シュビック」
「イワン=ソコロフ」
 こう名乗る三人だった。
「何か知らないがこっちに来てたんだよ」
「とりあえず食べなくてはいけませんから」
「仕官という訳だが」
「俺達もそれでいいんだよな」
「そう聞いていますが」
 また火月と蒼月が言ってきた。
「こっちで雇ってもらえるんだな」
「そうなのですね」
「ええ、その通りですわよ」
 袁紹は彼等の問いにすぐに答えた。
「それでは間も無く戦ですし」
「ああ、暴れさせてもらうぜ」
「報酬の分は」
 こうして袁紹のところにまた人材が加わった。そして曹操のところにもだ。
「わかったわ」
「それで宜しいのですね」
 丈の長い黄色い服と青いズボンの辮髪の青年が曹操の言葉に応えていた。
「我等の仕官を受け入れて下さるのですね」
「喜んで」
 こう答える曹操だった。
「貴方達の力、見させてもらうわ」
「わかった」
「それならばだ」
 編み笠で顔があまり見えない緑の服の男と青と白の独特の模様をした着物に長く黒い髪の精悍な顔の男も曹操の前に立っていた。
「この斬鉄の技見せよう」
「新撰組副長付鷲塚慶一郎」
 二人はそれぞれ名乗った。
「それでいいな」
「天念理心流の剣、見てもらおう」
「この李烈火もまた」
 辮髪の男もいた。
「戦わせてもらいましょう」
「そして」
 曹操は今度は残る二人を見ていた。
「貴方達もね」
 大柄な力士と独特の存在感を見せる男の二人を見ていた。
「期待しているわよ」
「暁丸殿とロブ=パイソン殿です」
「これがお二人の名前です」
 曹操の左右にいる夏侯惇と夏侯淵が彼女に話す。
「この方々もですね」
「我等と共に」
「そうよ、また人材が加わったわね」
 曹操はこのことに満足していた。
「さて、それなら」
「はい、それなら今は」
「我等も」
 こう話してであった。その暁丸とロブ=パイソンも話してきた。
「ここに来たのも何かの縁っす」
「戦わせてもらう」
「ええ、宜しくね」
 曹操はここではにこりと笑ってみせた。
「本当に戦いが近いのだから」
「それではすぐにでも」
「進撃の用意を」
「そうね。大将軍が来られたらすぐにね」
 曹操は自身の左右にいる夏侯惇と夏侯淵の言葉に頷いて述べた。
「出られるようにね」
「しておきましょう」
「是非」
 こう話しながら新たな者達を迎え入れていた。そしてその翌日。
 準備をする劉備達のところにだ。彼女が来た。
「おお、何時でも発てるな」
 公孫賛だった。城と軍勢を見て満足した顔で言っていた。
「これではな。すぐにだ」
「あれっ、どなたですか?」
「見たことない奴だな」
 顔良と文醜はその公孫賛を見てまずはこう言った。
「義勇兵の方ですか?」
「それなら受付はあってだぜ」
「待て」
 二人の言葉にむっとした顔で返す公孫賛だった。
「私のことを知らないのか?」
「見たところ身分のある方のようですが」
「将校の募集もしてるからそっちに行くかい?」
「本当に私のことを知らないのか!?」
 公孫賛は苛立ちを覚えていた。
「私のことを」
「ですから。どなたでしょうか」
「名前何ていうんだ?」
「公孫賛だ」
 ここで名乗るのだった。
「知らないのか。この幽州の牧だ」
「えっ、それは嘘ですよ」
「そうだ、嘘に決まってらあ」
 顔良と文醜は公孫賛の今の言葉をすぐに否定した。
「だってこの幽州は牧がいないことで有名ですよ」
「劉備さんだってこの戦いで武勲を挙げれば琢の相になれるみたいだけれど牧にはまだな」
「御前等、本当に私を知らないのか」 
 公孫賛はかえって唖然となっていた。
「それは本当なのか」
「あの、ですから本当に」
「あんた何しに来たんだ?」
 二人は意識せず相手に止めを刺している。
「ですから将校の募集もしていますから」
「あっちに言ってだな」
「ちょっと、何騒いでるのよ」
 ここでもう一人来た。
「今忙しいんだから。用事はさっさと済ませてね」
「あっ、荀ケさん」
「そっちはもう済んだんだ」
「ええ、ああした仕事ならすぐよ」
 荀ケだった。二人のところに来てこう言うのである。
「何でもなかったわ」
「そうですか。それじゃあ」
「あたい達は兵を動かしておきますね」
「そうしてよ。それで今何してるの?」
 荀ケは少し咎める目になって二人に問う。
「誰かと話してるの?」
「何か幽州の牧だって名乗る人がいまして」
「来てるだけれどさ」
「幽州の牧!?馬鹿言わないでよ」
 荀ケは二人の言葉にすぐにむっとした顔になって言い返した。
「この幽州に牧はいないわよ。あんた達の主君がそのうちなるみたいだけれど」
「それでも何かそうだって言ってて」
「おかしなことになってるんだよ」
「そうなの。それで誰?それ」
 荀ケは二人の話を聞いたうえで辺りを見回しだした。
「幽州の牧だなんていもしない存在だっていうのは」
「私だ」
 公孫賛は肩を怒らせて荀ケに告げた。
「そういう御主は荀文若だな」
「私の名前を知ってるのね」
「そうだ、そして私の名前はだ」
「ええ。何ていうの?」
「公孫賛だ」
 こう彼女に対しても名乗る。
「知っているな、白馬長史と謳われた」
「・・・・・・誰、それ」
 これが荀ケの彼女への返答だった。
「はじめて聞く名前だけれど」
「そうですよね、本当に誰か」
「わからなくてさ」
「そんな名前はじめて聞いたけれど」
 荀ケはいぶかしむ顔で二人に話した。
「一体誰なのかしら」
「とりあえず麗羽様に御報告しようかしら」
「ああ、そうだな」
 顔良と文醜はひそひそと話しはじめた。
「何かおかしな人っぽいし」
「幽州に牧がいないなんてあたいでも知ってることだしな」
「貴女、一つ言っておくけれど」 
 荀ケは今度は公孫賛を咎める目で見てきていた。
「身分の詐称は大罪よ」
「だから詐称ではない!」
 公孫賛もいい加減参ってきていた。
「私はだ。本当にだ!」
「まあとにかく仕官なら木簡に名前を書いてね」
 荀ケは冷静に返す。
「わかったわね」
「ええい、曹操と袁紹に合わせろ!」
 いい加減痺れを切らして言う。
「このままではラチが明かん!すぐにだ!」
「何か我儘言い出したし」
「だから何があるんだよ」
「そうよ。だから幽州に牧なんていないわよ」
 三人は公孫賛を完全に頭がおかしい相手と思っていた。しかしあまりに騒ぐので曹操と袁紹のところに案内した。そうして話をするとだった。
「誰、それ」
「知りませんわよ」
 二人も知らなかった。
「公孫賛?聞いたことないわね」
「白馬長官なんて名前もとても」
「長史だ!」
 このことまで訂正させなければならなかった。
「ええい、だから私はだな、この幽州の」
「いや、幽州に牧といっても」
「そんな者はいないし」
「これはもう天下の誰もが知っていることよね」
「そうよね、確かに」
 天幕の中に集う主だった将も軍師達も誰も知らなかった。
「それでその様なことを言っても」
「ちょっと。無理があるとしか」
「確かに」
「あのですね」 
 陳琳がここで言う。
「公孫賛殿でしたよね」
「うむ、そうだが」
「幽州には確かに公孫氏はいますけれど」
 彼女はこのことは知っていた。
「しかし別に牧なぞ出してはいませんし。遼東にいる豪族ですが」
「あの家とは直接関係はないぞ」
 また言う公孫賛だった。
「だから私は幽州のだな」
「頭がおかしいのかしら」
 曹操もいい加減こう思いはじめた。
「やっぱり」
「そうですわね。頭がおかしいのならもう相手をしても仕方ありませんわ」
 袁紹もおかしなものを見る目であった。
「それならもう」
「そうね、つまみ出しましょう」
「今は多忙ですし」
 こうして公孫賛はつまみ出されようとしていた。しかしであった。
 ここで天幕の中に劉備が入って来て。そして公孫賛に気付いて言うのだった。
「あっ、白々ちゃん」
「白蓮だ」
 むっとした顔で劉備の言葉に返す。
「いい加減覚えてくれ」
「あら」
「まさか」
 ここで曹操も袁紹も気付いたのだった。
「劉備の知り合いなの」
「その様ですわね」
「はい、同じ先生に学んでいたんですよ」
 劉備は明るく二人に話す。
「それで今はここにいまして」
「そうなの。貴女の知り合いだったらね」
「それならそうと言って下さればよかったのに」
「はい、じゃあ白々ちゃんを宜しく御願いしますね」
「何度も言うが白蓮だ」
 こんなやり取りの後で公孫賛は今は迎え入れられた。しかし結局誰も彼女の言う身分はわからなかった。ごく一部を除いてだ。
 しかしだ。ここでだった。
 関羽がだ。夏侯惇と夏侯淵に話すのだった。
「あの方は本当に幽州の牧なのだが」
「本当にそうなのか!?」
「初耳だぞ」
 二人も知らないことだった。どちらも驚きの顔になっている。
「幽州にも牧がいたのか」
「そうだったのか」
「私は前から知っていたが」
「大将軍はこのことを御存知だろうか」
「いや、おそらく知らないだろう」
 夏侯淵はこう姉に返す。
「我等も麗羽殿の家臣達も誰も知らなかったのだからな」
「そうだな。それではとてもな」
「知る筈がない」
 こう結論が出された。
「とてもな」
「我等も知らなかったしな」
「しかし。関羽殿は嘘はつかない」
 夏侯淵はこのことは断言できた。
「決してな」
「ではやはり」
「そうだ、間違いなく幽州の牧だ」
 こう姉に断言する。
「私も今までそんなものがいるとは知らなかったがな」
「おい、待て!」
 いい加減公孫賛も切れてきていた。それで夏侯惇達に抗議する。
「私は何だ、未確認動物か!」
「未確認動物?まあ言われてみれば」
 夏侯惇もそれを否定しようとしない。
「それに近いか?」
「姉者、幾ら何でもそれは酷いぞ」
「しかし私達の誰も知らなかったんだぞ」
「そうだな。申し訳ないが私もだ」
 夏侯淵は少し済まなさそうな顔をしている。
「それはだ」
「全く。私は何なのだ」
「まあそう言わないでくれ」
 ここで関羽が公孫賛を慰める。
「皆悪気はないのだ。許してやってくれ」
「悪気がないのはわかる」 
 それは彼女自身が最もよくわかっていた。しかしだった。
「だがそれでもだ」
「まあ今はだ」
「うむ、今は」
「飲まないか?」
 微笑んでの提案だった。
「よければな」
「酒か」
「そうだな。よければ私もだ」
 夏侯淵も名乗り出た。
「一緒に飲ませてもらえるか」
「貴殿もか」
「折角だからここで親睦を深めたい」
 申し訳なさそうな微笑みを浮かべての言葉だった。
「だからな」
「わかった。それではな」
「それでいいな」
「うむ、頼む」
 公孫賛からも言う。そうしてだった。
 彼女達は飲むことになった。夏侯惇も一緒である。しかし彼女はというと。
「そうだな、次はそれを歌うか」
「春蘭様って歌大好きなんですね」
「うむ、大好きだぞ」
 こう一緒にいる許緒に答える。許緒は相変わらず食べてばかりだ。
「子供の頃からよく歌っていたものだ」
「そうだったんですか」
「華琳様もよく褒めて下さってくれる。麗羽殿のおひねりの銭が頭にぶつかったこともあったがな」
 ここでも袁紹はやらかしていたのだった。
「それでもいい思い出だ」
「そうですか。それじゃあ今は」
「うむ、どんどん歌うぞ」
 酒で少し赤くなった顔で言う。
「さて、何がいいかな」
「それだったらこれなんかどうですか?」
「よさそうだな。それではだ」
 許緒の薦めた歌を歌う。その頃夏侯淵は公孫賛と共に飲んでいた。公孫賛は飲みながら非常に悲しい顔であれこれと言っていた。
「私は生まれた時から扱いが悪かった」
「生まれた時からか」
「劉備いたな」
「うむ、玄徳殿だな」
「幼い頃から真名で呼び合う仲だった」
 まずはこう話した。
「しかしだ」
「しかしか」
「あいつはいつも真名を間違えてくれるのだ」
 実に悲しい顔になって話す。
「一度も合っていたことはない」
「真名を覚えてもらえないのか」
「そんなことは一度もなかった。しかもだ」
「しかもか」
「あいつに悪気は全くないのだ。天然なのだ」
 劉備の劉備たる所以である。
「完全に天然だ。悪気はない」
「だから怒るに怒れないのだな」
「困ったことにだ」
「そうだな。劉備殿は常に悪意はない」
 それは関羽も認める。彼女も一緒である。
「善意の方だ」
「それはわかる。桃香には悪意はない」
 これは公孫賛もわかることだった。
「しかしだ。それでもだ」
「どうにもならないか」
「うむ、困ったことにだ」
 こう話すのであった。
「注意してもその都度間違えられる。しかもだ」
「しかも?」
「桃香だけではないのだ」
 公孫賛の嘆きは続く。
「誰からも忘れられいることに気付かれなかった」
「不幸だったのだな」
 話を聞く夏侯淵の顔もしんみりとしたものになる。
「これまでずっと」
「両親に一緒にいることに気付かれず街の中で置いてけぼりにされたり家の中に気付いたら一人放置されていたこともあった」
 不幸はまだあった。
「友達は白馬のみだった。何とか努力して武勲を挙げてもだ」
「それはどうだったのだ?」
「いつも他の誰かがさらなる武勲を挙げて目立たなかった」
「申し訳ないが心当たりはある」
 夏侯淵は酒を飲みながら話した。
「華琳様、それに麗羽殿だな」
「それに孫堅殿もおられた」
 そうした面々のせいだった。
「いつもそういった面々がさらに武勲を挙げて政治でも派手に業績を挙げてだ」
「目立てなかったか」
「そうだ、私は帝にも何大将軍にもお声をかけてもらえなかった」
 ここでも目立てない彼女だった。
「そしてようやく幽州の牧になればだ」
「誰にも知られていなかったか」
「困ったことにだ」
「そうか。私はまだずっとましなのだな」
「夏侯淵殿もというと?」
「私は子供の頃から華琳様や麗羽様と一緒だった」
「あの派手な顔触れとか」
「そうだ。そして姉者や夏瞬達もだ」
 曹仁や曹洪のことである。
「一緒だった」
「そうか、一緒だったか」
「その通りだ。大変だったのだ」
 また言う彼女だった。
「麗羽殿は次から次にトラブルを引き起こし姉者は突き進むだけだ」
「何だ、袁紹殿も夏侯惇殿も昔からだったのだな」
「幼い頃からな」
 こう関羽にも話す。
「変わらずだった。華琳様は天才肌で色々なことをされる」
「それにも振り回されたか」
「華琳様は素晴しい方だ」
 曹操をけなすようなことは絶対になかった。やはり彼女もまた曹操の絶対の忠臣であり良臣であった。このことは揺らぐことがない。
「だが。妹分の夏瞬と冬瞬の面倒も見てだ」
「合わせて四人か」
「大変だった。麗羽殿は何故か御自身はダメージを受けられないしな」
「あいつは桁外れに運がいい」
 公孫賛もこのことはよく知っているようである。
「政治の現場を見ていて灌漑の時に巨大な魚が出て来て襲われても戦場で矢面に立っていても何があっても生き延びる」
「御本人がいると必ず何かが起こるがな」
「しかしあいつはダメージを受けない」
「受けていたのは私だ」
 それは夏侯淵の役目だった。
「華琳様を御守りして姉者を止めながらだ」
「大変だったのだな、貴殿も」
「前にひたすら出るのは姉者のいいところだ」
 姉のそうした性格は愛しているのだった。
「そして可愛いところでもある」
「そういえば貴殿達は袁紹殿も嫌いではないのだな」
「長い付き合いだからな」
 だからだというのだった。
「よいところも悪いところも知っている」
「だからか」
「麗羽殿も悪い方でも無能でもない」
 それは認めていた。
「あれで領民のことを念頭に置いていて戦場でも的確に指示を出し政治手腕もある」
「そういえば袁紹殿の領土も繁栄しているな」
「そうだ、しかしどうもな」
 ここでその袁紹の問題点も言った。
「非常にバランスが悪い方だからな。トラブルを招き寄せるし」
「それも昔からか」
「華琳様も何かと敵が多い」
「翠が襲い掛かって来たこともあったな。あれは」
「あれはもういいことだ」
 関羽に対して述べた。
「馬超殿も誤解を解いてくれたしな」
「だからいいのか」
「問題は宦官達だ。それに」
「それに?」
「司馬慰という男」
 飲みながらだが夏侯淵のその目に警戒するものが宿った。
「あの男、どうしても気になるな」
「そうなのか」
「一体何者か」
 夏侯淵は言う。
「華琳様に何かしようというのなら相手になるが」
「あくまで曹操殿を守るか」
「うむ、それが私の役目だ」
 公孫賛の言葉にもはっきりと答える。
「だからこそだ」
「わかった。それなら応援させてもらう」
「済まないな」
「いいことだ。それではな」
「今日は最後まで飲むか」
「そうしよう」
 公孫賛は笑顔でその夏侯淵と関羽に話した。そうしてだった。
 戦士達は北に向かう。しかしここで思わぬ事態も起ころうとしていた。


第二十話   完


                           2010・6・18



何かここまでくると公孫賛が可哀相過ぎる。
美姫 「寧ろ、誰も分からない方が潔いかもね」
いやいや、流石にそれだと話も進み難くなる……よね?
美姫 「疑問系な辺りがあれだけれど、どうにか戦の準備は出来たみたいね」
だな。一路北へ。さて、どうなるかな。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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